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ステルス任務
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いつもの席から
「今日は少し甘めにしてみたよ」
メーアが、淡い紫色の飲み物をティーの前へ置いた。
透明なグラスの中で、小さな泡がゆっくりと浮かんでいる。
「ありがとう、メーア」
ティーは一口飲んだ。
いつもの味より、果実の甘さが少しだけ強い。
そのあとから、柔らかな酸味が追いかけてくる。
「……こっちも好き」
「よかった」
メーアが嬉しそうに笑う。
その頭上には、猫耳のように尖らせてまとめられた茶色の髪がある。
少し離れた場所でグラスを片づけているシエルも、黒に近い髪を同じ形に整えていた。
ティーの猫耳とは違い、二人のものは音に反応して動かない。
ティーがそれを知ってからも、三人並べば客から「猫が増えた」と言われることは変わらなかった。
「今日は調べものをしないの?」
シエルが尋ねた。
「うん。少し休む」
「いいと思う」
「資料館で同じ言葉を何度検索しても、結果は増えないから」
「それもあるけど」
ティーはグラスを両手で包んだ。
「ここへ来た時くらいは、調べることを忘れてもいいかなって」
自分の過去。
夜の仕事。
クライアントユニット。
指示を送ってくる、名前のない男。
答えを探すことをやめたわけではない。
けれど最近は、答えへ近づかない時間も必要だと思えるようになっていた。
「それなら、今日は普通のお客さんだね」
メーアが言う。
「普段は違うの?」
「普段も普通のお客さんだよ」
「じゃあ、同じだね」
「うん。同じ」
意味のないやり取りに、三人で小さく笑った。
その時だった。
ティーの左手へ、短い振動が走った。
グラスへ向いていた猫耳が、一瞬で後ろへ動く。
目の前には、まだ通知が出ていない。
それでも、何の合図なのかはわかっていた。
シエルもすぐに気づく。
「仕事?」
「たぶん」
ティーはグラスへ残っていた飲み物を見た。
急ぐよう求める赤い警告ではない。
だが、通常の通知よりも強い振動だった。
「残り、飲んでからでもいい?」
誰へ確認するでもなく呟く。
メーアはティーの前へ水を置いた。
「数分くらい大丈夫なら、慌てて飲まなくていいよ」
「うん」
ティーは味がわからなくなるほど急がず、残りを飲み終えた。
簡易ウォレットを開き、会計を済ませる。
灰色のノートを鞄へ入れ、席を立った。
「今日は少し遅くなるかも」
「戻るのは明日でも大丈夫だよ」
メーアが答える。
「でも、戻ったらいつもの席は空けるから」
「予約はしなくていいって言ったのに」
「空いてたら、って意味」
「なら、お願い」
ティーは赤い扉へ向かった。
「いってらっしゃい、ティーちゃん」
「気をつけてね、ティー」
二人の声へ振り返る。
「うん。行ってきます」
扉を開き、夜の路地へ出た。
閉じた扉の向こうから、店の柔らかな音楽がかすかに聞こえている。
その音が届かなくなる場所まで歩き、ティーは左手を前へ出した。
指を決められた形に動かす。
青白い光が走った。
透明な基部が空中へ組み上がり、その上へ白い立体キーが一つずつ現れる。
クライアントユニット。
上空へ、新しい任務が展開された。
メーアが、淡い紫色の飲み物をティーの前へ置いた。
透明なグラスの中で、小さな泡がゆっくりと浮かんでいる。
「ありがとう、メーア」
ティーは一口飲んだ。
いつもの味より、果実の甘さが少しだけ強い。
そのあとから、柔らかな酸味が追いかけてくる。
「……こっちも好き」
「よかった」
メーアが嬉しそうに笑う。
その頭上には、猫耳のように尖らせてまとめられた茶色の髪がある。
少し離れた場所でグラスを片づけているシエルも、黒に近い髪を同じ形に整えていた。
ティーの猫耳とは違い、二人のものは音に反応して動かない。
ティーがそれを知ってからも、三人並べば客から「猫が増えた」と言われることは変わらなかった。
「今日は調べものをしないの?」
シエルが尋ねた。
「うん。少し休む」
「いいと思う」
「資料館で同じ言葉を何度検索しても、結果は増えないから」
「それもあるけど」
ティーはグラスを両手で包んだ。
「ここへ来た時くらいは、調べることを忘れてもいいかなって」
自分の過去。
夜の仕事。
クライアントユニット。
指示を送ってくる、名前のない男。
答えを探すことをやめたわけではない。
けれど最近は、答えへ近づかない時間も必要だと思えるようになっていた。
「それなら、今日は普通のお客さんだね」
メーアが言う。
「普段は違うの?」
「普段も普通のお客さんだよ」
「じゃあ、同じだね」
「うん。同じ」
意味のないやり取りに、三人で小さく笑った。
その時だった。
ティーの左手へ、短い振動が走った。
グラスへ向いていた猫耳が、一瞬で後ろへ動く。
目の前には、まだ通知が出ていない。
それでも、何の合図なのかはわかっていた。
シエルもすぐに気づく。
「仕事?」
「たぶん」
ティーはグラスへ残っていた飲み物を見た。
急ぐよう求める赤い警告ではない。
だが、通常の通知よりも強い振動だった。
「残り、飲んでからでもいい?」
誰へ確認するでもなく呟く。
メーアはティーの前へ水を置いた。
「数分くらい大丈夫なら、慌てて飲まなくていいよ」
「うん」
ティーは味がわからなくなるほど急がず、残りを飲み終えた。
簡易ウォレットを開き、会計を済ませる。
灰色のノートを鞄へ入れ、席を立った。
「今日は少し遅くなるかも」
「戻るのは明日でも大丈夫だよ」
メーアが答える。
「でも、戻ったらいつもの席は空けるから」
「予約はしなくていいって言ったのに」
「空いてたら、って意味」
「なら、お願い」
ティーは赤い扉へ向かった。
「いってらっしゃい、ティーちゃん」
「気をつけてね、ティー」
二人の声へ振り返る。
「うん。行ってきます」
扉を開き、夜の路地へ出た。
閉じた扉の向こうから、店の柔らかな音楽がかすかに聞こえている。
その音が届かなくなる場所まで歩き、ティーは左手を前へ出した。
指を決められた形に動かす。
青白い光が走った。
透明な基部が空中へ組み上がり、その上へ白い立体キーが一つずつ現れる。
クライアントユニット。
上空へ、新しい任務が展開された。
六つの赤い印
<NEW MISSION>
<MISSION ID:T-0005>
<CATEGORY:COVERT ELIMINATION>
<AREA:ブロックNo.1・東部業務区>
<TARGET COUNT:6>
<OBJECTIVE:指定建物へ潜入し、全対象を射殺>
ティーの指が止まった。
「全員を……?」
『はい』
低い男の声が、クライアントユニットから届く。
画面には、六つの利用者IDが並んでいた。
そのすべてに、赤い照合印がついている。
<SEVERE VIOLATION CONFIRMED>
<ILLEGAL ACCESS TRADING>
<SESSION ABDUCTION>
<PERSONAL KEY EXTORTION>
<STANDARD ENFORCEMENT:FAILED>
六人は、盗み出した個人空間のアクセスキーを売買していた。
応じない利用者を閉鎖領域へ拘束し、解放と引き換えに現実側の情報や資産を要求する。
通常の管理権限による警告。
タイムアウト。
強制退出。
どの処理も、不正に書き換えた接続情報で回避されていた。
「拘束ではなく、射殺する必要があるんですか」
『対象は死亡判定と同時に、接続を強制終了します』
「再接続は?」
『審査完了まで停止されます』
