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電柱
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電柱
徳田秋声
徳田秋声
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)事件《じけん》
(例)事件《じけん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)日|電燈《でんとう》
(例)日|電燈《でんとう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#4字下げ]
(例)[#4字下げ]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)奥さん/\
(例)奥さん/\
後ろの家にゐるMI君の細君が、何か事件《じけん》でも起つたやうに、台所口から下駄を突《つつ》かけて、あはただしく前庭《まへには》の方へまはつて行くのが、庭の垣根の下から見《み》えた。多分《たぶん》後《うし》ろの家《うち》と向《むか》ひ合つてゐる例の下宿で、いつもの夫婦喧嘩が初まつたんだらうと思つてゐると、やがて細君の声で、「奥さん/\」と私の家内を呼んでゐる声《こゑ》がした。暫《しばら》くすると細君や家内や子供《こども》が、MI君の住居から仕切られた、同じ棟つゞきの子供の部屋に集《あつま》つて、何かざわ/\言つてゐるやうであつたか、私は何事《なにごと》かと思つて……三四日|電燈《でんとう》会社の工夫達が、毎日大騒ぎをして引込工事《ひつこみこうじ》なんかをやつてゐるので、また何か厄介な事《こと》でも起つたのではないかと行つてみると、そこに子供達の部屋の前の、狭い庭の羽目に寄添つたところで、一人の工夫が一人の工夫の命令で、シヤベルで穴を掘りはじめてゐた。何うしたのかときいて見ると、其処へ電柱を立てるので、細君が間《あひだ》の切戸《きりど》を開けるのも待《ま》たず、闖入《ちんにふ》して来て、いきなり仕事をおつ初《ぱじ》めたのだといふのであつた。どうせ廃屋《あばらや》のことだから風致《ふうち》なんかは頓着《とんちゃく》しないにしても、庭のうへを横《よこ》ぎつて電線が木とぶつつかつてゐたりして、少し厄介だと思つてゐるところへ、そんな柱を庭先へ押立てられるのは困ると思つたので、傍《そば》で指図《さしづ》してゐる工夫に抗議を申込んだ。
ところで工夫の鼻息はなか/\荒かつた。
「かまふもんか、掘《ほ》れ/\」といつた調子であつた。
「一応の断りもなしに、そんな事をしてもいゝことになつてるんですか。」女達《をんなだち》が言ふと、工夫は一層嵩にかゝつて凄《すご》い権幕で脅すのであつた。命ぜられた工夫は、笑ひながらシヤベルで仕方なし土を掘り返してゐた。
「おゝ、規則だよ。規則だとも。」
私は少し防禦してみたけれど、何《ど》うしても柱を押立てなければ承知しない勢ひなので、少し怫然《むつ》とした。
「君は監督かね。」
「おら工夫だよ。」
とにかく巡査にでも話をしてもらふより外ないと思つて、私は近くの交番へ女中を走らせたが、しかし巡査が来た時分には、彼等は掘かけた穴へ土をかぶせて、どこかへ行つてしまつた。その工夫は気が荒いといふよりか、一|刻《こく》もので口喧《くちやか》ましい方であつた。彼が電柱のうへで働いてゐる場合、下にゐて用を達《た》してゐる工夫たちを、糞《くそ》味噌にけなしつけてゐるのを、私は毎日聞いてゐた。
「あゝいふ処で仕事をしてゐるものは、誰でもあゝいふ風《ふう》になるんだらうな。」私は思つてゐた。
晩方になると、周囲へは電燈が疾くについてゐるにかゝはらず、私の家《うち》と、私のところへ線を引いた他の三軒の家へは電燈が来なかつた。そして会社へその事を言つてやつてから漸と社員が出向いて来て、明りを見ることができた。
