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  • 磔又七

harukaze_lab @ ウィキ

磔又七

最終更新:2019年10月25日 02:46

harukaze_lab

- view
管理者のみ編集可
磔又七
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)磔刑《はりつけ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#8字下げ]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

 寛永九年の初秋、隅田の川涼みもひと盛り過ぎた、とある日の午さがり、五十七人という大勢の罪人が裸馬に乗せられて、鈴ヶ森の刑場へ送られるべく京橋から芝へとかかって来た。
 沿道はそれを見物する群衆で沸きかえるような騒ぎである。
「どうだい恐ろしい人数だな」
「なにしろ五十七人いっぺんに磔刑《はりつけ》というのだ、御入国以来のできごとだぜ」
「いったいどんな悪事を働いたんだね」
「おめえ知らねえのか」
 どこにでもいる舌長の男が「きゃつらは大坂がたの浪人で、お江戸の天下をひっくり返そうというふてえ謀反を企みやがったのだ、それがお上に知れて去年の夏お手当になり、余類のお調べも落着したから、いよいよ今日お仕置になろうというわけさ」
「そいつは大外れたやつらだな、やあい――手前っち痩浪人が何万人寄ったって、徳川様の天下はびくともするものじゃあねえぞ、ざまあみやがれ」
「構うとたあねえ石をぶっつけてやれ」
「そうだ、やれやれ」
 辻番の制止も肯かずばらばらと石を投げつける者もあった。
 この行列が宇田川町にさしかかった時である、人垣のなかに揉まれながら罪人の列を見戍っている一人の若女房があった。年は十八か九であろう、眉の剃跡の青々として胸のふくらみもかたく、肩つき腰の肉置《ししおき》にどこやらいまだ娘の名残のありながら、花咲きそめた色っぽさが溢れるような身ごなし――何を捜すか息を殺して、人の肩越しに罪人の列を見送っていたが、やがて二十九番めの裸馬が近づいて来ると、それに乗った男を見るなり、
「ああっ!」
 と低く叫んだ。
「又さんが――又さんが……」
 顔色を変えて我知らず前へ乗出そうとする、
「おっ、押しちゃあいけねえ」
「押しちゃあ危ねえ」
 ぴっしりと詰った人垣の動かばこそ、女は夢中で伸上り伸上り、恥かしさも忘れて、
「又さーん、又さーん」
 と呼びかけた。周囲の群衆は意外な声に驚いて一斉に声のしたほうへ振返る、それを掻分けて一人の若者が、
「姐《あね》さん、いけねえ」
 と女の後から抱止めた。
「みっともねえ、姐さんったら」
「放して、放しておくれ」
「人なかだ、姐さん、あ! いけねえ」
 振切って前へ駈けだそうとするのを、男は力任せに引戻して好奇の眼を向ける群衆の中へまぎれ込んでしまった。

 芝新銭座の目明しで相模屋松五郎《さがみやまつごろう》という名を売った親分がいた。去年の夏、謀反を企てた貫島市郎兵衛《ぬきしまいちろべえ》、来馬甚左衛門《きじまじんざえもん》ら一味の検挙に並ならぬ手柄があったので、公儀から芝一円の元締り役を仰付けられている。今日は貫島一味の五十七名がお仕置になる日で、事件落着の祝いも兼ね、松五郎の家では子分一統が集って酒盛りをしていた。
 午さがりのこと、下っ引の兼《かね》というのがとんで来て、
「辰兄哥《たつあにい》をちょっと呼んでおくんなさい」
 と云う。呼ばれて出て来たのは松五郎の身内でも腕利きといわれた目貫《めぬき》の辰次《たつじ》、苦味ばしった痩形の良い男だ。
「なんだ兼」
「家へ帰っておくんねえ、姐さんが……」
「お由美《ゆみ》がどうしたと」
「ま、とにかく帰っておくんねえ」
 辰次は一度引返したがすぐに出て来る、兼と一緒に急ぎ足で、片門前の裏長屋にある自分の家へ戻った。
「お由美、どうかしたか」
 と入って見ると、髪も乱れたまま泣伏していたお由美が、
「おまえさん」とはね起きて「又さんをどうしました、又さんを」
「又七を?」
 さっと辰次の顔色が変った。お由美は辰次を引据えるようにして、
「又さんはいま、裸馬に乗せられて鈴ヶ森へ曳かれて行きましたよ、聞けば今日あの謀反人たちと一緒に磔刑になるという話……おまえさん私を騙したんですか」
「まあ待て、これにゃあわけがあるんだ」
「言訳は措いてください、おまえさん何と云いました。又のことは引受けた、かならず御赦免になるようにすると、あれほどはっきり約束したじゃあありませんか、あの約束も嘘だったんですか」
