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  • 寛永侠豪伝

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寛永侠豪伝

最終更新:2019年11月01日 09:46

harukaze_lab

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寛永侠豪伝
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)下野国《しもつけのくに》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)親|同朋《きょうだい》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「さんずい+参」、第4水準2-78-61]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一の一[#「一の一」は中見出し]

「――山内の若様」
 堤の上でやさしく呼ぶ声がする、
「若様……今日も釣ですか」
 年は十五六であろう、小麦色の肌をしてやや険ある眼つきだが、上背のあるきりりとした躰つき、かたちの良い唇が艶やかにしめりけを帯びて、どことなく年にはませた色気が溢れている。
 下野国《しもつけのくに》宇都宮付近で、
『小鼬《こいたち》のお絹《きぬ》』
といえば知らぬ者のない娘だ。
 けれどどこの何者の娘か、どんな素性をもっているかということになると誰も知らなかった。山窩《やまもの》の子だという者もあり、渡り乞食の棄子だともいう、二、三年まえからこの付近に現われるようになったが、親|同朋《きょうだい》があるかないかも知れぬし、どこに寝てどこで喰べるかすらまったく分っていないのだ。
「ふん」
 娘は鼻を反らせて、
「若様の黙り坊」と罵った。
 堤の下では前髪立の少年が、大剣を草の中へ置いたまま、さっきから石のように釣棹を覓《みつ》めている。
 お絹はもう一度鼻を反らせて行き過ぎようとしたが、気を変えて堤を駈け下り、少年の傍へ男のようにしゃがみこんだ。
 お絹が側へ寄ったので、初めて少年の躰のひどく巨《おお》きいのが分った。肩から腰へかけてのすばらしい肉付、身丈《みのたけ》は五尺四五寸あるだろう、眉の濃い眸子《ひとみ》の張った、豊かな頬に血の色の美しい顔だちだ。年は十六、宇都宮藩士|山内伊織《やまのうちいおり》の二男|鹿之助《しかのすけ》という少年であった。
「なにか釣れて――?」
 娘が訊《き》いた。鹿之助は眼も動かさず、まるで相手を無視しきった様子で川波を見|戍《まも》っている。
「もっと上へ行けばいいのにな」
 暫くしてまた娘が云う、「柳の堰のところには鮠《はや》がうんといるんだ、夕方になると川獺《かわうそ》が二疋も三疋も漁りに来ている、あたいが掴んだって十や十五はすぐだ」
「――うるさい」
 鹿之助がどなりつけた。「しゃべるならあちらへ行ってしゃべれ、魚がみんな逃げてしまうじゃないか」
 娘は敏捷に少年を見やってからぶすりと黙った。
 八月の残暑。堤の上には熱い埃が時おり北へと流れる、川の上の微風は向う岸の蘆を戦《そよ》がせ、低く垂れた柳の枝をなぶって、少年の乱れた髪にもつれる――鹿之助はふっと、娘のほうへ振返った。男のようにしゃがんだ裾前が割れて、風の来るたびに媚めかしく白い脛がちらちら覗いている、鹿之助は慌てて眼を外《そ》らすと、二三度空咳をして、ぷっと遠くへ唾を飛ばした。
 娘はながいこと不機嫌に黙っていた、しかしいつまで経っても相手が何とも云わないので、不機嫌のやりばが無くなったか、いきなり草の根から礫を拾いとると、川波に揺れている浮木《うき》をめがけて投げつけた。
「止せ!」
 鹿之助はそういって睨みつけた。
「おお怖い眼」
 娘はくいと肩をつきあげて、「まるで無念寺の仁王様みたいだ、でも仁王様のほうがずっと男らしくって強そうだ」
「おれだって……強さじゃ負けないぞ」
「じゃ腕を捲って見せてよ」
 鹿之助は釣棹を措いて、右の腕をぐいと捲りあげ、うん――と力みながら力瘤を出してみせた。肌目《きめ》の細い二の腕の白い皮膚がまるではじけそうに盛上って、ぐりぐりと若い生命《いのち》のかたまりが逞しく息づいている。
「なあ……んだ」
 娘は嘲るように云って、何気なく手を伸ばすと鹿之助の力瘤をそっと掴んでみたが、手指の腹に少年の肉体の強い弾力が触れた刹那、かっと胸の紊《みだ》れを感じて手を引込めた。
「ちっとも強そうじゃないじゃないの」
「これでもか――」
 鹿之助は満面を紅潮させて力んだ。
 腕に盛上った力瘤は、まるで皮膚を割ってはじけ飛ぶかとばかり蠢動《しゅんどう》する――お絹はこくりと生唾を呑みながら、妖しく光る眼尻で見やっていたが、
「そんなの……」
と粘る舌で云う、「江戸相撲の白雲峰右衛門《しらくもみねえもん》に比べればまるで、まるで――寒竹みたいじゃないの」
 鹿之助は腕をおろした。

[#8字下げ]一の二[#「一の二」は中見出し]

 宇都宮の大社八幡神社は、毎年八月十五日が大祭に当っていた。
 この大祭には例年土地の草相撲を奉納する習わしになっていたが、今年はさらにそれを盛大にするため、江戸から本職の行司力士を呼び、その一行と地元の者と東西に組んで奉納相撲を取ることになった。
 江戸から呼ばれて来たのは行司二名に力士十名で、白雲峰右衛門というのが力士の筆頭であった。この峰右衛門は身丈五尺三四寸の小兵であるが、膂力《りょりょく》すぐれて相撲が烈しく、五日の取組を四日まで、出る相手出る相手をほとんど子供扱いに投げ勝っていた。
 鹿之助は初日から三日目まで群衆にまじって見物したが、見ていると飛出したくてむずむずしてくるのが怖しいので、四日目の今日は眼をつむって釣に来てしまったのである。
「白雲なんか――何だ」
 鹿之助は不機嫌に呟いた、「あんな相撲、おれが出れば一度で投げてやる」
「かげ弁慶なんか駄目よ」
「嘘なんか云うか、本当に投げてやる」
「じゃ投げてみせてよ」
 娘はきらきらと眼を輝かした。
「投げろって……馬鹿だなあ」
 鹿之助は嘲るように、「御側頭を勤める武士の子が、町相撲と裸になって相撲が取れるかよ、ちえっ!」
「何故いけないの」
「そんなことおまえに分るかい」
「分るわよ、教えてくれれば……」
 浮木がくくくくと烈しく水を潜った。
 鹿之助は機敏に合せて、棹尖をためながらぐっと上げた、午さがりの強い陽を浴びて三寸あまりの赤腹が、溌剌と跳りながら宙をとんだ。――鹿之助が巧みに鈎を外して、片手に魚籠《びく》を取上げた時である。
「やい、怪童丸なにをしている」
と喚く声がした。
 振返ると堤の上に、大番組|埜田甚右衛門《のだじんえもん》の伜、八十吉《やそきち》が、弟の仙太郎《せんたろう》というのを伴れて立っていた。八十吉は鹿之助と同年で、悪童仲間の牛耳を執っている暴れ者だった。
「おやあ、小鼬のやつもいるな」
 八十吉はにやりと笑って、「やい、山内の怪童丸、貴様は昼日中こんな往来ばたで、穢らわしい売女と何をしていたんだ」
「なんですって――?」
 同時にお絹がとびあがっていた、「売女とは誰のことを云うの!」
「黙れよ、誰を云うものか、売女とは貴様のことを云うんだ、家も無し親同朋も無いやつは売女に違いないじゃないか、それともおまえは何か商売があるのか」
「坊ちゃん、埜田の坊ちゃん」
 お絹の美しい唇がぴくっと痙攣《ひきつ》った「あなたはたいそうよく知っていらっしゃるのね、家も無し親も身寄りもない者は、みんな売女だと思召すの……? ほほほほほ」
 お絹は刺すように嘲笑した。
「それで分った、はい、それでようく分りましたよお坊っちゃま、あなたそれでこのあいだの晩あんなことをなすったんですね」
「何だ、何だ」
 八十吉はさっと色を変えた、「おれが何を知るもんか、あんなことって――何だ」
「云ってもよくって?」
「勝手にしろ、貴様なんぞ売女が何を云ったって驚くおれではないぞ、なんだ貴様なんか、家無しの野良猫め、根もないことを云うと無礼討ちにしてやる」
「から威張りは止したらどう」
 娘はふんと鼻を反らした、「お絹は一つ星だよ、どこで死んだって惜しくない躰だ、斬るなら斬るがいいさ、だけど黙って斬られちゃいないからそう思ってちょうだい――無礼討ちにするというのはこっちのことだ。あたしにそのつもりがあれば、このあいだの晩あの森の中で、おまえさんの躰から一滴残らず血を絞ってやったんだ、そう云われて竦然《ぞっ》としないかい?」
「気違い、野伏《のぶせ》り」
 八十吉は唾をとばして喚いた、「貴様なんぞ穢らわしいやつが何を云ったって、何だ、大嘘つきめ、――やい、――怪童丸」
 鉾を転じた。
「貴様こんな女といて恥かしくないのか、こっちへ来い。そんな女の側にいると魂まで穢れてしまうぞ、来いったら怪童丸」
「おれは釣をしているんだ」
 鹿之助は振向きもせずに云った、「この女は勝手にここへ来て勝手に見ているんだ。おれの知ったことではない」
「ちえっ、八十吉に恥をかかせる気か」
 鹿之助は答えなかった。
 お絹は態《ざま》をみろという顔で、片足の爪先をとんとんと踏みながら巧みに唇をおちょぼにして口笛を吹いていた。――八十吉は弟を促して足音荒らく二、三間行くと、
「やい、覚えていろ小鼬」
と振返った、「怪童丸も忘れるな、貴様たちがここで何をしていたか、おれはちゃんと見届けてあるんだ、後悔するなよ」
 そう喚きたてると、勝誇ったお絹の嘲り笑う声を後にさっさと立去ってしまった。
 鹿之助は何事もなかったように、平然と釣棹をのべ、両手で膝を抱えながら水面を覓めている。お絹は少年の逞しい肩を見ているうちに、何とも知れぬ力強い頼もしさを感じ、思わず側へひきつくようにして坐った。
「馬鹿ねえ埜田の野良息子は」
 お絹は喉で笑った、「あいつ、このあいだの晩――っていったら眼の色を変えていたわ、あいつもう大人なのよ」
「うるさい!」
 鹿之助の声は吃驚するほど大きかった「しゃべるなら向うへ行け、おまえなんか――大嫌いだ、なんだ……女なんか」
 お絹はぎゅんと胸を緊つけられるように思った。そして上半身を反らせながら、にわかにうるみの現われた眸瞳《ひとみ》で、少年の怒った横顔をながいこと見戍っていた。

[#8字下げ]一の三[#「一の三」は中見出し]

 八幡神社の奉納相撲は五日目になった。
 境内は見物の群衆で埋まっている、本殿への石段も神楽殿も御手洗《みたらし》の屋根の上も、大銀杏の枝にまでびっしり人が犇めいている、別に木戸銭を取る訳ではなく、力士溜りの周囲に縄張りをしただけだから、見物の群衆はほとんど無数に詰めかけていた。
 刻《とき》はもう日暮れに近い――四日間、まるで勝負にならぬ勝放しを続けてきた白雲峰右衛門は、今日も土地の草相撲で大関を取る夕凪定吉《ゆうなぎさきち》を投げ、続いて飛入りの二名を突放して今……傲然と土俵上に突立っている。
「もう相手はないか」
 右衛門は太々しく喚いた。「下野は土相撲が盛んで、腕っ節のある者が少々はあると聞いたから、楽しみにして来たんだがまるでどれもこれもへろへろじゃないか。――この奉納相撲も今日が千秋楽、また来年といって白雲峰右衛門が来られるかどうか分らんぞ、江戸相撲の骨のあるところを味わってみる者はないか、誰も出る者はないかよ」
 色の黒い眼の怒った男が、小意地の悪い調子で喚きたてるのがびんびん響いた。
 鹿之助はこの日早くから来て、群衆の中にまぎれこんだまま熱心に見物していたが、もうさっきから身内へ力疼きがきて、うずうずと耐え難いまでに闘志を唆られるので、もう出よう、もう帰らなければいかん――と思い思い、ついに結びまで観てしまったのであるが、いま白雲の暴言を聞くと矢も楯も堪らなくなってきた。
「誰か出てくれ」
 鹿之助は自分を制しきれなくなった、「早く誰か出てくれ、そうでないとおれは……」
「若様」
 耳の側で不意に囁く者があった。ぎょっとして振返ると、小鼬のお絹、
「白雲は強いのねえ」
 唆《け》しかける声音である、「あんなに威張りかえっているのに、もう誰も出る者がないなんて、宇都宮には男がいないのかしら」
「うるさい、黙っていろ」
「口惜しいからよ、口惜しいじゃないの、あんなにのさばって、あたいが男なら死んだっていいから白雲にぶっかかってやるわ」
 お絹は皓《しろ》い歯をきりきりと噛んだ。
「さあ、もう誰もないか」
 峰右衛門は挑みかかるように、「骨のある者の一人や二人いそうなものじゃないか、せっかく江戸から揉みに来たものを、このまま帰して後で悔んでも仕様がないぞ……誰もないか、なければいよいよ下りるが」
「――待った」
「鹿之助は思わず叫んでしまった。はっ! としたが遅い、声を聞きつけて峰右衛門が振返る、詰合っていた群衆の眼が一度に鹿之助のほうへ注がれた。
「待てと云うのは、お出なさるのか」
「出る、出る!」
 もう仕方がない、鹿之助は慌てて答えると、ぬっくり立上った。
「わあ――山内様の怪童丸だ」
 見知り越の者がどっと声をあげた。
「若様あ、頼みますぜ」
「怪童丸しっかり」
「白雲を土俵の砂に埋めてくれ」
 喧々と力声が競いおこる、鹿之助は一瞬、鋭い悔恨と羞耻を感じて立竦んだ。
 謹直な父伊織は、常に鹿之助の腕力を封じていたのである。なにしろ幼少の頃から体格人並にすぐれ、十二三歳になると力自慢の大人を平気で取って投げるほどの膂力が出た、そのために喧嘩をすると相手の腕を折ったり腰骨を挫いたりすることもしばしばだったし、第一――武術の稽古さえ充分に出来なかった、というのが、あまりに力が余りすぎて、精一杯の稽古をすると必ず相手に傷を負わせてしまうのだ。
 藩の兵法指南を勤める淵神軍兵衛《ふちがみぐんべえ》も、
「鹿之助殿は型だけお習いなさい」
と匙を投げてしまった。
 武士として衆に秀でた体力をもつことは誇るべきであるのに、皮肉にも鹿之助の場合にはそれが余りに異常なため、反って邪魔になるという妙な結果を招いていた。
「どんなことがあろうとも決して腕力沙汰に及んではならぬぞ、そのほうにとって戒慎すべき第一は力だ、ゆめにも忘れるな」
 父の伊織は口癖にそう戒めていた。
 然し、抑えるほど唆るものはない、肉体の底に鬱屈している力は、制すれば制するほど烈しく暴れ出そうとする。年頃から云っても十六歳の鹿之助にとって、ほとんど本能ともいうべき闘志を、どこまでも抑制し切ることのできないのは当然である、――彼は半ば夢中で、白雲の声に応じたのであった。

[#8字下げ]一の四[#「一の四」は中見出し]