「全員、建物の中にいる?」
『六名すべての滞在を確認しています』
「ほかの利用者は?」
『確認されていません』
建物内にいるのは、対象だけ。
巻き込まれる一般利用者はいない。
続けて、今回の条件が表示された。
<建物内の警報を作動させないこと>
<対象間の緊急通信を許可しないこと>
<建物外へ逃走させないこと>
<発砲音の外部検知を禁止>
「大規模な交戦は避ける、ということですね」
『今回は隠密排除任務です』
正面から突入し、全員を相手に撃ち合うのではない。
気づかれる前に侵入し。
一人ずつ。
あるいは同時に。
警報を上げさせることなく射殺する。
文字へすると、初夜の任務以上に冷たく見えた。
「対象が投降した場合は?」
『今回、投降処理への切り替えはありません』
ティーは画面を見つめた。
「理由は?」
『標準処理を三度以上回避し、拘束解除後も同一行為を継続しています』
その下へ、被害記録が並んだ。
一度ではない。
何度止められても。
別の利用者を選び、同じことを繰り返している。
だからといって。
銃を向けることが簡単になるわけではなかった。
「私が全員を撃つんですね」
『任務を完了してください』
肯定とも否定とも違う言葉だった。
ティーは少しだけ目を閉じた。
ミッドレッドで聞いた声。
メーア。
シエル。
帰れる場所を奪われた利用者。
自分自身も、帰れないままこの世界にいる。
六人を放置すれば。
今夜で終わる保証はない。
ティーは目を開いた。
「受けます」
受諾キーを押す。
<MISSION ACCEPTED>
足元へ青白い光が広がった。
白い上着が細かな粒子へほどけ、暗い任務装備へ置き換わっていく。
右腰にはハンドガン。
左腰にはナイフ。
今回、ハンドガンの銃口には細長い消音ユニットが追加されていた。
<SOUND SUPPRESSION:ACTIVE>
<MUZZLE TRACE:MASKED>
<TARGET DEATH NOTICE:DELAYED>
射撃音を抑え。
発光を隠し。
一人が死亡しても、残りの対象へ即座には通知させない。
「何も知らないまま、少しずつ専門的になっていく」
ティーは小さく呟いた。
返事はない。
視覚権限を起動する。
青かった瞳が、夜の中で黄色く輝き始めた。
街の建物へ、認証や通信の流れが薄い線となって重なる。
地図上には。
目的地を示す一つの建物と。
その中にある六つの赤い点が表示されていた。
<MISSION ID:T-0005>
<CATEGORY:COVERT ELIMINATION>
<AREA:ブロックNo.1・東部業務区>
<TARGET COUNT:6>
<OBJECTIVE:指定建物へ潜入し、全対象を射殺>
ティーの指が止まった。
「全員を……?」
『はい』
低い男の声が、クライアントユニットから届く。
画面には、六つの利用者IDが並んでいた。
そのすべてに、赤い照合印がついている。
<SEVERE VIOLATION CONFIRMED>
<ILLEGAL ACCESS TRADING>
<SESSION ABDUCTION>
<PERSONAL KEY EXTORTION>
<STANDARD ENFORCEMENT:FAILED>
六人は、盗み出した個人空間のアクセスキーを売買していた。
応じない利用者を閉鎖領域へ拘束し、解放と引き換えに現実側の情報や資産を要求する。
通常の管理権限による警告。
タイムアウト。
強制退出。
どの処理も、不正に書き換えた接続情報で回避されていた。
「拘束ではなく、射殺する必要があるんですか」
『対象は死亡判定と同時に、接続を強制終了します』
「再接続は?」
『審査完了まで停止されます』
「全員、建物の中にいる?」
『六名すべての滞在を確認しています』
「ほかの利用者は?」
『確認されていません』
建物内にいるのは、対象だけ。
巻き込まれる一般利用者はいない。
続けて、今回の条件が表示された。
<建物内の警報を作動させないこと>
<対象間の緊急通信を許可しないこと>
<建物外へ逃走させないこと>
<発砲音の外部検知を禁止>
「大規模な交戦は避ける、ということですね」
『今回は隠密排除任務です』
正面から突入し、全員を相手に撃ち合うのではない。
気づかれる前に侵入し。
一人ずつ。
あるいは同時に。
警報を上げさせることなく射殺する。
文字へすると、初夜の任務以上に冷たく見えた。
「対象が投降した場合は?」
『今回、投降処理への切り替えはありません』
ティーは画面を見つめた。
「理由は?」
『標準処理を三度以上回避し、拘束解除後も同一行為を継続しています』
その下へ、被害記録が並んだ。
一度ではない。
何度止められても。
別の利用者を選び、同じことを繰り返している。
だからといって。
銃を向けることが簡単になるわけではなかった。
「私が全員を撃つんですね」
『任務を完了してください』
肯定とも否定とも違う言葉だった。
ティーは少しだけ目を閉じた。
ミッドレッドで聞いた声。
メーア。
シエル。
帰れる場所を奪われた利用者。
自分自身も、帰れないままこの世界にいる。
六人を放置すれば。
今夜で終わる保証はない。
ティーは目を開いた。
「受けます」
受諾キーを押す。
<MISSION ACCEPTED>
足元へ青白い光が広がった。
白い上着が細かな粒子へほどけ、暗い任務装備へ置き換わっていく。
右腰にはハンドガン。
左腰にはナイフ。
今回、ハンドガンの銃口には細長い消音ユニットが追加されていた。
<SOUND SUPPRESSION:ACTIVE>
<MUZZLE TRACE:MASKED>
<TARGET DEATH NOTICE:DELAYED>
射撃音を抑え。
発光を隠し。
一人が死亡しても、残りの対象へ即座には通知させない。
「何も知らないまま、少しずつ専門的になっていく」
ティーは小さく呟いた。
返事はない。
視覚権限を起動する。
青かった瞳が、夜の中で黄色く輝き始めた。
街の建物へ、認証や通信の流れが薄い線となって重なる。
地図上には。
目的地を示す一つの建物と。
その中にある六つの赤い点が表示されていた。
閉鎖されたオフィス棟
対象の建物は、東部業務区の外れにあった。
十一階建ての古いオフィス棟。
登録上は数年前から閉鎖され、現在は取り壊しの準備中となっている。
大通り側の正面玄関は板で塞がれ、照明もついていない。
だが、黄色い視界には別の姿が見えていた。
建物の内部を巡る電力。
階層間の通信。
本来なら停止しているはずの監視装置。
六つの赤い点も、別々の階へ分かれている。
一階に一人。
三階に一人。
六階に二人。
九階に一人。
最上階に一人。
正面から入れば、一階の対象と監視装置へ同時に見つかる。
裏側の搬入口も、二台のカメラが互いの死角を補っていた。
ティーは建物を一周した。
隣には、立体駐車施設がある。
最上階から、対象建物の五階へ伸びる古い整備通路。
現在は封鎖されているが、外壁へ直接入れる経路だった。
「五階から入れば、上下へ分かれられる」
一階から順番に上がるよりも。
最初に中間へ入り、下層と上層を処理した方が対象同士の接触を避けやすい。
ティーは立体駐車施設へ入った。
夜間も一部が使われているが、人は少ない。
一般利用者の視線を避けながら、最上階まで移動する。
外へ出ると。
向かいのオフィス棟との間に、細い整備通路が見えた。
足元は格子状。
両側には低い手すりしかない。
下には、十数メートルの空間。
風が銀色の髪と外套を揺らした。
ティーは通路の入口へ近づいた。
<ACCESS:SEALED>
左手を前へ出す。
