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猿耳

最終更新:2019年11月01日 05:21

harukaze_lab

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管理者のみ編集可
猿耳
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)是《これ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)具|什器《じゅうき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)※[#「巾+大」、243-8]
-------------------------------------------------------

 是《これ》はつい最近、妙な機会で手に入れた筆者不明の手記《プライブェト・ペエパア》の移植である。仮に「猿耳《えんじ》」という表題を附したが、この筆記は寧《むし》ろ恐怖の書とでも名附くべきだと思う。原文は仮綴《かりとじ》碁盤目の手帳にペンで書かれた十八丁の残欠で、綴糸も殆《ほとん》どほぐれ、最初の一丁(筆者の覚書)などは半分で欠けている。記録は一丁の紙の両面に細字で密に書かれてあるが、粗悪なインクを用いた為か、それ程年月を経ているとも思われないのにひどく褪色して、判読に困難な個所が尠《すくな》くない。
 この残欠の出所、その他の考証に就《つ》いては、別にまた機会をみるとして、不完全ながら整理した記録の主文を、兎《と》に角《かく》順序を正して此《ここ》に移植してみる。殆ど原文の儘《まま》で何の粉飾も施さなかった。

[#3字下げ]筆者の覚書[#「筆者の覚書」は中見出し]

 こんな事実を書遺《かきのこ》すのは罪悪だ。自分はよくそれを知っている、それゆえ自分は五週日の間、何も彼《か》も自分の意識の裏に秘めて置こうとする努力を続けて来た。併《しか》し今は到底その苦痛に耐えることか出来ない.独りでこの血みどろな運命の悪の悲話を持《もち》こたえるには、自分の神経は弱きに過ぎるのだ。自分は此に恐怖を表白する。併しそれが終ったならこの記帳は誰の眼にもふれぬように始末する積りだ。是は人類にとって無用の書だから、否《いな》寧ろ人類を汚涜する書だと云《い》うべきであろう故――(余欠)。

[#3字下げ][#中見出し]画家 ※[#「巾+大」、243-8]島太一[#中見出し終わり]

 私がはじめて※[#「巾+大」、243-9]島《はいじま》と識《し》ったのは、三年前の秋、私達が「黒耀会《こくようかい》」という画《え》の会を上野の美術館でひらいた時のことであった。会の幹事をしていた三木順三が一人の大きな男を連れて来て紹介して呉《く》れた。それが※[#「巾+大」、243-11]島太一であった。
 背丈は五尺七八寸もあったろうか、胸幅の広い、筋肉の緊《し》まった素晴らしい体で、長く伸ばした艶つやした髪が殆ど肩に届いていた。またひどい癇性かして話す時痙攣的に眉を動かす癖があった。張出《はりで》た顎、高い顴骨《かんこつ》、どうかすると野獣のような光を放つ鋭い眼、これらを一致した彼の表情は極めて圧倒的なものであった。
 その後彼を識ることが深まるにつれて、私は彼の奇異な性行に驚かされることが重なった。彼は若い病身の妻と、老いたる乳母《うば》と三人で、向島に小さな家をもっていた、それは百坪ばかりの庭を取廻《とりまわ》した破風造のバンガロオで、日本間の母屋《おもや》と洋間のアトリエから成っていた。
 彼は非常に人懐こい性分で、友人には申分《もうしぶん》なく篤かった。「黒耀会」の同人で彼の世話にならぬ者はなかったと云って宜《よ》いだろう。それに不拘《かかわらず》彼はその家庭では極めて峻烈な主人《あるじ》だった。――併しそれに就いては後に説明するとしよう。彼はふしぎに友達の訪問を歓迎しなかった、ことにアトリエは絶対に封鎖していた。どんなに親しく往来《ゆきき》している者にも其《その》室は覗かせなかった。尤《もっと》も彼の画《え》を知るほどの者は、アトリエの中を見せぬ彼の気持が分るように思われたので、後には誰もそれを怪しもうとはしなくなるのであったが。
 今比で彼の奇陸な画《え》を精《くわ》しく紹介することは避けるが、片鱗を識るよすがとして二三を挙げよう。そして記述を進めよう。

[#3字下げ][#中見出し]※[#「巾+大」、244-13]島太一の画[#中見出し終わり]

 唖者。五十号人物、密描油。
 銀灰色の地塗に、ぬっぺりした同一の唖者の顔が、無限に描きひろげられている。画面いっぱいの大きさのものと、微粒子程のものとが不思議に交錯して、どれだけ描いてあるのか数えることを不可能にしている。
 月夜。百号風景、油。
 鋼鉄色に塗込《ぬりこ》んで、真珠粉かなにかを磨き込んだような地に、銀白の線で風景が描かれてある。地平の涯《はて》は死のように荒涼としている。そしてその風景は、精《くわ》しく見ると凡《す》べてが歪んで三重に描かれてあるのが判る。逞しい樫の枝も、奇怪な刺草《いらぐさ》の花も、凡べてが歪曲した三重の線をもっているのだ。永く見ていると頭の芯が痛みだすような錯覚を感ずる。
 春。二十号風景、密描油。
 無限大に強調された暗黒の地底に、鮮緑色をした三疋の蚊が奇怪なXXをしている画《え》。
 X犯。五十号人物、水彩。
(此説明は削除。それからまだ五つほど画《え》の紹介があるが、此処《ここ》では重要とは思われぬ故割愛する。――移植者)

[#3字下げ]最初の夜の記憶[#「最初の夜の記憶」は中見出し]