 わっと巻起る喚声に、一度は、
「しまった」
と立竦んだ鹿之助、
「怪童丸、宇都宮男子の耻辱を雪《そそ》げ」
「若様たのむぞ」
「白雲を投げ殺してくれ」
 わっわっと叫ぶのを聞くと、もはやのっぴきならぬ立場だと感じた。
 この群衆のなかで、町相撲と立合ったことが知れれば父の怒りは見るが如しだ、ことによると勘当ぐらい喰うかも知れぬ、どうせ叱られるなら存分に取ってやろう――と、鹿之助は度胸をきめて力士溜りのほうへ進んだ。
 地許方《じもとかた》の者が二三人、鹿之助を取巻いてすぐに衣服を脱がせ、締込の新しいのを選んでさせる、
「醜名《しこな》を何としましょう」
と云われて、鹿之助は言下に、
「――下野《しもつけ》」
と答えた。
 白雲峰右衛門は土俵の上から見ていたが、躰こそすばらしいがまだ前髪の少年だから、取るまでもないという顔でにやにやしていた。鹿之助は支度が出来ると、五六度まで四股を踏んで躰を馴らし、行司の合図を待って土俵へ上った。
「東、白雲――西、飛入り下野」
 行司が高く呼上げる声に、群衆はどっと歓呼の声をあげた。
 土俵に上って、白雲峰右衛門と眼を見合せた刹那、鹿之助はながいこと抑えつけていた身内の力がむらむらと血管を衝いて湧きあがるのを感じた。堰を切られて奔流する万石の水にも似て凄じく、念《こころ》燃え肉跳る闘志――五体に溢れ漲って張裂けんばかり。
「――やっ」
と行司の引く軍配、立った。
 得意の突っ張をかけるつもりの峰右衛門、立った刹那に、鹿之助の巨躯が弾丸のごとく、だっ! と来たから、危く耐えて捲込もうとする、とたんに腰を落して、
「お――!」
と、突放す。足らなかった、残した白雲は巧みに廻りこんで、ずぶりと双差し、
「あっ! いけねえ」
「怪童丸、振れ、振れ、振っちまえ」
 どっと湧上る喚声。白雲は満身の力をふるって、鹿之助を土俵際まで持って行った。
「若様――あ」
 きいんと響く女の声、「お絹が見ていますよ――う!」
 鹿之助は踏止まった、
「うむ!」
 もうひと押しと見せて、白雲が突然――腹櫓にかけようとする、のっけへ、鹿之助足をひきざま、双差しになっている白雲の両腕を、ぐいと閂に絞った、腕を返そうとしたが遅い、ぐいぐいと金剛力に絞られて堪らず腰が浮く、刹那、鹿之助は躰を開きざま、
「う――ん!」
とばかりに振った。
 廻ろうとしたが及ぶところではない、白雲は藁束のように飛んで西の力士溜りへ、だ――と転げ落ちた。
「わあ――っ」
と地をゆるがして起こる鬨の声、境内に詰めかけた何千という群衆は狂喜乱舞して、怒涛のように土俵際へ押寄せた。

[#8字下げ]二の一[#「二の一」は中見出し]

「鹿之助、父上がお召しだ」
 兄の左次馬《さじま》が来て呼んだ。
「――気分が悪いのですけれど……」
「一刻逃れをしても無駄だぞ」
 悄気《しょげ》ている弟を見て、兄は慰めるように云った、
「それより早く行ってお詑びをするがいい、今日はことの外のお怒りだから、決して口答えなどするな、どこまでもお詑びをするんだ、よいか」
「はい」
「左次馬も口添えをする、さあ――」
 鹿之助は仕方なく立上った。
 伊織は居間で煙草を喫《ふか》していた、酒も飲まず何の道楽もない伊織にとって、勤めから戻っての煙草だけが何よりの楽しみであった、しかし今宵は味を楽しむ余裕などはなく、ただ怒りを煙に托して発するようなものだった。
 鹿之助と左次馬が入って来る、じろりと見やった伊織は、
「左次馬、来てはならん」
と強く云った。
「はい、けれど私もお詑びを」
「ならん!」
 伊織は頭を振った、「今宵は口添え無用、さがっておれ、いてはならん」
「……は――」
 それを押してと云えぬ温和な左次馬は、眼顔で鹿之助に、飽くまで詑びるのだぞ、と知らせながら静かに部屋を去った。
 鹿之助は心細そうに片隅へ小さくなって坐る、伊織は音荒く煙管を置いて、
「鹿之助、近う寄れ」
と向直った。
「近う寄れと申すに」
「はい」
 鹿之助は恐る恐る膝行した。伊織はその面をじっと見戍っていたがやがて傍にある手文庫の中から、小さな紙包を取出してずいと鹿之助のほうへ押しやった、
「鹿之助、これは親子の縁を切る餞別じゃ、これを持ってどこへでも行け」
「父上様!」
「何も申すな」
 伊織はきっぱりときめつけた、「父も今となっては何も云わぬ、本来なれば斬るべきだが――亡き妻に免じて命だけは助けてやる。今宵のうちに当地を立去れ」
「父上様、お赦しくださいまし」
 鹿之助は平伏した、「鹿之助が恐うございました、以後は決して過を致しませぬ、きっと謹慎いたしますから、こんどだけはどうかお赦しくださいませ」
「今さらなにを云うか、この馬鹿者」
 伊織は嚇然と呶鳴った、「武士たる者は、己の為したことに対して責を負うのが当然だ。十六にもなって、過を犯し、ただ――相済まぬでことが納まると思うか、後になって詑びるくらいなら何故あんな馬鹿なことをする、奥平家御側頭を勤める者の子が、裸芸人同様の町相撲と、衆人の眼前で勝負を争うなどということをすれば、その結果がどうなるかぐらい分りきったことだ。それを今になって詑びるなど……己を辱める致し方と云うべきだぞ」
 鹿之助は腕で眼をこすった。
「立て!」
 伊織は静かに云う、「一時の怒りや威しで勘当などをする父と思うと間違いだぞ、親類縁辺へも断りの状が廻してある、誰を頼んで詑びようなどという未練がましい振舞をすると、その時こそ座は立たせぬから覚えておれ」
 鹿之助はせきあげる涙を、腕でとすりこすり頭をあげた。
 己の為したことに責を負え! 父の一言は又なき重さで渠《かれ》の心を圧しつけた。そうだ、おれはすでに戒を破ったのだ、その責任は自分で負わねばならぬ。
「何をめそめそしているか」
 伊織はぐいと起った、「そちも子供ではないぞ、父の言葉が分ったら立て!」
「――はい」
 鹿之助は両手をついて、「では……父上様、仰せに従って立退きますが、父上様の子として恥かしくない者になったら、御勘当をお許しくださいませ」
「たわ言を申すな、親子の縁を切ったからには他人だ、名を挙げようと乞食《かたい》になろうと知ったことではない、行け」
 獅子は子を産んで三日、谷底に蹴落して力を試ると云う――伊織の胸に、ふいっとその言葉が泛《うか》んできた。いま自分の忿りの中に、果してそれだけの大慈悲があるかどうかは不知《しらず》。日頃から、こいつは小宇都宮に跼蹐《きょくせき》して、果つべき人間でないと考えていたのは事実であった。こいつはどこへ突出ても伸上る奴だ! 男親として我子にこれだけの頼みのもてる心強さを――今ほど生々と感じたことはない、
「再び顔を見せるな」
 そう云って伊織は部屋を出て行った。次の間から、兄が来ようとするのであろう。
「ならん、行ってはならん!」
と父の遮る声が聞える、「勘当すればそのほうにも弟ではない、捨て置け!」
 鹿之助はぽろぽろ涙をこぼしながら、投出されてあった金包には眼もくれず、一度自分の部屋へ戻って大剣を取ると、逃げるように家をとび出した。
 鹿之助は自殺する覚悟であった。
「母様の墓前で腹を切ろう」
 そう思いつめたのだ。
 体こそ巨《おお》きく、力こそ衆にすぐれていたが、生来のんびりと育ってきた鹿之助には、父に突放されてみるとやはり十六歳だけの思案しかなかったのである。武士が責任を取る――といえば割腹することだ、少年鹿之助にはそう思うだけが精一杯であった。
 初更の屋敷町を急ぎ足にぬけて、菩提寺の墓地へ入って行った渠は、やがて母の墓前へ来ると、躊躇なく端座して肌を寛げた。
「――母上、お側へ参ります」
 訴えるように去って差添を抜く――ふっと面《かお》をあげると十六夜《いざよい》の月が冴えかえった光をなげている。母様が迎えに来てくだすった……そう思えた。鹿之助は月を見上げたまま、微笑しながら左手でぐいと下腹を撫でた。

[#8字下げ]二の二[#「二の二」は中見出し]

「あっ、あなたは――?」
「埜田八十吉だ」
「じゃあ手紙をよこしたのは」
「いかにもおれさ、どっこい……逃げようとしたってそうはいかぬ」
 八十吉はぐいと腕を掴んだ、「鹿之助の名で遣れば必ず来る、そう思ったから偽手紙で釣りだしたのだ。ふっふふ、小鼬が逆に化されたという図さ」
「どうしようというの」
「まあ落着け、少し話がある」
 小鼬のお絹はちらと四辺《あたり》を見た。
 木間がくれに月はあるが、初更にちかい菩提寺の墓地だ、人の来るはずはなし庫裡へも遠い、――さすがに人を人と思わぬお絹が、掴まれた腕を伝わってくる八十吉の荒々しい力に、のっぴきならぬ場合を感じて我知らず色を変える、八十吉は勝誇った調子で、
「このあいだは怪童丸とひどく仲の良いところを見せつけたなお絹――それから、よくもおれの讒訴を披露してくれた」
「い、痛っ……」
「貴様でも痛いことが分るか」
「乱暴な、放してください」
「動くなよ、放していい時がくれば放してやる。温和しくおれの云うことを聞いていろ。だいたい貴様は素性も知れぬ卑しい身分のくせに悪くのさばり過るぞ、大番組埜田甚右衛門の子ともあるおれが、格別に眼をかけているのを有難いとも思わず、あんな化物同様な怪童丸などにべたつくばかりか、つまらぬことまでしゃべりたてておれに耻辱を与えるなどとは以ての外の奴だ。あんなことを曝きたてられた以上は、もう――意地でも貴様をおれの物にしなければならぬ、今夜こそ泣いても喚いても駄目だぞ」
 八十吉はのしかかるように云いながら、強く娘の体を引寄せた。お絹は反抗しなかった。八十吉は憎みとも愛情ともつかぬ、烈しい情熱が胸へつきあげてくるのを感じ、力を喪った柔かい娘の体をぐいぐい引緊めながら、
「どうだ、これでも逃げられるか、どうだ」
 上づった声で、喘ぐように、「おれは、貴様を殺してやろうとまで思切っているのだぞ、さあ逃げてみろ、どうだ」
と荒々しくお絹を揺り立てながら、大きな榧《かや》の幹へと押しつけた。
 お絹は黙っていた、眼を閉じ歯を喰しばってされるままになっていた。そして榧の幹へ背中を押しつけられたときである、張出ていた根に足をとられて、どうと倒れたとたんに、誰かが大声に、
「この馬鹿者!」
と喚くのが聞え、同時に八十吉の体が自分から離れて宙へ浮くのを感じた。
「あっ、貴様」
「馬鹿、馬鹿」
 平手打ちの激しい音がして、だだ! と体を揉合う気配、お絹が跳起きると同時に、ぽきりと骨の挫《お》れる音、
「あああ――」
 痙攣るような悲鳴とともに八十吉が倒れる、相手はがっしりと仁王立ちになった、月の光に見ると思いもかけぬ鹿之助だから、お絹は弾かれたように駈寄って、
「わ、若様――!」
と縋りつく、鹿之助はそれを押退けて、
「やい八十吉」
と倒れている八十吉へ喚いた、「貴様耻ということを知れよ。おれの云う言はこの一言しかない、いま挫いた腕の骨が痛む限り、おれの言葉を忘れるな」
「斬れ、斬って行け」
 八十吉は苦痛を耐えて叫んだ。
「馬鹿な、貴様のような卑しい奴を斬る剣は持たぬ、口惜しかったら自分で死ね」
 云い捨てて鹿之助は大股に立った。
 お絹は小走りに追いついたが、鹿之助は見向きもせず元の場所、――母の墓前へ戻った、まさに割腹しようとしていたところを、思わぬ出来事のために遮られて、張詰めた気持はすっかり外れてしまった。
「若様、どうしてこんな所へ来ておいでになりましたの」
「うるさい、あっちへ行け」
「あら!」
 鹿之助が墓前に置いた差添を拾いあげるのを見て、それから寛げた衿のあいだに逞しい腹が覗いているのに気付くと、お絹の敏い勘はすぐに事情を察した。
「若様は、お腹を召しにいらしたのね」
「馬鹿! 行けと云うのに」
「何故そんなにお怒りなさいますの?」
「当りまえだ」
 鹿之助は手早く衿を掻合せて、「貴様は、偽手紙で誘《おび》き出されたそうだが大体鹿之助ともある者が、夜陰の墓地へ女を誘い出すような男だと思っていたのか、馬鹿者! 八十吉も卑しい奴だが貴様も底の知れぬ馬鹿者だ、貴様のような女は騙されるのを待っているようなものだ、行け!」
「行きません」
 お絹はきらきらと眼を光らせた、「若様はお腹を召しにいらしったんです。八幡祭りで白雲峰右衛門と相撲を取ったことが知れて、それで御切腹なさるのでしょう?」
「それを貴様の知ったことか」
「お絹は馬鹿です、若様の名で来た偽手紙を、疑ってみる余裕《ゆとり》もないほど……馬鹿です、でもあたしが騙されて来たお蔭で、若様のお生命をお助けすることができました、お絹はお側を離れません、どこまでも御切腹の邪魔をして差上げます」
「おれは腹など切りに来たのではない」
「ではお帰り遊ばせ」
「そんなことの指図を受けるか」
 鹿之助は事実もう自害の決心を喪っていたのである。八十吉の腕の骨の折れる音が、掌《たなごころ》から頭の心へ伝わってきた刹那に、何とも云いようのない力が、腹の底から湧上ってくるのを感じたのだ。勝つことの快感は人に生きる悦びを与える――鹿之助には、切腹することよりも外に、もっと立派な、もっと武士らしい責任の負いかたと生きかたが有るように思えてきたのである。
 鹿之助は乱れた衣服を正すと、今はもう宇都宮藩士山内伊織の二男でなく、一人の牢人山内鹿之助としての新しい大望へ向って、力強い一歩一歩を踏出して行った。

[#8字下げ]三の一[#「三の一」は中見出し]

 天正十八年、徳川家康が入国して以来四十余年、江戸はまだ微々たる一城市に過ぎなかったが、寛永十一年に至って譜代大名の妻子を江戸に置くことが決定し、次いで十二年、参覲交代の制が成って外様諸大名もまたその家族を移すに及び、市中はにわかに活気を呈し始めた、諸侯の邸宅は境を接して新築され、従って入府する諸家士藩臣またその数を知らず、同じく十三年江戸城惣郭造営のこと成るや、諸匠人工商家の発達も驚くばかり、市域は延び街巷は整い、ここにまったく将軍家お膝下としての大江戸が現出するに至ったのである。
 さてここにおいて、もっとも注目すべきは町人階級の勃興である。元来、関東は生産物の少ない新開の地であったところへ、政治の枢軸たる幕府の権勢確立とともに、江戸市中は三百諸侯はじめ消費階級たる武士たちの数が激増し、さながら一大消費都市と化したから、各地より物資移入の必要を生じ、為に商業の発展はいうまでもなく、貨幣制度の改革、一株市場、金融機関の進出等、諸商家および御用商人はめざましくその勢力を伸暢しはじめた。
 しばらくして町人階級の生活力は次第に根を張って行ったが、当時の思想は依然として士農工商の順序が厳格に固守され、商人たちは常に武士階級からの圧迫を甘受しなければならなかった。そこで――豊かな財力を擁した彼等は、対抗上ことに力の代行者を必要とするに至ったのである、いうまでもなく、それは男伊達《おとこだて》という存在であった。
 男伊達、いうところの侠客なる存在が生じたのは、勿論その外にも多くの理由をもっているが、一般町人階級や富商達が武士の権力に対する己の代弁者として、彼等に依拠し、これを庇護したところに、彼等の存在が社会的意義をもちきたったことは否めない事実であろう。かくして寛永から正保へかけて、男伊達の輩出するもの踵を接し、なかにも夢《ゆめ》の市郎兵衛《いちろべえ》、放駒四郎兵衛《はなれごましろべえ》、幡随院長兵衛《ばんずいいんちょうべえ》、鐘《かね》の弥左衛門《やざえもん》、深見重左衛門《ふかみじゅうざえもん》等は、その巨擘《きょはく》として知られていた。――ところで、それと同時にもう一つ注意すべきことは、市中に於ける牢人群の汎濫である。大坂の役から僅々二十年ほどしか経っていなかったが、同役において主家を失った人々の多く、それ以後に徳川幕府の政策の犠牲となって取潰された諸大名の家臣等など、扶持を放れた牢人の群が、出世の途を求めて続々と江戸へ入込んでくるのだ。しかし、既に泰平の機運動かすべくもない時で、諸侯はこれ等を召抱える必要がなかったし、たとえ特殊の人物がたまたま仕官に有りついたとしても、その数は実に微々たるものであって、大多数の牢人群は将来の希望もなく巷間に窮乏の日を送る状態だった。
 富を擁して次第に社会的位置を高めつつある商人、階級的権力を以てこれに対峙する武士、両者のあいだに新しい地歩を占めつつある侠客、そして光明を喪った多くの牢人群……繁昌を誇る大江戸の坩堝《るつぼ》には、これらの要素が渦をなして相|鬩《せめ》いでいた。
 故郷宇都宮を出た山内鹿之助が、胸中に大望をいだいて、乗込んで来たとき、江戸の情勢はおよそ右に述べたような有様だったのである。

