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  • 金作行状記

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金作行状記

最終更新:2019年11月13日 18:03

harukaze_lab

- view
管理者のみ編集可
金作行状記
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)猪塚《ししづか》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)番|頭《がしら》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「蚌のつくり」、第3水準1-14-6]
-------------------------------------------------------

[#3字下げ]夕立の女[#「夕立の女」は大見出し]

[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

「猪塚《ししづか》はなんとかしなくちゃいかんな、あのまま置くといまになにか面倒な事が起るぞ」
「……うん」
「あののさばり[#「のさばり」に傍点]方は眼に余る、浪人者からいきなり新規二百石、然《しか》も近習番《きんじゅうばん》という異例な取立てに逆上しているんだ」
「……うん」
「あの直心影流《じきしんかげりゅう》も稀代《きたい》のものには相違ないが、ああ邪気が強くては真の役には立たん、あれは邪剣というやつだ」
 神田市之進は如何《いか》にも正義派らしい口振でまくしたてたが、大信田金作《おおしだきんさく》の気乗りのしない様子に気付いて、
「また『うん』か、分ってるよ」
 と苦笑した。
「猪塚幸右衛門は猛虎《もうこ》の如《ごと》く、大信田金作は鈍牛の如しだ、我々がいちばん不審なのは貴公が平気であいつをのさばら[#「のさばら」に傍点]して置くことさ、なんとかしなくちゃならんのは近習番|頭《がしら》たる貴公の役目だぞ。分った『うん』なら代りに云《い》ってやるよ」
「……ばかに暗くなったではないか」
「や、こいつは悪い、夕立が来るぞ」
 市之進は空を見上げて、
「拙者は駆《か》けて行く、此処《ここ》で失礼」
「……うん」
「猪塚のことは考えてくれよ」
 そう云って市之進は走りだした。
 海の方は空半分もくもくと黒雲がわきたっている、遠雷も聞えている。颯風《さっぷう》が木々の梢《こずえ》を揺りはじめた、けれど大信田金作は急ぎもせずに歩いて行く。
 金作は明石藩六万石の近習番頭である、背丈は六尺に近く痩形《やせがた》ではあるが肩つきの逞《たくま》しい、眼の巨《おお》きな男だ、年は二十九歳、まだ独身で父も母もなく、城下|大辻下《おおつじした》の屋敷内には、七人の足軽を預っているが、自分では下僕一人を使っているだけで、至極のんきな身上だった。……主君|但馬守直常《たじまのかみただつね》は越前松平の直系であるが、大信田の家も越前以来の譜代《ふだい》で、殊《こと》に金作は但馬守直常から愛重《あいちょう》され、江戸でも国許《くにもと》でも殆《ほとん》ど御側去らずのかたちである。
 遂《つい》に雨がやって来た。
 けれど金作は同じ歩調で歩いている。いま神田市之進が鈍牛と云ったが、それは家中きっての有名な綽名《あだな》で、それゆえにまた、
 ――金作が腰をあげないうちは大した事じゃない。
 という定評さえ出来ている。
 黄昏《たそがれ》のように暗くなった空を、青白い電光がひき裂いた、そして突然に頭上へ雷鳴が襲いかかり、大粒の急雨がぶちまけるように降りだした。
「……是《これ》はいけないな」
 いけないに相違ない。遉《さすが》の鈍牛も迷惑そうに呟《つぶや》くと、通りかかった左手にある雲林寺の山門をみつけて入って行った。……するとその後を追うように、町家風の娘が一人、金作と一緒に山門のなかへとび込んで来た。
 金作がいるので遠慮なのだろう、隅の方へ身を寄せながらつつましやかに濡《ぬ》れた髪を拭《ぬぐ》ったり、脛《すね》にはねた砂を払ったりしているが、なんとなく身振りが頼りなげで、然も顔色がひどく悪い。年は十七八か、搗《つ》きたての餅《もち》のような肌理《きめ》の密《こま》かな肌、眉《まゆ》は薄い方であるが表情の濃いつぶらな眸子《ひとみ》がそれを充分に補っている。
 小柄で、しんなりとして、如何にも愛くるしいという感じの娘だった。
 金作は娘の方を振返って、
「そこは雨がはねるだろう、構わないからもっと此方《こちら》へお寄りなさい」
 と云った。
「……はい」
「遠慮をしなくともいいぞ」
「……はい」
 娘はすなおに寄って来た。
 雷はあの一度きりでずっと遠|退《の》いたが、片明りの暗い空を截《き》って、銀色の雨はまだ滝のように大地を叩《たた》いている、家々の屋根や、土塀や、地面からはねあがる雨しぶきで、四辺《あたり》は濛々たる濃霧に包まれたようだ。
 ――よく降るな。
 金作は心地よげに、眼を細めてこの有様を眺めていたが、ふと後の方で妙な気配がするのに気付き、振返ってみると、どうしたことか娘がそこへ倒れていた。……俯向《うつむ》けに、胸を抱えるようにして、前のめりに崩折れているのである。
「これは、……どうしたのだ」
 金作は驚いて、肩へ手をかけながら、
「確《しっか》りしなさい、どうしたのだ、気分でも悪いのか」
「……は、はい」
 娘は絶え絶えの声で、
「わたくし、……三日もごぜん[#「ごぜん」に傍点]を戴《いただ》きませんので、お眼を汚《けが》しまして……」
 と云うとそのまま気を失ってしまった。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