 六週間前の木曜日、「黒耀会」の月例会が銀座の《酒場《バア》・タンゴオ》でひらかれた晩のことだ。
 飲みに飲み、騒ぎに騒いで最後まで残ったのは私と彼※[#「巾+大」、245-14]島太一の二人であった。二人ともひどく酔っていたので、一時になったからと給仕に注意されるまで、自分達だけ残されていたのに気付かなかった。
 やがて二人は腕をくみ合って外へ出た。更《ふ》けきった銀座の街《ちまた》に、掃除人夫の姿かちらほら動いていた。何か大声に歌いちらしながらしばらく歩いて行った後、ふと彼は立停《たちどま》ってポケットから一箇のカフス釦《ぼたん》を取出し、私の手に握らせながら云った。「面白いスポーツをやろうか、いや何でもない事なんだ。君がこの釦《ぼたん》を君の部屋のどこかへ隠すのだ、何処《どこ》でも宜《い》い、それを僕が三日以内に探し出してみせる、絶対に君に気附かれずにやるのだ」
 私は酔っていたので、深く考えもせずに、宜《よろ》しいと答えてそのカフス釦《ぼたん》を受取った。彼は繰返《くりかえ》しそのルールを教えた。即ちそれは家屋建造の内部、つまり壁や柱や天井や床板の下などでなく、家具|什器《じゅうき》の中へ隠すのだということを。この奇妙な遊戯を疑ってみもせず、私は間もなく彼と別れて三年町にある自分のアパートメントへ帰った。
 私の部屋は三階にあった。四坪ばかりの四角い洋室で、そのひと間が寝室ともなり居間ともなりアトリエともなるのだ。炊事は出来ないが部屋の隅に洗面台などあって、割に棲《す》み心地の良い室だ。部屋へ入って扉を閉じながら見ると、時計は二時をちょっと廻っていた。長い階段を登って来たのと、昼からの酔と疲労が一時に出てきたため、私は上衣《うわぎ》を脱ぐ気力もなく寝台《ベット》へ転け込んだ。
 どの位眠ったことだろう、ひどく吠えたてる犬の群の声でふと眼がさめた私は、激《はげし》い渇きを覚えて起上《おきあが》った。枕元を見ると毎《いつ》もそこに用意して置く水差がない、そうする事も忘れる程酔い疲れていたのである。寝台《ベッド》を下りて洗面台で顔を洗い、したたか水を呷《あお》ったのち寝衣《ねまき》に着換えようとした時、ズボンのポケットからころころと転げ出た物がある、拾いあげてみるとそれは翡翠《ひすい》の入っている一箇のカフス釦《ぼたん》であった。
「――何だ、是は?」
 私はその見覚えのない釦《ぼたん》を暫《しばら》くみつめていたが、間もなく彼との約束を思出して思わず苦笑したやがて私はそれを用|箪笥《だんす》の上の抽出《ひきだし》に投込《なげこ》んで、再び寝台《ベッド》に上った。
 明《あく》る朝その抽出《ひきだし》を明けてみた時、カフス釦《ぼたん》が失《な》くなっていて《僕をみくびってはいかんよ、太一》と書いた紙片をみいだして私は、あっ! と云って眼を瞠《みは》らずにはいられなかった。
「いつ来たのだろう」
 周到に反省してみたが、何かしらひどく犬が吠え騒いだという記憶の外《ほか》には、何もそれと思われる変化は覚えていない。私は夕刻になるのを待兼《まちか》ねて、彼に会うために酒場《バア》・タンゴオへ出掛けて行った。

[#3字下げ]第三の夜の経験[#「第三の夜の経験」は中見出し]

