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harukaze_lab @ ウィキ

千本試合

最終更新:2019年11月17日 07:00

harukaze_lab

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管理者のみ編集可
千本試合
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)服部於莵之助《はっとりおとのすけ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)安藤|帯刀義門《たてわきよしかど》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#8字下げ]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

「松坂城下で服部於莵之助《はっとりおとのすけ》、森井初右衛門をやったそうだ。大道勘兵衛どのが尾鷲まで追っていったが、却って右の肩骨を打ち折られて、戸板に載って帰ったというぞ」
「新宮城下では金吾市次郎が負けているな」
「いや新宮ではまだ村田大学もやられている。木内兵衛は仮病を使って出なかったらしい」
「それから勝浦、太田、高池と廻ってきて、須三見《すさみ》の郡代《ぐんだい》役所では梶田源十郎と立合っている。むろん梶田の負けで腕の骨を折られたそうだ。見舞金を十両だしている」
 紀伊ノ国田辺城は大納言家の筆頭家老、安藤|帯刀義門《たてわきよしかど》(有名な帯刀直次の孫)三万五千石の居城であった。……紀伊家の家来ではあるが、三万五千石の城持ちではあり、江戸城中においては譜代諸侯と同格の待遇を受けていた。
 慶安四年の春三月、その田辺城下の侍屋敷にある和泉三郎兵衛の家で四五人の若侍たちが口から泡を飛ばしながら、さっきから如何にも口惜しそうになにか語り合っていた。
 するとそのとき、庭の桃畑の中から、一人の美しい乙女が、いま剪《き》ったばかりの緋桃の枝を手に、そっとこっちへ近づいてきた。……この家の主人三郎兵衛の妹で名はお志保、年は十八、田辺領きっての才女のほまれの高い娘である。容色が群を抜いて美しいだけでなく、琴の名手であり、歌を詠《よ》み、詩をつくる。そして、これは兄の三郎兵衛だけしか知らないことだが、小太刀《こだち》と薙刀《なぎなた》にも男勝りの腕を持っていた。……当時紀州の太守頼宣は、後に竜祖といわれた名君で、武を愛すること篤《あつ》かったから、女性のなかにも烈女勇婦と伝えられるものが少くなかった。朝倉滝女、松田さつ[#「さつ」に傍点]女、赤尾|右馬之助妻《うめのすけつま》、工藤|栲女《こうじょ》などは有名なものであるが、お志保はそういう烈女勇婦の型とは遥かに違っていた。容貌も文武の才もとびぬけていたのに、その挙措《きょそ》はあくまで控え目で、ともすると頬を染め、眼を伏せる風情などには、人の心を溶かす色を持っていた。
 若侍たちがなにやら憤激して話すのを、暫く聞いていたお志保はやがてそっと、気づかれぬように自分の居間へと入った。
 その夜のことである。……夕食のあとで、兄の居間へ茶を運んで行ったお志保は、いつもなにか話をしたいときの癖で、茶器をおいたままそこへ坐って、大きな美しい眸でじっと兄を見まもった。三郎兵衛はその様子に気づいたので、小机の方から振り返った。
「なんだ志保、どうかしたか」
「今日お庭から伺っていたのですが」
 とお志保は静かに云った、「松坂や新宮や須三見で、御家中の方々が試合でお負けあそばしたという話は、どういういきさつなのでございますか」
「ああ、あれを聞いていたのか」
 三郎兵衛はちょっと眉を寄せたが、
「おまえに話しても仕様のないことだが、五十日ほどまえから変な男が御領内へ入ってきたのだ。草苅馬之助という、恐らく変名だろうと思うが、まだ若い、美丈夫だそうだ。……その男が、正月中頃に松坂城下へ現われ、『紀州は天下に武名の高い国と聞く、御領内で千番の試合をして武道修業をしたいから』と願い出たのだそうな」
 領内で千番試合をしたいという、むろん断わる筋はないので許した。ところがその若者ひどく強い、松坂城下で腕利きと呼ばれた者を三人、まるで勝負にならずうち負かして新宮へきた。そこで二人、勝浦、太田で十余人、高池から須三美で八人、その中には田宮流の達人梶田源十郎もいた。こうして、名ある者だけでも二十余人を破り、なお他にも三十番に余る勝ち勝負を取っている。
「それが数日まえから」
 と三郎兵衛は続けた、「この田辺城下へ入ってきたのだ。町へはまだ現われないが、三栖《みす》の辺に高札を建てたのを見た者がある。それで……この城下から西へやってはならぬと、みんなが相談にやってきた訳なのだ」
「左様でございますか、よく分りました」
 お志保は聞き終ると、兄の眼をじっと見あげていたが、
「それで、兄上さまはいつ三栖へおいであそばしますの」
「己《おれ》が?……馬鹿を云ってはいけない」
 三郎兵衛は笑った。
「そんなどこの馬の骨とも知れぬ奴に、この三郎兵衛が試合を挑《いど》めると思うか。己はお上のためにこそ命も捨てよう、そんな素性も知れぬあぶれ[#「あぶれ」に傍点]者と立合う気は少しもないよ」
「……本当に。そうでございました」
 お志保はそっと微笑して云った、「兄上さまがおいでにならずとも、きっとそんな者はすぐ御領内から逃げて行くことでございましょう。それを伺ってやっと安心いたしました」

