だんのこまち@wiki
大規模任務遂行
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青い花の午後
視界いっぱいに、淡い青色の花が広がっていた。
緩やかな丘。
一定の間隔で並ぶ、大きな風車。
白い羽根が風を受け、ゆっくりと回っている。
花畑の上では、蝶に似た小さな生物が光の粒をこぼしながら飛んでいた。
「ティー、こっち!」
少し先を歩いていたマカロンが振り返る。
片手には、小さな撮影画面が開かれていた。
「ここからだと、風車が三つ入るよ!」
「マカロンも入る?」
「入る!」
返事と同時に、マカロンは花を踏まないよう小道の端へ移動した。
ティーも隣へ並ぶ。
二人の背後には、青い花畑。
その向こうに、白い風車と澄んだ空。
マカロンが撮影時間を設定し、画面を少し離れた場所へ浮かべた。
「三秒後!」
「何かする?」
「笑って!」
「もう一つくらい、具体的に」
「楽しかった時の顔!」
「それも難しい」
「じゃあ、私を見る!」
ティーが隣へ顔を向ける。
マカロンは、すでに楽しそうに笑っていた。
つられるように、ティーの口元も少しだけ緩む。
銀色の猫耳が、風とは違う動きで前を向いた。
撮影音。
画面が二人の写真を表示する。
「いい写真!」
マカロンはすぐに画像を開き、ティーへ見せた。
「ティーもちゃんと笑ってるよ」
「マカロンを見てたから」
「それなら、次も私を見れば笑えるね!」
「毎回、隣にいるとは限らない」
「いるようにする!」
あまりに迷いのない返事だった。
ティーは少し驚いたあと、また笑った。
「じゃあ、お願い」
「任せて!」
二人は丘の上にあるベンチへ座った。
マカロンが持ってきた小さな包みを開く。
中には、カフェのんびりひっそりで買った焼き菓子が入っていた。
「ノワールのおすすめ」
「果物の焼き菓子?」
「うん。昨日、帰る時に買ってきたの」
マカロンは一つを半分に割り、ティーへ差し出した。
「半分ずつ」
「マカロンは一つ食べたかったんじゃない?」
「もう一つあるから大丈夫!」
「二つ買ったんだ」
「ティーと分ける分と、自分で食べる分」
「それなら、半分ではなく一つずつでもよかったと思う」
マカロンは数秒考えた。
「本当だ」
「今気づいた?」
「でも、半分にした方が一緒に食べてる感じがするでしょう?」
「そういう理由なら、わかる」
焼き菓子を受け取る。
柔らかな生地の中に、甘酸っぱい果実が入っていた。
「おいしい」
「でしょう?」
作ったのはマカロンではない。
それでも、どこか誇らしそうだった。
風車の羽根が回る音。
草花の揺れる音。
遠くを歩く利用者の声。
夜の仕事も。
理定者という言葉も。
今は、どこにも表示されていない。
ティーは灰色のノートを開いた。
前のページには、
<理定者>
という文字。
その近くには、マカロンが書き加えた、
<チーズケーキは、ひっそり甘い>
という記録がある。
新しいページへ、青いペンを置いた。
<青い花のフィールド>
<風車がある>
<マカロンと写真を撮った>
「最後の一行、必要?」
マカロンが横から覗き込む。
「今日あったことだから」
「大事?」
ティーは少し考えた。
「うん」
マカロンの表情が、ぱっと明るくなる。
「じゃあ私も書く!」
ペンを受け取り、その下へ続けた。
<次はお弁当を持ってくる>
「決定なんだ」
「今日の焼き菓子だけでも楽しいけど、次はもっと長くいたいから」
「それなら、持ってこよう」
「決まり!」
ティーはノートを閉じた。
まだ、自分たちが何者なのかはわからない。
指示者へ理定者について尋ねても、情報へのアクセスを拒まれただけだった。
けれど。
答えが出ないからといって、すべての予定を止めておく必要はない。
次にここへ来ること。
弁当を持ってくること。
チロルから連絡が届いたら、みたらしっぽという学生へ会うこと。
自分たちで決められることも、少しずつ増えていた。
その時。
ティーの左手へ、強い振動が走った。
一度ではない。
短く。
間を置き。
また強く。
隣で、マカロンの専用端末も赤い光を放つ。
二人の表情が、同時に変わった。
「これ……」
マカロンが画面を開く。
<PRIORITY CALL>
<LARGE-SCALE RESPONSE>
ティーにも、同じ表示が届いていた。
風に揺れていた猫耳が、静かに後ろへ動く。
「大規模任務」
「初めてだね」
「うん」
マカロンは残っていた焼き菓子を包み直した。
先ほどまでの明るさは消えていない。
それでも、意識はすでに次にするべきことへ切り替わっていた。
「戻ってから、続きを食べよう」
「持っていくの?」
「もちろん。捨てないよ」
「それがいい」
二人は立ち上がった。
青い花の間を抜け、一般利用者のいない林道へ入る。
そこまで、二人の瞳は普段の色のままだった。
緩やかな丘。
一定の間隔で並ぶ、大きな風車。
白い羽根が風を受け、ゆっくりと回っている。
花畑の上では、蝶に似た小さな生物が光の粒をこぼしながら飛んでいた。
「ティー、こっち!」
少し先を歩いていたマカロンが振り返る。
片手には、小さな撮影画面が開かれていた。
「ここからだと、風車が三つ入るよ!」
「マカロンも入る?」
「入る!」
返事と同時に、マカロンは花を踏まないよう小道の端へ移動した。
ティーも隣へ並ぶ。
二人の背後には、青い花畑。
その向こうに、白い風車と澄んだ空。
マカロンが撮影時間を設定し、画面を少し離れた場所へ浮かべた。
「三秒後!」
「何かする?」
「笑って!」
「もう一つくらい、具体的に」
「楽しかった時の顔!」
「それも難しい」
「じゃあ、私を見る!」
ティーが隣へ顔を向ける。
マカロンは、すでに楽しそうに笑っていた。
つられるように、ティーの口元も少しだけ緩む。
銀色の猫耳が、風とは違う動きで前を向いた。
撮影音。
画面が二人の写真を表示する。
「いい写真!」
マカロンはすぐに画像を開き、ティーへ見せた。
「ティーもちゃんと笑ってるよ」
「マカロンを見てたから」
「それなら、次も私を見れば笑えるね!」
「毎回、隣にいるとは限らない」
「いるようにする!」
あまりに迷いのない返事だった。
ティーは少し驚いたあと、また笑った。
「じゃあ、お願い」
「任せて!」
二人は丘の上にあるベンチへ座った。
マカロンが持ってきた小さな包みを開く。
中には、カフェのんびりひっそりで買った焼き菓子が入っていた。
「ノワールのおすすめ」
「果物の焼き菓子?」
「うん。昨日、帰る時に買ってきたの」
マカロンは一つを半分に割り、ティーへ差し出した。
「半分ずつ」
「マカロンは一つ食べたかったんじゃない?」
「もう一つあるから大丈夫!」
「二つ買ったんだ」
「ティーと分ける分と、自分で食べる分」
「それなら、半分ではなく一つずつでもよかったと思う」
マカロンは数秒考えた。
「本当だ」
「今気づいた?」
「でも、半分にした方が一緒に食べてる感じがするでしょう?」
「そういう理由なら、わかる」
焼き菓子を受け取る。
柔らかな生地の中に、甘酸っぱい果実が入っていた。
「おいしい」
「でしょう?」
作ったのはマカロンではない。
それでも、どこか誇らしそうだった。
風車の羽根が回る音。
草花の揺れる音。
遠くを歩く利用者の声。
夜の仕事も。
理定者という言葉も。
今は、どこにも表示されていない。
ティーは灰色のノートを開いた。
前のページには、
<理定者>
という文字。
その近くには、マカロンが書き加えた、
<チーズケーキは、ひっそり甘い>
という記録がある。
新しいページへ、青いペンを置いた。
<青い花のフィールド>
<風車がある>
<マカロンと写真を撮った>
「最後の一行、必要?」
マカロンが横から覗き込む。
「今日あったことだから」
「大事?」
ティーは少し考えた。
「うん」
マカロンの表情が、ぱっと明るくなる。
「じゃあ私も書く!」
ペンを受け取り、その下へ続けた。
<次はお弁当を持ってくる>
「決定なんだ」
「今日の焼き菓子だけでも楽しいけど、次はもっと長くいたいから」
「それなら、持ってこよう」
「決まり!」
ティーはノートを閉じた。
まだ、自分たちが何者なのかはわからない。
指示者へ理定者について尋ねても、情報へのアクセスを拒まれただけだった。
けれど。
答えが出ないからといって、すべての予定を止めておく必要はない。
次にここへ来ること。
弁当を持ってくること。
チロルから連絡が届いたら、みたらしっぽという学生へ会うこと。
自分たちで決められることも、少しずつ増えていた。
その時。
ティーの左手へ、強い振動が走った。
一度ではない。
短く。
間を置き。
また強く。
隣で、マカロンの専用端末も赤い光を放つ。
二人の表情が、同時に変わった。
「これ……」
マカロンが画面を開く。
<PRIORITY CALL>
<LARGE-SCALE RESPONSE>
ティーにも、同じ表示が届いていた。
風に揺れていた猫耳が、静かに後ろへ動く。
「大規模任務」
「初めてだね」
「うん」
マカロンは残っていた焼き菓子を包み直した。
先ほどまでの明るさは消えていない。
それでも、意識はすでに次にするべきことへ切り替わっていた。
「戻ってから、続きを食べよう」
「持っていくの?」
「もちろん。捨てないよ」
「それがいい」
二人は立ち上がった。
青い花の間を抜け、一般利用者のいない林道へ入る。
そこまで、二人の瞳は普段の色のままだった。
二人同時の招集
ティーは左手を前へ出した。
決められた形に指を動かす。
青白い光。
透き通った厚みのある基部。
その上へ、白い立体キーが一つずつ形成される。
クライアントユニット。
マカロンも、掌に収まる専用端末を展開した。
それぞれの前へ、同じ任務情報が開く。
<LARGE-SCALE MISSION>
<AREA:ブロックNo.1・東部複合交通区画>
<COOPERATIVE CLIENT>
<T>
<KORMELIE MACARON>
自分以外の名前が、最初から共同遂行者として表示されている。
ティーは、その一行をしばらく見た。
「今回は、先に書いてある」
「本当だ!」
マカロンも同じ場所を指した。
「建物の中で銃を向け合わなくて済むね」
「最初から、こうしてほしかった」
「うん。すごく」
続いて、任務の全体情報が表示された。
<HOSTILE USERS:18>
<CIVILIAN USERS:63>
<CONTROL NODES:3>
<CURRENT STATUS>
<交通区画全域を不正権限により封鎖>
<民間利用者のログアウト、外部通信、転送機能を制限>
<個人アクセス情報の複製を確認>
<未登録の外部取引経路が稼働中>
<通常管理権限による復旧に失敗>
マカロンの表情から、残っていた笑みが消えた。
「六十三人……」
「全員、帰れない状態」
ティーは表示を追った。
東部複合交通区画。
複数の交通ターミナルと転送路を、一つの施設内で管理する大型区画。
普段は昼夜を問わず利用者が行き交う場所だった。
現在は、十八名の武装した利用者に占拠されている。
三つの待機ホールへ分断された六十三名は、ログアウトも連絡も別区画への移動も封じられていた。
「個人アクセス情報の複製って?」
マカロンが尋ねる。
低い男の声が、二人の端末を通じて届いた。
『個人空間のアクセスキー、移動履歴、限定公開情報を抽出しています』
「閉じ込めるだけではなく、盗んでる」
ティーの声が低くなる。
『はい』
「外部取引経路は、どこにつながっているんですか」
『送信先は複数の匿名中継を経由しています。現時点では特定できません』
任務目標が表示された。
<全対象の排除>
<民間利用者六十三名の拘束解除>
<三基の制御ノードを正規権限へ復旧>
<外部取引経路の遮断>
<抽出済み情報の流出阻止>
これまでの任務とは、規模が違う。
一つの部屋でも、一棟の建物でもない。
施設全体。
複数階層。
十八人の武装した対象。
その中で、六十三人の利用者を守らなければならない。
マカロンが、小さく息を吐いた。
「怖い?」
ティーが尋ねる。
「怖いよ」
すぐに答えた。
「でも、六十三人が今も待ってるんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、行く」
声は少しだけ震えている。
それでも、言葉に迷いはなかった。
ティーも受諾キーへ指を置く。
「全員、帰そう」
マカロンが頷いた。
「うん。二人で」
同時に入力する。
<MISSION ACCEPTED>
足元から青白い光が立ち上がった。
ティーの白い服が粒子へ変わり、黒と暗赤色を基調とする夜間装備が形成されていく。
右腰にハンドガン。
左腰にナイフ。
背中側には、短い銃身のコンパクトカービン。
マカロンにも、小型のハンドガンと取り回しのよい短機関銃が与えられる。
「使い方は?」
ティーが尋ねた。
マカロンは短機関銃を一度持ち上げ、重心を確かめた。
「身体は、わかるって言ってる」
「私も」
嬉しくはない。
それでも、今夜はその知識が必要だった。
視覚権限。
稼働。
ティーの青い瞳が、黄色く輝き始める。