 私はその夜、再び彼から翡翠のカフス釦《ぼたん》を預って帰った。
 今度はそれを何処《どこ》へ隠すべきかということを先《ま》ず考えた、そして色いろ思案の末、部屋の隅に立かけてある描古《かきふる》しのカンヴァスの中から、友人今井の半身を描いた五十号の画《え》を取出した。つまりその画の中に隠そうというのである。私は子供が悪戯《いたずら》をする時の軽い豊《ゆたか》な悦《よろこ》びを感じながら画像の左袖のカフス釦《ぼたん》の部分を刳抜《くりぬ》いて、そこへ預かって来たのを嵌《は》めこんでみた、全体の調和から見ると稍《や》や大きめであるし、翡翠が入っているので目立ちはするが、画柄《えがら》が大きいのと、石が琅※[#「王+干」、第3水準1-87-83]《ろうかん》色であるに加えて、人物の服が黒で、余程の注意がなければ見遁《みのが》し得るように信ぜられたのである。出来上りに満足した私は、その画《え》を元の場所に戻し、殊更《ことさら》に一番表へ立かけて置いた。
 こんな思案を廻した私の悪戯《いたずら》にも不拘《かかわらず》、その翌晩、つまり二日めの深夜から明け方へかけての僅《わずか》な時間にまんまと※[#「巾+大」、248-5]島はその釦《ぼたん》を持去って了《しま》ったのだ。そしてその二日間を通じて気附いたことは、単に附近で非常に烈《はげ》しく犬が吠え狂ったという事だけである。私のアパートメント・ハウスのある三年町附近は、相当飼犬の多い所ではあるが、街中のことではあるし、人には馴れているので、寝ている者の眼を覚ますほど――殊に窓を閉めきった三階の室に眠っている私までが――吠え騒ぐなどという事は、恐らくない事であった。
「――どうして持って行ったろう!」
 私はそう云う同じ反問を自分に繰返したが、結局どうにも分らなかった。勿論、犬の吠え狂ったことを、そのゲームに結びつけて考えるなどということは思いも及ばなかった。
 私はその明る夜、彼を酒場《バア》・タンゴオで捕えた、云うまでもなく三度目の勝負を挑むためである。彼は隅のボックスで、舐めるようにハイランド・クインを啜《すす》っていたが、重ったるい、どこか追われているもののような眸《ひとみ》をして、時どき眤《じっ》と私を睨みながらこんな事を云った。
「――物体と、それを認識する観念とは、同一のスペースをもって配置されるんだ。例えばここに一個の文鎮があったとする。と、此《こ》の文鎮の占めるスペースと、文鎮を認識する観念のスペースとは同一不離のものなんだ。ここで誰かその文鎮を他人《ひと》に見つからぬような場所に隠そうと苦心する。併しそれは幾ら苦心しても無駄なことだ。何故《なぜ》かと云えば、それは一見どんなに異常な場所であるかに見えても、要するに文鎮と、文鎮を認識した観念との結合した、スペースの推挽に過ぎないからだ。君がカフス釦《ぼたん》を画の中へ隠したことなどは随分奇抜な思いつきだが、結局たやすく僕に発見されたのもその理屈だ」
 それから眼をつむってウイスキーを一口啜った後、再び斯《こ》う附加《つけくわ》えた。
「――之《これ》に反して、或時我々は同一の文鎮を現在眼の前に置きながら、どうしてもみつけ出すことが出来ないで苦心する。それは、その場合文鎮が、それを認識する観念のスペースを外《そ》れているからなのだ。卑俗に云えば埒の外に出ているのだ。つまりいつか知らぬ無意識のうちに、それを動かした場合、我々は観念のスペースを全く没却していたのだ。最も適切な言葉を以て云うと『文鎮は隠れ蓑を着』て了《しま》うのだ。だから――幾ら君が頑張ったところで、結局僕はそのカフス釦《ぼたん》を探し出してみせるよ。君が無意識のうちにそれを見失わない限りは!」
 後になって考えると、そんな議論はただ彼の奇抜な行為をカモフラージュする手段にしか過ぎなかったのだが、私はその時はなる程と思った。彼の態度にはそれ程一種の純粋な熱があったのである。
 三度目の釦《ぼたん》を持って帰った私には、考えるまでもなくたった一つの方法しかなかった。つまり釦《ぼたん》を隠すよりも彼の侵入を発見するという事である。約束の日限は三日間で、彼はその間に私にみつかることなく釦《ぼたん》を持去らなければならないのだ。したがって侵入して来るところを捕えれば私の勝《かち》である。私は三日間自分の部屋に籠城する決心をした。
 はじめの夜、私はそれを手帛《ハンカチ》にくるんでズボンのポケットへ入れて置いた。寝台《ベッド》へもそのまま入った、眠ってはならないので時折洗面に下りたが、その度《たび》に手帛《ハンカチ》を取出して釦《ぼたん》の有無を改めた。何度目かにはその有様が余りに事ごとしいので、翡翠を見つめたまま思わずふきだして了《しま》いさえした。三時頃であったろうか。ふいにすぐ下の街で烈しく犬が吠えはじめるのを聞いたので、
「来たな――」
 そう思いながら私は眠った振《ふり》をして、寝台《ベッド》の上で凝乎《じっ》として待った。その時はじめて犬の吠える様子を精《くわ》しく聞いたのである。それは兎《と》に角《かく》普通ではなかった。怪しげな人影に威嚇を試《こころみ》るというのでなく、獅子とか豹とか云う野獣に追い詰められた時の、恐怖の悲鳴を思わせる声だった。凡《およ》そ五六疋もいるのであろうか。必死にがくがくと顎を噛合《かみあ》わせる様までが眼に見えるようである。私はいつかしらぬふしぎな寒さを覚えながら、恰《あたか》も釘づけにされたように寝台《ベッド》の上で身動きもならず居竦《いすく》んだ。夜明けの光を見てからとろとろとまどろんで、はっと眼が覚めた時はもう窓外に見えるヴェランダに日光が輝いていた。驚いてズボンへ手をやったが、釦《ぼたん》は無事であった。
 次の日は昼のうち充分に眠って、夜は殆どまんじりともせず過ごしたが、何のこともなかった。
 三日目の夜だ。その日は朝から充分|要慎《ようじん》を怠らなかった。時折それはばかげて見えたが、併し何とも知れぬ緊張した期待のために、そんな感じは打消《うちけ》されて了《しま》った。
 事もなく夕方がきた、夜に入ると共に私の気持の張りは強くなった。十時に夜食の麺麭《パン》を噛《かじ》って、熱い珈琲《コーヒー》を啜ると一層元気が出てきたので、私は態《わざ》と立って行ってヴェランダに向いている窓扉《まど》を押あけた。寝台《ベット》へ上ったのは十二時を廻ってからである。――
 私は三日続いた心身の緊張で疲れていたのだ。寝台《ベッド》に仰臥した儘、二時を聞く頃には、峠に来たという感じで幾分の弛緩を覚えると同時に、抗い難い眠気に襲われ始めた、そこで寝台《ベッド》を下りて明《あ》けて置いた窓扉を閉め洗面した後好きでない煙草《たばこ》を二口三口ふかして再び寝台《ベッド》へもぐり込んだ。
 どの位経ったろう――。何か非常に胸苦しいので、それからのがれる為に身をもがこうとしたとたんはッと眼が覚めた。そしてそれと同時に電灯の消えた部屋の闇の中で、自分の体の上にのし掛っている者があるのを認めた。
 ――太一だな。
 半ば夢心地にそう思いながら、うっすら眼を明けた私は、ふいに、
「みつけたぞ、※[#「巾+大」、251-10]島!」
 と云いなから相手の肩に手をかけた。刹那――私は思わず身顫《みぶる》いして、
「ひゃッ!」
 と叫びながらはね起きた。※[#「巾+大」、251-13]島の肩とばかり信じて掴んだのは、柔かくなま温い、もやもやと毛の密生している毛物《けもの》の肌だったのだ。私がはね起きると共に、相手は候にひっかかるような声で低く呻《うめ》いたかと思うと、身を翻えして窓扉《まど》の外へ跳び出して行った。私は何物とも知れぬ相手がヴェランダへ下りた瞬間、アパートメント・ハウスの屋上に取付けてある広告電灯に照らされてそいつの後ろ頸から右肩へかけて、べったり赭毛《あかげ》の生えているのをはっきり見た。
 がたがたと戦《おのの》きの去らぬ体を壁に支えていた私の耳に、街でけたたましく吠え狂う犬の吉が聞えて来た。

