闇夜の砲戦

パルエ歴620年2月初頭、帝都への進撃を目指して出撃した8個連邦主力艦隊が文字通り壊滅してから2年がたっていた。この618年のリューリア戦役の惨敗によりアーキル連邦空軍空中艦隊は主力艦隊はおろか各戦線の地区防衛艦隊や辺境守備艦隊を構成する艦艇の大半も損失し、クランダルト帝国軍小艦隊による通商破壊や陸軍に対する満足なエアカバーを提供できずに、かつての栄光の残骸を晒していた。
しかし、連邦軍空中艦隊はなんとかいまだに健在していた。
それはひとえにリューリア戦役を奇跡的に生存した敗残艦艇と人員、本国防衛のためにリューリア作戦に参加しなかった艦艇や予備役入りし廃艦予定であった旧式艦などを寄せ集めて再編した急造の艦隊であり、その練度は低くとも数はそれなりに多かった(もっとも最盛期と比べるとその数は大幅に減少していたが)。
そして連邦軍にとっては幸いなことに勝った帝国側も属領艦隊や前線艦隊、帝都防衛艦隊に打撃を受けた上にそれらの艦隊に所属していた、帝国の統治階級たる貴族たちが多数戦死したために内政に注力する必要があり、連邦への大規模反攻作戦は実施されなかった。
そのためアーキル連邦を筆頭とした北半球諸国はその戦力を大きく削られたものの、かろうじて消滅を免れていた。
しかし依然として帝国軍は強大であり、特にしばしば連邦領内に浸透してくる小艦隊の存在が厄介であった。これ等の小艦隊は帝国正規軍とは別系統である貴族軍や前線打撃艦隊に属する艦艇が多数であり、中には新造艦も含まれているため練度は低いものの、装備自体は連邦軍のものより高性能で数が多いため無視できなかった。このため連邦軍では、これらの小艦隊の迎撃を主任務とする部隊が再編されつつあった。こうして再編された部隊の中には南ザイル砂漠に位置するオアシス都市シュルベリを拠点とする第171独立分遣艦隊もおり、同艦隊はつい先ほどアナンサラド王国陸軍から帝国軍艦隊発見の報告を受けたばかりであった。
同艦隊はチラン級軽巡空艦〈アウルフィン〉を旗艦に、カノーグ級防護巡空艦1隻にメルケール級軽巡空艦1隻と、セテカー級駆逐艦1隻とスループ級駆逐艦3隻にエミュライ級空防艦2隻の計9隻からなる小規模なものであり、規模的には連邦空軍の主力を担う艦隊には到底及ばないものであった。だが、その中核となる〈アウルフィン〉の性能は連邦軍艦艇でも比較的高水準にあり、装甲こそオケアノス級重巡に匹敵する大柄な船体に比べると薄いが、12機の艦載機と強力な武装を備えており、また搭載されている共振探知機も最新鋭型であるため索敵能力に関しては他の追随を許さないものがあった。
この〈アウルフィン〉を中心として編成された第171独立分遣艦隊は、これまで帝国の小艦隊を発見次第これを捕捉撃滅してきていた。今回もその例にもれず、敵艦隊を発見したという情報を受けて出撃したのだった。

「それで、敵艦隊の詳細な位置と規模は把握できたのかね?」

〈アウルフィン〉艦橋で大佐の階級章をつけた初老の男がそう問いかけた。
男の外見的特徴としては白髪交じりの黒髪を短く刈り込み、口ひげを蓄えている点があげられる。一見すると謹厳実直そうな軍人といった印象を受ける男だったが、その眼光は鋭く油断のないものだった。
彼の名はイムラン・カルヴィエフといい、〈アウルフィン〉の艦長と第171独立分遣艦隊の司令官を務めていた。

「いえ、まだです司令。現在偵察機を飛ばして確認中です」

「ふむ……どう思うかね? ガレッド大尉」
カルヴィエフ提督は傍らに立つ若い将校に視線を向けた。
その将校の名はガレッド・ラヴィンといい、階級は大尉であった。彼は〈アウルフィン〉の副長を務めていた。

「はい、やはりこの敵艦隊も帝都からの弾丸急行便でしょう。大方わが軍の輸送船が狙いなのでは?」
「だろうな。となるとやはり敵の数は小規模とみていいな」
「はい。おそらくは多くて巡空艦1、2隻に駆逐艦3隻といったところかと思われます」
「うむ。まあ、そんな所であろうな。とはいえ、侮るわけにもいくまい。こちらが奇襲できる可能性はあるが、逆に言えば向こうも待ち伏せしている可能性があるということだ。十分に警戒するに越したこともあるまい」
「えぇ、我がアウルフィンやメルケール級ツァーン、セテカー級ガレッラはともかくスループ級は戦時急造型駆逐艦です。あまり無茶はさせられませんね」
「ああ、特にスループ級は機関出力が小さく、装甲も薄いからな。無理はできない。ただでさえスループ級の3隻は急造品なのだからな。いくらポンコツといっても沈める訳にはいかぬよ」

そう言うとカルヴィエフ提督は苦笑を浮かべた。
実際問題として2年前のリューリア戦役で主力艦の大半を失った連邦軍は、旧式化して予備役入りした艦や設計を必要最低限に簡略化した急造艦などを就役させていた。これは本国の防衛や戦力の確保が主目的であったが、その一方で艦齢10年以上に及ぶ老朽艦をスクラップにする余裕もなかったのだ。
このため、復帰もしくは新規建造された艦艇の中には艦隊決戦用ではなく哨戒や船団護衛用の艦として改装されたものもあり、そうした改造を施された艦は性能的には劣るものの、建造コストが低く抑えられるために数を揃えることができたのである。
今回の場合も帝国艦隊側が少数であり、かつ〈アウルフィン〉以下の分遣艦隊の存在を察知していない状況であれば、十分に優位な状況にあると言えたかもしれない。
だが、現実では帝国艦隊の規模はおろか位置も確認できておらず、しかもすでに自分達の接近を察知されている可能性すらあった。
そう考えると、今の状況では〈アウルフィン〉以下分遣艦隊は下手に動かずに待機し軽挙妄動を慎んだ方が良いとカルヴィエフ提督は考えていた。