マカロンの赤みを帯びた瞳も、同じ金色へ変わった。
街へ重なる認証情報。
通信経路。
封鎖された区画の輪郭。
東部複合交通区画の上に、十八の赤い反応が浮かぶ。
そのさらに奥。
通常の地図には存在しない、黒い線が何層にも重なっていた。
「これが外部取引経路?」
『可能性があります。最初の制御ノードを復旧し、内部構造を取得してください』
<ENTRY POINT:地下保守線>
<PRIMARY OBJECTIVE:CONTROL NODE B>
ティーはクライアントユニットを収納した。
「行こう」
「うん!」
二人は、夜の交通区画へ向かって走り出した。
決められた形に指を動かす。
青白い光。
透き通った厚みのある基部。
その上へ、白い立体キーが一つずつ形成される。
クライアントユニット。
マカロンも、掌に収まる専用端末を展開した。
それぞれの前へ、同じ任務情報が開く。
<LARGE-SCALE MISSION>
<AREA:ブロックNo.1・東部複合交通区画>
<COOPERATIVE CLIENT>
<T>
<KORMELIE MACARON>
自分以外の名前が、最初から共同遂行者として表示されている。
ティーは、その一行をしばらく見た。
「今回は、先に書いてある」
「本当だ!」
マカロンも同じ場所を指した。
「建物の中で銃を向け合わなくて済むね」
「最初から、こうしてほしかった」
「うん。すごく」
続いて、任務の全体情報が表示された。
<HOSTILE USERS:18>
<CIVILIAN USERS:63>
<CONTROL NODES:3>
<CURRENT STATUS>
<交通区画全域を不正権限により封鎖>
<民間利用者のログアウト、外部通信、転送機能を制限>
<個人アクセス情報の複製を確認>
<未登録の外部取引経路が稼働中>
<通常管理権限による復旧に失敗>
マカロンの表情から、残っていた笑みが消えた。
「六十三人……」
「全員、帰れない状態」
ティーは表示を追った。
東部複合交通区画。
複数の交通ターミナルと転送路を、一つの施設内で管理する大型区画。
普段は昼夜を問わず利用者が行き交う場所だった。
現在は、十八名の武装した利用者に占拠されている。
三つの待機ホールへ分断された六十三名は、ログアウトも連絡も別区画への移動も封じられていた。
「個人アクセス情報の複製って?」
マカロンが尋ねる。
低い男の声が、二人の端末を通じて届いた。
『個人空間のアクセスキー、移動履歴、限定公開情報を抽出しています』
「閉じ込めるだけではなく、盗んでる」
ティーの声が低くなる。
『はい』
「外部取引経路は、どこにつながっているんですか」
『送信先は複数の匿名中継を経由しています。現時点では特定できません』
任務目標が表示された。
<全対象の排除>
<民間利用者六十三名の拘束解除>
<三基の制御ノードを正規権限へ復旧>
<外部取引経路の遮断>
<抽出済み情報の流出阻止>
これまでの任務とは、規模が違う。
一つの部屋でも、一棟の建物でもない。
施設全体。
複数階層。
十八人の武装した対象。
その中で、六十三人の利用者を守らなければならない。
マカロンが、小さく息を吐いた。
「怖い?」
ティーが尋ねる。
「怖いよ」
すぐに答えた。
「でも、六十三人が今も待ってるんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、行く」
声は少しだけ震えている。
それでも、言葉に迷いはなかった。
ティーも受諾キーへ指を置く。
「全員、帰そう」
マカロンが頷いた。
「うん。二人で」
同時に入力する。
<MISSION ACCEPTED>
足元から青白い光が立ち上がった。
ティーの白い服が粒子へ変わり、黒と暗赤色を基調とする夜間装備が形成されていく。
右腰にハンドガン。
左腰にナイフ。
背中側には、短い銃身のコンパクトカービン。
マカロンにも、小型のハンドガンと取り回しのよい短機関銃が与えられる。
「使い方は?」
ティーが尋ねた。
マカロンは短機関銃を一度持ち上げ、重心を確かめた。
「身体は、わかるって言ってる」
「私も」
嬉しくはない。
それでも、今夜はその知識が必要だった。
視覚権限。
稼働。
ティーの青い瞳が、黄色く輝き始める。
マカロンの赤みを帯びた瞳も、同じ金色へ変わった。
街へ重なる認証情報。
通信経路。
封鎖された区画の輪郭。
東部複合交通区画の上に、十八の赤い反応が浮かぶ。
そのさらに奥。
通常の地図には存在しない、黒い線が何層にも重なっていた。
「これが外部取引経路?」
『可能性があります。最初の制御ノードを復旧し、内部構造を取得してください』
<ENTRY POINT:地下保守線>
<PRIMARY OBJECTIVE:CONTROL NODE B>
ティーはクライアントユニットを収納した。
「行こう」
「うん!」
二人は、夜の交通区画へ向かって走り出した。
地下保守線
地下保守線は、一般利用者が立ち入る場所ではなかった。
低い天井。
壁を埋める配線。
一定間隔で設置された整備端末。
照明の半分は、不正な制御によって消されている。
黄色い瞳には、暗闇の奥まで通路の輪郭がはっきりと見えた。
上階を移動する十八の赤い反応。
そのうち四人が、地下保守線の入口を警戒している。
「二人ずつ?」
マカロンが小声で尋ねた。
「うん」
「手前を私。奥をティー」
「奥の二人は防御装備を持ってる。私が奥でいい」
「わかった。手前は任せて」
二人は通路の角へ近づいた。
手前に二人。
その奥、制御扉の前に二人。
全員が、区画外では使用制限を受けるはずの銃器を持っている。
不正権限によって、武装制限を解除しているらしい。
ティーはカービンを肩へ当てた。
マカロンが隣の壁へ移る。
右手の指を三本立てた。
三。
一本減る。
二。
一。
二人が同時に角から出た。
低い銃声。
ティーのカービンから放たれた弾丸が、奥にいる対象の防御層を砕く。
続けて胸元。
隣の対象が銃口を向けるより早く、二発目が頭部へ命中する。
手前では、マカロンの短機関銃が短い連射を放っていた。
一人目の胸。
二人目の腕。
武器を落としたところへ、さらに一発。
四人のアバターへ青い亀裂が走る。
声を上げる前に、次々と光の粒子へ崩れていった。
<TARGETS REMAINING:14>
マカロンは周囲を確認してから、短く息を吐いた。
「成功」
「警報は、まだ出てない」
ティーは制御扉へ近づいた。
扉を覆っているのは、赤黒く書き換えられた認証情報。
通常のアクセス解除では開かない。
左手を前へ。
クライアントユニットを展開する。
透明な青い基部が、暗い通路を淡く照らした。
白いキーへ両手を置く。
<CONTROL NODE B>
<ILLEGAL AUTHORITY:ACTIVE>
<RESTORATION SEQUENCE:20SEC>
「二十秒」
ティーが言う。
マカロンは通路の奥へ銃を向けた。
「その間、守ればいい?」
「うん」
「任せて」
入力を始める。
一文字。
次。
さらに次。
白いキーを押すたび、青い光が壁の配線へ流れ込んでいく。
赤黒い権限とティーの復旧命令が、端末上で押し合っていた。
八秒。
上階から、複数の足音が聞こえる。
「三人来る」
「入力は続ける」
「止めないで」
階段から、一人目が現れた。
マカロンが撃つ。
短い連射。
対象の肩と胸へ命中。
アバターが崩れるより早く、二人目が後ろから発砲した。
マカロンは横へ転がる。
弾丸が、ティーのすぐ横にある壁を削った。
「あと?」
「十一秒」
マカロンは床へ膝をついたまま撃ち返す。
二人目の脚。
姿勢が崩れたところへ、もう一度胸元。
<TARGETS REMAINING:12>
三人目。
大型の盾を持っている。
前面へ展開された青い防御層が、マカロンの弾丸をすべて弾いた。
「それは聞いてない!」
マカロンが後ろへ下がる。
盾の陰から、短い散弾銃の銃口が現れた。
「あと五秒」
「五秒なら大丈夫!」
「無理はしないで」
「ティーも入力間違えないでね!」
盾の対象が、一気に距離を詰める。
マカロンの逃げられる場所は狭い。
散弾銃が上がった。
ティーは入力を続けながら、クライアントユニット上へもう一枚の命令欄を展開した。
<LOCAL BARRIER>
片手で復旧命令を維持し、右手だけで短い座標を入力する。
マカロンと対象の間。
壁面を基準に、縦二メートル。
確定。
青く透き通った障壁が、空間へ立ち上がった。
散弾が障壁へ叩きつけられる。
表面へ無数の亀裂が走った。
完全には防げない。
それでも、ほんの数秒は稼げる。
「ティー!」
「あと三」
対象が散弾銃の銃床を障壁へ叩きつける。
「二」
障壁が砕け始める。
「一」
最後の入力キー。
<CONTROL NODE B:RESTORED>
施設の照明が、一瞬だけ青へ切り替わった。
赤黒い認証が剥がれる。
だが、盾の対象は止まらない。
障壁を破壊し、マカロンへ飛び込んだ。
ティーはクライアントユニットを閉じなかった。
視界へ、対象の現在座標が表示される。
<TARGET COORDINATE>
<OFFSET AVAILABLE>
「マカロン、少し下がって」
「わかった!」
マカロンが一歩退いた。
ティーは対象の座標へ、横方向の補正値を入力する。
二・四メートル。
確定。
対象の身体が走った勢いを残したまま、突然通路の反対側へ移動した。
空間を飛んだのではない。
登録されていた位置だけが書き換えられ、世界の描画がその座標へ追いつく。
盾の男は何もない場所へ踏み込み、壁へ激突した。
「移動させた!?」
マカロンが驚きながらも、すぐに隙へ入る。
盾の内側へ銃口を向け、短い連射。
対象が光の粒子へ変わった。
<TARGETS REMAINING:11>
静けさが戻る。
クライアントユニット上では、座標干渉に使用した権限が灰色へ変わっていた。
<COORDINATE OPERATION:COOLDOWN>
「今の、いつから使えたの?」
マカロンが尋ねる。
「復旧したノードの権限を使ったら、項目が開いた」
「人まで動かせるんだ……」
「この空間の管理権限がある範囲だけみたい」
ティーは震えの残る指を見た。
障壁。
座標。
使い方次第では、銃よりも広く空間へ干渉できる。
クライアントユニットは、命令を入力する端末というだけではない。
バーチャル空間そのものへ触れる鍵だった。
「助かったよ」
マカロンが明るく笑う。
「盾ごと正面から来られた時は、ちょっと困ったけど」
「ちょっと?」
「かなり」
「それなら、かなりって言って」
「うん。かなり困った!」
二人は短く笑った。
<DISTRICT MAP:PARTIAL RESTORE>
<CIVILIAN HALL 2:ACCESS AVAILABLE>
最初の封鎖が解除された。
だが。
同時に、これまで見えなかった黒い線が施設全体へ広がっていく。
低い天井。
壁を埋める配線。
一定間隔で設置された整備端末。
照明の半分は、不正な制御によって消されている。
黄色い瞳には、暗闇の奥まで通路の輪郭がはっきりと見えた。
上階を移動する十八の赤い反応。
そのうち四人が、地下保守線の入口を警戒している。
「二人ずつ?」
マカロンが小声で尋ねた。
「うん」
「手前を私。奥をティー」
「奥の二人は防御装備を持ってる。私が奥でいい」
「わかった。手前は任せて」
二人は通路の角へ近づいた。
手前に二人。
その奥、制御扉の前に二人。
全員が、区画外では使用制限を受けるはずの銃器を持っている。
不正権限によって、武装制限を解除しているらしい。
ティーはカービンを肩へ当てた。
マカロンが隣の壁へ移る。
右手の指を三本立てた。
三。
一本減る。
二。
一。
二人が同時に角から出た。
低い銃声。
ティーのカービンから放たれた弾丸が、奥にいる対象の防御層を砕く。
続けて胸元。
隣の対象が銃口を向けるより早く、二発目が頭部へ命中する。
手前では、マカロンの短機関銃が短い連射を放っていた。
一人目の胸。
二人目の腕。
武器を落としたところへ、さらに一発。
四人のアバターへ青い亀裂が走る。
声を上げる前に、次々と光の粒子へ崩れていった。
<TARGETS REMAINING:14>
マカロンは周囲を確認してから、短く息を吐いた。
「成功」
「警報は、まだ出てない」
ティーは制御扉へ近づいた。
扉を覆っているのは、赤黒く書き換えられた認証情報。
通常のアクセス解除では開かない。
左手を前へ。
クライアントユニットを展開する。
透明な青い基部が、暗い通路を淡く照らした。
白いキーへ両手を置く。
<CONTROL NODE B>
<ILLEGAL AUTHORITY:ACTIVE>
<RESTORATION SEQUENCE:20SEC>
「二十秒」
ティーが言う。
マカロンは通路の奥へ銃を向けた。
「その間、守ればいい?」
「うん」
「任せて」
入力を始める。
一文字。
次。
さらに次。
白いキーを押すたび、青い光が壁の配線へ流れ込んでいく。
赤黒い権限とティーの復旧命令が、端末上で押し合っていた。
