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harukaze_lab @ ウィキ

世間

最終更新:2019年10月23日 18:02

harukaze_lab

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管理者のみ編集可
世間
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)悪田君次《あくたきみじ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)摩|徳三《とくぞう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#8字下げ]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

 悪田君次《あくたきみじ》はどちらかというと小男のほうである、ずいぶん苦心して高く見せようとするのだが、やはり小男ということに変りはない、彼はそのことを気に病んで、
「おれがもう二寸高ければもっと出世をしているんだ」
 と云い云いした。それからまた彼はまだ三十そこそこなのだが、もう頭がうすく禿げかかっているし、活気に満ちた額は禿げる人に特有の光かたをし始めている(しかしもちろんこんなことは重要ではない)。彼はいつもきちんとした身状《みなり》をして、帽子と買物包を手に持ち、大股に街を歩いている。そして友達をみつけると高く片手をあげながら、
「やあー」
 と叫ぶ、「君に会うだろうと思っていたよ、お茶でも飲もう」
 そして相手がそれに諾否の答えをする暇もなくさっさと近くの喫茶店へはいって行くのである。そういう押つけがましい態度がひどく得意で、人がどう思うかなどということを考えていた日にはとても生きてはゆかれないというのが彼の信念であった。
 悪田君次は借金の名人として友達なかまに知られている、たんになかまばかりでなく、彼を知るほどの者でまだ一度も彼から無心をされなかったという者はない。彼は着道楽といわれるにふさわしいだけの衣類を持っているし、必要以上の贅沢な室を借り、また三千冊に足んとする蔵書を積み上げているが、これらのものはほとんど誰かのふところを痛めた結果にほかならぬのだ。つまり悪田君次はのっぴきならぬ借をするばかりでなく、まったく不必要と思われる借までするのである――もっとも後者の場合にものっぴきならぬ口実をつくることに遠慮はしないのであるが。
「盲腸が痛みはじめてねえ君」
 と彼は云う、「おとつい君と麦酒《ビール》を呑んだのがいけなかったんだ。医者は二週間ほど絶対安静にしろと云うんだが、二週間なんてどうにも凌ぎがつかない、弱ってるんだよ」
「僕もいま手もとに無いんだが」
「君は雑誌ヂャックに書いていたじゃないか、あそこの稿料は二十日が支払い日じゃなかったかね、ああ……畜生」
 と彼はひどく辛そうに脇腹を押える、「またしくしく始めやがったぞ、これはいよいよ切開手術かもしれない、弱り目に祟り目だ」
 そして友達からなにがしかを借受けると間もなく、彼は片手に何かの買物包みと帽子を持って、大股に街を歩いているのである。
 あるとき彼は小説家の頭岸九太郎《とうぎしきゅうたろう》氏に紹介された、そのとき頭岸氏は彼の癖を聞いていたので、
「あらかじめ断っておくがね君」
 と彼に会った、「僕は原則として金の貸借をしないことにしているんだ、わずかばかりの金のためにお互いの友情を傷つけるようなことはばかげているからね」
「ああそうですか」
 と悪田君次は答えた、「僕はまだわずかばかりの貸借で傷つけられるような友情なら、はじめから軽蔑しますね」
 もっともこの会話をどのあたりまで信じてよろしいかは分らぬ、というのがこれらの言葉は悪田君次が自分で友人に語ったもので、そのとき彼はその友人に金を借りようとしていたのであるから。