[#8字下げ]三の二[#「三の二」は中見出し]

「これへ出ろ、出ろと申すに、町人」
 めっきり秋の風情を増してきた向島|木母寺《ぼくもじ》の森のそとは、今宵十七夜の月を待つ人たちで賑わっていた。墨田の流れを前にした草地へ、思い思いに毛氈《もうせん》を敷き、酒や弁当をとりひろげて、まだ黄昏というのに早くも絃歌のさざめきさえ起っている――その中で、有福な商家の者と見える七八人の一団が、妓《おんな》交りにひときわ浮かれているところへ、通りかかった一人の牢人者が威猛高に罵りかかったものである。
 それ始まったと四方から集まって来て、遠巻きにする群衆を後眼に、牢人者は大剣を左手にひきそばめながら、
「牢人たりとも麻田邑右衛門《あざだむらえもん》、町人ごときに酒をうち掛けられては武士の面目が立たん、これへ出ろ、ぶち斬ってくれる」
「どうぞ御勘弁ください、御覧のとおりみんな酔っておりますので、お通りかかりとも存じませずつい盃の酒をあけましたので、まったく粗忽でございますどうぞ平に…」
「ならん、粗忽で済むことと済まぬこととある、成上り者の黄白に染んだ酒で大剣を穢されたからは、その穢れを洗う法は一つしかない、えい出ろと申すに」
 年は三十二三にもなろうか、色|蒼白《あおざ》め、鬢髮伸び、垢染みた縞の帷子《かたびら》によれよれの袴、見るからに落魄した風俗である。――縮みあがっていた七八名の中で、年配の男がようやく牢人者の目的を察したらしい、手早く紙入れを取出して幾許《いくら》かの金を包むと、
「誠に御無礼なことを申上げるようではございますが、手前どもの過ちで御差料をお汚し申しましたことは、何とも申訳ございませんが。如何でございましょうか、甚だ礼儀知らずな言分ではございますが、お汚し申した御差料をお拵え直して頂くとして……」
と金包を差出そうとする。
「そのほうは、何だ?」
 浪人が喚いた時である。
「待たれい」
と叫んで、遠巻にした群衆の中から、ずいとそれへ立現われた者がある。――牢人者が振返って見ると、埃だらけの衣服に草鞋《わらじ》ばき五尺七八寸あろうという逞しい体で、まだ前髪のある男が近寄って来た。いうまでもなく、山内鹿之助である。
「待てとは、何だ」
「仔細はあれで拝見仕った。失礼ながら町人どもはあのように詑びておる。過ちは誰にもあること、もういい加減に赦しておやりなさい」
「黙れこいつ、見ればまだ前髪のある分際で、要らぬことに口出しをするな、すっ込んでおらぬと貴様も唯はおかぬぞ」
「面白い――」
 鹿之助は一歩出た「せっかくこうして止めに入った以上、このほうも黙ってそうかと引込むつもりはない、唯はおかぬというとどうするのか」
「望みとあらば思知らせてくれよう、いざとなって逃げるなよ」
「果合か――」
 牢人が柄へ手をかけるのと、鹿之助が二三間とび退くのと同時だった。
 この問答のあいだに、肝心の商人たちは素早く道具を片付けて、こそこそと何処かへ逃げてしまったが、二人はそんなことに気付く暇もなく、互いに大剣を抜いて相対した。――鹿之助は臍緒《ほぞのお》切って初めての真剣勝負だったが、いちど母の墓前で割腹しようとした時、死に直面した一種の境地を味わっているので、気のあがっている割には神の鎮澄を感ずることができた。
 相手は剣を中段にとって、なにをこの小伜と云わんばかりに、
「えい、え――い!」
 声をかけながら、ずいと一二歩すすみ出た。鹿之助は応えずに、中段の剣をそのまま上段へすり上げる、――圧倒するような呼吸、
「えい――ッ」
 喚きざま斬下した。刹那!
「あっ」
と云って牢人は、きりきり舞いをしながら二三間とび退く、鹿之助が踏込むのを、慌てて手を振りながら遮った。
「ま、待て、待て」
「待てとは――」
「待ってくれ、貴公…本当に拙者を斬るつもりか」
 牢人は痩せた手を前へ差出して、及腰になりながらせいせい[#「せいせい」に傍点]息をついている。鹿之助は拍子ぬけがして剣をおろした。
「本当だとも、冗談に剣は抜かぬ」
「驚いた男だ、こんなことでそうむやみに斬られて堪るものではない、まあとにかくその剣を納めてくれ」
 牢人は冷汗を※[#「さんずい+参」、第4水準2-78-61]ませながら自分の剣を納めると、群衆のほうへ振返って、
「こやつら、見世物ではないぞ――!」
と喚いた。――吃驚してわあっと散る群衆のかなた、遠野に霞む森の上へ、鈍い色の月がいつかのっとさし覗いていた。

[#8字下げ]三の三[#「三の三」は中見出し]

 すっかり暮れた堤の上を、鹿之助は牢人麻田邑右衛門と肩を並べて歩いていた。
「食えないからだ」
 邑右衛門が云った、「牢人はみんな食うにすらこと欠いているのだ」
「しかし、いくら食えないからとはいえ、あれではまるで押借、強請《ゆすり》の類ではありませんか」
「その外に方法があるか、――あいつらの懐中《ふところ》は狡猾な商法で貯めこんだ不浄の金でふくれているのだ、我々が生命を投出して戦場に働き、世を泰平にしてやったからこそ、あいつらは安閑と金儲けができるのではないか。それをみろ……やつらは町人の分際で妓を伴れ、美酒に喰い酔って騒ぎおるのに、この邑右衛門は今日で二日も飯を喰べていないのだ」
 鹿之助はごくりと喉を鳴らせた。彼もまた昨日の早朝宇都宮を立って以来、水を飲み飲み一粒の食も採らずここまで来たのである。
「高が一両や二両、やつらにすれば妓の塵紙代にくれてやる金であろうが拙者にとっては六七十日を支えることができる――それがもう少しで手に入るところを、貴公の邪魔ですっかりめちゃめちゃになってしまった」
「それにしても、あんなことまでして生きなければならぬとは、どうしても合点が参りませぬ」
「貴公は知らぬからだ」
 邑右衛門は力の抜けた下腹をぐっと息ませて、「どんなに落魄したって武士は武士だ、町人を威して僅な金にするなどということを恥じぬやつはない、だが、その外にどうしたらいいかい、物心つく頃から兵法と切腹の仕方だけしか知らぬ我等、扶持を放れてどう生きる?――何をしたらいいのかい、食わずに死んでしまえとでも云うのか」
「そう仰せられずとも、この広い江戸に出世の緒口の一つや二つ無いはずは」
「そんなことは夢だ」
 邑右衛門は嘲るように遮った、「すでに百年泰平の基礎は定っている、加藤、福島などという大所が除封されても、もはや一人として徳川に反抗する者は無い、――城壁の石ひとつ直してもすぐ幕府の監察に睨まれ、逆意ありなどと云われる状態で、誰が迂濶に牢人者などを召抱えるか」
 鹿之助は絶望を感じ始めた。
 江戸へ出れば出世の途《みち》はごろごろ転がっていると、思って来たのだ。将軍家のお膝下で三百諸侯の邸宅があり、一世の繁昌を※[#「言+区」、第4水準2-88-54]歌すると聞いていた江戸だ、才能さえあればどんな立身の緒口にもありつけると信じて来たのに、これはまた何ということであろう――こんなことなら母の墓前で割腹するほうがよかった。鹿之助は思わず心の内に歎息した。
「ところで貴公」
 邑右衛門はふと蒼い顔を振り向けて、「見たところまだお若いようだが、江戸勤番の御家中かそれとも――」
「牢人でございます」
「なに牢人、ほう貴公も……」
「実は父に勘当されまして、一度は切腹するつもりだったのですが、思いかえして出府する気になったのです」
「江戸にはお身寄りでもお有りか」
「ございません」
 麻田邑右衛門は眉をひそめた。――この時、二人の行手に人声と唄うのが聞え、七八人の巨きな男伴れが近寄って来たので、こちらは道を端へ避けなければならなかった。
[#ここから折り返して2字下げ]
「――ひとくち茄子を置いてきた
  いんやさ、ひとくち茄子に紅のついたを置いてきた」
「――やんれどこへおいてきた」
「――よんべの船宿へとんと忘れた
  可蔵《べくぞう》ちえだす分別は」
「ねいねい、ねっからないないおんじゃりもうさないよさ」
「――とかく恋路は気がもめる……」
[#ここで字下げ終わり]
 やんやと唄い囃しながら通り過ぎるのを見ると、いずれも六尺豊かな巨躯に一本刀、肉瘤の盛上った肩で風をきらんばかりの伊達者であった。鹿之助は暫く見送っていたが、
「あれは何者ですか」
と訊いた。
「新規お許しになった寄合部屋の相撲だ、この辺を歩いているところをみると、恐らく深見重左衛門《ふかみじゅうざえもん》の部屋の者であろう」
「はあ。して寄合部屋の相撲とはどういう者のことでございますか」
「まあいい」
 邑右衛門は興も無さそうに、「そんなことは追々と分るさ。それより貴公、腹がへっているのではないか」
「実は私も昨日から一度も喰べませぬ」
「昨日からというと、では――貴公も懐中は空だな?」
 邑右衛門は気の毒なほどがっかりして、さも忌々《いまいま》しげに舌打をしながら呟いた。
「ああ、せめておれも体さえあったら、寄合部屋へ転げこんで相撲にでもなろうものを」

[#8字下げ]四の一[#「四の一」は中見出し]

 その建物は正しく廃寺であった。
 江戸の繁昌も浅草寺までの賑いで、浄明院の数から北は見渡すかぎりの田圃、処々に雑木林を取廻した農家が点々とあるくらいのものだ。後に新吉原の遊女街ができた辺は、まだ山谷堀の水が広く沼地を造っていて、一年中じくじくと湿った葭原に過ぎなかったのである。――牢人麻田邑右衛門が鹿之助を案内して来たのは、その葭原を前にした千束村の数の中で、そこには藁葺《わらぶき》の朽ち屋根に軒も傾き、羽目板の剥げたところから裸壁の覗いているという、実にみじめなくらい廃朽した一棟の家があった。恐らく小さな庵寺の跡であろう、軒先には縁彫りのある扁額が掲げてあるし、脇手の薮の中には卒塔婆と思える板片の腐ったのが投出されてあった。
 邑右衛門と鹿之助がその薮の中へ入って行った時、荒果てた前庭で一人の牢人者が、地面に穴を掘って造った釜戸で大鍋を焚きつけていた。
「唯今戻った――」
 邑右衛門が声をかけると、相手は、痩せて鋭くなった顔を振向けて、
「やあ」
と答えた。半面に焚火の光を受けてまざ[#「まざ」に傍点]と闇の中に浮出た男の顔は、まるで地獄から這いあがって来た幽鬼のように凄く見えた。
「何かうまいことがあったかよ」
「草臥《くたび》れだけを儲けて来た、おまけに同志を一人拾っての」
「うむ――?」
 男は眼を剥いて鹿之助を睨んだ。邑右衛門は鼻をひくひくさせながら鍋を覗きこんだ、
「今夜は何か食えるのか」
「銕兵衛《てつべえ》が粟をまかない[#「まかない」に傍点]おった、それに拙者が沼で野鶏を捕ってきたからいま粟鶏粥と洒落ているところだ――客人、まあ上へおあがりなさい」
「は、かたじけのう……」
 鹿之助は叮嚀に小腰を跼めた。
 元の庫裡と思われる所は壊れていたが、本堂のほうは破れた床板の上に古畳が四五帖あって、どこから拾ってきたか、古ぼけた短檠《たんけい》が一基、鈍く光を放っている。そしてその光のなかに三四人の牢人たちが、寝転んだまま声高に何か話していたが、邑右衛門の鞏音《あしおと》を聞いて振返った。
「やあ但馬守帰城だな」
「何かうまいことがあったか」
 訊くことは同じだった。
「うまいことか?」
 邑右衛門はどっかと座って、「うまいことはあった、少なく見積っても五両がとこ……」
「え? 五両、ほ、本当か」
 みんな一度にはね起きた。
「まあ急くなよ」
 邑右衛門はにやっとして「正に五両がところ手に入ろうとしたのだがな――駄目だった」
「なに駄目だ。おい、あんまり罪な冗談を云うな、おれの胃腑は口までとび出してきたぞ」
「ちょうどいい、そいつをここへ出さんか、みんなで煮て喰べてやろうじゃないか、胃腑は腹の薬というぞ」
「馬鹿を、熊の胃ではあるまいし」
 力の無い声でひと笑い鎮まると、邑右衛門は向島の件を話して鹿之助を皆に引合せた。椙井銕兵衛《すぎいてつべえ》、太田亮介《おおたりょうすけ》、鈴木基左衛門《すずききざえもん》、島田靱負《しまだゆきえ》というのがそこにいる牢人たちで、庭で粥を炊いているのが鯖島弾市《ざばじまだんいち》という福島牢人だということを鹿之助は知った。
「鯖島は明日愛宕山へ行くそうだ」
 太田亮介がやがて気の無い声で云った。
「愛宕に何かあるのか」
「例年の奉納仕合さ、それが今年からとびいり[#「とびいり」に傍点]勝手となったそうだ、うまく勝越すことができれば殊によると出世の口にありつけるかも知れぬ」
「冗談じゃない」
 邑右衛門は膝をついて寝転んだまま「奉納仕合の宰領は小野次郎右衛門《おのじろうえもん》がするくらいで、旗本の腕利き、諸侯の家中から選抜きの達者が集まって来るのだ、我々痩せ牢人が出たところで、まあ片輪にされて帰るのが落だろう」
「片輪になれば乞食で食へるさ」
 基左衛門が嘲るように口を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28]んだ。
「我々ならそうかも知れぬが、鯖島は案外やるかも知れぬぞ、彼の諏訪派は相当なものだと思う、――なあ鈴木」
「あの犬を斬った手際か?」
 再び虚ろな笑いがひろがった。そして、それが鎮まると基左衛門が、溜息をつくように呟いた。
「あの犬は旨《うま》かった」
「犬か。武士も犬を食うようになっては終いだ」
 銕兵衛が泣くような声でいて、どたりと仰向に身を倒した。
 鹿之助の十六歳の神経は、この惨澹たる世路艱難《せろかんなん》の相に圧倒されて、身動きのならぬ絶望を感じ、溺れる者のような息苦しさに責められるのであった。――そこへ、鯖島弾市が大鍋を運んで来た。

[#8字下げ]四の二[#「四の二」は中見出し]