八秒。
上階から、複数の足音が聞こえる。
「三人来る」
「入力は続ける」
「止めないで」
階段から、一人目が現れた。
マカロンが撃つ。
短い連射。
対象の肩と胸へ命中。
アバターが崩れるより早く、二人目が後ろから発砲した。
マカロンは横へ転がる。
弾丸が、ティーのすぐ横にある壁を削った。
「あと?」
「十一秒」
マカロンは床へ膝をついたまま撃ち返す。
二人目の脚。
姿勢が崩れたところへ、もう一度胸元。
<TARGETS REMAINING:12>
三人目。
大型の盾を持っている。
前面へ展開された青い防御層が、マカロンの弾丸をすべて弾いた。
「それは聞いてない!」
マカロンが後ろへ下がる。
盾の陰から、短い散弾銃の銃口が現れた。
「あと五秒」
「五秒なら大丈夫!」
「無理はしないで」
「ティーも入力間違えないでね!」
盾の対象が、一気に距離を詰める。
マカロンの逃げられる場所は狭い。
散弾銃が上がった。
ティーは入力を続けながら、クライアントユニット上へもう一枚の命令欄を展開した。
<LOCAL BARRIER>
片手で復旧命令を維持し、右手だけで短い座標を入力する。
マカロンと対象の間。
壁面を基準に、縦二メートル。
確定。
青く透き通った障壁が、空間へ立ち上がった。
散弾が障壁へ叩きつけられる。
表面へ無数の亀裂が走った。
完全には防げない。
それでも、ほんの数秒は稼げる。
「ティー!」
「あと三」
対象が散弾銃の銃床を障壁へ叩きつける。
「二」
障壁が砕け始める。
「一」
最後の入力キー。
<CONTROL NODE B:RESTORED>
施設の照明が、一瞬だけ青へ切り替わった。
赤黒い認証が剥がれる。
だが、盾の対象は止まらない。
障壁を破壊し、マカロンへ飛び込んだ。
ティーはクライアントユニットを閉じなかった。
視界へ、対象の現在座標が表示される。
<TARGET COORDINATE>
<OFFSET AVAILABLE>
「マカロン、少し下がって」
「わかった!」
マカロンが一歩退いた。
ティーは対象の座標へ、横方向の補正値を入力する。
二・四メートル。
確定。
対象の身体が走った勢いを残したまま、突然通路の反対側へ移動した。
空間を飛んだのではない。
登録されていた位置だけが書き換えられ、世界の描画がその座標へ追いつく。
盾の男は何もない場所へ踏み込み、壁へ激突した。
「移動させた!?」
マカロンが驚きながらも、すぐに隙へ入る。
盾の内側へ銃口を向け、短い連射。
対象が光の粒子へ変わった。
<TARGETS REMAINING:11>
静けさが戻る。
クライアントユニット上では、座標干渉に使用した権限が灰色へ変わっていた。
<COORDINATE OPERATION:COOLDOWN>
「今の、いつから使えたの?」
マカロンが尋ねる。
「復旧したノードの権限を使ったら、項目が開いた」
「人まで動かせるんだ……」
「この空間の管理権限がある範囲だけみたい」
ティーは震えの残る指を見た。
障壁。
座標。
使い方次第では、銃よりも広く空間へ干渉できる。
クライアントユニットは、命令を入力する端末というだけではない。
バーチャル空間そのものへ触れる鍵だった。
「助かったよ」
マカロンが明るく笑う。
「盾ごと正面から来られた時は、ちょっと困ったけど」
「ちょっと?」
「かなり」
「それなら、かなりって言って」
「うん。かなり困った!」
二人は短く笑った。
<DISTRICT MAP:PARTIAL RESTORE>
<CIVILIAN HALL 2:ACCESS AVAILABLE>
最初の封鎖が解除された。
だが。
同時に、これまで見えなかった黒い線が施設全体へ広がっていく。
黒い市場
交通区画の案内表示が、一斉に消えた。
行き先。
時刻表。
乗り換え案内。
すべてが暗転する。
代わりに。
黒い背景へ、細い白線で区切られた無数の項目が並び始めた。
<PRIVATE SPACE ACCESS KEY>
<REAL-WORLD ID FRAGMENT>
<UNREGISTERED CLIENT MODULE>
<CORPORATE TRANSFER ROUTE>
<LIVE SESSION MASK:63>
一般利用者向けの案内ではない。
商品名。
数量。
現在価格。
購入希望者を示す匿名の記号。
交通区画のすべての表示が、巨大な市場画面へ変わっていた。
「人の情報を……売ってる」
マカロンの声から、明るさが消える。
六十三件の生きたセッション。
正規利用者の接続情報を、違法な通信の外側へ重ねる。
買い手と売り手の通信を、普通の交通利用に見せかけるための隠れ蓑。
その上。
閉じ込めた利用者から抜き取ったアクセスキーや現実側情報も、別の商品として並べられていた。
ティーのクライアントユニットへ識別結果が届く。
<HIDDEN MARKET SIGNATURE DETECTED>
<BLACKMETRO>
「BlackMETRO……」
初めて目にする名前だった。
次の瞬間。
すべての画面へ、一人の人物が映し出された。
顔立ちは、映像ノイズと強い逆光で判別できない。
身体の輪郭を隠すように重ねられた、独特な衣装。
普通のアバター衣装とは思えない形が、画面の中でゆっくりと揺れている。
映像の下部には、一つの表記だけがあった。
<MOORIS>
声が流れた。
何重にも加工され、年齢も性別も判断できない音声。
『BlackMETRO臨時線、第七路を開通します』
交通区画の放送設備から。
そして、ティーとマカロンの端末へも同じ声が届く。
『買い手と売り手が、互いの顔を見る必要はありません』
画面の周囲に、匿名取引の数字が流れ始めた。
『正規の交通記録を外皮とし、商品だけを目的地へ届ける。今夜から、ブロックNo.1に新しい経路が加わります』
マカロンが画面を見上げる。
「これが、MOORIS?」
「本人がここにいるわけではない」
ティーのクライアントユニットには、
<PHYSICAL INSTANCE:NOT DETECTED>
<REMOTE PROJECTION ONLY>
と表示されていた。
どれだけ画面を調べても、映像の送信元は匿名中継の向こう側にある。
この場所へ現れているのは、衣装をまとった映像と加工音声だけだった。
MOORISの本体は、どこにもいない。
『市場では、正しいか間違っているかは問いません』
加工音声が続く。
『価値があるかどうかだけを問いましょう』
ティーの手が、ハンドガンの握りへ触れた。
「この人たちを、道具にしてる」
「止めよう」
マカロンが言った。
声は小さい。
けれど、迷いはない。
その時。
画面の中のMOORISが、わずかに首を傾けた。
『予定外の権限を二件確認』
映像の顔は見えない。
それでも。
画面の向こうから、自分たちを見られたような感覚があった。
『臨時線への干渉を検知しました』
市場画面へ、警告が走る。
<UNREGISTERED CLIENT:2>
『取引は継続します』
MOORISは声を荒らげなかった。
驚きもしない。
予定表の一項目を修正するように告げる。
『現地処理を、ボルビーノへ移管』
映像が消えた。
交通区画の表示は、黒い市場画面のまま残っている。
「ボルビーノ?」
マカロンが聞き返す。
指示者へ問い合わせても、すぐには回答が来なかった。
代わりに、任務情報が更新される。
<BLACKMETRO MARKET ROUTE:ACTIVE>
<DATA EXPORT:12%>
<CIVILIAN SESSION MASK:IN USE>
「先に、みんなを帰す」
ティーが言った。
「うん」
BlackMETRO。
MOORIS。
ボルビーノ。
知らない名前が三つ増えた。
けれど今は、調べることより先にするべきことがある。
二人は待機ホールへ向かった。
行き先。
時刻表。
乗り換え案内。
すべてが暗転する。
代わりに。
黒い背景へ、細い白線で区切られた無数の項目が並び始めた。
<PRIVATE SPACE ACCESS KEY>
<REAL-WORLD ID FRAGMENT>
<UNREGISTERED CLIENT MODULE>
<CORPORATE TRANSFER ROUTE>
<LIVE SESSION MASK:63>
一般利用者向けの案内ではない。
商品名。
数量。
現在価格。
購入希望者を示す匿名の記号。
交通区画のすべての表示が、巨大な市場画面へ変わっていた。
「人の情報を……売ってる」
マカロンの声から、明るさが消える。
六十三件の生きたセッション。
正規利用者の接続情報を、違法な通信の外側へ重ねる。
買い手と売り手の通信を、普通の交通利用に見せかけるための隠れ蓑。
その上。
閉じ込めた利用者から抜き取ったアクセスキーや現実側情報も、別の商品として並べられていた。
ティーのクライアントユニットへ識別結果が届く。
<HIDDEN MARKET SIGNATURE DETECTED>
<BLACKMETRO>
「BlackMETRO……」
初めて目にする名前だった。
次の瞬間。
すべての画面へ、一人の人物が映し出された。
顔立ちは、映像ノイズと強い逆光で判別できない。
身体の輪郭を隠すように重ねられた、独特な衣装。
普通のアバター衣装とは思えない形が、画面の中でゆっくりと揺れている。
映像の下部には、一つの表記だけがあった。
<MOORIS>
声が流れた。
何重にも加工され、年齢も性別も判断できない音声。
『BlackMETRO臨時線、第七路を開通します』
交通区画の放送設備から。
そして、ティーとマカロンの端末へも同じ声が届く。
『買い手と売り手が、互いの顔を見る必要はありません』
画面の周囲に、匿名取引の数字が流れ始めた。
『正規の交通記録を外皮とし、商品だけを目的地へ届ける。今夜から、ブロックNo.1に新しい経路が加わります』
マカロンが画面を見上げる。
「これが、MOORIS?」
「本人がここにいるわけではない」
ティーのクライアントユニットには、
<PHYSICAL INSTANCE:NOT DETECTED>
<REMOTE PROJECTION ONLY>
と表示されていた。
どれだけ画面を調べても、映像の送信元は匿名中継の向こう側にある。
この場所へ現れているのは、衣装をまとった映像と加工音声だけだった。
MOORISの本体は、どこにもいない。
『市場では、正しいか間違っているかは問いません』
加工音声が続く。
『価値があるかどうかだけを問いましょう』
ティーの手が、ハンドガンの握りへ触れた。
「この人たちを、道具にしてる」
「止めよう」
マカロンが言った。
声は小さい。
けれど、迷いはない。
その時。
画面の中のMOORISが、わずかに首を傾けた。
『予定外の権限を二件確認』
映像の顔は見えない。
それでも。
画面の向こうから、自分たちを見られたような感覚があった。
『臨時線への干渉を検知しました』
市場画面へ、警告が走る。
<UNREGISTERED CLIENT:2>
『取引は継続します』
MOORISは声を荒らげなかった。
驚きもしない。
予定表の一項目を修正するように告げる。
『現地処理を、ボルビーノへ移管』
映像が消えた。
交通区画の表示は、黒い市場画面のまま残っている。
「ボルビーノ?」
マカロンが聞き返す。
指示者へ問い合わせても、すぐには回答が来なかった。
代わりに、任務情報が更新される。
<BLACKMETRO MARKET ROUTE:ACTIVE>
<DATA EXPORT:12%>
<CIVILIAN SESSION MASK:IN USE>
「先に、みんなを帰す」
ティーが言った。
「うん」
BlackMETRO。
MOORIS。
ボルビーノ。
知らない名前が三つ増えた。
けれど今は、調べることより先にするべきことがある。
二人は待機ホールへ向かった。
信用されなくても
待機ホール二には、二十一名の利用者が閉じ込められていた。
扉が開く。
中にいた何人かが立ち上がる。
その表情へ浮かんだのは、安心ではなかった。
暗い任務装備。
黄色く光る瞳。
手にした銃。
公開プロフィールも、所属を示す表示もない。
「下がって!」
一人の男性が声を上げた。
「また来たぞ!」
利用者たちが壁際へ集まる。
ティーはカービンの銃口を床へ向けた。
マカロンも、すぐに短機関銃を下げる。
「私たちは、あなたたちを撃ちに来たんじゃありません!」
マカロンの声が、広いホールへ響く。
「ログアウトと通信を戻します!」
「誰なんだ?」
「管理者なのか?」
「名前が見えないぞ!」
当然の反応だった。
理定者かもしれない。
その身分を隠す。
自分たちで、そう決めた。
ここで答えられる所属はない。
ティーは左手を前へ出した。
クライアントユニットが形成される。
「今は、私たちを信用しなくていいです」
利用者たちを見ながら言う。
「でも、ログアウトが戻ったら、それを使ってください。現実へ帰れるようにします」
ホールを覆う拘束は、通常の設定画面では解除できない。
六十三件の利用者座標が、交通区画の市場経路へ固定されている。