「嘘じゃあねえ、たしかにそう思ったのだ」
「それじゃあなぜ御赦免にならなかったんです、又さんにどんな罪があるんです、あのひとは仏師ですよ、木を彫って仏様を作る職人ですよ、あんな大外れた謀反の一味だなんて大嘘です、みんな誰かの仕組んだ罠です」
「お由美、まあ聞きねえ」
 辰次はお由美を必死になだめながら。
「まあ聞きねえと云うことよ、おめえにそう責められちゃあおりゃあ何と言訳のしようもねえが、又七はおいらにとっても幼な友達だ、どうかして助けてえと思って、できるったけの運動をしてみた、だが――いけなかった」
「どうしていけなかったんです」
「おめえも知っているとおり、又七は貫島市郎兵衛に頼まれて観世音を彫った、ただそれだけだと思っていたから、蔓を頼ればお咎めだけで済むと考えていた。ところが、その観世音の像をお上でよく検べてみると、隠し胴があって中に公方様を呪う文句がはっきり刻みつけてあったのだ、お由美……これじゃ駄目だ、誰がどんなに運動してみたところでとても及ばねえ」
「嘘です、そんなことのある道理がありません」
「おめえがいくらそう云ったところが、お上のお調べに曲のあるはずはねえ、もっと前に話そうと思っていたが、おめえの歎きを見るのが辛くて今日まで云いそびれていたんだ」
「それはいつ頃のことです?」
「この春だ」
「では私がこの家へ嫁《く》る前ですね」
 お由美は眸子《ひとみ》のあがった眼できっと辰次を瞶《みつ》めたが、やがて裂けるように、
「私は馬鹿だった、馬鹿だった」
 と魘言《うわごと》のように叫んだ。
「お由美、そりゃあおめえどういうわけだ」
「おまえはきっと又さんを助けてくれると思った、又さんの生命さえ助かるなら、私なんかどうなってもいいと思って……」
「なんだと?」
 辰次は坐り直した、「それじゃ、なにか、おめえは又七を助けてえためにおいらの処へ来たと云うのか」
「おまえだって又さんを助けてやるというのを餌に私を女房にしたじゃないか、いえ私ゃあ知っていた、ちゃんと知っていて来たんです」
「知っていたらどうしたんだ」
 辰次の声もうわずってきた、
「又七を助けてみせると云ったのは本当だ、けれどもできねえものは逆鉾立ちをしたってできやしねえ、おいらが嘘をついたんじゃねえ助からねえような事情があってのことだ、どこへ出たって理窟の通る話じゃあねえか。ところがおめえはいったいどうだ、おめえはどうだよ」
 辰次は膝を叩いた、
「初めから添う気のねえものを、自分の焦れていた男を助けてやると云われたからって、そのために身を任せるなんざあ売女《ばいた》、売女のすることだ」
「嫌って嫌って、嫌いぬかれていながら、又さんがお縄になったと聞いた時、私ゃあなんでもする気になった。これが売女なら、私ゃあ売女に違いありません」
「売女だ、売女だ、そんなやつは女房だとは思わねえ、出てってくれ」
「出て行けと云われたって」
 お由美は咽《むせ》ぶように云った、
「私ゃあもう……出て行ける体じゃありゃあしません」
「――なんだと」
 辰次はぎょっとして振返った。女の体、それはもう考えるまでもないことであった。お由美は背に波をうたせて泣いていた。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

「お待ちください、どうか、どうか」
「騒ぐな!」
「お慈悲でございます」
 又七は縄を解かれるとともに、衰弱しきった体の、どこにこんな力があるかと驚くばかりの腕力で、役人へしがみ着いた。
「私はお仕置を受ける覚えはありません、私は仏師でございます、謀反人に頼まれて仏像を彫ったのは悪うございました。けれども隠し胴に公方様を呪う文句を刻みこんだなどと、そんな大外れたことは決して致しません。誰かが私を陥れたのでございます、それを御詮議くださればかならず分ります。どうかお仕置だけはお赦《ゆる》しくださいまし、御詮議の済むまでは何年でも何十年でもお牢の中におりますから、どうか……」
「ええうるさい、放せ」
「それでは片門前の辰次をお呼びください、あれなら私の証《あかし》を立ててくれます、どうか辰次を呼出しくださいまし」
「何と申したところで、こと落着に及んだ今となってはもはや適《かな》わん、諦めてお仕置を受けろ。早くこの者を柱へつけぬか!」
「はっ、さあ神妙にしろ」
 下役人が二人がかりで引放す、
「いやだ、放してくれ」
 又七は狂気のように、「こんな理不尽なことがあるか、罪もない者を殺すなんて、これは人殺しだ、人殺しだ」
「神妙にしろ」
 必死に暴れもがくのを、駈けつけて来た同役四人がかりで遮二無二磔刑柱へ縛りつけてしまった。
「助けてくれ、辰次を呼んでくれ」