「しかし、そうなると我々はどう動くべきでしょうか?」

ラヴィン大尉がカルヴィエフ提督に尋ねた。

「ふむ。そうだな……まずは情報収集だな。敵艦隊の正確な規模、位置などの情報を収集する。それができれば、こちらも動きやすくなるだろう」
「わかりました。では偵察機待ちということですか」

「うむ。一応念には念を入れて偵察するように伝えておきたまえ。それと偵察機の到着を待たずして、敵艦隊と遭遇することも考慮しておくべきだな」
「了解しました。敵艦隊の索敵範囲に入る前に、敵の位置を確認しておきたいところです」
「ああ、そのとおりだな」

〈アウルフィン〉艦橋での二人の会話から程なくして、アナンサラド駐在アーキル連邦軍レイテア観測機が、アナンサラド領空を北進している帝国軍艦隊を発見したのだった。

「見つけたぞ! 敵艦隊を発見した。数は戦艦1、巡空艦3、駆逐艦が8に揚陸艇4と輸送艦3、なっ、それにシヴァ級もいるぞ!!敵は計20隻の大艦隊だ!」
「何だと!?クソ、急げ退避するぞ!!敵迎撃機がこっちに来てる」

「わかってる、司令部への報告任せるぞ!!」
このレイテア観測機が発見した艦隊は、直ちにアナンサラド王国軍並びにアナンサラド駐在アーキル連邦軍に共有され、迎撃のための準備が進められた。

「敵艦隊は20隻……想定以上の戦力だな」
「ええ、それに戦艦とシヴァ級が1隻ずつ混じっていますね。普段の弾丸急行便にしては規模が大きすぎます」
「あぁ、その上揚陸艦までいるとなれば、かなりの規模の艦隊だな。おそらくはアナンサラドの都市、もしくは要塞の制圧が目的だろうな」
「ええ、おそらくは」
「うむ。とにかく、敵の侵攻ルートは確認できた。これは迎撃戦になるな……」
「はい。しかし、あの数の艦相手にどうやって戦うおつもりですか?」
「そこが問題なのだがな。敵艦隊の進行方向から考えて、おそらく我々が根拠地としているこのシュルベリ付近を通過することになるだろう」
「えぇ、ですから我々としてはここで敵の進撃を食い止めて、敵の足を止めなければなりません」
「うむ。とはいえ、我が方の戦力も決して十分とはいえない。敵がこちらの予想どおりに動いてくれればよいのだが」
「そうですね。ただ、もし我々の予測が外れた場合は最悪、敵艦隊に側面から攻撃される可能性もあります」
「ああ、そうなったらかなり厳しい戦いになりそうだな」
「えぇ、できればあまり考えたくはないですがね」
「私は駐留艦隊司令本部と連絡をとって指示を仰ぐ。どう行動するかはその後だ」
「はっ」


カルヴィエフ提督はがこのように旗艦〈アウルフィン〉の艦橋で話し合っていた頃、アナンサラド王国南部に侵攻した帝国軍艦隊では、帝国艦隊の司令官であるエベルハルト・フォン・デシュタイヤは旗艦である戦艦〈アルヴィース〉に部下たちを集めて作戦会議を開いていた。

「諸君、我らは現アナンサラド侵攻のための作戦行動中だ。すでに国境を越えてアナンサラド領内に入っている。ここが戦場となることは間違いないであろう。この作戦が成功することでアナンサラドは我ら帝国の手中に収まることとなる。これは大きな戦果であり、我がデシュタイヤ家の名誉を大きく轟かせ帝国の威光を北半球の野蛮人共に知らしめるであろう。余としては諸君の奮闘に期待するものである」
「はっ、閣下。必ずやご期待に添って見せましょう」
「うむ。それでだが、現在我が艦隊は辺境とは言え敵国領内に侵攻している。恐らく我が艦隊の規模を知った敵共は慌てふためいて、病犬のごとく反撃してくるであろう。死に物狂いの畜生ほど面倒なものはあるまい。なぜなら死に物狂いの畜生というものは、浅知恵のあまり時に思いもよらぬ行動に出ることがあるからだ。だが、所詮畜生の浅知恵である。畜生であるから相手が自分よりどれほど優れているかという事に理解が及ばぬものだ。そうであろう?なぁ、皆の衆よ」
「ははははは、確かにその通りでございます。閣下の言われるとおり、愚か者の指揮官が率いる艦隊は、その愚かさゆえに窮地に陥ることになります」
「左様。だからこそ、貴官らは己の技量と知略を遺憾なく発揮して、敵を翻弄し撃滅せしめるべきなのだ。良いな?」
「はっ、了解致しました!」
「よろしい、では作戦に取り掛かるがよい」
「はっ!」