低照度状態でクライアントユニットを展開した。
普段より暗い青色の基部。
押したキーだけが、淡く白く光る。
封鎖認証を一時的に停止。
開いた記録を残さないよう、監視ログへ閉鎖状態の映像を繰り返し送る。
最後のキーを押す。
<MAINTENANCE PASSAGE:OPEN>
古い扉が、音を立てずに開いた。
ティーはクライアントユニットを収納し、細い通路へ足を置いた。
一歩。
風。
二歩。
足元の格子が小さく揺れる。
日中の散策イベントで、浮く足場を渡ったことを思い出した。
あの時は、落ちても戻されるだけだった。
今は違う。
落ちれば任務が失敗するだけではない。
建物内の対象へ、侵入を知らせる可能性がある。
それでも。
身体の動かし方は知っていた。
風が弱まる瞬間に進み。
揺れへ逆らわず。
足を置く場所を一つずつ選ぶ。
向かい側へ到着する。
五階の整備扉を開き。
暗い建物の中へ入った。
<INFILTRATION:UNDETECTED>
六つの赤い印は、まだ何も変化していない。
十一階建ての古いオフィス棟。
登録上は数年前から閉鎖され、現在は取り壊しの準備中となっている。
大通り側の正面玄関は板で塞がれ、照明もついていない。
だが、黄色い視界には別の姿が見えていた。
建物の内部を巡る電力。
階層間の通信。
本来なら停止しているはずの監視装置。
六つの赤い点も、別々の階へ分かれている。
一階に一人。
三階に一人。
六階に二人。
九階に一人。
最上階に一人。
正面から入れば、一階の対象と監視装置へ同時に見つかる。
裏側の搬入口も、二台のカメラが互いの死角を補っていた。
ティーは建物を一周した。
隣には、立体駐車施設がある。
最上階から、対象建物の五階へ伸びる古い整備通路。
現在は封鎖されているが、外壁へ直接入れる経路だった。
「五階から入れば、上下へ分かれられる」
一階から順番に上がるよりも。
最初に中間へ入り、下層と上層を処理した方が対象同士の接触を避けやすい。
ティーは立体駐車施設へ入った。
夜間も一部が使われているが、人は少ない。
一般利用者の視線を避けながら、最上階まで移動する。
外へ出ると。
向かいのオフィス棟との間に、細い整備通路が見えた。
足元は格子状。
両側には低い手すりしかない。
下には、十数メートルの空間。
風が銀色の髪と外套を揺らした。
ティーは通路の入口へ近づいた。
<ACCESS:SEALED>
左手を前へ出す。
低照度状態でクライアントユニットを展開した。
普段より暗い青色の基部。
押したキーだけが、淡く白く光る。
封鎖認証を一時的に停止。
開いた記録を残さないよう、監視ログへ閉鎖状態の映像を繰り返し送る。
最後のキーを押す。
<MAINTENANCE PASSAGE:OPEN>
古い扉が、音を立てずに開いた。
ティーはクライアントユニットを収納し、細い通路へ足を置いた。
一歩。
風。
二歩。
足元の格子が小さく揺れる。
日中の散策イベントで、浮く足場を渡ったことを思い出した。
あの時は、落ちても戻されるだけだった。
今は違う。
落ちれば任務が失敗するだけではない。
建物内の対象へ、侵入を知らせる可能性がある。
それでも。
身体の動かし方は知っていた。
風が弱まる瞬間に進み。
揺れへ逆らわず。
足を置く場所を一つずつ選ぶ。
向かい側へ到着する。
五階の整備扉を開き。
暗い建物の中へ入った。
<INFILTRATION:UNDETECTED>
六つの赤い印は、まだ何も変化していない。
一人目
五階には、対象はいなかった。
古い机。
倒れた棚。
撤去されずに残った書類箱。
照明は消えている。
ティーは階段へ向かった。
まず、下層の二人を処理する。
三階の対象は、廊下をゆっくり移動していた。
一階の対象は、監視室から動いていない。
ティーは四階まで下り、階段の陰から三階を確認した。
男のアバター。
灰色の上着。
片手には小型端末。
頭上へ赤い表示が重なる。
<TARGET 02>
<MATCH:100%>
男は、誰かと通話している。
「次の鍵、明日の夜には入る」
『数は?』
「四つ。うち一つは企業用」
『上へ送れ。ここには残すな』
ほかの対象との通信らしい。
ティーはハンドガンを抜いた。
消音ユニットがついた銃身は、普段より少し長い。
手すりの隙間から、男の動きを見る。
通話を終える。
端末を閉じる。
階段の方へ歩き始めた。
このまま上がれば、正面から出会う。
ティーは階段を一段だけ下りた。
壁へ身体を寄せる。
足音が近づく。
一歩。
二歩。
男の肩が見えた。
顔。
胸。
黄色い視界に、死亡判定へ移行させるための有効部位が重なる。
ティーは息を止めなかった。
ゆっくり吐く。
銃口を上げる。
引き金。
小さな破裂音。
通常の銃声よりも遥かに低い。
弾丸が男の頭部へ入った。
血は出ない。
身体が一瞬だけ停止し。
命中箇所から細かな青い亀裂が広がる。
男は声を上げることなく、光の粒子へ崩れた。
<KILL CONFIRMED>
<TARGETS REMAINING:5>
ティーは銃を下ろした。
光が消えた床へ、何も残っていない。
「……一人」
初夜ほど、指は震えなかった。
それが。
少し怖かった。
だが、立ち止まっている時間はない。
死亡通知は遅延させている。
それでも、対象が予定時刻に戻らなければ不審に思われる。
ティーは階段を下りた。
古い机。
倒れた棚。
撤去されずに残った書類箱。
照明は消えている。
ティーは階段へ向かった。
まず、下層の二人を処理する。
三階の対象は、廊下をゆっくり移動していた。
一階の対象は、監視室から動いていない。
ティーは四階まで下り、階段の陰から三階を確認した。
男のアバター。
灰色の上着。
片手には小型端末。
頭上へ赤い表示が重なる。
<TARGET 02>
<MATCH:100%>
男は、誰かと通話している。
「次の鍵、明日の夜には入る」
『数は?』
「四つ。うち一つは企業用」
『上へ送れ。ここには残すな』
ほかの対象との通信らしい。
ティーはハンドガンを抜いた。
消音ユニットがついた銃身は、普段より少し長い。
手すりの隙間から、男の動きを見る。
通話を終える。
端末を閉じる。
階段の方へ歩き始めた。
このまま上がれば、正面から出会う。
ティーは階段を一段だけ下りた。
壁へ身体を寄せる。
足音が近づく。
一歩。
二歩。
男の肩が見えた。
顔。
胸。
黄色い視界に、死亡判定へ移行させるための有効部位が重なる。
ティーは息を止めなかった。
ゆっくり吐く。
銃口を上げる。
引き金。
小さな破裂音。
通常の銃声よりも遥かに低い。
弾丸が男の頭部へ入った。
血は出ない。
身体が一瞬だけ停止し。
命中箇所から細かな青い亀裂が広がる。
男は声を上げることなく、光の粒子へ崩れた。
<KILL CONFIRMED>
<TARGETS REMAINING:5>
ティーは銃を下ろした。
光が消えた床へ、何も残っていない。
「……一人」
初夜ほど、指は震えなかった。
それが。
少し怖かった。
だが、立ち止まっている時間はない。
死亡通知は遅延させている。
それでも、対象が予定時刻に戻らなければ不審に思われる。
ティーは階段を下りた。
二人目
一階の対象は、監視室にいた。
建物内のカメラと認証を一人で確認している。
正面の扉から入れば、監視画面へ姿が映る。
ティーは隣の資料室へ入った。
壁の向こう。
黄色い視界には、監視室の配線が細い光として見えている。
左手を前へ出し、クライアントユニットを展開した。
<CAMERA LOOP:12SEC>
十二秒だけ。
各階の監視画面へ、何も起きていない直前の映像を送る。