 と喚き叫ぶ又七、いま足の縄をかけ終った下役人の一人が、
「諦めろよ又七」
 と耳へ口を寄せて囁いた、
「おめえがいくら呼んだって辰次の来る気遣えはねえ、どうせ死ぬおめえだから教えてやるがな、辰次はこの夏前にお由美と一緒になり、今はおめえのことなんか考えていられないのだ」
「げっ、な、なんですって」
 又七は愕然と眼を明けた。
「それじゃあ、あの辰次はお由美を……?」
「諦めねえ、成仏するんだぜ」
 又七は仮面のような顔で宙を睨んだ。
 鈴ヶ森の刑場、竹矢来の外は蟻の這う隙もなく群衆がひしめいている、松の老木を越して海が、初秋のかっとした午後の陽をあびて光っているそれを前に、五十七本の磔刑柱がずらりと並んで立った。
 又七はまん中の柱、どっちから数えても二十九番の柱へ括り着けられている。
「そうだ、今こそ分ったぞ」
 又七は不意に叫びだした、
「こいつはみんな辰次の拵えた仕事だ、おいらの生きているあいだはお由美が自分に靡《なび》かない、そこでおいらを片付けにかかったのだ、畜生」
 又七の歯はがちがちと鳴る、
「隠し胴の中に彫ったはずのない字が刻みこんであったというが、あの観音像を検挙《あげ》てからお上へ差上げるあいだに細工をしゃあがったのだ、うぬ……辰次め!」
 その時右の端のほうで、ひーと云う凄じい悲鳴が起った。最初の一人が槍をつけられたのである、竹矢来の外の群衆が、風に戦《そよ》ぐ笹原のように揺れた。
「ようし、おらあこのまま死にゃあしねえぞ」
 又七には悲鳴も聞えなかった、揺れかえる群衆も見えなかった。
「おらあこの恨みを晴らさずにゃおかねえ、たとえこの体あ磔刑柱の露になっても、生替り死替り祟ってやる、辰次のやつを怨み殺しに殺してやるんだ」
 その時ぐっと近くで悲鳴が起った。その声は巌をも透す鋭さで又七の耳を襲った。
「――あっ」
 又七はその声を聞いた。
 同時に左のほうでも、地獄の大叫喚かと思うばかりに、人の心を刺し、感情を痺れさせるような悲痛な叫びが起った。
「呪ってやるぞ辰次!」
 又七は喉を裂けよと喚いた、
「又七は悪霊になってきさまをとり殺してやるぞ」
 三度、又七の叫びを凌いで断末魔の呻きが聞えてきた。
 又七は気を喪ってしまった。

 誰か呼んでいるような気がする。微《かす》かに、遠くのほうで自分を呼んでいる、しかしそれは夢とも現《うつつ》ともつかぬ感じで、そう思ったままいつかしらまた昏迷のなかに意識を失った。
 それからどのくらい経ったであろう、衿すじへ冷たい滴《しずく》の垂れるのを感じて、又七はふっと我に甦《かえ》った。
「――――」
 そのときまたひと滴、ぽたりと頬へ落ちたものがある。
 身にしみ透る冷たい一点だ、又七はようやく覚めかかる意識のなかから、怪訝《けげん》そうに眼を瞠《みひら》いた。夜だ、四辺は漆のように濃い闇である。
「どうしたのだ……?」
 思わず呟いて左右を見た。
 左にも右にも磔刑柱が立っている、視力の弱った眸子をさだめて見ると、白の仕置着を血に染めて、刑殺された死体が架かっている。ぞっとして我知らず跳退こうとしたが、びくとも動かぬ手足に、
「ああっ!」
 又七ははっきり醒めた。自分も磔刑柱に架けられているのだ。そして、自分だけは生きているのだ。
「生きている、私は生きているぞ」
 又七は低く呟いた。体を動かしてみた、関節は凝って痛い、頭もくらくらする、けれど仕置着には一点の血もない、正に又七は生きているのだ、死を免れたのだ。
(巷説伝うるところによれば、この日の処刑は日没後に及んだという、五十七人という大勢を刑殺するので、疲れきった刑吏は、夜の闇にまぎれたのと、異常な疲労とで、中央にいた又七をついに遺し忘れてしまったのであるという)
「ありがたい、ありがたいことだ」
 つきあげるように云った、
「これも日頃私が仏像を彫っていた利益であろう、最後に作った観世音菩薩には、ことに信仰を籠めてあった、観世音の御利益だ、かたじけないことだ」
 又七は溢れくる涙のなかで、声を顫《ふる》わせながら観音普門品《かんのんふもんぼん》を唱えはじめた。
「――或値怨賊繞 各執刀加害 念彼観音力 現即起慈心 或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼觀音力 刀尋段段壊……」
 一心に念仏していた時、ふと刑場の向うの道へ提燈《ちょうちん》の光が近づいて来るのを見つけた。初めは仕置場の不浄役かと思ったが、急ぎ足に来るのを見ると、夜道をかけての急飛脚らしい、又七は大声に、
「もし、お願いでござります」
 と呼びかけた。
 普通の者ならひと堪りもなく腰をぬかすか、でなくとも夢中で逃げだしたに相違ない、しかし相手は夜道に馴れた飛脚だった、刑場の中から呼びかけられて、一度はぎょっと立竦んだが、