ティーは拘束そのものを破壊する代わりに、固定されている空間の基準点を選んだ。
<SESSION CAGE ORIGIN>
<CURRENT:HALL 2 CENTER>
「拘束の位置をずらす」
「人を動かすんじゃなくて?」
マカロンが尋ねる。
「囲っている方を動かす」
クライアントユニットへ、新しい基準座標を入力する。
ホールの中央から、誰もいない壁際へ三メートル。
確定。
利用者を囲っていた赤い格子が、一斉に横へ移動した。
人々の身体を置き去りにしたまま、拘束空間だけが壁へめり込む。
その瞬間。
ログアウトと外部通信を制限していた接続が切れた。
<SESSION RESTRICTION:RELEASE>
<LOGOUT:AVAILABLE>
<EXTERNAL COMMUNICATION:RESTORED>
利用者たちの前へ、一斉に個人メニューが開く。
「出た……!」
「連絡できる!」
「ログアウトが押せる!」
迷っている時間は短かった。
一人。
また一人。
身体が淡い光へ包まれる。
自分の意思で、現実へ戻っていく。
数名は、消える前にティーとマカロンへ向き直った。
「助かった」
「ありがとう」
「あなたたちも、早く逃げて」
ティーは首を横へ振る。
「まだ、ほかの人がいます」
最後まで残っていた女性が、二人を見た。
「名前を聞いても?」
ティーの指が、わずかに止まる。
マカロンも、すぐには答えなかった。
「ごめんなさい」
ティーは静かに言った。
「今は、言えません」
女性は数秒だけ二人を見ていた。
それでも、無理に尋ねることはしなかった。
「わかった」
小さく頭を下げる。
「気をつけて」
淡い光。
最後の一人もログアウトした。
<CIVILIAN USERS RELEASED:21/63>
誰もいなくなったホール。
マカロンが、閉じたメニューの残光を見る。
「一つ目」
「あと四十二人」
「全員、帰そう」
「うん」
その時。
区画全体へ警報音が鳴り響いた。
赤い照明。
閉じ始める隔壁。
施設の案内画面に、MOORISの映像が一瞬だけ戻る。
『市場への妨害行為を確認』
すぐに映像が消えた。
代わって、不正な警告が表示される。
<侵入者二名>
<全区画へ排除命令>
もう、隠れて進むことはできない。
扉が開く。
中にいた何人かが立ち上がる。
その表情へ浮かんだのは、安心ではなかった。
暗い任務装備。
黄色く光る瞳。
手にした銃。
公開プロフィールも、所属を示す表示もない。
「下がって!」
一人の男性が声を上げた。
「また来たぞ!」
利用者たちが壁際へ集まる。
ティーはカービンの銃口を床へ向けた。
マカロンも、すぐに短機関銃を下げる。
「私たちは、あなたたちを撃ちに来たんじゃありません!」
マカロンの声が、広いホールへ響く。
「ログアウトと通信を戻します!」
「誰なんだ?」
「管理者なのか?」
「名前が見えないぞ!」
当然の反応だった。
理定者かもしれない。
その身分を隠す。
自分たちで、そう決めた。
ここで答えられる所属はない。
ティーは左手を前へ出した。
クライアントユニットが形成される。
「今は、私たちを信用しなくていいです」
利用者たちを見ながら言う。
「でも、ログアウトが戻ったら、それを使ってください。現実へ帰れるようにします」
ホールを覆う拘束は、通常の設定画面では解除できない。
六十三件の利用者座標が、交通区画の市場経路へ固定されている。
ティーは拘束そのものを破壊する代わりに、固定されている空間の基準点を選んだ。
<SESSION CAGE ORIGIN>
<CURRENT:HALL 2 CENTER>
「拘束の位置をずらす」
「人を動かすんじゃなくて?」
マカロンが尋ねる。
「囲っている方を動かす」
クライアントユニットへ、新しい基準座標を入力する。
ホールの中央から、誰もいない壁際へ三メートル。
確定。
利用者を囲っていた赤い格子が、一斉に横へ移動した。
人々の身体を置き去りにしたまま、拘束空間だけが壁へめり込む。
その瞬間。
ログアウトと外部通信を制限していた接続が切れた。
<SESSION RESTRICTION:RELEASE>
<LOGOUT:AVAILABLE>
<EXTERNAL COMMUNICATION:RESTORED>
利用者たちの前へ、一斉に個人メニューが開く。
「出た……!」
「連絡できる!」
「ログアウトが押せる!」
迷っている時間は短かった。
一人。
また一人。
身体が淡い光へ包まれる。
自分の意思で、現実へ戻っていく。
数名は、消える前にティーとマカロンへ向き直った。
「助かった」
「ありがとう」
「あなたたちも、早く逃げて」
ティーは首を横へ振る。
「まだ、ほかの人がいます」
最後まで残っていた女性が、二人を見た。
「名前を聞いても?」
ティーの指が、わずかに止まる。
マカロンも、すぐには答えなかった。
「ごめんなさい」
ティーは静かに言った。
「今は、言えません」
女性は数秒だけ二人を見ていた。
それでも、無理に尋ねることはしなかった。
「わかった」
小さく頭を下げる。
「気をつけて」
淡い光。
最後の一人もログアウトした。
<CIVILIAN USERS RELEASED:21/63>
誰もいなくなったホール。
マカロンが、閉じたメニューの残光を見る。
「一つ目」
「あと四十二人」
「全員、帰そう」
「うん」
その時。
区画全体へ警報音が鳴り響いた。
赤い照明。
閉じ始める隔壁。
施設の案内画面に、MOORISの映像が一瞬だけ戻る。
『市場への妨害行為を確認』
すぐに映像が消えた。
代わって、不正な警告が表示される。
<侵入者二名>
<全区画へ排除命令>
もう、隠れて進むことはできない。
二手に分かれて
復旧した地図には、残り二つの待機ホールと制御ノードの位置が表示されている。
上層の待機ホール一。
下層ホームの待機ホール三。
そして、最上部の中央制御室。
敵の反応は十一。
二つの方向から、こちらへ集まり始めている。
「一緒に行ったら、片方の人たちを待たせる」
マカロンが地図を見る。
「分かれる?」
ティーも同じ結論を考えていた。
危険は増える。
けれど、閉じ込められている人の時間も増える。
「マカロンは上」
「ティーは下?」
「うん。マカロンの方が、広い場所で動きやすい」
「ティーは狭い方が得意だもんね」
「たぶん」
二人の端末へ、非公開の通信経路を接続する。
<PRIVATE CLIENT LINK:ACTIVE>
「聞こえる?」
マカロンの声が、耳元から届く。
「聞こえる」
「よし!」
二人が反対の通路へ向かう。
分かれる直前、マカロンが振り返った。
「終わったら、中央で会おう」
「中央制御室?」
「その前の、大きい乗り換えホール」
「わかった」
「約束ね」
ティーは頷いた。
「必ず行く」
二人は、それぞれの道へ走り出した。
上層の待機ホール一。
下層ホームの待機ホール三。
そして、最上部の中央制御室。
敵の反応は十一。
二つの方向から、こちらへ集まり始めている。
「一緒に行ったら、片方の人たちを待たせる」
マカロンが地図を見る。
「分かれる?」
ティーも同じ結論を考えていた。
危険は増える。
けれど、閉じ込められている人の時間も増える。
「マカロンは上」
「ティーは下?」
「うん。マカロンの方が、広い場所で動きやすい」
「ティーは狭い方が得意だもんね」
「たぶん」
二人の端末へ、非公開の通信経路を接続する。
<PRIVATE CLIENT LINK:ACTIVE>
「聞こえる?」
マカロンの声が、耳元から届く。
「聞こえる」
「よし!」
二人が反対の通路へ向かう。
分かれる直前、マカロンが振り返った。
「終わったら、中央で会おう」
「中央制御室?」
「その前の、大きい乗り換えホール」
「わかった」
「約束ね」
ティーは頷いた。
「必ず行く」
二人は、それぞれの道へ走り出した。
下層ホーム
ティーが向かった下層ホームには、三つの赤い反応があった。
一人は改札付近。
二人は、停止した車両の近く。
待機ホール三へ続く道を塞いでいる。
ホームの照明は、赤い警報灯だけになっていた。
停車中の車両。
閉じた扉。
黒い市場の商品一覧を流し続ける案内板。
ティーは柱の陰から、最初の対象を確認した。
長い銃。
周囲へ、検知用の小型端末を浮かべている。
正面から撃てば、端末が残り二人へ警告を送る。
ティーはクライアントユニットを低照度で展開した。
<MAINTENANCE CART:STANDBY>
ホームの端に、小さな整備用車両が止まっている。
ティーは、その起動経路へアクセスした。
音を立てず、対象の反対側へ移動させる。
整備車両が、ゆっくり動き始めた。
一人目が気づく。
「誰だ?」
検知端末が、そちらへ向く。
ティーは柱の陰から出た。
ハンドガン。
二発。
一発目で、浮かんでいた端末を破壊する。
二発目が、対象の胸元へ入る。
青い亀裂。
<TARGETS REMAINING:10>
車両付近にいた二人が、同時にこちらを向いた。
銃撃。
ティーは柱へ戻る。
弾丸が角を砕いた。
「ティー、そっちは?」
通信からマカロンの声。
その向こうにも銃声が混じっている。
「三人。今、一人」
「私は三人!」
「無理しないで」
「ティーもね!」
下層の二人が、左右へ分かれて近づく。
挟まれる。
ティーはカービンを構え、右側の対象へ短く撃つ。
防御層へ亀裂。
相手が物陰へ戻る。
左側。
近い。
ティーはカービンを背中へ戻し、ハンドガンを撃ちながら距離を詰めた。
一発。
相手の腕。
二発目。
肩。
対象が長い刃を抜く。
ティーも左腰からナイフを抜いた。
刃と刃がぶつかる。
青い火花。
相手が力で押し込んでくる。
ティーは受け止めない。
刃を斜めへ滑らせ、相手の腕を外側へ流す。
懐へ入る。
ナイフを胸元の防御データへ走らせた。
赤黒い層が裂ける。
右手のハンドガン。
至近距離。
一発。
対象が粒子へ変わった。
<TARGETS REMAINING:9>
直後。
背後から、二人目の銃口が向く。
ティーの猫耳が、引き金へ触れる音を拾った。
身体を沈める。
弾丸が、銀色の髪の上を通過した。
ティーは左手だけを前へ出す。
クライアントユニット。
完全な入力姿勢を取る時間はない。
視界上の座標を選ぶ。
<SELF COORDINATE SHIFT>
柱の後方。
四・二メートル。
確定。
景色が一度だけ横へ流れた。
走った感覚はない。
ティーの座標だけが、銃口の正面から柱の後ろへ書き換えられる。
相手の二発目が、先ほどまでティーのいた場所を通過した。
突然位置を失った対象が周囲を見回す。
ティーは柱の反対側から姿を出した。
胸。
頭部。
二発。
<TARGETS REMAINING:8>
静けさ。
クライアントユニットへ警告が出る。
<COORDINATE SHIFT:TEMPORARY LOAD>
<REPEATED USE NOT RECOMMENDED>
便利だからといって、何度でも使えるわけではない。
処理範囲。
権限。
端末への負荷。
そして、ティー自身の入力精度。
少しでも誤れば、狙った場所とは違う位置へ移される可能性もある。
「こっちは終わった」
通信へ伝える。
少し遅れて、マカロンからも返事が来た。
「私も三人、終わったよ!」
<TARGETS REMAINING:5>
「早い」
「広いところだったから、動きやすかった!」
声に、少しだけ息切れが混じっている。
「怪我は?」
「袖が少し破れたくらい!」
「本当に?」
「本当に!」
「あとで見る」
「うん。ティーも見せてね!」
「私は無傷」
「それでも見る!」
何を見るのだろう。
少しだけ思いながら、ティーは待機ホール三へ向かった。
一人は改札付近。
二人は、停止した車両の近く。
待機ホール三へ続く道を塞いでいる。
ホームの照明は、赤い警報灯だけになっていた。
停車中の車両。
閉じた扉。
黒い市場の商品一覧を流し続ける案内板。
ティーは柱の陰から、最初の対象を確認した。
長い銃。
周囲へ、検知用の小型端末を浮かべている。
正面から撃てば、端末が残り二人へ警告を送る。
ティーはクライアントユニットを低照度で展開した。
<MAINTENANCE CART:STANDBY>
ホームの端に、小さな整備用車両が止まっている。
ティーは、その起動経路へアクセスした。
音を立てず、対象の反対側へ移動させる。
整備車両が、ゆっくり動き始めた。
一人目が気づく。
「誰だ?」
検知端末が、そちらへ向く。
ティーは柱の陰から出た。
ハンドガン。
二発。
一発目で、浮かんでいた端末を破壊する。
二発目が、対象の胸元へ入る。
青い亀裂。
<TARGETS REMAINING:10>
車両付近にいた二人が、同時にこちらを向いた。
銃撃。
ティーは柱へ戻る。
弾丸が角を砕いた。
「ティー、そっちは?」
通信からマカロンの声。
その向こうにも銃声が混じっている。
「三人。今、一人」
「私は三人!」
「無理しないで」
「ティーもね!」
下層の二人が、左右へ分かれて近づく。
挟まれる。
ティーはカービンを構え、右側の対象へ短く撃つ。