長く止めれば異常を検知される。
入力。
<LOOP START>
十二。
ティーは資料室を出た。
十一。
監視室の扉へ近づく。
十。
認証を一時解除。
九。
扉が開く。
対象は椅子へ座ったまま、画面を見ている。
八。
ティーへ気づかない。
七。
一歩近づく。
六。
対象が、画面の時刻表示のずれに気づいた。
「ん?」
五。
振り返る。
ティーと目が合った。
四。
男の右手が、机の下へ向かう。
武器がある。
三。
ティーは引き金を引いた。
弾丸が胸元へ入り。
男の身体が椅子ごと後ろへ傾いた。
二。
二発目。
額。
青い亀裂。
一。
対象のアバターが粒子へ崩れる。
監視映像が正常へ戻った。
室内にいるのは、ティーだけ。
<KILL CONFIRMED>
<TARGETS REMAINING:4>
警報は出ていない。
ティーは机の下を確認した。
小型のトイガンが一丁。
あと一秒遅ければ。
発砲音か緊急通信を出されていたかもしれない。
「間に合った」
銃を握る手へ、わずかに力が入る。
二人。
残り四人。
六階へ上がる。
建物内のカメラと認証を一人で確認している。
正面の扉から入れば、監視画面へ姿が映る。
ティーは隣の資料室へ入った。
壁の向こう。
黄色い視界には、監視室の配線が細い光として見えている。
左手を前へ出し、クライアントユニットを展開した。
<CAMERA LOOP:12SEC>
十二秒だけ。
各階の監視画面へ、何も起きていない直前の映像を送る。
長く止めれば異常を検知される。
入力。
<LOOP START>
十二。
ティーは資料室を出た。
十一。
監視室の扉へ近づく。
十。
認証を一時解除。
九。
扉が開く。
対象は椅子へ座ったまま、画面を見ている。
八。
ティーへ気づかない。
七。
一歩近づく。
六。
対象が、画面の時刻表示のずれに気づいた。
「ん?」
五。
振り返る。
ティーと目が合った。
四。
男の右手が、机の下へ向かう。
武器がある。
三。
ティーは引き金を引いた。
弾丸が胸元へ入り。
男の身体が椅子ごと後ろへ傾いた。
二。
二発目。
額。
青い亀裂。
一。
対象のアバターが粒子へ崩れる。
監視映像が正常へ戻った。
室内にいるのは、ティーだけ。
<KILL CONFIRMED>
<TARGETS REMAINING:4>
警報は出ていない。
ティーは机の下を確認した。
小型のトイガンが一丁。
あと一秒遅ければ。
発砲音か緊急通信を出されていたかもしれない。
「間に合った」
銃を握る手へ、わずかに力が入る。
二人。
残り四人。
六階へ上がる。
知らない銃声
五階へ戻った時。
上の階から、ごく小さな音が二度聞こえた。
ティーの猫耳だけが拾えるほどの音。
短い。
間を置かず。
二回。
自分のハンドガンとよく似た、消音処理された発砲音だった。
ティーは足を止めた。
クライアントユニットを展開していない。
自分は撃っていない。
その直後。
視界の隅にある対象数が変化した。
<TARGETS REMAINING:3>
一秒後。
<TARGETS REMAINING:2>
六階にいた二人の反応が、同時に消えた。
「誰かいる」
建物内にいるのは、対象の六人だけと説明されていた。
指示者の情報が間違っていたのか。
別の侵入者がいるのか。
ティーはハンドガンを両手で構え、六階へ向かった。
階段を上がる。
角の向こう。
床へ散る、消えかけた青い粒子。
対象がいた痕跡だ。
もう一人の粒子は、少し離れた休憩室の入口にある。
二人とも。
警報を出す前に射殺されている。
その奥から。
小さな足音が近づいてきた。
ティーは壁際へ移動した。
呼吸を整える。
足音は軽い。
一人。
角から、短い銃身が現れた。
同時に。
ティーも銃口を向ける。
現れたのは、一人の少女だった。
淡い赤茶色の短い髪。
頭には、髪と同じ色の小さな獣耳。
深緑と黒を基調とした軽装。
右手に、消音ユニットのついた小型ハンドガンを握っている。
そして。
その瞳は、ティーと同じ黄色に輝いていた。
互いの銃口が、相手の胸元へ向く。
少女の表情が一瞬だけ固まった。
だが、すぐに小声で言う。
「ちょっ、待って待って。撃たないで!」
「先に銃を向けたのは、お互いです」
「それはそうなんだけど!」
声は抑えている。
それでも、驚きと焦りがはっきり伝わってきた。
少女はティーの黄色い瞳を見る。
次に。
腰のハンドガン。
左手。
「その目……同じだよね?」
「あなたも」
「よかったぁ。標的が増えたのかと思った」
「まだ味方とは決まってない」
「うん、そこは確認しよう。撃つ前に!」
状況に似合わないほど、返事が明るい。
だが、銃口は不用意に揺れていない。
相手も訓練されている。
ティーは小さく息を吐いた。
「三つ数えて、同時に下ろす?」
「賛成。こういう時に撃ち合ってたら、ステルス任務の意味ないもんね」
「一」
少女が続ける。
「二」
「三」
二人の銃口が、同時に床へ下がった。
収納はしない。
すぐに動ける位置へ残している。
ティーは相手を見た。
黄色い視界に表示される情報は少ない。
<USER:UNKNOWN>
<TARGET MATCH:0%>
<AUTHORITY:UNIDENTIFIED>
対象ではない。
少なくとも、それだけは確かだった。
「六階の二人を撃ったのは、あなた?」
「うん。ちょうど二人でいたから、続けて」
少女は休憩室の方を親指で示した。
「片方が警報へ手を伸ばして、ちょっと焦ったけど。ぎりぎり間に合った!」
話している様子は元気だが。
撃ったことを楽しんでいるわけではない。
成功したことへ安堵しているようだった。
「あなたの任務は?」
「この建物の六人を、見つからずに全員射殺。そっちも?」
「同じ」
「本当に!?」
少女の耳が、勢いよく前へ向いた。
「私以外にもいたんだ!」
「声」
「あっ」
少女は慌てて口元を押さえた。
さらに小さな声で続ける。
「ごめん。でも、ちょっと嬉しくて」
「喜ぶ内容ではないと思う」
「それはそう。でも、ずっと一人だと思ってたから」
その言葉に。
ティーは何も返せなくなった。
自分も。
同じことを考えていた。
黄色い目。
夜の任務。
名前を教えない指示者。
ログアウトできない状態。
ほかにも誰かいる可能性を考えたことはある。
だが。
実際に会うまで、どこかで自分だけだと思っていた。
少女は空いている左手へ、任務画面を開いた。
形の違う小さな専用端末が、一瞬だけ光る。
表示されている六つの利用者ID。
ティーのクライアントユニットと同じものだった。
残り二人。
九階と最上階。
「本当に同じだね」
少女が言う。
「どうして二人を送ったのか、聞いていた?」
「何も」
「私も。せめて味方がいるって教えてほしかったなぁ」
「同感」
ティーは銃を少し下げたまま尋ねた。
「名前は?」
「コルメリーマカロン」
少女は、危険な建物の中とは思えないほど明るく笑った。
「長いから、マカロンでいいよ。あなたは?」
「T」
「ティー?」
「今は、そう呼ばれてる」
「じゃあティーね。よろしく!」
手を差し出しかけ。
右手に銃があることへ気づき、マカロンは途中で止めた。
「あ、握手はあとで」
「うん。任務のあとで」
「よし」
マカロンは残りの位置を確認した。
「あと二人。一人ずつでもいいけど」
「連絡を取られる可能性がある」
「同時に撃つ?」
「それがいいと思う」
「決まり!」
すぐに話を前へ進める。
明るいだけではない。
判断も早い。
ティーは、銃を持ち直した。
初対面の相手。
まだ完全には信用できない。
それでも。
一人で進むより、少しだけ呼吸がしやすくなっていた。
