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第四回放送【裏】新たなる星詠みの舞(前編)

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第四回放送【裏】新たなる星詠みの舞(前編)◆LxH6hCs9JU



 始まりは、そう……地割れであったはずだ。
 力と力の衝突、行き着く先に待ち構えていた暴走という名の怒涛にのまれ、成す術もなく……

 神埼黎人は、割れた地面に堕ちていった。

 地下深く、もぐらの住処を越えて、マントルを越えて、地球の中心まで。
 ぶつかり、挟まれ、削れ、磨り減って、最終的には燃え尽きる。
 死に方としても稀な、愚か者としては相応な最期が、彼に訪れたはずだった。

(僕は、死ぬ……いや、死んだ、のか?)

 野望に馳せた想いは、残留思念となって疑問を零す。
 聞く者もいない、死に際の泡沫が、無為に消滅するはずだった。

(闇が、光が、カグツチの炎か、カムツカの暗黒か、違う、この、懐かしい、匂いは……)

 狭間の世界に置かれた神埼黎人の意識は、不意に覚醒する。
 訪れた世界は、闇が支配する黄泉でもなく、光に包まれた天の社でもない。
 無限にも思われる数の蔵書が埋める、本の世界。
 そこはまるで図書館……いや、どちらかといえば寂れた古書店のように思えた。

「いらっしゃい。本をお探しかな?」

 神崎の意識は声に促されるがまま、振り返り見る。
 妖艶な気配を携えた、長身痩躯の美女が立っていた。
 瀟洒な眼鏡をかけ、胸元が盛大に開いたスーツを着込む、プロポーションも見事な容姿は、あまりこの場に似つかわしくない。

(なんだ、この女は……? 地獄への案内人、というわけではなさそうだが……)

 意識だけの残滓として、神埼黎人の記憶を持つ客人として、彼は古書店の女店主と介す。
 そのときはまだ、相手の素性も目的も知らぬまま。この先知ることができるという保障もないまま。

「僕は、そうだね……ナイア、とでも呼んでくれればいいよ」

 問う間も与えず、女は名乗る。
 ナイアは奥行きのある古書店内をふらつき、時折本棚の蔵書に手を触れながら、残滓に語らいを始めた。

「さて、君には一つの終わりが訪れた。いくつかある内の、一つの終わりさ。僕はそれを見届けさせてもらった。
 感想としては、そうだね……もっと周りを見るべきだった、浅はかだった、注意力も散漫だし観察力も未熟。
 フフフ……少し辛辣だったかな? 終わりの引き金を絞ったのは、君自身だ。落ち度は君にあるんだよ」

 艶麗に微笑むナイアを、姿なき思念で睨みつける。
 神崎黎人の死の経緯……それは確かに、他者から見れば救いようのない顛末だった。
 半ば勝利を確信していたからこその慢心か、彼女たちの想いを計りきれなかったからこその結果か。
 いや、答えなど必要ではない。もはや全てが瑣末事だ。終わった人間である神埼黎人には、もう……。

「おや、素直に終わるのかい? それでは僕が出てきた張り合いがない。君にはもう少し、頑張ってもらいたいんだけどね」

 ナイアは神崎黎人の残留思念を繋ぎ止める。現世にではなく、狭間に位置する古書店の中に。

「語ってごらん。君が目指した先の先を……経緯も含めて……なぜこうなったのか……君はなにがしたいのか……」

 囁かれるがまま、神埼黎人の意識は夢想する。事実としての過去と、悲願としての未来を、己の存在に刻まれた運命と共に。
 神崎家、一番地、黒曜の君、舞姫、媛星、そして星詠みの舞。
 彼の人生を狂わせ、歪めた、運命の系統を綴る。


 ――少し、昔話をしよう。
 話はそう……弥生時代にまで遡る。

 日本の弥生時代後期に登場し、邪馬台国の女王であったとされる卑弥呼は……実際には『陽巫女』と呼ばれ、国を治めていた。
 優秀な術師でもあった陽巫女はある日、地球に未曾有の危機が迫っていることを知る。
 それこそが、空に赤く煌く禍の厄災……『媛星』という名の隕石だ。

 陽巫女は媛星の脅威を退けるため、最愛の弟を生け贄にすることで、カグツチという火の竜を口寄せした。
 カグツチの力により、媛星の落下は回避された……かに思えたが、危機は完全に去りはしなかった。
 星詠みによれば、軌道を外れた媛星は三百年周期でまた廻る。つまり三百年後には、再び媛星が落ちてくるのだ。