「お慈悲でございます、どうかちょっとお手をお藉しくださいまし」
 又七の二度の声に、
「だ、誰だ、どこにいる……」
 と提燈を差出しながら二三歩寄って来た。
「こっちでございます」
「どこだって」
「磔刑柱の上に……」
「げえっ!」
 さすがに飛脚もたじたじとなったが、よほど豪胆な男とみえて、なおも四五歩進み寄った。見ると血まみれに刑殺された罪人の中に、これだけは傷ひとつない又七の姿が見える。
「お、おまえさんか」
「はい、お聞き及びでもございましょうが、今日ことでお仕置になった者の一人、私は仏師で又七と申す当でございます」
「うん」
「ちょっと仔細がございまして、友達の罠にかかり、罪なき身でお仕置にかかりましたが、日頃信ずる仏の御利生か、不思議にこうして生命を助かりました。ついてはこれから頭をまるめ、一生を仏に捧げて送りたいと存じます、どうかお助けくださいまし」
「へえ。不思議なこともあるものだな」
 飛脚も奇異の歎声をもらした、
「磔刑柱の上へあげられながら、たった一人助かるなんて年代記にもねえ珍しい話だ。なるほど、お仏師だとすればさぞかし仏の御利生だろう、ようがす、私もこんな商売で日頃から仏信心は欠かさねえ男だ、ひとつ仏様のお手先を勤める気でお助け申しましょう」
「ありがとうございます、ありがとう……」
 又七の声は歓喜に顫えていた、飛脚はふっと提燈を吹消した。

 そのあくる朝である。
 辰次が女房お由美と二人、昨日の諍いの晴れぬ、気まずい朝飯の膳に向っているところへ、下っ引の兼がとんで来た。
「兄哥は家か」
「おう、誰だ、兼か」
「お早う」
 と格子口から首を突込んだまま、
「兄哥、ちょっと顔を貸してくんねえ」
「いま飯を喰ってるが、何か用か」
「急用なんだ、ちょっと表まで来てくんねえ」
 辰次は箸を措いて立った。
 格子口で眼配せをした兼は、辰次を促して露路奥にある空地へ来る、息を喘ませながら低い声で、
「大変だぜ、ま、又七の野郎が逃げた」
「又が逃げた? なんの話だそりゃあ」
「又七だよ、昨日鈴ヶ森でお仕置になった又七がいねえんだ」
「お仕置になった者が逃げられるか」
「それが不思議なんだ」
 兼は息をついで、
「朝になって仕置場の非人たちが見廻りに行ったら、又七の姿が見えねえ、磔刑柱はそのままだが縛った縄は切られている。おまけにね、柱を検べてみると血の痕がねえんだ」
「な、なんだと?」
「どうやら仕置き洩れになってたらしい、その場に又七の着ていた仕置着も脱ぎ捨ててあったが、これにも傷痕がねえんだ」
「それでどうした」
「すぐお届け申して、いま八方へ手を廻しているが……兄哥」
 と兼は指をしゃくって、
「気をつけてくんねえ、又七の野郎あのことを感づいたとみえて、磔刑柱の上からたいそうおめえを怨んでいたと云うぜ」
「あのことたあ何だ?」
「おれに隠してもいけねえ」
 兼、声をひそめ、
「あの観音仏の隠し胴へ、佐柄木町の吉蔵《きちぞう》の野郎に金をやって、穏かならねえ文句を刻み込んだ始終、おらあちゃんと知っていたんだ」
「どうしたと」
「怒っちゃいけねえ、おらあ兄哥に体を頼んでいるんだ、今日まで黙っていた以上はこれからだって決してしゃべるこっちゃあねえ、だが。又七のやつぁ生替り死替り、必ずおめえを怨み殺しにしてやると云っていたそうだ。もしお仕置洩れで生きているとすると、きっと兄哥の首を狙っているぜ」
 辰次の顔は死人のように蒼白めた。
 又七がどうして気付かぬ訳があろう。彫った覚えのない呪文が彫ってあった、しかもあの仏像に手を着けることのできるのは、彼を検挙た辰次のほかにない。惚れぬいたお由美の心が、どうしても又七から離れぬのを知った苦しまぎれ、又七が謀反人の貫島市郎兵衛に供養仏を頼まれて彫ったと分った時、これ幸いとばかり検挙たあと、それだけでは罪になりそうもなかったから、馴染《なじみ》の大工吉蔵に情を明かして将軍家を呪う文句を刻みこませた。もちろん辰次のつもりでは二年か三年の罪ぐらいに考えていたところが、意外にも又七は磔刑という断罪……これは仕過ぎたと気付いた時はもうどうにもしようがなかったのである。
 辰次は罪の恐ろしさに戦いた。幾晩も魘《うな》された、苦しんだ。そのうち一方にはそれが幸いした、お由美はついに女房になることを承知したのである。しかし彼女は、心から辰次の妻になる気はなかったのだ。又七を助けてやると云われて身を殺したのだ、昨日それをたしかめて明る今日、また、又七の生き延びたことを聞こうとは。
「罰だ、罰だ」
 辰次は思わず呟いた、しかしそのあとから猛然と反抗する力が盛上ってきた。