エベルハルトの言葉を受けて、エベルハルト艦隊配下の高級将校たちは一斉に敬礼し、それぞれの持ち場へと散っていった。
このエベルハルト艦隊は、帝国最大の貴族であるデシュタイヤ家一門に名を連ねるエベルハルト・フォン・デシュタイヤ伯が指揮する艦隊であった。そしてその編成は、臼砲戦艦〈アルヴィース〉を旗艦に重巡アルバレステア級1隻と軽巡バリステア級2隻、レーゲンハイト級駆逐艦2隻と後期型クライプティア級駆逐艦4隻にガルエ級駆逐艦2隻、そして戦闘艦以外にドゥルガ級強襲揚陸艦2隻とダランチア級揚陸艦2隻、水槽船トロクにコッホ型輸送船2隻とシヴァ級重攻城艦1隻いう構成になっていた。
この艦隊はアナンサラド方面に展開する帝国軍艦隊の中でも有力な艦隊の一つであり、アナンサラド駐留アーキル連邦軍との正面からのぶつかり合いにおいては、十分に互角に戦えるほどの戦力を有していた。エベルハルト艦隊が展開している空域の周辺には複数の集落が存在し、それらの集落との間を縫うようにして艦隊は進撃していた。
そしてこの艦隊を率いるエベルハルトは、自分の指揮する艦隊がアナンサラド王国軍とアーキル連邦軍の連合軍との決戦において、勝利を得ることを疑っていなかった。
なぜなら彼は名門デシュタイヤ家の一員にして、自身もまた帝国随一の大貴族の当主であるという自負があったからである。デシュタイヤ家は皇帝に代わって宰相一門として権勢をふるっており、その権力は皇族すら凌駕するほどのものを持っていた。
それに彼の率いる艦隊はこの地に駐留する連邦軍を数で上回っており、装備している兵器の性能においても連邦側とそん色のないものを使用していた。それゆえに真正面からぶつかれば十分に勝てる相手だと彼は考えていたのだ。
しかしなにより一番の自信の源は自らの座上する臼砲戦艦〈アルヴィース〉の存在だった。
〈アルヴィース〉は、当時の帝国軍ではよく見られた臼砲戦艦の一隻であり比較的後期に建造されたグループに分類される艦であった。主砲として43㎝半臼砲を連装、単装含めて7基11門装備しておりその火力は驚異的であった。特に艦首側に集中配備された3基の砲塔のその砲撃力は凄まじく、一斉射で重装甲を誇る連邦重巡を沈めることが出来るほどだった。
それに加えて同艦には主砲以外にも強力な兵装が多数装備されており、その攻撃力は十分に強力であった。実際この〈アルヴィース〉とまともに撃ち合えば戦艦や重巡でもない限り大破することは確実であっただろう。

「さて、愚鈍で蒙昧なアナンサラドの犬どもめ。我々帝国の威光の前にひれ伏すがいい」
エベルハルトは艦橋の司令官席に座りながら、不敵な笑みを浮かべていた。それから数時間後、エベルハルトは従士から敵艦隊発見の報告を受け取っていた。
「敵艦隊を発見。我が方から見て北東の方角です。距離およそ3ゲイアスから4ゲイアスです。敵艦隊は我が艦隊と並行に動いております」

「ふむ……」

エベルハルトは敵艦隊を発見したという報告を受けて、思案顔になった。

「敵艦隊の規模はどの程度だ?」
「は、重巡と思われる艦艇が一隻と軽巡がニ隻、駆逐艦四隻に砲艦二隻の計九隻であります」
「重巡と軽巡、そして駆逐艦四と砲艦二、合わせて九隻とな……。まさか敵艦隊はそれだけという訳ではあるまいて?」
「いえ、現在確認できているのはこれだけであります」
「……そうか。たったの八隻か。ならば放っておいても問題あるまい。捨て置け、今は敵首都アナネアルベアに進撃することが優先だ。高々八隻の艦隊でなにができるというのだ?」
「はっ、了解致しました」
「よろしい、全艦前進。シュメルヒンめの艦隊に遅れを取るわけにはいかぬ。このまま北上し、我らが一番に乗り込むのだ!!」
「ミーレ・インペリウム!」

こうしてエベルハルト艦隊は並走していた敵艦隊の事を無視して北上を開始。その最終目標はアナンサラド王国首都アナネアルベアであった。
そしてエベルハルト艦隊が無視した敵艦隊こそアーキル連邦軍第171独立分遣艦隊であった。

「改めてみると、とんでもない規模の大艦隊だな」

カルヴィエフ提督は目の前に広がる光景を見て思わずつぶやいた。

「はい、実に壮観ですね。あれが敵でなければよかったのですがね」
ラヴィン大尉がぼやく。
「まあ、それは仕方がない。我々は与えられた任務をこなすだけだ。ところで、敵の動きはどうなっている?」
「はい、我々に対しては特に何も動きを見せずにそのまま素通りする様子です」
「ふん、舐められたものだな。だが、あの規模の敵艦隊からすれば我々など取るに足らない存在であろうからな。まったく厄介なことになったものだ」
「ええ、全くです。増援もなしにあのような大部隊と戦えとは、司令部も簡単に無茶を言ってくれますな」
「ああ、そうだな。とはいえ現在帝国軍の全面攻勢で余裕が無いというのもわかるがな。それでも航空隊の一つは派遣してほしかったが・・・」
「はぁ、まったくですよ。その上アナンサラド王国側からもあの艦隊を何とかしろと矢の催促です。連中は我々を何だと思っているのでしょうな」
「ははは、まあそのおかげで我々の仕事があるんだ。ありがたく思っておこうじゃないか」
「それもそうですね。それで、これからどうします? やはりあの戦艦を叩くべきですか?」
「うむ。他の駆逐艦や巡洋艦はともかくあの臼砲戦艦だけは放置できないだろう。それにあの旗艦と乏しき戦艦さえ潰せば後は烏合の衆だろうな」
「ではやはりあの戦艦を狙うということですね。しかしどうやってやりますか? 正面から挑んで勝てる相手ではないと思いますが……」
「確かにその通りだ。おそらくまともに撃ち合っても勝ち目はないかもしれない。だから、今回は別の手で行こうと思う」
「別の手、といいますと?」
「うむ、敵艦隊に対し数で劣る我が方が勝つには奇襲しかない。よって敵艦隊に対し夜戦を仕掛ける。そして敵艦隊を仕留めるのだ」
「はっ!!」
「よし、早速準備に取り掛かるぞ。急げよ」
「了解、すぐに取り掛かります」