 まだ明けきらぬ空を、隅田川のほうから一羽の鵜《う》が浅草寺のほうへ向って飛過ぎていった。
 鯖島弾市は古井戸で身を潔め、ゆうべの残り粥で腹を拵えると、まだみんな眠りこけているあいだに身支度をして廃寺を出た。葦の茂っている沼地には濃い乳色の朝霧がたち靄《こ》め、行々子《よしきり》の声が遠く近くしはじめている。
「――お待ちください」
 うしろから呼ばれて振返ると、大剣を腰へ差しながら山内鹿之助が追って来た。
「どこへ行かれる」
「御一緒に参りたいのです」
 弾市は不審そうに見やって、
「一緒に行くと云って、拙者の行先を知っているのか」
「愛宕山へおいでなさるのでしょう」
「しかし遊山ではないぞ」
「奉納試合のことを伺ったのです。私もぜひお伴れください」
 弾市は苦笑した。
「というと貴公も試合に出るつもりか」
「やってみたいと思います」
「止したほうがいいな……」
「何故ですか」
 弾市は答えずに歩きだした。
 鹿之助は黙って跟《つ》いて行きながら、鯖島弾市の横顔を見た。廃寺のなかに逼塞している牢人たちは、いずれも生きる望を喪って、その日その日の飢を凌ぐことしか考えず、一椀の食のためにはどんな浅猿《あさま》しいことをも辞さぬまでに落魄していた。――その中にあって独り鯖島弾市だけは、どこかにまだ情熱の燻りをもっているかに見える。痩せた頬、落窪んだ鋭い眼、肉付の悪いかさかさに乾いた手足、どこを取ってみても敗残の哀しい姿ではあったが、つきあげた肩つきや身構えにはまだ負けぬ気の閃きがみえ、ことに今朝は髪を結いあげているせいもあるが、憔悴した相貌が一種の凄気をさえ帯びていた。
「――どうしても行く気か」
 暫くして弾市が云った。
「お伴れくださらなければ独りでも参ります」
「伴れて行かぬとは云わぬ、だが――帰りは独りになるぞ」
「――貴方は帰らぬのですか」
「帰るとしても、死体になってのことだ」
「……?」
 鹿之助が驚いてかえり見ると、弾市は引結んだ唇を歪めて微かに笑っていた。
「今日の試合には江戸中の達者が集る、旗本の乱暴者も来る、なまなかの腕で勝てる訳のものではない、――それに、今年から牢人のとびいりを許すということには、別に少し仔細があるのだ」
「腕の優れた者を取立てるという……」
「表向はそういうが、本当のところはまるで違う、底を割っていえば要するに牢人狩りなのだ」
「牢人狩り――といいますと?」
「これ以上江戸に牢人者が殖えてはならぬのだ、現在でさえ幕府は困っている、巷に溢れている牢人たちはいずれも大志を懐きながら食うにこと欠き、才能のある無しに拘らず将来の希望も無く、満々たる不平に胸を焦しているのだ。もうひと息、ほんのもうひと息窮迫すれば、この不平がどう爆発するかも知れぬ」
 鹿之助はごくりと唾をのんだ。
「現在でさえこの有様なのに、これ以上牢人者が殖えたらどうなる。――幕府の政治は、今や徳川家千年の礎を固めるために、大藩の取潰し、諸侯の勢力削減を計ることは必至だ。順って牢人者は殖える一方なのだ、そしてこれらの牢人たちが、出世の緒口を求めて江戸へ来るのも当然な帰結だ。ここに幕府の自縄自縛がある……政治の上から歇《やむ》を得ずして牢人をつくりながら、その牢人をどうするかということには方策がない、しかも殖える一方の牢人たちは、これ以上捨ててはおけぬ危険を孕みつつある――貴公は家光の牢人狩りを聞いたことがあるか」
「存じませんが――家光とは?」
「将軍家光だ」
 弾市の眼がきらりと光った。
「二年ほど前のことだが、家光は小野次郎右衛門《おのじろうえもん》とその腕利きの門弟両三名を供に、夜中城を出て牢人者を斬って歩いた」
「――それは、本当ですか」
「小野の道場に通っている者から聞いたのだが、事実その当時しばしば牢人者が辻斬に遭って屍を曝していた、次郎右衛門が介添をして家光が斬ったのだ。――牢人ども、うろうろしているとこの通りだぞと、云わんばかりの遣り方であった」
 鹿之助にはさすがに信じられなかった。如何になんでも少し穿ちすぎた話である、牢人を脅すという意味は分らなくもないが、将軍自ら手を下す必要があるであろうか。
「今日の試合にも同じ意味があるのだ」
 弾市は静かに続けた。
「とびいり[#「とびいり」に傍点]勝手と云えば、世に出る機会を狙っている牢人たちが集まるのは知れている、そこでこれを取詰めて厳しく立合わせ、あわよくば打殺すか、少なくとも片輪にしてやろうという底意がある。いや、ただ底意があるというばかりではない、現に次郎右衛門は腹心の門弟たちに旨を含めたということだ」
「どうしても私には信じられませぬが」
「そうかも知れぬ」
 弾市は自嘲するように首を振った。
「年も若く、世間の機構《からくり》にも疎い貴公には、こんなに凄じい話は信じられぬかも知れぬ。だが……時勢はこうなのだ、そしてやがて貴公にもそれの分る時が来るだろう」
「では貴方は、それを承知の上で試合に出ようとおっしゃるのですか」
「拙者はもう生きることに飽きた、武士の誇どころか人間の誇さえ持つことができず、蛙や犬を殺して食い、落穂を盗んだ雑炊に飢を偽わって何のために生きて行くのか――もう沢山だ、せめて最期だけは武士らしく死にたいと思う」
 弾市の声には言葉とは逆な、一種の明るい力さえ籠っていた。――朝霧はいつか薄れて、ようやく動きはじめた街巷《ちまた》の上に、強い朝の日ざしが縞をなして輝きだした。
「それでも一緒に来るか」
「参ります」
 鹿之助は期するところあるごとく答えた「そして、私も試合に加わります」

[#8字下げ]四の三[#「四の三」は中見出し]

 坂の登口に幕張りの番所があって、五六名の武士が控えていた、とびいり試合を願出る牢人たちの姓名を書留めるのだ。弾市と鹿之助が着いた時にはすでに三十人ばかり来て番所の前に並んでいた。若いのでも二十四五、多くは三十歳左右の者で、中に六十近くの老人が一人いた。鹿之助はこの老人が姓名を尋ねられた時、
「もと加藤肥後守の牢人|多々羅六右衛門《たたらろくえもん》」
と答えるのを聞いた。
 鹿之助の番になった時、書き役の武士は筆を控えてじろりと見上げた。前髪のあるのを見て不審に思ったらしい。
「とびいり試合をお望みか」
「はい」
「何歳になられる」
「十六歳になります」
 書き役は改めて鹿之助の体を見上げ見下していたが、
「今日の試合は烈しいから、命を落すかも知れぬし手足を打折られるかも知れぬ、まだ年少のそのもとなどは控えたほうがいいと思うが」
「武術の試合を望むからには、素より命は惜みませぬ、打殺されたら屍は野にお捨てください」
 鹿之助の張のある声を聞いて、隣にいた中老の書き役が振返った。
「良い覚悟じゃの、しかしそのくらい立派な体があるなら、何もわざと危険な火を浴びるより、寄合部屋へでも入ったらよかろうが、考え直してはどうかの」
「そうだ、この体なら立派に大関相撲になれるのう」
 鹿之助は黙っていた。
 番所を通過ぎて女坂を登ると、愛宕神社の境内に広く幕をうち廻してあり、中ではすでに奉納試合が行われていた。これは未明から始まるので、もう番数も余程進んでいるらしく、済んだ人たちは武者溜に屯《たむろ》をなして見物していた。
「小野先生はどこにいるのですか」
「あすこの牀几《しょうぎ》にかけている五人の真中にいる老人がそうだ」
 筵を敷いた控溜から伸上るようにして見ると、幕を絞った上座に五人の武士が検分をしていて、その中に鬢髪の半白な、痩形で肩幅の広い老人が右手に自然木の杖を持って、じっと試合の様子を見戍っていた。
「あの左手に並んでいるのが旗本組で、白帷子を着て肱を張っている男が水野十郎左衛門《みずのじゅうろうざえもん》だ。近藤登之助《こんどうのぼりのすけ》、阿部播磨《あべはりま》、長坂《ながさか》、渡辺《わたなべ》などという連中もいるのだろうが顔を知らぬ――それから右手に並んでいるのが諸侯の家士。町道場の剣士は向うにいる」
 弾市の言葉を聞きながら、鹿之助はいつか身内に強い力の盛上ってくるのを感じていた。
 当代の剣の高峰、小野次郎右衛門をはじめ旗本の諸豪、名だたる剣士がとこに集まっているのだ。武道を志す者にとってこれ以上晴れの場所はない、たとえ手足を折られようと、また武運拙く落命して果てようとも、この場所でなら悔むところはない、
「存分に働いてみせるぞ」
 鹿之助はひそかに頷いた。
 それから半刻ほどすると、ようやく、とびいり試合が始まった。いままでは袋竹刀であったのに今度は木剣である、立合は同時にふた組ずつで、相手には次郎右衛門の高弟たちが当り、また町剣士の達者のうちから選ったのも出された。
 弾市の話を聞いて、半信半疑ながらもその烈しさを覚悟していた鹿之助は、しかし――第一番の試合を見て予想以上なのに愕いた。
 一番に出た二人の牢人の内、東側の一人はほとんど木剣を構える暇もなかった。挨拶をして一歩さがろうとする、とたんに相手の体が躍ったと見ると、が! と頭蓋骨の砕ける音を立てながら、牢人は仰さまに顛倒した。――これを見た控溜の牢人たちは、はっと息をひき、思わず低く呻声をあげた。そして、同時に出た西側の者が脇胴へ猛烈な一撃を喰って、鼻口から血を吐きながら斃れた時……控溜にはさっと冷たい沈黙が流れ、居並んでいる者のどの顔もひき歪んで、凄じい妖気を孕むかに思われた。
「――次!」
 審判の呼ぶ声に、
「応!」
と答えて立ったのは、若い土佐牢人と鯖島弾市の二人であった。

[#8字下げ]四の四[#「四の四」は中見出し]

 鯖島弾市は手早く身支度をして――そのまま控溜を出ようとする、その様子はまったく落着を失っていた。鹿之助は思わず、
「鯖島さん!」
と叱りつけるように声をかけた。弾市はぎくりとしながら振返った。両眼が上ずっているし、顔色は蒼白め、木剣を握る手は微かに顫えている。駄目だ、鹿之助は心のなかで舌打をしたが、相手の眼を睨みつけながら、
「骨は私が拾います。存分に!」
と低い声で云った。
「うん……うん――なあに」
 弾市は唇を痙攣らせ、慌てて鹿之助の眼から外向くと己を唆しかけるように大きく肩を揺上げながら出て行った。
 あれではひと堪りもあるまい、鹿之助はそう思ってみていたが、しかし試合の場へ出ると弾市の様子は驚くほど変った。――相手は町剣士の中から選ばれた小野派の鳥井重兵衛《とりいじゅうべえ》という男であったが、互いに挨拶をして位取をすると、今まで憔悴していた弾市がにわかに大きくなって見え、殺気に充ちたその気合は、ぴん! と場内に響き透った。
「これは――やるぞ!」
 鹿之助は呟いて身を乗出した。
 鳥井重兵衛は一挙に勝を制するつもりであったらしい、呼吸を計っていたが、弾市が木剣を上段へすりあげる虚を衝いて、絶叫しながら真向へ打を入れた。弾市は大きく右へひらくと、相手に足を踏替る隙も与えず、
「えい――ッ」
 鋭く叫んで上段から面へ、猛烈な一撃を打下した。勝った! と鹿之助が伸上る、と同時に鳥井重兵衛の体がうしろへ二三間跳躍し、弾市は木剣を打下した体勢のまま、だだだと前へのめって烈しく倒れた。――どうしたのだ? 意外な結果に仰天する鹿之助の隣で、
「――卑怯!」
と喚いて立った者がある、見るとあの肥後牢人と名乗る老人多々羅六右衛門であった。老人が立上るのを見ると、警衛に当っていた若侍が二三名走って来て、
「何事だ、騒ぐと退場させるぞ」
と呶鳴った。
「黙れ、これが見※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]《みのが》しておけるか」
 老人は大音に喚きたてた「いまとびいりがた[#「とびいりがた」に傍点]の牢人が勝を取ると思われた時、手裏剣を打った者がある、こんな卑怯な」
「何を申すかこの老耄《おいぼれ》」
「けしからんことを云うと摘み出すぞ」
「おお摘み出されよう」
 老人は胸を叩いた。
「こんな卑怯な試合は当方から断りを入れる。かねてこのたびの試合は牢人狩りとか噂に聞いたが、将軍家お手直しをも勤める小野次郎左衛門が左様なことを構えるはずは無いと打消していた。しかし唯今見るところによると噂は事実だ。これは武術試合ではない、明らかに牢人狩りだ、牢人を犬のように打殺すための拵え勝負だ、――御同座の諸公」
 老人は控溜の牢人たちに振返って、骨張った拳を振廻しながら喚いた。
「いずれもお引取りなさい、いずれも……」
「引摺出せ」
 警衛の若侍たちはばらばらと多々羅老人を取詰めて、左右から腕を捻上げ、衿髪を掴んで控溜から引出した。
 鹿之助は、老人が、「手裏剣を打った」と云った刹那に、嚇然と胸へとみあげる忿怒を感じ、倒れている弾市の体を動かさず覓めていたが、やがて審判の者の合図で、二人の若侍が弾市を運去ろうとするのを見ると、
「――暫く」
と云って進み出た。
「その鯖島は私の知人でございます。私にお引渡し願います」
 審判の武士は振返ると、じろり鹿之助に一督をくれて、
「ならん、ならんぞ」
と冷やかに突っぱねた。
「何故いけないのですか、傷の様子も心許のう存じますし、宿へ伴帰って」
「その必要はない、渠は既に落命しておる」
 鹿之助はさすがに胸を刺された。
「……然し、それなれば尚のこと、私が死体を引取ってやりたいと存じます」
「ならんと申すに諄《くど》いぞ、この試合で落命した者は当方で始末をする定だ、親類縁者にも当方から知らせてやる、そのために生国姓名を書留めてあるのだ」
「お言葉ではござるが」
 鹿之助はぐいと出た。
「――唯今あの老人が申した一言にも不審がござります、正しく勝負に敗れたものなれば格別、万一にも余人の打った手裏剣で落命したというようなことなれば、同伴して参った者として一応――」
「黙れ、何を申すかとやつ」
 審判の者はだっ[#「だっ」に傍点]と鹿之助の胸を突いた。
「仮にも小野先生御宰領の奉納試合に、左様な疑いを※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28]むとは奇怪至極、出ろ、下手なことを申すとそのままにはおかぬぞ――、出て失せい」
 鹿之助はきゅっと唇を噛んだ。

[#8字下げ]五の一[#「五の一」は中見出し]