 金作がこんなに困ったことはない。
 どしゃ降りの夕立で四辺に人もいず、山門のなかに二人っきりでいた相手の娘が、不意に気を失ってしまったのだからどうしようもない、然しそのまま捨てて置くわけにもいかないので、倒れている娘の体を抱上げて雨歇《あまや》みを待った。
 そのあいだの途方にくれたことは無類であった。
 二十九の今日まで、異性の体に触れるのはこれが初めてである、相手は気を失っているというものの年頃の娘だ、濡れた肌のあまい香りや、両手に抱えた体の柔かい重味が、武骨な金作をどんなに当惑させたか、改めて記すまでもないことであろう。
 ……ともかくそれから四半|刻《とき》あまりも、彼は娘を抱えたまま恐ろしい渋面で夕立を睨《ね》めつけていたが、やがて雨が小歇みになると、折よく通りかかった駕籠《かご》を呼止めて娘を乗せ、そこそこに大辻下の屋敷へ帰った。
 見知らぬ娘を抱いて戻った主人を見ると、下僕の嘉兵衛は眼を剥《む》いた。
「……これはまた、旦那《だんな》様」
「心配するな、途中で会ったのだが、急病で困っている様子なので伴《つ》れて来た、向うへ寝かして医者を呼んでやれ」
「……畏《かしこま》りました」
 嘉兵衛に娘を預けて、金作は逃げるように居間へ去った。
 馳けつけて来た町医者は、ひと通り診ると過労のうえにひどい空腹ということが分ったので、粉薬を一|貼《ちょう》置いただけで帰って行った。
「すぐに薬を呑《の》ませ、粥《かゆ》をつくってやりましたら、いま気持よさそうに眠っております」
「……そう云えば三日ごぜん[#「ごぜん」に傍点]を喰べていないというようなことを云っていたようだ」
「土地の者ではござりませんな」
「……なにか云っていたか」
「遠国から知辺《しるべ》を頼って来たとか、その知辺が行衛《ゆくえ》知れずで迷い歩いていたとか、そんなことを申しておりました」
「……眼が覚めたら会ってみよう」
 金作は哀憐《あいれん》の心を誘われて云った。
 娘が眼覚めたと知らせて来たのは夜の八時頃のことであった。行ってみると髪にも櫛《くし》を通し、帯も締直したらしく、見違えるように血色のよくなった面を俯目《ふしめ》に、きちんと床の上に起直っていた。
「どうだ、気分は直ったか」
「はい、とんだお世話をお掛け致しまして、なんとも申訳ございませぬ」
「遠くから来たということだが」
「……はい、加賀の在から……」
「頼って来た知辺というのはこの明石か」
「いいえ、……姫路のお城下でございます」
「娘の一人旅はなにか仔細《しさい》あることだろうが、知辺の行衛が知れぬとすると、これからまた加賀まで帰るのだな」
「…………」
 娘はちらと震える眼をあげて金作を見た、哀れな、縋《すが》るような眼であった。
「それとも知辺を尋ねるのか」
「…………」
「拙者に出来ることなら力になってやる、どうしたいのか遠慮なく云ってみるがよい」
 娘は深くうなだれたが、やがて袖《そで》を面に押当てると、まるい肩を震わせながら忍び音に泣きだして了《しま》った。
「泣いてはいけない、泣いては」
 金作は困って、
「加賀へ帰るとも、知辺の行衛を捜すとも、何方《どちら》にしろ出来るだけのことはしてあげる、と云っても直《す》ぐに此処を出て行けと云うのではない、気持が鎮《しず》まってからよく考えて、好きな通り云うがよい、分ったか」
 娘は泣きながら頷《うなず》いた。
「では今夜はもう寝るがよい……時に、拙者は大信田金作という者だが、おまえの名はなんと云うのか」
「……波江と申します」
 金作はもういちど慰めの言葉を残してその部屋を出た。
 明くる朝起きてみると、もう娘は襷《たすき》がけでせっせと拭き掃除をしていた。どういう身上の者かまだ知らないが、起居《たちい》振舞も下品でなく、どこかにきりりとしたところが見えて、金作の朝起きの眼には珍しく新鮮なものに思われた。「……旦那様」
 嘉兵衛は主人の表情を見て微笑しながら云った。
「なかなか良い娘でござりますな」
「……うん」
「言葉つきもはきはきしていますし、することもそつ[#「そつ」に傍点]がなく武家方のお嬢さまと云っても立派に通りまするぞ」
 金作は娘の姿を眤《じっ》と見やりながら、唇を曲げて微《かす》かに笑いをもらした。……その微笑をどう解釈したか、嘉兵衛もまたもういちど微笑した。
[#改ページ]

[#3字下げ]諍《あらそ》い[#「諍い」は大見出し]

