harukaze_lab @ ウィキ
青嵐
最終更新:
harukaze_lab
-
view
青嵐
山本周五郎
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)箪笥《たんす》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)井|硯斎《けんさい》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#6字下げ]
-------------------------------------------------------
[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]
結婚してようやく十二日めであった。持って来た荷物もすっかり片付いてはいない、そのときも細ごました物の包みをといて、箪笥《たんす》や長持へしまっているところだった。
もう夕餉《ゆうげ》のしたくをする時刻が近いので、ひとまず止めようかと思っていると、下女のお由《よし》が来てけげんそうに、
「お客さまです」と告げた。
「奥さまにだけお眼にかかりたいと仰《おっ》しゃってございます、お台所へみえていらっしゃいます」
「台所へ、――どんな方なの」
「子供を負った女の方でござります」
誰だろう、登女《とめ》は鬢《びん》へ手をやりながら頭を傾《かし》げた。思いだせない。
「とにかくゆきます」
こう答えてあたまの手拭をとり、襟《たすき》や前掛を外した。
――女は水口のところに立っていて、登女を見ると、「こちらへ」というめくばせをし、そのまま薪小屋のほうへ歩いてゆく。仕方がないのでこちらもそこにある物をつっかけて出た。
「伊能さまの奥さまですか」
女はこう云って登女を見上げ見下ろした。
「こんどお嫁に来なさった奥さまですね」
「御用を仰しゃって下さい、なんですの」
「此処《ここ》じゃあ精《くわ》しいことは云えないです。千羽町の菱屋《ひしや》という宿屋へ来て下さい」
女はどこやら鈍い調子で云った。
「わたし昨日からそこへ泊ってます、幾日でも話しが済むまで泊ってますから」
「貴女《あなた》の仰しゃることは訳がわかりません、どうしてわたくしが宿屋などへゆかなければならないのでしょうか」
女は唇を顫《ふる》わせてこっちを見た、激しい感情のこみあげるような眼だった。それから肩を捻《ひね》って、負っている当歳くらいの子供を見せた。
「伊能さんの子です」
高いところから墜《お》ちでもした後のように、登女は頭がぼうっとして直ぐにも考えることができなかった。女が去ってゆくのをぼんやり眺めながら、下女に呼ばれるまで新小屋の前に立っていた。伊能の子、良人《おっと》の子、いったいどういう意味だろう。
――登女は夕餉のあとで良人に訊《き》いてみようかと思った。姑《しゅうとめ》の萩《はぎ》女に相談するほうがいいかとも思った、然しどちらにも話しだす決心がつかなかった。事が余りに唐突すぎる、ともかく事情をはっきり聞いてからにしよう、彼女はこう考えて不安なひと夜を過した。
翌る日。登城する良人を送りだし、あと片づけを済ませてから、「実家へ」と断わって登女はでかけた。
千羽町というのは城下町の端《はず》れに近く、もう二丁もゆくと草原や畑つづきに大瀬川が見える。軒の低いごみごみと古びた家並ではあるが、四五間おきに若い柳の木があって、そのしたたるような緑が美しく日に映え、清《すが》すがしい芳香のような雰囲気をつくっていた。
――菱屋は軒の低い小さな商人宿で、屋根板ははぜ、庇《ひさし》は落ち、掛行燈《かけあんどん》の字さえはっきりと読めない古ぼけた陰気な家であった。よくよく慥《たしか》かめてから入ると、裏までぬける土間のまん中に、古綿をつくねたように一匹の老犬が寝ていた。
「おつね」という名を尋ねると、すぐに昨日の女が出て来て、腫《は》れたような不愛想な顔で、奥まった部屋の一つへ案内した。鼻の閊《つか》えそうな狭い庭を前にして廊下のどん詰りで、赤茶けた破れ畳の上に敷き放しの夜具があり、その中に子供が眠っていた。
「わたしは袖ヶ浦の観魚楼にいるんです、観魚楼って御存じですか」
女は歯切れの悪い重ったるい調子でこう云った。