この後アーキル軍第171独立分遣艦隊は、帝国軍エベルハルト艦隊の後方6ゲイアスの距離を保ちつつ追跡し、夕暮れ時にエベルハルト艦隊右舷に再度単縦陣を組んで展開し、突撃の機会をうかがい始めた。そして夜間に入って視界が不明瞭になったころを見計らって、接近を開始した。この日は新月で、闇が深かったことが幸いし特に気づかれることもなく2ゲイアスまで接近していた。帝国軍は連邦軍に比べると索敵能力で劣っていたが、対抗手段がないわけでもなく戦艦〈アルヴィース〉には新型のキュノット式熱源探視機と聴音機が装備されていたが、それぞれ作動するには問題があった。まず、熱源探視機は高精度の索敵が行えたが、索敵範囲が狭く、対象を常に探視機スコープのレティクル中央に収める必要があった。次に聴音機であるが、現在風が強く風音によって精度が著しく低下してしまっていた。そのため、エベルハルト艦隊は右舷から灯火管制を敷いて、夜陰にまぎれて忍び寄ってくる敵艦の存在に気づいていなかった。
帝国軍エベルハルト艦隊は旗艦〈アルヴィース〉を中央に艦載機による上空援護の元輪形陣を組んでおり、その約二百メルト後方にガルエ級2隻の護衛を受けた輸送船団とシヴァが展開していた。それに対して連邦軍第171独立分遣艦隊で一番槍を挙げたのは旗艦〈アウルフィン〉所属の航空隊であった。艦載迎撃機デズレリア8機とグラハ艦爆4機からなる航空隊が上空から暗闇に紛れて襲い掛かった。

『全機攻撃開始、目標敵艦!!』
『『了解!!』』

各機が散開しつつ降下していき、次々と攻撃を開始する。
エベルハルト艦隊の艦載機はそのすべてが艦載戦闘機グランビアで編成されており、これは性能的には〈アウルフィン〉航空隊の艦載迎撃機デズレリアに引けを取らぬものであったが、奇襲によりロクな対応を取れずに瞬く間に10機中2機が撃墜された。また搭乗員の質においても〈アウルフィン〉側は帝国のパイロットより技量は上であった。

「な、敵機直上!!攻撃来ます」
「ぬわぁにぃ!?」

艦長の叫びに思わず声を上げるエベルハルト。

「おのれっ、敵機の接近を許すとは・・・対空射撃用意!」

慌てて命令を下す。

「駄目です、間に合いません」
「ええい、仕方ない。回避運動を取れ」
「はっ」

〈アルヴィース〉は船体を大きく傾けて回避行動に入る。

「敵攻撃機きます!!」
「総員衝撃に備えろっ!!」

戦艦〈アルヴィース〉の艦長であるロレンツ大佐は、敵の放った爆弾が至近弾となり大きな揺れに襲われる中、必死に踏ん張っていた。

「うおっ、ぐぅ、はぁはぁ・・・」

やがて振動は収まったものの、しばらく立ち上がれないでいた。

「被害状況を報告せよ!」

なんとか立ち上がり、部下たちに状況確認を命じる。

「はい!左舷後部甲板に被弾するも貫通はなし。これだけです」
「そうか、とりあえず大事なくて良かった。それで敵攻撃隊はどうなった?」
「は、先程グラーバツァ(グラハの帝国語読み)2機が本艦上空を飛翔し通り過ぎました」
「他は?」
「は、他はデズールア(デズレリアの帝国語読み)6機と別のグラーバツァを合わせて計12機のみです」
「それだけか?」
「それだけです」
「そうか、とにかく対空戦闘だ。対空砲火始め、敵機を近寄らせるな!!」
「了解」

〈アルヴィース〉は、搭載している対空砲を一斉に撃ち始める。しかし、夜間ということもあり命中率が悪く、そのほとんどが外れてしまった。
そして遂に連邦軍に捕捉された。

「右舷から敵艦隊が接近しています」
「なんだと?数は分かるのか?」
「いえわかりません!!シルエットが見えるか見えないかといった所です」
「ちっ、この暗さではそれも致し方ないか。対艦戦闘用意。いつでも砲撃できるようにしておけ」
「なに、敵艦だと!?応戦せよ、撃つのだ!」
「しかし閣下、いまh「煩い、余が撃てと言ったら撃つのだ、撃てというに!!」
「は、はい直ちに!」

エベルハルトは混乱していた。まさか敵が夜戦を仕掛けてくるとは思っていなかったからだ。
〈アルヴィース〉は、右舷側から接近してくる連邦軍艦艇に対してめくら撃ちに発砲し始めた。
分遣艦隊旗艦〈アウルフィン〉の艦橋でもその様子はよく見えていた。

「随分と好き勝手に撃ちまくっているな。おかげで照明弾を打ち上げなくても見える」
「ええ、まったくですね。まあおおまかな位置さえわかれば問題ありません」
「そうだな。ところで敵艦の艦種はわかるか?」
「はい、戦艦はおそらくアルヴィース級と思われます」
「ふん、臼砲戦艦か。主砲の威力はあるが射程が短く、命中精度も低い。足の速さと主砲に警戒していれば勝てるな」
「はい、それに加えて他は巡空艦アルバレステア級とバリステア級、駆逐艦はクライプティア級程度かと・・・」
「ん、輸送船団とシヴァが見えんぞ?」
「おそらく後方か別の位置にいるのではないでしょうか?あのような補助艦艇は艦隊戦の邪魔です」
「なるほどな、それなら船団は無視だ。あとは敵にどれだけの被害を与えられるかだな・・・」
「ええ、しかしそれは運次第でしょう」
「やはりそうなるか・・・、全艦砲戦用意。目標敵艦隊‼」
「は、全艦砲戦用意!目標敵艦隊‼」