 葺屋町《ふきやちょう》の遊女街に燈が入った。
 後年浅草の吉原へ移って殷盛を極めたのに比べると、当時はまだほんの仮宅造りで、棟を割った長屋の軒先に掛け行燈《あんどん》も佗びしければ、妓たちの風俗も区々《まちまち》に貧しかった。
 昼の隠れ遊びには勤番の田舎侍も来たが、大抵は船夫や人足、または無頼の徒から良いほうで職人たちが客であった。――燈の入った屋内では、風呂からあがった妓たちが、窓際にあらわな肌を見せて化粧をしたり、三味線や唄の稽古をしたりしながら、忙しい宵の人通りに嬌声をなげかけていた。
 表通りからひと側裏に『大巴』という家がある、その奥座敷に昼から酒びたりになっているあまり風体のよくない三人の牢人者があった。どうしたことであろう、この三人はひと月まえに千束村の廃寺で見た連中で、太田亮介、椙井銕兵衛、麻田邑右衛門という顔触れである。
「おい安楽城主」
 邑右衛門が太田亮介の膝を叩いた。
「どしどし飲《や》れ、貴公いちばん元気がないではないか、さあ酒だ」
「もうならん、眼が舞う」
「ばかな、これしきで酔う奴があるか、久しく飢えていた酒だぞ、酔潰れて死んでも本望というところだ」
「誰だ死ぬなどと云う奴は」
 銕兵衛が首をぐらぐらさせて、毛脛をやけに叩きながら喚きたてた。
「拙者は死なんぞ、生きておればこそこの酒も呑める、妓も買える――のう但馬守、人間考えをひとつ変えれば、手を濡さずして歓楽は思いのままだ。ばかばかしい、田鶏と称して蛙を喰い、家猪と号して犬を屠り、落穂の粥を吸って乞食のように暮していたことを思うと、我ながら腹が立ってやり切れぬ」
「それでも我々はこうして、思いのままに酒を呑み妓を買えるようになったからいいが、白痴《こけ》の骨頂はあの鯖島弾市よ」
「うむ、あいつは可哀そうなことをした」
 銕兵衛はがくりと首を垂れて、「あいつは時勢を知らん、世の中を見る眼が無かった、だから犬を喰って生き犬のように打殺された、可哀そうな奴だが――馬鹿だ」
「可哀そうなのは弾市だけではない」
 太田亮介が悵然《ちょうぜん》と呟くように云った、
「我々三人だとて同様だ、お互いに立身出世して、あっぱれ父祖の名をあげようと誓っていたのが、今では博徒の走狗となって巷の汚穢にまみれている――人を脅し、女を掠め、悪業を尽して僅かな酒と色に己を偽っている……馬鹿さ、哀れさは弾市に劣ってはいない」
「また安楽城主の愚痴か、もうその泣言なら聞飽きているぞ。まあ呑め――貴様は酔わぬからそんな愚痴が出るのだ」
「そうだ、酔わなくてはいかん。聞けよ太田、人間はいつも自分に取って一番大事なことを考え、それを実行しなくては駄目だぞ、何が一番大事か?」
 銕兵衛がぐいと顎をしゃくった、「芸術か、誇りか、面目か――違う、そんなものは夢だぞ。たとえば貴公があと一刻のうちに死ぬと定ったらどうする、芸術を励むか? 面目を立てるか? 家名を挙げるか? ――ばかな。一刻後に死ぬ人間に何の芸術、何の家名だ。まず美酒を飽くほど呑み、珍味を腹の裂けるほど喰い、美女を擁して娯む……これが誰にとっても一番の望みだ。その他のことは虚栄だぞ、白昼の夢だぞ。百年の生命があると思えばこそ人間は徒に遠廻りをするが、一刻後に死ぬと定れば誰の考えもひとつの筈だ、――一刻後と十年後とどれだけの差がある、安楽城主……おい、貴様もっと腹を据える必要はないか」
 太田亮介は黙って俯向いていた。
「もういい、理屈は沢山だ」
 邑右衛門がうるさそうに手を振った。
「それより呑もう銕兵衛――や、いつの間にか妓どもがいなくなった」
「酒も無いぞ」
 邑右衛門は手を鳴らした。――不浄の金で遣いぶりは良いが人柄が悪いので、妓たちはともすると座を外すのである。
「お呼び――?」
 二十七八になる卑しげな妓が顔を出した。
「よう、妙な化物が現われたぞ」
 銕兵衛は酔眼を剥いて、「どこから蛹《わ》いて出た、貴様は? 鍋の尻へ米粉をなすったような面で妖奇な声を出すな」
「どうでもようござんす、御用は?」
「脹《ふく》れるなよ、世の中に女種の尽きる時が来れば、それでも通用するには違いない、安心して酒を持ってこい」
 妓はなにをこの蛆虫が――という顔で、返辞もせずに立とうとするのを、
「待て待て、酒も急ぐが妓どもの消えたのもけしからんぞ、妓どもを呼べ」
「今みんな支度を直しているところですよ」
「過ぎた相手だと思って精々|粧《つく》るか、よかろう、――おっと、それなら別に註文がある、さっき酒を運んで来た小娘、あれに酌をさせてくれ」
「あんな田舎者に大層な御執心ですね」
「余計なことを申すな、貴様は皮肉を云うような面ではない、黙って消えてしまえ」
 妓はぶすりと立った。

[#8字下げ]五の二[#「五の二」は中見出し]

 間もなく酒を運んで来た小娘がある、袖口の詰った薙刀袂の着物に、引結びの帯のはしを――小さな腰の上へ垂れて、油気のない髪を背にさげた身妝《みなり》は、ひと眼で客に出す妓でないことが知れる。
「や、小女郎の御入来じゃ、かたじけなし、かたじけなし」
 邑右衛門は眼を細くして、「さ、ずっとこっちへ、そこではいかん、ずっとこっち」
「あれ、お酒がこぼれます」
「拙者もこぼれます」
 邑右衛門は娘の肩へ手をのばしたが、娘は鼬のように身軽く、男の手をすり脱けながら酒徳利を平膳《ひら》へ置いた。
「そう薄情にせずにちとこっちへ寄れ、羞しいのも今のうちで、やがては男の側が離れられなくなろう、色の諸分とやら、恋の何とやら、この麻田邑右衛門が手解《てほどき》を……」
「わははははは」
 銕兵衛が腹をゆすって笑った、「色の諸分まではいいが、麻、田、邑、右、衛、門――ときてはどうも堪らぬ」
「これはけしからん、友達が先になって裏切るとは心外千万」
 邑右衛門はがぶりと酒を呷って「したが娘、見たところまだ年若に思うが、そなたもこの家へ客勤めに買われてきたのか」
「いえ、そうではありませぬ」
 娘は賢しげな眼を振向けて、
「お江戸に尋ね人があって参りましたばかり、ここはただわたくしの知辺というだけでございます」
「その若さで尋ね人とは怪しいぞ、誰だ」
 娘は笑って答えなかった。
「こいつめ、さては国許で男と馴合い、親の眼をかすめて駈落ちでもしたな」
「そんな浮いたことではありませぬ」
「いやいや顔に出ているぞ、いくら……」
「黙れ但馬守」
 銕兵衛がまた毛脛を叩いた。
「相手をよく見て物は申すものだ、この娘の眼を見ろ、泥中の蓮、芥溜の鶴、まだいささかも汚れに染んでおらぬぞ、拙者が察するにこれは仇討だな、そうであろう娘、親の仇か兄弟の仇か、とにかく仇を捜しているに相違ない、どうだ」
「ほほほほ、そうかも知れませぬ」
「それみろ、見る者が見れば的は外さぬ、して相手は何だ、武士か町人か」
「お侍でございます」
「武士とあればとても娘一人の手には負えまい、よし、この椙井銕兵衛が助太刀をして進ぜる、必ず仇は討たせてやるから安心せい、――ところで一盞酌だ」
 娘は酒を注いでやると、
「本当に助太刀をしてくださいますか――?」
「武士に二言はない」
「けれど銕兵衛に人は斬れない」
 邑右衛門が茶々を入れた。しかし娘は案外に真面目な様子で、
「助太刀までして頂けなくとも、貴方様がたは世間もお広うございましょうから、相手を捜していただきましたら……」
「それは無論のことだが、助太刀もぜひしてやる、こう見えても拙者は神道流の極意に達した腕でな」
「逃足の早いのも得意だ」
「うるさい、邑右衛門は黙って酒を呑んでおれ。――で、その相手はどんな奴だ、どこかの家中にいるのかそれとも牢人か」
「今は御牢人だと思いますが」
「名は何という」
 娘は相手に銘記させるかのように、一語ずつ区切ってゆっくりと云った。
「もと宇都宮の藩中で、名は――山内鹿之助といいます」
「山内鹿之助……」
 邑右衛門がひょいと振返った。どこかで聞いたことのあるような名だ、
「人相に覚えがあるか」
「はい、背丈は六尺に近く、骨太の逞しい体つきで眉が秀で、唇のひき緊った、眼の涼しい顔だちでございます――それから、体は巨きゅうございますが年はまだ十六歳、国許を出る時にはまだ前髪を立てておりました」
「――それだ」
 邑右衛門が大仰に乗出してきた。
「体の巨きいのと前髪で思い出したが、そうだそれに違いない、名もたしかに山内鹿之助と覚えている、知っているぞ」
「あの……」
 娘の頬にさっと血がのぼった。
「本当に――御存じでございますか」
「知っている、拙者すんでに斬られようとした相手だ、ひと晩の知己で忘れていたが、宇都宮奥平家の牢人というのも間違いない」
「どこに、どこにいましょう」
 娘は息をはずませながら急きこんで訊いた。

[#8字下げ]六の一[#「六の一」は中見出し]

「御不在だ」
 横鬢に大きな疵痕《きずあと》のある男だった。
「そんな筈はない」
 鹿之助は押返していった。
「御道場のほうでも小梅の別墅《べっしょ》へ成られていると申していたし、この付近の者も御姿を見かけたとたしかに申している」
「どこで何と云おうが御不在は御不在だ」
「とにかく、一応お取次ぎください」
「分らぬ奴だな、たとえ御在邸でも別墅に於いては決して人にお会いなさらぬ習しだ。道場のほうへ参ってお帰りを待ったうえ、改めて願い出たらよかろう」
「無駄なことだ」
「なんだと」
「今日までおよそ四十日余り、何度願い出ても言を左右にして面会を避けられる、同じことを幾度繰り返したらいいのか」
 相手はにやりとして、
「幾度繰り返しても駄目だということが、分るまでやってみたらどうだ」
「それが次郎右衛門の作法か」
「な、なに、無礼なことを」
 鹿之助の冷やかな態度に、相手は眼を剥いて式台へ下りてきた。
「貴様、将軍家お手直し番を呼棄てに致したな、――おのれ、赦さんぞ」
「赦さぬ? 面白い、赦さなければどうするのだ」
「無礼者!」
 すばらしい勢で蹴上げてきた足、だが鹿之助が体をひらいたと見ると、相手は疵のある横鬢から先に、だ! と烈しく式台へ顛倒していた。――声高なやりとりとけたたましい物音を聞きつけたのであろう。廊下を踏鳴らす音がして、五六人の者が押取刀で立現われた。
「――どうした」
「おう、天野が……」
 顛倒したまま気を失っているのをみつけて一人が走寄ると、他の四名はすばやく式台から跳下りて鹿之助の左右を取巻いた。
「狼藉を働いたのは貴様か」
「――」
 鹿之助は無言のままぐいと左手《ゆんで》に大剣をひきそばめた。右手にいた一人が、
「や、こいつ愛宕山へ来た奴ではないか」
「そうだ、何か無礼なことを申したので、叩き出した奴だ、――さては、このあいだ中先生に面会を強要していたというのは貴様だな」
「如何にも、――」
 鹿之助は左右に眼をくばりながら答えた、
「今日もそのためお伺い申した。しかし狼藉を働いたのは手前ではなくそちらでござる」
「そ奴……そ奴――」
 介抱されて息を吹返した天野というのが、鹿之助を指さしながら喚きたてた。
「そ奴が、先生を辱めおったのだ」
「先生を辱めたというか」
 五人は色を作《な》した。
「いや辱めはせぬ、小野次郎右衛門ともある者が、面会を乞われて居留守をつかうのが作法かと申したまでだ」
「こいつ僭上な舌を叩くな」
「――斬ってしまえ」
 いずれも抜こうとするのを、年高の一人が制して進出た。
「待て、見ればまだ前髪のある少年、斬るなどとは大人気ない業だ、阿呆払いにして追返すがいい」
「しかしこのままやっては先生の名聞にも関わろう」
「ばかなことを、たかが喰詰め者の迷言ではないか、こんなことを荒立てるほうが却って先生の御迷惑と申すものだ。――これ少年、今日のところは許してやる、早々に立去れ」
「致方がない」
 鹿之助は微笑して、
「次郎右衛門が会わぬというものを、貴公らと争ったところで無駄なことだ」
「――まだあんなことを!」
「今日はこれで退下るが、諦めた訳ではないぞ。今までは順序を踏んで会うつもりでいたが、それでは会わぬと分った以上、これからはどんな方法をとるかも知れぬ、――次郎右衛門殿にそう申して頂きたい、山内鹿之助必ず一度は見参仕るとな」
 云うだけ云うと、鹿之助は踵を返してその場から立去った。

[#8字下げ]六の二[#「六の二」は中見出し]

 堤を枕橋のほうへ二三丁来た時である。
「そこへ行くお武家、お待ちください」
とうしろから声をかける者があった。――振返って見ると、ひと眼でそれと知れる男伊達の三人連れが足早に追って来る。
 うしろの二人は子分らしく、親分と見える先頭の男は年の頃二十七八、骨太に肥えた逞しい体つきで、色白の眉の太い、眼に凄みのある偉丈夫。白地に藍で『夢』と染出した単物《ひとえもの》を着ている。
「呼んだのは手前か?」
「無礼はお赦しください、いま小野先生の門前での始終を拝見致し、失礼ながらお近付きを願いたいと存じて参りました、お厭でなかったらそこまでお運びくださいませぬか」
 辞を低うするというほどでもないが、押つけがましさのない態度である。
「よろしい、お伴れください」
 鹿之助は頷いた。
 相手の男は堤を北へ戻って、長命寺の前に並んでいる掛茶屋の、とある一軒へ入った。九月も末に近かったが昼はまだ暑く、じっとり汗ばんでいる鹿之助にまず風呂を浴びさせ、やがて酒肴を揃えたひと間に子分を交えず、二人相対して寛いだ。――表は掛茶屋ながら、内の造りは意外に凝ったもので、女たちの風俗も卑しからず、障子を明けると外は満々たる隅田川の水であった。
「ほう、掛茶屋にもこんな贅沢な家があるとは知らなかった」
 湯あがりの肌へ風を入れながら、鹿之助が正直に驚くのを見て相手は笑った。
「なにこれはこの近辺で一軒きりのことです、小梅から柳島へかけて、近頃大小名の下邸や金持連の寮ができるので、自然と向島へ来る人足も多くなり、こういう家もできた訳でございます、ところでまず一杯」
「酒か、酒はなりません」
「まあそうおっしゃらずに一杯だけ――」
「いや御免蒙る、酒といっては祝儀に舐めたくらいのもので、それも美味《うま》くはない、苦いばかり、どうか勘弁してもらいたい」
 真顔になって辞退した。
「左様でございますか、ではこちらだけ勝手に頂きながら、お話し申しましょう」
 男は手酌で呑みだしながら、
「まず手前から申上げます、もうお察しのことではありましょうが、私は男伊達とか町奴とか云われる、世間のあぶれ[#「あぶれ」に傍点]者で、夢の市郎兵衛と申します」
 鐘の弥左衛門、深見重左衛門、夢の市郎兵衛といえば、いま江戸で三歳の童も知る伊達者の雄である、――しかし鹿之助は知るはずもないから、別に驚く様子もなかった。
「拙者は宇都宮牢人、山内鹿之助と申す」
「失礼ながらまだお年若と存じますが、先ほどの様子を拝見して実は舌を巻きました。なにしろ将軍様のお手直し番、剣道の神とまで云われる小野次郎右衛門先生の御門前で、門人衆五名を相手にあれだけ立派な挨拶をなさるとは驚きました」
「そう申されては恥入る」
「しかし、どういう訳で小野先生にお会いなさろうというのですか」
 鹿之助はしばし※[#「足へん+寿」、第4水準2-89-30]躇《ためら》っていたが、市郎兵衛の態度に微塵も邪気のないことは初めから分っていたので、やがて云った。
「実は朋友の仇と狙っているのだ」
「――小野先生を仇と……?」
「去月、愛宕山に奉納試合のあったこと、そこもとも御存じであろう。あの節――拙者の知人がまさに勝を取ろうとした刹那、卑怯にも次郎右衛門が手裏剣を打って助勢し、無惨に打殺されてしまったのだ」
「世間で牢人狩りとさえ評判に出た、あれ[#「あれ」に傍点]でございますな」
「その評判の嘘実はともあれ、次郎右衛門ほどの者がいかなる心得でそんな卑怯な振舞をしたか、それもたしかめてみたし、また、打殺された友の恨み、――一太刀なりと報いたいと存じて、この四十余日というもの機を狙っている次第でござる」
「そうでございましたか」
 市郎兵衛はじっと鹿之助の話を聞くうちに、この少年の体内に燃えている火のような気魄、こうと思えば相手が剣道の神と呼ばれる名人であろうと、一寸も退かぬ生一本のくそ度胸に、驚きを新にすると同時に、堪らぬ魅力を感じてきた。
「では山内様、手前がお手引をして差上げましょうか」
「できようか」
「任せてくださるなら必ずお計い致しましょう」
 江戸へ出て以来実に初めて、鹿之助は人間らしい人間に会った、――この人物にならどんなことでも云える、という気がしてきたのである。
「ではお願い申す」
 そう云ってから顔をあげ、
「申し兼ねるが、空腹で堪りません、これを頂戴してよろしいか――?」
「あ、これは気付かぬことを」
 市郎兵衛は手を拍って、
「飯を持って来い」と命じた。