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 田辺の城下から、会津川にそって遡《さかのぼ》ること約三里にして三栖の里に出る、……和泉三郎兵衛は、夜半《よわ》の頃に家を出て、未明には三栖の里へと入っていた。
 早くも耕地へ出てくる農夫に訊くと、
「ああその人なら」
 とすぐに手をあげて教えて呉れた、「あの鎮守の森を越しておいでなされば、左の坂道に標《しるし》の棹《さお》が建ててござります。あの御修業者はいつも夜の明けぬうちに、野陣を張っておいでなさります」
 三郎兵衛は教えられた通りに行った。
 鎮守八幡社の森を越すと間もなく、左手の道傍《みちばた》に一本の棹が立っていた。長さ一丈あまり、尖頭《せんとう》に白い裂布《さきぎれ》が結びつけてあって、その下に左のような字を書きつけた板札の下げてあるのが眼に留った。近寄って読むと、
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
     千番勝負
一、当紀州御領分に於て、お役筋お許しの下に千番の試合を仕るべく候こと。
一、勝負は一騎討ち一番限り、道具は其仁の得手次第たること、試合の後に怨恨あるべからず候こと。
[#地から3字上げ]中国牢人 草苅馬之助
[#ここで字下げ終わり]
 筆勢、墨色ともにみごとなものである。三郎兵衛はそれをつくづくと見てから、道を左へ曲ろうとした。すると直ぐ傍の木蔭から、家僕風の若者がぬっと立ってきて、
「失礼ながら」
 と声をかけた、「失礼ながら、試合をお望みの方でございますか」
「左様、お相手を願いにまいった」
「では御案内を仕ります」
 そう云って、丁寧に会釈をしてから、若者は道の脇を踏んで先へ歩きだした。……牢人者の下僕にしては、作法の正しい仕方で、三郎兵衛にはその主人の心ざまが見えるように思えた。
 爪先登りの坂を暫くいくと、右手に草の芽の萌えはじめた広場があり、さっきのと同じような標の棹が立っていた。案内の若者は「ここでお待ち下さい」と云って、広場の向うへ小走りに駆けていった。……三郎兵衛はその棹の根本に笠を置いた。そして静かに襷をかけ、汗止めを巻き、袴の股立を取り上げながら、足場をはかるために四辺《あたり》を見廻した。
 広場の左手は道で、その先は杉や櫟《くぬぎ》の茂った斜面になっている。下は会津川の深い谿《たに》だ。右手に高尾山、振り返れば牧山の嶺が迫って見える、……すると三郎兵衛の眼に、又しても例の標の棹の立っているのが見えた。いま彼の側にある梅と対角線上にある広場の隅に、同じ長さの棹が立っているのである。棹頭に白い裂布が結び付けてあるのも、みんな同じだ。
 ――はて、どうしてこんなに方々へ棹を立てておくのか。
 三郎兵衛がふと[#「ふと」に傍点]不審に思ったとき、広場のかなたから三人の男が近寄ってきた。左右の二人は家僕風の若者、まん中の一人が草苅馬之助という当の相手に違いない。……見たところ二十七八と思える、色の浅黒い、噂どおりの美丈夫で、濃いい一文字眉と、線の強い唇許《くちもと》がひどく印象的である。
「お訪ねにあずかった草苅馬之助です」
 彼は慇懃《いんぎん》に会釈して云った、「試合をお望みというのは貴殿でございますか」
「いかにもお手合せを願いにまいった」
 三郎兵衛は相手を睨《にら》みながら云った、「拙者は田辺城の者で和泉三郎兵衛と申す、立合いに道具は望み次第とあるが事実でしょうな」
「認《したた》めました通り、それは貴殿の御自由です」
「では、真剣でお相手を願いたい」
「……真剣で」
 相手はじっと三郎兵衛の眼を見返していたが、静かに訊いて答えた。
「承知しました。しかしお断り申しますが、拙者は木剣を持ってお相手致します」
「いやそれはいけない、拙者が真剣なら貴殿も真剣をとるのが当然だ」
「お待ち下さい、例え相手がどのような道具を選ぼうと、こちらは木剣でお相手をすることに定めております。たって真剣をとれと仰有るなら立合いは御免を蒙《こうむ》ります」
 語気にこもっている自負の強さが、三郎兵衛の胸にむらむらと敵意をかきたてた。……松坂以来三十番に余る勝負をして、まだ一本の敗もとらず、しかもなお堂々と千番試合を名乗って領内を押し歩くこの男を、このまま和歌山の城下へ入れるのは紀州家の面目に関することだ。どうしてもここで討止めなくてはならんと覚悟してきた。
 ――斬ってしまおう。
 それが三郎兵衛の初めからの決意だった。
「では致し方がない」
