Against the Wind
三階での捜索は、エレベーター通路側の部屋から始まり、タナトスの研究者らしき人物の死体が発見された部屋で終わりを迎えた。
総数は四部屋。どの部屋も共通して捜索すべき箇所は少なく、要した時間は総じて一時間足らずといったところか。
結論から言えば、この捜索では
デイライトに関する件でのさしたる進展は望めなかった。
とは言え何も得られなかった訳では無い。収穫としては、まずは二つ目の部屋。ジェニファーの友人達が放置していったリュックサックだ。
中からはデイライト生成に関するメモが発見された。
そのメモはジェニファーから聞いていた説明を補足するものであり、彼女の話の信憑性を高める物となった。
リュックからは他にデイライト関連の品は見つけられなかったが、別の事で三四達の気を引いた物があった。
それは、日記。このリュックを持ち運んでいたミクという少女とも、本来のリュックの持ち主である「ヨーコさん」とも無関係と思われる日記だ。
生じる一つの小さな疑問。日記はそれなりに嵩張り、重量もあるサイズの物だった。
同じくその場に放置されていたジェニファーの鞄の様に本人の私物であればまだしも、荷物にしかならない他人の日記をこんな状況下で持ち運んでいたのはどういった訳だろうか。
ジェニファーに確認してみれば、彼女はこの日記の存在すら知らなかったと言う。
訝しげに思いながらパラパラとページを捲る三四だったが、疑問の答えと思しき文字は程なくしてその目に入り込んできた。
日記のあちらこちらに確認出来る、その名称。
それは、かつてサイレントヒルを訪れた事のある人物の物だったのだ。
となれば、サイレントヒルに関する何かしらの手がかりが記されている可能性が、この日記にはある。
だからこそミク、もしくはヨーコはそれをリュックに入れていた。恐らくはそういう事なのだろう。
三四が手を止めたページには特に町自体に関わる様な記述は見られなかったが、初めから目を通してみるだけの価値はある。
時間が許せばすぐにでも読み進めたいところだが、しかし、現在の状況で優先すべきはデイライトの方だ。
日記の事は気には留めておくも先送りとした。
とりあえずリュックはジェニファーが持ち、入っていた
ハンドガンの弾はレオンに手渡され、ジェニファーの鞄の方はそのままここに捨てていく事となった。
一つ目、三つ目の部屋では別段取り上げる程の事は無く、次の収穫は最後の部屋での事。
こちらの部屋では三人は、どうにも奇妙な現象に見舞われた。
それは室内の捜索を一通り済ませ、これといった収穫も得られずに苛立ちを募らせていた時だった。
パサリ、と。背後で細やかに上がった物音が一つ。
三人が振り向けば、それまでは何も無かった筈の部屋の中心付近の床上に見覚えのない用紙が落ちていたのだ。
何かの拍子に物が落ちる。本来ならば取り立てて気にするでもない事象だが、この場合はそうもいかない。
この室内には剥き出しで放置されていた用紙など何処にも無かったし、それ以前に問題なのは、用紙の周りには何も無い事だ。棚も机も、何も無い。
用紙は忽然とその場に現れたのだ。
一体それは何処から落ちて来たのか。三人が三人とも何となしに辺りを見回してみるも、特に異常は見当たらない。
微かな困惑を覚えつつ用紙を拾ってみれば、枚数は二枚。
それは何者かに宛てられた作戦の指令書と、“カプセルに入れられた人間らしきもの”の写真であり、その内容は――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
作戦指令書
1.作戦名 エンペラーズ・マッシュルーム
2.作戦エリア ラクーン大学周辺4ブロック区間内
3.作戦時間 午前5時35分より60分間
4.武装 基本武装C-2+エキストラクター
5.目的 「T」の生体血液サンプル採取(コードネーム:T-ブラッド)
及び「T」本体の殺害、遺体回収
補足
今作戦においては、T-ブラッドの採取と痕跡の消去が最優先事項となる。
殺害組の遺体回収が困難と判断された場合は、遺体と作戦エリアを完全破壊すべし。
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――――驚くべき事にT-ブラッドの回収を目的としていた。
すると写真に写っているものは、恐らくはこの作戦の対象者。T-ブラッドの保有者である“T”――――即ちタナトスなのだろう。
その外見が、地下で一戦交えたコートの怪物と似通ったものである事も、三四の推測を後押ししていた。
指令書と写真を覗き込んだレオンがすぐに悪態を吐いたが、それも已む無しだ。
T-ブラッドが何処かに採血された状態で保管されているならば良いが、最悪を見越せば血液入手の為にはコートの大男と同等の怪物と戦う羽目になり兼ねないのだから。
三四達はもう一度、困惑混じりの視線を部屋中に巡らせた。
あまりにも不自然だ。
室内は全員で調べたのだ。これ程までに重要な手がかりの存在に誰一人気付けなかったなどという事があるだろうか。
幾重にもケーブルが走っている天井を改めて見上げれば、見落としていた隙間に気付く事も出来た。天井裏に通じているのかもしれない。
ケーブルにしても、天井裏にしても、用紙を引っ掛けるなり置いておくなりする事くらい物理的には可能だろうが――――。
