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恥辱

最終更新:2020年01月09日 21:23

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恥辱
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)硬派《かうは》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|廉《かど》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)はな/\


 小木はその日も埃ぶかい編輯室で、次の月の雑誌の原稿を整理してゐた。彼は元来文学者であつたけれど、米国から帰つて来てからは、大分頭脳が変つてゐた。劇や小説を読むとか作るとかいふよりも、寧ろ社会問題や政治に興味を感じてゐた。そんな傾向は洋行する前からあつたので――寧ろそれが洋行の一つの動機であつたとも言へるくらゐで、こゝの編輯へ入つたのも実はその方面で働きたかつたからであつた。それゆゑ彼は普通にいへば硬派《かうは》の記者だつたけれど、やつぱり文学者として、世間から記億されてもゐたし、期待されてもゐた。それに日本へ帰つてみると、あちらで考へてゐたとは、雰囲気が大分違ふやうで、自分の態度について、この頃考へさせられることも多いのであつた。
 しかしそんな事はこゝでは何うでもいゝ。社会問題や芸術が、深浅の差こそあれ、現代人の一般的生活意識である以上、劇や小説を書くと書かないとに拘はらず、彼はやつぱり文学者であり、社会人であつた。
 それはとにかく小木は帰朝後、まだ何にも発表してはゐなかつた。そして其の点では、聊か心寂しさを感じたけれど、その代りに新たに作つた家庭の幸福が、久しく情味に餒《う》えてゐた彼の生活に、編輯同人の誰もが羨むほど甘美な歓楽と浪漫的な色彩を与へてゐた。それは相手の女が、曾ては新劇の舞台を踏《ふ》んだといふことも、彼の新らしい結婚生活に、或る華々《はな/\》しい影を投げかけてゐたには違ひないが、今一つ友人たちの目を聳たせたのは、その女がこの頃女流作家として、特異な創作的天分を認られて遽かに大家の仲間入りをしたことも期待以上に彼を悦ばせた。
 小木が社会的生活の方嚮を転換するつもりで、亜米利加へ行つたことは、今言つたとほりだが、それは寧《むし》ろ表面的の事実で、それよりももつと緊要な動機は、その頃すつかり厭気がさしてゐた、今までの家庭を破壊して、その頃恋におちてゐた其の女と同棲するためであつた。社会的にも家庭的にも、生活の廻転期が、ちやうど彼に来てゐたのであつた。彼は暗い放縦な過去の生活を咀ふと同時に、今迄の仕事のうへにも或る不満を感じてゐた。洋行は二様の意味で、彼の生活に一新時期をはつきり劃してゐた。

 小木はさうやつて、人の書いた原稿を調べてゐるあひだも、妻の愛子の幻影が、時々目先を往来した。何彼といらいらさせられがちな長い外遊の旅につかれた彼の神経も、やつと此の頃落着くことができた。愛子は長いあひだ彼の帰朝を待ちこがれてゐた。彼女が小木と恋に陥ちたのは、彼が米国へわたる一年ばかり前のことで、その頃はまだ舞台に立つてゐた。その劇団の創始者であり指導者である中野とは、無論師弟の関係で、何彼と世話を焼かれてゐたが、何故か舞台へ立つと硬くなる方なので、有りあまる情熱が科や白を妙に調子はづれなものにしてしまふのであつた。で、評判は悪くはなかつたけれど、好くもなかつた。少数の贔負もあつたが、困りものだと言つて非難する人も多かつた。負けず嫌いの愛子は舞台に立つまでにも相当苦しみもしたし、舞台へ立つてからも、人の知らない苦労をしたのであつたが、いつも其の劇壇のスタアといはれる他の一人の女優の蔭にまはるやうな立場で、人気は余り立たなかつた。