「伊能さんの旦那には三年まえからお世話になってました、奥さんにしてやるなんて仰しゃったこともありました、わたしはそんなこと本気にしやあしません、男はみんなそんなことを云うもんですからね、――ただ月々のものと、子供が生れたらその始末をしてくれること、この二つだけちゃんとして貰えばよかったんです」
女の腫れたような逞《たくま》しい顔には少しも表情というものがなかった。眼がときどき異様に光るのと、唇の顫えるのが僅かに激している感情を示すだけで、ぜんたいに愚鈍な、無神経な性質がむきだしである。登女は軽侮といやらしさとで顔をそむけたいくらいだった。
「旦那さんが月々のものを下すったのは精ぜい半年ばかしのあいだでした、あとはなんだのかだのって、さんざんひとを騙《だま》しなさって、子供を産むんだって一文も足しちゃくれません、そして自分じゃよそから奥さんを貰いなさる、――奥さんだって女なら、わたしがどんな気持かわかって下さるでしょう、あんまりひどすぎるじゃありませんかね」
「それで、どうしろと仰しゃるんですか」
「わたしがそう訊きたいんですよ、奥さん」
女はま正直にこちらを見た。
「わたしはおっ母《か》さんを養っているんです、観魚楼じゃ親切にしてくれますけど、いつまでこんな小さな者を抱えてやっていけやしません、わたしは伊能さんの外聞を思って、お世話になってたことも子供のことも云わずにいました、観魚楼の人だって知ってやしません、そのくらいにして来たんですから、――少しはわたしのことだって考えて下さっていいと思います」
[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]
登女は十九だった。嫁して、まだ半月にもならない、その女に同情するよりも、まず自分自身が叩かれ踏みにじられる気持だった。
良人は三年もまえからこの女と関《かか》わりを持っていた、子まで生《な》しているのに、自分という者を妻に迎えて平然と寝起きしている、――余りにひどい、こんなにひどい侮辱があるだろうか。頭のくらくらするような怒りと絶望とで、声いっぱいに叫びだしたい衝動を感じた。
とうてい長く女を見てはいられない、持っていた僅かの金を与え、「また相談に来るから」とだけ云って、登女は逃げるようにその宿を出て来てしまった。
樹々の緑に爽やかな風のわたる、眩《まぶ》しいほど日の明るい街のけしきが、黒い紗《しゃ》を透して眺めでもするように、自分からは遠くよそよそしいものにみえた。登女は殆んど夢中で歩いた、そして辻《つじ》町にある実家の鶴田の門をくぐり、案内も云わずに脇玄関から母の部屋へいった。
「まあびっくりした」
書の稽古をしていた母は筆を取落しそうになった。
「どうなすったの、いきなり、――」
だが登女はそこへ座るなり泣きだした。母の顔を見たとたんにすべての我慢がきれてしまったのである、――母親はなにか問いかけようとした、然し思い止った風で手を伸ばし、肩を抱くようにして黙ってひき寄せた。
登女は母親の膝《ひざ》に面を俯《ふ》せ、小さなまるい肩を震わせて泣き続けた。なにもかも云ってしまおう、そして伊能とは離縁にして貰おう、……こう心のなかで叫びながら。
「泣くだけお泣き、でも、今日はお母さんはなにも聞きませんよ」
母親は娘の背を撫《な》でながら云った。
「人間はみなそれぞれ欠けた弱いところを持っているものです、夫婦というものはその欠けた弱いところを、お互いに援けあい補いあってゆくものです、――こちらが苦しい悲しい思いをしている時は、相手も同じように苦しみ悲しんでいるに違いありません、自分のことだけ考えるのでは、決して世の中に生きてはゆけませんよ」
今日は気の済むまで泣いてお帰り、四五日してまだ気持が晴れなかったら、そのときは改めて事情を聞きましょう。母親はこう云った、なにを考えるにも伊能半兵衛の妻だということを忘れてはいけません。
登女は間もなく庭に咲いている牡丹《ぼたん》を剪《き》って貰い、なにも話さずに鶴田を辞した。母の言葉を首肯《しゅこう》したのではなく、母を愕《おどろ》かし悲しませることが怖くなった、自分はすでに鶴田のむすめではなく伊能家の嫁である、これは良人と自分との問題なので、母に話すならするだけのことをしてからでなければならない、こう思ったからであった。