 三郎兵衛はそう云いながら後ろへ退った、「やはり拙者は真剣でお相手をする」
「どうぞ御自由に。拙者はこれで」
 と彼は右手《めて》の木剣を執り直した。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 三郎兵衛は全身の血が氷るかと思った。
 紀伊頼宣が武を愛する人だったことは前にも記した、それで当時は有名な兵法家がずいぶんその家中に集っていた。殊に剣法では田宮常円、西尾新左衛門、また柳生家から入った木村助九郎、根来独心斎《ねごろどくしんさい》、有馬豊前、その他第一流の達人が轡《くつわ》を並べていた。三郎兵衛は根来独心斎について天心独名流を学び、また柳生流をも修業して、家中若手のなかでは屈指の名を取っていた。
 しかしいま眼前に、草苅馬之助と相対したとき、彼は血の氷るような驚きに撃たれたのである、……すばらしく出来る、これまで数多く立合ったどんな相手よりも出来る。三尺に余りそうな木剣を八相に構え、殆ど直立したその体躯は、自在の変化と、圧倒的な力感を以て迫ってくる。
 ――己とは段違いだ。
 三郎兵衛はそう直感した。同時に、かつて師の独心斎が、「自分より下手《へた》の者との勝負はむずかしいが、自分より上手《じょうず》の者とは戦えるものだ」と云ったことを思い出した。
 ――よし相討ちだ。
 三郎兵衛は捨て身の決心をした。
 広い草場にはようやく朝の光が漲《みなぎ》りだした。峡間《はざま》に低迷していた靄《もや》は静かに揺れはじめ、小鳥の声が活き活きと林に湧いた。……三郎兵衛は高青眼の剣をすり上げた。
 相手は八相の構えを微動もさせない。
 突然! 三郎兵衛の口から絶叫がとび[#「とび」に傍点]、足下に若草をふみにじった。彼の体はのびるだけのび、大剣は眼に見えぬ迅《はや》さで相手の真向へ光の条《すじ》をとば[#「とば」に傍点]した。
 それと一緒に、馬之助の八相にかまえた木剣は、面上へ伸びてくる三郎兵衛の白刃を斜めに截《き》って、乙の字を逆に描くと見えた……両者の動作には厘毛の遅速も見えなかったが、その結果は恐ろしいひらき[#「ひらき」に傍点]を持っていた。馬之助は僅かに二歩とび退っただけであるのに、三郎兵衛は胴を取られ、悶絶の声をあげながら草上に身を横たえてしまった。
 馬之助は二歩とび退ったとたんに、倒れた三郎兵衛とは反対の方へ、その顔を振りむけて大声に叫んだ。
「そこにおられるのは後詰の方か、ただしは和泉どのの御介添えか!」
 よく徹る声だった。
 二人の下僕はその声に驚いて、初めて主人の見ている方へ眼をやった。……広場の下にある灌木林の中から、一人の若い娘が静かに出てきた。襷をかけ汗止めをし、裾を取りあげた甲斐甲斐しい身支度で、薙刀を持っていた。
 それはお志保であった。
 三人の男には眼もくれず、お志保は静かに進んで出ると倒れている兄の側へ寄ってそっと抱き起した。……肋骨が一本折れている様子だったが、三郎兵衛ははっきりした意識で妹を見あげた。
「おまえ、……来たのか」
「ひと足違いでございました」
 お志保は血の気のない唇を顫《ふる》わせながら云った、「兄上さまはここへはおいでにならぬものと存じましたので、そっと忍んで出て来たのですけれど……遅れてしまいました」
「見る通りだ、己は……未熟だった」
「兄上さま」
 お志保は咽《むせ》ぶように云ったが、静かに兄を草の上へおろし、薙刀を執って立った。……そして馬之助が思い惑った様子で、とちらへ近寄って来ようとする、その面前へ、立|塞《ふさ》がるようにしながら、
「和泉三郎兵衛の妹お志保」
 と烈しい声で名乗りかけた、「未熟ながらお相手を致します、いざ御用意」
 云うとともに薙刀の鞘を払った。するとそのとき、三郎兵衛が肺腑を絞るような声で、
「お志保、いけない、待て」
 と呼びかけた、「この試合は、喧嘩ではない。敗れても恨みは残さぬ約束だ、負けても兄に無念はない、控えろお志保」
「兄上さま、お志保は兄上さまの無念を晴らそうとは思いませぬ、お家の名聞のために」
「無駄だ、おまえ如きの相手ではない」
「わたくし、技では立合いませぬ」
「お志保!」
 三郎兵衛は苦痛を耐《こら》えて叫んだ。
「兄の申すことをきかぬか。このうえそちまでが未熟の腕立てして、世間のもの笑いになりたいのか、……許さんぞ」
「兄上さま」
 お志保は薙刀を捨てた。そして、崩れるように兄の側へ膝をついた。……馬之助はこの様子を静かに見ていたが、
「弥五郎、藤六」
 と下僕を呼んで云った、「行って戸板を用意してまいれ、和泉どのをお送り申すのだ、急いでしろ」