 いかな陽巫女とはいえ、三百年後の未来まで生き永らえることは不可能。
 故に陽巫女は、死に逝く間際に媛星の軌道を修正する儀式を作り出し、後世に残した。これを『星詠みの舞』と呼ぶ。
 儀式の概要は、選ばれた十二人の戦巫女を戦わせ、最後の一人を選出し……その者が培った『想いの力』で媛星を還す、というものだ。
 そのためには残り十一人の戦巫女の想いを犠牲にし、天に捧げなければならない。
 言うなれば……十一人の戦巫女の想い人を、生け贄にしての儀式なのだ。

 選ばれし戦巫女は媛星の力の一端を与えられ、戦う力を得る。想念を物質化し、武器とする力だ。
 この力は後世、『Highly-advanced Materializing Equipment』という外来語の名を受けて、力を宿す戦巫女も『HiME』と名を改めた。
 HiMEは物質化した想念……『エレメント』と、特定個人への想いの力を凝縮し生み出した、『チャイルド』という半身を持って戦う。
 闘争の勝敗はこのチャイルドを倒したかどうかによって決まり、チャイルドが倒されれば凝縮された想いの力も消え、倒したHiMEの糧となる。
 また、同時にチャイルド誕生の発端となった想いの力、その対象である想い人……『触媒』に値する人物も、命を落とす。
 これが星詠みの舞という儀式につきまとう最大の犠牲にして、宿命だ。

 残った最後の一人は、十二人分の想いの力を蓄えて、ようやく媛星を還すだけの力を得る。
 媛星を還した後は、また三百年後……同じようにHiMEを集わせ、星詠みの舞を繰り返す。
 それが幾度か続いたある年、転機が訪れた。
 一番地の介入である。

 一番地という組織は、陽巫女が残した星詠みの舞を取り仕切る家系、『星繰りの者』である小野家を根絶やしにし、その座に挿げ変わった。
 さらには星詠みの舞を仕切る進行役――陽巫女が鬼道によって残した式神――すらも懐柔し、星詠みの舞を完全に乗っ取ったのだ。
 とはいえ、星詠みの舞を遂行しなければ星は滅ぶ。一番地が星詠みの舞を乗っ取ったのは、陽巫女が作り上げた儀式の構造を改竄するためだった。
 一番地は星詠みの舞の主目的を、『媛星を還すこと』から『媛星の強大な力を得ること』に変えてしまったのだ。

 具体的には、最後の一人となったHiME……『舞姫』を、鬼道を用いて精製した刀『弥勒』で殺し、封印する。
 そうすることで、弥勒の使い手たる『黒曜の君』は舞姫に託された想いの力、媛星の力を得る。
 一番地は媛星の力を得た黒曜の君を首座に置き、世界を牛耳る国家機関へと成長した。
 そして代々、この黒曜の君を排出してきたのが……一番地と共に小野家を滅亡させた、神崎家の一族だ。

 神崎黎人は神崎家の末裔であり、二十一世紀の星詠みの舞を取り仕切る黒曜の君なのである。

 此度の星詠みの舞でも、黒曜の君たる神埼黎人は、舞姫を弥勒に封印し媛星の力を得ようとした。
 ただ、勝ち残った舞姫を封印するのではなく……自らの妹にして此度のHiMEの一人である、美袋命を舞姫とし、封印しようとする意図を潜めて。
 神崎黎人は妹の命を偏愛していた。その宿命ゆえ、実の妹であることも明かせず、遠目から見守っていた。
 いつしかその想いは膨れ上がり、彼女の意志を弥勒に封じ込め、三百年もの間絶対のものにしよう……と歪み企むようになる。
 星詠みの舞の終盤で命を手元に囲い、残ったHiMEを命に倒させ、舞姫となったところを神崎黎人がまた殺す。
 それが、彼のシナリオだった。

 しかし今回、残りのHiMEが鴇羽舞衣、玖我なつき、美袋命の三名となったとき、彼に不幸が訪れた。
 かつて一族が縛し、手駒とした式神――炎凪に玖我なつきを任せ、まずは命で鴇羽舞衣を打ち倒そうとして、しかし失敗したのだ。
 舞衣のチャイルドが、かつて陽巫女が口寄せし媛星を押し返したカグツチであったからか……闘争の際の地割れに巻き込まれ、神崎黎人は命を落とした。
 神崎黎人が死んだことにより、彼を触媒としていた舞衣と命も、星詠みの舞の脱落者となったことだろう。
 となれば、あの地では玖我なつきが舞姫として……媛星を還したのだろうか。

 死に逝く身である神崎黎人には、もはやなにもかもが些事だ。
 媛星の力を手中に収め世界の首座につくという野望も、妹を三百年間封じ永遠のものとする悲願も、それらを根付かせる想いも。
 全て泡と消え、しかし。