「なにをくそっ、どうせ乗りかかった舟だ、向うが怨んで狙うなら、こっちはお上の力で向ってやる、仕置場からの縄脱けだ、ひっ捉えれば今度こそこっちの勝だ、見やあがれ」
 と歯を喰しばった辰次、
「よし、分った」
 と兼のほうへ振向いた。
「おめえすぐに親分のところへ行ってくれ、おいらも後から行こう」
「合点だ」
「又の野郎、必ず捜し出してみせるぜ」
 辰次、蒼白《あおざ》めた顔でにやりと笑った。
 前代未聞の事件はたちまち江戸中へひろまっていった。市中は云うまでもなく街道筋、奥州から上方まで水も洩らさぬ網が張られた、辰次は素より自分の生命を狙われている恐ろしさ、狂気のように奔走したがついに又七の姿は発見されなかった。
 そして年月が経っていった。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 正保四年の暮春のことである。
 上総国九十九里浜の近く、上総一宮の下宿のとある宿屋へ、遊山旅らしい中年の夫婦が草鞋《わらじ》を脱いだ。男は目貫の辰次、女房はあのときのお由美である。
 あれからまさに十五年経った。そのあいだに夫婦のなかには子供が三人生れ、辰次は段々と腕を認められて、五年あとに相模屋松五郎が隠居すると、その跡目をもらって芝一円の束ねをするまでになっていた。今度はながいあいだの御用疲れを休めようと、半月のお暇を願って夫婦伴れ、ゆっくりと安房の誕生寺へ参詣をして、房州のはなを廻り、ようやく一宮へとやって来たのであった。
 風呂を浴びてさっぱりした辰次、宿の浴衣に丹前を重ねて、活の良いこりこりするような刺身に水貝かなにかをつつきながら、お由美と差向いで盃をとりあげた。
「おまえ様がたはお江戸でござりますか」
 給仕に来た婢《おんな》がお由美のほうへ飯を出しながら話しかけた。
「お江戸はたいそうな賑盛《にぎわい》だそうで、わたしらも死ぬまでには一遍見物に出たいと思いますが、こうしてお江戸のお客様を見ると本当に羨ましくてなりません」
「なあに、住んでみれば江戸も房州も同じことさ、ときたまに来るおいらのほうから見れば、いっそここいらが暢気で羨ましいくらいのものだ」
「そんなものでございますかね」
「おいらも精々稼いだら、いつかこの辺へ地所でも買って隠居するつもりさ、そのときは姐さんよろしく頼むぜ」
「畏りました、ほほほほ」
「時に――」
 辰次はお由美の酌を受けながら、
「なにか土地のことでおもしれえ話はねえかの」
「へえ、なにしろ辺鄙な処でべつに面白い話というのもございませんが……ああそうそう、お珍しくはないかも知れませんが、こんなことがございます」
 婢は給仕の盆を膝へついて、
「この一宮の奥に奈波山という山がございます」
「うん」
「そこに今から……十二三年も前のこと、一人の旅のお坊さんが庵を組んでお住いなすったそうで、そのお坊さんが妙なことに、庵の中で仏様のお像を彫りなさるのです」
「仏像を彫るって?」
「はい、なんでも米や麦はいっさい召上らず、木根草の実を食べながら、里へも出ずに籠りっきりで彫っていなさいます。それがまた高さ一丈もあるという大きな仏様でもう四体はでき上り、いま五体めにかかっていなさるのでござります」
 辰次の唇が急にひき緊まった。
「それで、その坊さんは何という名だね」
「お名前も知れずどこのかたか、何宗の坊さんかも分りませんが、近在の人たちは木食上人《もくじきしょうにん》と云ってたいそう信仰しておられますだ」
「年は幾つくらいだね」
「さあ、私も一年ばかり前に、一度お詣りをした時ちらと見ましたが、髪も髭も伸び放題、乞食のようなお姿でよくは分りませんが、もう五十の坂は越しているだろうという噂でござりますだよ」
「五十を越している……」
 去るものは日々に疎《うと》しと云うが、十五年経つうちにも一日として忘れることのできなかった又七の姿が、婢の話につれてありありと思出された。しかし、五十を越しているらしいと聞いて、辰次の胸の戦きはやや静まったのである。
 お由美も同じこと、話の始めにはてっきり又七と思って、それとなく見ると良人の面も変っていたから、どうなることかとはらはらしながら聞いていたが、年の違いを知って辰次と同様ほっとした。
「珍しい話を聞いた、木食をしながら十二三年も仏像を彫るとは、よほど奇特なお坊さんだの、さて、おいらも飯をもらおうか」
 辰次は茶碗をとりあげた。
 その夜は早く寝た、歩き疲れで夢も見ずにぐっすり眠ったお由美が、明る朝眼覚めたのは陽がずっと高くなってからのことだった。手洗に立って戻ったが、辰次の姿が見えない、どうしたのかと思って婢に訊くと、