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

 三郎兵衛は枕から頭をあげ、大きく眼を瞠《みひら》きながら、入ってきた井藤金之助の顔をじっと見まもった。……お志保は燭台の位置を直してから、兄の右側にそっと坐った。
 金之助は大剣を右におきながら、
「千番試合に、行ったのだそうですね。どうして我々に一言知らせてくれなかったのです」
「むやみに騒ぐな」
 三郎兵衛は眉を寄せた、「来て貰ったのは頼みたいことがあるからだ、まあ落着け」
「落着いていますよ。昨日は貴方から捨てておけと云ったくせに、独りで抜け駆けをするとはひどい人だ。それで、勝負の様子はどうだったのです。お怪我をしたそうだが、相手はどうしました」
「己の云うことを聞くんだ、金之助」
 三郎兵衛は再び遮って云った、「捨てておけと云ったのは、相手が貴公らの敵でないと思ったからだ。否なにも云うな、その証拠には、己が一刀も合わさず負けてきた」
「馬鹿な、そんなことがある筈はない」
「よいから聞け、相手は第一流の兵法家だ、年は若いが名ある人物に相違ない。それに牢人者だというから、己は是非ともお上へ推挙したいのだ」
「なんですって、そんな素性も知れぬ渡り者を」
「武士の素性は腕にある、あれほどの人物を紀州から外へ出すのは勿体ない。それで、己はお家へ随身を勧めたのだ」
 三栖から戸板で運ばれる途中、三郎兵衛は熱心に紀伊家への随身をすすめた。望みどおりの食禄で推挙するから、ぜひ仕官するようにと深傷《ふかで》の痛みに呻《うめ》きながら、繰り返し勧めたのである。しかし草苅馬之助は、どうしても承知しなかった。
 ――些か身に大望がございますから、いず方に限らず主取りは致しません。
 きっぱり答えるだけで、どう口説いてもうんと云わず、この屋敷まで三郎兵衛を届けると、丁単に挨拶をして去っていった。
「それで、どうしようと云うのですか」
「己は諦めない」
 三郎兵衛はつづけた、「どうにでもして紀州に留めたいのだ。それにはここに一つだけ手段がある、つまりお志保だ」
「お志保どのを……」
「妹を嫁にやるのだ」
 金之助はあっと云った。
「あれほどの男を妹婿に持つことができれば、和泉の家にとっても望外だし、またこれだけの熱意が分れば、草苅どのも心が動くだろうと思う」
「しかし、しかし、……お志保どのは、それで宜いのですか、お志保どのは承知したのですか」
「承知させた、そうだな、お志保」
「……はい」
 お志保は燭台の光から外向きながら、消えるような声でかすかに答えた。
「それで貴公に頼む」
 三郎兵衛はつづけて云った、「お志保をつれていって、草苅どのに渡してくれ。……乱暴なことは分っている、如何にも不作法だ。しかし、乱暴も不作法も時に押切らなければならぬ場合があるものだ。行って草苅どのに己の気持を話してくれ。それでも否だと云ったら、お志保、……おまえ独りでどこまででも従《つ》いて行け」
「どこまでも従いて行くんだ」
 と声を励まして云った、「たとえどのような扱いを受けても離れるな、あの男の他におまえの良人はないのだ。分ったな。……よし、では金之助、頼んだぞ」
「承知しました。しかし」
 金之助は疑わしげに眼をあげた。
「しかし、どうして、そんなにまでするのですか。幾ら腕が出来るからと云って、見ず知らずの他国者に、いきなりお志保どのを娶《めあわ》せるなどとは、どうしても拙者には納得がいきませんが」
「おまえには分らないかも知れない」
 三郎兵衛は、静かに枕の上で天井を見上げながら云った、「人間は十年つきあっていても、見ず知らず同様で終ることが多いものだ。またそれと逆に、相見た刹那に生涯の知己をみつけることもある。朋友の値打は、つきあいの長短で定められるものではないよ」
 お志保は兄の言葉を、まるでうつつ心に聞いていた。……彼女にも兄の気持はどうしてもぴったりと来なかった。金之助の云うとおり、草苅馬之助がどれほど達人であろうと、彼女にとってはまるで縁もゆかりもない存在である。いやむしろ反対に、兄に深傷を負わせた恨みのある人間ではないか。仮に武士同志の約束としてその恨みは問わぬとしても、自分の良人に選ぶことなど想像もできなかった。
「よく分りました」
 金之助がやがて心を決めたように云った、「それほどの御執心なら、いかにもお志保どのを送り届けてまいりましょう」
「さう定ったら早い方がよい、これから支度をしてすぐに出かけてくれ」
 足許から追いたてるような調子だった。金之助はお志保にちら[#「ちら」に傍点]と目配せをすると、もう逆わずに座を立った。