[#3字下げ][#中見出し]「黒耀会」の会員と※[#「巾+大」、252-2]島太一[#中見出し終わり]

 夜が明けた。
 私は翡翠のカフス釦《ぼたん》を持って、向島へ車を走らせた、※[#「巾+大」、252-4]島ではまだ雨戸を閉めて寝ていたが、門を叩くと乳母《ばあや》が起きて来た。そして一度私の来意を伝えに奥へ入って行ったが、出て来ると気の毒そうに、昨夜から非常に頭が痛んで寝たきりであるから残念ながら会うことは出来ないと答えた。私はそこを辞するとその足で、上野桜木町に住んでいる会の幹事三木順三を訪ねた。
 三木は私の話を聞いていたが、やがて自分も※[#「巾+大」、252-8]島とそのゲームをしたことがあると語りだした。三木の話を此に紹介する事は重複の感があるから避けるが、要するに同じ翡翠のカフス釦《ぼたん》同じ三日の期間であった。赭毛の男を除けば、私と殆ど全部同じ経験を彼もしているのである。
「――何だろう!」
「――何か訳があるのではあるまいか!」
 私達は午前中をその話で過ごした。そして「黒耀会」の同人達を、※[#「巾+大」、252-13]島が親切に世話している事情も少し宛《ずつ》分るような気がしはじめた。
 その夜、酒場《バア》・タンゴオで二三の会員に逢った私と三木は、彼らに自分達の経験を語って聞かせた。すると案の定彼らも同じ経験のあることを打明けた。彼等はみな多少とも※[#「巾+大」、252-16]島に補助を受けていたし、是はあまり聞えの良いスポーツでないからと秘密を守るように頼まれたので今日まで誰にも話さなかったと云うことであった。
「是は決してありふれた問題ではない!」
 私はそう感じた。――それにしてもあの赭毛の肩を持った男は何者だろう、彼も※[#「巾+大」、253-4]島太一と何かの関係をもっているのであろうか。

[#3字下げ][#中見出し]※[#「巾+大」、253-6]島太一の告白[#中見出し終わり]