仮に皆が皆、何処かに保管されていた用紙を見落としたとしてもだ。或いは、天井から落ちてきたのだとしても。
探していた手がかりの方から勝手に三四達の前に現れるというのは、あまりにも都合が良すぎないだろうか。
果たしてその手がかりは、信用に足るものなのか。何かの罠なのではないか。三四の胸中に猜疑心が巣食い始めた時だった。
「もしかして……ヨーコ……さん?」
ジェニファーが何処にともなく呟いた。
デイライトを作る為に。ウィルスに感染したミクを助ける為に。ここまでジェニファー達を導いてきたという幽霊の名前を。
ヨーコなる人物が何者なのかは知る由もないが、その幽霊が助け舟を出してくれたのだとジェニファーは考えたらしい。
三四も日常ではオカルト好きを自称しているとは言え、所詮は趣味の範疇の事。本質的にはリアリストだ。
先程のジェニファーの話の中でも、流石に幽霊の件だけは手放しでは信用する気になれずにいた。
しかし、例えばオヤシロ様の生まれ変わりとされている
古手梨花の見せた予知能力や、このサイレントヒルの町など。
明らかに科学的な説明の付けられない事象を体験してしまえば、頭ごなしに否定するつもりは無い。
幽霊だろうと、何だろうと、目の前に現れてくれるのであれば受け入れる事は吝かではないのだ。
仮にその幽霊が本当に存在してジェニファー達の守護霊代わりをしていたのなら、ここで道標が現れる事は出来過ぎとまでは言い切れないのだが。
「幽霊……ねえ。お礼を言った方が良いのかしら? ……ヨーコさん?」
若干の抵抗を感じながらも問いかけてみたものの、三四の声に反応したものは何も無く。
「……ラップ音の一つも鳴らしてくれないなんて随分とケチなのね。それくらいのサービスをしてくれてもバチは当たらないと思うけど?」
言葉を軽い挑発に変えてみるが、結果は変わらない。
結局、その用紙が罠なのか道標なのか、その現象が何だったのかは結論が出せないままに、何とも言えぬ気持ちの悪さを残して捜索は終わってしまった。
T-ブラッドの保有者の外見。確かに重要な手がかりであり、それを特定出来たであろう事は一歩の前進とは言える。
用紙がどういった理由、現象で現れたにせよ、この場合の三四達にはそれを収穫として受け取る以外の選択肢は無いだろう。
ただ、それも進展と呼ぶには中途半端なものである事は間違いなかった。
三四達が最優先で見つけ出したかったものはT-ブラッドの在処に関する情報であり、用紙にはその肝心の部分については一切書かれていなかったのだから。
この階での捜索ではもう少し直接的な手がかりが見つかるかと期待していたが、ここから先を導くヒントは得られず仕舞い。後は手探りで動くしかない。
せめてケーイチなる少年が何かしらの成果を持ち帰って来てくれれば話はまた変わってくるのだが、その少年は未だに行方知れずだ。
戻らないのは、T-ブラッドを探し続けているからか、または何処かで負傷でもして動けないでいるせいか。
最悪を見越せばとっくに命を落としているか、そうでなくともマコトと言う学生と同じくこの大学から逃げ出してしまったかもしれない。
どうあれ戻る確証もないその少年を、ただ手をこまねいて待っている訳にもいかない。
そして話し合われた次の行動方針。
とは言え、その目的は変わる事はない。
探すべきものは、デイライトの材料であるT-ブラッド。そしてジェニファーの友人ケーイチだ。
問題となるのは、何処を探すか、なのだが、これに関してはレオンから一つの提案が上がった。
「二手に別れよう。俺は地下を探す。二人は二階と一階を探してくれ」
その理由としてレオンが説明した事柄は二つ。
一つは、もう一時間近くも戻って来ないケーイチの身を案じた為。
少年が死んでいたり逃げ出したりしている可能性よりも、まだ何処かで生き延びている可能性。レオンはそちらを見ているのだ。
生きているならば一刻も早く保護しなくてはならないと思うレオンの気持ちは、流石に三四も否定出来ない。
二手に別れた方が捜索の効率が良く、合理的であると見る事も正しくはある。
そしてもう一つは、三四とジェニファーの身を案じての事だった。
地下階層にはまだ捜索していない部分がある事は知っている。エレベーターには三四達の行っていない、B4階へのパネルがあったのだから。
ただ、地下に降りるという事は、あのコートの怪物と再び遭遇する危険があるという事。
地下にT-ブラッドがあるかもしれない、少年が入り込んでるかもしれないと考えれば、危険を承知で向かわなければならない。
だが、その危険な道に三四達を連れて行く訳にはいかない。そうレオンは考えたようだ。
反面、二階と一階はレオンと三四で大まかにではあるが回っている。コートの怪物と比較すれば危険が少ない事も分かっている。
レオンの立場で極力他の人間の安全を確保するとなれば、この捜索方法は正しいのかもしれないが――――。
「分かってるのかしら。この場合、危険なのは私達よりもあなたの方よ?
この写真見たわよね。さっき見回った範囲では、こんなカプセルは見当たらなかったわ。
なら、未調査の地下にある可能性は濃厚よねえ? 秘密の研究ということなら、尚更隠し場所には人目につかない地下を選ぶのが人情というものじゃなくて?