[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

 金作が入って行ったとき、休息所ではもうその諍いが始っていた。
 近習番のお詰間《つめ》は御座《おざ》の間の次であるが、休息所は少し離れている、然し声高に罵《ののし》れば御座の間へ聞えなくはない、その諍いの声はもうその遠慮を忘れるほど高くなっていた。
 入って来た金作はその様子を知らぬ顔で、部屋の隅へのんびりと坐《すわ》った。
 やっているのは宇野文弥と猪塚幸右衛門であった。
 宇野は見るからに神経質な二十二歳の青年で、もう半分逆上気味である。幸右衛門は反対に落着きはらって、下唇の出た顎《あご》を喰反《くいそら》しながら、傲然《ごうぜん》と相手を嘲罵《ちょうば》していた。
 猪塚幸右衛門は主君但馬守直常が、数年まえに江戸表で召抱えた新参者であるが、直心影流の腕を買われていきなり近習番という異例のお取立てを受けた。……この殊遇をどう感違いしたのか、幸右衛門はすっかり増長してしまい、藩中|己《おのれ》の他《ほか》に人無しと云わんばかりの態度を示すようになった。少しでも逆う者があればすぐに腕立てである。実のところ彼の直心影流はすばらしいもので、今までにも多少自慢の者が何人となく立向いながら、一人として勝った者がなく、腕や足を打折られた者も四五人に及んでいた。
 その日の諍いがどんな原因から起ったものか分らなかった、恐らく武芸談かなにかが発展したのであろう。若い文弥はすっかりあがっ[#「あがっ」に傍点]ている様子で、
「いまの一言、取消されい」
 と叫びだした。
「取消す要はない」
 幸右衛門はまるで相手を馬鹿《ばか》にしきっていた。
「臆病《おくびょう》と見たから臆病と申したまで、それとも臆病でない証拠を見せるか」
「なんでもないこと、外へ出よう」
「ほほう、みごとやるか」
 文弥が大剣を掴《つか》もうとしたので、居合せた四五人が見兼ねて間へ割って入った。
「いかん宇野、よせ」
「こんな事で怒るやつがあるか、鎮まれ」
「放してくれ」
 文弥は絶叫した。
「臆病者と云われては武士として一|分《ぶん》が立たぬ」
「女々しく喚《わめ》かずと男らしく出ろ」
「なに、申したな」
「待て宇野、待てと云うに」
 文弥と幸右衛門を左右に押隔てながら、一人が振返って、
「大信田氏、お止め下さい」
 と助力を求めた。……金作はこの騒ぎも耳に入らぬ様子で悠然と天床《てんじょう》を仰いでいたが、呼びかけられて静かに眼を向けながら、
「いや、何誰《どなた》も止めるには及ぶまい、放しておやりなさい」
 と云った。……今まで黙っていた金作が意外な言葉なので押止《おしとど》めていた人たちも、当人たちも思わず鳴を鎮めた。
「お互い主君を持つ者は」
 と金作は言葉を継いで、
「一命を御馬前に捧《ささ》げてあるのだ、我儘《わがまま》の振舞いは許されない、然《しか》し武士として一分が立たぬという場合は、身命を賭《と》しても法外とは申せぬ。……御両所とも少年ではなし、堪忍《かんにん》のなることなら各々《おのおの》が止めずとも堪忍されよう、主持ちの身を承知のうえで堪忍ならぬというからには、止める方が無理というものだ。……御両所とも納得のゆくよう、存分にお立合いなさるがよい、各々もお止立て無用」
 そう云《い》ってまた天床へ向直ってしまった。
 押止めていた人々もこれを聞くと、互いに眼を見交わして手を引いたし、宇野文弥はそのまま逃げるように外へ出て行って了《しま》った。幸右衛門独りは太々《ふてぶて》しく大息をつきながらどっかり坐《すわ》って、まだ足らぬげに何事か云いだそうとしたが、……そのとき小姓の一人が足早に入って来たので遉《さすが》に口を噤《つぐ》んだ。
「大信田様、お召しでございます」
「……うん」
「お弓場でござります」
 金作は直ぐに立って出た。
 大庭の奥にある弓場では、四五人の近習を相手に但馬守が弓射《きゅうしゃ》をしていた。……直常はそのとき三十五歳、越前忠直卿《えちぜんただなおきょう》の弟忠良の曽孫《そうそん》で、親藩《しんぱん》の大守らしい風※[#「蚌のつくり」、第3水準1-14-6]《ふうぼう》と、英明|濶達《かったつ》な気質とで内外の敬慕を集めていた。
「お召しにございますか」
 金作は幕の端につくばった。
「金作か、此方へ来て余の相手をせぬか」
「……忝《かたじけの》うございますが、とてもお上には及びませぬ」
「弱音を申すな、勝負は時の運という、五本試合でその方が勝ったら褒美《ほうび》をとらせる、その代りもし余が勝ったら……」
「あいや、お断り申します」
 金作は微笑しながら云った。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