〈アウルフィン〉以下第171独立分遣艦隊は砲撃を開始した。戦艦〈アルヴィース〉は〈アウルフィン〉と〈ツァーン〉からの砲撃を受けていた。〈アウルフィン〉は主砲である14cm連装砲5基10門を指向し、〈ツァーン〉は15.2cm連装砲5基10門の一斉射撃を行った。照明弾2発が帝国艦隊頭上に向けて打ち込まれ、当たりが明るくなると同時に戦艦〈アルヴィース〉の周囲に砲弾が降り注いだ。

「ぬわぁにぃ!?」

エベルハルトが驚きの声を上げる。

「敵艦発砲!」
「くそ、反撃だ。撃ち返せ!」
「はっ、かしこまりました」

〈アルヴィース〉船体前部の43cm連装半臼砲砲塔3基6門が回転し、砲撃をおこなおうとする。しかし、それよりも早く〈アウルフィン〉からの攻撃が着弾した。

「ぐはぁ、被弾!!」
「なんだとぉ!?」
「は、右舷後部甲板に直撃弾です!」
「ば、馬鹿なぁ!!」

エベルハルトはあまりの出来事に思考停止してしまう。
そして〈アウルフィン〉を始めとした連邦軍艦艇からは次々と砲撃が行われていく。

「うおっ!?」
「ぎゃあっ‼」

船腹部に位置する12cm単装砲座に砲弾が命中し〈アルヴィース〉で小規模な爆発が起こる。そして命中した個所では火災が発生していた。

「消火急げ、なんとしても被害を食い止めるのだ!!」
「は、はい!」
「えぇい、何をしておる。反撃だ、反撃しろ!」
「無理です、射程圏外で当たりません!!」
「そんなこと知るか、とにかく撃つのだ」
「は、はい」

しかし、連邦軍の砲撃は苛烈だった。
〈アウルフィン〉を始めとする連邦軍艦艇は〈アルヴィース〉に対して砲撃を続ける。特にこの〈アウルフィン〉が属するチラン級軽巡は、連邦軍空中艦の中では初めて自動化された機械式装填装置を持つ艦であり、他の艦よりも高速に射撃を行うことができた。そしてその分火力も高かった。

「敵艦に至近弾並びに命中弾多数!」
「よし、そのまま攻撃を続けろ」
「了解です」

〈アウルフィン〉艦橋では、カルヴィエフ提督がそう指示を出す。

「しかし、流石に夜戦では我が方が有利ですね」
「ああ、そうだな」
「はい。それにしてもこのアウルフィンはいい艦ですね」
「そうだな。艦載機もそれなりに詰めるし、攻撃力も高い方だ。後はこれで居住性が良くて装甲がぶ厚ければいう事はないんだがなぁ」
「あはは、まあその辺は贅沢というものでしょう」
「まあそうだな。さてと・・・」

カルヴィエフは〈アルヴィース〉を見る。

「あれはなかなか厄介な艦だな。もう少し削っておきたいところだが・・・」
「はい、確かに。とはいえ、この状況下でこれ以上の深追いは危険かと。さすがに敵も体勢を立て直しています」
「うむ、全艦に通達。一度撤退する、航空隊を呼び戻せ」
「はい、各艦へ伝達します」

第171独立混成艦隊の将兵達は交戦しつつ、撤退の準備を始めた。

「いや、待て」
「は、何か?」
「最後に行きがけの駄賃に全艦の空雷をばら撒け。敵艦を沈めずともひるませるには十分だ」
「わかりました。全艦に通達、空雷発射準備」
「了解、空雷斉射、斉射」

〈アウルフィン〉以下全艦は左舷側の空雷発射管から空雷を一斉に放った。数にして約23発の空雷が帝国艦隊に襲い掛かる。

「敵艦隊、ラケーテを発射した模様」
「ぬぅ、くそ、奴らめ。なんてことをしてくれる」

エベルハルトは怒り狂っていた。

「閣下、いかがいたしましょうか?」
「決まっておろうが、回避しろ!!」
「了解、取り舵一杯。敵ラケーテが来るぞ!」

帝国艦隊は空雷攻撃をなんとか避けることに成功する。しかし、無傷というわけには行かなかった。クライプティア級駆逐艦〈リゼヴェート〉と〈ドスニール〉にそれぞれ空雷3発が直撃の後轟沈、バリステア級巡空艦〈シュピーゲル〉にも2発の空雷が命中し大破した。

「各員被害報告急げ」
「は、駆逐艦リゼヴェートとドスニールが沈没。軽巡シュピーゲル大破しました」
「むう、なんたることだ。おのれアキエリ人どもめ・・・。追撃だ、あの不愉快な艦隊を追撃せよ!」
「え、しかし閣下「聞こえんのか、今すぐ追撃部隊を出すのだ」はっ、かしこまりました」
帝国艦隊は反転して、駆逐艦と巡空艦等の高速艦に追撃を行わせようとする。
「逃がすな、追撃だ。何としてでも撃沈させるのだ」

エベルハルトは興奮気味に言う。

「しかし、お言葉ですが閣下。敵艦隊は夜戦なれしているのに対してこちらは夜目が利きません。また、こちらの攻撃手段である主砲は射程距離外です」
「それがどうしたというのだ? とにかく撃てば当たるだろう。それに、我が軍には艦載機があるではないか」
「は、はぁ」
幕僚たちは困惑するばかりであった。
「とにかくだ。まずはあの不愉快な艦隊を仕留めるのだ」
「は、了解いたしました」
「うむ、本艦も回頭せよ。余自ら息の根を止めてくれる」