「要するにねえ君、人間の生きかたは一つしかないんだ。貸方になるかそれとも借方に廻るか――大事なのは金ではなく、金のどちら側へ立つかなんだ」
 と彼は云う「たとえば君と僕にしよう、どちらが金廻りが良いかというともちろん僕のほうが良い、もちろんこれは仮定だ――ところで二人で一緒にお茶を飲む、人間というやつは金廻りの良い相手に奢られることを自尊心に恥るものだが、そのお茶の代金を君が払う、ここが要点だぜ……初めに君が払った、だから次には僕の番だと思うだろう、ところがそううまくはいかない、二人の位置はもう定《き》まっているんだ。君はどこまでも貸方だ、たとえ君が父親の葬式に必要な金しか持っていないときでも支払いは君がする、ときによって異例があるとしても、それはたんにひとつの現象であって、いちど決定した二人の位置はけっして変らないのだ、嘘だと思ったら君自身の経験をよく考えてみたまえ」
 だから自分は借方に廻るのだという悪田君次の世間学は、押つけがましい彼の態度に似合った低俗なドグマにすぎなかったが、それにもかかわらずみんな思い当るものを考えさせられたのは事実であった。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 悪田君次は大森馬込町の丘の下に住んでいる。その町は十年ほど前まで『日本のバルビソン』と呼ばれたことがあり、多くの書家や詩人たちが住んで一種の調子の高い雰囲気をつくりあげていた土地であった。その後幾多の変遷があって、二三の人を残すほかたいていどこかへ逃げだして(こういう雰囲気にながく堪えることは容易ではない)しまったが、今でも丘の上の赤屋根の家や、家陰のじめじめした小径や、潰れてしまった酒屋の廃屋などに、その頃の消しがたい伝説や亡霊がのこっていて、新しく移って来る人たちに奇妙な感銘を与えるのである。――さてある夜のこと、悪田君次は頭岸九太郎氏のところで志摩勇三《しまゆうぞう》にひきあわせられた。頭岸氏は東洋的な強いアクセントをもつ短編作家として知られ、また酒豪ということでも名があったから、氏の書斎にはつねに吟遊放浪の詩人たちが集まって来た。志摩勇三もむろんその一人である。
「悪田君」
 と志摩は汚い手を差出しながら云った、
「僕はこれっきりの人間なんだ、嘘も隠しもないこのとおりの人物だ、何もかもざっくばらん[#「ざっくばらん」に傍点](彼はいつもそう訛った)にやっていくのが僕の主義なんだ、なあ頭岸――君はよく知っているだろう」
 頭岸氏はにやにや笑いながらこの良き取組を見守っていた。
 志摩勇三はそのとき三十八九であったろう、蒼白い顔に口髭を美しく刈りこんで、高い額をあげながらものを云うときにはなかなか高邁な感じを相手に与えるのだが、気の毒なことに右足がびっこでおまけに顔面神経痙攣とでもいうか、二三分おきに顔の右半面が電光のようにひきつれ、同時に鼻と喉の奥から一種の擦音を発するのである。この痙攣が起るときには鼻の下がぐっと伸び、右の眉が上下に烈しく動き、また右の眼だけがぱちぱちと眼叩きをするので、ちょうどそれが相手にウインクを与えるように思われるのであった。
 志摩勇三は勝手放題なことを云って悪田君次に肉薄した。彼は一番劣等な言葉でしか高い感情を表現することのできぬ一時代の詩人たちの一人であった。
「おまえふぐり[#「ふぐり」に傍点]があるだろう、悪田君次。何をびくびくするかい、もっとまっすぐにこっちを見るんだ、おまえは自分のふぐりを掴むか。え? 為事《しごと》ができるかできぬかはそれを掴んでみれば分るんだ、おれなどは毎朝……」
 それから彼は悪田君次の背中を力いっぱいどやしつけ、きさまは気に入ったと云いながら押しころがして頬ぺたを舐めた。
 それはじつに奇妙な場面であった、悪田君次はどうかして威厳を取戻そうとするようすで、肩を揺り上げたり咳をしたり鼻にかかる声で諧謔を述べたり、それからまた顎をつきあげたりしてみるのだが、相手はもうてんでこっちを良い餌食だと思いこんでいるので、どんな示威運動も効を奏さなかった。志摩勇三は思うさま彼を疲らせたあげく、