この些《さゝや》かな事件《じけん》は、それだけでは何んでもない。しかし電柱や電線が電気の需要がふえるに従つて、場所嫌はず無闇《むやみ》に濫設《らんせつ》されることは、住宅の趣味、都市の体裁から言つて、随分困つたことだと思ふ。勿論電燈に限らず、総てのことが行き当りばつたりで、風致《ふうち》や体裁などを気にしてゐる余裕のない我々の生活ではあるけれど、差し当つて今少し何とか工夫があつても好い筈だと思ふ。監督もつけずに頭のない工夫―それも請負会社の―委せきりでも困ると思ふ。で、私は差詰め自分の利害もあるので、新聞でちよつと其の事をきいてみることにした。
すると其の小言と、電気局の答へとが紙上に載つた当日、直ぐ人がやつて来た。会社から尻を持込まれて、請負会社からやつて来たものらしい。そして比較的この問題を重大に視てゐるらしく、場合によれば工事を少し遣り直してもいゝやうな口吻であつた。勿論庭へ立てようとした小柱は、私の抗議で塀の外へ立てゝ行つたが、外に遣り直してもらひたいところが、私の方にもあつた。しかし私は新聞にまで出したりした事を、何だか大人気ないことのやうに思つて、恥かしく感じてゐたをりなので、強いて要求もしなかつた。私の抗議が正当とすれば、そして其を根本的に遣り直す日になれば、市街の電柱を残らず撤廃して、総て地下線にでもするより外ないことになるに違《ちが》ひない。地下へ電線の蜘蛛の巣を張る日になれば、それは又空中線よりも遥かに厄介な仕事になるに違ひないのである。私の言ふ事は正しい事に違《ちが》ひない。さうするに越したことはないかも知れない。けれど正義がいつでも人間の生活に当てはめられると思ふと大変である。
ところで工夫の鼻息はなか/\荒かつた。
「かまふもんか、掘《ほ》れ/\」といつた調子であつた。
「一応の断りもなしに、そんな事をしてもいゝことになつてるんですか。」女達《をんなだち》が言ふと、工夫は一層嵩にかゝつて凄《すご》い権幕で脅すのであつた。命ぜられた工夫は、笑ひながらシヤベルで仕方なし土を掘り返してゐた。
「おゝ、規則だよ。規則だとも。」
私は少し防禦してみたけれど、何《ど》うしても柱を押立てなければ承知しない勢ひなので、少し怫然《むつ》とした。
「君は監督かね。」
「おら工夫だよ。」
とにかく巡査にでも話をしてもらふより外ないと思つて、私は近くの交番へ女中を走らせたが、しかし巡査が来た時分には、彼等は掘かけた穴へ土をかぶせて、どこかへ行つてしまつた。その工夫は気が荒いといふよりか、一|刻《こく》もので口喧《くちやか》ましい方であつた。彼が電柱のうへで働いてゐる場合、下にゐて用を達《た》してゐる工夫たちを、糞《くそ》味噌にけなしつけてゐるのを、私は毎日聞いてゐた。
「あゝいふ処で仕事をしてゐるものは、誰でもあゝいふ風《ふう》になるんだらうな。」私は思つてゐた。
晩方になると、周囲へは電燈が疾くについてゐるにかゝはらず、私の家《うち》と、私のところへ線を引いた他の三軒の家へは電燈が来なかつた。そして会社へその事を言つてやつてから漸と社員が出向いて来て、明りを見ることができた。
この些《さゝや》かな事件《じけん》は、それだけでは何んでもない。しかし電柱や電線が電気の需要がふえるに従つて、場所嫌はず無闇《むやみ》に濫設《らんせつ》されることは、住宅の趣味、都市の体裁から言つて、随分困つたことだと思ふ。勿論電燈に限らず、総てのことが行き当りばつたりで、風致《ふうち》や体裁などを気にしてゐる余裕のない我々の生活ではあるけれど、差し当つて今少し何とか工夫があつても好い筈だと思ふ。監督もつけずに頭のない工夫―それも請負会社の―委せきりでも困ると思ふ。で、私は差詰め自分の利害もあるので、新聞でちよつと其の事をきいてみることにした。