「なるほど。それはまた、なかなか楽しそうな運命じゃないか……改めて、興味が湧いたよ」

 ナイアは囁きかける。邪神という真実を隠し潜め、死を迎えるはずだった男の運命を、捻じ曲げ掘り返そうと躍起になる。
 その目的は単なる愉悦か、それとも邪神としての元々の悲願に繋がるものなのかは……誰も知らない。

「ならこの一時は、僕が神様となろう。君にやり直しの機会を与える、幸福の女神さ」

 抱擁。
 邪なる温もりが、残留思念を包む。
 死は乖離、生は再現、想念はまた燃え。
 神崎黎人という個を爆砕、腐敗、燃焼、凍結、崩落、蹂躙、抹消――する寸前で手心を加え、元の鞘に戻す。

「時の逆流こそが、君にとっての幸福かい? ならばそうしよう。君の妹も、君を兄として慕うように……」

 かくして、神埼黎人は二度目の機会を与えられた。
 ナイアという幸福の女神を横に置く、新たな星詠みの舞が……始まった。


 ◇ ◇ ◇


「……というのが、マスターが元々背負っていた宿命だロボ」

 色鮮やかなイラストが描かれた四方の壁面。散乱した玩具の数々。
 馬鹿にしたようなくらい典型的な子供部屋が、講義の場として存在した。
 講義を進めるのは、横に尖った耳と、どこぞの科学者にも似た緑の髪を持つ、奇異な容貌の少女である。

「が、マスターは今回、星詠みの舞の大幅リテイクを試み……このような形になったみたいロボ」

 淡々と講釈を続ける少女だったが、それらに相槌を打つ声はない。
 聞き手が不在というわけではなかったが、二人の聞き手は片方が無関心、片方が理解が追いつかない様子で、少女を困らせていた。

「むぅ……もっと真剣に聞いてほしいロボ。エルザはマスターから、二人に最低限でもいいから趣旨を理解させるよう頼まれたロボ」

 自身をエルザと呼ぶ少女は、人形のような無機質な顔で言うが、他二名の反応は鈍い。
 任命された役割は意外にも難しく、エルザは世の厳しさを痛感した。

 自身、神埼黎人に作られた機械人形の身であり――彼に使役される下僕にすぎない――と思い込んでいる。

 星詠みの舞を完遂する上で必要不可欠な二人の人材の守護、もといお守りを任されたエルザは、使命に奔走する。
 本来の主人の名も忘れ、愛しいダーリンの存在を芽生えた愛の感情ごと忘れ、神崎黎人の手駒として存在を許された。

 神埼黎人が囲う彼女ら三人は、星詠みの舞の裏を司る。


 ◇ ◇ ◇


「想いの力は熟成され、仕上がっていく。来るべき時を目指し、僕の下へ……ね」

 不穏な笑みを零しつつ、神埼黎人は回廊を歩く。
 腰に一振りの刀を携え、一日目終了という節目を向かえよるこの時期に、自身が再始動した場所を目指す。
 軍事施設のように堅牢な廊下は、次第に木造りの老朽化も激しい道へと変じ、雰囲気も日本家屋の様式を帯びてくる。
 神埼はほのかな懐かしさを覚えつつ、回廊の終着点たる扉に辿り着いた。
 開くと、ギィ、という古めかしい音が鳴り、来客の到来を知らせる。

「いらっしゃい。そろそろ来る頃かと思っていたよ」

 神崎を出迎えたのは、瀟洒な眼鏡をかけ、胸元が盛大に開いたスーツを着込む、豊満な体を持った女。
 妖艶な笑みと共にティーカップを傾け、机に着いている。空いた椅子が一脚と、茶が用意されていた。
 神崎は女と同じ席に着き、用意された茶に口をつける。作法のなった仕草で、見栄えよく、女の接待に応じた。

「いい味だ。こうやってのんびりお茶を共にできる機会が得られて、光栄ですよ……ナイアさん」
「フフ、世辞が上手いじゃないか黎人君も。とはいえ、お茶を啜りに来たわけではないだろう?」
「ええ。星詠みの舞は順調に進捗しています。ご存知でしょうが……少し、これからのことについて話しておきたくなりましてね」

 風華学園生徒会副会長としての慇懃無礼な態度と、黒曜の君としての不穏な影を纏い、神崎はカップを置く。
 星詠みの舞の順調な経過を鑑みて、彼は始まりの地を訪れた。
 死に逝く身であった神崎にやり直しの機会を与え、儀式に加担した張本人であるナイアを交え、今後を案じる。