「今朝早く奈波山へ行く道を訊ねていなさいましたから、おおかた昨夜お話し申した木食上人の処へでもおいでになったのでござりましょう。はい、軽く御膳をあがって……」
ということだった。
「奈波山へ」
 お由美はぎょっとしたが、すぐに身仕度をしながら、
「では私もちょっと行って来ましょう、いえ御飯は帰ってからいただきますから、道の分る処まで案内を頼みます」
「へえ畏りました」
 婢は急いで階下へ下りて行った。

 その頃、辰次は奈波山の谷合に臨んだ、噂の庵を尋ね当てていた。
 年の違いから一度はほっとしたものの、たしかめずにはいられぬ気持から、女房には知らさず起きぬけに来たのである。尋ね当ててみると庵とは名ばかり、人里遠く離れた、山ふところの杉林の中に、元は樵夫小舎にでも使ったらしい、棟の高い一軒家、屋根は腐り柱は傾き、まるで化物でも住みそうなひどい荒屋《あばらや》である。
「こいつは甚《ひで》え」
 さすがの辰次もそう呟いて足を止めた。すると小舎の中から念仏の声が聞える。
「……仁者愍我等故。受此瓔珞。爾時仏告観世音菩薩。当愍此旡尽菩薩。及四衆。天竜。夜叉。乾闥婆……」
 観音普門品である。
 辰次はそっと足を進めて、脇手の小窓から中を覗いた。庵の中は一方明りで薄暗い、まず眼についたのは壁に添って安置された大きな四体の仏像である、その前にほとんど彫りあがろうとしている一体があり、一人の男が念仏を唱えながら鑿をふるっているのが見えた。
 条になって破れた衣、頭髪も髭も半ば白くなって、鑿をふるう手、足、まるで枯木のように痩せ細っている。だが、念仏の声は力に満ち精気に溢れていた。
「又七だ」
 辰次はぞっとしながら呟いた「窶《やつ》れているがあの体つき、あの声に誤りはない、又七だ、又七がここに生きていた」
 辰次は全身の慄えを感じた。十五年のあいだ捜していた相手をとうとうみつけたのだ、目明しとして何十人の子分を使う身の上になっても、現《うつつ》に夢に生命を狙われている恐怖、三人の子を生《な》しながら、どこかにぴったりしないところのある夫婦の仲、それはただ、又七がどこかに生きているという原因からきていたのである、しかして今こそ彼を突止めた。
 辰次は小窓を離れると、庵の前へ廻ってがらりと雨戸を引明けながら、
「又七、神妙にしろ」
 と叫んだ。
 念仏の声がはたとやんだ、鑿を持った手がぴくりと顫えながら止まった。そして……又七の窶《やつ》れ果てた顔が静かに振返った。
「誰だ……」
「目貫の辰だ、仕置場からの縄脱け兇状、今度あ免れねえぞ」
「辰、辰次か」
「神妙にお縄を頂戴しろ」
 云いながら踏込んだ辰次、ぐいと又七の肩を撫む、右手に捕縄を執っていきなりそこへ捻伏せた。――長いあいだの木食精進、すっかり体の弱っている又七は、横鬢を床へすりつけられたまま、必死の声で、
「ま、待ってくれ、待ってくれ辰次」
 と悲痛に叫んだ。
「どうか待ってくれ、なるほど私は仕置場から縄脱けをした、けれどもそれ以来頭を丸め、世を捨ててこの山の中へ引籠っている、ほかに何の望みもないが、仏師として世に遺る仕事がしたかったのだ、あれから十五年、私は五智仏を作ろうと発心して、見てくれ、とこに四体できている」
 又七は顫える手で指さした、「あと一体、釈迦如来の像もこのとおりもう少しで仕上るところだ、体もこのとおり弱っているし、五智如来すっかりできあがれば生きている慾もない又七だ、済まないがもう少し……この釈迦如来を彫りあげるまで待ってくれ」
「ならねえ!」
 辰次は嘲るように頭を振った、
「お上から十手捕縄を預っているおれだ、兇状持を突止めて待てもくそもあるものか、いけねえと云ったらいけねえ」
「そこを押してのお願いだ、できないところだろうがせめてあと十日、いや……七日でもいい、昔の友達のよしみで、どうかしばらく待ってくれ、このとおり一生のお願いだ、これが仕上がれば必ずお縄を受けるから」
「諄《くど》い、この期に及んで虫の良い御託をぬかすな、さあ、神妙にしろ」
 喚きざま又七の腕を捻上げる。
「うっ!」
 又七は歯を噛鳴らした、
「た、辰次――それじゃあ、どうでも待てねえのか」
「知れたことだ、野郎動くな」
「あ、うぬ!」
 凄じく呻いて、はね起きようとする腰骨、辰次はぐいと膝頭で殺して、素早く縄を打とうとした、とたんに、
「おまえさん、待っておくれ」
と叫びながら、駈け込んで来たお由美、あっ! と驚く辰次の利手を掴んで、女ながらも懸命の力、だ! と又七から引放す、
「て、手前――お由美」
 とよろめく辰次の前へ、お由美は又七を背に囲《かこ》ってすっくと立った。
「ようすは表で聞きました」
 お由美は蒼白い顔できっと云う、