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

 ――着替えを一枚忘れずに持って行け。
 これは餞別《せんべつ》だと、わたされた金包を、着替えの中にしっかりと包んで、お志保は金之助とともに家を出た。
「お志保どの」
 外へ出るとすぐ、金之助が覗きこむようにしながら云った、「貴女は本当に承知したのですか、どこのあぶれ[#「あぶれ」に傍点]者とも知れぬ男を、本当に良人に持つ気になったのですか。まさかそうではないでしょう、和泉どのの重傷を気遣って、当座の安心をさせるためにそう答えたのでしょう」
「わたくしには分りませんの」
 お志保は力なく答えた、「兄はわたくしにとってふた親も同様な人です、わたくしのために悪いことを選んで下さる筈はないと思いますの。ただあの方は、……あの方は兄を……」
「それだ、それなんだ。あいつは千番勝負などと云って、御領内を荒し廻っている。そして和泉どのにあんな重傷を与えた、申せば我々の敵なんだ。そんな奴に貴女を渡せますか!」
 金之助は声をはずませて云った、「そんな奴に貴女を渡せますか、和泉どのは頭がどうかしたに違いない。拙者は許せません、そんなことは断じて許せません。もしもいまなにかしなければならぬとしたら、それは奴を討ち取ることです」
 井藤金之助は和泉兄妹と従兄弟《いとこ》のあいだがらであった。お志保とは四つ違いの二十二歳で、常には口数の少い、極めて温順な性質だった。三郎兵衛が今宵の役を頼んだのも、その温順な人柄を見こんだのであろう。お志保もまた、この従兄となら、夜道を二人だけで安心して行けると思った。
 けれど、いま金之助が声をはずませて説きたてる言葉の調子を聞いているうちに、お志保の心はふと足踏みをはじめたのである。
 ――この調子は普通ではない。
 純潔な処女だけが感ずる敏感な気持で、お志保は遽《にわか》に相手を見直そうとした。
「それではこれから、三栖へは行きませんの?」
「無論のことです。貴女はここから拙者の家へ行っていて下さい。拙者は安積を訪ねます。和泉どのが敗を取るようでは、とても尋常のことでは討てないでしょう、こうなればただ必殺の策をたてるだけです」
「どうあそばすお考えですの?」
「安積や院庄と相談のうえですが、めぼしい者を七八名そろえ、鉄砲を伏せてかかりましょう。いかに腕が出来ても飛び道具は防げません。必ず討ち取ってごらんに入れます」
「いけません、いけません、金之助さま」
 お志保は驚いて云った、「それは卑怯です。兄はあの通り傷つきましたが、勝負は作法正しいものでした。そんな卑怯な企みでよし[#「よし」に傍点]あの人を討てたとしても、紀伊の武道を汚すばかりではございませんか」
「さっき和泉どのも云われたでしょう、時には無作法も乱暴も押切らなければならぬ場合があるって、……貴女は黙っていらっしゃい。拙者がすべて片づけて来ます、いいですか」
 金之助はお志保の言葉など聞こうともせずに、「貴女はすぐ拙者の家へ行っていて下さい。そして母に事情を話して次第に依ったら二三日帰らぬと伝えて下さい、お願いします」
 そう云い残して、足早に夜の巷を別れていった。
 お志保の胸は激しく波を打った。鉄砲などを使って卑怯な騙し討ちを仕かけようとする、金之助の態度の底にあるもの[#「あるもの」に傍点]を直感したからである。彼はお志保を愛していた。そうだ、そう気づいてみれば、これまでにも色々のことがあった、色々のことが、……彼は三郎兵衛がお志保を嫁にやると聞いたために、そのために草苅馬之助を討つ気になったのだ。どんな手段を用いても討とうとするのだ。
 ――いけない、そうさせてはいけない。
 お志保の心は強く反撥した。
 ――あの方は憎いけれど、武道に背《そむ》いたことはなさらなかった。わたくしのために、あの方を騙し討ちにさせてはいけない。
 突然、闇の空を電光が走った。そして、遠雷の音が山にこだまして聞えた。
 お志保は咄嗟《とっさ》に心を決めた。もう迷うことはなかった。彼女は家へ取って返すと、下僕に旨を含めて厩《うまや》から兄の乗替えを曳き出させ、身支度をなおして、鞭をあげながら三栖へと疾駆していった。
 風は蒸しついてきた、空気は甘いような匂いをもち、低く垂れた雲を縫って、電光が縦横にその美しい尾を曳いた。山の深い谿谷の方で、巨《おお》きな巌でも崩れるような、地響きに似た遠雷の音が聞えていた。それが次第に近くなる……そしてまた電光が雲を縫う。
 お志保は広い道のつづくあいだ、ただ馬の勘にたよって疾駆した。しかしその道はすぐ尽きて、会津川に沿った土堤《どて》の、細い登り道になった。闇はいよいよ濃く、左右から林が迫ってくるので、それから先はだく[#「だく」に傍点]を騎《の》るより仕方がなかった。
 ――どうぞあの方が三栖にいますように。
 お志保は祈るように呟いた。そして少しでも道の見通しの利くところへ出ると、鞭をふるって駆けた、……雷が近づいてきた。