 話し度《た》いことがあるから直《す》ぐに来て呉れ。そう云う手紙を持って、※[#「巾+大」、253-7]島から車が廻されて来たのは、それから五日目の午後のことであった。
 家に着くと乳母《ばあや》が出てきて、直ぐにアトリエへ案内した。私は初めてその時彼の画室を見る機会を得たのである――。そして期待に反して、その内部が単にがらんとした空部屋《あきべや》のような感じしか持っていないのを見て驚いた。後に考えたことだが、もうその時彼は悲劇の結末の近いことを知って、何も彼も片附けてしまった後であったに違いない。
 私を迎えた※[#「巾+大」、253-13]島太一は驚くばかりに憔悴していた。あんなに頑健に見えた頬はげっそり落込《おちこ》んで了《しま》ったし、圧力のある輝きの強いあの眸《ひとみ》は、灰色に濁ってうつろだった。
「――よく来て呉れた、迷惑ではなかったかね?」
 私の手を固く握りながら、辛うじて唇だけ動かして彼が口を切った。
「迷惑であるような事は何もない。僕は実は君に会いたいと思っていたのだから――」
「そう、まあ掛けて呉れ給え」
 私は彼と向合《むきあ》って、ルイ十四世風の革張の背高|椅子《いす》にかけた。扉《ドア》を叩いて乳母《ばあや》が珈琲《コーヒー》を運んで来たので、それを受取《うけと》るために彼が其方《そっち》へ振向いた時、彼の左頬に爪で引掻《ひっか》いたようなかなり大きな新しい傷痕のあるのを私はみつけた。単にそれだけのことであったが、何となく肌寒い感じを覚えたので私は眼を外らせた。
 珈琲《コーヒー》一杯を啜る間黙っていた彼は、やがて両眉の間に深く苦悶の皺を刻みながら云った。
「――君は見たね※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
「――何を?」
 そう問い返した私を凝視《みつ》める彼の眸《ひとみ》は、その瞬間きらきらと光った。彼は押被《おしかぶ》せるように、
「あの晩の僕をさ!」
「――――」
「それで分らなければ、――僕の頸の毛をさ!」
「――――」
 私は思わず叫んで椅子から起とうとした。何とも知れぬ無気味なものが喉元へぐッとこみあげてきた。あの晩指に触れた生温かい柔毛《にこげ》の感じが生々と私の手に甦えったのだ。
「静かに、――僕は君に何も彼《か》も話す。是は馬鹿毛《ばかげ》た、そしてどうにも動かし難い運命の喜劇だ。是を他人に知られまいとして僕は、どんなに今日まで苦しんで来たことか知れぬ。併し今は何も彼も君に話す、聞いて呉れ給え」
 斯《か》くして、私は遂《つい》に次のような※[#「巾+大」、255-2]島太一の驚くべき告白を聞いたのである。
「――僕の家は故郷の町でも屈指の資産家であった、そして今でもそれに変りはない」
 彼はそう語りだした。
 屈指の資産家ではあったが、※[#「巾+大」、255-5]島家はその町の人達からはまるで豺狼《さいろう》の如く敵視されていた。それは現在の資産を一代に成した、三代前の主人が、その資産を造るために鬼畜の如くであったと云う理由からである。
 ――※[#「巾+大」、255-8]島の金は血の匂がする。
 ――裔《すえ》は恐らく畜生道に墜《お》ちることだろう。
 そう云う二つの噂が、執拗《しつこ》い町民の頭から去らなかった。
 太一は現在の主人《あるじ》の一人息子に生まれた。町の人達から冷たく視《み》られるという事を除けば、何不足なく育った。そう、七歳の冬、彼の運命を根本的に曲げるその大きな不幸が起るまでは――。
 彼が七歳になった年の二月、守をしていた小女のふとした不注意から、彼は戸外《そと》にうちやられてひどい凍傷を受けた。そして種《いろ》いろ手当を講じたが遂に右の耳を失って了った。が耳が無くては可哀想だ、親達は一図《いちず》にそう思って、高名な外科医を訪《と》うて相談した。外科医は直ぐに引受けてその痕《あと》へ猿の耳をついだのである。
 彼は片耳となることを免れた、併し、それがためどんなに呪われた結果を招いたことだろう。
 彼は無事に育って行った。唯《ただ》、成長するにしたがって、左の方が普通であるに比べて、右の耳はいつまでも元の儘の大きさしかなかった。でもそんな事は別に重大ではない。中学を卒《お》えた彼は画家を志して上京した。その時、彼に乳を与えてその儘ずっと家にいた乳母《ばあや》が一緒に附いて東京へ出たのである。
「――ところが」
 ※[#「巾+大」、256-5]島はちょっと話を切って続けた。
 ところが――上京後半年ほどした或日、彼は自分の右の耳に柔かい生毛《うぶげ》がいつかしらぬうっすらと生えているのに気がついた。その耳がどんな事情をもっているか知らなかった彼は、唯ふしぎに思っただけで、気にする程のこともなく過ごした。そしてそれは凡そ三週間程経つといつしかしらぬ間にすっかり脱《ぬ》け落ちてしまった。彼はそれを直ぐに忘れてしまった。
 彼はその頃から、自分の感覚の上に少し宛《ずつ》変化が起りはじめたことを知った。
 更に半年ほど経った、或夜半《あるよわ》、床の中で妙に右の耳にむず痒さを覚えたので、指をやって掻こうとしたとき彼は、再びそこに柔毛《にこげ》が生えているのをみつけた。指先に触れた生温かい、絹のような触感は、彼の心臓を氷のように突刺《つきさ》した。彼は恐怖の叫びをあげながら寝ていた乳母《ばあや》を揺り起した。
 彼の訴えを聞いた乳母《ばあや》は、やがて彼に事情を話した。それは別に恐ろしい事ではないのだ。凍傷で耳が落ちたので、猿のものを植えたに過ぎないのだから、それで毛も生えるのであろう。些《すこ》しも心配することはない。そう云って彼女は叮嚀《ていねい》に彼の耳の毛を剃って呉れた。
 自分の右の耳は猿の耳だ! そう聞かされた瞬間、※[#「巾+大」、256-18]島太一の存在は根本的に変改されて了《しま》ったのだ。
 ――己《おれ》は猿の耳を持っている。
 この事実は、確《しか》と彼の心を掴んだ、彼はそれから突然に人を嫌いはじめた。孤独を探し廻っては学校を怠け、暇があると図書館へ通い異常読物を漁《あさ》りはじめた。
 彼は初めてポオを知った、「モルグ街の殺人」は殊《こと》に彼の心を打った。またスティブンスンの「ジキル博士とハイド氏」を読んだ時、彼は博士の奇怪な二重生活を非常に印象強く感銘した。マクス・ハルの「異常心理者の手記」だとか、ユリアス・オケラアトの「奇癖者」だとかフロイドの精神分析学など、そう云う種類の書物を気違いのように読み漁って行った。
 かくして第一の発作の起るまで、五年間というもの全くの孤独が続いたのである。