伊能へ帰るとちょうど昼餉だった。登女は済ませて来たからと断わり、良人の居間へいって牡丹を活けた。ひどい、あんまりひどい、そんな人だったのかしら、――幾ら拭いてもあとからあとから涙がこぼれ、手が震えるためだろう、みごとに咲いた一輪がはらはらと散った。
伊能半兵衛は三百三十石の表祐筆《おもてゆうひつ》であった。ごく温和な性質で、いつも眉の明るい顔をしている。酒も嫌いではないが余り飲まず、ひとがらも才分も極めて平凡だ。勤めの余暇には野山を歩いて、雑草を採って来ては絵に描き、それを分類して蒐《あつ》めるのを楽しみにしている。
「なに、別に目的がある訳じゃあない、こんなことが好きなんだよ」
こう云って、登女にも見せてくれたことがあった。詰らない路傍の草などを置いて、いかにも大切そうに描き写している容子は、見ていても頬笑ましく温かい感じだった。とうていそんな厭《いや》らしい秘密を持つ人のようには思えない、現実にその女と会い、その子を見たのでなければ、登女にも信じられなかったに違いないのである。
――今夜こそ良人に話してみよう、事実をはっきりさせて、それから自分の進退をきめよう。夕餉のしたくを指図するあいだも、登女はそのことだけを繰返し自分に云い聞かせていた。
それほどの決心にもかかわらず、やはり登女には云いだすことができなかった。食事が終り居間へはいると、半兵衛は子供のように楽しげな顔で、
「明日から非番になるんでね」と、納戸から胴乱を出して来た。
「弥陀《みだ》山はもうたいてい採り尽したから、明日は用賀村へゆこうと思うんだ、彼処《あそこ》には兎山というのがあってね、ずっとむかし薬草を植えたことがあるらしい、きっと珍しいものがあると睨《にら》んでいるんだよ」
少しも蔭のない眼であった。
「もう四五年もすれば領内の草類はたいてい蒐められると思う、五年で終るとして十三年かかる訳なんだが、それまでにもし出来たら金を拵《こしら》えて、古いのでいいから本草綱目を買いたいんだ。そして正確な分類図を作りたいんだがね、これはどうも及ばぬ夢で終るらしいよ」
「そんなに高価なものでございますか」
「元はそう高くはないんだが、少ない本なんで手に入れるとなると相当な値になるらしい、全部でなくっても草穀果菜木類部だけの端本でもいいんだが、まあむずかしいね」
なんという朴直な容子だったろう。欲しい玩具《おもちゃ》が高価すぎるので、ねだることができずに諦《あきら》めている子供のような、いじらしいほどすなおな云い方である、――いや今は話せない、登女はそっと頭を振った。帰ってからにしよう、今夜はとても話せない……。
[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]
朝になって良人が出ていってから、登女はまた用にかこつけて家を出た。どういうことになるかわからないが、いちおう子供の始末だけはして置きたいと思った。
――自分が欺かれ侮辱されたという気持は少しも変らない、良人に対する憎悪も烈しく燃えている。人間は信じられないものだ、あの明るい楽しそうな顔、少しも蔭のない温かな眼、人の振向いても見ない雑草を蒐め、絵に描いたり分類したりして喜んでいる、あの恬淡《てんたん》と透明なひとがらの裏にもそんな事が隠されてあるのだ、こんなにも人間は信じ難いものなのだろうか。……登女は息苦しくなるような思いで、こんなことを考えめぐらしながら菱屋へいった。
おつね[#「つね」に傍点]というその女は、登女の顔を見ると紐《ひも》の緩んだように微笑した、もう来て貰えないと思っていたものらしい、眼にも異様な敵意の光はなく、安堵《あんど》と信頼のようすをあからさまに示した。――こっちで費用を出すから子供を里子に預けてはどうか、こう云うと喜んで頷《うなず》いた。
「そうして頂けばわたしも働けますから、わたしも手放すのは厭《いや》ですけどね、おっ母さんをみなきゃならないし、観魚楼にも借りが溜《たま》ってるしするもんですから」
女は哀れなほどほっとした顔つきをした。
「――見てやって下さいませんか奥さん、松太郎っていう名なんですよ」
敷きっぱなしの寝床の中で、なにかばぶばぶ云っている子供を、女はこう云って抱き上げ、登女のほうへ差出した。登女は手を出さなかった。ほんの義理だけに覗《のぞ》いてみた、色の黒いまるまると肥えた丈夫そうな子だったが、むっとする乳の香を嗅《か》ぐと吐気のような感じにおそわれ、「いいお子ね」と云うのが精いっぱいで、すぐに身を遠ざけた。