「大昔の陽巫女が定め、一番地が改変した星詠みの舞は、あなたの力によってまた大きく様式を変えた。
 新たに作り出した六十四……いや六十五人のHiMEたちが、触媒なくして想いの力を洗練させていく。
 鬼道に優れた神崎家の者たちでも、儀式をここまで改竄することはできなかった。それをあなたは難なくと。
 ふふ……まったく、幸運の女神とはよく言ったものだ。あなたは、そう……媛星すら凌ぐ力を持っている」

 切れ長の目をナイアに向ける神崎は、まるで女性にアプローチをかける二枚目のように、しかし笑みで返される。

「女神に手を伸ばそう、などと思っちゃいけないよ? 君が目指すのは、あくまでもあの星さ。そうだろう?」
「弁えていますよ。神の座になど興味はない。僕は神崎家の者として、悲願を達成できればそれでいい」

 泡沫に消えたはずの悲願を、もう一度。
 媛星の力を手に入れ、命を守る――神崎の目的は、終始一貫してこの二つだけだ。

「あなたの楽しみと僕の目的。二つを共有できるように改竄した、この新・星詠みの舞……しくじりはしません」
「大した自信だねぇ。いや、僕としても喜ばしい限りだがね」
「ですが、いくつか……心配事はあるんですよ。例えば、そう。あなたが紹介してくれた言峰神父とかね」
「彼も大いにゲームを楽しんでいるそうじゃないか。まあ、仕方がないよ。言峰綺礼とはそういう存在だからね」
「然るべき処置は取らせていただいていますよ。この先、彼がどうなるかはわかりませんがね」
「盟約は厳守しておくれよ? 彼は……いや、彼女らも、僕にとっては便利なカードなのだから」
「それも心得ていますよ」

 この殺し合い……ナイアが改竄した新説とも言える星詠みの舞は、様々な要素が合わさってできている。
 黒曜の君と一番地、シアーズ財団等を軸とした大元に、ナイアというスポンサーの協力を得て、さらには彼女が集めた人員が介入していた。
 神崎の補佐役として回された言峰綺礼も、その一人だ。現在は神崎の怒りを買い、退席した身だが。

「この、新たなる星詠みの舞……必ずや完遂してみせますよ。一度は死んだ男が、失敗を糧としてね」

 神崎は妖艶に口元を緩め、またお茶を啜る。


 ◇ ◇ ◇


「……っていうか、わたしとしてはおまえのマスターの野望とかどうでもいいから。さっさと帰してくれればそれで」

 エルザの講釈を切って捨てる、冷厳でいて幼い色の声が飛ぶ。
 退屈そうに座り込み、不機嫌そうに頬を膨らませ、愛想の一つも振り撒こうとはしない。
 子供部屋に介した三人の少女の内の一人――歳は二百歳ほどだが――が、一切の干渉を拒んでいた。

 エルザはまた、ほんの少しだけ困った顔を浮かべ、もう片方の少女に救いを求めた。
 その少女も、エルザの話が難しすぎるのか別に思うところがあるのか、難しい表情のまま助け舟を出せないでいる。

「断っておくけど、わたしはおまえたち人間と馴れ合うつもりはない。ここにいるのは、わたしの目的を達成するため」
「エルザは人間じゃないロボ」
「同じよ。人間に作られたって言うんなら、相容れない」

 友好的な態度を示すエルザとは対照的に、少女の言には埋め尽くすような嫌悪感、不信感が凝縮されていた。
 それも仕方がない。人間を毛嫌いする彼女にとっては、このような儀式に付き合うだけでも屈辱なのだ。

 武部涼一とまた再会する――という目的がなければ、協力などしたものか。

 少女は愛しげに、自分の首下に手をやる。彼女にとって唯一信頼できる人間がくれた贈り物が、チリンと鳴った。
 今は乾いた、だぼだぼのワイシャツに彼の温もりを思い出して……『鈴』を携えた少女は想念を燃やした。

 彼女の名は――武部涼一がつけた彼女の名は、すず。
 彼女もまた、星詠みの舞の裏を司るための人員として連れて来られた、役者の一人だ。


 ◇ ◇ ◇


 神崎黎人は死んだ。これは揺るがない真実として、あの地に残るだろう。
 しかし、死に逝く身であった神崎黎人は……幸福の女神を自称するナイアによって拾われ、助けられた。
 彼の辿った運命を遡行し、星詠みの舞の決着がつく以前まで戻り、儀式のやり直しを図った。
 その様式や設けられていたルールを、神に等しき異能でもって大幅に改編し、今度こそ悲願を成すために。