「断るとは、どうしてだ」
「金作めが負けましたらお上には松風《まつかぜ》の茶壺《ちゃつぼ》を御所望あそばしましょう……恐れながらそれは御免を蒙《こうむ》ります」
「うん、……はっきり申すやつだな」
 直常は苦い顔をした。
 松風の茶壺というのは名物で、金作の祖先大信田|靱負《ゆきえ》が、越前家にあるとき宰相忠直公から拝領したもので、以来大信田の家宝として秘蔵しているものだった。……先頃から茶を始めた直常がそれに目をつけて、頻《しき》りに懇望するのであるが金作はまた頑として承知しない。そうなると直常の方も意地で、どうにか隙《すき》をみつけて召上げようと色々手を尽しているのであった。
「そんな強情なことを申さず、やれ。勝負は時の運だ、余もこの頃はだいぶ怠けているからその方の方に分《ぶ》があるぞ」
「なんど仰《おお》せられましても同じことでございます」
 金作は微笑しながら云った。
「茶壺を御所望なれば御差料《おさりょう》の義弘《よしひろ》を頂戴《ちょうだい》仕《つかまつ》りまするまで」
「馬鹿を申せ、これは西巌院《さいがんいん》(忠直)様より伝わる家宝じゃ」
「松風の茶壺も同じく、西巌院様より拝領の家宝にございます。伝わる者に君臣の差こそあれ、御宝物の大切さに変りはございません、御所望なれば義弘とお取替え仕りますが、余の儀ではなんとしても……」
「もうよい、弓には及ばぬぞ」
 金作は平伏して退《さが》ろうとした。
 すると直常はふと振返って、
「待て金作、……余は茶壺が欲しい、よいか、茶壺が欲しいのだ。……欲しい物はどんなことをしても手に入れたいのが人間の我儘だ。覚えて置けよ」
「お上にも義弘をお忘れなく」
 直常はふと傍《かたわら》をかえり見た、小姓が捧侍している郷義弘《ごうよしひろ》の佩刀《はいとう》。……金作は再びそっと微笑しながら御前を退った。
 折よきお召で、幸右衛門の煩《わずら》わしい口を逃れた金作は、そのまま下城までお詰間を出ずに過した。……退出したのは五時《ななつはん》であった。帰途に就くと共に、昨日救った娘がどうしているかと思い、なんとなく毎《いつ》もよりは帰りが急がれるような気持で、
 ――おかしなことがあるものだ。
 と自分でも擽《くすぐ》ったい感じだった。
 鉄砲屋敷の辻《つじ》へさしかかった時である、今まで待受けていたらしく、金作の姿を見ると向うから足早に前へ立塞《たちふさ》がった者があった。宇野文弥であった。
「大信田氏、お待ち下さい」
 まだ昂奮《こうふん》が冷めていないらしく、色も蒼白《あおじろ》く、眼がひき吊《つ》っている。……金作は黙って足を止めた。
「城中で仰せられたお言葉に就て、改めて御意を得たい」
「…………」
「貴殿の仰せられた意味は、拙者に存念を晴らせというお考えですか、或《あるい》はまた私闘は成らぬという御|心底《しんてい》からですか」
「…………」
「それとも、拙者など猪塚とよう勝負はすまいという意味ですか」
 金作はあらぬ方を見ていたが、そのまま相手に構わず歩きだした。
「大信田氏、御返答を承りたい」
 文弥は追いながら叫んだ。
「拙者は譜代、猪塚は新参者ですぞ、居合せた者は理非を知っております、だからこそ仲裁に入ってくれたのです、それを貴殿独りが止立て無用と仰せられた。失礼ながら譜代の同輩として余りに情誼《じょうぎ》を忘れたお言葉ではないか、御心底が承りたい」
「…………」
「大信田氏、御返答のないのは、拙者を見下げてのことと存じてよいか」
 金作はそれでも黙って歩き続けている、……文弥は神経質な青年に特有の、嚇《かっ》となると理非の分別を失う性質をまる出しにした。「止立て無用」という一言が自分を辱《はずか》しめる言葉のように思えたのである、然もいま自分に一言の返辞もせず、冷然と歩いて行く金作の背を見ると是も非もなく逆上して、
「大信田! 待て!」
 喚《さけ》びざま、無法にも後から抜討ちに、だっとあびせかけた。
 然し金作は平気で歩いて行くし、斬《き》りつけた文弥はたたらを踏んで、道の上に見苦しくのめり倒れた。……咄嗟《とっさ》にはね起きたものの、改めて見ると金作の逞《たくま》しい背中は、まるで金城鉄壁そのもののように思われて、再び斬ってゆく勇気はどうしても起らなかった。
「思知らせてやるぞ」
 文弥は狂気のように叫んだ。
「必ず思知らせてやるぞ、大信田金作」
「…………」
 金作は矢張り無言のまま去って行った。
[#改ページ]

[#3字下げ]松風の茶壺[#「松風の茶壺」は大見出し]