すると其の小言と、電気局の答へとが紙上に載つた当日、直ぐ人がやつて来た。会社から尻を持込まれて、請負会社からやつて来たものらしい。そして比較的この問題を重大に視てゐるらしく、場合によれば工事を少し遣り直してもいゝやうな口吻であつた。勿論庭へ立てようとした小柱は、私の抗議で塀の外へ立てゝ行つたが、外に遣り直してもらひたいところが、私の方にもあつた。しかし私は新聞にまで出したりした事を、何だか大人気ないことのやうに思つて、恥かしく感じてゐたをりなので、強いて要求もしなかつた。私の抗議が正当とすれば、そして其を根本的に遣り直す日になれば、市街の電柱を残らず撤廃して、総て地下線にでもするより外ないことになるに違《ちが》ひない。地下へ電線の蜘蛛の巣を張る日になれば、それは又空中線よりも遥かに厄介な仕事になるに違ひないのである。私の言ふ事は正しい事に違《ちが》ひない。さうするに越したことはないかも知れない。けれど正義がいつでも人間の生活に当てはめられると思ふと大変である。
[#4字下げ]短冊[#「短冊」は中見出し]
三四日前私は歌舞伎へさそはれた。別に見たくもなかつたけれど、行くことにした。ちやうど仕事があがつたところなので、少し用事もあつたし、あの辺をぶらつく積りで、丸ビルへ立寄つて、T―社を訪ねた。そして、S―氏に逢つて、暫らく雑談に時を移してゐた。
やがて私はT―社を辞して出たが、時間はまだ大分早かつた。そこで私は二階までおりて来て、画の陳列を見たり、雑貨店のなかをぶらついたりした。
画の陳列で、私はふと紅葉さんの短冊が眼についた。それは「古布子花に対して恥ぢて出でず」といふ確かに先生の句だが、上に「庭前梨花」と題してある。その「庭前梨花」の四字が、誰か後で附け加へたものであることは、一見して判るのであるが、句の字もどこか怪しい。それに私の目を惹《ひ》いたのは、つひ近頃、この短冊を見たやうな気がするのである。よく考へてみると、書画好きな或る質屋から鑑定を頼みに来たもので、字の出来は悪くない。これならば余程先生の字を知つてゐる人でも、胡麻化されるに違ひないであらう程度の達筆で、巧みに模倣してある。しかし私は先生の字をよく知つてゐる。字の形や、筆勢や、そんなものも無論大切だが、それよりも先生の気象が、字によく出てゐるのである。私は先生の字を見ると、直ぐにそれを書いたときの先生の口元《くちもと》目元《めもと》手容《てつき》といふやうなものが、今でも感ぜられるのである。どんなに拙い書き損じのものでも、先生のものには先生でなければならない癖や気組《きぐみ》が出てゐるのである。しかし此の短冊は似てゐれば似てゐるほど、先生が出てゐないのである。到るところに破綻が見出される。余程巧くは似せてあるが、それは畢竟或る程度の能書家の悪戯にすぎない。その人も大抵わかるやうに思へるのである。
「これは保証するのですか。」
止せば可いのに、私は掛りの人にきいた。若いハイカラな男がやつて来て、
「これですか。紅葉先生です。」
「どうも怪しいと思ふがね。」
その人は少し変に思つたらしかつた。
「私共でも確かだと思つてゐるのでござんすが……。」
そして私は彼を見ながら、
「お名刺をどうか」と言ふのであつた。
「まあこの位ならこれで通るでせう。」
私はたゞ笑ひにまぎらして其処を辞したが、こんな事を、私はちよつと言つて見たい、悪い癖があると見えるのであつた。それが余り似てゐるのと、三四日前見たばかりの短冊だつたので、ちよつと好奇心が起きたのであつた。しかしこんなのを一々気にしてゐた日には、紅葉山人の短冊は、片端から買ひ集めて焼き棄てるより外ないのであつた。それほど真蹟は少ないのであつた。殆んどお目にかゝらないと言つていゝくらゐであつた。それは独《ひと》り紅葉山人に限つたことではなかつた。総ての書画は大抵|贋《にせ》だといつても可いのであつた。