今度はさっきのコートの彼だけじゃない。この写真のやつも一緒になって襲いかかってくるかもしれないわ。そうしたら、どうやって切り抜ける気?」
「さあな。でも今はあいつの弱点も分かってる。後頭部だろ? そっちの奴だって似たようなもんなら、やってやるさ。
それに俺一人だけならいざって時は逃げ出して体勢を立て直せる。何とかしてみせるよ」
どうやら決意は固いらしい。
三四はふっと溜息を吐き、レオンにタナトスの写真を差し出した。
「一つだけ約束してちょうだい。T-ブラッドにしてもケーイチくんにしても、見つけたらそれを一区切りとして一旦戻ってくること。
あくまでも可能性が濃厚というだけで、どちらも地下で見つかるとは限らないわ。欲ばって深追いするのは厳禁よ」
「……OK。分かってる」
三人は一先ず最初の部屋に戻った。
やはり少年の姿は無いが、ここでの目的は彼ではない。
T-ブラッドを――――というよりはタナトスを見つけた場合に備えて、血を取るのに必要な注射器を確保する為だ。
そこは様々な実験器具が置かれていた部屋。注射器があった事は最初に確認していた。
念の為にとそれぞれが数本ずつの注射器を手にすると、そのままエレベーターに向かい、乗り込んだ。
「それじゃあ、さっきの約束を忘れないで」
言い残して三四とジェニファーは一階で降りる。
ラジャー、と親指を立てるレオンは一人B4階へ。
そして、探すべきものは存外早くに見つかる事になったのだが――――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ゾンビの様に変貌してしまったミクの死体のあったエントランスホールから、たった扉一枚を隔てた向こう側。
赤黒く変色している大量の血液と、一面に撒き散らされた臓物や排泄物と、それらが醸し出す悪臭の中。
ケーイチは、物言わぬ残骸と成り果てていた。
腹部を中心として分断され、互いから数メートル離れた場所に無造作に捨てられていた上半身と下半身。
その上半身側に屈み込んだミヨの後ろで、ジェニファーは今、血の気の引いた唇を震わせて立ち尽くしていた。
予想出来ていた事ではあった。
ミクがああした状態で発見された以上、同行していたケーイチが無事である可能性は限りなく低い。
廊下や室内に足を踏み入れる際、その先には彼の死体が有るのでは、との思いが過ぎったのも一度や二度ではなかった。
彼の無事を願う一方で、既に何があろうと受け入れるだけの覚悟は決めていたつもりではいたのだ。
しかし、こうして現実にケーイチの死を目の当たりにしてしまえば、心構えは容易く砕け散り、恐怖はジェニファーを縛り付ける。
久方ぶりに強く鼻を刺激する生臭い死臭。込み上げてくる吐き気を辛うじて堪えられたのは、偏に他人が側に居たからに過ぎなかった。
ミヨの身体越しに見えているケーイチから、涙が滲むその目を背ける。
この町に迷い込んでから頭の片隅にちらついていた幾つもの悍ましい記憶。それが、ケーイチの死体に呼び起こされる様に、その姿を顕にしていた。
何度目になるのだろう。こうして人の死を見せつけられるのは。
この一年と少しの間に、二度も巻き込まれたクロック・タワー事件で。ジェニファーは多くの人間の死に触れてきた。
全ての始まりは、あの日。
グラニット孤児院で暮らすジェニファーら四人の孤児の引取先が決まり、新しい生活に対する期待と不安を胸にして転居に向かったあの日。
その屋敷で待ち受けていたのは、約束された幸せな日々とは程遠い、異形の怪人による悪夢の様な殺戮の時間だった。
シャワールームの天井から吊り下げられていたローラ。二階の窓から中庭へ叩き落とされたアン。ジェニファーに最期の言葉を残して息絶えたロッテ。
白骨死体として発見されたのは、十年前に何処かへ回診に出たきり行方不明になっていた父、ウォルター・シンプソン。
揉み合っている拍子に時計塔の操作盤に激突して感電死したのは、孤児院の教師『だった筈の』、メアリー・バロウズ。
幼き日々を過ごした親友達も、心の何処かではいつかの再会を願っていた父親も、信頼していた恩師も。あの日ジェニファーは、大切にしていた存在全てを失った。
それから一年が経ち、再び振りかかる事になった悪夢。
ジェニファーの目の前で巨大な鋏に貫かれた警備員。置物の様に『飾り付けられていた』研究者。
バロウズ家の魔像を預かってしまったせいで事件に巻き込まれてしまった、図書館のサリバン館長や司書達。
シザーマンを退治する手立てを求めて向かったイギリスのバロウズ城での殺戮劇では、それこそ扉を潜る先々に転がっていた、見知った人々の死体。死体。死体。
そして今、この町だ。
何度目になるのだろう。こうして人の死を見せつけられるのは。こうして恐怖に竦み上がるのは。
少し前まで言葉を交わしていた者達が、次に出会った時には無惨な死を遂げている。
どれだけ経験しようとも、その本能を刺激する原始的な恐怖には慣れるものではなかった。
後何度、己はこの死の恐怖に耐えなければならない。後何度、己はそれを繰り返さなくてはならない。
それとも次こそは、今度こそは、己がそうなる番なのか――――。
シャキン
唐突に耳の中に甦る、金属と金属の擦り合わさる音。ジェニファーはビクリと身体を震わせた。
聞こえた訳ではない。単なる気のせいに過ぎない音だ。
ただ、それはジェニファーにとって死の象徴とも言える音。
怯えた心が呼び覚ます、繰り返される悪夢の記憶。
鋏から連続して奏でられる金属音が、どこまでもジェニファーを追いかけてくる。
(ヘレン……)
震える心の中で、ジェニファーは呼び掛けていた。
今の彼女が最も会いたいと願う、誰よりも信頼を寄せる女性。共にバロウズ城の危機を乗り越え生還した、聡明な研究者。
ジェニファーの現在の保護者であり、親友であり、姉妹同然の存在でもある、ヘレン・マクスウェルの名前を。
切に願う。助けに来てほしい。このおかしな町から、自分を救い出してほしいと。
脳裏に浮かぶヘレンの姿。
想像の中のヘレンは、ジェニファーの元に駆け寄り、震える身体を抱きしめてくれる。
もう大丈夫、一緒にこの町から逃げましょう。ジェニファーの目をしっかりと見つめ、そう優しく微笑んでくれる。
それからジェニファーの手を取って、出口まで導いてくれる――――。
(…………ううん。違う……駄目よ!)
はたと気付き、ジェニファーは自身の妄想を取り消す様に首を振っていた。
違う。
違う。
違う。
それでは、ヘレンまでがこの危険な町に迷い込んでしまう事になる。
ヘレンに会いたい。助けてもらいたい。それは本心だが、頼れない。こんな状況に彼女を巻き込みたくはない。
ヘレン――――。今頃彼女はどうしているだろう。
ジェニファーがこの町に迷い込んでから、もう六、七時間は経ってしまっている。
帰りの遅いジェニファーを心配して、苛立っているだろうか。
ノランと一緒に居ると勘違いして、彼のところに怒鳴りこんでいるだろうか。
それともゴッツ警部――――いや、ゴッツ警部補に連絡を取り、一緒に捜索をしているかもしれない。
と、不意に思い出されたある言葉に、ジェニファーはハッと息を呑んだ。
ケーイチ達が言っていた。この町にはケーイチ達三人のそれぞれの知人も迷い込んでいるらしい、と。
何の根拠でケーイチ達がそう考えていたのかまでは今ではもう分からない。具体的な話し合いは研究所についてから、と後回しにしていた為だ。
だがもしもその話が正しいものだとすれば、ジェニファーだけが例外という事があるのだろうか。
ケーイチ達の知人の様に。ケーイチ達やジェニファー本人の様に。
ジェニファーの友人達もまたこの町に迷い込んでしまっている可能性は充分有り得る事なのではないか。
町をさ迷うヘレンの、ノランの、ゴッツ警部補の姿が見えてくる様だ。
違う。
先程の様にそう否定するが、一度思い至った最悪の想像は容易に掻き消えようとはしてくれず。
冷たい塊が胸中を圧迫し始めていた。まるで溶ける事の無い氷を胸に閊えさせてしまったかの様に。しかし――――。
(もしそうなら、なんとかしなくっちゃ……!)