[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

「珍しい、花など活《い》けたではないか」
「御意に召しましたか」
 嘉兵衛は行燈《あんどん》に火を入れながら、
「あの娘が致しましたので、矢張り女手があると家のなかに彩《いろど》りが出来まする、……掃除なども嘉兵衛めが致しますよりよく行届いて心地ようござります」
「……その辺でやめて貰《もら》おうか、また嫁を取れという積りであろう」
「もう早過ぎは致しませぬが」
 娘が食事を運んで来たので、嘉兵衛はそのまま退ろうとした。
「ああ嘉兵衛」
 金作は向直りながら、
「あとで蔵へ参ってお茶壺を出して来てくれ、手入れをしたいから」
「畏《かしこ》まりました」
 嘉兵衛はいい機会《しお》とばかり、
「では波江どの、お給仕を頼みますぞ」
 と云いながら出て行った。
 娘は行燈の光から羞《はずか》しそうに外向《そむ》きながら、つつましく給仕に坐った。……恐らく彼女の手料理であろう、質素ながら魚菜の味は日頃と似もつかぬほど美味で、盛付けにも密《こまや》かな心配りが見える。金作は我にもなく、
 ――嫁をお迎えあそばせ。
 という嘉兵衛の口癖を思出した。
「考えがきまったか」
 金作はふと箸《はし》を止めて訊《き》いた。
「加賀へ帰るか、それとも知辺《しるべ》というのを捜してみるか。……まだなにも身上を聞いては居《お》らぬが、加賀には父母がいるのであろう」
「はい、……いいえ」
 波江は眼を伏せながら、
「父も母も、もう居りませぬ」
「そうか、それは気の毒な……」
「…………」
「では拙者の方は仔細《しさい》ないから思案のつくまで此処《ここ》に居るがよい、武骨者の寄集りではあるが気兼ねはいらぬ、安心しているがよい」
「……はい、有難う存じます」
 波江は縋《すが》るような眼で金作を見上げた。
 食事が終りかかったとき、神田市之進が訪ねて来た。……波江の姿を見てひどく不審そうだったが、それよりも用談の方を急いでいるらしく、
「おい大信田……」
 相対して坐ると直《す》ぐ云《い》った。
「昨日《きのう》、下城の途中で宇野文弥が貴公に乱暴をしたというのは本当か」
「……誰がそんなことを云った」
「見ていた者があるんだ、城中の諍《あらそ》いのことも聞いた、貴公猪塚の味方をして文弥を辱しめたと云うではないか」
「……そんな事はないよ」
「いや、一同の噂《うわさ》は慥《たしか》にそうだと云うが」
「そんな事はないよ」
 金作は静かに同じ言を繰返した。
 市之進は頷《うなず》いて、
「よし、貴公がそう云うならそうだろう、然《しか》し文弥も可哀相《かわいそう》だぞ、ゆうべ猪塚の家へ押掛けて行って果合《はたしあ》いを申込み、却《かえ》って傷を負わされた結果、面目相立たずというので今朝いずれかへ出奔したそうだ」
「……ほう」
「拙者が云わぬことではない、猪塚はどうにかしなくちゃいかん。あいつは禍《わざわい》の元だ、文弥との諍いも貴公の所存でどうにか取捌《とりさば》きが出来た筈だ、新参者の分際でのさばり[#「のさばり」に傍点]返っている奴《やつ》と、気の弱い文弥とを同列に扱うとは、貴公の考えが分らぬ」
「……神田」
 金作はふと眼をあげて、
「貴公の家は譜代だな」
「……むろんだ、それがなにか」
「譜代だな、貴公の家は、……然しいつ頃から御当家へ御随身したか知っているか」
「……祖父の代からだと聞いている」
「ふうん」
 金作は深く息をして、
「すると、御祖父の代には新参だった訳だな」
「……そんなことを云えば」
「いやなにも云わないよ」
 金作は眼も動かさずに云った、
「お上の眼鑑《めがね》に協《かな》って家臣の列に加えられた者に、新参、譜代の差別はない。文弥などの腰抜ならともかく、貴公までそんなことを口にするのは不心得だぞ」
「…………」
「乱暴者かも知れぬが、猪塚は武士の魂だけは持っている、一朝事ある時には役に立つ男だ、然し文弥は腰抜だ、……己《おれ》は腰抜は嫌いだ」
 市之進は眼を伏せてしまった。
 腰抜は嫌いだと云った時の金作の眼に、曽《かつ》て見たことのない怒りの色を見たのである、こんなことは初めてであった。そして金作が怒っているというだけで、市之進にはもう問返すべきなにものもなかったのだった。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