防御層へ亀裂。
相手が物陰へ戻る。
左側。
近い。
ティーはカービンを背中へ戻し、ハンドガンを撃ちながら距離を詰めた。
一発。
相手の腕。
二発目。
肩。
対象が長い刃を抜く。
ティーも左腰からナイフを抜いた。
刃と刃がぶつかる。
青い火花。
相手が力で押し込んでくる。
ティーは受け止めない。
刃を斜めへ滑らせ、相手の腕を外側へ流す。
懐へ入る。
ナイフを胸元の防御データへ走らせた。
赤黒い層が裂ける。
右手のハンドガン。
至近距離。
一発。
対象が粒子へ変わった。
<TARGETS REMAINING:9>
直後。
背後から、二人目の銃口が向く。
ティーの猫耳が、引き金へ触れる音を拾った。
身体を沈める。
弾丸が、銀色の髪の上を通過した。
ティーは左手だけを前へ出す。
クライアントユニット。
完全な入力姿勢を取る時間はない。
視界上の座標を選ぶ。
<SELF COORDINATE SHIFT>
柱の後方。
四・二メートル。
確定。
景色が一度だけ横へ流れた。
走った感覚はない。
ティーの座標だけが、銃口の正面から柱の後ろへ書き換えられる。
相手の二発目が、先ほどまでティーのいた場所を通過した。
突然位置を失った対象が周囲を見回す。
ティーは柱の反対側から姿を出した。
胸。
頭部。
二発。
<TARGETS REMAINING:8>
静けさ。
クライアントユニットへ警告が出る。
<COORDINATE SHIFT:TEMPORARY LOAD>
<REPEATED USE NOT RECOMMENDED>
便利だからといって、何度でも使えるわけではない。
処理範囲。
権限。
端末への負荷。
そして、ティー自身の入力精度。
少しでも誤れば、狙った場所とは違う位置へ移される可能性もある。
「こっちは終わった」
通信へ伝える。
少し遅れて、マカロンからも返事が来た。
「私も三人、終わったよ!」
<TARGETS REMAINING:5>
「早い」
「広いところだったから、動きやすかった!」
声に、少しだけ息切れが混じっている。
「怪我は?」
「袖が少し破れたくらい!」
「本当に?」
「本当に!」
「あとで見る」
「うん。ティーも見せてね!」
「私は無傷」
「それでも見る!」
何を見るのだろう。
少しだけ思いながら、ティーは待機ホール三へ向かった。
六十三人
待機ホール一。
十八名。
待機ホール三。
二十四名。
二人は離れた場所で、同じ処理を行った。
赤い拘束をずらし。
外部通信を復旧し。
ログアウトを戻す。
ティーのいるホール三では、利用者たちは最初やはり警戒した。
けれど、メニューが戻った瞬間、表情が変わる。
「帰れる……」
「家族へ連絡がつながった」
「本当に、終わったんだ」
一人の利用者が、ログアウトする前にティーへ言った。
「ありがとう。名前が言えないなら、聞かない」
ティーは少しだけ目を見開いた。
その人は続ける。
「今、帰れる。それだけで十分だから」
「……うん」
丁寧に返すこともできた。
けれど、自然に出たのはその一言だった。
「早く、帰って」
「あなたも」
利用者の姿が消える。
<CIVILIAN USERS RELEASED:45/63>
ほとんど同時に、マカロン側の数字も増え始めた。
<48/63>
<52/63>
<58/63>
<63/63>
全員。
帰れた。
通信から、マカロンの明るい声が届く。
「六十三人!」
「うん」
「全員!」
ティーの猫耳が、ほんの少しだけ前を向いた。
「全員、帰れた」
「次は、中央だね」
「約束した場所で会う」
「待ってる!」
ティーはホールを出た。
残りの通常対象は五人。
そのうち四人が、中央の乗り換えホールへ集まっていた。
十八名。
待機ホール三。
二十四名。
二人は離れた場所で、同じ処理を行った。
赤い拘束をずらし。
外部通信を復旧し。
ログアウトを戻す。
ティーのいるホール三では、利用者たちは最初やはり警戒した。
けれど、メニューが戻った瞬間、表情が変わる。
「帰れる……」
「家族へ連絡がつながった」
「本当に、終わったんだ」
一人の利用者が、ログアウトする前にティーへ言った。
「ありがとう。名前が言えないなら、聞かない」
ティーは少しだけ目を見開いた。
その人は続ける。
「今、帰れる。それだけで十分だから」
「……うん」
丁寧に返すこともできた。
けれど、自然に出たのはその一言だった。
「早く、帰って」
「あなたも」
利用者の姿が消える。
<CIVILIAN USERS RELEASED:45/63>
ほとんど同時に、マカロン側の数字も増え始めた。
<48/63>
<52/63>
<58/63>
<63/63>
全員。
帰れた。
通信から、マカロンの明るい声が届く。
「六十三人!」
「うん」
「全員!」
ティーの猫耳が、ほんの少しだけ前を向いた。
「全員、帰れた」
「次は、中央だね」
「約束した場所で会う」
「待ってる!」
ティーはホールを出た。
残りの通常対象は五人。
そのうち四人が、中央の乗り換えホールへ集まっていた。
中央で
中央乗り換えホール。
上下へ続くエスカレーター。
複数の交通路を示す巨大な案内画面。
何本もの柱。
今は、そのすべてにBlackMETROの商品一覧が表示されている。
匿名の買い手。
暗号化された売り手。
現実側の住所断片。
不正なアクセスキー。
使用を禁止されたクライアント拡張。
黒い画面の向こうで、取引額だけが増え続けていた。
その中央で。
四人の対象が防御位置を作っている。
ティーが下層側の入口へ着いた時。
反対側の二階通路から、マカロンが姿を見せた。
一瞬、目が合う。
マカロンが笑った。
「約束どおり!」
「うん」
「少し遅かった?」
「私も今来た」
「なら同着!」
勝ち負けへしようとする声。
それだけで、ティーの呼吸が少し戻った。
四人の対象が、二人へ銃口を向ける。
「侵入者!」
「二人とも、ここで止めろ!」
マカロンは二階通路の手すりへ足をかけた。
ティーが呼ぶ。
「マカロン」
「大丈夫!」
手すりを越える。
下の案内柱へ着地。
短機関銃を撃ちながら、反対側へ飛び移る。
一人の対象が、マカロンへ攻撃を集中させた。
ティーはその隙に、床を走る動く歩道の制御へアクセスする。
<MOVING WALKWAY:REVERSE>
対象二人の足元。
歩道が突然、逆方向へ動いた。
姿勢が崩れる。
ティーがカービンを撃つ。
一人目。
胸へ連続命中。
粒子へ変わる。
二人目が歩道から飛び降りる。
その着地先へ、マカロンの弾丸が入った。
<TARGETS REMAINING:3>
残り二人が左右へ分かれる。
一人は、マカロンの背後。
もう一人が、ティーへ大型の銃を向けた。
銃声。
ティーは柱の横へ滑り込む。
壁が大きく削れる。
マカロンから通信が入る。
「ティー、そっち行く?」
「自分の方を見て」
「でも――」
「後ろ」
マカロンが振り返る。
すぐ近くまで、一人の対象が迫っていた。
短い刃。
マカロンは銃身で受ける。
弾かれた短機関銃が、床を滑った。
相手がもう一度刃を振る。
マカロンは後ろへ跳ぶ。
「少し困った!」
「銃は?」
「遠い!」
ティーはクライアントユニットへ、マカロンの座標を表示した。
<ALLY COORDINATE>
<SHIFT AVAILABLE>
「急に動くよ」
「え?」
返事を待つ時間はない。
マカロンの位置を、右後方へ三・八メートル。
確定。
相手の刃が振り下ろされる直前。
マカロンの姿が、その場から消える。
次の瞬間には、離れた短機関銃のすぐ横へ移動していた。
「びっくりした!」
「銃を取って」
「うん!」
マカロンは床を蹴り、短機関銃を拾い上げる。
迫っていた対象が振り返る。
短い連射。
<TARGETS REMAINING:2>
同時に。
ティーの隠れていた柱が、大型銃の一発で崩れた。
遮蔽物が消える。
ティーは正面へ走った。
離れれば、相手の間合いになる。
なら、近づく。
一発。
外れる。
二発目。
ティーの外套が裂ける。
それでも止まらない。
カービンを撃つ。
対象の防御層へ亀裂。
まだ倒れない。
残り数歩。
カービンを投げるように手放し、ナイフを抜く。
大型銃が振り下ろされる。
身体を横へ。
銃身が床を打つ。
ティーは相手の腕へナイフを滑らせた。
青い線が光る。
大型銃の権限接続が切断され、武器の輪郭が崩れる。
対象が驚いている間に、ハンドガンを胸元へ向ける。
一発。
青い亀裂。
<TARGETS REMAINING:1>
通常対象は、あと一人。
最上部の制御室にいる操作担当だけだった。
「終わった?」
マカロンが走ってくる。
「あと一人。中央制御」
「じゃあ、急ごう」
二人が動き出そうとした時。
黄色い視界へ、突然新しい反応が現れた。
赤ではない。
輪郭のない黒。
<UNREGISTERED USER>
<AUTHORITY:MASKED>
<COORDINATE ANCHOR:ACTIVE>
対象数には含まれていない。
それなのに、確かな一人の利用者がホールへ入ってきていた。
上下へ続くエスカレーター。
複数の交通路を示す巨大な案内画面。
何本もの柱。
今は、そのすべてにBlackMETROの商品一覧が表示されている。
匿名の買い手。
暗号化された売り手。
現実側の住所断片。
不正なアクセスキー。
使用を禁止されたクライアント拡張。
黒い画面の向こうで、取引額だけが増え続けていた。
その中央で。
四人の対象が防御位置を作っている。
ティーが下層側の入口へ着いた時。
反対側の二階通路から、マカロンが姿を見せた。
一瞬、目が合う。
マカロンが笑った。
「約束どおり!」
「うん」
「少し遅かった?」
「私も今来た」
「なら同着!」
勝ち負けへしようとする声。
それだけで、ティーの呼吸が少し戻った。
四人の対象が、二人へ銃口を向ける。
「侵入者!」
「二人とも、ここで止めろ!」
マカロンは二階通路の手すりへ足をかけた。
ティーが呼ぶ。
「マカロン」
「大丈夫!」
手すりを越える。
下の案内柱へ着地。
短機関銃を撃ちながら、反対側へ飛び移る。
一人の対象が、マカロンへ攻撃を集中させた。
ティーはその隙に、床を走る動く歩道の制御へアクセスする。
<MOVING WALKWAY:REVERSE>
対象二人の足元。
歩道が突然、逆方向へ動いた。
姿勢が崩れる。
ティーがカービンを撃つ。
一人目。
胸へ連続命中。
粒子へ変わる。
二人目が歩道から飛び降りる。
その着地先へ、マカロンの弾丸が入った。
<TARGETS REMAINING:3>
残り二人が左右へ分かれる。
一人は、マカロンの背後。
もう一人が、ティーへ大型の銃を向けた。
銃声。
ティーは柱の横へ滑り込む。
壁が大きく削れる。
マカロンから通信が入る。
「ティー、そっち行く?」
「自分の方を見て」
「でも――」
「後ろ」
マカロンが振り返る。
すぐ近くまで、一人の対象が迫っていた。
短い刃。
マカロンは銃身で受ける。
弾かれた短機関銃が、床を滑った。
相手がもう一度刃を振る。
マカロンは後ろへ跳ぶ。
「少し困った!」
「銃は?」
「遠い!」
ティーはクライアントユニットへ、マカロンの座標を表示した。
<ALLY COORDINATE>
<SHIFT AVAILABLE>
「急に動くよ」
「え?」
返事を待つ時間はない。
マカロンの位置を、右後方へ三・八メートル。
確定。
相手の刃が振り下ろされる直前。
マカロンの姿が、その場から消える。
次の瞬間には、離れた短機関銃のすぐ横へ移動していた。
「びっくりした!」
「銃を取って」
「うん!」
マカロンは床を蹴り、短機関銃を拾い上げる。
迫っていた対象が振り返る。
短い連射。
<TARGETS REMAINING:2>
同時に。
ティーの隠れていた柱が、大型銃の一発で崩れた。
遮蔽物が消える。
ティーは正面へ走った。
離れれば、相手の間合いになる。
なら、近づく。
一発。
外れる。
二発目。
ティーの外套が裂ける。
それでも止まらない。
カービンを撃つ。
対象の防御層へ亀裂。
まだ倒れない。
残り数歩。
カービンを投げるように手放し、ナイフを抜く。
大型銃が振り下ろされる。
身体を横へ。
銃身が床を打つ。
ティーは相手の腕へナイフを滑らせた。
青い線が光る。
大型銃の権限接続が切断され、武器の輪郭が崩れる。
対象が驚いている間に、ハンドガンを胸元へ向ける。
一発。
青い亀裂。
<TARGETS REMAINING:1>
通常対象は、あと一人。
最上部の制御室にいる操作担当だけだった。
「終わった?」
マカロンが走ってくる。
「あと一人。中央制御」
「じゃあ、急ごう」
二人が動き出そうとした時。
黄色い視界へ、突然新しい反応が現れた。
赤ではない。
輪郭のない黒。
<UNREGISTERED USER>
<AUTHORITY:MASKED>
<COORDINATE ANCHOR:ACTIVE>
対象数には含まれていない。
それなのに、確かな一人の利用者がホールへ入ってきていた。
ボルビーノ
奥の通路から現れたのは、大柄な男だった。
厚い戦闘服。