[#8字下げ]六の三[#「六の三」は中見出し]

 暫く家で遊んでいるようにといわれて、鹿之助はその日から市郎兵衛の家へ寄食することになった。
 市郎兵衛の家は飯田町も九段坂に近いところにあって、まだ木の香も新しい恐ろしく堂々たる構えだった。しかも、家の中には二十前後から四十に余る男たちが、およそ三十人ばかりも寄食しているのだ、――牢人態の者もいるし無頼もいる、どれもこれもひと癖あり気な面魂の者が、何をするということもなくごろごろしているのだ。
「この家構え、この人数を、いったいどうして養っているのか」
 鹿之助は第一にそれが分らなかった。
 市郎兵衛の家へ来て三日めのことである、ふらり外へ出て田安御門の外を上段空地のほうへ歩いていると、――向うから来た二人連れの牢人者が、あっといった顔でこっちを見ながら立停った。そして鹿之助が気付かずに行過ぎようとすると、二人は何か眼配せをして、
「ああもし、暫く」
と声をかけた。鹿之助が足を停めて振返ると、二人は近寄って来て、
「おおやはり山内氏であったか、久方ぶりの対面でござるな」
と云うのを見ると、いつか千束村の廃寺で会った麻田邑右衛門と太田亮介である。
「やあ、これは珍しい」
「さよう、実に珍しい、あはははは」
 邑右衛門は空々しく笑って、
「愛宕山へ行かれて以来、とんと音沙汰がないので、一同お案じ申していたが、――唯今はいずれにおいでか」
「されば、――」
と云ったが、もし本当のことを云って、こんな男たちに転げ込まれては市郎長衛の迷惑であろうと思ったから、
「いまのところ知辺《しるべ》を頼っております」
「ははあそれは結構でござるな、我々もあれから間もなく千束村を引払い只今では細々ながら生計も立つ身上でござる、――時に、久方ぶりの対面、このままお別れ申すも本意ないが、その辺までお付合いくださらぬか」
「御好意は有難いが、さて――」
「いや、決して御迷惑はかけぬ、実はこの近くで貴公も御存じの椙井銕兵衛――彼と合うことになっておるので、幸い揃って夕食など参ろうと思う、ぜひお運び願いたい」
 厭だと云ってはうるさそうなので鹿之助は是非なく承知してしまった。
 邑右衛門は喜んだ、葺屋町の娼家でお絹と冗談まじりに約束したが、内心お絹に執着をもっていたので、実のところは冗談でなく、一日も早く鹿之助をみつけ出し、お絹の望みどおり、仇討の助太刀をしてやるつもりでいたのだ。――何しろこいつはちょっとないやま[#「やま」に傍点]である。首尾よく仇討ができれば、麻田邑右衛門の名もあがるし、かねてお絹の愛情も掴めようというものだ。
 もう獲物をしめた気で、ほくほくしながら三河町までやって来ると、横丁へ入ったところにある『小花屋』という茶店へ入った。
 二階座敷へ通ると、
「まだ銕兵衛は来ておらんな」
と呟いた邑右衛門、
「太田氏、すまぬが椙井を呼んで来てもらいたいな、珍客を待たせておくのは失礼だ、貴公ひと走り頼む」
「承知した」
 太田亮介はすぐに立って行った。と――邑右衛門は、
「おお忘れた」
と何か思出した様子で、そそくさと追って出たが梯子口で亮介を呼止めるとすばやく耳へ囁いた。
「察したであろうが銕兵衛に知られてはならん、『大巴』へ行ってお絹を呼んで来るのだ、伴れて来たら下の部屋へ待たせて貴公だけ部屋へ来い、――銕兵衛のことはよろしく頼む、では急いでな」
「承知した」
 人の好い亮介を出してやって、部屋へ戻って来ると――意外にもそこでは、鹿之助ともう一人、まだこれも前髪だちの見知らぬ少年が、声高に罵り合っているところであった。
「これは、ど、どうしたことでござるか」
 邑右衛門は驚いて部屋へ入った。――鹿之助はすわったままで、
「今日は奇遇が重なる日だ、これは拙者と同藩の者で埜田八十吉という人物、いま聞けば九段坂から後を跟けて来たのだそうな」
「無駄言は措け。出ろ、出ろ鹿之助」
「そう急くな、貴様が怖くて逃げるような鹿之助ではない、――麻田さん」
 鹿之助は大剣を左手に持って、
「仔細あって拙者はこの八十吉に狙われているのです、彼はこの鹿之助を斬るために江戸へ出て来たのだそうで、これからどこか場所を選んで立合わなければなりません、――せっかくですが今日の御馳走は延ばしで頂きます」
「冗、冗談ではない、そんな馬鹿な……」
「いや又いずれ改めて、――八十吉、行こう」
 慌てて押止めようとする邑右衛門の手を、振切って鹿之助は立った。

[#8字下げ]七の一[#「七の一」は中見出し]

 一ツ橋御門の外にある四番空き地。喬《たか》い椎の古木が三四本、西の隅のほうにみっしり蒼黝《あおぐろ》く茂っていて、腰っきりの雑草が、強い南風にざあざあと波のような音を立てながら揺れている。
 先に立ってやって来た鹿之助は、草原の中へ入ると、
「ここがよかろう、どうだ」
と振返った。
「場所は選ばぬ、来い」
 八十吉は吐出すように云って、うわずった眼で睨みつけながら大剣を抜いた。
「急くと仕損じるぞ、仕度はいいのか」
「それはこっちでいうことだ」
 八十吉は嘲るように顎をしゃくった、
「やい、鹿之助――大きに貴様落着いているが、今日は少し勝手が違うぞ」
「何だと」
「あれを見ろ」
 そう云って八十吉は右手に抜いた剣を高く振った。いつ、どう跟けて来たか、一人二人と散りぢりに、およそ十四五人ばかり、いずれも流行《はやり》の男伊達姿の者が、草原をこっちへじりじりと詰めて来る、――その中に、八十吉の弟仙太郎も入っていた。
「卑怯者……」
 鹿之助はさすがに色を変えた、
「一人で討てぬと思って、助太刀を雇って来たな、――埜田、貴様……耻じろ」
「何をぬかす」
 八十吉は勝誇った肩で、
「おれは貴様を討つのが目的だ、卑怯であろうと無かろうと、討って取りさえすればいいのだ、貴様も夢の市郎兵衛の家にいるからは、名ぐらいは聞いるだろう、あそこにいる者は神田地内で鯉《こい》の鬼九郎《おにくろう》と云われる町奴、――元を訊《ただ》せばおれの家の若党だ」
「拙者が市郎兵衛の家にいることも承知か」
「出府して三十日、もし貴様が夢[#「夢」に傍点]の許へ身を寄せなかったら、まだ捜し当てずにいたかも知れぬ、おれの訪ねて来た先が男伊達、貴様の匿われた家が男伊達、すぐに噂が聞えたからこの十日あまり跟狙っていたのだ」
 鹿之助は、ちらと四辺を見廻した、――草原のはずれのほうに、麻田邑右衛門が、うろうろと戸迷いした恰好でこっちを見ている、
 ――あいつは駄目だ!
 幾ら自負するところがあっても、この人数へ一人で当るのは無謀である、しかし遠く距《はな》れて逃腰になっている邑右衛門の他には、犬の仔一疋いないと知ると、鹿之助の逞しい胸は急に大きくふくれあがった。
 ――よし、しょせん討たれるならば、こっちがやられるまでに何人相手を斬れるか、力限り暴れてみよう。
 覚悟がつくのと、右足を踏出して抜討ちをかけるのと同時だった。
「えいっ!」
 びゅっ、と風を截って閃く剣。八十吉が鼠のように身を辣めて、二三間うしろへ跳んだ時、右手へ寄っていた町奴の一人が、頭蓋骨を斬割られて、血煙をあげながら草の中へ倒れた。
「油断するな、――詰めろ」
「詰めろ、うしろを塞げ」
 口々に、嗄《しわが》れた声で喚き交しながら、人数はぐるりと鹿之助を中に取籠めた。
「――斬れるぞ」
 鹿之助は思わず呟いた。
 向う島で麻田邑右衛門と抜合せた時は、まだ真剣の光が眼に眩しかった、また愛宕山で鯖島弾市が撃殺されるのを見た時には、息の詰るような戦慄を感じた、――しかし、今こそ鹿之助は剣の精神に触れたのだ、刄が頭蓋骨を断割る時の重々しく、そして一種壮快でさえあった力感は、全身の骨髄へ徹って生々しい闘志を火のように燃えたたせた。しかもしょせん討たれるもの――と身を捨ててかかったところに鹿之助の退引きならぬ強味があった。
 初太刀に勝を取った以上、多人勢を相手にこっちから攻勢に出る要はない、鹿之助は呼吸を鎮めて変化に備えながら待った。
「――かかれ」
 八十吉が叫んだ。
 それを口火のように、苛っていた助勢の者が二人、右と左から大股に踏込んだ。鹿之助の体がぐいと捻られる、二尺八寸の刄が、一閃、二閃、
「――とう!」
 耳を劈く掛声、踏込んだ一人は烈々たる刄風を喰って毬のようにすっ飛び、一人は背を肩から斬放されて、ぱっと血しぶきを立てながら顛倒した。

[#8字下げ]七の二[#「七の二」は中見出し]

 邑右衛門はこの有様を憑かれでもしたように、大きく眼を剥出したまま見戍っていた。腋の下にじっとり冷汗が※[#「さんずい+参」、第4水準2-78-61]み出て、両の膝頭は音のするほどがくがく慄えている。
 ――大変な野郎だ。
 口の内で同じことを何度も呟いた。
 鹿之助のほうでは、ことによったら助勢に頼むか、とも思ったのだが、邑右衛門のほうは反対だった。彼は出る機会さえあれば、八十吉のほうに付いて鹿之助にひと太刀でも入れようと考えていたのである、――どうせお絹に助太刀をして討つとしても、彼の手に余るのは知れている、とすればこれだけの人数で取籠めているのを幸い、どさくさ紛れに斬りつけてお絹の仇を討ってやれば、労せずして一石二鳥というものである。
 ところが、目算はがらりと外れた。二尺八寸の大剣が閃光を放ったと思う間に、血しぶきをあげて二人斬伏せられたのを見て、――いや、邑右衛門は本当のところ胆を消した。
 ――迂濶に出なくて命拾いだ。しかしそれにしてもまた何という強い小僧だろう。
 恐怖と嘆賞とを籠めて呻いた時である、不意にうしろで、
「……勘も佳《よ》い」
という声がした。
 邑右衛門は跳上るほど驚いた。背中から一刀、ずばりと喰ったように、慄然としながら振返って見ると、二間と距れぬ処に二人の人物が立っている、――邑右衛門は夢中で知らなかったが、一ツ橋外の板倉伊予守《いたくらいよのかみ》邸から出て来て、この決闘をみつけてよって来たのだ。一人は痩躯鶴のごとき老人である。悟りすました高僧とも思える慈顔ながら、唇の緊り、双眸の光、自然木の杖をついた身構えに……どこということなく冴えた、鋭さと威儼をもっている、――小野次郎右衛門だ。
「お話し申したのは、あの男でございます」
「――何じゃと?」
「いえ、板倉の御前でお話し申上げた、先生を友の仇と狙っているというのはあの男でございます」
「――ほう」
 側で説明したのは、夢の市郎兵衛だった。
「ほう……」
 次郎右衛門の眼はきらりと輝いた。
 突風が襲いかかった、草原は怒涛のように打返し、揉み立てられ、葉裏を見せて揺れに揺れる、――と、決闘の人々が戦《そよ》ぎたつ草を蹴って入乱れた。誰も声をあげなかった、鹿之助の巨躯が大きく跳躍し、白い剣光がちかちかと尾を曳いた。ほんの一瞬――討手がたの一人が腰を斬放されて倒れたと見る、入乱れた人数がさっと割れて、ふたたび鹿之助は孤立の陣に身を現わした。
 西風がいつか強い南に変った。
「――雨が来る」
 次郎右衛門が澄んだ声で呟いた。
「え……?」
 自分が斬結んででもいるように、全神経を決闘に奪われていた市郎兵衛は、静かな次郎右衛門の呟きを叫喚のごとく聞いた。
「いや、雨が来ると云うのだ」
「老来、雨は苦手じゃ、そろそろ参るとしようかの」
「しかし、このままには」
「あの少年を伴れて行くのだ」
 次郎右衛門は顎をしゃくった。
「呼んで来い」
「――?」
 呼んで来いと云っても、こいつそう手軽にゆく訳のものではない、さすがの市郎兵衛もいささか返答に困った。
「それ、やって来た」
 次郎右衛門の言葉とともに、大粒の雨が、さっと光の箭《や》のように落ちてきた。
「呼んで参れと云うに」
「と仰せられても、あのありさまでは――」
「なに、次郎右衛門が呼んでいると云えば来る、少年のほうで剣を退けば、相手はもう手出しをする気遣いはない」
「あの人数で――」
「人数はあれほどいるが心はばらばらじゃ、あれでは少年の髪一筋斬ることは出来ぬ。――呼べ」
「は、――」
 市郎兵衛は決闘の場所へ近寄って行った。
 邑右衛門はこの始終を聞いていた――どうも妙なことになってきたものである。どこかで見たことのある老人だと思ったら剣聖小野次郎右衛門だ。その次郎右衛門を鹿之助が朋友の仇とつけ狙っているという――そしていま、狙われている次郎右衛門のほうから鹿之助を呼びにやったのだ。
「こうしてはいられない」
 邑右衛門は、さあっと寄せて来た急雨のなかを、丸くなって駈けだした。

[#8字下げ]七の三[#「七の三」は中見出し]