「もうこの話はよそう」
 金作は直ぐ常の様子にかえった。
「これから松風の茶壺《ちゃつぼ》の手入れをしようと思うのだが、よかったら見てゆかぬか」
「それはいいところへ来た、是非拝見しよう」
「嘉兵衛、……御茶壺を持って参れ」
 声に応じて、袱紗《ふくさ》に包んだ茶壺の箱を捧《ささ》げて来たのは波江であった。
 市之進は不審げに波江を見、それから説明を求めるように金作を見たが、相手はまるで気にもとめない様子なので、仕方なく茶壺の方へ向直った。
「……己は無風流でとんと猫に小判だが、持つ人が持ったらさぞ名物の値打が出るだろうな」
「そう思ったら献上するがいい、お上はあれほどの御執心ではないか」
「まだその時期ではなさそうだ」
 金作は壺を羽刷毛《はねばけ》で払いながら云った。
「茶道の事はよく知らぬが、道具に執着するようでは真の風雅人とは云えまい、心得の浅い者が名器を持つと却《かえ》って禍の元になるばかりだ、丁度……猪塚幸右衛門をお取立てになったように」
「それはどういう意味だ」
「己が茶道に入っていたら」
 と金作は茶壺の上へ拳《こぶし》をかざして、
「この茶壺は打砕いて了《しま》うよ」
 と云った。
 その明くる朝のことである、金作が起出るのを待兼ねていたように、嘉兵衛が妙な顔をして朝の挨拶《あいさつ》をしながら、
「旦那《だんな》様、あの娘が見えなくなりました」
 と云った。
 ……金作はちょっと眼を動かしたが、やがて呟《つぶや》くように、
「そうか、矢張り出て行ったか」
「なんぞお心当りでもございますのか」
「なに別に仔細はない」
 金作は庭へ下りながら云った。
「ゆうべの身の振方をどうするかと訊《たず》ねたので、此処にいては悪いとでも思ったのだろう、……なに、また直ぐ戻って来るさ」
「なん、なんと仰有《おっしゃ》います」
「父も母も亡《な》いそうだからな、出ては行ってもやがて、金作が恋しくなって戻るに違いない。……嘉兵衛」
「旦那様!」
「波江がこんど戻って来たら」
 と金作は笑いながら云った。
「金作の妻にするから承知しておれ」
「それは、御本心で」
「と云ったら驚くか」
「ど、どう仕《つかまつ》りましてあの娘ならば決して」
「ははははは」
 珍しくも声をあげて笑いながら、金作は井戸端の方へと歩み去った。
 己が恋しくなって戻って来るさ、金作はぬけぬけと云ったが、嘉兵衛はその言葉が事実なのを熟《よ》く知っている、三日しかいなかったけれど、波江の素振は隠しきれぬ思慕の情を見せていた。その気持が身を救われた感謝から来たものか、それとも金作そのものに惹《ひ》かれた結果か、いずれにしてもその眸子《ひとみ》に燃えていた焔《ほのお》は乙女のひたむきな情熱であった。
 ――それなのにどうして。
 と嘉兵衛には不審が解けなかった。
 ――なぜ此処を出て行ってしまったのか、身分違いというので諦《あきら》めたのか、……それならあれほどの娘、仮親を立てても旦那様の妻として決して恥かしくはなかったに。
 金作よりも嘉兵衛の方がすっかり惚込《ほれこ》んだかたちである、もしかすると主人の云う通り帰って来るのではないかと、心待ちにしているうちに三日ほど経《た》った。
 享保《きょうほう》元年九月十日の暮方である。
 今日は非番で、一日家にいた金作が、夕食を喰べかけていると、神田市之進が遽《あわただ》しくやって来た。……血相の変った顔で、食事をしている金作の前へむずと坐《すわ》ると、
「大信田、一大事が起った」
 と動顛《どうてん》した声音で云った。
「実は一昨日、茶壺にこと寄せて云った貴公の言葉を拙者からそれとなくお上へ申上げたのだ」
「……うん」
 金作は予期していたように頷いた。
「お上にも思召《おぼしめ》すところがあったものか、今朝になって幸右衛門方へ、食禄《しょくろく》召上げ領地払いのお達しを差向けられた」
「その仰付《おおせつ》けられの次第は」
「予《かね》て我儘《わがまま》の振舞い多く、殊《こと》に宇野文弥と争論に及び、私闘のうえ文弥を傷つけ出奔せしめたかど、思召に協わずということであった。……ところが猪塚め、無法にも御上使二名を斬《き》ってしまったのだ」
「……誰と、誰だ」
「河口源十郎と曽根政之助だ、二人を斬ったうえに、『かかる不条理な処分を受けるのは武門の恥辱だから使者を斬って立退く、然し三日のあいだ船上《ふなあげ》の砦跡《とりであと》に在る番小屋にいるから討手を向けらるるなら相手をしよう』という貼紙《はりがみ》を残して行った」
「……そうか」
 軽く答えて、金作はまた箸を動かし始めた。
[#改ページ]

[#3字下げ]討たぬ討手[#「討たぬ討手」は大見出し]

[#5字下げ]一[#「一」は中見出し]