「だが、それにしても」
 と改った調子で云いだした「悪田君次は良い顔をしているな頭岸、こいつは大きな野心をもっている。そうだろう悪田、おまえの顔には大きな野心がはみ出しているぞ、おまえはきっと伸び上るぞ」
 そうして悪田君次が身構えをする暇もなく、「ときに金を少し貸してくれないか」
 と云った。
 悪田君次があとになって告白したところによると、このときの志摩の気合には「一分の隙もなかった」という。剣道の名人が人を斬る場合にも、あれほど正確に相手の急所を衝くことはあるまい、ということであった。
「なんだ、まだあるじゃないか」
 悪田君次が銀貨を二三枚出そうとしたとき、志摩勇三はすばやくがまぐちの中を覗きこんで入った、「みんな貸したまえ、いま頭岸に原稿を頼んでおいたから二三日うちにはみんな返すよ、やあありがとう」
 志摩勇三は袂へ金を投込むと、べつにありがたくもなさそうな調子でにやりと笑った。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 頭岸氏は貧乏ゆすりをしながら、悪田君次がまんまと金を『借りられたというこのすばらしいニュース』を、最初に誰に話してやろうかと、ぞくぞくしながら考えていた。
 志摩勇三が傲然と帰って行ったあと、悪田君次は不安そうに、そしてまた責任の大半は頭岸九太郎氏にあるかのごとく、
「なにしろきょう洗濯屋が勘定取りに来る日なんでそれをみんな持って行かれちゃってまったく困りますよ」
 としょげた顔つきをした。頭岸氏はつきあげてくる嬉しさをまぎらすために、ますます貧乏ゆすりの調子を大きくしながら、
「僕のところでも電燈を止められそうなんだ、洗濯屋なんか君どうにでもなるが電燈を止められては敵わんからな」
「いったい志摩というのは何者ですか」
「彼は君あれだけの男さ、だがあれでも大阪の志摩|徳三《とくぞう》の三男だからな、今では勘当になっているがいざとなれば二万や三万の金は右から左へ撒きちらせるやつだよ」
「それは本当ですか」
「無論本当だ、だから君十円や二十円のはした金を貸したからって、そうくよくよする必要はないよ」
 悪田君次は説明しようのない深遠な表情をしながら帰って行った。
 志摩勇三は金を返さなかった。たんに返さなかったばかりでなく、隙さえあると借りに来た。しかもその態度において悪田君次をまったく抑えたのである、――彼は巧みに自分のびっこや、顔面神経痙攣や、右の眼だけのウインクや、鼻と喉の奥から洩れる擦音や、それらの武器を自由に駆使しつつ相手を絞りあげるのだ。
 彼は初めて悪田君次の部屋へやって来たとき、積みあげてある書物にじろりと一督をくれるや、にやりと遠慮もなく冷笑して云った。
「君はずいぶん本を持っているな、僕も若い頃は蔵書道楽でね、篏込《はめこみ》書棚へこうずらりと背革を並べては眺めているのが好きだったよ、もっともそんな趣味は二年とは続かなかった、間もなくみんな叩き売って呑んじまったがね」
「だが僕はべつに眺めるために本を買うんじゃないぜ、今のところは何よりも――」
「僕の云うことをそう気にする必要はないさ、いまのは話だ、それからこうして立派に本の並んでいるところはやっぱり悪くはないよ」
 悪田君次はひどく自尊心を傷つけられて不機嫌に黙った。ところが志摩勇三にとっては相手の不機嫌などは屁のようなものである。彼は書物の山から悪田君次が自慢にしている稀覯《きこう》本をみつけだして、顔面をひきつらせながらせかせかと褒めあげ、見る者が見ればこのような本一冊あるだけで蔵書の価値が決定できる、などとわけの分からぬことを云ったあと、すばらしい気合で悪田君次のがまぐちから金を巻上げてしまった。
 情勢はすでに決定したのである、十五銭の電車賃から割れた下駄の代金まで悪田君次は絞り取られた。そしていつも、借りる志摩が毅然としているに反して、貸すほうの悪田がおずおずしているのであった。