「早く、早く」
 お絹は駕籠の中で身を揉んだ。
「もしこうしているうちに、また山内の若様に会いはぐれてしまいはしないか」
 そう思うと駕籠から出て走りだしたいような焦りをさえ感じはじめた。
「おい棒組、やって来たぜ」
「おう」
 先へ行く駕籠とそう声をかけ合ったと思ったら、足が停まってとんと駕籠が下された。
「来たんですか」
 お絹は息を喘ませながら訊いた。
「へえ、もうじきです」
「どうしたの――?」
「桐油をかけますんで」
と駕籠舁《かごか》きは何か解きながら、「季節はずれの夕立でね、たっぷりやって来ますぜ」
 ばさばさと駕籠へ桐油をかけると、なるほど、豆を叩きつけるような急雨の音が、お絹の耳を快く打った。
 たちまち沛然と襲いかかってきた雨の中を、駕籠はふたたび走りだした。
 雨の音は、前後もなくつきつめているお絹の気持を煽るように、駕籠の四方でさっさっと荒れ狂った、駈け散る人の叫びや、あわただしい鞏音や、街並に雨戸をおろす姦しい物音を、追い抜き走って――それからおよそ十四五丁も行ったと思うと、やがて二挺の駕籠は合図をしながら停まった。
「へえお客様」
と駕籠舁きの声に、お絹はどきりと胸を波立たせながら身を起した。
 『小花屋』という茶屋の前である、小女が傘をさしかけにきてくれるのを、待つ暇もなく駕籠から出たお絹は、髪にかかる雨を庇いながら走りこんだ。
「やあ、ひどいひどい」
 太田亮介は大剣を抱えこみ、袴をたくしあげて後から来ると、出迎えた婢《おんな》に、
「この女《ひと》をどこか階下《した》の部屋においてやってくれ、――お絹さん、すぐに来るから」
と云って二階へ行こうとすると、
「あの、もし――」
と婢が遮った。
「お伴れのかたでしたらもう先刻《さっき》、ちょっと出てくるとおっしゃってどちらかへ」
「なにでかけた――?」
「はい、お三人でお出ましになりました」
「三人で」
 太田亮介はた[#「はた」に傍点]と当惑した。聞いていたお絹は気もそぞろに、
「どうしたんですか?」
「訳が分らぬ、どんなことがあろうと、二人が来るのを待っていない道理がないのだし、それに三人で出たというのからして……」
「お二人だったんですか」
「無論のこと、――して」
と亮介は婢のほうを見て、「三人というと、拙者の伴れのほかにどんな人物がいたのか知らぬか」
「はい、お伴れのお若いほうのかたと似たりよったりで、どうやらお国も同じようなことをおっしゃっていました」
「そ、それで」
 お絹が思わず身を乗出した。
「何か間違いでもありはしませんでしたか」
「はい、あの……申上げてよいかどうか分りませんが、なんでもお二人同志で声高に云い合っていらしったのを伺いますと、どうやら斬合いでもなさるようなお話で――」
「八十吉だ」
 お絹は思わず叫んだ。
「ええ――おまえ知っているのか」
と云うところへ、濡れ鼠のようになって麻田邑右衛門が駈込んできた。
「や、麻田ではないか」
「太田か、や――お絹坊も来たな」
「山内様は、山内様は?」
 お絹は邑右衛門の胸ぐらを執らんばかりにとびついて行った。
「待て、まあ待てと云うに」
 邑右衛門は髪から垂れてくる滴を押拭いながら、痩せた胸を苦しそうに波打たせ、
「そう急かずとも話してやる。何しろ苦しくっていけない、――これ女中、このとおりの濡れ仏だ、何か衣服を都合してくれ」
「そんなことはどうでもようござんす、山内様はどうなさいました、無事ですか、勝負の様子を聞かしてください」
「待てと云うに、ひとことではとても話し切れん、何しろ強い奴だ、まるで――なにしろ、拙者が出ようとしているところへ、まあさ、とにかくおぬしの仇だから、一刀でも恨んでおとうかと思ってからに、ところが――」
「何だか訳が分りません、無事か無事でないかそれだけを」
「そう簡単な話にはいかんというのだ、なにしろおまえ、将軍家御指南番の小野次郎右衛門までとび出して来たんだぜ」
 邑右衛門はぺたりとそこへ座りこんだ。

[#8字下げ]八の一[#「八の一」は中見出し]

「いやどうも大したやつだ」
 邑右衛門は女の持ってきた着物を借りて、二階座敷へどっかり座ると、お絹に急かれながら話を続けた。
「仔細はよく分らぬが、朋友の仇といえばきっと鯖島弾市のことに違いない。つまりこうだ、愛宕神社の奉納試合に二人で出掛けて行ったが、鯖島だけは試合の場で撃殺されてしまったのだ。――その時見ていた者の話によると、勝負は弾市の勝であったそうだが、その刹那というところで小野次郎右衛門が手裏剣を打って鯖島を仕止めた、という噂なのだ」
「そんな卑怯なことをなさるんですか、将軍様のお手直し番ともある人が」
「おまえが怒ったって仕方がない、世中の機関《からくり》には底の底、裏の裏がある。そんなことはどっちでもいいとして――だな、鹿之助先生それを根に、次郎右衛門を狙っているらしい、つまり鯖島弾市の怨を晴らそうというのだ」
「冗談じゃない」
 太田亮介はにやにやして、
「いくらなんでも小野|忠明《ただあき》を狙うとは桁外れだ、田舎者でもそれくらいのことは分るだろうが」
「あの体では総身に智恵も廻るまい、とにかくあの向う不見《みず》のくそ度胸には呆れる」
「それで後はどうなったのですか」
 お絹はもどかしげに促す。
「それで、そうさ、それでその次郎右衛門が鹿之助を呼んでこいと云ったのだ、今頃は恐らく小野の道場へ伴れて行かれたことだろう」
「伴れて行かれたとすると、どうなりましょう……」
「どうなるものか、次郎右衛門の手にかかるか門弟たちの嬲《なぶり》殺しにあうか、――いずれにしても生きて還る気遣はないだろう」
 お絹は聞くより早く立上った。
「お、おい、どうするのだ」
「鹿之助さまが殺される、いえ嘘だ、殺されはしない、あたしが殺させはしない」
「騒いでも仕様がないよ、おまえの手で討たずとも次郎右衛門が仇を討ってくれるのだ、あの強さでは拙者が助太刀をしたところでおいそれと……」
「放してください」
 お絹は邑右衛門の手を振放すと、そのまま廊下へとび出した。
「あ、おい、待てと云うのに」
 追って立ったが、小鼬と綽名《あだな》を取るほどの娘だ、辷るように階段を下りて、
「この近くに駕籠宿は?」
と女に訊くと邑右衛門が下りて来る暇もなく外へ走出てしまった。
 急雨は過ぎたが、ひと荒れでぐっと冷えた秋の空は、いつか地雨になってしとしとと降り続いている。お絹を乗せた駕籠は、雨のなかをまっすぐに麹町へ急いだ。
 お絹の心は緊つけられるように苦しかった、もし本当に鹿之助が斬られるとしたら、――そう思うだけで眼前がまっくらになる。まだ、宇都宮にいた頃は、ほんの芽生えでしかなかった愛情が、離ればなれになって以来ぐんぐん育って、今は動きのとれぬほど烈しい情熱になっているのだ。お絹のような育ちかたをした女にとっては、なまぬるい思慕の情などは無い、いちど燃上ればその焔が自分を焼尽すところまで行着かずにはいられないのである。しなやかな、妖しい野獣のような体のどんな隅までも、愛慾に突詰めようとする盲目的な本能が脈搏っているのだ。
 お絹は男というものの持つ気持を罵った。なぜ男たちは、分りきっている不可能に身をぶちつけて行くのであろう、鯖島弾市などという仮初《かりそめ》の友を討たれたからといって、天下の剣聖、将軍家お手直し番を狙うとは馬鹿げきったことではないか、
「まるで、夜空の星を欲しがる子供みたいだ」
 お絹は苛立たしく呟いた。
「それも一人と一人なら万一ということもあるけれど、正面から名乗って掛るなんて、――向うには何百何千の門人もいようし、御指南役の権勢もある。そこへただ一人で乗込むのは、まるでわざと斬られに行くようなものではないか、それが手柄にでもなるというのかしら」
 お絹は鹿之助の無謀を怒った、その世間知らずを怒った、罵りつけた。そしてその果には、その無謀と世間知らずと、不可能に対《むか》って身をぶち当てていく度胸とに、総身の顫えるような愛情を感じ、矢も楯も堪らぬいとしさが胸いっぱいに脹れあがるのを知った。
「生きていて、生きていて――」
 お絹は両腕にひしと己の胸を抱緊めながら、祈るように呟き続けた。

[#8字下げ]八の二[#「八の二」は中見出し]

 燻し銀へ地紙形をおいた宗達《そうたつ》風の襖に対って、鹿之助はじっと端座していた。一ツ橋外から小野次郎右衛門に伴われて、麹町の道場へ来ると、奥まったこの書院造りの部屋へ導かれたのである。
「しばらく待つように」
と伝えたまま、次郎右衛門も出てこず、茶を運ぶ者さえ無かった。
 一ツ橋外で五人まで斬った鹿之助は、もはや以前の鹿之助ではなかった。骨まで断ったのは一人だけであるが、自分の刄が相手の肉体に触れる刹那の、じかに生命の髄へ伝わってきた感覚は、その一瞬にこっちの五官をまったく新しいものにした。十六歳の少年から一躍して成年になったともいえよう。それまで夢のように朧だった人生が、忽然として相《すがた》を現わしたのだ、のっぴきならぬ事実の核に触れたのだ。
 鹿之助が無頼の徒を斬ったのは、相手を斬るべくして斬ったのでなく、己の追詰められた状態を突詰めるための手段にすぎない。彼は埜田八十吉の一味を斬ったのではなくて、当面したところの『事実』に身をもって突進し、身をもってこれを打開したのだ。漠とした人生の霧の中から、動かし難い『事実』を己の手にがっちりと掴出したのである。鹿之助は自分の感覚が大きく弘がるのを知った。万象ことごとく新しい、身内にも新鮮な力が活々と動き始めている。
「今おれの感じている、こんなすばらしい気持を、かつて誰か感じたことがあるだろうか。――この生々しく強い感覚に比べれば、鯖島弾市の死など取るに足らぬことだ。この感覚こそおれの生涯の王だ、この力がどれほどの深さと大きさを持つか、それをおれは究めてやるのだ、――まず小野次郎右衛門がこれをどう受けるか、見てやろう」
 導かれて来たままやがて半刻も経った。
 幾曲りも廊下を遠く離れた道場のほうから、折々鋭い気合と、床を踏鳴らす烈しい鞏音が響いてくる他には、こそとの物音も聞えない。弓弦のように張詰めている鹿之助の気持は、刻の経つに順って緊張に耐えられなくなり、端座した足の痺れが全身の神経に伝わって、捉えどころのない不安をじりじりとかき立てるのであった。
「どうするのだ」
 鹿之助は苛立ってくる感情を抑えるように、少し膝をずらして座を楽にした。
「待たせて焦らすつもりか、渡らせて闘志を挫くつもりなのか、それとも虚を狙って殺到する策か、――いずれにせよ、そう易々討てると思うと間違うぞ」
 半刻はやがて一刻になった。体の巨い鹿之助は、座っていることだけでも努力であるのに、いつ襲われるとも知れぬ敵に対して、微塵の気配をも聞追せぬ切迫した緊張を保たねばならないのだ。体の疲労、心の困憊《こんぱい》、刻々と身内に弘がっていく不安、それらが混合し揉み合いつつ千貫の重みとなって、徐々に鹿之助を圧倒しはじめた。
 部屋の隅々から、やがて水の寄せるように夕闇が濃くなっていった。廊下に面した障子は、冷やかな秋雨に暮れていく黄昏の色を吸っている。襖の燻し銀はそれを斜に受けて、底深く荘厳にまで寒々と光って見える。――鹿之助はその光を見るに耐えられなくなった、しかし眼を外らすことは敗北するように思える。
「なにくそ!」
 肩をつき上げて、いちど楽にした座を再び正しくすると、のし掛ってくる不安と焦燥に挑みかかるごとく、唇を引緊め、膝を張り、双眸を醒って端座を続けた。
 無限のように長い時間が経って行く、すっかり暮れて、道場のほうで響いていた物音も聞えなくなり、途切れ途切れに床下で鳴く地虫の声ばかりが、心へ喰入るような寂しさで耳へ徹る。そして襖の燻し銀だけが、更けて行けば行くほどの重々しさで、鈍い光を強めるかに思われた。
 鹿之助の頭は混乱し始めた、膝下の畳が波のように揺れる、血管を流れる脈搏の音が、まるで怒涛のように耳の中で騒ぐ、古びた高い天井は恐ろしい勢で四方に伸び、千似の断崖が崩れかかるような圧力で落ちかかる。――何という息苦しさであろう。鹿之助の胸膈《きょうかく》は見えぬ手で押拉《おしひし》がれるかのように荒々しく波を打った。
 襖の燻し銀の中から、むらむらと物の相が現われた。
「来たな!」
 鹿之助は大剣を引寄せた。全身の血が一時に逆流する、――と、そこには何物もなくて、右手の壁の表へ朦朧と何か見える、はっとして刀の柄へ手をかけた時だった。
「えい」
という低い気合が聞えたと思と、鹿之助の体は自らどうと仰ざまに顛倒した。――一瞬、二瞬、やがて襖が音もなく明いて、小野次郎右衛門が静かに部屋へ入って来た。
 鹿之助はまったく気絶していた。

[#8字下げ]八の三[#「八の三」は中見出し]

 背筋へぐっと水のような物が走った。塞がれていた胸が急に寛くなり、清々しい空気が肺いっぱいに流込むと、鹿之助は深い溜息をつきながら意識を取戻した。
「はっは、気がついたの」
 云われたほうを見ると、明るい燭台を傍にして小野次郎右衛門が座っていた。鹿之助は夢から醒めたように、不思議な気持で四辺を見廻した。
 次郎右衛門の左手に夢の市郎兵衛がいる、それから五十年配の逞しい頬髯のある浪人風の男がいる。三人とも和やかに微笑しながらこっちを見戍っているのだ、――これはどうした訳か、自分はどういうことになったのか、不審なのはしかしそればかりではない、なんと体が軽くなったことだろう。頭がこんなにすっきりしたのは覚えて以来初めてのことだ、心もいままでかつて知らなかったほど爽かに静かである。
「何を訝しそうにしているのだ」
 次郎右衛門が楽しそうにいった。
「別に不思議がることはない、――どうだ、すっかり気持が晴れたであろう」
「――はい」
「頭も静まり、体も軽くなったであろう」
 まるで見透しているようだった。
「それでよいのだ、おまえの心を捉えていた小さな鬼をこの次郎右衛門が追出してやったのだ」
「心の鬼とおおせられまするは?」
「分らぬか、――」
 次郎右衛門はにこりとして、「おまえは今日一ツ橋外の真剣勝負で自己流の悟をひらいたであろう、――驚くことはない、おまえの顔にそれが歴々《ありあり》と現われていた。あれが鬼だ、おまえくらいの若さでその悟を掴んだのは凡俗でないには違いない、いや千人に一人もおまえの掴んだだけの悟を掴みきる者はないかも知れぬ、だが……その悟はおまえの現在の力で持耐えるには大き過ぎるのだ。その悟を自分の物にするほどおまえは人間に成っていない、その証拠には僅か二刻あまり虐めただけでその悟はすぐ暴れだす。事実を掴んだ、と悟ったことが却っておまえを迷いに導くのだ。闇の中に幻影を見たであろう、それはおまえの悟のした仕業だ。蛇を知らぬ者は蛇を怖れない、また蛇を知り尽した者も蛇を怖れない、真髄を究めず形に囚れる者がその執着のゆえに怖れを感ずるのだ。己の心にある小さな『知』が己に恐怖を与えるのだ」
 鹿之助は一枚ずつ膜が剥げてゆくように、眼前が明るくなるのを感じた。
「儂《わし》の言葉に不審があるか、あるなら遠慮なく訊ねてみい」
「はい、――」
 鹿之助は静かに眼をあげて、
「ただ、夢から醒めたように思いまする」
「今日は二度醒めたわけじゃな」
 そう云って次郎右衛門はくくと笑った。
「儂の申したことを忘れるな、まだまだこれからじゃ、おまえの生涯を打込んでも足りぬかも知れぬぞ、どう生きようと道に差別はないが、不退転の心を喪ってはならぬ」
「御教訓、胆に銘じて忘れませぬ」
「さて、――そこで改めて訊くが、朋友の仇としてこの次郎右衛門に立合うかの」
「思いもよらぬ仰せ」
 鹿之助は両手を突いて、「弾市の死につきましても、いささか発明するところがございました、もはやお手向いは仕りませぬ」
「そうか、それは次郎右衛門に取っても有難い、年をとると無精になるでの、その巨きな体とくそ力を相手にするのはちと迷惑じゃ、のう市郎兵衛」
「どういたしまして、さき程の気合などは金輪際まで打砕く鋭さでござりましたよ」
「旨く慰めおるぞ――時に、鹿之助はまだ知るまいが」
と振返って、頬髯のある浪人を紹介《ひきあわ》せた。
「こちらは本所に住む部屋持で深見重左衛門という仁じゃ、挨拶をせい」
「は、手前山内鹿之助と申します」
「良い体だの」
 深見重左衛門は眼を細めて頷きながら、次郎右衛門のほうを見やって云った。
「これだけの体は、江戸中どこの寄合部屋にもござらぬ、相撲にしたらあっぱれ関を取りましょうな」
「儂もそう思うのだ、泰平の武士は世出しても数が知れている、もしこの体で相撲になったら間違なく日本一じゃ。時も時、この相撲隆昌の時運に乗れば、手に唾して天下を取るようなものであろう」
「貴公、相撲を取ったことはないか」
 重左衛門が訊いた。鹿之助は苦笑しながら、
「はい、故郷宇都宮におりましたおりは、悪戯に試みたこともございます」
「宇都宮、貴公宇都宮か――」
 重左衛門は膝を叩いて、「それではこの夏、江戸相撲白雲峰右衛門を投げたというのは、貴公ではないか」
「――お恥しゅうございます」
 恥しそうに赧《あか》くなるのを見て、重左衛門はぐいと乗出しながら、
「小野先生、これは良い人物を拾った、この少年は拙者がぜひ貰い受けたい。宇都宮八幡神社の勧進相撲で、白雲峰右衛門を土俵の砂に埋めた手際、充分に素質があると行司どもの噂に聞及んでおった、拙者の手許で力士に育てたいからぜひお任せください」
 ひどく意気込んだ調子で云った。