「むろん以上のことはまだお上には申上げてない」
 市之進は畳みかけて云う。
「これから出向いて行って討取ったうえ、仔細を言上《ごんじょう》しようと思うのだが、貴公も一緒に行ってくれぬか」
「……己か。己が行って役に立つのか」
「大信田、常の場合と違うぞ」
「そう大きな声をするな」
 金作はようやく箸を措《お》いて、
「嘉兵衛、此処を片付けろ」
 と云いながら、湯呑《ゆのみ》を持って縁先へ出た。そして静かにそれを啜《すす》りながら、
「そうさ、行ってもいいが、今日はよした方がいいだろう」
「なぜだ」
「猪塚は強いからな、それに今は気が立っているし命を捨てて掛ってくるだろう、今日でない方がいい、少し鋭気の挫《くじ》けるのを待ってからの方がいいぞ」
「だがもし立退いたらどうする」
「大丈夫、だがあいつは魂を持っている、三日いると云ったら必ずいるやつだ、明日の晩一緒に出掛けるとしよう」
「然しそれで間違いはあるまいか」
「己が云うんだ、安心しろ市之進」
 そう云うと、金作は肱《ひじ》を曲げてころっとそこへ横になってしまった。
 それでは見張りの手配だけでもして置こうと云って、市之進が帰って行くと間もなく、金作はむっくり起上って、
「嘉兵衛、握飯《むすび》の支度をしてくれ」
 と命じた。
「握飯など、どうなさいますので」
「明日も非番だから夜道をやってみる、うんと拵《こしら》えてくれ」
 そう云って自分は出支度を始めた。
 握飯の包を腰にして、金作が家を出たのは七時を少し過ぎていた。
 城下を西へ通抜けて二十町あまり行くと、船上という高い丘がある、此処《ここ》は天正以前に明石城があった処《ところ》で、まだ砦の跡が残っており、叢林《そうりん》のなかには旧《もと》の鳥見の番小屋が建っている、金作は宵闇《よいやみ》のなかを、大股《おおまた》にその丘の上へと登って行った。
 番小屋の中には、手燭《てしょく》を板壁へ突立てて、猪塚幸右衛門が傲然《ごうぜん》と坐《ざ》していた。
 金作は大剣を右手に提《ひっさ》げて、
「……やあ」
 と云いながら無雑作に小屋の中へ入った。……幸右衛門は居合腰に大剣を執りながら、
「大信田か、討手は貴公か!」
 と喚《わめ》いた。
 金作は色も変えず、
「拙者は討手ではない」
 と云って平然と上《あが》り端《はな》へ大剣を置き、腰をおろした。
「たばかる[#「たばかる」に傍点]な、討手でなくてなんのために此処へ来た」
「貴公が切腹するだろうと思って見届けに来たのだ。もしよかったら介錯《かいしゃく》の役を買ってもよいと思っている」
「己《おれ》が腹を切る、馬鹿《ばか》なことを!」
「馬鹿なことはないさ」
 金作は静かに云った。
「本当のことを云うが、拙者は貴公が好きだ、腕も出来るし気骨もある、心掛けに依《よ》っては天晴《あっぱ》れ名を成すべき人物だ……然し折角だが貴公は己《おのれ》の宝を己の手で台無しにして了《しま》った。残念ながら此処まで道を誤ってはもういけない、せめて最期《さいご》だけでも武士らしくすべきだと思う」
「いまさら説教を聞く要はない、好意だけは受けるから帰れ!」
「なに拙者は別に急ぎはしない」
 金作は草履を脱いで足をあげた。
「貴公の決心がつくまで待っているよ、こうして食糧を持って来た」
「……もし己が腹を切らぬとしたら」
「切るさ、貴公は武士の筈《はず》だ」
「……大信田」
 幸右衛門は大剣の柄《つか》へ手をかけた。
「己にとって明石藩の者はみんな敵だ、貴公は己が好きだと云ったが、己の方では好きでないかも知れんぞ」
「拙者は人好きの悪い方だからな」
 金作は苦笑しながら、じろりと幸右衛門の手許《てもと》を見て云った。
「然しその刀は抜かぬ方がいい」
「…………」
「貴公の直心影流を一番高く買っているのは明石藩中この金作|唯《ただ》一人だ。分るか……それなのに貴公は拙者の一放流《いっほうりゅう》を少しも買ってくれていないようだぞ」
「…………」
「これは不公平だと思うがどうだ」