エベルハルトはそう言いながら拳を強く握りしめていた。

「し、しかし閣下。なにも閣下御自ら追撃せずとも・・・」
「黙れ、もう決めたことなのだ。貴様らは余の命令に従っていればよい」
「は、はい、申し訳ございません」

こうして帝国軍エベルハルト艦隊は、大破した巡空艦〈シュピーゲル〉とクライプティア級2隻を輸送船団に合流させつつ、〈アウルフィン〉以下第171独立分遣艦隊に対して、〈アルヴィース〉を筆頭に更なる追撃を行った。


一方、〈アウルフィン〉艦橋では、カルヴィエフ提督が敵の行動に呆れたような表情を浮かべる。

「ふん、突っ込んでくるとはな。どうやら敵のボンボン貴族はよほど我々にお冠らしい」
「そのようですね」
「ああ。まあそれはいいのだがな・・・」

カルヴィエフは再び〈アルヴィース〉を見る。そして小さくため息をつく。

「全く、厄介な相手だよ。本当に・・・」
「はい、そうですね」

〈アウルフィン〉は砲撃しようにも船体後部に主砲塔が存在しないため、撃つことができない。
そのため、〈アウルフィン〉は迎撃の術を持たない。そのため彼らにできるのはとにかく早く航行して距離をとる事だった。帝国艦隊が第171独立分遣艦隊に向かってきている間に、艦隊最後方に位置していたスループ級駆逐艦〈ヴィングスコルニル〉以下数隻が迎撃態勢に入る。

「砲門開け。目標敵艦隊、撃ち方はじめ!」

〈ヴィングスコルニル〉の主砲である12cm連装砲の内、船体後部に位置する後部砲塔1基が射撃準備を整える。帝国艦隊との距離は、すでに1ゲイアス以下を切っていた。

「発砲用意よし、いつでも撃てます」
「よろしい。発砲用i「敵艦、本艦に向けてサーチライトを照射しています!」なんだと!?」

〈ヴィングスコルニル〉艦長は、慌てて敵艦隊を確認する。確かに帝国艦隊のレーゲンハイト級駆逐艦2隻が〈ヴィングスコルニル〉に向けて生体式サーチライトを照射していた。

「くそ、奴らめ。撃ってくる気か?」
「敵艦発砲!」
「回避行動、面舵一杯!」
「敵弾来ます!」

〈ヴィングスコルニル〉は右へ左へとジグザグ運動を行うが、砲弾は次々と至近距離で炸裂していく。

「くっ、この程度ならなんとか避けられるか?」
「いえ、敵艦更に前進してきます」
「敵艦発砲!」
「くそっ、なんとしても避けなければ。取り舵一杯、全力回避だ」
「了解、取り舵一杯。敵弾来るぞぉー!」
「回避成功、されど敵艦再び接近中」
「なんということだ。こうも一方的にやられるとは・・・」
「敵艦、再度発砲」
「ええい、反撃だ。カノーニ!!」

〈ヴィングスコルニル〉は反撃を試みるも、帝国駆逐艦は巧みに滑りながら射線をずらして避けていく。

「敵艦さらに接近」
「くっ、機関最大戦速。とにかく逃げ切るんだ」
「敵艦発砲! 至近です」
「総員衝撃に備えろ」

次の瞬間、轟音とともに艦橋が大きく揺れる。

「被害報告!」
「右舷に被弾。火災発生中!」
「消火急げ、高角砲に誘爆するぞ」
「だめです。もう手遅れです!」

〈ヴィングスコルニル〉はすでに傾斜を始めており、艦尾側の甲板から炎が噴き出ていた。

「ダメコン急げ、このままだと本当に沈むぞ!」

〈ヴィングスコルニル〉は艦首側に大きく傾きながらゆっくりと降下を始めていた。そして凶報は続く。

「な、敵艦発砲!」
「回避だぁ!!」
しかし時すでに遅く、〈ヴィングスコルニル〉の船体に複数の20.5cm砲弾が命中する。
「敵アルバレステア級、きわめて至近!!」
「ぐあっ、くそ、なんて威力だ」
「第3砲塔が吹っ飛んだぞ!?」
「応急班急いでくれ!」
「駄目です。もう間に合いません」

艦橋要員たちが慌ただしく動き回るが、もはやどうすることもできない。

「艦長、本艦はこれ以上持ちません!!」
「ここまでか・・・。総員退艦せよ!!」

〈ヴィングスコルニル〉は、ついに火災の弾薬庫への誘爆により真っ二つになり沈んでいった。
しかし帝国艦隊はさらなる猛追を続け、第171独立分遣艦隊に対して執念深く執拗に攻撃を加え続けた。その結果スループ級駆逐艦〈ヴィングスコルニル〉以外にエミュライ級空防艦〈気まぐれクルカ号〉が撃沈され、セテカー級駆逐艦〈ガレッラ〉は航行不能の上、舵が破損するという大損害を被った。


この後なんとか一度はエベルハルト艦隊を振り切った第171独立分遣艦隊であったが、帝国艦隊が追撃を諦めなかったことによりわずか1時間で互いに再度目視可能な距離まで接近されてしまった。

「クソッ、クランダルティン共めどうしても我々を逃がす気はないらしい」

カルヴィエフ提督はつい数時間前とは打って変わり苦々しげな表情を浮かべる。
帝国艦隊には未だに余裕が見られるものの、一方のこちらは駆逐艦〈ガレッラ〉が大破した上に、もとより数で劣っていた所を2隻も艦艇を失い、戦力差を考えると状況は絶望的であった。
そのため、帝国艦隊を迎撃するのは危険すぎると判断したカルヴィエフは、早々に撤退を決意した。しかしここで問題が発生する。
それは帝国艦隊による執拗な砲撃によって、進路を阻まれてしまったことであった。
現在〈アウルフィン〉麾下7隻は、なんとか帝国艦隊の砲撃を避けつつ逃走を続けている。しかし、このままではいつ敵戦艦の射程圏内に入るか分からない状況であり、それ故に撤退するにもタイミングを測りかねていた。そうしているうちにも帝国艦隊は距離を詰めてきており、もはや猶予はなかった。