「概要自体は変わらない。HiMEとHiMEとが戦い、最後の一人を選出する。そうだったね?」
「ええ。HiMEといっても、エレメントもチャイルドも持たない、想いの力を溜め込むだけの、器としてのHiMEですが」

 集められたHiMEは六十四人……その中で、本来の星詠みの舞でHiMEの資格を持っていたのは三人のみ。
 HiMEの証である痣を持つ者は、それしかいない。どころか、候補者の中にはHiMEには成り得ない男性まで含まれている。
 いったいなぜ、それで彼らをHiMEと呼べるのか。呼べるようにしたのか。ナイアが手を加えたのはそこだった。

「戦闘力は持たないが、星詠みの舞の参加資格は持つ。シアーズが目指したものとは違いますが、彼らもまた人工のHiMEと言えますね」
「どちらが優秀かといえば一概には言えないが、キミの目的としては問題ないだろう? 要は、想いの力が得られればいいわけだから」

 参加者六十四名に取り付けられた首輪。この首輪には、魔術と鬼道を併用したとある術式が組み込まれている。
 それこそが、本来のHiMEが持ちえたる想いの力……を物質化能力にまでは昇華し切れぬものの、蓄えることはできるシステムだ。
 首輪の装着者はHiMEと同様に想いの力を得ることができ、HiMEと同様に倒した他の装着者の想いも自らの糧とすることができる。
 そこに触媒やチャイルドといった要素は存在せず、ナイアはむしろそのシステムを撤廃し、直接的な生死でもって儀式の進捗を図ろうとした。
 故の――殺し合い。
 想い人という生け贄を持って完遂される儀式をさらに苛烈にし、より強い想いの力を得ようとしての、悪しき改竄である。

「基本的に、装着者は殺した装着者の想いの力を吸収する。何人もの想いを背負って、勝者となる仕組みだね」
「六十四人分の想いの力を蓄積した最後の一人が、此度の舞姫となる。現在の進行状況をご覧になりますか? おもしろいデータですよ」

 儀式も一日目を終えようという頃……残った参加者は少なく、だからこそ想いの力を溜め込んだ者も多く存在する。
 殺し合いの明日がどうなるかなど誰にとってもわからないが、データから読み取れるものが皆無というわけでもない。
 以下は、儀式の進捗具合に繋がるデータ……各参加者たちが現在蓄積している想いの力の総量(○人分)だ。


 吾妻玲二――11(古河秋生、桂言葉、棗鈴、ドライ、直枝理樹、向坂雄二、藤林杏、棗恭介、トルティニタ・フィーネティトゥス宮沢謙吾
 来ヶ谷唯湖――9(黒須太一、支倉曜子、清浦刹那、橘平蔵、鉄乙女、伊達スバル、吾妻エレン、佐倉霧、真アサシン
 藤乃静留――5(一乃谷兄妹、対馬レオ、蒼井渚砂、鮫氷新一古河渚
 西園寺世界――3(間桐桜、如月千早伊藤誠
 山辺美希――2(椰子なごみ岡崎朋也
 衛宮士郎――2(リセルシア・チェザリーニ浅間サクヤ
 深優・グリーア――2(ウィンフィールド如月双七
 高槻やよい――1(葛木宗一郎
 菊地真――1(小牧愛佳
 千羽烏月――1(柚原このみ
 ユメイ――1(蘭堂りの
 大十字九郎――1(加藤虎太郎
 杉浦碧――1(若杉葛
 羽藤桂――0
 アントニーナ・アントーノヴナ・ニキーチナ――0
 九鬼耀鋼――0
 アル・アジフ――0
 ドクター・ウェスト――0
 神宮寺奏――0
 クリス・ヴェルティン――0
 ファルシータ・フォーセット――0
 源千華留――0
 玖我なつき――0
 井ノ原真人――0


「おやおや……随分と差ができているね。それに、想いの力が必ずしも直接の殺害者に還元されるというわけではなさそうだ」
「ええ。致命傷を負わせ、直接の死の原因を作り出したとしても、死の瞬間に立ち会わなければ想いの力は得られない」
「死に際か……若杉葛の最期を看取った杉浦碧、黒須太一と支倉曜子の心中を目撃した来ヶ谷唯湖なんかがそうだね」
「死に際に立ち会えずとも、縁ある装着者に想いの力が還元されるケースもあります。葛木宗一郎や小牧愛佳がそれです」
「現状、舞姫に最も近いのは吾妻玲二と来ヶ谷唯湖……しかしこの二人を倒せば、その装着者が一挙に頂点に立つ」
「一挙手で蓄積された想いの力を総取りできる奥深いシステムですよ。それこそ、まるでゲームのようにね……」