裏腹に、ジェニファーの瞳は力強さを増していた。
心は冷たい恐怖に震えている。頼れる人に助けを求めたい気持ちもそのままに残っている。
ただ今は、それらの弱気な感情に勝る想いがジェニファーの身体の内から湧き上がって来ていた。
それは、クロック・タワー事件の中で常にあった単純な想い。
生きていたい。二度と大切な者達を失いたくはない。そんな本能的な強さを持った想いだ。
その必死さ、生を求めて足掻く力強さこそが、
ジェニファー・シンプソンを二度のクロック・タワー事件から生き延びさせた強さなのだ。
耳障りな鋏の音が、ジェニファーの中から遠ざかって行く。
(でも、どうやって? なんとかしなくちゃって、何をすればいいのかしら……)
恐怖心に乱されない冷静さを取り戻し、ジェニファーは置かれた状況を振り返る。
とにかく今はデイライトを作る事が最優先だ。それに関しては皆でT-ブラッドを探し続ける他無い。
問題はその後。生き延びる為には、巻き込まれてしまっているかもしれない友人達を助ける為には、これから何をしていけば良いのだろう。
無数に居るらしい怪物や幽霊を全て倒す事は、恐らく不可能に近い。
ただ町から逃げ出すくらいならば可能かもしれないが、それでは万が一ヘレン達が巻き込まれていた場合は助けられない事になる。
それに居るかどうかも分からない人間を探すなど、傍から見ればただの愚行だ。流石にミヨやレオンが協力してくれるとは思えない。
だったら、どうする。これから何と戦えば良い。何を目的として、何処に向かって進めば良い。
シザーマンが起こしたクロック・タワー事件とは違い、今回の事件は立ち向かうべき敵の姿がまるで見えていない。
サイレントヒル。マコトとミヨの、赤の他人で面識もない筈の二人が口にしたこのアメリカの田舎町の名称。
異なる国々に住む筈の人間達が迷い込み、ゾンビや悪霊などという化物が当たり前の様に存在している異常な町。
現時点で判明しているのはその程度の事でしかない。つまりは、何も分かっていないも同然だ。そんな状況で、一体どう動けば良いというのか。
(分からない……分からないわ。……ヘレン。あなたならこういう時、どうするの……?)
問い掛ける様に、ジェニファーはもう一度ヘレンに思いを馳せた。
仮にここに迷い込んだのが自分などよりも遥かに賢明で知識も豊富なヘレンならば、まず何をしただろう。
自分にはヘレン程の頭の良さは無い。パソコンには触りたくもないし、本を読んでいれば頭痛がする始末だ。
そんな人間に、ヘレンの思考をトレースする事など出来る筈も無いが――――。
――――ジェニファー。この屋敷の中にシザーマンを完全に倒す方法があるはずよ――――
甦ったのは、バロウズ城でのヘレンの言葉。
それを切欠として、ジェニファーの思考は広がり出す。
そうだ。ヘレンの思考をトレース出来ないとしても、あの時のヘレンの行動をトレースする事は出来る。
クロック・タワー事件の時、ヘレンは一般の出入りが禁止されている図書館の希観本閲覧室で、バロウズ城の歴史が記された書物を見つけ出してきた。
あのバロウズ城の中では、ヘレンの推察通りにシザーマンを退治する方法が隠されていた。
その行動をトレースして、例えばあの時入り込んだバロウズ城を、今迷い込んでるサイレントヒルの町と重ね合わせたとしたら。
北イングランドの歴史を探る事で見つけ出したバロウズ城の歴史の様に、この町の歴史を調べる事で何かの手がかりを得られるのでは。
バロウズ城の内部に隠されていたシザーマン退治の方法の様に、この町の何処かを探る事で現状を打破するヒントが得られるのでは。
具体的に何を調べれば良いのか。それはこの町にある施設次第ではあるが、すぐに思い浮かんだものはやはり図書館や新聞社などだ。
レオンが戻り、デイライトを作れたとしたら、次はそれらの施設を探す提案をしてみるのも手かもしれない――――。
(……ありがとう、ヘレン)
何となくヘレンが力を貸してくれた様な気がして、ジェニファーは口の中で呟いた。
ほんの僅かにだが見えた希望。無論それは単なる可能性の話であり、調べたところで無駄骨に終わるかもしれないが、何も見えないままでいるよりは幾分かはマシだ。
俯いていた顔を上げると、それに合わせたかの様にジェニファーの横で動く気配があった。死体を調べていたミヨが立ち上がったのだ。
ミヨはジェニファーには目もくれず、黙りこくったまま壁際まで歩を進めると、その場に落ちていた金属バットを拾い上げた。ケーイチが持っていたバットだ。
何かを調べているようだが、それを気にするよりもジェニファーの目を引いているもの。
それまでミヨの身体に隠れていたケーイチの半身が、改めて視界に入っていた。
その惨たらしくグロテスクな姿に、吐き気がぶり返しそうになる。申し訳ないとは思うも、それは生理現象に近い。自分ではコントロール出来ない。
それでもジェニファーは、今度はケーイチから目を背ける事はしなかった。
生気の失われたその顔に、あの不敵な笑みが重なった。巧みな話術も聞こえてくる様だ。
出会ってからこれまで、この異常な状況下でも場を明るく保とうと努めていたムードメーカーの少年。
不意をついて襲いかかってきた幽霊にも果敢に挑み、皆を守ろうとする勇気のある少年だった。
だが、それだけだ。ジェニファーが知ってる事はたったのそれだけ。
ケーイチが何を大事にしているのか。何を好んで何を嫌うのか。彼の事は何も知らない。
心は痛みこそしているが、それは悲しみのせいではない。哀れんでいるせいだ。
今は、彼の為に涙を流す事も出来ない。聞いた筈の名前も思い出せない。その程度の関係しか築けていない。
当たり前と言えば当たり前だ。彼は、たったの数時間前に出会った人間に過ぎないのだから。
ただ――――それでも、ケーイチに抱いた好感は本物だ。
ケーイチだけではない。ミクやツカサもそう。