愛子に言はせれば、芸のうまい拙いは、左に右、俳優としての本質的の価値などは、一般の見物は勿論、長年其の道で飯を食つてゐる達人にだつて、容易に解る訳のものではなかつた。見物に目《め》がないのは仕方がないとしても、相当に頭脳の利く筈の劇評家たちにまで冷笑されるのは、何と言つても人気商売に必要な愛嬌のないのが損なのである。愛子は終ひに気を腐らしてしまつた。そして其の結果、もつと自由に箇性を発揮することのできる創作に傾いて行つた。小木もそれには同感であつた。
 中野はそれについて、格別引留策を講じようともしなかつたが、二年ばかり面倒を見てゐた愛子が、自分の手から離れて行くとなると、余り好い気持はしなかつた、勿論小木との関係を薄々かぎつけてからは、師弟のあひだにいつとはなし溝が掘られてゐたところなので、愈々劇壇を退くといふ愛子の申出は、一層二人の気持を拙くした。さうなると、愛子は益、感情的に中野が嫌ひになつて、憎悪の目を以つて彼を見るやうにすらなつた。愛子のさうした気持が小木に頼り縋《すが》る気持を強くしたのも事実で、公然中野に挑戦的な態度を示した頃が、また小木との恋愛の最も高潮に達した時であつた。
 愛子の言ふところでは、彼女との間には、たしかに師弟関係以上の親しみはあつたけれど、愛子の方からは、普通弟子が異性の先生に対する甘《あま》やかしい敬愛に似たやうなものはあつたけれど、恋を感じたことは曾てなかつた。そして或る時舞台裏で、それは英国の劇作家の或る作品の上演された時であつた誠、愛子がふとその時彼女の出場になつてゐた或る場合の自分の持役についての仕草を、ちやうど其処に居合せた中野に訊ねると、彼は二度ばかり繰返して優しく自分でして見せてゐるあひだに、ふと衝動的に薄い洋服の胸から、その手が彼女の肌に触れて行つたことがあつたけれど、その時も愛子は喫驚して、両手で乳のところを抑へたくらゐのことであつた。
「先生だつて、別にそれ以上深い意味はなかつたんだらうと思ふけれど、それ以来あの人と差向ひでゐると、何となし圧迫を感じるのが、堪らなく厭だつたの」
 愛子は小木の問ひに対して、一度さう言つて答へたゞけであつた。小木もそれを信ずる理由があると思つた。
 或る時また愛子が病気にかこつけて、地方巡業を断つて、小木と一緒に伊豆の温泉へ行つたとき、中野があわてゝ後を追つかけて来たことがあつたが、その時の愛子の態度は、それまで其となく女を追ひ廻はしてゐた中野を怒らせるに十分であつた。それは誰よりも、小木自身が確かな証拠人であつた。
 しかし小木はそれ以外のことは、余り知らなかつた。知る必要もないと思つてゐた。いくら、荒んだところがあるにしても、彼が今まで愛されてゐた半売色《はんくらうと》あがりの無智な女とは、迚も比べものではなかつた。勿論客商売をしてゐたものとしては、その女が誰よりも純真な愛を捧げてゐることは、小木もよく知つてゐたけれど、たゞ色気なしにかひ/\しく立働くとか、他の何の男よりも、小木を自分に過ぎた所天として、何んな厭な顔を見せられる場合にも、何んなに手荒なことをされる場合にも、曾つて一度も反抗したことかなかつたやうな、さうした屈従的な愛し方だけでは、彼の興味を充たすことは出来ないのであつた。妻が忍従的であればあるだけ、小木は彼女を愍《あはれ》みこそすれ、愛する気にはなれないのであつた。愛子はちやうど、其の反対だと言つても可いくらゐであつた。少くとも彼女には箇性があつた。近代人らしい官能や、芸術家らしい趣味性があつた。蠱惑的な表情だけでも、彼の享楽的興味を唆るに十分であつた。