私なそのものは、反対の意味で、死んでしまへば、真物其物の行末が何うなるか判りはしない。濫りに悪字を撒布《さんぷ》しておきたくないなぞと考へるのも、我ながら滑稽である。[#地付き](大正14[#「14」は縦中横]年9月「文芸春秋」)
三四日前私は歌舞伎へさそはれた。別に見たくもなかつたけれど、行くことにした。ちやうど仕事があがつたところなので、少し用事もあつたし、あの辺をぶらつく積りで、丸ビルへ立寄つて、T―社を訪ねた。そして、S―氏に逢つて、暫らく雑談に時を移してゐた。
やがて私はT―社を辞して出たが、時間はまだ大分早かつた。そこで私は二階までおりて来て、画の陳列を見たり、雑貨店のなかをぶらついたりした。
画の陳列で、私はふと紅葉さんの短冊が眼についた。それは「古布子花に対して恥ぢて出でず」といふ確かに先生の句だが、上に「庭前梨花」と題してある。その「庭前梨花」の四字が、誰か後で附け加へたものであることは、一見して判るのであるが、句の字もどこか怪しい。それに私の目を惹《ひ》いたのは、つひ近頃、この短冊を見たやうな気がするのである。よく考へてみると、書画好きな或る質屋から鑑定を頼みに来たもので、字の出来は悪くない。これならば余程先生の字を知つてゐる人でも、胡麻化されるに違ひないであらう程度の達筆で、巧みに模倣してある。しかし私は先生の字をよく知つてゐる。字の形や、筆勢や、そんなものも無論大切だが、それよりも先生の気象が、字によく出てゐるのである。私は先生の字を見ると、直ぐにそれを書いたときの先生の口元《くちもと》目元《めもと》手容《てつき》といふやうなものが、今でも感ぜられるのである。どんなに拙い書き損じのものでも、先生のものには先生でなければならない癖や気組《きぐみ》が出てゐるのである。しかし此の短冊は似てゐれば似てゐるほど、先生が出てゐないのである。到るところに破綻が見出される。余程巧くは似せてあるが、それは畢竟或る程度の能書家の悪戯にすぎない。その人も大抵わかるやうに思へるのである。
「これは保証するのですか。」
止せば可いのに、私は掛りの人にきいた。若いハイカラな男がやつて来て、
「これですか。紅葉先生です。」
「どうも怪しいと思ふがね。」
その人は少し変に思つたらしかつた。
「私共でも確かだと思つてゐるのでござんすが……。」
そして私は彼を見ながら、
「お名刺をどうか」と言ふのであつた。
「まあこの位ならこれで通るでせう。」
私はたゞ笑ひにまぎらして其処を辞したが、こんな事を、私はちよつと言つて見たい、悪い癖があると見えるのであつた。それが余り似てゐるのと、三四日前見たばかりの短冊だつたので、ちよつと好奇心が起きたのであつた。しかしこんなのを一々気にしてゐた日には、紅葉山人の短冊は、片端から買ひ集めて焼き棄てるより外ないのであつた。それほど真蹟は少ないのであつた。殆んどお目にかゝらないと言つていゝくらゐであつた。それは独《ひと》り紅葉山人に限つたことではなかつた。総ての書画は大抵|贋《にせ》だといつても可いのであつた。
私なそのものは、反対の意味で、死んでしまへば、真物其物の行末が何うなるか判りはしない。濫りに悪字を撒布《さんぷ》しておきたくないなぞと考へるのも、我ながら滑稽である。[#地付き](大正14[#「14」は縦中横]年9月「文芸春秋」)
底本:「徳田秋聲全集第15巻」八木書店
1999(平成11)年3月18日初版発行
底本の親本:「文芸春秋」
1925(大正14)年9月
初出:「文芸春秋」
1925(大正14)年9月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
1999(平成11)年3月18日初版発行
底本の親本:「文芸春秋」
1925(大正14)年9月
初出:「文芸春秋」
1925(大正14)年9月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