 ――互いにティーカップを傾けながら、寂れた古書店で神崎とナイアは微笑み合う。

「僕はそのつもりさ。この儀式をゲームとして楽しんでいる。開会式でもキミは言っただろう?」
「この催しは便宜上『ゲーム』と呼ぶ。僕にとっては悲願のための儀式ですが、ナイアさんや言峰神父にとっては愉悦を求めるためのゲームに違いない」

 故の、ゲーム性を重視したシステム。これら、星詠みの舞の改定案を出し実行したのは、全てナイアの意向だ。
 首輪の製作は一番地やシアーズ財団の助力を持って行われたが、全権はほとんどナイアが握っている。
 一番地やシアーズ財団といったゲーム関係者の中で、ナイアの存在を知る者は神崎以外存在しない。
 言峰や、神崎が囲う少女二人……ナイアから預かった、特別な役割を持つ人員らを除いては。

「とはいえ、どれだけ想いの力を蓄え舞姫に近づこうと……最後は無に帰してしまうわけだね。キミの筋書きでは」
「最後の一人となった紛い物のHiMEは、僕の妹である真のHiME……六十五人目の参加者によって倒される」
「ゲームとして考えれば、予定調和で組まれた面白みに欠けるものだけれど、そこはキミの目的を尊重しなければいけないからね」
「そこを譲歩してくれると助かりますよ。舞姫となった命を、この新たな弥勒で貫き封印すれば……我が悲願は成就する」

 神崎は腰に携えた刀に触れ、野望を募らせた。
 星詠みの舞のシステム改定に伴い、神崎は舞姫の封印を成す弥勒にも改良を加えるざるをえなかった。
 弥勒は本来、選ばれし舞姫と代償となる十二の想いを封印し、媛星の力を得るための刀だ。
 しかし今回、代償となるのは本来のHiMEが持つ想いではない。
 首輪によって作り出した、紛い物のHiMEから生み出される想いだ。

 種類が違えば仕様も変わり、目論みどおりの結果は得られない。
 故に神崎は、此度の儀式に合わせ弥勒を新調した。
 ナイアの異能と鬼道の力を併せ持って、この儀式のために新たな弥勒を精製したのだ。
 大昔の一番地が作り上げた弥勒は、戯れとして支給品に混ぜた。あれも今となっては不用品だ。

「だがもし、あの首輪が外されでもすれば――」

 ナイアの発言に、神崎の身が僅か硬直する。

「装着者はHiMEとしての資格を失い、培ってきた想いの力も無に帰す。キミの計画は破綻するわけだ」
「……あなたが作り出した星詠みの舞は、六十四人の生け贄でもって完成する。一人でも欠ければ、そうなりますね」
「もし一つでも首輪が外れれば大事だ。だというのに、首輪を外すことは不可能じゃない。そういう仕様になってる」
「……そういう仕様になるよう手を加えたのは、ナイアさんでしたね」

 絶対の協力者に対して、神崎は敵意すら込めた、冷厳なる声で言う。

「フフフ……そうだったね。そう怖い顔をしないでくれよ。これは当初の取り決めにもあったことじゃないか。
 希望は全てのものに等しく、よりゲームが盛り上がるように。僕はキミの味方ではあるが、彼女たちの敵じゃない。
 首輪の解除による星詠みの舞の破壊――という、救いの道も残しであるのだから。
 それにしたって、キミが優位なことは変わらないんだよ? さっきも言ったじゃないか。儀式は順調なのだろう?」

 ナイアの艶麗な微笑みは、嘲笑のようにも思えて……神崎は敵意を潜める。
 此度の星詠みの舞を始める際に交わした盟約だ。
 やり直しの機会を授かる代わりに、愉悦を提供する――と。

「首輪を外そうとした参加者を、一足早くズガン……なんてことはやめておくれよ?
 爆破の条件は、彼らが解除にしくじるか、禁止エリアに踏み込むか、そのどちらかだけだ。
 手動の爆破は厳禁だよ。見せしめに選ばれた二人は……ああ、彼らに取り付けられたのは元からただの爆弾だったか」

 ナイアから、お楽しみを取り上げてはならない。
 この女を敵に回すことは終を意味する――と、神崎は心に言い聞かせていた。
 たとえ悪条件が含まれていようと、立場で見れば神崎は絶対的に有利なのだ。
 間接的に殺し合いをコントロールする術として、六時間ごとの放送の機会も設けられている。
 首輪解除による参加者たちの逆転勝利、神崎の敗北など、あり得るはずがない。