片手には、短い銃身の大型散弾銃。
もう片方の腕には、金属製の重い防具が巻かれている。
腰の近くでは、黒い杭のような小型装置が低く発光していた。
男は光の粒子となった四人の跡を見る。
続いて、ティーとマカロンへ視線を向ける。
「黄色い目が二つ」
低く。
苛立ちを隠そうともしない声。
「市場を荒らしてるのは、お前らか」
「ボルビーノ?」
ティーが尋ねる。
男の口元が、わずかに歪む。
「モーリスが余計な名前まで流したか」
任務画面へ識別結果が届いた。
<POSSIBLE MATCH>
<BLACKMETRO MEMBER:BOLBINO>
BlackMETRO。
その構成員が、映像ではなく現地へ来ている。
「六十三人を閉じ込めたのも、あなたたち?」
マカロンが銃を構える。
「俺は市場を使う奴の面倒を見に来ただけだ」
ボルビーノは散弾銃を肩へ乗せた。
「売り手が商品を抜く。買い手が代金をごまかす。BlackMETROの名を使って、勝手な商売を始める」
声へ、さらに苛立ちが混じる。
「そういう馬鹿を消すのが俺の仕事だ」
「ここにいた人たちは、商品じゃない」
ティーが言う。
「セッションも、情報も」
「ああ?」
「誰かが帰るためのものを、勝手に売らないで」
ボルビーノは一瞬だけ目を細めた。
それから。
愉快そうではなく、純粋に攻撃的な笑みを見せた。
「管理者でもねえ。名前も所属も出さねえ。それで正義の話か」
「正義かどうかは、まだわからない」
ティーはハンドガンを構えた。
「でも、あの人たちを帰したことは間違ってない」
「いいねえ」
ボルビーノが散弾銃を下ろす。
銃口が二人へ向いた。
「なら、そのまま消えろ」
発砲。
ティーはクライアントユニットへ、障壁命令を入力した。
青い壁。
散弾が表面へ食い込む。
一度で、障壁の半分に亀裂が走った。
「強い!」
マカロンが横へ飛びながら撃ち返す。
短機関銃の弾丸。
ボルビーノは金属で覆った腕を前へ出した。
弾丸が弾かれる。
そのまま障壁へ体当たりする。
青い壁が砕けた。
「障壁まで力で壊すんだ……!」
「マカロン、離れて!」
ボルビーノは散弾銃を片手で振り回す。
マカロンが後ろへ跳ぶ。
銃身が、先ほどまで立っていた場所を薙いだ。
ティーは相手の座標を選ぶ。
<TARGET COORDINATE OFFSET>
後方へ五メートル。
確定。
だが。
ボルビーノの位置は変わらなかった。
<OPERATION DENIED>
<EXTERNAL COORDINATE ANCHOR>
腰の黒い杭。
空間上の現在位置を、外部経路へ固定している。
「俺を動かそうとしたか?」
ボルビーノがティーへ向き直る。
「そのキーボード、面白い物を持ってるな」
散弾銃。
ティーは自分の座標を右へ移動させた。
発砲と同時に、姿が数メートルずれる。
散弾が空を切る。
移動先から、ティーはハンドガンを撃った。
腰の黒い杭。
弾丸が当たる。
だが、薄い防御層に弾かれた。
「狙ってる場所は合ってる!」
マカロンが叫ぶ。
「私が防御を削る!」
短機関銃の連射が、黒い杭の周囲へ集中する。
ボルビーノがマカロンへ突進した。
散弾銃ではない。
金属で覆われた腕を、直接振り下ろす。
マカロンが避ける。
床が大きく砕けた。
衝撃で姿勢を崩す。
ボルビーノの腕が、マカロンの身体を捉えようと伸びる。
ティーはマカロンの座標へ再び触れた。
<ALLY SHIFT>
端末の負荷警告。
一度目より、入力が重い。
それでも確定する。
マカロンの姿が、ボルビーノの手の中へ入る直前に消えた。
ティーの隣へ移動する。
「また急に!」
「ごめん」
「助かったから大丈夫!」
ボルビーノが二人を睨む。
「ちょこまかと……!」
散弾銃を床へ向ける。
発砲。
床面へ埋め込まれていた空間制御線が破壊された。
ティーのクライアントユニットに警告が出る。
<LOCAL AUTHORITY:UNSTABLE>
座標操作の基準そのものを壊している。
力任せに見える。
だが。
クライアントユニットの能力を見たあと、何を壊せばよいのか判断していた。
「ただ攻撃的なだけじゃない」
「じゃあ、どうする?」
「杭を壊す。座標固定を外す」
「わかった!」
ティーとマカロンが左右へ分かれる。
ボルビーノは、より近いマカロンへ散弾銃を向けた。
ティーは自分の正面へ、小さな障壁を複数展開する。
一枚では破られる。
なら。
角度を変えた三枚。
発砲。
一枚目が砕ける。
散弾の方向が外へ広がる。
二枚目。
さらに軌道を変える。
三枚目を抜けた頃には、ティーへ届く弾丸は数発だけになっていた。
外套へ青い粒子が散る。
それでも、足は止めない。
ボルビーノの背後へ回る。
「後ろ!」
マカロンが注意を引くように連射する。
金属腕で防ぐ。
その瞬間。
ティーが腰の黒い杭へナイフを走らせた。
刃へ走る青い回路。
防御層が一つ剥がれる。
ボルビーノが振り返った。
金属の腕が、ティーの身体へ直撃する。
強い衝撃。
ティーは床を滑り、柱へ背中を打ちつけた。
<DAMAGE:SEVERE>
黄色い視界が乱れる。
「ティー!」
マカロンが声を上げる。
「動ける」
息がうまく続かない。
それでも、右手のハンドガンは離していない。
黒い杭の防御は、もう薄い。
「今!」
ティーが撃つ。
マカロンも同時に撃った。
二つの方向から弾丸が入り、黒い杭が砕け散る。
<COORDINATE ANCHOR:DISABLED>
ボルビーノの足元から、固定を示していた黒い線が消えた。
「余計なことを……!」
ティーはクライアントユニットへ両手を置く。
今度は。
相手の座標が動かせる。
<TARGET COORDINATE OFFSET>
上方向、一・五メートル。
後方、三メートル。
確定。
ボルビーノの身体が、床から突然浮き上がった。
足場を失い、そのまま後方へ移動する。
空中で姿勢を直そうとする。
マカロンが撃つ。
散弾銃を持つ腕。
肩。
胸元。
ボルビーノの戦闘服へ、青い亀裂が広がった。
ティーもハンドガンを構える。
二人の射線が重なる。
初めて。
ボルビーノが明確に追い詰められた。
その時。
交通区画の全画面に、再びMOORISが映った。
独特な衣装。
判別できない顔。
加工された声。
『現地処理を終了します』
「まだ終わってねえ!」
ボルビーノが怒鳴る。
『市場経路の保全を優先』
「二人くらい、今ここで――」
『ボルビーノ』
声量は変わらない。
それでも、名前を呼ばれただけで男の言葉が止まった。
『帰還してください』
ボルビーノの背後へ、黒い四角形が現れた。
通常の転送門とは違う。
光も。
行き先表示もない。
切り取られた空間のような、真っ黒な入口。
ティーはすぐにクライアントユニットへ手を置いた。
<TRANSFER LOCK>
入力。
だが。
返ってきたのは、見たことのない警告だった。
<ROUTE NOT REGISTERED>
<OUTSIDE LOCAL COORDINATE MAP>
交通区画の座標へ存在しているのに。
行き先は、だんのこまちの正規空間として登録されていない。
BlackMETROだけが利用する、裏側の転送経路。
「逃がさない!」
マカロンが撃つ。
ボルビーノの肩へ弾丸が入る。
男のアバターへ、さらに亀裂が広がった。
それでも倒れない。
後ろへ下がり、黒い入口へ片足を入れる。
「黄色目」
ボルビーノがティーを見る。
「次は、最初にそのキーボードから壊す」
「次も止める」
ティーは答えた。
声は強くない。
けれど、はっきりと届いた。
ボルビーノは低く笑い、そのまま黒い入口へ消えた。
入口も閉じる。
転送履歴。
座標。
接続先。
何一つ残らない。
<BOLBINO:TRACE LOST>
「逃げられた……」
マカロンが銃を下ろす。
ティーも黒い入口があった場所を見る。
悔しさはある。
追いたい。
だが。
市場画面の数字は、今も動いている。
<DATA EXPORT:71%>
通常対象も、あと一人残っている。
「マカロン」
「うん」
「今は送信を止める」
マカロンは一度だけ唇を結んだ。
すぐに頷く。
「ボルビーノは、そのあと」
二人は中央制御塔へ走り出した。
画面のMOORISは、もう消えていた。
厚い戦闘服。
片手には、短い銃身の大型散弾銃。
もう片方の腕には、金属製の重い防具が巻かれている。
腰の近くでは、黒い杭のような小型装置が低く発光していた。
男は光の粒子となった四人の跡を見る。
続いて、ティーとマカロンへ視線を向ける。
「黄色い目が二つ」
低く。
苛立ちを隠そうともしない声。
「市場を荒らしてるのは、お前らか」
「ボルビーノ?」
ティーが尋ねる。
男の口元が、わずかに歪む。
「モーリスが余計な名前まで流したか」
任務画面へ識別結果が届いた。
<POSSIBLE MATCH>
<BLACKMETRO MEMBER:BOLBINO>
BlackMETRO。
その構成員が、映像ではなく現地へ来ている。
「六十三人を閉じ込めたのも、あなたたち?」
マカロンが銃を構える。
「俺は市場を使う奴の面倒を見に来ただけだ」
ボルビーノは散弾銃を肩へ乗せた。
「売り手が商品を抜く。買い手が代金をごまかす。BlackMETROの名を使って、勝手な商売を始める」
声へ、さらに苛立ちが混じる。
「そういう馬鹿を消すのが俺の仕事だ」
「ここにいた人たちは、商品じゃない」
ティーが言う。
「セッションも、情報も」
「ああ?」
「誰かが帰るためのものを、勝手に売らないで」
ボルビーノは一瞬だけ目を細めた。
それから。
愉快そうではなく、純粋に攻撃的な笑みを見せた。
「管理者でもねえ。名前も所属も出さねえ。それで正義の話か」
「正義かどうかは、まだわからない」
ティーはハンドガンを構えた。
「でも、あの人たちを帰したことは間違ってない」
「いいねえ」
ボルビーノが散弾銃を下ろす。
銃口が二人へ向いた。
「なら、そのまま消えろ」
発砲。
ティーはクライアントユニットへ、障壁命令を入力した。
青い壁。
散弾が表面へ食い込む。
一度で、障壁の半分に亀裂が走った。
「強い!」
マカロンが横へ飛びながら撃ち返す。
短機関銃の弾丸。
ボルビーノは金属で覆った腕を前へ出した。
弾丸が弾かれる。
そのまま障壁へ体当たりする。
青い壁が砕けた。
「障壁まで力で壊すんだ……!」
「マカロン、離れて!」
ボルビーノは散弾銃を片手で振り回す。
マカロンが後ろへ跳ぶ。
銃身が、先ほどまで立っていた場所を薙いだ。
ティーは相手の座標を選ぶ。
<TARGET COORDINATE OFFSET>
後方へ五メートル。
確定。
だが。
ボルビーノの位置は変わらなかった。
<OPERATION DENIED>
<EXTERNAL COORDINATE ANCHOR>
腰の黒い杭。
空間上の現在位置を、外部経路へ固定している。
「俺を動かそうとしたか?」
ボルビーノがティーへ向き直る。
「そのキーボード、面白い物を持ってるな」
散弾銃。
ティーは自分の座標を右へ移動させた。
発砲と同時に、姿が数メートルずれる。
散弾が空を切る。
移動先から、ティーはハンドガンを撃った。
腰の黒い杭。
弾丸が当たる。
だが、薄い防御層に弾かれた。
「狙ってる場所は合ってる!」
マカロンが叫ぶ。
「私が防御を削る!」
短機関銃の連射が、黒い杭の周囲へ集中する。
ボルビーノがマカロンへ突進した。
散弾銃ではない。
金属で覆われた腕を、直接振り下ろす。
マカロンが避ける。
床が大きく砕けた。
衝撃で姿勢を崩す。
ボルビーノの腕が、マカロンの身体を捉えようと伸びる。
ティーはマカロンの座標へ再び触れた。
<ALLY SHIFT>
端末の負荷警告。
一度目より、入力が重い。
それでも確定する。
マカロンの姿が、ボルビーノの手の中へ入る直前に消えた。
ティーの隣へ移動する。
「また急に!」
「ごめん」
「助かったから大丈夫!」
ボルビーノが二人を睨む。
「ちょこまかと……!」
散弾銃を床へ向ける。
発砲。
床面へ埋め込まれていた空間制御線が破壊された。
ティーのクライアントユニットに警告が出る。
<LOCAL AUTHORITY:UNSTABLE>
座標操作の基準そのものを壊している。
力任せに見える。
だが。
クライアントユニットの能力を見たあと、何を壊せばよいのか判断していた。
「ただ攻撃的なだけじゃない」
「じゃあ、どうする?」
「杭を壊す。座標固定を外す」
「わかった!」
ティーとマカロンが左右へ分かれる。
ボルビーノは、より近いマカロンへ散弾銃を向けた。
ティーは自分の正面へ、小さな障壁を複数展開する。
一枚では破られる。
なら。
角度を変えた三枚。
発砲。
一枚目が砕ける。
散弾の方向が外へ広がる。
二枚目。
さらに軌道を変える。
三枚目を抜けた頃には、ティーへ届く弾丸は数発だけになっていた。
外套へ青い粒子が散る。
それでも、足は止めない。
ボルビーノの背後へ回る。
「後ろ!」
マカロンが注意を引くように連射する。
金属腕で防ぐ。
その瞬間。
ティーが腰の黒い杭へナイフを走らせた。
刃へ走る青い回路。
防御層が一つ剥がれる。