もっと長い時を重ねられたならば、彼等も皆ジェニファーの大切な者の一人になった筈なのだ。
だからせめて、今度は目を背けずに。
(どうか、安らかに……)
ただ一言の、祈りを捧げた――――。
「ねえ、ジェニファーちゃん」
唐突に耳に入り込んだ声に、ケーイチ達の死を偲ぶジェニファーの意識は現実に引き戻される。
目を向ければ、ミヨは拾い上げていた金属バットのグリップエンドを険しい顔付きで眺めていた。
その厳しい視線をジェニファーに移し、ミヨは言った。
「このバットは彼が持っていたもの?」
「え? ……ええ。会った時から持ってたけど……」
「ふぅん。そう。……それじゃあ、もしかして……」
一旦、ミヨは勿体振るかの様に間を置いた。
そして続けられた、次の言葉。
「もしかして、『マエバラ』。……彼、『ケーイチ・マエバラ』って名前じゃあなかったかしら?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「マエ……バ……ラ……?」
鸚鵡返しに呟き、記憶を探る様に眉を潜めたジェニファーは、やがて何かに気付いた素振りでその目を大きく見開いた。
その表情を見るだけでも分かる。三四の出した答えはどうやら正解だという事が。
「そう言えば……そんな風な名前だったかも。でも、どうして……」
言い終える直前、ジェニファーはハッと口元に手を当てていた。
美しく整った顔が驚愕と悲哀に曇っていく。
「……知り合い、だったんですか……?」
「まあ、そうね」
それを聞くとジェニファーは、悲しげに目を伏せた。こちらの心情を勝手に想像して気を使ってくれるらしい。
彼女から他の質問は上がらず、また、三四からも聞くべき事は特に無い。辺りには沈黙だけが残される。
考え事を再開したい三四にとっては、好都合だった。
ゾンビの様な変貌を遂げた少女の死体のあったエントランスホールから、たった扉一枚を隔てた向こう側。
黒へと変色しつつある大量の血液と、撒き散らされた臓物や排泄物と、それらが醸し出す悪臭の中。
少年は、物言わぬ残骸と成り果てていた。
身体の損壊は著しく、体外へ流れ出た血液も尋常な量ではない為に分かり辛くはあるが、恐らく死亡してからは一時間から一時間半程度が経過しているだろう。
それは、三四とレオンがジェニファーと出会った頃。ゾンビ化していたミクを発見した頃。あの時には既に、少年は死んでいた可能性があるという事になる。
蒼白化の進んだ顔面部を観察してみれば、表情筋は弛み切り、恐らくは死の直前苦悶に歪んでいたであろうその顔からは、既に一切の感情が消えている。
それに希望を見る者は多い。全ての苦痛から解放され、安らぎを得た表情なのだと。
だがそうではない。グリーフ・ワークで心に安らぎを得るのは生者の方であり、死体そのものには関係無い。これはただの反応に過ぎないのだ。
例え生きたまま脳を切り開かれようとも。例え生きたまま腹を裂かれて腸を引きずり出されようとも。
生前にどの様な耐え難い苦痛があろうとも、死を迎えれば全ては同じ。
肉体からは中枢神経の支配が消失する。全ての筋肉は不随意状態となり、速やかなる弛緩が進んでいく。強張りも歪みも無くなり、苦しんだ痕跡は全て消えていく。
そうして死亡から三十分程も経てば“安らかな顔”の出来上がりだ。
死体が得るものは安らぎでも苦痛でもない。死の先にあるもの――――死んだ肉体を司るのは、単なる物理的、化学的反応なのだ。
環境により、ある程度の差異こそ生じようとも、これは誰にでも起こる事。
死がもたらす現象は、誰に対しても例外は無く、総じて平等に訪れる。
――――いや。訪れなくてはならない筈なのだが。
この場で臓物を撒き散らして死んでいた少年。
ジェニファーがこの町で出会い、これまでの行動を共にしてきたという友人達の一人。
三四には見覚えのある顔だった。生前のあのやんちゃな顔は、まだ記憶には鮮明に残っている。
ケーイチ。すぐ側で青ざめているジェニファーの友人とは、三四の知るあの
前原圭一と瓜二つだったのだ。
いや、瓜二つという表現は適切ではない。これが単なる別人だとは考えられない理由が幾つも存在しているのだから。
前原圭一は、この手で心臓を撃ち抜いた。確かに死んだ筈だ。その死人が何故、この町を彷徨っていたのか。
これもオヤシロ様の祟りだとでも言うのか。
冥界と現世が激突して霊魂が流入したせいか。
地底人や鬼ヶ淵村の珍獣オッシーの仕業か。
それとも遂に現れた寄生虫型宇宙人がクローン人間を作り上げたのか。
いずれかだとしたら、自慢のスクラップ帳に追記してもいいくらいなのだが。
「……ふん」
自虐気味に鼻を鳴らして下らぬ戯言を取り下げると、三四は眉間に深い皴を寄せ、苛立ちに疼くこめかみに手を当てた。
現実的に考えるならば、この死体はあの前原圭一とは別人という事になる。
そもそも死体とは、死後そのまま放置しておけば弛緩した顔は重力に引っ張られ、生前では見られない程に平坦化した状態で死後硬直を起こしてしまうもの。
それ故、生前と死後では顔面部に若干の異なりが見られ、印象は変わってしまうのだ。
その場合、例え身内が確認したとしても本人だと判別しにくいケースがあるにはある。逆に、別人を本人だと判別してしまうケースもだ。
これはその後者で、前原圭一に似た人物を本人だと思い込んでしまっているのではないだろうか。
その可能性に対して、三四が導き出した答えは――――否だ。
全くの別人であるならば、どうして服装までがあの時の前原圭一と同じとなる。
この金属バットもそうだ。これは入江京介が監督を務めていた野球チーム『雛見沢ファイターズ』で使用していた金属バットだった。
無論似た様なバットなど何処にでもあろうが、グリップエンドを確認すれば、見覚えのある文字で『さとし』と名前まで書かれている。
『北条悟史』のバットに書かれていた文字と同じものだ。