 第一の発作の起ったのは一年前のことであった。故郷で母が死ぬと同詩に、親族中の慫慂《しょうよう》によって、幼い時分からの許婚《いいなずけ》であった娘と結婚し、乳母《ばあや》と三人で向島に家を建てて移った、その新婚の筵《むしろ》も温まらぬ頃のことである。
 或夜半、彼は非常に両手の指がむずむずするのを感じて目覚めた。それは猛烈な痒さに以ていた。何かを掴みたいという欲望が、ぴくぴくと十本の指を痙攣させるのだ。
「――どうしたのだ」
 呟きながらふと振返《ふりかえ》ると、寝室《ベッド》の温《あたたか》さにいつか掛蒲団《かけぶとん》を腹まで押剥いでいる妻の寝姿が傍にあった。カバーをかけた電灯の濃いオリイブ色の光が、乱れた胸もとからふっくらと盛《もり》あがっている豊な乳房を舐めている。彼はぞっと身顫いしながら外向《そむ》こうとした。すると剥きだしになった乳色の頸が強く強く彼の眼を惹いた。彼はその瞬間くらくらとなった。裸な、露わな喉頸――それは何かに掴み掛りたくてびくびく痙攣していた彼の十本の指を恐ろしい力でぐんぐん引寄せるのだ。
「まあ……あなた!」
 押拉《おしひし》がれたような妻の声に、はっと意識を取戻した彼は、いっか妻の上にのし掛って彼女の喉頸を絞めつけている自分に気がついた。彼は驚いて身を退《ひ》いた。併しその時彼は自分の両手の指を妻の喉頸から引離すのに、信じられぬ程の反省と努力が必要であった。妻の頸には、その後十日ほど紫色になった指の痕が消えずに残っていたのである。そして其明る朝起きたとき右の耳に赭い柔毛《にこげ》の生えているのを知って、彼は、昨夜半《ゆうべ》の発作が、柔毛《にこげ》の生える前兆であったことを知った。
 彼は明る日からアトリエに閉籠《とじこも》った。いつ次の発作が起るか知れないからだ。妻と同じ寝室で眠ることなどは到底出来ない。結婚後五週日にも満たぬうちに、斯うして彼は殆ど妻と別居の生活に入ってしまった。

 第二の発作の起ったのはそれから三週間ほど後のことである。彼は話し続けた。
 今思い出しても恐ろしいことだ。その夜、僕は何かに怯《おび》えてふと目を覚ました。するとアトリエの中にある寝台《ベッド》で眠った筈であるのに、気がついてみると自分はどこか暗い裏街を歩き廻っているのだ。
 こいつはいけない。家へ帰らなければ――でないと警官に咎《とが》められるぞ。そう思って引返そうとした。併し体が些《ち》っとも自分の自由にならない、その時僕の手足は全く自分の意識から切離《きりはな》されてしまったのだ。こんな事が信じられるか君。
 僕は自分が料理店の裏口にある、芥箱《ごみばこ》へ進み寄るのを見た。自分の手がその蓋を明けて、腐れた食物の残滓《のこりかす》を掴みだすのを見た、そしてそれをむしゃむしゃと貪《むさぼ》り喰《くら》うのを――。何という事だ、自分の視力は、薄い膜を透《とお》して、正しい意識を呼覚《よびさま》ましているのに、自分の手足、自分の体は全然別な力に支配されて動いている。そして自分にはそれを止めることが出来ないのだ。こんな事が信じられるか。
 僕は樋に手をかけた、僕の体は麻よりも軽く手にしたがって壁を攀登《よじのぼ》るのだ。僕は広くさし出た土居庇《どいびさし》の上を、毛物のように身軽く渡って行く。窓だ――。僕の拳はひと押しで扉を打砕いた。
「――誰だ※[#感嘆符二つ、1-8-75]」
 中から叫ぶ声だ、僕の体が翻った。家の中にいる寝衣《ねまき》の儘起出て来た四十位の厳丈な肩を持った男が僕の前にいる。
「――泥棒※[#感嘆符二つ、1-8-75]」
 僕の体は男にのし掛った。何をする! ――、僕の両手の指は男の喉に喰込んだ。軟骨がぽきぽきと砕けた。その時僕の眼は、自分の手が犯している恐ろしい罪悪をはっきりと見ているのだ。そしてそれをどうする事も出来ないのだ。男は舌を吐きだしてぜいぜいと余喘《よぜん》を鳴らしている。僕の手は男を其所《そこ》に叩き倒した。男の頭骸骨が、固い嵌込細工《はめこみざいく》の床に当って鳴るのを聞いた。罪と悔恨との交錯したふしぎな感覚が僕を朦朧とさせてしまった。罵り騒ぐ大勢の人声を耳に聞きながら、僕は深い穴にでも陥《お》ち込むように意識を失《な》くした。
 明る朝、自分の寝台《ベッド》の上で目覚めた僕は、自分が悪夢を見たのだと思った。併しやがて両手の指を見た時、二の腕に残っている男の爪の掻傷の痕を見た時、泥まみれの足、裂けた寝衣《ねまき》の裾を見つめた時、更に本能的に右の耳へ手をやって、そこに柔毛《にこげ》が生えているのを知った時――僕は身動きの出来ぬ恐怖に圧拉《おしひし》がれてしまった。
 到頭《とうとう》やった。恐れていた壁に行着《いきつ》いた、己《おれ》は人を殺して了《しま》ったのだ。その日の夕刊紙は、浅草茶屋町にあるあおき[#「あおき」に傍点]金庫店の主人の殺害事件をセンセイショナルな筆で報道していた。
 乳母《ばあや》はまた妻に秘密で僕の耳の毛を剃って呉れた、僕の異常神経は鎮まった。併しもう再び心の平安を取戻すことは出来ない。僕の手は血で穢《けが》れている、僕の魂は畜生に憑《つ》かれている、僕は猿になってしまったのだ。
 併し是は事実だろうか、猿の耳を植えたというだけで、人間の神経がそんな異常な発作を起すものだろうか、恐らくそうではないだろう。僕は熱心に生理学の書物を漁りはじめた、特に神経の学理は出来るだけ広く読んだ。フェルオルンの減衰伝導説、オルヴァーロの異常神経病理学などは随分僕の悩みの近くまで解剖を進めていた。けれど一つとして僕の疑いを解決してくれるものはなかったのだ。
 僕は自分を説得しようとした。猿の耳を持っているという先入観が自分の感覚を支配している。それ故耳に発毛するという生理的に異常な現象が起ると、一種の錯覚から自己暗示に陥って了《しま》うに相違ない。自分はこの錯覚を正さなければならない。自己暗示を克服しなければならない――。
 僕は華厳経を読みはじめた。併し第三の発作はそんな事に不拘《かかわらず》二週後に起った。