 この関係はおおよそ一年あまり続いた、すると不意に志摩勇三はどこかへ見えなくなってしまった。悪田君次はついにそわそわし始め、頭岸氏のところへ行っては、
「志摩はどうしていますか、来ませんか」
 と気遣わしげに訊くのであった。
「このごろちっとも現れないが、やつのことだからどこかへめりこんでしまっているんだろう、だが彼になにか用事でもあるのかね」
「いやべつに」
 悪田君次は慌てて話題を変えたが、そのうち何気ないふうを装って、志摩勇三が大阪の志摩徳三の三男であるというのは本当のことかどうかと訊ねた。
「そういう噂もあるねえ」
 と頭岸氏は答えた、「いや、たしかにそうだと聞いたよ。だがそれがどうかしたのかね」
「べつにどうということもないんですが、あなたがいつかそんなことを云っていたじゃありませんか、もし本当に志摩徳三の子供なら、今頃は勘当を許されて何か大きく商売でも始めたんじゃないかと思いますがね」
「それもそうだな」
 頭岸氏は眼尻ですばやく悪田君次の顔色を読んだ。そしてふくれあがってくる可笑さを打消すために、腕組をしたまま貧乏ゆすりを始めた。
「そうだ、ことによると今頃はどこかで豪遊でもしているかも知れないな、やつはこのまえにも一度勘当を許されたことがあるよ、ところがきゃつのことだからすぐ良い気になって、なんでも四五万ばかりつまらなく費い捨てちまったんだ」
「遊ぶんですか」
「遊ぶのなんのって、まるで途方もないとやるからな、まるで君話だよ」
 悪田君次は不安そうな眼で壁のどこかをまじまじと見守っていた。
 志摩勇三が、本当に大阪の金貸王志摩徳三の三男であるかどうかということについてはよく分っていない。本当だとすると幾多の疑問があるし、また嘘だと云ってしまえぬ事実もあるのだ、それについてはあとに語るが――とにかく悪田君次の気持はひどく混乱し始めた。
 かような状態で九十日ほど経った、ある夜のこと、悪田君次は付近の交番巡査の訊問を受けたのである。
「君は志摩勇三という男を知っているか」
 と巡査が云った。「その男がいま堀留署にあげられていて、君を引取人に指名しているそうだから、十五円持って引取りに行くように、すぐ行かぬとめんどうだから」
「しかし、いったいどういうことであげられているのですか」
「なんでも無銭飲食だそうだ」
「僕が行かなければならぬのでしょうか、じつは志摩と僕とはほんの顔馴染み程度の仲で、ほかにもっと深い交際をしている者があるんですが……」
「君を指名するほどだから相手は君をもっとも信頼しているんだろう、とにかく行くだけは行かんとめんどうだから」
 そう云って巡査は立去った。
 悪田君次は憤慨した、なぜなればその日彼は頭岸九太郎氏から二十円ほど借りたばかりで、彼はそれにいくらか足して明日にでも新しく洋服箪笥を買うつもりでいたからである。しかしどうしようもなかった、彼は――どこかで豪遊しているであろうという予想とはあまりにかけ離れた場所へ、志摩を引取りに出かけて行った。
 志摩勇三はすりきれた垢まみれの衿に、無精髭を伸ばしたみじめなかっこうで、警察署の片隅にふととろ手をして慄えていた。
 しかし悪田君次の姿をみると急に肩をあげながら、
「やあすまんな君」
 と叫んだ、「つまらぬ側杖を喰ってひどいめに会ったよ、金は持って来てくれたかね」
「持って来たよ、なにしろ面倒なことになるかも知れんと云うんで、じつは僕も一文無しのところだったからね、本を売ってどうやら作って来たんだ」
「なに本なんかどうにでもなるさ」
 志摩勇三はうす汚れた手で紙幣をひつ掴むと、ベンチの端のほうに座っていた日本髪の肥った女のほうへ振返り、当直巡査に向ってぺこぺこ何やら釈明しながら金を支払った。
 警察を出ると、志摩勇三は隙もなくしゃべりだした。どうして無銭飲食などにひっかかったかということをくどくどと説明するのであった、しかし悪田君次にとってはそんなことはどうでもよろしかった。