ボルビーノが振り返った。
金属の腕が、ティーの身体へ直撃する。
強い衝撃。
ティーは床を滑り、柱へ背中を打ちつけた。
<DAMAGE:SEVERE>
黄色い視界が乱れる。
「ティー!」
マカロンが声を上げる。
「動ける」
息がうまく続かない。
それでも、右手のハンドガンは離していない。
黒い杭の防御は、もう薄い。
「今!」
ティーが撃つ。
マカロンも同時に撃った。
二つの方向から弾丸が入り、黒い杭が砕け散る。
<COORDINATE ANCHOR:DISABLED>
ボルビーノの足元から、固定を示していた黒い線が消えた。
「余計なことを……!」
ティーはクライアントユニットへ両手を置く。
今度は。
相手の座標が動かせる。
<TARGET COORDINATE OFFSET>
上方向、一・五メートル。
後方、三メートル。
確定。
ボルビーノの身体が、床から突然浮き上がった。
足場を失い、そのまま後方へ移動する。
空中で姿勢を直そうとする。
マカロンが撃つ。
散弾銃を持つ腕。
肩。
胸元。
ボルビーノの戦闘服へ、青い亀裂が広がった。
ティーもハンドガンを構える。
二人の射線が重なる。
初めて。
ボルビーノが明確に追い詰められた。
その時。
交通区画の全画面に、再びMOORISが映った。
独特な衣装。
判別できない顔。
加工された声。
『現地処理を終了します』
「まだ終わってねえ!」
ボルビーノが怒鳴る。
『市場経路の保全を優先』
「二人くらい、今ここで――」
『ボルビーノ』
声量は変わらない。
それでも、名前を呼ばれただけで男の言葉が止まった。
『帰還してください』
ボルビーノの背後へ、黒い四角形が現れた。
通常の転送門とは違う。
光も。
行き先表示もない。
切り取られた空間のような、真っ黒な入口。
ティーはすぐにクライアントユニットへ手を置いた。
<TRANSFER LOCK>
入力。
だが。
返ってきたのは、見たことのない警告だった。
<ROUTE NOT REGISTERED>
<OUTSIDE LOCAL COORDINATE MAP>
交通区画の座標へ存在しているのに。
行き先は、だんのこまちの正規空間として登録されていない。
BlackMETROだけが利用する、裏側の転送経路。
「逃がさない!」
マカロンが撃つ。
ボルビーノの肩へ弾丸が入る。
男のアバターへ、さらに亀裂が広がった。
それでも倒れない。
後ろへ下がり、黒い入口へ片足を入れる。
「黄色目」
ボルビーノがティーを見る。
「次は、最初にそのキーボードから壊す」
「次も止める」
ティーは答えた。
声は強くない。
けれど、はっきりと届いた。
ボルビーノは低く笑い、そのまま黒い入口へ消えた。
入口も閉じる。
転送履歴。
座標。
接続先。
何一つ残らない。
<BOLBINO:TRACE LOST>
「逃げられた……」
マカロンが銃を下ろす。
ティーも黒い入口があった場所を見る。
悔しさはある。
追いたい。
だが。
市場画面の数字は、今も動いている。
<DATA EXPORT:71%>
通常対象も、あと一人残っている。
「マカロン」
「うん」
「今は送信を止める」
マカロンは一度だけ唇を結んだ。
すぐに頷く。
「ボルビーノは、そのあと」
二人は中央制御塔へ走り出した。
画面のMOORISは、もう消えていた。
最後の制御室
中央制御室の扉は、三重の不正認証に覆われていた。
扉の向こうには、最後の通常対象。
区画全体の不正権限と、BlackMETROへの商品送信を維持している操作担当。
<TARGETS REMAINING:1>
<DATA EXPORT:74%>
ティーはクライアントユニットを展開した。
「私が扉を開ける」
「開いたら、私が操作してる人を止める」
「うん」
マカロンは数秒だけティーを見た。
任務装備の背中。
修復途中の外套。
「本当に動ける?」
「動ける」
「終わったら、ちゃんと休もうね」
「マカロンも」
「うん。二人とも」
ティーが入力を始める。
一層目。
解除。
二層目。
不正権限が、入力列を何度も書き換えようとする。
修正しながら進む。
<DATA EXPORT:79%>
扉の向こうから、銃弾が壁を貫いた。
マカロンがティーの前へ出る。
短機関銃で、開いた穴へ撃ち返す。
「あと?」
「十二秒」
「守る!」
二発目。
壁が砕ける。
銃口が見えた。
マカロンが横へ跳ぶ。
弾丸が、クライアントユニットの上空を通過した。
白いキーは消えない。
ティーの指も止まらない。
「七」
三層目。
「六」
<DATA EXPORT:85%>
「五」
壁の穴が広がる。
対象が外へ出ようとしている。
「四」
マカロンが連射する。
「三」
「ティー、開いたら右!」
「わかった」
「二」
最後の命令。
「一」
中央の長いキー。
<CENTRAL CONTROL:ACCESS GRANTED>
扉が左右へ開いた。
同時に、対象の弾丸が飛ぶ。
二人は左右へ分かれた。
マカロンは左。
ティーは右。
弾丸が二人の間を通り、後ろの壁を砕く。
対象は操作卓の前に立っていた。
片手に小型銃。
もう一方の手は、外部送信を強制完了させる入力面へ伸びている。
<DATA EXPORT:88%>
マカロンが撃つ。
対象の防御層へ弾かれる。
「防御がある!」
「端末との接続を切って!」
マカロンは正面から撃ち続けず、操作卓の横へ回り込む。
銃口を対象ではなく、背中から伸びる赤黒い接続線へ向けた。
短い連射。
一本。
二本。
接続が切れていく。
それでも、対象の指は緊急入力へ近づいていた。
ティーは復旧命令を入力し始める。
<REGION AUTHORITY RESTORE>
長い入力列。
これまでで最も複雑な命令。
<DATA EXPORT:91%>
「ティー、あとどれくらい?」
「十五文字」
「長い!」
対象が小型銃を撃つ。
マカロンがティーの前へ入る。
短機関銃で撃ち返し、対象の腕へ命中させる。
それでも操作卓から離れない。
「十三」
ティーの指が動く。
「十二」
対象が床へ手をつき、再び緊急入力へ指を伸ばす。
「十一」
マカロンの弾倉が空になる。
「交換する!」
「十」
<DATA EXPORT:94%>
対象の指が、入力面へ触れようとする。
ティーは復旧命令を止めないまま、別の空間操作欄を開いた。
人を動かす必要はない。
操作卓の方を動かす。
<OBJECT COORDINATE REASSIGN>
対象が触れようとしている入力卓。
横方向へ二メートル。
確定。
緊急入力面が、対象の手の下から突然消えた。
二メートル離れた場所へ、操作卓ごと移動する。
「何だ!?」
対象の手が空を切る。
「マカロン!」
「うん!」
弾倉の交換を終えたマカロンが撃つ。
胸元の防御層。
切断されていた接続が、今度こそ砕ける。
二発目。
対象の腕。
三発目。
胸。
青い亀裂が全身へ広がった。
最後の対象が、光の粒子へ崩れる。
<TARGETS REMAINING:0>
だが、外部送信は自動処理へ移っている。
<DATA EXPORT:96%>
「ティー!」
「続けてる」
残り八文字。
七。
六。
BlackMETROの商品画面で、購入確定を示す表示が次々に点灯する。
五。
四。
交通区画の全画面へ、MOORISの映像が一瞬だけ現れた。
『一つの路線を失っても、市場は失われません』
加工音声。
感情の読めない声。
『BlackMETROは、場所ではない』
三。
『線です』
二。
『切られれば、別の場所へつなぐだけ』
一。
最後のキー。
<REGION AUTHORITY:RESTORED>
青い光が、制御室から交通区画全体へ走った。
赤黒い権限が、一斉に剥がれる。
BlackMETROの商品一覧。
匿名の買い手。
市場画面。
すべてが、端から崩れていった。
外部送信。
停止。
<DATA EXPORT:CANCELLED>
<EXTERNAL DELIVERY:0>
<BLACKMETRO ROUTE:SEVERED>
<ALL HOSTILE USERS ELIMINATED>
<CIVILIAN USERS RELEASED:63/63>
<DISTRICT CONTROL:RESTORED>
<MISSION COMPLETE>
画面の中のMOORISも、細かなノイズへ変わる。
最後まで、実物の姿は現れなかった。
送信元すら残さず。
加工音声だけが消えた。
交通区画の赤い警報灯が消える。
通常の白い照明。
交通案内。
運行情報。
止まっていた車両。
一つずつ、正しい状態へ戻っていった。
マカロンは、その場へ座り込んだ。
「終わったぁ……」
ティーも、すぐには立っていられなかった。
クライアントユニットを収納し、壁へ背中を預けるように座る。
「六十三人」
「うん」
「全員、帰れた」
マカロンは疲れた顔のまま笑った。
「二人で」
ティーの猫耳が、ほんの少しだけ前を向いた。
「うん。二人で」
それでも。
画面に残された名前は、三つあった。
<BlackMETRO>
<MOORIS>
<BOLBINO:ESCAPED>
一つの任務が終わっても。
夜の裏側は、何もなくなってはいなかった。
扉の向こうには、最後の通常対象。
区画全体の不正権限と、BlackMETROへの商品送信を維持している操作担当。
<TARGETS REMAINING:1>
<DATA EXPORT:74%>
ティーはクライアントユニットを展開した。
「私が扉を開ける」
「開いたら、私が操作してる人を止める」
「うん」
マカロンは数秒だけティーを見た。
任務装備の背中。
修復途中の外套。
「本当に動ける?」
「動ける」
「終わったら、ちゃんと休もうね」
「マカロンも」
「うん。二人とも」
ティーが入力を始める。
一層目。
解除。
二層目。
不正権限が、入力列を何度も書き換えようとする。
修正しながら進む。
<DATA EXPORT:79%>
扉の向こうから、銃弾が壁を貫いた。
マカロンがティーの前へ出る。
短機関銃で、開いた穴へ撃ち返す。
「あと?」
「十二秒」
「守る!」
二発目。
壁が砕ける。
銃口が見えた。
マカロンが横へ跳ぶ。
弾丸が、クライアントユニットの上空を通過した。
白いキーは消えない。
ティーの指も止まらない。
「七」
三層目。
「六」
<DATA EXPORT:85%>
「五」
壁の穴が広がる。
対象が外へ出ようとしている。
「四」
マカロンが連射する。
「三」
「ティー、開いたら右!」
「わかった」
「二」
最後の命令。
「一」
中央の長いキー。
<CENTRAL CONTROL:ACCESS GRANTED>
扉が左右へ開いた。
同時に、対象の弾丸が飛ぶ。
二人は左右へ分かれた。
マカロンは左。
ティーは右。
弾丸が二人の間を通り、後ろの壁を砕く。
対象は操作卓の前に立っていた。
片手に小型銃。
もう一方の手は、外部送信を強制完了させる入力面へ伸びている。
<DATA EXPORT:88%>
マカロンが撃つ。
対象の防御層へ弾かれる。
「防御がある!」
「端末との接続を切って!」
マカロンは正面から撃ち続けず、操作卓の横へ回り込む。
銃口を対象ではなく、背中から伸びる赤黒い接続線へ向けた。
短い連射。
一本。
二本。
接続が切れていく。
それでも、対象の指は緊急入力へ近づいていた。
ティーは復旧命令を入力し始める。
<REGION AUTHORITY RESTORE>
長い入力列。
これまでで最も複雑な命令。
<DATA EXPORT:91%>
「ティー、あとどれくらい?」
「十五文字」
「長い!」
対象が小型銃を撃つ。
マカロンがティーの前へ入る。
短機関銃で撃ち返し、対象の腕へ命中させる。
それでも操作卓から離れない。
「十三」
ティーの指が動く。
「十二」
対象が床へ手をつき、再び緊急入力へ指を伸ばす。
「十一」
マカロンの弾倉が空になる。
「交換する!」
「十」
<DATA EXPORT:94%>
対象の指が、入力面へ触れようとする。
ティーは復旧命令を止めないまま、別の空間操作欄を開いた。
人を動かす必要はない。
操作卓の方を動かす。
<OBJECT COORDINATE REASSIGN>
対象が触れようとしている入力卓。
横方向へ二メートル。
確定。
緊急入力面が、対象の手の下から突然消えた。
二メートル離れた場所へ、操作卓ごと移動する。
「何だ!?」
対象の手が空を切る。
「マカロン!」
「うん!」
弾倉の交換を終えたマカロンが撃つ。
胸元の防御層。
切断されていた接続が、今度こそ砕ける。
二発目。
対象の腕。
三発目。
胸。
青い亀裂が全身へ広がった。
最後の対象が、光の粒子へ崩れる。
<TARGETS REMAINING:0>
だが、外部送信は自動処理へ移っている。
<DATA EXPORT:96%>
「ティー!」
「続けてる」
残り八文字。
七。
六。
BlackMETROの商品画面で、購入確定を示す表示が次々に点灯する。
五。
四。
交通区画の全画面へ、MOORISの映像が一瞬だけ現れた。
『一つの路線を失っても、市場は失われません』
加工音声。
感情の読めない声。