[#8字下げ]六[#「六」は中見出し]

 ばりばりと、乾いた板を引裂くような、すさまじい雷鳴と、飛沫をあげて降る豪雨の中から、……ずぶ濡れになって、顔色もなくしたお志保が、その農家の土間へ入って来るのを見ると、草苅馬之助はあっと驚きの声をあげた。
「貴方は和泉どのの、……どうしたのです」
「お知らせがあってまいりました」
 お志保は、髪から垂れる滴《しずく》を払いながら、
「家中の人々が、貴方を騙し討ちにしようとしています。どうか一刻も早くここをお立退き下さいまし」
「そんな姿ではいけない」
 馬之助はお志保の言葉を遮って、「いまこの家の者を呼ばせますから、先ず濡れた物を着替えて下さい。話はそれから伺います。……藤六、馬でいらしったようだ、おまえ行って繋いでこい」
 そう云って下僕の一人を出してやると、農家の主婦を呼び、お志保に着替えをさせてくれと命じた。
 ――あの方は少しも驚かなかった。
 お志保は感動した。騙し討ちの企みがあると聞いても、馬之助は眼色も変えず、なによりもお志保の濡れた体を気遣ってくれた。彼の濃い一文字眉と、線の強い唇許には、……どんな状態にも常に備えている者の、不動の意力がはっきりと感じられたのである。
 ――兄上さまは正しかった。
 お志保は髪を拭いながら、兄の言葉がようやく理解できるように思った。
 着替えがすんで炉端へ案内されると、そこには火が焚いてあり、馬之助が独りで、釜から茶をくんで待っていた。……そしてお志保を火の側へ坐らせ、浅黒い顔に微笑をうかべながら、
「この雷雨によく来てくれました。お兄上の様子はどうです、医者はどう云いましたか」
「少し長くかかるかも知れませんが、大丈夫元の体になると申されました。兄は自分で初めからそう信じておりましたので、ずっと元気でございます。……それより、さきほど申上げましたとおり、いま家中の者が貴方さまを」
「ああその話でしたね、伺いましょう」
 馬之助は静かな眼をあげて、お志保を見た。お志保は手短に、金之助が仲間を集め、鉄砲を伏せて討取ろうとしていることを語り、出来るだけ早く立退くようにと勧めた。……馬之助は黙って聞いていたが、やがて訝《いぶか》しげに、
「お話はよく分りました」
 と頷いて云った、「しかし紀州のお家柄にも似合わず、どうしてそんなことまでして拙者を討とうとするのですか。当の和泉どのはよく分っていて下さる筈だが……」
「はい、それには、仔細がございますの」
「どういう訳です、構わないから云って下さい」
「それは、……あの……」
 お志保ははっ[#「はっ」に傍点]と頬を染めた。原因は自分を馬之助に娶すということにある、それを話さなくては仔細を了解して貰えないだろう。しかし娘の口から、うちつけにこうと云えることではなかった。
「どうしました、云えないことなのですか」
「はい、あの、それは……」
 舌は動かなかった。眼をあげようとしたが、自分でもおかしいほど羞《はずか》しくて、どうにも相手を見ることが出来なかった。……馬之助は暫くその様子を見まもっていたが、
「結構です、仔細はともかく、お知らせ下すった御親切は忘れません。この雨があがったらここを立つことにしましょう」
「どうぞそうあそばして」
「しかし貴女は宜いのですか、ここへ来たことがもしその人達に知れたとしたら」
「わたくし……」
 お志保ははたと当惑した。おまえの良人はあの男の他にない、どんな扱いを受けようとも、側を離れず従いて行け、どこまでも一緒に従いて行け、……そう云った兄の言葉が思いだされた。もう躊躇している場合ではない、お志保は覚悟の決った眼をあげた。
「わたくし、貴方さまと御一緒にまいります」
「……拙者と共に?」
「兄からそう申しつかってまいりました、どこまでもお附き申してまいれと」
「お志保どの」
 馬之助は眼を瞠《みは》った。するとそのとき、裏手から藤六が馳せ入ってきて、
「申し上げます、なにやら大勢の騎馬武者が、坂をこちらへ登ってまいる様子です」
 と叫んだ。馬之助は即座に立った。
「貴女の来たのを知ったのですね、すぐに立ちましょう、一緒にきますか」
「はい、抜け道の御案内を致します」
 お志保はじっと男を見あげて頷いた。