更にはジェニファーに確認した前原の姓。決して珍しいとは言えないが、ありふれているとも言えない姓だ。
たまたま前原圭一と同じ服装をしていて、たまたま北条悟史のバットに似たバットを持ち歩き、たまたま同姓同名で顔までそっくりの人物が、たまたま雛見沢でも日本でもない遠い異国の地で三四の前に現れた――――。
そんな偶然を認めろとでも言うのか。それこそ一笑に付したくもなる話だ。
では――――前原圭一は死んでいなかった可能性を見るべきか。
確かに三四自身、彼の絶命を直接確認した訳ではない。
前原圭一を射撃したあの時。月明かりだけが頼りの暗い林の中で、相手は遠距離を走っていたのだ。
至近距離から頭を撃ち抜いた
園崎魅音、
園崎詩音、竜宮礼奈、北条沙都子の四人とは状況が異なる。心臓を狙いはしたが、その狙いが多少ずれたとしてもおかしくはない。
であれば、あの時点での前原圭一は即死しておらず、仮死状態に陥っただけという可能性も僅かながらには存在するだろう。
だが、あれからしばらくの間に彼に息があったとしても、如何なる名医だろうともあの状況から蘇生させる事など不可能だ。
それこそT-ウィルス。あんな状態のミクを生かし続けたあの強力なウィルスに感染したというなら話は違うのだろうが、雛見沢に存在するウィルスではない以上、そんな仮説は無意味。
それ以前に、前原圭一達の死体処理の報告は間違いなく受けている。
『
鷹野三四の焼死体』の様に、わざわざ死を偽装する者が山狗の中に居たとも思えない。
あの時、前原圭一は、確実に死んだのだ。
それならば、別人とも本人とも言い難いこの前原圭一は何なのだ。
十五年先の未来に住むというレオンの様に、時間を越えて過去から連れて来られてきたのか。
有り得ない。前原圭一が三四に撃たれる前の五体満足な頃の時間軸上から時間旅行してきたと仮定するなら、三四が射撃した事実そのものが存在しなくなる筈だ。
では未来の技術でSF小説に登場する様なクローン人間でも造り上げたか。
それも無い。ただの子供である前原圭一のクローンなどを造ったからといって、労力に対して見返りは何だ。誰に何の得が有るというのだ。
それでは残る可能性は何だ。死者が蘇ったとでも言うのか。
三四をこの町に招待した連中は、死を覆す事すらやってのけるとでも――――。
(いえ……待って……)
ふと思い出された映像に、三四は眉間に深く皺を刻む。
それは、三四がこの町に迷い込んだばかりの時のもの。
その時は唯の思い込み、見間違いだと切り捨て、特には気に止めようともしなかった霧の中のあの影の事。
(古手……梨花)
三四は、圭一の顔面を見返した。
あれが、思い込みや見間違いではなく、正真正銘の古手梨花だったとしたら。
確かに殺した筈の彼女も、この前原圭一と同様に生きてこの町を彷徨い歩いている事になる――――。
そう気が付いた三四が抱いたのは、一つの疑念だった。
(古手梨花……前原圭一……これは、偶然なの?)
それは、彼等が蘇った事――――ではない。彼等が如何にして蘇ったのか、この際原理などはどうでも良くなってしまった。
今、三四にとって重視すべきは、果たして古手梨花や前原圭一が三四の前に現れたのは偶然なのか、という事なのだ。
その疑念から、連鎖的に次々と思い出されるのはこれまでの様々な事柄。
フラッシュバックは最初に送られてきた小包にまで遡る。
そうだ。改めて振り返ってみれば、最初から何もかもが不自然だったのではないか。
三四がその生涯を捧げた雛見沢症候群と、雛見沢寄生虫の研究。
――――サイレントヒルから送られてきた物は、雛見沢寄生虫を遥かに凌ぐ性質を持った寄生虫、
プラーガ。
あらゆる障害を排除して、達成するまで後一歩と迫った悲願。
――――その最重要事項である滅菌作戦を目前にして、プレゼントされたのは拉致に等しい遠い異国への海外旅行。
その異国を歩いて最初に目にしたものは、殺した筈の女王感染者の姿。
その異国で初めてまともに出会った人間は、何処か富竹ジロウを思わせる熱さと眼差しを持った青年。
その異国で最初に入り込んだ施設で見たものは、これもやはり雛見沢症候群を遥かに凌ぐ性質を持ったT-ウィルスと、やはり殺した筈の前原圭一――――。
(いいえ……偶然と見るにはあまりにも出来過ぎてる……)
これらの事が偶然とは、どうしても三四には思えない。
サイレントヒルへの招待――――祖父の研究が永劫の存在となる事の邪魔をして。
プラーガとT-ウィルス――――雛見沢症候群を上回る発見と研究を突きつけて。
レオン・S・ケネディ――――未だ抱えている己の未練と後悔を暴き立てて。
そして古手梨花生存の可能性――――作戦の根本となる重要人物の死を覆して。
この町に入ってから三四の前に現れたのは、悲願成就の為に命を賭して行ってきたこれまでの全ての事を妨害するものばかりではないか。
無意識に、爪を噛む。
或いは被害妄想か。いつの間にか三四自身、雛見沢症候群を発症し、妄想に囚われていると疑うべきか。
いや、違う。雛見沢症候群はただ幻覚を見せるだけの病気ではない。
己の身体、精神の状態が、症候群の症状に当てはまるものではない事は判断出来ている。
偶然でも被害妄想でもない。となれば、これは必然だ。
何者かの意志が存在している事こそ、疑いようもない事実なのだ。
それは誰だ。決まっている。このサイレントヒルの町から三四に対してプラーガと招待状を送り付けてきた連中だ。
虫唾が走った。己の中にある、例の暗いざわめきを自覚する。
へどろの様に泥々とした不快感が、胸中に湧き出して広がっていく。
己がその苛立ちを何に対して感じているのか。一体何が気に食わなかったのか。漸く、その答えが見えた気がしていた。
「……面白いわねぇ」
「……え?」
「ジェニファーちゃん、あなた、オカルトは好き?」
「…………オカルト?」
T-ウィルスが気に食わなかったのではない。レオンの甘さに対して苛立ちを募らせていたのではない。