上の階から、ごく小さな音が二度聞こえた。
ティーの猫耳だけが拾えるほどの音。
短い。
間を置かず。
二回。
自分のハンドガンとよく似た、消音処理された発砲音だった。
ティーは足を止めた。
クライアントユニットを展開していない。
自分は撃っていない。
その直後。
視界の隅にある対象数が変化した。
<TARGETS REMAINING:3>
一秒後。
<TARGETS REMAINING:2>
六階にいた二人の反応が、同時に消えた。
「誰かいる」
建物内にいるのは、対象の六人だけと説明されていた。
指示者の情報が間違っていたのか。
別の侵入者がいるのか。
ティーはハンドガンを両手で構え、六階へ向かった。
階段を上がる。
角の向こう。
床へ散る、消えかけた青い粒子。
対象がいた痕跡だ。
もう一人の粒子は、少し離れた休憩室の入口にある。
二人とも。
警報を出す前に射殺されている。
その奥から。
小さな足音が近づいてきた。
ティーは壁際へ移動した。
呼吸を整える。
足音は軽い。
一人。
角から、短い銃身が現れた。
同時に。
ティーも銃口を向ける。
現れたのは、一人の少女だった。
淡い赤茶色の短い髪。
頭には、髪と同じ色の小さな獣耳。
深緑と黒を基調とした軽装。
右手に、消音ユニットのついた小型ハンドガンを握っている。
そして。
その瞳は、ティーと同じ黄色に輝いていた。
互いの銃口が、相手の胸元へ向く。
少女の表情が一瞬だけ固まった。
だが、すぐに小声で言う。
「ちょっ、待って待って。撃たないで!」
「先に銃を向けたのは、お互いです」
「それはそうなんだけど!」
声は抑えている。
それでも、驚きと焦りがはっきり伝わってきた。
少女はティーの黄色い瞳を見る。
次に。
腰のハンドガン。
左手。
「その目……同じだよね?」
「あなたも」
「よかったぁ。標的が増えたのかと思った」
「まだ味方とは決まってない」
「うん、そこは確認しよう。撃つ前に!」
状況に似合わないほど、返事が明るい。
だが、銃口は不用意に揺れていない。
相手も訓練されている。
ティーは小さく息を吐いた。
「三つ数えて、同時に下ろす?」
「賛成。こういう時に撃ち合ってたら、ステルス任務の意味ないもんね」
「一」
少女が続ける。
「二」
「三」
二人の銃口が、同時に床へ下がった。
収納はしない。
すぐに動ける位置へ残している。
ティーは相手を見た。
黄色い視界に表示される情報は少ない。
<USER:UNKNOWN>
<TARGET MATCH:0%>
<AUTHORITY:UNIDENTIFIED>
対象ではない。
少なくとも、それだけは確かだった。
「六階の二人を撃ったのは、あなた?」
「うん。ちょうど二人でいたから、続けて」
少女は休憩室の方を親指で示した。
「片方が警報へ手を伸ばして、ちょっと焦ったけど。ぎりぎり間に合った!」
話している様子は元気だが。
撃ったことを楽しんでいるわけではない。
成功したことへ安堵しているようだった。
「あなたの任務は?」
「この建物の六人を、見つからずに全員射殺。そっちも?」
「同じ」
「本当に!?」
少女の耳が、勢いよく前へ向いた。
「私以外にもいたんだ!」
「声」
「あっ」
少女は慌てて口元を押さえた。
さらに小さな声で続ける。
「ごめん。でも、ちょっと嬉しくて」
「喜ぶ内容ではないと思う」
「それはそう。でも、ずっと一人だと思ってたから」
その言葉に。
ティーは何も返せなくなった。
自分も。
同じことを考えていた。
黄色い目。
夜の任務。
名前を教えない指示者。
ログアウトできない状態。
ほかにも誰かいる可能性を考えたことはある。
だが。
実際に会うまで、どこかで自分だけだと思っていた。
少女は空いている左手へ、任務画面を開いた。
形の違う小さな専用端末が、一瞬だけ光る。
表示されている六つの利用者ID。
ティーのクライアントユニットと同じものだった。
残り二人。
九階と最上階。
「本当に同じだね」
少女が言う。
「どうして二人を送ったのか、聞いていた?」
「何も」
「私も。せめて味方がいるって教えてほしかったなぁ」
「同感」
ティーは銃を少し下げたまま尋ねた。
「名前は?」
「コルメリーマカロン」
少女は、危険な建物の中とは思えないほど明るく笑った。
「長いから、マカロンでいいよ。あなたは?」
「T」
「ティー?」
「今は、そう呼ばれてる」
「じゃあティーね。よろしく!」
手を差し出しかけ。
右手に銃があることへ気づき、マカロンは途中で止めた。
「あ、握手はあとで」
「うん。任務のあとで」
「よし」
マカロンは残りの位置を確認した。
「あと二人。一人ずつでもいいけど」
「連絡を取られる可能性がある」
「同時に撃つ?」
「それがいいと思う」
「決まり!」
すぐに話を前へ進める。
明るいだけではない。
判断も早い。
ティーは、銃を持ち直した。
初対面の相手。
まだ完全には信用できない。
それでも。
一人で進むより、少しだけ呼吸がしやすくなっていた。
二人の隠密
残りの対象は、九階と最上階にいる。
だが、九階の一人が最上階へ向かっていた。
数分以内に、二人が同じ部屋へ集まる可能性が高い。
「会議かな」
マカロンが小声で言う。
「死亡通知が遅延されていても、下の四人が戻らなければ気づく」
「じゃあ、その前に終わらせよう」
二人は階段を上がった。
ティーが先頭。
マカロンが少し後ろ。
足音を重ねないよう、互いに半歩ずつずらして進む。
八階。
異常なし。
九階。
対象がいた部屋は空になっている。
机の端末には、最上階へ送られた短い通信が残っていた。
<四人を待たずに開始する>
<通信妨害の可能性あり>
すでに、何かへ気づき始めている。
「急いだ方がいいね」
マカロンが言う。
「走らない範囲で」
「わかってる」
二人は最上階へ向かった。
廊下の奥。
大きな会議室。
中には二人の対象がいる。
一人は立ったまま、複数の端末を操作している。
もう一人は扉へ近い位置で、大型のハンドガンを持っていた。
黄色い視界に赤い表示が重なる。
<TARGET 05>
<TARGET 06>
扉は一つ。
正面から入れば、片方を撃った瞬間にもう一人が反撃する。
ティーは廊下の構造を確認した。
会議室の横には、細い設備通路がある。
保守作業用の小さな扉が、部屋の側面へつながっていた。
「私が横へ回る」
マカロンが言う。
「ティーは正面。二人が離れたら、せーので」
「設備通路の扉は、内側から見える」
「じゃあ、照明を一度だけ落とす。その間に開ける」
「誰が操作する?」
「私がやる。こういうの、得意みたい」
マカロンは、自分でも理由を知らないように笑った。
「得意なのに、知らないんだね」
「ティーもでしょう?」
「うん」
「今は使えるもの、使おう」
マカロンは設備通路へ向かった。
ティーは会議室の正面へ残る。
ハンドガンを構える。
クライアントユニットを低照度で展開し、扉の認証と室内照明へ接続した。
マカロンから、短い合図が届く。
<READY>
ティーは会議室の中を見る。
大型銃を持った対象が、扉の近く。
もう一人は奥の端末。
互いの距離は五メートルほど。
同時射撃ができる。
ティーは照明停止のキーへ指を置いた。
<LIGHTS OFF:3SEC>
入力。
室内が暗闇へ沈んだ。
「何だ!?」
対象の声。
同時に。
側面の設備扉が、わずかに開く。
マカロンが中へ入った。
一秒。
ティーも正面扉を開く。
二秒。
黄色い視界では、暗闇の中でも対象の輪郭がはっきり見える。
大型銃を持つ男が、正面のティーへ気づいた。
銃口が上がる。
三秒。
照明が戻る直前。
「今!」
マカロンの声。
ティーが引き金を引いた。