「七日のあいだ待てというお頼み、どんな鬼だって待てぬと云えるところじゃあありません、お前さん、私からもあらためてお願い申します、どうか待ってあげてくださいまし、もし、それでもいけないと云うなら、お由美を先に縛ってください、又さんが兇状持になったのも、もとはと云えばこの私から起ったこと、お由美もともにお縄をいただきます!」
 凛《りん》と云い放ったお由美の眉には、一歩も動かぬ決死の色が済んでいた。
 辰次は茫然と手をおろした、暗澹たる部屋の中に、しばしは三人の荒い息吹だけが聞えていた。お由美はやがて、
「お前さん」
 と低く哀願するように云った、
「待ってあげてくださるでしょうねえ」
「…………」
 辰次は不意に、そっぽを向きながら頷いた。
「ああ、待ってあげてくださるんですね」
「仕方がねえ、お前までがそう云うなら、七日のあいだ待ってやろう」
「ほ、本当か、ああ、ありがたい」
 又七は狂喜しながらひれ伏した、
「ありがたい、このとおりだ辰次。このとおりだ」

 辰次は苦しげに外向いた。
 ――やっぱりお由美は俺のものじゃあなかった。今は悲しい諦めが、烙印のように生々しく心に彫込まれたのだ。辰次はそっぽを向いたまま捕縄を納うと、どこか淋しげな身ごなしで帯を締直した。
 辰次は外向いたままで、
「おらあこれから江戸へ行って、召捕のお差紙をいただいて来る。後のことはお由美おめえに任せるから万一にも逃がさねえように、側を離れず付いていろ」
 意外な言葉に驚くお由美には眼もくれず云った。
「往復六日路、七日めに帰って来るから、それまでに仕事をしまっておきねえ」
「辰次……この恩は忘れないぞ――」
「お由美、又七の体あおめえに預けたぜ」
「それじゃあ私はここに」
「七日のこった、ぬかるなよ」
 云い捨てると、辰次は、何やら云いたげなお由美には、見向きもせず、庵をとびだしてそのまま山を下りて行った。
 後に残った二人は、しばらくそのまま身動きもせずにいた、不思議な運命《めぐりあわせ》である。十五年という年月は短くはないが、なんという男の変りようであろう、地獄絵にある餓鬼のように痩せ細った体、四十そこそこの身で、髪は灰色になり、眼は落窪み頬はこけ、これが生きた人間かと疑われるばかりのありさまであった。
「又さん、済みません」
 お由美は破れるように叫んだ。
 そして又七の前へ崩折れながら、両の袂に声を包んでせきあげた。
「おまえを、こんな姿にしたのも、みんな、みんな私という者がいたからです、勘忍してください、殺してくださいまし」
「いいよいいよ、お由美さん」
 又七は静かに頷いた、
「もう済んだことだ、こうなるのもみんな約束ごとなんだ」
「あれから十五年、辰次もずいぶん苦しんでいました、どんなに苦しんでも足りない罪、天罰のないのが不思議なくらいですが……その罪も素はと云えば私にあるんです」
「分っているよ、私も辰次のしたことを知った時は、七生まで祟って怨み殺してやろう……とまで考えた」
「よく分ります、無理もありません」
「しかし、不思議に生命を助かってみると、そんな怨みよりも大事な仕事があるのに気付いたのだ。辰次を一人殺したって何になる、それより千年の後まで遺る立派な仕事をして、御利生で助かった生命を終ろう、そう決心をしたんだ」
 又七の声には力が出てきた、
「見ておくれ、十五年のあいだ木食をしながら、私はこの五智如来を彫った、この一体が仕上がれば、私はいつでも悦んで死ねる、私の体は死んでも、この五智如来は遺るのだ、仏師又七の名は千年経っても亡びる時はないのだ」
「又さん!」
 お由美はそれを遮った。
「どうかここを逃げてください」
「逃げろ?……何のために逃げるのだ」
「うちの人は戻って来ます、辰次はおまえが生きているあいだは安心できない、きっと戻って来ておまえをお縄にします、どうか今のうちに逃げてください」
「私は逃げない、もう逃げる要はないのだ、七日のうちに残りを仕上げれば、神妙にお縄をいただくつもりだ。今の私には、これ以上生延びる気持は少しもないのだ」
「そう云っても私の気が済みません」
「お由美さん」
 又七は静かに笑いながら、
「打明けて云ってしまうが、又七は怨むどころか、今では辰次のしてくれたことをありがたいと思っているのだよ」
「それは、どうしてです」
「あんなことがなければ、私は一生|駄物《だもの》彫りで終ったかも知れない、それが自分でも許すことのできるこれだけの名作が彫れた、それはみんな辰次のお蔭だとも云えるのだ」
「まあ、そんなにまで……」
「五智仏を仕上げた後を、どうして送ろうかと案じていたが、どうやらこれで先途もきまった、これからはもう安心して最後の鑿が握れるのだ」
 又七はそう云うと、鑿と小槌を執ってよろめく足を踏しめながら立上った。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