それらを見せつけられていた事。その後ろに見え隠れしていた何者かの意志を無自覚の内に感じ取っていた事。
三四が感じていた暗い感情は、そこにこそ向けられていたのだ。
「この子……圭一くんね。死んだはずなの。
ああ、ここでじゃないわよ? 雛見沢っていう日本のとある村でね、銃で心臓を撃たれて死んだはずなのよ。
だから、こんなところにいるはずがないのだけれど」
「…………ミヨ?」
全ては否定。
祖父の悲願を。
祖父の名を神のものとする研究を。
人生も、倫理も、プライドも、何もかもを投げ打って漸くここまで辿り着いた鷹野三四を。
己のしてきた事、しようとしていた事の全てが今、この町に否定されている。
三四を招待した連中のせせら笑う顔が、声が、浮かんでくる様だ。
「面白いでしょう? 死んだはずの人間と一緒にあなた歩いてたのよ? ねえ、それってどんな気分かしら?」
「……何を……言ってるの?」
そのイメージとは真逆に、ジェニファーは困惑の顔を向けていた。
三四は、口元だけを吊り上げて笑みを作る。
「…………ごめんなさい。冗談よ」
気に食わない。
苛立ちの対象を、漠然と思い浮かべて三四は思う。
彼女にあの手紙を送り付けてきた連中が何者なのかは知った事ではない。
連中が何を企んでいるのかも、どうでも良い事だ。
しかし『連中』が、何処までも三四を否定し、嘲笑うつもりだと言うのであれば――――。
三四は戸惑い固まるジェニファーの横を通り抜けると、今度は前原圭一のもう一つの部位――――下半身のチェックを始める。
ポケットに入っている物は何も無い。どうやら彼もT-ブラッドの在処に関するメモ等の物は最初から持っていなかったようだ。
ならば、こんな薄汚い場所にはもう用は無い。
「いつまでもこうしていても仕方ないわね。行きましょうジェニファーちゃん。T-ブラッド、早く見つけないとね」
受けて立ってやろう。
そしてこの町の何処かに隠れ潜んでいる『連中』を引きずり出して、思い知らせてやらねばならない。
この鷹野三四を否定出来る者など、もう何処にも存在しない事を。
鷹野三四は神となる。
祟りを起こし、雛見沢症候群の名を永遠のものとする。
今やもう目前と迫っていた悲願の時。
何人足りとも、その否定など出来はしない。
否定など、させてなるものか――――。
【Dー3/研究所(ラクーン大学)・1階裏口通路付近/一日目深夜】
【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:健康、サイレントヒルに対する強い怒りと憎悪
[装備]:9mm拳銃(8/9)、懐中電灯
[道具]:手提げバッグ(中身不明)、プラーガに関する資料、サイレントヒルから来た手紙、グレッグのノート、
UBCSの作戦指令書
[思考・状況]
基本行動方針:この町に自分を招待した連中を排除する。
1:まずはデイライトを作る。
2:手紙を送りつけた連中を排除する。
3:日記を確認したい。
4:プラーガの被験体(北条悟史)も探しておく。
5:『あるもの』の効力とは……?
※手提げバッグにはまだ何か入っているようです。
※鷹野がレオンに伝えた情報がどの程度のものなのかは後続の方に一任します。
※グレッグのノートにはまだ情報が書かれているかもしれません。
※ジェニファーからこれまでの経緯を聞きました。
【ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2】
[状態]:健康、悲しみ
[装備]:私服
[道具]:ヨーコのリュックサック(
試薬生成メモ、
ハリー・メイソンの日記@サイレントヒル3)
[思考・状況]
基本行動方針:怪異を終わらせる為に町を調べる
0:ミヨ……?
1:デイライトを作る。
2:レオンたちについていく。
3:もしも自分の知り合いが迷いこんでいるなら助ける。
4:日記を確認したい。
5:町を調べる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
異常に膨れ上がったその背中。一つの覚悟を決めて、逆手に握った
コンバットナイフを思い切り突き立てる。
僅かな抵抗を感じさせるも刃は肉の中に沈み込み、黒い皮膚の上には微量の血液が滲み出た。
そのまま力任せにナイフを手前に動かせば、皮膚の裂け目は大きく広がり、光沢を帯びたピンク色の生々しい肉を覗かせた。
銃を撃つのとは違い、直接的に手に伝わる気色の悪い不快な感触。いくら怪物の死骸でも、人とそうは変わらぬ形のものを切り裂く実感とは精神的にも歓迎出来る事ではない。
決して気乗りはしなかったが、注射器の針がその硬質化した皮膚を通らなかったのだから、この作業もやむを得ない。
ナイフを引き抜くと、その肉の裂け目には染み出してくる様に血液が溜まり始める。レオンは改めて注射器を手に取った。
B4階は、先程降り立ったB1階よりも更に広い構造となっている階層だった。
長い廊下を抜けると、まず最初に所謂ターンテーブルらしき設備と、その床に飛び散っていた肉の塊がレオンを出迎えた。
グロテスクなその肉塊。よく見てみれば中には真っ赤に染まったシャツや、ズボンがある事に気が付いた。それは紛れも無く人間の死体なのだ。
まさかケーイチか、との思いが頭をもたげたが、その死体の服装は聞いていたケーイチの服装とは異なっている。恐らくは別人だろう。
そう判断するのとほぼ同時に思い出されたのは、ジェニファーと出会う前に上ですれ違った、レオンを人殺しと誤解した少年の姿だった。
マコト、だったか。この服装はそちらの少年のものと一致している様に思える。
レオンはふと風を感じ、上を見上げた。そこはターンテーブルを外に出す為の吹き抜けとなっていた。
ミヨと共にこの大学に入った時、最初の広場にリフトらしきものの大穴を確認した事を思い出す。位置関係から察するに、あの大穴がここに繋がっていたらしい。