低い発砲音。
弾丸が、正面の男の胸へ入る。
同時に。
部屋の奥で、マカロンの銃が小さく鳴った。
端末を操作していた対象の頭部に命中する。
<KILL CONFIRMED>
<TARGETS REMAINING:1>
だが。
ティーが撃った男は、まだ消えていない。
胸を覆う防御データが、弾丸を一度だけ止めていた。
「侵入者!」
大型銃の引き金へ指がかかる。
ティーの次弾より。
相手の発砲の方が早い。
横から。
マカロンの二発目が男の腕へ入った。
銃口が逸れる。
弾丸が会議室の天井を撃ち抜いた。
「ティー!」
「わかってる!」
ティーは正面へ踏み込んだ。
男が大型銃を振り、近づけまいとする。
ティーはハンドガンを左へ外し。
右手でナイフを抜いた。
刃を、胸元の防御データへ走らせる。
青い回路が光る。
防御層が裂けた。
男が後ろへ下がる。
ティーはナイフを鞘へ戻し。
もう一度ハンドガンを構えた。
銃口と胸元が、ほとんど触れそうな距離。
引き金。
小さな発砲音。
弾丸が、防御を失った胸を撃ち抜いた。
男の身体へ青い亀裂が走る。
「待――」
声は最後まで続かなかった。
アバターが粒子へ崩れる。
<KILL CONFIRMED>
<TARGETS REMAINING:0>
<ALL TARGETS ELIMINATED>
会議室が静かになった。
照明は戻っている。
警報は鳴っていない。
対象間の通信も。
建物外への緊急通知も出ていなかった。
マカロンが、消えた対象の位置を確認する。
「終わった?」
「六人とも」
「警報は?」
「出てない」
数秒。
二人は互いの画面を確認した。
<STEALTH STATUS:MAINTAINED>
<MISSION COMPLETE>
マカロンの肩から、力が抜けた。
「成功ー……!」
声を上げかけ。
自分で口元を押さえる。
今度は、ほとんど息だけで続けた。
「ずっと小声なの、思ったより疲れるね」
「今、少し大きかった」
「もう全員いないから、ぎりぎり大丈夫」
「建物の監視は残ってる」
「あっ。じゃあ静かに帰ろう」
表情がころころと変わる。
それでも。
任務中の動きには無駄がなかった。
マカロンはティーの胸元を見た。
「撃たれてない?」
「大丈夫。マカロンが腕を撃ってくれたから」
「間に合ってよかったぁ」
本当に安心したように笑う。
「さっきは初対面だったけど。もうティーに撃たれるの、ちょっと嫌だったから」
「私は最初から、マカロンに撃たれたくなかった」
「それもそうだね」
二人で、少しだけ笑った。
全員を射殺した直後。
そんなことをしてよいのかという気持ちもある。
それでも。
緊張を解くためには、必要な笑いだった。
だが、九階の一人が最上階へ向かっていた。
数分以内に、二人が同じ部屋へ集まる可能性が高い。
「会議かな」
マカロンが小声で言う。
「死亡通知が遅延されていても、下の四人が戻らなければ気づく」
「じゃあ、その前に終わらせよう」
二人は階段を上がった。
ティーが先頭。
マカロンが少し後ろ。
足音を重ねないよう、互いに半歩ずつずらして進む。
八階。
異常なし。
九階。
対象がいた部屋は空になっている。
机の端末には、最上階へ送られた短い通信が残っていた。
<四人を待たずに開始する>
<通信妨害の可能性あり>
すでに、何かへ気づき始めている。
「急いだ方がいいね」
マカロンが言う。
「走らない範囲で」
「わかってる」
二人は最上階へ向かった。
廊下の奥。
大きな会議室。
中には二人の対象がいる。
一人は立ったまま、複数の端末を操作している。
もう一人は扉へ近い位置で、大型のハンドガンを持っていた。
黄色い視界に赤い表示が重なる。
<TARGET 05>
<TARGET 06>
扉は一つ。
正面から入れば、片方を撃った瞬間にもう一人が反撃する。
ティーは廊下の構造を確認した。
会議室の横には、細い設備通路がある。
保守作業用の小さな扉が、部屋の側面へつながっていた。
「私が横へ回る」
マカロンが言う。
「ティーは正面。二人が離れたら、せーので」
「設備通路の扉は、内側から見える」
「じゃあ、照明を一度だけ落とす。その間に開ける」
「誰が操作する?」
「私がやる。こういうの、得意みたい」
マカロンは、自分でも理由を知らないように笑った。
「得意なのに、知らないんだね」
「ティーもでしょう?」
「うん」
「今は使えるもの、使おう」
マカロンは設備通路へ向かった。
ティーは会議室の正面へ残る。
ハンドガンを構える。
クライアントユニットを低照度で展開し、扉の認証と室内照明へ接続した。
マカロンから、短い合図が届く。
<READY>
ティーは会議室の中を見る。
大型銃を持った対象が、扉の近く。
もう一人は奥の端末。
互いの距離は五メートルほど。
同時射撃ができる。
ティーは照明停止のキーへ指を置いた。
<LIGHTS OFF:3SEC>
入力。
室内が暗闇へ沈んだ。
「何だ!?」
対象の声。
同時に。
側面の設備扉が、わずかに開く。
マカロンが中へ入った。
一秒。
ティーも正面扉を開く。
二秒。
黄色い視界では、暗闇の中でも対象の輪郭がはっきり見える。
大型銃を持つ男が、正面のティーへ気づいた。
銃口が上がる。
三秒。
照明が戻る直前。
「今!」
マカロンの声。
ティーが引き金を引いた。
低い発砲音。
弾丸が、正面の男の胸へ入る。
同時に。
部屋の奥で、マカロンの銃が小さく鳴った。
端末を操作していた対象の頭部に命中する。
<KILL CONFIRMED>
<TARGETS REMAINING:1>
だが。
ティーが撃った男は、まだ消えていない。
胸を覆う防御データが、弾丸を一度だけ止めていた。
「侵入者!」
大型銃の引き金へ指がかかる。
ティーの次弾より。
相手の発砲の方が早い。
横から。
マカロンの二発目が男の腕へ入った。
銃口が逸れる。
弾丸が会議室の天井を撃ち抜いた。
「ティー!」
「わかってる!」
ティーは正面へ踏み込んだ。
男が大型銃を振り、近づけまいとする。
ティーはハンドガンを左へ外し。
右手でナイフを抜いた。
刃を、胸元の防御データへ走らせる。
青い回路が光る。
防御層が裂けた。
男が後ろへ下がる。
ティーはナイフを鞘へ戻し。
もう一度ハンドガンを構えた。
銃口と胸元が、ほとんど触れそうな距離。
引き金。
小さな発砲音。
弾丸が、防御を失った胸を撃ち抜いた。
男の身体へ青い亀裂が走る。
「待――」
声は最後まで続かなかった。
アバターが粒子へ崩れる。
<KILL CONFIRMED>
<TARGETS REMAINING:0>
<ALL TARGETS ELIMINATED>
会議室が静かになった。
照明は戻っている。
警報は鳴っていない。
対象間の通信も。
建物外への緊急通知も出ていなかった。
マカロンが、消えた対象の位置を確認する。
「終わった?」
「六人とも」
「警報は?」
「出てない」
数秒。
二人は互いの画面を確認した。
<STEALTH STATUS:MAINTAINED>
<MISSION COMPLETE>
マカロンの肩から、力が抜けた。
「成功ー……!」
声を上げかけ。
自分で口元を押さえる。
今度は、ほとんど息だけで続けた。
「ずっと小声なの、思ったより疲れるね」
「今、少し大きかった」
「もう全員いないから、ぎりぎり大丈夫」
「建物の監視は残ってる」
「あっ。じゃあ静かに帰ろう」
表情がころころと変わる。
それでも。
任務中の動きには無駄がなかった。
マカロンはティーの胸元を見た。
「撃たれてない?」
「大丈夫。マカロンが腕を撃ってくれたから」
「間に合ってよかったぁ」