 僕は暗い裏街を歩き廻っていた。僕は何かしっかり掴み度いと思う欲望で夢中なのだ。雨|催《もよ》いの深夜の匂が強く感じられた。雨の近いということがよく分る。
 突然、街角を曲がろうとした時、洋装の若い女が向うから来て、僕とばったり顔を合せた。
「――きゃッ※[#感嘆符二つ、1-8-75]」
 女は僕をひと眼見るなり叫んで、恐ろしい物を見たように両手で顔を蔽《かく》した。瞬間、僕は女に跳び掛った。僕は女の両肩を掴んだ。
「――――」
 女は空洞《うつろ》のような瞳をかっと瞠《ひら》いて僕を見た。僕の指はふつふつと音たてて女の肉の中へ食込んだ。女は恐怖の為に痛覚を失ったものか、唯白痴のように僕を覓《みつ》める許《ばかり》だ。僕は女を引習って行った。闇の中へ、四辻にある小公園の雑木の茂みへ、――僕の指は鈎《かぎ》のように曲って、XのXからXいXXをXきXるのだ。XぎXたXのXがXらXれた。すべてが剥きだされた。その時すぐ近くを馬車が通った。車の上で男が、睡《ねむ》そうに斯う云うのが聞えた。
「――行かなきゃならねえ、本当だとも!」
 僕ははね起きた。馬車は走り去った。見ると雑木の中の闇に、千切《ちぎ》れた絹地の切端を纏ったXなXのXがXいて見える。手足を四方へ投出して眠っている。血まみれの唯一箇所が余りにも酷たらしく露だ。ああ、その時僕は見る。理智のある眼で、反省ある視力で、毛物になった自分の両手が犯すことを。僕の両手は恐るべき力で女の屍体に惹《ひき》つけられる。逞しい、自分の物ならぬ手は屍体の肩を掴んだ。血の匂がむっと鼻を襲った。屍体を持上げた手はそれを大きく振るのだ。ぼろ切《きれ》のように。そしてそれを地上へ叩きつけた。地を打つ屍《かばね》の肉の音かはっきり聞える。
 昏迷が来た。闇の中を僕は走った。気がつくといつか高い屋根の上を滑るように走っている。掴み足りた手の指は健康だ。喉を割って歓喜の声が出る。屋根から屋根へ跳んだ。そしていつかまた意識を失った。
 朝がきた。僕は自分の寝台《ベッド》の上で悪夢から醒めた。恐る恐る指を見るときの僕の胸は、どんな罪人にも劣らず顫え戦いていた。
「――だめだ、夢ではなかった!」
 僕の両手の指は干からびた血で汚れている。僕は洗面台へ駈けつけた。洗面所の上には鏡があった。僕は其方《そっち》を見ないように努力しながら指先や腕にある血痕を洗落《あらいお》とした。鏡にうつる自分を見ることが恐ろしかったのだ。洗い終った手を右の耳へやった、やはりそうだ、柔かい毛がひと晩のうちにみっしり生えている、それ許《ばかり》ではない、ちょっと指を下すと、頸筋にも毛がある、肩にも、そして肩甲骨の上までも――柔かい温かい生毛がべったり生えているのだ。
「――――」
 底知れぬ恐怖と絶望が全身を戦慄させた。膝頭ががくがくと鳴った。僕の常ならぬ呻吟《うめき》を聞いて乳母《ばあや》が入って来た時、僕は床の上を転げ廻って慟哭していた。

 僕が黒耀会の同人諸君と、翡翠のカフス釦《ぼたん》の競技をはじめたのはその頃からであった。僕は釦《ぼたん》を盗みだすという犯罪的な安全弁で、次の発作を緩和しようとしたのだ。そしてそれは実際効果があった。発作の起る頃を計って、次つぎと友達をこのゲームに誘った。そしてそれとなくその秘密を守って貰う為に、皆に補助を続けて来た。
 併し最後に当った君のために、僕は猿の肌に触れられてしまったのだ。この秘密が知れてしまった以上は、自己暗示によるこの安全弁の方法ももう役に立つことはないだろう。
 僕の話すことは是|丈《だけ》だ。これからの僕はどうなるか、それを思うと斯うして生きていることさえ恐ろしくなる。僕はいつか機会を見て、二人の殺人を自首して出ようと思う。その時は迷惑でも証人になって呉れ給え――

[#3字下げ][#中見出し]※[#「巾+大」、263-11]島太一の最後の発作[#中見出し終わり]