 妻――戸籍上の妻ではなかつたし、小木もそれを躊躇してゐたけれど、とにかく一緒に最初の家庭を作つた彼女は、小木のところへ遊びに来た愛子と連れだつて、どこかへ出て行つたあとで、いつも愛子の坐つてゐた座蒲団に面を伏せて泣き沈んでゐた。小木はどんな不機嫌なときでも、愛子が訪ねて来ると、悦んで迎へた。そして如何にも興味ありさうに、米国の土産話や、芸術上の話に熱中した。産れかはつてゞもこなければ、迚も解りさうもない話ばかりであつた。愛子の彼女に対する調子にも、どこか取澄したところがあつた。到底自分の相手ではないと言ふ風《ふう》であつた。偶《たま》に優しい言葉をかけられるこどがあつても、それは軽蔑と哀憐より外の何ものでもなかつた。
「いらつしやるの。」訪問ごとに愛子はそんな風に、押しつけるやうな口をきいた。
「は、をります。」彼女は答へた。
「私が来たと言つて下さいな。」愛子は召使にでも命ずるやうに言つた。
 妻はそれも当然だと自分で卑下してゐたが、やつぱり腹が立つた。たとひそんな関係があるにしても無《な》いにしても、現在の家庭の主婦である自分の存在を、まるで無視したやうな振舞は、階級や教養がちがふにしたところで、女同士である以上、づゐぶん不思議な態度だと云ふよりも、寧ろ可怕《こわ》いやうな気がした。そして恐る/\それを小木に訴へると彼は素気もなく答へるのであつた。
「お前は古いんだよ。あの女は新らしいんだよ。」
「あの女が変つてゐるんぢやないんだ。よく物のわかる――お前なんかにもなか/\理解があるんだよ。高慢だと思ふのはお前の僻みだよ。」小木は更に説明を加へた。
 彼女は返す言葉を知らなかつた。
 けれど何よりも不安に思はれるのは、二人の関係であつた。勿論前身か前身だけに、そんな事には、殊にも神経が過敏に働きがちであつた。良人が外で何う云ふ仕方で、愛子を愛してゐるかと思ふと、色々の場面が目にあり/\浮ぶと同時に、小木に甘へてゐる愛子の魅惑的な表情や、総てを彼女の前に捧げ切つてゐる良人の様子までが、はつきり想像されるのであつた。彼女は体の遣場がないくらゐ悶え苦しんだ。
 小木はいつも二人の関係の潔白を主張して、彼女の嫉妬を和らげようと試みたけれど、何の効もなかつた。そしてさうなると、小木は態度をかへて、逆襲的に妻を責めるより外なかつた。
「おれを詰問する資格が、お前にあると思つてゐるのか。勿論そんな事のありやうはないけれど、そこまで行つてゐるとすれば、お前と同棲生活をつゞけてゐられる訳もないんだし、お前を愛してもゐられないことになるんだ。しかし万一さうなつたとしたところで、それが何うだと言ふんだ。」小木はさう言つて撃退するより外なかつた。
 しかし言葉だけでは、矢張り駄目であつた。劇しい争闘が始まらないではゐなかつた。そしてさうなると、言葉のうへで怯《ひる》みがちな彼女も、初めて生き効のある快感に蘇るのであつた。肉体に加へられる熱狂的な打擲が、有らゆる筋肉と神経に、不思議な生気と抵抗力を与へた。
 結局彼女は棄てられた。色々の理由づきで、別れ話を持出してから間もなく、小木は船房のドアに取りついたまゝ諭しても肯かない彼女を追立てるやうにして、船が動きだすと共に、漸と吻とした。

 新婚生活に充ち足つたやうな小木は、何となし慵い疲を感じてゐた。馴れない異国の生活が、余り強くはなかつた体に影響してゐたのは、言ふまでもなかつたけれど、たゝ其《そ》れだけではなかつた。それに自分よりも、愛子の社会的存在を、もつとはつきり大きくしてやりたい希望が、自然自己を忘れさせがちであつた。小木はそれ程にも、愛子の才分を信じてゐた。さうした愛を感ずるにつけ、彼は限りない幸福に浸るのであつた。
 昼飯がすんでから、皆なが他哩のない世間話に耽つてゐた時であつた。編輯の子供が、一枚の名刺をもつて来て、彼に面会人のあることを知らせた。取つて見《み》ると、それは××新聞の社会面の記者であつた。