「君はどうしていたんだ、まるで馬込へ来なかったじゃないか」
「うん、しばらく大阪のほうへ行っていたんだ」
「勘当を許されでもしたのかい」
「あはははは、勘当か」
 志摩勇三はびっこをひきひき笑った。その笑い声は悪田君次の底心を鋭く刺してあまりあるものだった、そこで悪田君次は狼狽しながら心の内で怒り、ぶすりと黙った。
「勘当されているのはおればかりじゃないぞ悪田君次」
 志摩はやがて喚きだした、「君も勘当されているんだ、頭岸だってそうだ、我々はみんな人生に勘当されているんだぜ」
 そして鼻と喉の奥から擦音を出し、街角で悪田君次から電車賃を借りて立去った。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

 そんなことがあったにかかわらず、志摩勇三はやはり馬込へ現れなかった。
 志摩徳三の三男であるということに疑いをもちはじめた悪田君次は、こんど志摩が借金を申し込んできたら手厳しく拒絶してやろうと待ちかまえていたが、彼の気を良くする機会はなかなかやってこなかった。かくて前の夜のことがあってからさらに六十日ほど過ぎた、ある日暮がたのこと――、悪田君次は誰か道から自分を呼んでいるのを聞きつけて窓を明けた。
「おーい悪田」
 坂道のところに自動車が一台停まっていて、その小窓から志摩勇三が首を出していた。
「やあいたな、ちょっと下りて来ないか」
「どうしたんだ」
「今度おれはさんわ[#「さんわ」に傍点]貯蓄銀行の品川支店長になったんだ、おまえまだ知らんのか」
「本当かい、それは……」
「これを見ろ」
 志摩は扉を明けて道へとび出した。きりたてのすばらしいモーニングだ、髪毛も油でかためているし髭も美しく刈りこみ、二十円以上とひと眼でふめる靴をはいている、――彼は右手の拇指をチョッキの脇へはさんで、
「昨日から就任祝いをやっているんだ、築地のせんなり[#「せんなり」に傍点]で芸者十五人あげづめよ、みんな来ているんだ、頭岸も精井も浜迫もいる、みんなへべれけになっているんだぞ。おれだけはきょう銀行へ出てさっきまで事務をみていたんだがこれからまた行かなくちゃならぬ、それでおまえを誘いに来たんだ。下りて来い」
「いまちょっと為事をしているんだが」
「ばかな、きさまの顔には行きたくてしようがないということがはっきり出ている、為事なんかうっちゃっとけ、金が入用ならおれが融通してやる、早く下りて来いよ」
「じゃあ、支度をするから」
「支度なんているかい、そのままでじゅうぶんだ」
 悪田君次は立上った。志摩勇三が志摩徳三の三男であるということを彼は湯のように胸の中でたぎらしながら外套をひきかけるのもそこそこに階下へ下りて行った。ところが下駄をつっかけて玄関をとび出し、坂道のほうへ下りかかると――志摩勇三はふいに片手をあげて、
「いや待てよ」
 と考えながら云った、「待てよ、こいつは少しおかしな具合だぞ、おれがきさまを贅るというのはかっこうがつかねえぞ」
「――――」
「止そう悪田君次」
 志摩勇三は傲然と云った、「おれは独りで行くよ、そしてきさまのところへはやはり十五銭借りに来るよ、失敬」
 そして彼は顔面神経をひきつらせながら悠然と車の中へ乗りこみ、ばたんと扉を閉めて大声に築地へ行けと叫んだ。
 そして自動車は坂道を下りて走り去った。
『貸方と借方とは人間関係を決定する』という世間学を語るとき、悪田君次の表情がいかに悲痛な黙示をもつようになったか、彼の友達なかまで今やそれに気付かぬ者はない。



底本:「現代小説集」実業之日本社
   1978(昭和53)年9月25日 初版発行
底本の親本:「アサヒグラフ」
   1936(昭和11)年2月5日号
初出:「アサヒグラフ」
   1936(昭和11)年2月5日号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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