[#8字下げ]八の四[#「八の四」は中見出し]

 街並の軒先、小路の蔭などに、人眼を忍んでうそうそ[#「うそうそ」に傍点]と人影が動いている。宵のうちから二人現われ三人来るというぐあいで、今は三四十人の数であろう、――それが小野次郎右衛門の道場屋敷を中心にして、表通りは無論のこと抜け露次《ろじ》まですっかり固めている。
 十時頃、――九段のほうから駕籠がひとつやってきて、真田屋《さなだや》という筆屋の前で止まった。駕籠から出たのは派手な町奴姿で、両頬に太く鎌髭を描いている四十がらみの男だ。これは神田地内のあぶれ者で、鯉の鬼九郎と云われている。
「――権造」
 筆屋の店先、すでに閉してある大戸の潜戸《くぐり》から中へ入りながら鬼九郎が呼んだ、――店の土間には埜田八十吉兄弟と、鬼九郎の子分で重だった者が四五名いた。
「親分、お待ち申しておりました」
「相手の様子はどうだ」
「鬼九郎、まず掛けろ」
 八十吉が自分の脇を明けて、「一番案じていたのは次郎右衛門の手で斬られはせぬかという点だが、どうやらその様子もない、今しがた銀太を忍ばせたところ、皆で酒宴をしていたそうだ」
「深見重左衛門がいるてえ話ですね」
「重左の他に夢の奴もいる」
 鬼九郎は闘志の燃える眼を剥いた。
「良い雁首が揃やあがった。重左にも市郎兵衛にもたんまり貸しがある、今夜こそはたり[#「はたり」に傍点]取ってくれベえ、――」
「重左に何か恨みがあるか」
「三年以来のことなんで、わっちの縄張内で挨拶もなく相撲興行をしゃあがる、それも市郎兵衛が世話やきで重左が元方をする時に限ってるから癪だ、好い折がねえので黙っていたが今夜あ※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]さねえ、――神田地内を帰るのに供も伴れねえという、人を見縊ったやりかたがどうなるか、鯉の鬼九郎がどれほどの男か、今夜こそは思い知らせてくれよう」
「それにはここは地理が悪いぞ、うっかりすると小野の門人たちが助けに出る」
「わっちらは堀端へ退きましょう、あとへ若旦那と十人ばかり残しておきますから、※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]さねえように跟けて来てくだせえ」
 鬼九郎は振返って、
「――藤兵衛どん」
と呼ぶ、店の奥から筆屋の主人藤兵衛が出て来た。藤兵衛は鬼九郎の妹婿に当っているので、今宵の待伏せに店を借りたのだ。
「これは兄さんおいでなさいまし、様子は伺っていましたが却って御挨拶に出ないほうがよろしいと思いましたから」
「そいつは勝手だが、酒はあろうか」
「堅気のことでたんとの用意はございませんが支度を致しましょう」
「世話をかけて済まねえ、冷でいいから急いで頼む」
 酒の支度に藤兵衛が引込むのと、ほとんど同時に、店の表が騒がしくなって、
「乱暴な、そんなにせんでも――」
と云う声と、子分たちの、
「うるせえ、黙って歩《あゆ》びやあいいんだ、――やい阿魔を逃がすな」
 勢い立つ喚き声がして、すぐに潜戸が明いたと思うと、だっと二人の者が土間へのめり込み、あとから四五人の子分が入って来た。のめり込んで来たのは、――浪人麻田邑右衛門と、小鼬のお絹であった。
「何だ何だ、こいつらあ――?」
「何だか知らねえが不審な野郎どもなんでしょ曳いて参りやした」
 銀太というのがお絹を指して「宵のうちっからこの阿魔め、道場屋敷の廻りをうろうろしゃあがって、変な具合だと思ってると、こっちの浪人者が探しに来たというふうで、二人でこそこそ話してるのを聞くと山内鹿之助てえ名前でさあ、何か曰がありそうだと思ったから、連れて来やした」
「馬鹿なことを云うな」
 邑右衛門は、のめった時に口の中へとび込んだ砂粒を吐出しながら、
「不審も何もない、拙者はこの娘の介添で、この娘は父の仇を討とうとしているのだ、つまり拙者は助太刀役なので、別におまえがたに関りのあることではないはずだ」
「――父の仇だと?」
 埜田八十吉が聞きつけて身を乗出した。そして燈火の蔭になっている娘の姿を見ると、
「やっ」
と云って立上った。

[#8字下げ]八の五[#「八の五」は中見出し]

「小鼬、――お絹でないか」
「――え?」
 己の名を呼ばれて、ぎょっと顔をあげたお絹は、そこにいるのが八十吉だと見るなり、
「あっ!」
とはね起きた。
「動くな」
 八十吉は大股に踏寄って「こいつは意外な対面だ、まさか拙者を見忘れはしまいな」
「若旦那さまは御存じの者でございますか」
 鬼九郎も寄って来た、――邑右衛門は救われたように、
「それだから拙者が繰返して申したのだ、その娘は仇討をするために」
「仇討――? 誰を討つのだ」
 八十吉が振返って訊いた、
「む、無論その、山内鹿之助という」
「馬鹿なことを」
 八十吉はせせら笑って、「鹿之助はこの女が恋慕している相手だ」
「な、なにを――そ、それこそ馬鹿な」
「女に訊いてみるがよかろう」
 年は親子ほど違うが、八十吉の態度はまるで圧倒的だった。邑右衛門は惨めにおろおろしながら、
「これお絹どの、いまこの仁が云われたことは何かの間違いであろうな、山内鹿之助は真のところおもとにとっては」
「情人《いいひと》です――」
 お絹はくっ[#「くっ」に傍点]と面をあげて叫んだ、
「鹿之助さまはお絹の情人です、ええ、お絹が一生の良人と定めた大事な大事な殿御です、それがどうかしましたか」
「――※[#感嘆符疑問符、1-8-78]」
 邑右衛門は仰天した。八十吉は残忍な冷笑を浮べながら、
「それがどうかしたか? まあどうするか見ていれば分るだろう、――鬼九郎、そちにこの女を預ける。先に堀端へ連れて行ってくれ、鹿之助一行の手足を縛るにはよい囮だ」
「ようごぜえます、銀太――阿魔をしょ曳いて行け」
「卑怯者!」
 お絹は鋭く叫んだ、「正面から向って敵わないものだから、あたしを枷にしようというのだね。それでも侍の子か!」
「吠えろ吠えろ、貴様の遠吠えることによると今宵限りだぞ」
「どっちの遠吠えが今夜限りかは、山内の坊ちゃまと会ってからのことでしょう、宵のうちから見ていると、だいぶ大勢狩集めてあるようだけれど、ふん、――ちょいと鹿之助さまは強うござんすからねえ」
「頬桁を叩かずと歩べ」
 銀太がどんとお絹を突飛ばした。
 そこへ藤兵衛が酒の支度をしてきたので、鬼九郎は重立った子分を集め、八十吉を中央において、盃を配った、
「さあ皆、この盃ゃあ飲んだら割ってくれ」
「――盃を割る?」
 子分たちは不審気に見上げた。
「一言で云やあ死んでくれというのよ、今夜の仕事あ若旦那のお手伝いばかりじゃあねえ、――深見重左衛門と夢の市郎兵衛、二人とも供も伴れず雁首を揃えているのを幸い、かねての遺恨を晴らしてくれるのだ、場所は堀端――」
 云いかけたところへ、
「親分、出て来た出て来た」
と見張の者がとび込んで来た。
「なに来たと」
「駕籠が三挺、脇門から出てこっちへやって来ますぜ」
「よし、見張ってろ」
 鬼九郎は立上って、はっしと盃を土間へ叩きつける、一同それに倣っていずれも盃を割り、刀の目釘をしめして起った。
「では若旦那!」
「うん、ぬかるな※[#感嘆符二つ、1-8-75]」
 頷き合って外へ出る。――戸惑いをした猫のように、うろうろしていた邑右衛門は、鬼九郎のあとから跟いて出ながら、
「その、――いかがでござろう、拙者もお助太刀を致したいが、実は拙者もいささか山内と申す者に遺恨がござるで」
「邪魔だ邪魔だ」
 鬼九郎もさすがに、見ただけで相手がどんな人間か見当はつくとみえ、邑右衛門の言葉などは耳にもかけず、手ばしこく人数の配分を決めたうえ、急ぎ足に堀端のほうへ立去った。
 八十吉は弟とともに、残った十人ほどを家並の軒に伏せて待っている――邑右衛門は身のおきどころに困って、おるにおれず、去るに去れず、しばらくその辺でうろついていたが、やがて向うから駕籠の提灯が近づいて来るのを見ると、鼠のようにこそこそとどこかへ隠れてしまった。三挺の駕籠は勢よく近づいて来た。

[#8字下げ]九[#「九」は中見出し]

 まだ夜半過ぎであった。
 埜田八十吉兄弟や鯉の鬼九郎一味のかけた罠を、早くも看破した次郎右衛門の計いで、脇門から出た三挺の駕籠には、次郎右衛門と高弟両名が乗り、一味の眼につくように堂々と出掛ける一方、――見張の解かれるのを待って、重左衛門、市郎兵衛、鹿之助の三人は裏口から逃がしたのである。
 三人が本所の深見重左衛門の寄合部屋へ帰ったのは、もう午前一時《ここのつはん》を廻っていたが、そこにはすでに次郎右衛門が二人の門人とともに先着していた。
「御無事でござりましたな」
 市郎兵衛が、衣紋の崩れもない忠明の様子を見て云った。
「市郎兵衛の前だが、町奴というやつは心掛の悪いものじゃな、――堀端の一番町のところで取巻きおったが、儂の面を見ると物も云わずに逃げ出したぞ」
「それは町奴ならずとも逃げましょう」
 市郎兵衛は苦笑して、「この鹿之助殿なら知らぬこと、小野先生と知ってぐうとも云えるものじゃあありません」
 鹿之助は顔を赧らめて俯向いた。
 重左衛門はこのあいだに、夜中ながら部屋の重だった者を起させていた。花房一学《はなぶさいちがく》、鶴舞玄之進《つるまいげんのしん》、越川額右衛門《こしかわがくえもん》、延田欣助《のぶたきんすけ》、道家右馬之介《みちいえうまのすけ》、生田兵右衛門《いくたへいえもん》の六名、――いずれも浪人だが深見部屋の力士として、今や江戸はいうまでもなく近郷にまで名を知られている豪の者揃いだった。
 酒の支度ができて、小野次郎右衛門を仮親に、鹿之助の部屋入り固めの盃が廻された。六人の者もいずれ劣らぬ逞しい体をもっていたし、稽古で錬えた肉付はすばらしいものであったが、いざ席を並べて見ると鹿之助の巨躯は驚くほど眼立った。
 ――これはとても我々の手に負えぬぞ。
と六人はひそかに舌を巻いた。
 固めの盃が終ると、次郎右衛門は懐中から生紙に包んだ物を取出して、静かに鹿之助のほうへ向直った。
「――鹿之助、これは忠明がそちの首途《かどで》へ餞別《はなむけ》じゃ、開いてみい」
「は、かたじけのうございます」
 鹿之助は押頂いて紙包を開いた。中には一握の清塩《きよめじお》が入っていた。
「――?」
「塩じゃ」
 鹿之助の解せぬ眼許を、きっと見戍って次郎右衛門が云った。
「塩は天地万象活気の素づくところじゃ、水に土に遍満して四大の精髄となり、また汚穢を除くこと、かしこくも伊弉諾尊《いざなぎのみこと》が橘の檍《もち》ヶ原に行わせられし潮のみそぎに於て顕章《あきらか》じゃ。――我が相撲の心は、まことにこの塩のごとく、日本国の太初以来民心の精をなし汚穢を祓い、入っては神を興し出ては武を熈《あきら》にし、国運隆昌の根柢となってきたのじゃ。さればこそ宮廷におかせられても、垂仁朝の七年|野見宿禰《のみのすくね》、当麻蹴速《たいまのけはや》の決闘天覧を濫觴《らんしょう》とし給い、後、節会として永年これを行わせられたが、中古このかた戦乱うち続いたため、いつしか衰微して今日に至っている。しかし時期は来た、――今こそ相撲再興の機運到来じゃ、これを興し、これを煥発するは今を措いてその期は無い、鹿之助!」
「――はっ」
「そち、塩となれ。相撲が単なる技でなく、神国万民の真髄をなす塩であるように、そちは相撲の塩となるのじゃ、忘るな」
「――胆に銘じて、……」
と鹿之助は平伏したが、
「御免!」
というと、清塩の包を持って座を辷り退る。そのまま裏手へ出て行ったと思うと、すでに霜を結ぶ夜気の中で、しばらくはざあざあと水垢離《みずごり》を取る気配がしていた。
 座敷の北面には、注連《しめ》を張廻した土俵が築いてある、――水垢離を取った鹿之助は、やがて全身溌剌と血色を発した裸身になって、この土俵の際へ進寄った。次郎右衛門は会心の笑を浮べながら、ずいと座を端へ進める、重左衛門も市郎兵衛も、六名の力士まで、思わず衿を正して向直った。
 鹿之助は土俵へ登る作法を何も知ってはいない、しかし千万の作法も――いま鹿之助の心裡に燃えている情熱のまえには無力であろう。彼はまず土俵に面してつく這い、じっと息をひいて精神を鎮めた。
 今こそ、今こそ『土俵』が見えて来た、土俵は『神』である、微塵の邪気も容るるを赦さぬ。清藁《せいこう》で結んだ土俵を見よ、注連を見よ、清砂を見よ、
「――――」
 鹿之助は両手を下して礼拝した。それから清塩を掴んで左右の肩へ振掛け、柏手を打ってから、静かに腰を上げて土俵へ登った。――心気は虚空のごとく澄み、勇力は五体に火のごとく燃えている。鹿之助は歓喜に躍動する意をそのままに、まず大きく左足を上げ、――この力の輪金際まで届け、とばかり、
「……う――む」
という気合とともに踏下ろした。重々しく、大きく、力強い地響が、柱を伝って家棟を震憾させた。次郎右衛門はその響きの中に、
「天下泰平!」
と叫んだ。――鹿之助は満空の気を吸い尽すように、深く深く息を吸い込むと、さらに渾身の力を奮い起して、右足を大きく高く上げた。



底本:「強豪小説集」実業之日本社
   1978(昭和53)年3月25日 初版発行
   1979(昭和54)年8月15日 四刷発行
底本の親本:「相撲」
   1936(昭和11)年5月~12月
初出:「相撲」
   1936(昭和11)年5月~12月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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