「やむを得ん。速力で優る敵艦隊から逃げ切るのはもはや不可能だ。ここで応戦する、全艦戦闘用意!!」
「了解!全艦戦闘用意!!」

〈アウルフィン〉以下第171独立分遣艦隊所属艦は敵艦隊を迎撃すべく再度単縦陣を組み始める。そして全艦が艦載機を急発進させた直後に帝国軍エベルハルト艦隊からバリステア級とクライプティア級複数が突出し始める。

「敵巡空艦及び駆逐艦、発砲しました!」
「回避運動!」

〈アウルフィン〉は、これまでよりもさらに激しくジグザグ運動を行いながら敵艦隊の射線から逃れるように航行していく。

「主砲発射準備完了、何時でも行けます」
「よろしい。目標敵バリステア級、撃ち方始め!」
「カノーニ!!」

〈アウルフィン〉の船体前方に位置する3基の14cm連装砲が一斉に火を吹き、初弾から敵巡洋艦へ砲弾を送り込む。

「敵艦被弾!」
「続けて撃てェ!!攻撃の手を緩めるな」

さらに続けざまに敵艦へ向けて砲弾を撃ち込んでいく。

「敵艦発砲!」
「回避行動!!」

〈アウルフィン〉は、敵艦の射線を外れるように素早く移動しながら応射する。
その後も〈アウルフィン〉始めアーキル軍各艦は巧みな操艦を見せ、敵艦からの攻撃をいなしつつ着実にダメージを与えていく。
その様子をみてエベルハルトはいら立ちを隠さずにいた。

「何をやっておるか!?さっさと沈めてしまえ!」
「はっ、しかし相手も中々にやり手でして・・・」
「くっ、ならば我が艦も出るのだ、この程度で手間取るようであれば話にならんぞ!」
「はっ、直ちに!」

こうして帝国艦隊旗艦である〈アルヴィース〉が戦場へと前進する。

「敵艦さらに接近」
「くっ、なんという火力だ、まるで集中豪雨じゃないか」
「司令、ここはやはり再度後退すべきです。このままではじり貧です!」
「駄目だ。敵の追撃を振り切れなければ、我々にはもう後がないんだぞ!?それにこのまま後退したとしても、おそらく敵艦隊は追ってくるだろう。そうなれば我々は袋のネズミだ」
「それはそうですが・・・。しかし、これ以上の戦闘は無意味なのでは?」
「そんなことは分かってる。だが、今は耐えるしかない。頼む、もう少しだけ頑張ってくれ」

カルヴィエフは部下たちに弱気を見せることなく、毅然とした態度で指揮を執る。しかし内心では、既に限界を迎えつつあることに気が付いていた。

(このままじゃまずいな。こうなったら賭けに出るしかあるまい)
「よし、狙撃砲を持つ艦は敵戦艦を狙う。それ以外の艦は雷撃の後制圧砲撃を行い敵を近づけるな!その隙に航空隊による攻撃で敵を叩く!」

カルヴィエフの指示により、軽巡〈アウルフィン〉と防巡〈ノトシア〉、そして航行不能になった駆逐艦〈ガレッラ〉が空防艦〈ばくち打ち号〉による補佐の元、狙撃砲により帝国軍エベルハルト艦隊への攻撃を開始する。

「照準良し、カノーニィ!!」

〈アウルフィン〉の艦首側にある2門の12cm狙撃砲が同時に火を噴き、それと同時に〈ノトシア〉艦首に装備された21cm艦首狙撃砲も火を吹く。

「続いていけぇ!」

2隻の狙撃砲から放たれた計8発の砲弾は、視界の利かない夜間でありながら共振探知機と敵艦の発砲炎を頼りに正確に敵戦艦を捉えて着弾する。

「敵艦被弾!よし当たったぞ!!」
「まだだ!敵はまだ残っている。射撃を続けろ、すこしでも敵を圧倒しろ!」

カルヴィエフの叱咤激励に応えるかのように、さらに3隻からの攻撃が続けられる。
そしてその隙に敵艦隊に対して左舷を向けていた軽巡〈ツァーン〉以下3隻は空雷を発射。約11発の空雷は敵駆逐艦に向けて一直線に進み、そのうちの4発の空雷を喰らった敵クライプティア級駆逐艦〈オルカ・ガリアウル〉は轟音とともに爆散し、生体器官の残骸や肉片をばら撒きながら墜落していった。

「敵巡空艦大破!」
「よくやった!そのまま残りも沈めてしまえ!」

しかしその直後、突如として〈アウルフィン〉の後方に位置していた駆逐艦〈ガレッラ〉が敵重巡の砲撃を受けて爆沈してしまう。

「なっ!?クソッ、ガレッラがやられた!」
「敵艦発砲!!」
「回避運動!!・・・ぐぅっ!!」

〈アウルフィン〉の船体前部に砲弾が命中し爆発を起こす。幸いにも狙いが甘かったおかげで致命傷には至らなかったが、それでも無傷とはいかず、〈アウルフィン〉は速度を落としてしまう。
「司令!?大丈夫ですか、しっかりして下さい!!」
「あぁ、私は問題ない。それより被害状況の確認急げ!」
「了解!!」