 小木は理由もなしに、微かな不安を感じながら、応接室へ通すやうに命じた。
「何だらう。」小木は考へた。洋行中も帰朝後も、彼は前《せん》の女には居所も知らさないやうにしてゐた。時々何うしてゐるだらうと思ふことはあつたが、それを思ひ出すと気分が曇つた。で、出来るだけ忘れようとしてゐたのであつたが、帰朝後は自分の名前《なまへ》や噂《うわ》さがつひ新聞に出たりするので、ひよつと訪ねてゞも来るやうな気が、絶へずしてゐた。自分の方では、奇麗に片がついたつもりでゐても、女の方では双方の事情が、たとひ何《ど》んな風《ふう》にかはるにしても、いつまでも彼の帰朝を待つてゐるやうに明言してゐたのであつた。いつ帰るとも決まつてゐないことだし――事《こと》によると五年も十年も、或ひは一生帰へらないかも知れないから、早く頼みになる人を求めて、片着いてくれ。小木はさう言つて、繰返し諭したけれど、女は応じなかつた。
 若しかすると、その女のことでではないかと、小木はさう云ふ予感もあつたけれど、自分の態度が決まつてゐるので、さう恐れる理由もないのであつた。
 しかし応接室へ行つて、その記者に逢つてみると、予想がすつかり脱《はづ》れたので、可笑しく思つた。
「御帰朝後お忙しいでせう。」どこか粗野な処のある、三十がらみの其の記者は、善良さうな表情をしてお愛相を言つた。
「いや、別に……。」小木は無愛相に答へて、
「御用は」と促した。
「御新婚早々、余り縁起でもないことで実は申しかねますが、貴方の奥さんのことで、少しお伺ひしたいことがあつてお邪魔に出た訳ですが。」
「妻《さい》! 愛子ですか。」
「さうです。」記者はまし/\彼の顔を見た。その目には、いくらか嘲笑的な色も浮んでゐるのであつた。
「どんな事だか、言つて見たまへ。」
「実はお話しにくいことなので、お気を悪くなさると僕が困るんですが。」
「いや、そんな事はない。一つ聞いて見ようぢやないか。」
「ぢや言ひますが、貴方の夫人のことについて、少し新聞に書きたい事実があるんださうです。どうせ好いことぢやないんで、果してさう云ふ事実をお認めになるか何うか、又載せても差閊がないか、何うか判断していたゞきたいんださうです。」
 小木はちよつとまごついたが、躊躇なく答へた。
「さう。僕が知つてゐることなら、無論承認するが、知らない事だつたら、知らないと答へるより外ないだらうと思ふね。」小木は少し反身になつて、記者を見下《みくだ》すやうにしながら、はつきり答へた。
「内容をお話しすると、実はかうなんです。貴方の新夫人の愛子さんが、中野さんの劇壇にをられる頃に、劇評家の曾田さんが、関係してをつたと言ふんです。曾田さんは多分今度の御結婚の媒介者だつた筈ですから、過去にそんな事があつたとするとちよつと変なものぢやないかと思ふんです。」彼は少し赤面しながら言つた。
 小木は足もとを掬はれたやうに感じて表情が硬張つて来た。
「それは一体何処から出たことですか。」
「出所ですか。それもはつきり判つてゐるんです。実はかういふ事があるんださうです。この間中野さんの劇団で、「人形の家」の稽古をしてゐたんですね。その席上で、中野さんが何かの機会に、さういふ事を此頃耳にしたが事実さういふ事があつたのかと言つて確か山田君でしたか、曾田さんと懇意なところから、確められたんださうです、ところで、実はそれが山田君の口から出たことなので、山田君は当の本人の曾田さん自身の口から聞いたんだから、本人が言つたのなら確実だらうといふことになつて、大分問題になつたんださうです。たゞ一人、座頭の絹子だけが、ひどく女の評判が悪いので「男はとかくそんな事を言ひたがるものですよ」と混返《まぜつかへ》してしまつたとか言ふ話ですがね。」記者は調子づいて饒舌《しやべ》つた。
 小木は可笑しくもなかつた。
「それで、僕に判断しろと言ふんですか。」