[#8字下げ]七[#「七」は中見出し]

 三栖から山越えに岩田へ出た。
 朝とともに空はからりと晴れた。十五六騎の追手を遥かにひき離して、富田川の岸を生馬《いくま》へ下ろうとした。すると意外にも、行先にばらばらと鉄砲足軽が現われ、
「大納言家のお狩りだ、ここの通行はならぬ」
 と大声に叫びながら道をふさいだ。
「あとへ戻れ」
「うろうろして居ると猪もろとも射倒されるぞ」
 四人は引返した。頼宣がこんなところへ狩りに来ていようとは意外である。しかし追手に後ろを詰められている今、……その狩場の中へ踏みこもうとは。馬之助の眉が曇った。彼は不吉な予感に襲われた様子で、
「お志保どの」
 と引返しながら云った、「この人数では眼につく、貴女は女だから狩場をぬけることも出来るでしょう、ここから別れて」
「わたくし厭でございます、わたくしたとえどのような事がございましても」
「押し問答をしている場合ではない。拙者に頼みがあるのです、この品を持って」
 と馬之助は背負った旅嚢《りょのう》を手早く解き、お志保に渡しながら云った、「貴女はこの品を持って、先に須三美へいって下さい。拙者の命にも替え難き大切な品です、どうかこれを持って早く……」
 しかし遅かった。下僕の叫ぶ声に振り返ると、岩田の方から騎馬で十五六騎、驀地《まっしぐら》にこっちへ疾駆してくる者がある。……それだけではない、道の左右、丘も林も畑地もなく、鉄砲や槍や弓を持った足軽の群が、この四人を中に取りこめてひしひしと押して来ていた。
 事情はもはや明らかである。駆ってくる騎馬のうち半数は追手の者だ。彼等は狩りの人数に会い、その助勢を求めて一時にことを取り巻いて来たに違いない。……もうのがれる術はなかった。
「弥五郎、藤六、見苦しい真似をするな」
 馬之助がそう叫ぶうちに、騎馬の人々はどっと殺到してきた。
「動くな、動くと鉄砲を射ちかけるぞ」
 先頭に駆ってきた武者がそう叫んだ。……狩装束も眼立っているし、塗笠には葵の紋がちらしてある。
 ――大納言頼宣卿だ。
 そう気づいたので、馬之助は手早く笠を脱《と》り、道の上に下座した。二人の従者も、お志保も、そのうしろへ平伏した。……正にそれは大納言頼宣であった。彼は近習番に守られながら、四人の前まで馬を進めてきたが、
「草苅馬之助とやら、その道具はなんだ」
 と静かに声をかけた、「下僕の持っているその棹、またもう一人の担いでいる包の中の道具はなんだ」
「は、……恐れながら」
 馬之助は平伏したまま答えた、
「恐れながら側衆まで申しあげます。これは御領内において千番試合を致します折、高札を掲げまするための」
「黙れ黙れ、頼宣は盲人ではないぞ。誰か行ってあの包を解け、中を検《あらた》めてみろ」
 近習番が二名、即座に馬を下りてくると、藤六の傍にある細長い包を開いた。するとその中から、幾つもの曲尺《かねじゃく》や定規や、水縄や、燭台に似た妙な器具が出てきた。
「どうだ馬之助、これでも隠し通す気か」
「……恐れ入りまする」
「棹は細見、梵天竹《ぼんてんちく》。分度、十字、そこにあるのは渾発子《こんはつし》であろう。和蘭《オランダ》医師カスパルの伝えた規矩《きく》測量の道具、その方は紀伊領内の測量をしにまいったであろうが」
 馬之助は言句に詰った。……衿筋にはふつふつと膏《あぶら》汗が浮いている。頼宣はにっ[#「にっ」に傍点]と微笑しながら続けた。
「幕府の命で安房守正房が全国の地図を作っている。紀州は遠慮をすると申したが、いつかは来ると思っていた……安房の家臣か、名はなんと申す」
「恐れ入りまする、仰せの如く北条安房守の牢人にて成瀬格之進と申しまする」
「安房の牢人とは心得ぬぞ」