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

 金作は眤《じっ》と相手の眼を覓《みつ》めた。……幸右衛門も全身の精気を凝らして金作を睨《ね》めつけていた、然《しか》しその無気味な沈黙はすぐ金作の気楽そうな声で破られた。
「まあそんな不平は止《よ》そう」
 そう云《い》って、さも伸び伸びと肱を曲げ、大剣を頭の下に置いてごろりと横になった。
「決心がついたら知らせて貰《もら》おう、それまで拙者は待っているからもし空腹ならその握飯を遠慮なく喰べてくれ」
「…………」
「貴公ほどの者を、あたら討手に斬らせたくはないからなあ。……もののふは名こそ惜しけれ、拙者も辛《つら》いぞ」
 半分は口の内であった。
 幸右衛門は大剣を引そばめたまま、追詰められた獣のように、ぎらぎらと眼を光らせながら金作を睨めつけていた。それは正に獲物《えもの》を狙《ねら》う猛鷲《もうしゅう》の姿である、事実なんども、彼の手は大剣の柄を犇《ひし》と握り、居合腰の体は抜討ちの構えを見せた……けれど、遂《つい》に斬りつける隙《すき》を見出《みいだ》せなかったものか、やがて肩で息をしながら大剣を下に置いた。
 そのまま刻《とき》が経って行った。
 いつか金作は軽い寝息を立て始めた。
 幸右衛門はそっと眼をあげた、そして金作の寝息を聞きすましてから、静かに大剣を取って立上った。とたんに、
「……何処《どこ》へ行く」と金作が眼を閉じたまま云った。……幸右衛門はびりっと身を震わしながら立停った、金作は矢張り眼を閉じたままねぼけた声で、
「もしこのまま立退けると思ったら間違いだぞ、拙者は貴公に武士の面目を立てさせたいとは思っているが、主家の外聞にまで代えようという訳ではないからな、……分ったら握飯でも喰べて考えてくれ」
 そう云うと共に、ごろりと寝返りをうってむこう向きになった。幸右衛門は立竦《たちすく》んだまま暫《しばら》く金作の姿を見ていたが、次第に呼吸が苦しくなり、いつか膝頭《ひざがしら》も震えて来るのに気付くと、まるで糸の切れた操り木偶《でく》のように、くたくたと其処《そこ》へ居坐ってしまった。そして荒く息をはずませながら、
「大信田、……よく分った」と肌を寛《くつろ》げつつ云った。
「貴公の好意を受ける、切腹をするから介錯してくれ」
「遉《さすが》に分りが早いな」
 金作は静かに起上って、
「決心がついてなによりだ、それでは貴公の屋敷へ帰るとしよう、此処は武士の切腹する場所として相応《ふさわ》しくない、同じことなら拝領の屋敷で最期を飾るがいい」
 そう云って金作は土間へ下りた。
「さあ行こう、外はいい月夜だぞ」
×××
 明くる日、金作は直常の前へ呼出された、……市之進に固く口止めをして置いたのに不拘《かかわらず》、直常にもう始終の事を知っていた。
「念の入ったやつだなその方は」
 直常は興ありげに、「討手に向った以上、斬れるものなら斬ればよいのに、手数を掛けて切腹を勧めるとは手ぬる過ぎるぞ」
「けれども、そうも出来ませんので」
「どうして出来ない」
「……お分りあそばしませぬか」
 金作は直常を見上げながら云った。
「恐れながら幸右衛門はお鑑識《めがね》を以《もっ》てお召抱えになった者でございます。家中に臣下も多きなかへ、新規お召抱えになるほどの者は余程の人物でなければ成りますまい。……もし猥《みだ》りに人を抱え、思わぬ未練者であった場合には誰人《どなた》の恥と思召します、お鑑識違いと世評にのぼったら如何《いかが》あそばします」
「分った、もう云うな、余が誤りであった」
 直常は苦い顔をして遮ったが、
「茶壺《ちゃつぼ》の意見を二度聴こうとは思わなかったぞ、神妙な計らい満足に思う」
「過分なお言葉、却《かえ》って痛み入ります」
「なんでも褒美《ほうび》をとらせる、望みがあらば申してみい」
「以《もって》てのほかの仰せ、平に……」
 金作が平伏するのを見て、直常は後へ振返った。……すると襖《ふすま》を明けて、美しい一人の侍女が袱紗《ふくさ》を包んだ箱を捧《ささ》げて現われた。
「金作、これを見い」直常は侍女の手からそれを受取って、
「この包の中になにがあるか分るか」
「……松風の茶壺と拝見|仕《つかまつ》りまするが」
「はははは袱紗で当てたな」
 直常は心地よげに笑って、
「然しこの茶壺がどうして余の手に入ったか分るか。金作、油断だぞ、油断だぞ、幸右衛門の場合には毛筋の隙も見せなかったろうが、矢張り日常茶飯には隙があるとみえるな」
「お言葉を返し恐入りまするが」
 金作は静かに眼をあげて云った。
「茶壺の中をお検《あらた》め願います」
「……この中を検めろと云うか」
 直常は不審そうに、自ら袱紗を解き箱の蓋《ふた》を払い、更に茶壺の蓋を取った。……そして中に一枚の紙片があるのを見ると、手早く披《ひら》いて眼を通すなりあっ[#「あっ」に傍点]と云って眼を瞠《みは》った。
 紙片には墨色も鮮かに、
 ――義弘の御佩刀《おんはかせ》、頂戴《ちょうだい》仕るべく候《そうろう》。
 と認《したた》めてあったのだ。
「その方、知っていたのか」
「存じておりました、あのような役目はもっと眼につかぬ者をお使いあそばさぬといけません」
 金作は微笑しながら云った、
「お腰元の中でも美人と評判の者では、相手が盲人でもない限り直《す》ぐに感付きまする」
「然しその方なら見知るまいと思ったに」
 直常は呆《あき》れたという様子で、
「女嫌いということであったが、いつから腰元などに眼をつけるようになっていたのだ」
「私も今年二十九歳でございます」
「波江、聞いたか」
 直常は侍女の方へ振返って云った。
「金作はおまえを嫁に欲しいと云っているぞ、ゆくか」
「…………」
 侍女は耳たぶまで染めながら身を縮《すく》めた。あの時とは衣裳《いしょう》も髪かたちも変って、見違えるようなあでやか[#「あでやか」に傍点]さだ、けれど搗《つ》きたての餅《もち》のような肌、大きな美しい眸子《ひとみ》だけでも波江ということは分る、……金作もいつか体いっぱいに熱いものを感じていた。
「……義弘は遣《や》らぬぞ」
 直常はやがてそう云って立った。
「その代り茶壺は返す、手入れをする者を附けてやるから大切にせい、父母を亡《な》くした頼りないやつだ、可愛《かわい》がってやるのだぞ」
 金作も波江も無言のまま平伏した。……直常は二人の姿を快げに見やりながら奥へ去った。
[#地から2字上げ](「キング」昭和十四年九月号)



底本:「艶書」新潮文庫、新潮社
   1983(昭和58)年10月15日 発行
   2009(平成21)年10月15日 二十八刷発行
底本の親本:「キング」
   1939(昭和14)年9月号
初出:「キング」
   1939(昭和14)年9月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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