本当に安心したように笑う。
「さっきは初対面だったけど。もうティーに撃たれるの、ちょっと嫌だったから」
「私は最初から、マカロンに撃たれたくなかった」
「それもそうだね」
二人で、少しだけ笑った。
全員を射殺した直後。
そんなことをしてよいのかという気持ちもある。
それでも。
緊張を解くためには、必要な笑いだった。
黄色い目の二人
建物から出るまでは、別々の経路を使った。
ティーは入ってきた整備通路。
マカロンは地下搬入口。
監視記録へ残る可能性を減らすためだ。
オフィス棟から二つ離れた、小さな公園で合流した。
任務装備は、まだ解除されていない。
二人の瞳も黄色いままだ。
マカロンはベンチへ腰を下ろすと、両腕を大きく伸ばした。
「はぁー……やっと普通に話せる!」
「目立つから、少し声を抑えて」
「ごめん。でも、嬉しくて」
「任務が終わったことが?」
「それもあるけど」
マカロンはティーの隣へ座った。
黄色い瞳が、街灯の下で淡く光っている。
「私と同じ人がいたこと」
ティーはマカロンを見た。
「同じかどうかは、まだわからない」
「じゃあ、確認しよう」
マカロンは指を折りながら尋ねた。
「夜になったら仕事が届く」
「うん」
「指示する人は名乗らない」
「同じ」
「仕事中だけ目が黄色になる」
「同じ」
「専用の端末を渡されてる」
「形は違うけど」
「ログアウトは……」
そこまで言った時。
マカロンの明るい表情が、少しだけ曇った。
「好きな時には、できない」
ティーも頷く。
「私も」
「自分のことは?」
「本当の名前も、目覚める前の記憶もない」
「……そこも同じだ」
マカロンは膝の上で手を握った。
数秒だけ。
先ほどまでの元気な声が消える。
「同じって喜ぶことじゃないんだけどね」
「うん」
「でも」
マカロンは、もう一度ティーを見た。
少し困ったように。
それでも、柔らかく笑う。
「一人じゃなかったのは、やっぱりちょっと嬉しい」
ティーの猫耳が、わずかに前を向いた。
「私も」
正直に答えた。
マカロンは目を丸くしたあと、すぐに嬉しそうな顔へ変わる。
「よかった!」
今度は声が少し大きい。
ティーは周囲を見たが、近くに人はいなかった。
「マカロンは、ずっとその話し方なの?」
「元気すぎる?」
「悪くない。少し驚くけど」
「よく言われる!」
気にした様子はない。
むしろ、安心したようだった。
「黙ってると、いろいろ考えすぎちゃうんだ。だから、話せる時は話したい」
「任務中は?」
「頑張って黙る」
「できてた」
「でしょう?」
マカロンは少し胸を張った。
その姿へ。
ティーは自然に口元を緩めた。
「撃つことは、平気?」
尋ねると。
マカロンはすぐには答えなかった。
「平気ではないよ」
先ほどよりも静かな声。
「でも、対象の記録を見せられて。放っておいたら、また誰かが閉じ込められるって言われて。それなら、やるしかないと思った」
「私も同じ」
「撃ってる間は身体が勝手に動く。でも終わると、急に手が重くなる」
「それも同じ」
今度の共通点は。
嬉しいものではなかった。
それでも。
自分にしかわからないと思っていた感覚を、説明せずにわかってくれる人がいる。
ティーは少し考え。
公園の出口を見た。
「話せる場所がある」
「どこ?」
「ミッドレッドっていうバー」
マカロンの表情が明るくなる。
「バー!?」
「声」
「あ、ごめん」
小さくなったが、勢いは変わらない。
「行ったことない! 私、お酒飲めるかわからないけど大丈夫?」
「お酒以外もある。私も飲んでない」
「それなら行きたい!」
「仕事のことを全部話す場所ではないよ」
「うん」
マカロンは少し真面目な顔になった。
「でも、普通の話をしてもいい?」
「そのための場所でもあると思う」
「じゃあ、もっと行きたい」
任務装備の解除通知が届く。
<NIGHT SHIFT:COMPLETE>
二人の黄色い瞳から、光が薄れていく。
ティーの瞳は青へ。
マカロンの瞳は、赤みを帯びた柔らかな色へ戻った。
暗い装備も粒子へ変わる。
マカロンの姿は。
白いブラウス。
深緑色の吊り紐がついた服。
任務中よりもずっと明るく、親しみやすく見えた。
「こうして見ると、かなり雰囲気が違う」
ティーが言う。
「ティーも。夜はすごく格好いいけど、今はかわいい猫ちゃんだね」
「猫ちゃんは、市場でも言われる」
「嫌?」
「前ほどではない」
「じゃあ、私はティーって呼ぶ」
「それでお願い」
「ティーも、マカロンでね!」
「うん」
二人は、ミッドレッドへ向かって歩き始めた。
ティーは入ってきた整備通路。
マカロンは地下搬入口。
監視記録へ残る可能性を減らすためだ。
オフィス棟から二つ離れた、小さな公園で合流した。
任務装備は、まだ解除されていない。
二人の瞳も黄色いままだ。
マカロンはベンチへ腰を下ろすと、両腕を大きく伸ばした。
「はぁー……やっと普通に話せる!」
「目立つから、少し声を抑えて」
「ごめん。でも、嬉しくて」
「任務が終わったことが?」
「それもあるけど」
マカロンはティーの隣へ座った。
黄色い瞳が、街灯の下で淡く光っている。
「私と同じ人がいたこと」
ティーはマカロンを見た。
「同じかどうかは、まだわからない」
「じゃあ、確認しよう」
マカロンは指を折りながら尋ねた。
「夜になったら仕事が届く」
「うん」
「指示する人は名乗らない」
「同じ」
「仕事中だけ目が黄色になる」
「同じ」
「専用の端末を渡されてる」
「形は違うけど」
「ログアウトは……」
そこまで言った時。
マカロンの明るい表情が、少しだけ曇った。
「好きな時には、できない」
ティーも頷く。
「私も」
「自分のことは?」
「本当の名前も、目覚める前の記憶もない」
「……そこも同じだ」
マカロンは膝の上で手を握った。
数秒だけ。
先ほどまでの元気な声が消える。
「同じって喜ぶことじゃないんだけどね」
「うん」
「でも」
マカロンは、もう一度ティーを見た。
少し困ったように。
それでも、柔らかく笑う。
「一人じゃなかったのは、やっぱりちょっと嬉しい」
ティーの猫耳が、わずかに前を向いた。
「私も」
正直に答えた。
マカロンは目を丸くしたあと、すぐに嬉しそうな顔へ変わる。
「よかった!」
今度は声が少し大きい。
ティーは周囲を見たが、近くに人はいなかった。
「マカロンは、ずっとその話し方なの?」
「元気すぎる?」
「悪くない。少し驚くけど」
「よく言われる!」
気にした様子はない。
むしろ、安心したようだった。
「黙ってると、いろいろ考えすぎちゃうんだ。だから、話せる時は話したい」
「任務中は?」
「頑張って黙る」
「できてた」
「でしょう?」
マカロンは少し胸を張った。
その姿へ。
ティーは自然に口元を緩めた。
「撃つことは、平気?」
尋ねると。
マカロンはすぐには答えなかった。
「平気ではないよ」
先ほどよりも静かな声。
「でも、対象の記録を見せられて。放っておいたら、また誰かが閉じ込められるって言われて。それなら、やるしかないと思った」
「私も同じ」
「撃ってる間は身体が勝手に動く。でも終わると、急に手が重くなる」
「それも同じ」
今度の共通点は。
嬉しいものではなかった。
それでも。
自分にしかわからないと思っていた感覚を、説明せずにわかってくれる人がいる。
ティーは少し考え。
公園の出口を見た。
「話せる場所がある」
「どこ?」
「ミッドレッドっていうバー」
マカロンの表情が明るくなる。
「バー!?」
「声」
「あ、ごめん」
小さくなったが、勢いは変わらない。
「行ったことない! 私、お酒飲めるかわからないけど大丈夫?」
「お酒以外もある。私も飲んでない」