『BlackMETROは、場所ではない』
三。
『線です』
二。
『切られれば、別の場所へつなぐだけ』
一。
最後のキー。
<REGION AUTHORITY:RESTORED>
青い光が、制御室から交通区画全体へ走った。
赤黒い権限が、一斉に剥がれる。
BlackMETROの商品一覧。
匿名の買い手。
市場画面。
すべてが、端から崩れていった。
外部送信。
停止。
<DATA EXPORT:CANCELLED>
<EXTERNAL DELIVERY:0>
<BLACKMETRO ROUTE:SEVERED>
<ALL HOSTILE USERS ELIMINATED>
<CIVILIAN USERS RELEASED:63/63>
<DISTRICT CONTROL:RESTORED>
<MISSION COMPLETE>
画面の中のMOORISも、細かなノイズへ変わる。
最後まで、実物の姿は現れなかった。
送信元すら残さず。
加工音声だけが消えた。
交通区画の赤い警報灯が消える。
通常の白い照明。
交通案内。
運行情報。
止まっていた車両。
一つずつ、正しい状態へ戻っていった。
マカロンは、その場へ座り込んだ。
「終わったぁ……」
ティーも、すぐには立っていられなかった。
クライアントユニットを収納し、壁へ背中を預けるように座る。
「六十三人」
「うん」
「全員、帰れた」
マカロンは疲れた顔のまま笑った。
「二人で」
ティーの猫耳が、ほんの少しだけ前を向いた。
「うん。二人で」
それでも。
画面に残された名前は、三つあった。
<BlackMETRO>
<MOORIS>
<BOLBINO:ESCAPED>
一つの任務が終わっても。
夜の裏側は、何もなくなってはいなかった。
切れなかった線
正規の管理権限への引き継ぎが完了するまで。
二人は、制御塔の屋上で待機することになった。
夜明け前。
東の空が、わずかに白くなり始めている。
眼下では、復旧した交通車両が試験運行を始めていた。
ティーの任務装備は解除され、白い上着へ戻っている。
瞳も青。
マカロンも普段の服装と、赤みを帯びた柔らかな瞳へ戻っていた。
身体の損傷も、今はほとんど残っていない。
それでも。
ボルビーノの腕を受けた時の衝撃は覚えている。
「ティー」
「何?」
「すごく怖かったね」
マカロンは手すりの向こうを見たまま言った。
「うん」
「撃たれるのも。撃つのも」
「間に合わないことも」
「ボルビーノも」
「うん」
マカロンは自分の手を見た。
「追い詰めたと思ったのに、逃げられた」
「私が転送を止められなかった」
「ティーだけのせいじゃないよ」
「でも」
「私も撃った。それでも止められなかった」
マカロンはティーを見る。
「二人で逃がしたなら、次は二人で止めよう」
言い方は明るい。
けれど、無理に元気づけているわけではない。
逃げられた事実を、一緒に受け取ろうとしている。
ティーは少しだけ目を伏せたあと、頷いた。
「うん」
「次は、あの黒い杭から壊す」
「最初に」
「決まり」
クライアントユニットへ、指示者との通信が開いた。
『任務完了を確認しました』
ティーはすぐに尋ねる。
「BlackMETROとは、何ですか」
短い沈黙。
『バーチャル世界内に非合法な取引経路を構築し、不正データや現実側情報を扱う市場組織です』
「MOORISは?」
『BlackMETROの情報を、加工音声と映像で発信する人物です。今回、物理インスタンスは確認されていません』
「どこにいたんですか」
『不明です』
「ボルビーノは?」
『BlackMETROの現地構成員と推定。逃走経路は特定できませんでした』
答えが、ほとんど増えていない。
「最初から、BlackMETROが関係していると知っていたんですか」
『任務開始時点では確証がありませんでした』
「追跡任務は?」
『現在、割り当てられていません』
「独自に調べたら?」
『推奨しません』
止める、とは言わない。
けれど。
危険であることは、今夜だけでも十分にわかった。
ティーは屋上から、交通区画を見下ろした。
普通の利用者が使う駅。
店。
案内画面。
そのすぐ裏側に。
通常の検索では見つからない市場が重なっていた。
違法なものを売る人。
買う人。
経路を作る人。
現場で守る人。
表からは見えないまま、一つの仕組みとして動いている。
「市場は、場所ではない」
MOORISの言葉を思い出す。
「線」
マカロンも続けた。
「ここを切っても、別の場所へつなぐって」
「それでも、今日の線は切れた」
ティーが言う。
「六十三人の情報は届かなかった」
「うん」
「全員、帰れた」
マカロンが少しだけ笑った。
「名前がつかなくても、今夜したことは変わらない?」
以前、ティーが言った言葉だった。
「うん」
「じゃあ、今日もやってよかった」
「撃つことが平気になったわけではないけど」
「私も」
二人は、しばらく黙って朝の空を見た。
通信が終了する。
<NIGHT SHIFT:COMPLETE>
<NEXT ASSIGNMENT:NONE>
今日は、もう誰かから指示されることはない。
ティーは灰色のノートを取り出した。
新しいページ。
青いペン。
<BlackMETRO>
<通常の場所から見えない闇市場>
<不正データ、現実側情報、アクセスキーなどを取引>
<正規の利用記録を、取引の隠れ蓑にする>
次の行。
<MOORIS>
<加工音声と映像のみ>
<実体の位置は不明>
さらに。
<ボルビーノ>
<現地へ来た>
<攻撃的>
<座標固定装置を使用>
<逃走>
マカロンが横からノートを見る。
「最後、逃走だけだと少し悔しいね」
「事実だから」
「次に止めたら、上から線を引こう」
「線だけ?」
「大きく、捕まえたって書く」
「それなら余白を残しておく」
「うん!」
ティーは一行分、空白を残した。
その下へ。
<六十三人は全員帰れた>
と書く。
空白よりも。
こちらの一行の方が、ずっと大切だった。
その時。
ティーの連絡画面へ、新しいメッセージが届いた。
送り主はチロル。
<こんにちは>
<みたらしっぽさんが、明日の放課後に店へ来る予定です>
<お二人もご都合がよければ、いかがですか?>
マカロンが、ティーの横から画面を覗き込む。
「みたらしっぽさん!」
「近い」
「あ、ごめん。でも明日だよ!」
BlackMETRO。
MOORIS。
ボルビーノ。
今夜知った、バーチャル世界の闇の名前。
そのすぐあとへ。
まだ会ったことのない学生との、昼の予定が届いた。
「行く?」
ティーが尋ねる。
「行く!」
返事は一瞬だった。
「ティーも行くでしょう?」
「うん」
ティーはチロルへ返信する。
<二人で伺います>
送信。
夜の裏側へ触れたからといって。
昼の約束まで、暗い場所へ置く必要はない。
「その前に、寝る?」
マカロンが尋ねる。
「寝る」
「起きたら、焼き菓子の続き」
「青い花のフィールドへ戻る?」
「今日は部屋で食べよう。次はお弁当を持っていくから」
「ノートに書いたとおり」
「ちゃんと覚えてるよ!」
二人は屋上を離れた。
今夜。
一つの市場経路は切れた。
けれど、BlackMETROという闇は残っている。
逃げたボルビーノも。
画面の中だけに現れたMOORISも。
バーチャル世界のどこかで、次の線をつなごうとしている。
ティーとマカロンは、まだその全体を知らない。
ただ。
世界の表側だけを見ていた頃より。
確かに一歩。
その裏側へ足を踏み入れていた。
二人は、制御塔の屋上で待機することになった。
夜明け前。
東の空が、わずかに白くなり始めている。
眼下では、復旧した交通車両が試験運行を始めていた。
ティーの任務装備は解除され、白い上着へ戻っている。
瞳も青。
マカロンも普段の服装と、赤みを帯びた柔らかな瞳へ戻っていた。
身体の損傷も、今はほとんど残っていない。
それでも。
ボルビーノの腕を受けた時の衝撃は覚えている。
「ティー」
「何?」
「すごく怖かったね」
マカロンは手すりの向こうを見たまま言った。
「うん」
「撃たれるのも。撃つのも」
「間に合わないことも」
「ボルビーノも」
「うん」
マカロンは自分の手を見た。
「追い詰めたと思ったのに、逃げられた」
「私が転送を止められなかった」
「ティーだけのせいじゃないよ」
「でも」
「私も撃った。それでも止められなかった」
マカロンはティーを見る。
「二人で逃がしたなら、次は二人で止めよう」
言い方は明るい。
けれど、無理に元気づけているわけではない。
逃げられた事実を、一緒に受け取ろうとしている。
ティーは少しだけ目を伏せたあと、頷いた。
「うん」
「次は、あの黒い杭から壊す」
「最初に」
「決まり」
クライアントユニットへ、指示者との通信が開いた。
『任務完了を確認しました』
ティーはすぐに尋ねる。
「BlackMETROとは、何ですか」
短い沈黙。
『バーチャル世界内に非合法な取引経路を構築し、不正データや現実側情報を扱う市場組織です』
「MOORISは?」
『BlackMETROの情報を、加工音声と映像で発信する人物です。今回、物理インスタンスは確認されていません』
「どこにいたんですか」
『不明です』
「ボルビーノは?」
『BlackMETROの現地構成員と推定。逃走経路は特定できませんでした』
答えが、ほとんど増えていない。
「最初から、BlackMETROが関係していると知っていたんですか」
『任務開始時点では確証がありませんでした』
「追跡任務は?」
『現在、割り当てられていません』
「独自に調べたら?」
『推奨しません』
止める、とは言わない。
けれど。
危険であることは、今夜だけでも十分にわかった。
ティーは屋上から、交通区画を見下ろした。
普通の利用者が使う駅。
店。
案内画面。
そのすぐ裏側に。
通常の検索では見つからない市場が重なっていた。
違法なものを売る人。
買う人。
経路を作る人。
現場で守る人。
表からは見えないまま、一つの仕組みとして動いている。
「市場は、場所ではない」
MOORISの言葉を思い出す。
「線」
マカロンも続けた。
「ここを切っても、別の場所へつなぐって」
「それでも、今日の線は切れた」
ティーが言う。
「六十三人の情報は届かなかった」
「うん」
「全員、帰れた」
マカロンが少しだけ笑った。
「名前がつかなくても、今夜したことは変わらない?」
以前、ティーが言った言葉だった。
「うん」
「じゃあ、今日もやってよかった」
「撃つことが平気になったわけではないけど」
「私も」
二人は、しばらく黙って朝の空を見た。
通信が終了する。
<NIGHT SHIFT:COMPLETE>
<NEXT ASSIGNMENT:NONE>
今日は、もう誰かから指示されることはない。
ティーは灰色のノートを取り出した。
新しいページ。
青いペン。
<BlackMETRO>
<通常の場所から見えない闇市場>
<不正データ、現実側情報、アクセスキーなどを取引>
<正規の利用記録を、取引の隠れ蓑にする>
次の行。
<MOORIS>
<加工音声と映像のみ>
<実体の位置は不明>
さらに。
<ボルビーノ>
<現地へ来た>
<攻撃的>
<座標固定装置を使用>
<逃走>
マカロンが横からノートを見る。
「最後、逃走だけだと少し悔しいね」
「事実だから」
「次に止めたら、上から線を引こう」
「線だけ?」
「大きく、捕まえたって書く」
「それなら余白を残しておく」
「うん!」
ティーは一行分、空白を残した。
その下へ。
<六十三人は全員帰れた>
と書く。
空白よりも。
こちらの一行の方が、ずっと大切だった。
その時。
ティーの連絡画面へ、新しいメッセージが届いた。
送り主はチロル。
<こんにちは>
<みたらしっぽさんが、明日の放課後に店へ来る予定です>
<お二人もご都合がよければ、いかがですか?>
マカロンが、ティーの横から画面を覗き込む。
「みたらしっぽさん!」
「近い」
「あ、ごめん。でも明日だよ!」
BlackMETRO。
MOORIS。
ボルビーノ。
今夜知った、バーチャル世界の闇の名前。
そのすぐあとへ。
まだ会ったことのない学生との、昼の予定が届いた。
「行く?」
ティーが尋ねる。
「行く!」
返事は一瞬だった。
「ティーも行くでしょう?」
「うん」
ティーはチロルへ返信する。
<二人で伺います>
送信。
夜の裏側へ触れたからといって。
昼の約束まで、暗い場所へ置く必要はない。
「その前に、寝る?」
マカロンが尋ねる。
「寝る」
「起きたら、焼き菓子の続き」
「青い花のフィールドへ戻る?」
「今日は部屋で食べよう。次はお弁当を持っていくから」
「ノートに書いたとおり」
「ちゃんと覚えてるよ!」
二人は屋上を離れた。
今夜。
一つの市場経路は切れた。
けれど、BlackMETROという闇は残っている。
逃げたボルビーノも。
画面の中だけに現れたMOORISも。
バーチャル世界のどこかで、次の線をつなごうとしている。
ティーとマカロンは、まだその全体を知らない。
ただ。
世界の表側だけを見ていた頃より。
確かに一歩。
その裏側へ足を踏み入れていた。