「牢人に相違ござりませぬ」
 馬之助、いや成瀬格之進は面《おもて》をあげ、頼宣の眼を視つめながら云った。
 前年秋から、江戸幕府では北条安房守正房に命じて、全国の地図の作成をさせた。正房はその道に精しかったので、すぐに実査をはじめたが、御三家は格別として除外することになっていた。……しかしそれでは完全な仕事にはならない。成瀬格之進は主人の心を察し、自ら暇を乞うて牢人となり、下僕二名とともに死を賭して紀州へ入ってきたのである。
「このたびの事業は、一国一藩の問題ではございませぬ、日本全国、百年の計を建つるための根本でございます。国を興すも、これを護るも、地理を精しくせずしてなにが出来ましょう。戦場の駆け退きにも第一に計るべきは地理でございます。……しかるに御三家さまを御遠慮申すとなっては事業も不完全、ひいては外様諸藩にも悪例を及ぼすと存じます。恐れながら、御領地はもと[#「もと」に傍点]天下よりお預りのもの、天下万民のためには、先んじてこの事業をお援《たす》け下さるが当然かと心得ます」
「申すことは分った。……よく分ったぞ」
 頼宣は馬の平首を叩きながら、
「しかしそちは、当領内へ千番勝負をすると偽って入りこんだ、その偽りの責めは果さなくてはならんぞ」
「その儀は如何ようとも、御意のままに」
「千番勝負を続けろ」
 頼宣はちょっと意地の悪い笑い方をしながら云った、「勝負をするのだ、但し一年に十本と限る。一年に十本ずつ試合をしろ、十年で百本、千番終るまでは当地を去ることならん」
「お上……それは」
「そのあいだ測量は許す、地図を作ることも、それを安房へ送ることも許す、だが千番勝負は続けるのだ。牢人では暮しに困るであろう、終るまで扶持を取らす、分ったか」
 格之進には、頼宣がなにを云おうとしているかよく分った。……そして、それは武士と生れた身にとって、無上のものだということが理解できた。
「金之助、これへまいれ」
 頼宣が振り返って呼んだ。……そして井藤金之助が走って来ると、きめつけるように、「この者をそちに預ける、三郎兵衛の家へつれてまいれ、もはや試合の恨みなど含んではならぬと申付けたぞ」「はっ」
「格之進、また会おうぞ」そう云うと共に、頼宣はちら[#「ちら」に傍点]とお志保を見て、その馬を返した。
 お志保は歓喜に震えていた。絶望の刹那はそのまま希望の光と変った。……金之助に預けると云ったのは、争いを止める意《こころ》である、千番勝負の終るまで紀州を出るなと命じたのは、そのまま家臣に抱えたも同じことだ。
「……成瀬さま、お笠」
 頼宣を見送ってから、ようやく四人が立上ったとき、お志保はそっと近寄って笠を渡しながら云った。
「兄が聞いたら、さぞ本望に存じましょう。よろこぶ顔が見えるようでございます」
「しかし千番は辛いですよ」
 格之進は笑いながら云った、「孫の代までかかるかも知れませんからね、……いまにして思えば、百番にして置くところでした」
 お志保は思わず失笑《ふきだ》した。下僕たちも笑い、格之進も笑った。……南紀の空は晴れあがって、遠山の桜が絵のように美しかった。



底本:「浪漫小説集」実業之日本社
   1972(昭和47)年12月10日 初版発行
   1979(昭和54)年2月15日 新装第七刷発行(通算10版)
底本の親本:「譚海」
   1941(昭和16)年3月号
初出:「譚海」
   1941(昭和16)年3月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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