マコトはあの後一人で外に逃げ出そうとしたが、誤って大穴から転落してしまった――――そんな顛末だろうか。
やるせない思いを舌打ちとして残し、レオンは次のフロアに移った。
そのフロアは、ターンテーブルのあった場所よりも二回り程広く、深い吹き抜けだった。
足場は中央の小部屋に伸びている連絡通路のみ。その上で見つけたのが、このやたらと巨大な人間“らしきもの”の死骸だ。
初見ではそのゴツゴツとした見た目に、岩か何かが転がっているのかと錯覚したが、良く見てみればそれには腕があり、脚がある。サイズこそ有り得ないものだが、生物の形をしている。
調べてみれば、写真とは随分と印象が異なるものの、それが探すべき対象である“タナトス”だと気付くまでには然程の時間もかからなかった。
薄ら寒さすら覚える程に巨大な躯体。一見としてはコートの怪物を遥かに凌駕しそうな化物が、何故ここでこうして死骸と化しているのか。
事実をありのままに、単純に考えると、この化物を殺せる程の力を持った敵がまだ他に存在するという事だ。
しかし、この際そちらまでは気にしてもいられない。
いくら規格外の力を持った敵が存在しようとも、今この場にいる訳ではない。
前向きに捉えれば危険に直面せずに済んだという事だ。目的物であるT-ブラッドを安全に入手出来るのなら、それに越した事はない。
「……これで良し」
三本分の注射器をその血液で満たし、銃を抜いてある空のホルスターにしまい込む。
ワクチン製造の為に必要な量は不明だが、足りなければまた取りに来れる故に心配は無いだろう。
レオンは立ち上がると、前方の小部屋を見た。そこからは更に二本の連絡通路が左右の壁に伸びている。この先にもまだフロアは存在しているのだ。
もしかしたらケーイチはこの奥に入り込んでいるのかもしれない。このタナトスを殺した奴に襲われているのかもしれない。そんな想像がレオンの中に浮き上がる。
だが、T-ブラッドを手に入れた今、一刻も早くワクチンを作りに戻らねばならない。
ミヨとジェニファーへのウィルスの感染を防ぐ事。彼女達を守る事。それが今のレオンの第一の役割だ。
ともすれば少年を見捨ててしまう判断を下さねばならない状況に、胸中にはやり切れなさが増していくが――――これもまたやむを得ない。
思いを断ち切る様に、レオンは踵を返した。
「ん……?」
その時だ。視界の端――――左手に、何かが動いた様な気配があった。
反射的に視線を走らせるが、気配があったと感じた場所。そこはただの吹き抜けだった。
眼前に広がる深い穴を覗き込んでも、暗闇の中に見える物は何も無い。
「気のせい……か?」
呟き、通路を戻ろうと体勢を戻したレオンの、やはり視界の端。今度は逆側だ。
またしても何かの気配がちらついた。はっとして目で追うが、今と同じくその場はただの吹き抜け。足場も何も無い場所だ。
そんな所に何かが居る筈もないが、しかし今、確かに何かが過ぎった気がしていた。青白い何かが、スッと動いていた様な――――。
「何だ……?」
じわりと、空気が変化した様な感覚に見舞われた。
無意識に銃を握り締める手に力が篭もる。
何かが居るような気配。気のせいだと一蹴し切れない予感。
それでも辺りを見回しても何も居ない、感覚と現状がずれている様な心地の悪さ。
額に滲む汗が、やけに冷たく感じられた。
冷や汗をかいている――――レオンは張り詰めた緊張感を逃がす様に、意識的にふうっと息を吐き出した。
と、目の前に現れた違和感。
空間に溶けて消えていく、白い息。
「……息が、白い……?」
違う、冷や汗ではない。レオンは気付く。
冷たいのは汗ではない。
いつの間にか気温そのものが先程よりも下がっている。身体が冷えているのだ。
急に、何故。何が起きている。恐らくは今の気配と関連性がある筈。しかし、それは何だ。
辺りへの警戒を怠らず、一歩だけ、レオンは慎重に脚を踏み出した。
ひと ごろし め
寒気立つ背中の後方から、何かが聞こえた。
【Dー3/研究所(アンブレラ地下研究所)・B4階連絡通路上/一日目深夜】
【レオン・S・ケネディ@バイオハザード2】
[状態]:打ち身、頭部に擦過傷、決意、背中に打撲
[装備]:コンバットナイフ、
ブローニングHP(装弾数13/13)、懐中電灯
[道具]:コルトM4A1(30/30)、ハンドガンの弾×10発、“T”の写真、T-ブラッド(注射器に三本分)、ライター、ポリスバッジ、
シェリーのペンダント@バイオハザードシリーズ
[思考・状況]
基本行動方針:鷹野とジェニファーを守る
1:現状への対処。
2:T-ブラッドを持ち帰り、デイライトを作る。
3:人のいる場所を探して情報を集める。
4:弱者は保護する。
5:ラクーン市警に連絡をとって応援を要請する?
※ジェニファーからこれまでの経緯を聞きました。
※大学一階の裏口からエントランスホール、二階の学長室からバルコニーまでの壁がそれぞれ壊されています。また、実験室とエレベーターの天井には大きな穴があいています。
※上記の破壊痕は
サイレン後の世界には影響がないかもしれません。
※大学の三階実験室に、ジェニファーの丈夫な手提げ鞄(分厚い参考書と辞書、筆記用具入り)が置かれています。また生成機には
V-ポイズン、
P-ベースが設置されています。
※研究所地下は、ラクーンシティの地下研究所にエレベーターで直結しています。エレベーター前の通路は原作よりも長くなっているようです。
※ヨーコが今後どういう行動を取るのかは後続の方にお任せします。
※ターンテーブルを動かすには専用の鍵が必要です。
※地上の穴の縁、及びターンテーブルそのものにコンソールが設置されています。
※タナトス@バイオハザード・アウトブレイクの死骸が地下研究所B4階連絡通路上にあります。
最終更新:2016年03月13日 15:39