 それからちょうど七日めである。
 お由美の悲しい介添で、ろくろく夜の眼も合さず仕事を続けた又七は、六日の夜から明けがたかけて手を休めずに仕上げを急いだ。
「……能以無畏於衆生。汝等若称名者。於此怨賊。当得解脱」
 誦経の声だけが、陰々として庵の闇に流れている、お由美は隅にい竦んで、まるで後光でも射すような又七の姿を見|戍《まも》っていた。時は経っていった、戸外の闇はいつともなく薄白んで、谷あいから這上ってくる霧が、小窓を忍込んで、燈明の火にもつれたのもしばし、やがて東のほうから赤々と朝日の光がさしはじめた。
 最初の日光がさっと流れた時である、仕上げ鑿を控えて二三歩さがりながら、じっと仏像をみつめていた又七は、
「――できた」
 と云って鑿と槌を取落した。
「できた、できた」
 狂気のように顫える叫びだった、お由美は引摺られるように立って、
「又さん」と呼びかけた。
「お由美さん、見ておくれ、五智仏全部できあがったよ、十五年がかりの仕事が、これでようやく仕上ったのだ」
「――――」
「ありがたい、ありがたい」
 又七は溢れくる涙の中から叫んだ、
「みんな御仏の御加護だ、南無観世音菩薩」
 唱名念仏をしながらひれ伏した。
 お由美は胸へつきあげてくる感動に、思わず又七の側へ駈寄ろうとしたが、その時、庵の外へ二三人の人の跫音《あしおと》が近づいて来るのを聞きつけ、はっとしてそこへ立竦んだ。
「ここか――」
 外で声がして、雨戸を叩く音。
「はい」
 と答えてお由美は雨戸を明けた。
 表には顔見知りの町廻り同心、森内忠蔵《もりうちちゅうぞう》と組下の一人、横手に辰次が面を伏せて立っていた。お由美を見ると森内忠蔵が、
「仏師又七はいるであろうな」
「――はい」
「通るぞ」
 と云って内へ入った。二人もそれに続いてあがる、由美は先へ廻って、ひれ伏している又七の耳へ唇をつけるようにしながら、
「もし、お役人衆が見えました」
 と囁いた。
 又七は唱名念仏をやめてお由美の顔を見たが、その意味を覚ると、静かに頷いて衣紋をつくろいながら向直った。
「私が又七にござります。お手数をかけて申訳ござりませぬ、おいでをお待申しておりました、どうぞお縄を……」
 森内忠蔵は頷いて顔をやわらげ、
「神妙じゃ、いまお上のおたっしを申聞かしてやる、慎んで承わるがよい」
「恐入りまする」
「そのほう儀、お仕置場より縄脱けを致したる大罪、屹度《きっと》お咎めにも及ぶべきところ、磔刑柱に架かりながら不思議に処刑を免れ、その後出家到し、道心堅固に木食をしつつ五体仏を彫上げし趣奇特の至り、かつは一度刑を行われたる者なるによって、とくに思召されるところこれあり、前の大罪御赦免遊ばさる、以後お構いなし――とあるぞ、ありがたくお受けを致すがよい」
「な、なに、御赦免……」
 のけぞるばかりに驚く又七、お由美も我知らず膝を乗出した。森内忠蔵は頷いて、
「なお、これはいまだ御内定であるが」
 とやさしく云った。
「芝高輪に一寺を賜り、そのほうの彫った五体仏を安置し、生涯その寺の住職を申付けられるとの御内意だ」
「おお」
「仏を運ぶ人夫諸費用、お上の御差配とまでだいたいきまっているぞ」
 重ね重ねの意外さに、又七よりもお由美のほうが夢かとばかり呆れた。
 努力は酬いられた、雪《そそ》がずして自ら寃《えん》は雪がれた、悲喜感慨むらがり起って、又七はとみに答える言葉もなく、そこへ平伏して咽びあげるばかりだった。――ようやく昇りはじめた朝日の、活々とした清新な光が、小窓からさんさんと射込んで、又七の灰色の髪を円光のように照していた。
 森内忠蔵の言葉どおり、又七の五智仏は江戸へ運ばれ、高輪の普賢寺へ納められた。そして又七は木食但唱と名乗って終生その寺の住職として過したという。――辰次はまもなく御用聞きをやめ、裏店へ引込んで担ぎ八百屋になったが、夫婦仲は見違えるように良くなり、それからまた一人子が生れて、まず安楽に世を送ったと伝えられている。



底本:「爽快小説集」実業之日本社
   1978(昭和53)年6月25日 初版発行
   1979(昭和54)年7月15日 二版発行
底本の親本:「富士増刊号」
   1936(昭和11)年9月号
初出:「富士増刊号」
   1936(昭和11)年9月号
※表題は底本では、「磔《はりつけ》又七《またしち》」となっています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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