艦橋要員たちはカルヴィエフの指示に従い、被害状況を確認すべくすぐさま行動に移る。

「被弾による衝撃により、第4砲塔が使用不能」
「機関室火災発生、現在応急処置中です」
「砲術長より報告、右舷空雷発射管全損。空雷に誘爆の危険性あり。装填済みの空雷は全て投棄します」
「くっ・・・。まさかここまでやられるとはな」

カルヴィエフは思わず歯噛みする。しかしここで撤退すれば、帝国軍艦隊はそれこそ喜び勇んで自分達の息の根を止めようとするだろう。

「とにかく今は耐えるんだ。敵の動きをよく見て、反撃の糸口を探るんだ」

カルヴィエフはそう言うと、じっと戦いを見守る。しかしその後も敵の攻撃は激しさを増していき、次第に追い詰められていく。

(くそっ、一体どうしたらいいんだ・・・)

そう思いつつも、カルヴィエフは諦めることなく指揮を取り続けるのであった。そんななか中々しぶとい自分達をみて業を煮やしたのか敵戦艦が前進を開始する。

「ふん、我が艦を前にして逃げ惑うなど無様な奴らめ。まぁよい、次は貴様らの番だ。せいぜい足掻いて見せろ!」

エベルハルトは傲岸にもそう言い放つと旗艦〈アルヴィース〉の艦長であるロレンツ大佐に攻撃を命じる。

「粉砕!!」
「主砲照準、撃て!!」

〈アルヴィース〉とアルバレステア級重巡〈シュタルクホルン〉が砲撃を開始する。その主砲から放たれた榴弾は〈アウルフィン〉へと殺到していくが、カルヴィエフはそれを冷静に見極めると即座に指示を出す。

「面舵一杯!敵の砲撃を回避せよ!」

〈アウルフィン〉はその巨体をゆっくりと右に回頭させると、左舷を航行していた不運な僚艦〈パラッサ〉が大爆発を起こしていくのを尻目に、ギリギリのところで敵砲撃を回避する。しかしその瞬間、〈アウルフィン〉が転舵した鼻先目掛けて更に2発の空雷が発射される。

「しまった!・・・ぐわあああっ!!」

そして次の瞬間、〈アウルフィン〉の艦首に2発目の空雷が直撃し、その衝撃で〈アウルフィン〉は大きくバランスを崩す。

「くっ、ダメージコントロール急げ!!」
「駄目です!機関部に損傷、航行に支障をきたします!」
「なんということだ・・・」
「閣下、如何なさいますか!?」
「っ、航空隊はどうした?」
「既に敵艦隊上空に接近中です。しかし航空隊がどうしたというのですか?今更何ができると―――」
「少なくとも撤退するチャンスを作ることはできる!!照明弾発射、航空隊の為の目印を作ってやれ!!」

カルヴィエフの言葉にハッとした顔を浮かべる幕僚たち。

「了解しました!照明弾を敵艦隊上空へ発射しろ!」

〈アウルフィン〉は直ちに8cm高角砲を敵艦隊の上方向へ向け、照明弾を発射した。照明弾により帝国軍艦艇が淡い光によって照らされ、その姿を露にする。

「よし、これで航空隊の援護が期待できる。後は我々がどれだけ敵艦隊を釘付けに出来るかに掛かっているぞ!」

カルヴィエフは気合いを入れ直すと、再び〈アウルフィン〉の指揮を取るべく動き出す。そして彼らの努力は報われた。

『全機続け、クランダルティン共の頭上にラオデギア直送アーキル産土産をくれてやれ!!』
『グラン・アーキリア!!』

連邦軍第171独立分遣艦隊所属の航空機全機からなる航空隊-デズレリア8機とグラバ4機、駆逐艦と空防艦の搭載していたユーフー改5機-が帝国軍エベルハルト艦隊旗艦である〈アルヴィース〉に猛禽のごとく襲い掛かる。

「なっ、なんだあれは!?」
「敵機直上、急降下!!」
「くっ、対空砲で撃ち落せ!撃ち落とすんだ!」
「駄目です、数が多すぎます!」
「馬鹿なっ・・・」

突然現れた敵機の存在に対し混乱する帝国軍の将兵。しかしそんな彼らに航空機隊は突撃する。

『全機突入!!』

次々と帝国軍自慢の戦艦に爆弾を投下し、銃弾をお見舞いしていく航空機隊。

「くそっ、対空砲火が薄い所を狙われたか!各艦、戦闘機を出して迎撃させろ!早くしなければやられるぞ!!」

ロレンツ大佐は慌てて命令するが時すでに遅く、彼のいる艦橋にも爆撃を受け、銃弾が雨嵐と降り注ぎ破片が飛び散る。

「くっ、おのれぇー!!蛮族どもめが、余の顔に泥を塗った恨み、必ず晴らしてくれようz」

エベルハルトは最後まで捨て台詞を言い切ることはなかった。彼が怒り狂って怨嗟の言葉を吐いていたところに連邦軍グラハ艦爆の投下した爆弾が入り込んで、彼 が抱きかかえる形になったところで炸裂。〈アルヴィース〉艦橋要員諸共彼は戦死してしまったからである。
こうして帝国軍エベルハルト艦隊は旗艦である〈アルヴィース〉が大破し、指揮系統が寸断されたことに動揺したのか、帝国軍残存艦艇は見る見るうちに煙幕を張って撤退。
かくしてアナンサラド王国首都アナネアルベアと第171独立分遣艦隊は自らの命運を掛けた戦いに勝利した。しかし彼らの戦果は、歴史全体を俯瞰してみれば同時期に勃発した帝国軍によるアナンサラド王国侵攻作戦中の一コマでしかなく、また彼らの戦いも後に続く幾つもの激戦の前哨戦に過ぎなかったことを、この時の彼らはまだ知らないのであった・・・。
最終更新:2022年10月02日 09:00