「もうお誕生くらいにおなりなの」
「ええもう、誕生ですけど、肥っているんで負っても重くって、――名はわたしが付けたんですけどね、松太郎でいいでしょうか」
預けた先がわかったら、誰かに書いて貰って手紙で知らせるように、裏には鶴田と書くこと、そう念を押して教え、差当っての入用だけ渡して菱屋を出た。
その日は良人がおそくなる筈で、夕餉は姑と先に済ませた。今夜こそ良人に云おう、そう自分を励ましながら、片づけたあと居間で鏡に向い、化粧を直した。
――良人はなかなか帰らなかった。用賀村へは四里くらいある、そこから更に兎山というのへ登るので、弁当も二食ぶん持っていったが、それにしても余りおそいようだ。十時の鐘を聞いたあと、姉の部屋へいってみた、萩女もまだ起きていた。
「そう、少しおそ過ぎるようですね」
「泊っていらっしゃるようなこともございますの」
「ないこともないけれど、そんなときはちゃんと断わっていきます、暢《のん》びりしている癖にそういうところはきちんとする人ですから」
「平助でもみにやらせましょうか」
「こんな時刻ではみにやってもねえ」
姑はこう云ってふと気を変えたように、
「――まあ、なにかの都合でおそくなって、その辺の百姓家にでも泊ってくるのでしょう、そういう馴染の家が二三軒あるようですから、もう閉めて寝ることにしましょうかね」
姑を寝かせて戸閉りをみて、自分も寝所にはいったが、寝る気にはなれなかった。不安な苛々《いらいら》した、どうにもおちつかない感じだ。もし帰って来たらと思って、火鉢に炭を継いだり、良人の寝間へいってみたりする、暗くして行燈の光が、敷いてある夜具と、白い枕紙とを空《むな》しく照している、登女はその枕元に座って、ぼんやり人のいない夜具を見やっていた。
――なにか間違いがあったのではなかろうか、崖《がけ》から墜ちる、水に溺《おぼ》れる、野獣に襲われる、色いろと不吉な出来事が想像される、いやそんなことはない、もう八年も野や山には馴れていらっしゃるのだもの、今日に限ってそんな事がある訳はない、……登女は行燈の火を消して自分の寝所へ戻り、火を深く埋めて寝巻に着替えた。
夜具の中に身を横たえたとたんであった。とつぜん胸が苦しくなり呼吸が止りそうになった、すぐに起直り、両手で胸を抱いた、自分の口からもれる激しい呼吸の喘《あえ》ぎが、他人のもののように恐ろしいほどはっきり聞える。どうしたのだろう、登女は歯をくいしばった。抱えている手へ、胸の動悸《どうき》が突上げるようにひびいてくる。
――病気なのだ、こう思ったとき良人の顔が眼にうかんだ、良人の声がまざまざと耳に聞えた。温かな眼でこっちを見ながら、良人は悠《ゆっ》くりとこう云う。
「どうも及ばぬ夢らしいね、――」
登女はああと呻《うめ》きごえをあげた。あなた、……それは病気ではなかった、良人の不幸を惧《おそ》れる本能的な恐怖なのだ、登女にとって半兵衛は、もはやかけがえのない存在になっていたのだ。あなた、――登女は口のうちでこう呼びかけながら、夜具の上にうつ伏して噎《むせ》びあげた。
[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]
半兵衛はその夜ついに帰らなかった。明くる朝はやく、平助という下僕を用賀村へみにやった。
暗い不安な時間、登女はひじょうな後悔と苦悶《くもん》に身を揉《も》まれる、夫婦というものはお互いの欠点や弱点を援けあい補いあってゆくものだ、鶴田の母がそう云った。自分のことだけ考えるのでは世の中に生きてはゆけない。
自分は良人に侮辱され欺かれたと思った、どうして、良人とあの女との関わりは自分の知らない過去のことではないか、良人はあやまちをしたのだ、あの朴直な温かい気性の良人に、悪意と無良心でそのようなことが出来る筈はない、人間の弱さ、誘惑に対する脆《もろ》さである、もちろんそれで済むことではないが、出来てしまったあやまちは誰かが赦さなくてはならない。
こちらが苦しみ悲しんでいるときは、相手も同じように苦しみ悲しんでいる、鶴田の母はそう云った。
あの気性で良人が苦しまなかったであろうか、……まちがっていた、責めるまえに赦さなくてはならない、妻である自分がまず赦さなくてはならないのだ、自分も弱い人間なのだから――。