「まあ、願へることでしたら。判断と言つちや、何だか皮肉のやうですが、それに就いて何かお感じになつた事でもあれば尚結構です。それを打消すだけの、何か有力な反証とか、夫人の人格についての貴方の御批判なんかも伺つておきたいんですが……。」
「いや、僕は自分の妻のことについて何にも言ひたいとは思はない。そんな事があつたか、無いか、それも僕には判断しかねる。」
「それでは甚だ御迷惑でせうが、そのまゝ載せることにしましても……。」
「載せていゝとか、悪いとか、それを僕が言つてみたところで、君の方で載せようと思へば、何うしても載せるだらうから、僕は傍観してゐるより外ないことだと思ふが、かう云ふことだけは言つておかう、どうせ僕なんかは、地位も体面もない一介の書生に過ぎんのだから、そんな記事が出たところで、少し極りが悪いくらゐで、大した痛痒は感じない。僕が筆誅されるやうな不徳を働いた訳でもないんで、愛子の過去の行為に連帯責任をもたされる理由もないから、介意《かま》はんやうなものゝ、たゞ迷惑するのは曾田さんなんだ。僕がそれを耳にした以上、曾田さんに対して、知らない顔をしてゐることは出来ない。又僕が意見を聞かれるとなれば新聞の立場としても、そんな事を載せるのは、まあ止した方がいゝだらうと言ひたいんだね。」
「は。」
「しかし僕がさう言つて君に頼んでみたところで、惜しい種子だと思へば、やつぱり出さない訳に行かないんだらう。」
「職業の悲哀とでも言ふんですか、悪いと思ひながら、つひ……。」記者は頭を掻いてゐた。
「だから僕は別に可けないとも言はんけれど、人の厭がることを強ひて出すなら、僕にも少し覚悟があるんだ。」小木は昂然として言つた。
「覚悟と仰やると。」
「僕はこんな痩せつぽちだけれど、腕節は強いんだ。君は知つてゐるか何うかわからんが気にくはんとなればつゐぶん乱暴もしかねない男なんだ。君にこれだけの話をして、その上で其れが新聞に出れば、僕は何をするか知れない。事によると君の頭が割れないとも限らない。それだけの用心はしてゐてくれたまへ。」小木はにや/\しながら脅かしつけた。
 結局記者は惘れて引退つた。

 その日も愛子は停留所まで犬をつれて、散歩がてら迎ひに来てゐた。彼女は朝も大抵そこまで一緒に来て、小木の乗つた電車が、帰路についた自分の目《め》の前を通つて行くのを見て、キツスを送るのが毎日の例になつてゐた。
 二人は少しじめつくやうな郊外の径を、話しながら歩いてゐた。木蔭の冷たい空地などを、わざと犬に引かれながら逍遥したりした。森には夕濛靄がまつはつて、日脚が大分短かくなつてゐた。小木は記者から聞かされたことがあるにも拘はらず、愛子を咎める気にはなれなかつた。寧ろ過去の暗い影を、相当苦労の多かつた愛子の生活から拭取つてやらなければならないと思つてゐたが、ちよつと悪戯なやうな興味も起つて、到頭聞いてみた。
「今日は実に妙なことを聞いた。」小木はさう言つて、人事のやうにふゝんと独りで笑つてゐた。
「どんな事?」愛子は少し薄気味わるく感じて問ひ返した。
「君のことだ。」小木はさう言つて又同じやうに笑つた。
「私の事? 何だか聞かして頂戴。」
「別段君の耳へ入れる必要もない事だと思ふけれど、まあ話してもいゝ。」
 小木はさう言つて事実を話して聞かせた。
「づゐぶん酷《ひど》いわ。曾田さんがそんな事を言つたんですて。」愛子は驚いたやうに言つた。
「さあ、曾田君が本統にそんな事を言つたか何うか。それも聞いて見なければ判らないことだし、言つたにしても、それが真実だか笑談だか。事実があるとすれば、人に吹聴するのはをかしいと思ふけれど、丸きり根のないことを言つたとすれば、随分不真面目な話だね。しかし孰でも可いぢやないか。己は格別気にしてもゐないんだし、君を詰問しようと思つて言つたことでもないんだ。」