「……ええ。儀式は順調です。あなたとの盟約も反故にはしない。ですが、不安要素はある」
「ほう。なんだいそれは?」
「……あなたや言峰神父の介入、ですよ」

 敵に回してはいけない存在に、しかし今ばかりは敵意を向け糾弾する。
 舞台装置を用い参加者たちに接触を図った言峰綺礼、古書店の主として教会来訪者に語りかけたナイア。
 炎凪の取った深優との接触は、彼の主である神埼も預かり知ることだが、言峰とナイアの一件は共に不干渉だ。

「進行役は僕と凪。言峰神父はその補佐。あなたは表舞台には顔を出さない。そういう約束だったはずです」
「言峰綺礼の介入は僕の指図ではないさ。教会での一件も、ナイアとして接触を果たしたわけではない。咎められる理由はないね」
「そのとおりです。ですから、言峰神父には然るべき処置を取らせてもらった。預かった人員の処遇は任せる、そうでしたね?」
「ああ、そうさ。牢獄に幽閉しようと、その刀で斬り伏せようと、全てキミの自由だ」
「では、教会の地下に安置された遺体は……星詠みの舞の舞台を作り上げるのに贄とした、彼を見せたことにはどんな意味が?」

 この古書店は、会場の一施設である教会から入店が可能となっている。
 さらに回廊を経由すれば、古書店から神崎たち一番地が根城とする施設にも移動できるだろう。
 黒幕の座につくナイアは、教会と運営本部の境界となるこの地で、星詠みの舞を全容を見届けていた。
 時には参加者に囁きかけ、時には助言を施し、時には餞別を送ったりなどしつつ。

 それらナイアの取った行動の中で、葛木宗一郎たちに教会地下の磔の遺体を見せる、というものがあった。
 この遺体は、言ってみれば生け贄だ。神崎自身、遺体の素性は知っているわけではないが、そういう役割を担うものらしい。
 星詠みの舞の舞台――隔離された世界は、彼の命で持って形成されているのだ。

 あの会場は単なる孤島というわけではなく、様々な仕掛けが施されている。
 例えば、参加者たちに課した力の制限。
 例えば、神崎のいた世界では絶対にありえない、鬼化などの概念の導入。
 例えば、鬼化や悪鬼化の根幹となる怨嗟、それらを司る想念を増幅傾向に導く環境。
 より効率的に、想いの力を得るため想像した特別な世界……それがあの会場なのだ。

 そのような特殊な舞台を構成する源となったあの遺体は何者なのか、気にはなるがそこは焦点ではない。
 わざわざ会場内に贄となった彼の遺体を残したのはなぜか、参加者たちに露見したのはなぜか、神崎はそこが気になった。

「些事さ。大きな意味はないよ。与える情報の全てが有益ではない……とでも考えてくれればいい」

 神崎の糾弾を、笑顔のナイアは軽くいなす。
 得体が知れず、しかしそれでいて飄々とした態度も見せる先導者に、神崎は疲れた溜め息をつく。

「……一日目という節目を迎え、この機に聞いておきたかったことはまだまだあるんですがね。
 例えば、星詠みの舞のために集めた六十四人の候補者たち。集めたのはあなたですが……その人選も謎です。
 アイドル、人妖、音楽家の卵、暗殺者、魔術師、教師……バラエティに富むといえば聞こえはいいですがね。
 真アサシンやユメイといった存在を鑑みても、僕の知識の届かぬ領域に住まう者たちばかりだ。
 いくらあなたがそれらを統べる力があるとはいえ、これはちょっとした脅威ですよ」

 六十四人の参加者を選び、集めたのは、全てナイアの仕業だ。
 玖我なつきや藤乃静留といった元々のHiMEたちでさえ、選出はナイアが独断した。
 かつての自分に訪れた死の起因、カグツチを有する鴇羽舞衣が含まれていないことには幾ばくかの安堵を覚えたが。

「これだって、僕の趣味だよ。殺し合わせたらおもしろそうな輩を集めたにすぎない」
「なるほど……何人か、僕にとっての不安要素も紛れているのが気になりますがね」
「ふむ。首輪解除に躍起になっている天才科学者や、知識豊富な魔導書のことかな?」
「ご想像にお任せしますよ。それに、不安要素といえばもう二つ……」