午《ひる》近くに半兵衛が帰って来た。百姓馬に乗って、若い農夫と平助とで、殆んど抱くように玄関へ伴れこんで来た。姑も登女もいちど蒼《あお》くなったが、半兵衛の笑う顔を見てほっと息をついた。
「足を挫《くじ》いたんですよ」
平助と妻に支えられて居間へはいると、彼はこう云って木綿で巻いた右足を出してみせた。
「珍しい草があるので、崖といってもそう高くないもんですから、つい油断をしましてね、――掴《つか》んでいた笹の根がひっこ抜けたんです、登女、おまえ済まないが礼を少し遣《や》ってあの若者を帰してくれないか、たいへん世話になったから」
登女はすぐに立って幾らか包み、出ていって若い農夫に礼を云った。
農夫の話では、昨日の夕方もう暗くなってから、草を刈《か》って帰る途中、「沢渡」という崖上の道で助けを呼ぶ声を聞いた、覗いてみると高さ七十尺あまりの崖の下で声がする、そこからは下りられないので、二十丁余りも廻ってゆき、途中で会った農夫と二人で叢林《そうりん》をかき分けていって救い出したのだという。
「すっかり昏《く》れちまってわからなくなったもんですから、いちどは朝になってからとも思ったんですが、――」
若い農夫はこう云ったあと、ちょうど狼《おおかみ》が仔《こ》を産む時期だということを思いだしたものでと附加えた。
呼ばれて来た土井|硯斎《けんさい》という外科医は、脛《すね》の骨が折れていること、五六十日は歩けないだろうし、悪くすると跛《びっこ》になるかも知れないと云った。
午後になってから、硯斎は骨接ぎの上手だという老人を伴れて来、治療をしたうえに添木を当て、繃帯《ほうたい》を巻いて、
「当分は動かさないように」と注意していった。
役所へはすぐ届けを出したが、夕方になって遠藤又十郎という同役の人が見舞いに来た。
「やれやれ、ひどいことになったものだ」
夜になって妻と二人きりになると、半兵衛は苦笑しながら深い溜息をついた。
「五六十日の保養はいいが跛になるのは厭だね、そんなにたいそうな事とは夢にも思わなかったよ」
「硯斎さまがお威《おど》しになったのですわ」
登女はかい撫でるように良人を見た。
「動かないでじっと辛抱しておいでなさるように、あんなきついことを仰しゃったに違いございませんわ」
「そうありたいものだね、おれも不自由だが、おまえを跛の妻にするのは堪《たま》らないからね」
「今夜から暫《しばら》くこちらへ寝《やす》ませて頂きますわ、宜しゅうございますわね」
「私の世話なら必要はないよ」
「いいえ」
登女はじんと胸が熱くなった。
「独りでは淋しゅうございますから、ゆうべは、――淋しゅうございましたわ」
半兵衛はそっと妻の手を撫でた。登女はそれを片方の手で押え、眼をつむってこれが自分の良人の手だ、どんなものもこの手を放すことはできない、どんなものも――祈るようにこう呟《つぶや》くのだった。
見舞い客が続いた。遠藤又十郎という人がいちばん繁く来て、元気な声で長いこと話していった。良人とは少年時代からの友で、家は三百石の番頭格であるという、やはり表祐筆に席があるが、近く勘定奉行所のほうへ栄転するような話だった。
半兵衛は彼の見舞いを喜んでいるが、姑は余り歓迎しない容子で、来てくれても挨拶に出ることなど殆んどなかった。
「この三月に結婚をしなすってから少しは堅くおなりなすったようだけれど、甘やかされた独りっ子で、たいそうだらしのないひとなんですよ、半さんなどもずいぶん迷惑をかけられているんですから、堅くなったといってもあたしには信じられません」
姑がそんな風に云っていたのを、或る夜ふと良人に話すと、半兵衛は、
「それ程のこともないんだ」と軽く笑った。
「気が弱いんでつい人に騙されたりはめを外したりしたけれど、こんどは妻も貰ったし出世の途《みち》もついたんだから大丈夫さ、誰だって穿鑿《せんさく》すれば善い事ばかりはないからね」
[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]
あの日から数えて七日めに、おつね[#「つね」に傍点]という女から手紙が来た。谷川村の作蔵という農家へ松太郎を預けたという、月々の手当はこれこれ、衣類の入費はしかじか、病気のときはどうとことこまかに書いてあった。