「いゝえ可けません。貴方が気にするとかしないとかいふ問題ぢやないわ。貴方がどんなに私を信じると言つても、私の気が済まないんです。」
「君はきつとさう言ふだらうと思つたんだ。君としてはさう出るのが当然だ。しかし過去を掘返してみたつて初まらんぢやないか。」
「いゝえ、貴方は恐れる必要はないのよ。私これから曾田さんのところへ行きます。貴方にも一緒に行つて聞いていたゞきます。」
「まあいゝさ。曾田君が迷惑する。」
「それぢや曾田さんの言つたことを是認することになりやしない? 私そんな不徹底なこと大嫌い。」
「うむ、ぢや行つてもいゝが、しかし何だか変なものぢやないか。」小木は煮切らなかつた。
「貴方は私を疑つてゐるんです。私が虚勢を張つてゞもゐると思つて、危ぶんでゐるに違ひないわ。」
「さうも思はんが、君にだつて頽廃的な影のするのは、全然認めない訳にも行かないと思ふね。たゞそれにしては相手が少し滑稽なんだ。曾田君が滑稽といふ意味ぢやない。曾田君は立派――ともいへんが、まあ善良な紳士だ。今では一|廉《かど》の考証家として存在を認められてゐる。それだけに君との対照が何となく愛嬌があるぢやないか。」
「それは真面目な恋愛ぢやないからだわ。だから貴方は平気でゐられる。」
「むしろ苦笑したんだ。」
「だから厭なの。堪へられない辱なんです。」
「それなら行かう。君に行く勇気があるだけでも十分だと思ふけれど……。」
 小木は余り進まなかつたけれど、どこか伝法肌なところのある愛子の意地を通させるために、とにかく同行することにした。
 で、二人は家へ帰つて、犬を入口のところに繋いで、食ひものを与へるやうに、若い女中に吩咐けて、愛子自身はちよつと着物を着かへると、晩飯も食べずに出《で》かけて行つた。さういふ問題を前において、差向ひで食事をするなどは、何だか間がぬけてゐるやうに思つた。
 停留場へ来た時には、もう電燈がついてゐた。秋ともつかず冬ともつかない、薄冷いやうな寂しい晩であつた。
 曾田はちやうど家にゐた。そして二人を八畳の書斎へ引見した。彼は酒気をおびてゐたが、微醺といふ程度で、善良さうな血色のいゝ顔が、いかにも和楽な家庭の主と云ふ好い感じを与へた。小木から見ると、一時代以上も古かつたけれど、髪などもつや/\してゐた。
「お揃ひで、ようこそ。どこかの帰りかね。し曾田は挨拶がすむと、二人の態度が何処か更まつてゐるのを感じでもしたらしく、彼等の顔を見た。
「いや、わざ/\伺つたんです。」小木は答へた。愛子が少し硬くなつてゐると思つた述、澄してゐるやうにも思へた。彼自身は来て見ると、反つて気分が緊張してくるのを感じた。
「何か用件で?」曾田はさう言つて歯をほじくつてゐた褄楊枝を火鉢のなかへ棄てた。
 すると小木は愛子を振りかへつて、
「僕から話してもいゝか。」と微声で、きいた。
「え。」愛子はやつぱり澄ました態度で、にやりともしないで、
「あなたが聞いて来たことだから、貴方が話した方がいゝわ。」
「それぢや僕から一応お話しますが……。」小木は切出した。そして簡明直截に今日の出来事の内容を説明した。
「成程。それでわざ/\同道で来た訳だね。」曾田は擽つたいやうな表情をしながら言つた。
「こんな事は、貴方には御迷惑だらうと思つて、実は聞流しておく積りでしたが、愛子がそれでは困るさうですから、果して貴方の口から出たことか何うかを確めておきたいと思つて……。」小木は卒直に言つた。
 曾田は立ろに否定した。
「笑談ぢやないよ。僕がそんな事を言ふ筈がないぢやないか。」
「さうですか、それなら可んですが……。」