 神崎はもう残り少なくなったお茶を一気に飲み干し、カップを机に置くと同時に発した。

「あの人間を毛嫌いしている狐と、僕を主と思い込み従う機械人形は……言峰神父のようにならないでしょうね?」

 未だ安心感を得られない、イレギュラーの塊とも思える……ナイアの使わした三人の手駒について懸念する。


 ◇ ◇ ◇


「やっほー、麗しきお三方。機嫌はどうだい?」

 困る少女と、むくれる少女と、悩む少女。三者が集う子供部屋という領域に、のんきな少年の声が介入する。
 学園指定のワイシャツとスラックスをラフに着こなし、精悍な顔つきを見せる少年の名は、炎凪。
 星詠みの舞を統括する立場にいる少年であったが……いろいろあって、今では神崎の使いパシリだ。

「絶賛不機嫌中なのが一人いるロボ」
「おやおや……すずちゃんはご機嫌ナナメか。これは――」

 ひょうきんにその名を呼ぶ凪に対し、裸身に男物のワイシャツ一枚のみ着込む少女が、怒りを表す。

「その名で……その名でわたしを呼ぶなッ」

 射抜くような視線に殺気を込めて、猛然と凪に飛ばす。
 さすがの威圧感に凪も気圧され、一歩後退。額に汗して弁解を試みる。

「ご、ごめんごめん。そう呼んでいいのは武部涼一くんだけだったね。謝るよ。あ、謝るってば。
 だからそんなに睨まないでほしいなぁ。あ、言霊を使うのもやめてね。わかってると思うけど」

 圧倒されつつも常の調子を失わない凪に、すずは呆れたような溜め息の後、肩を竦めた。

「……わかってるわよ。アイツとの約束。ここの人間に言霊は使わない。わたしに課せられた枷だわ、ほんと」
「そのアイツっての。す――君をここに連れてきた謎の人。そろそろ僕にも教えてほしいんだけどな~?」
「わたしの口からは言わない。それも禁じられてる。盟約は厳守しなくちゃ、涼一くんは助けられないから……」

 悔しそうな、それでいて哀愁漂う表情を浮かべて、すずは顔を伏せた。
 凪は、自分と似たようなもの、と認識している彼女に……いや、彼女らに同情する。

 神埼黎人をマスターと慕うエルザも、
 武部涼一との再会を目指すすずも、
 翻弄され、従属させられる……式のようなものだ。

「凪! 兄上は……兄上はどうしているのだ? 私は、まだ戦ってはいけないのか!?」

 俯くすず、困り果てるエルザを制して、今まで懊悩の渦中にあった三人目の少女が叫ぶ。
 この中で唯一、元から凪と面識を持ち、HiMEの背負う宿命も理解していた者。
 戦うための刃を没収され、このような部屋に閉じ込められ、愛玩動物のように保護される存在。

 風華学園中等部の制服を着込む、三つ編みの少女の名は、美袋命。
 六十四名の参加者たちと同じく、証たる首輪を装着する、六十五番目の存在。
 神埼黎人が偏愛する、実の妹である。

「私はHiMEだ。兄上のために、他のHiMEと戦わなくてはならない……ッ!」
「命ちゃん。今回の星詠みの舞では、君が他のHiMEと戦う必要はないんだ。命ちゃんの出番は一番最後。君の兄上もそれを望んでいる」

 HiMEとしての運命に殉じようとする、ある意味では血に縛られた少女を、凪は優しく諭す。
 彼女は、ずっと行方知らずだった兄とつい最近再会を果たし、必死に兄のために戦おうと志している。
 彼女にとって、兄は寵愛を注ぐべき絶好の対象だ。神崎の愛がどれだけ歪んでいようと、妹の愛は純潔無垢に違いない。

「そう……君たちの出番はずっと後。それまではここで仲良くしててほしい。それがマスターの願いだよ
 ……じゃ、そういうことで! 僕は様子を見に来ただけだから、とりあえずこの辺で帰るよ」

 凪はそれだけを言い残し、子供部屋から退室する。三人の少女を、神崎の殻に閉じ込めたまま。

「……年端もいかない女の子たちを囲んじゃって、マスターもさぞ幸せだろうねぇ」

 言いつけを破り、追ってくる者はいない。この部屋を訪れる者も、他には誰もいない。
 凪は少女たちの行く末を思い、嘆き、しかし重ねるのは自らの宿命だ。

「本来の主を忘れさせられ、名を変えた想い人が既に死んでいるとも知らず……あの子たちも哀れだね。
 そういう意味では、僕も悲劇のヒロインとなり得るのかな……? さてさてどうしたのものかねぇ」

 炎凪。
 彼もまた、悩み多き少年なのだった。


209:第四回放送―Reason To be ― 投下順 210:第四回放送【裏】新たなる星詠みの舞(後編)
時系列順
神崎黎人
炎凪
ナイア
エルザ
すず
美袋命


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