 ※[#「巾+大」、263-12]島の告白を聞いて帰った私は、一日中胸がむかむかして嘔気が絶えなかった。それは恐るべき犯罪であるのに、少しもそんな感じはしないで、何か汚い、穢れ腐れた、恥ずべき匂いがするのだ。
 私はその夜直ぐに三木順三を訪ねた。彼は私の話すことを聞いて了《しま》うと、軽く微笑して云った。
「恐らくそれは※[#「巾+大」、264-1]島の脅迫観念から生まれた幻影だろう。猿の耳を植えられたという丈でそんな異常な性格を起すなどという事は、到底信じられない事だ。それはひとつ二人で行って、もう一度よく話を聞こうではないか。そして出来たら、彼をその自己暗示から救出《すくいだ》してやろう、そんな事で一生をめちゃめちゃにされる事は馬鹿気た話だ――」
 それから三日後、私は※[#「巾+大」、264-5]島に手紙を出して置いて、三木と共に向島を訪ねた。
 風の絶えた真昼の日光を浴びながら、※[#「巾+大」、264-6]島の家の前まで来た私達は、家の窓という窓が閉まっているのを見た。近づくと低い仏蘭西《フランス》風の門も固く閉ざされた儘なのだ。
「――どうしたんだ、皆して出掛けたのかしらん!」
「――併し!」
 私はそう云いかけて、ふと或る予感に襲われた、私は低い門を乗越《のりこ》えた、三木も後から続いて来た。
「どうするんだ?」
「明けるんだ、中を検《しら》べるんだ、何か有るような気がしてならない!」
 玄関の戸は内から鍵が掛っていた。母屋の窓もだめだ。広縁の雨戸を引いて見《み》たがびくともしない。アトリエの窓は頑丈な造りで尚更《なおさら》手がつけられない。中を覗こうと骨折ったが、深く垂れている帷帳《カアテン》に遮られてどうしても見ることが出来ない。
「おい――何か聞えるぞ」
 三木がアトリエの窓扉《まど》の合せ目に耳を当てて私語《ささや》いた。私も急いでそうした。
「――――」
 聞えた。何だか訳の分らぬことを呻くように罵っている声だ。それは低く圧潰《おしつぶ》したような、人間のものでない呻吟《うめき》だ。
「戸を打破ろう!」
 私は決心して叫んだ。二人は再び玄関へ廻った。そして二人の体を同時にうんと玄関の戸にぶちつけてそれを押破った。
 戸を破って玄関へ入った私の、最初に見たものは、式台から土間へ前のめりに倒れて死んでいる乳母《ばあや》の屍体であった。着物はびりびりに裂かれ、下半身は無惨な血まみれだ。俯伏せになった頸の肉に指の喰込んだ穴が五つばかり、紫色にぽっつり明いているのが見えた。
「――――」
 三木は私の手を握った。ぶるぶると顫えている。私は三木を引摺るようにして座敷へあがった。
「※[#「巾+大」、265-12]島! ……」
「※[#「巾+大」、265-13]島! ……※[#「巾+大」、265-13]島※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
 私は必死に叫びながら、呻き声を頼りに闇の中を進んで行った。そして直ぐにアトリエの前に来た。正《まさ》しく呻く声はアトリエの中で断続しているのだ。私は体ぐるみ扉へぶっつかって行った。二度! 三度! やがて錠の壊れる音がして扉が中へぱっと開いた。
 危く転げ込もうとした私は、三木に支えられて踏止《ふみとど》まった。そして室内を見た。あの恐るべき場面をどう説明すべきだろう。
 アトリエの中央に半身裸になった男が立っている。彼の右の耳から肩、胸へかけてべったり赭い毛が生えているのだ、男は白い歯を剥出《むきだ》して喘ぎながら、全裸《まるはだか》にした血だらけのXXのXをXんでいたが、私達の姿をみつけると、その屍《かばね》をそこへ抛《ほう》り出して、きききと怪しく叫びなから身を翻した。立竦んだまま見ていると、彼は右手に鋭い刃物を握って立った。そして、それを振ったかと思うと自分の右の耳をさッとそいだ。
「き……き……き……」
 不気味な呻きが彼の唇から洩れた。そして私達がその手を止めるために近寄ろうとした瞬間、彼は刃物を自分の喉に突刺した。
「行かなきゃあ……ならねえ……」
 そう云って、彼は両手をぶらんと下げた、喉の傷口から自然と抜け落ちた刃物が、がちゃんと床に鳴った時、彼はよろよろと二三歩うしろへよろめいて打倒れた。自分で酷《むごた》らしくXしたXの屍の傍に、斯うして彼も死の席をみつけたのだ。是が※[#「巾+大」、266-12]島太一の最期であった。



底本:「山本周五郎探偵小説全集 第六巻 軍事探偵小説」作品社
   2008(平成20)年3月15日第1刷発行
底本の親本:「犯罪公論」
   1932(昭和7)年11月
初出:「犯罪公論」
   1932(昭和7)年11月
※以下31個の外字は底本では同じ文字です。※[#「巾+大」、243-8]、※[#「巾+大」、243-9]、※[#「巾+大」、243-11]、※[#「巾+大」、244-13]、※[#「巾+大」、245-14]、※[#「巾+大」、248-5]、※[#「巾+大」、251-10]、※[#「巾+大」、251-13]、※[#「巾+大」、252-2]、※[#「巾+大」、252-4]、※[#「巾+大」、252-8]、※[#「巾+大」、252-13]、※[#「巾+大」、252-16]、※[#「巾+大」、253-4]、※[#「巾+大」、253-6]、※[#「巾+大」、253-7]、※[#「巾+大」、253-13]、※[#「巾+大」、255-2]、※[#「巾+大」、255-5]、※[#「巾+大」、255-8]、※[#「巾+大」、256-5]、※[#「巾+大」、256-18]、※[#「巾+大」、263-11]、※[#「巾+大」、263-12]、※[#「巾+大」、264-1]、※[#「巾+大」、264-5]、※[#「巾+大」、264-6]、※[#「巾+大」、265-12]、※[#「巾+大」、265-13]、※[#「巾+大」、265-13]、※[#「巾+大」、266-12]
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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