「断じて言ふ筈はないよ。又そんな事実も全然無根ですよ。そんな事があつて堪るものかね。僕はかまはないとしても、愛子さんが可哀さうだ。それあ芝居の関係や何かで、楽屋で始終顔を合せてもゐるし、偶には一緒にカフヱ入りくらゐやつたことがないとは言はない。愛子さんの不平を聴いたこともあるし、及ばずながら芸道のことについて、お話したこともあつたね。」彼は愛子の方を向いた。
「え。」愛子は頷いた。
「よくは覚えんが、何でも自働車で一度お母さんのお宅まで送つたことがありましたつけね。あの時はたしか△△座の招待日だつたと思ふ。そんな事から風説が出たのぢやないかと思ふが、飛んでもない冤罪さ。」
「多分そんな事だらうとは思つたんですが……孰にしても僕は別に深く気にもしてゐないんです。愛子、君は何うだ、それで満足なのか。」
「え、私も被告の一人ですから、私からお伺ひする資格はなささうだわ。貴方こそ十分お話したらいゝでせう。」
「いや、僕はそれ以上何も言ふ必要はないんだ。君さへ満足なら。」
「ぢや可《い》いんです。」愛子は澄して言ふのであつた。
 するとちやうど其《そ》の時《とき》三人の言葉が途切れたところで、今まで静まりかへつてゐた次ぎの部屋で、遽かにひい、ひいと云ふ女の忍び泣く声がした。何だらうと思つて、小木も愛子も耳を聳てたが、それは確かに細君の泣声らしいのであつた。曾田は遽かに顔を顰めて、「おい、静かにしろ」と声かけた。
「いゝえ/\。静かになんぞしてゐられるものですか。貴方はよくも今まで私を瞞してゐましたね。愛子さんのづうづしいにも呆れましたね。」細君は泣きながら言つた。
「莫迦、静かにしろ。何といふ醜態だ。」曾田はたまらなくなつて、一層顔を顰めながら、ふいと起ちあがつて、次ぎの部屋へ行つた。そして低い声で彼女をすかし宥《なだ》めようとした。
 しかし細君のヒステレイは一層募つて来るばかりであつた。ひい/\泣きながら、曾田に武者振りついた。
「こら、見つともないから止せ。恥かしいとは思はんのか。」曾田は仕方なし彼女に小突きまはされながら、咽喉を絞るやうな声を出した。そして暫らく静かに、どたばたと悶掻きあつてゐたが、終ひに怒りだした。そして打つたり蹴つたりした。
「口惜しい……口惜しい。」細君はさう言つて、死ぬやうな悲鳴をあげた。
 小木も傍観してはゐられなくなつた。そして中へ割つて入つて、曾田を宥めると同時に細君を劬はつた。
「君達には甚だ面目ないが、これが彼奴の病気なんでね、時々感違ひをやられるには閉口なんだ。」曾田はさう言つて、衿を掻き合せながら、座敷へ戻つて来た。
 細君はいくらか落着いたが、まだ全く泣き止まなかつた。
 愛子は小木を促して、そこ/\に暇を告げた。
 翌日の晩、曾田は細君の寧子と同道で、気のきいた菓子の折などもつて、わざ/\謝罪にやつて来た。あれほど猛烈に狂ひたつた彼女も、その時はもうすつかり不断の柔順に還つてゐた。曾田がうまく宥めたのであつた。
「私の浅果敢から、飛《と》んだ感違ひをいたしまして、誠に相済みませんでございました。奥さんも何うぞお気を悪くなさいませんやうに。」細君も曾田の言葉について、さう言つて詫びた。
 小木は曾田の家庭を騒したことを、ひどく気の毒に思つたが、愛子の所謂る「辱」は其のために少しでも痕を消した訳ではなかつた。[#地付き](大正13[#「13」は縦中横]年7月「中央公論」)



底本:「徳田秋聲全集第14巻」八木書店
   2000(平成12)年7月18日初版発行
底本の親本:「中央公論」
   1924(大正13)年7月
初出:「中央公論」
   1924(大正13)年7月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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徳田秋声
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