「それなら行きたい!」
「仕事のことを全部話す場所ではないよ」
「うん」
マカロンは少し真面目な顔になった。
「でも、普通の話をしてもいい?」
「そのための場所でもあると思う」
「じゃあ、もっと行きたい」
任務装備の解除通知が届く。
<NIGHT SHIFT:COMPLETE>
二人の黄色い瞳から、光が薄れていく。
ティーの瞳は青へ。
マカロンの瞳は、赤みを帯びた柔らかな色へ戻った。
暗い装備も粒子へ変わる。
マカロンの姿は。
白いブラウス。
深緑色の吊り紐がついた服。
任務中よりもずっと明るく、親しみやすく見えた。
「こうして見ると、かなり雰囲気が違う」
ティーが言う。
「ティーも。夜はすごく格好いいけど、今はかわいい猫ちゃんだね」
「猫ちゃんは、市場でも言われる」
「嫌?」
「前ほどではない」
「じゃあ、私はティーって呼ぶ」
「それでお願い」
「ティーも、マカロンでね!」
「うん」
二人は、ミッドレッドへ向かって歩き始めた。
新しい隣の席
暗い赤色の看板が見えてきた頃には。
時刻は午前二時を過ぎていた。
ミッドレッドの営業は、まだ続いている。
ティーが扉を開いた。
「ただいま」
カウンターの向こうで、メーアが顔を上げる。
「おかえり、ティーちゃん」
シエルも、グラスを置いてこちらを見る。
「おかえり。今日は早かったね」
「うん。それと」
ティーは後ろにいるマカロンを見た。
「一人、連れてきた」
マカロンが、少し緊張しながら店内へ入る。
それでも。
メーアとシエルの前へ立つと、明るく頭を下げた。
「こんばんは! コルメリーマカロンです。長いので、マカロンで大丈夫です!」
勢いよく言ったあと。
店内の静かな空気へ気づき、声を小さくする。
「……ちょっと大きかったですか?」
メーアは楽しそうに笑った。
「大丈夫。こんばんは、マカロンちゃん」
シエルも穏やかに頷く。
「いらっしゃい、マカロン」
マカロンは店内を見回した。
暗い赤の壁。
落ち着いた照明。
静かに話す客。
耳のように髪を結ったマロウ姉妹。
「本当に、落ち着く店だね」
「でしょう?」
自分の店ではないのに、ティーが少し嬉しそうに答えた。
メーアが空いている席を示す。
「ティーちゃんの隣が空いてるよ」
「座ってもいい?」
マカロンが尋ねる。
「うん」
ティーは、自分の隣の椅子を少し引いた。
マカロンが腰を下ろす。
シエルがメニューを差し出した。
「お酒以外もあるよ」
「ティーから聞きました。甘くて、炭酸は弱いものがいいです!」
「果実系?」
「はい。色は何でも!」
「姉さん、任せていい?」
「もちろん」
メーアが飲み物を作り始める。
マカロンは、カウンターの上に置かれたティーの紫色のグラスを見た。
「それが、いつもの?」
「うん」
「おいしい?」
「好き」
「じゃあ、一口――」
手を伸ばしかけ。
マカロンは途中で止まった。
「これは、聞いてからだね」
「うん。聞いてから」
「一口もらってもいい?」
「いいよ」
ティーはグラスを少し近づけた。
マカロンが一口飲む。
「おいしい! でも、私はもう少し甘い方が好きかも」
「なら、別の方がいいね」
「好きなものが違うの、ちょっと楽しいね」
「どうして?」
「次に交換できるから」
そこまで先のことを、もう考えている。
ティーは少し驚いた。
けれど。
嫌ではなかった。
メーアが、淡い桃色の飲み物をマカロンの前へ置く。
「ミッドレッドへようこそ、マカロンちゃん」
マカロンは一口飲み。
赤みのある目を大きく開いた。
「おいしい!」
声を抑えようとした結果。
小さいのに、勢いだけはそのままだった。
メーアとシエルが笑う。
ティーも、つられて笑った。
マカロンがこちらを向く。
「連れてきてくれて、ありがとう、ティー」
「うん」
「また来てもいい?」
「私に聞かなくてもいいよ」
「でも、ティーがいる日に来たい」
ティーの猫耳が、少しだけ前を向いた。
「任務がない夜なら、私はいることが多い」
「じゃあ、また一緒に来よう」
「うん」
何者なのか。
なぜ夜の仕事を与えられているのか。
いつ現実へ戻れるのか。
二人とも、まだ何も知らない。
それでも。
黄色い瞳を持つ者が。
自分一人ではないとわかった。
そして。
任務が終わったあと。
同じ場所へ戻れる相手が、一人増えた。
ミッドレッドのカウンターに。
新しい隣の席ができた。
時刻は午前二時を過ぎていた。
ミッドレッドの営業は、まだ続いている。
ティーが扉を開いた。
「ただいま」
カウンターの向こうで、メーアが顔を上げる。
「おかえり、ティーちゃん」
シエルも、グラスを置いてこちらを見る。
「おかえり。今日は早かったね」
「うん。それと」
ティーは後ろにいるマカロンを見た。
「一人、連れてきた」
マカロンが、少し緊張しながら店内へ入る。
それでも。
メーアとシエルの前へ立つと、明るく頭を下げた。
「こんばんは! コルメリーマカロンです。長いので、マカロンで大丈夫です!」
勢いよく言ったあと。
店内の静かな空気へ気づき、声を小さくする。
「……ちょっと大きかったですか?」
メーアは楽しそうに笑った。
「大丈夫。こんばんは、マカロンちゃん」
シエルも穏やかに頷く。
「いらっしゃい、マカロン」
マカロンは店内を見回した。
暗い赤の壁。
落ち着いた照明。
静かに話す客。
耳のように髪を結ったマロウ姉妹。
「本当に、落ち着く店だね」
「でしょう?」
自分の店ではないのに、ティーが少し嬉しそうに答えた。
メーアが空いている席を示す。
「ティーちゃんの隣が空いてるよ」
「座ってもいい?」
マカロンが尋ねる。
「うん」
ティーは、自分の隣の椅子を少し引いた。
マカロンが腰を下ろす。
シエルがメニューを差し出した。
「お酒以外もあるよ」
「ティーから聞きました。甘くて、炭酸は弱いものがいいです!」
「果実系?」
「はい。色は何でも!」
「姉さん、任せていい?」
「もちろん」
メーアが飲み物を作り始める。
マカロンは、カウンターの上に置かれたティーの紫色のグラスを見た。
「それが、いつもの?」
「うん」
「おいしい?」
「好き」
「じゃあ、一口――」
手を伸ばしかけ。
マカロンは途中で止まった。
「これは、聞いてからだね」
「うん。聞いてから」
「一口もらってもいい?」
「いいよ」
ティーはグラスを少し近づけた。
マカロンが一口飲む。
「おいしい! でも、私はもう少し甘い方が好きかも」
「なら、別の方がいいね」
「好きなものが違うの、ちょっと楽しいね」
「どうして?」
「次に交換できるから」
そこまで先のことを、もう考えている。
ティーは少し驚いた。
けれど。
嫌ではなかった。
メーアが、淡い桃色の飲み物をマカロンの前へ置く。
「ミッドレッドへようこそ、マカロンちゃん」
マカロンは一口飲み。
赤みのある目を大きく開いた。
「おいしい!」
声を抑えようとした結果。
小さいのに、勢いだけはそのままだった。
メーアとシエルが笑う。
ティーも、つられて笑った。
マカロンがこちらを向く。
「連れてきてくれて、ありがとう、ティー」
「うん」
「また来てもいい?」
「私に聞かなくてもいいよ」
「でも、ティーがいる日に来たい」
ティーの猫耳が、少しだけ前を向いた。
「任務がない夜なら、私はいることが多い」
「じゃあ、また一緒に来よう」
「うん」
何者なのか。
なぜ夜の仕事を与えられているのか。
いつ現実へ戻れるのか。
二人とも、まだ何も知らない。
それでも。
黄色い瞳を持つ者が。
自分一人ではないとわかった。
そして。
任務が終わったあと。
同じ場所へ戻れる相手が、一人増えた。
ミッドレッドのカウンターに。
新しい隣の席ができた。