谷川村とは大瀬川が袖ヶ浦の海へそそぐところから半里ほどこちらで、鶴来山の丘陵の裾に当り、古い観音寺のあるところで名高い。登女は手紙を見て二三日のちに訪ねてみた、家は中どころの農家で、老婆に若い夫婦と作男が二人ばかりいた、土地が少し高いから、背戸へひと跨《また》ぎ登ると海がよく見える。夫婦のあいだに松太郎とひと月ちがいの女の子があって、環境も家庭もどうやら申し分がなかった。
少し訳のある子で、父親の名は知られたくないこと、なにかあったらおつね[#「つね」に傍点]に連絡することなど、よく念を押し、代りに月々のものをやや多分に半年だけ置いて帰って来た。
子供を見たためだろう、すっかり割切った積りの感情がまたかき紊《みだ》されて、哀《かな》しく暗く胸が塞《ふさ》いだ。半兵衛にもそれがわかったとみえる、つとめて笑いながら、採集のときの可笑《おか》しい思出ばなしを色いろとした。
「それからこれはまだはっきりしないんだがね、稗《ひえ》というものを知っているだろう、田のまわりによく生えて稲の邪魔をする――」
「袖ヶ浦」と登女はとつぜん良人の話を遮《さえぎ》った。
「袖ヶ浦の観魚楼というのを御存じでございますか」
半兵衛はびっくりしたように妻を見た。彼女は話をまるで聞いていなかった、そしていきなり観魚楼、――彼は疑わしげな、眉をひそめた顔で暫く妻を眺めていた。
「観魚楼というのは知っているよ、袖ヶ浦ではいちばん大きい料理茶屋だろう、どうしてだい」
「――――」
登女は良人の眼をつよく瞶《みつ》めた、然し長くはつづかなかったし、口までつきあげる言葉も云いきる勇気はなかった。
「いいえ、なんでもございません、ただ伺ってみただけですの、それだけですの、稗のお話をお聞かせ下さいましな」
「おまえ今日はようすが違うね、登女、体のかげんでも悪いのか」半兵衛の眼にはまだ疑惑の色があった。
「それとも鶴田さんへいってなにか厭なことでもあったのじゃないか」
「鶴田へわたくしが」
こう云いかけてはっと登女は口ごもった、谷川村へゆくのに鶴田へと云い拵《こしら》えてあったのだ、彼女は激しく頭を振り、けんめいに笑顔をつくった。
「いいえ、なにも、そんな、厭なことなどございませんわ、本当になんでもございませんの、ただ少し頭が痛みまして、ほんの少しですけれど」
「おやすみ」
半兵衛はいつかのように、そっと妻の手を撫でた。
「顔色もよくない、今夜は自分の寝間がいいね、早くおやすみ」
倒れてから二十日ほど経って、半兵衛は表祐筆の役を解かれた。これはまったく意外な出来事であった。表祐筆の支配は岩沼久左衛門という人だったが、この六月に退任することに定まり、半兵衛がその後任に推されていた。同僚はいうまでもなく、関係方面すべてがこれを承認していた、その期日を目前にして急に解職されたのである。
どうしてだろう、半兵衛はともかく、姉の萩女の落胆はひどかった。支配の交代は七年と定まっているし、重任の例もあるから、この機会を失えば当分はその望みがない、然も単に支配になれないばかりでなく役目さえ免ぜられてしまったのだ。
「貴方《あなた》が詰らない道楽にお凝りなさるからですよ」
萩女はやがて半兵衛にまで不平を向けた。
「訳のわからない草を集めたり絵に描いたりして、お役目を疎《おろそ》かにしていると思われたに違いありません」
「そんなばかなことはありませんよ」
半兵衛は笑った。
「非番のときは誰だって碁を打つとか魚釣りにゆくとか、それぞれなにかしら道楽があるものです。私だけじゃないんですから、きっとなにかお上の御都合なんですよ」
然しそれから間もなく、支配の岩沼久左衛門が夜になって訪ねて来た。もう六十ちかい小柄な老人で、喘息《ぜんそく》があるとみえ、頻《しき》りに苦しそうな甲高い咳《せき》をする、登女は茶を運んでから隣りの部屋に座っていたが、「名は云わぬがやがてわかるだろう」とか、「まったく悪意を以《もっ》て」とか、「讒誣《ざんぶ》にしても余りに」などという言葉が聞えた。
誰かが良人を讒言《ざんげん》したという意味らしい、然し半兵衛はいつもの穏やかな声で、「なにどうにかなりましょう」とおちついた応待をしていた。――そのうち話が草本|蒐集《しゅうしゅう》のことになったようすで、暫くすると良人の呼ぶ声がした。登女はすぐに立っていった。
「絵の入っている箱を持って来てくれ、上から順に三つだけでいい」
云われたとおり運んでゆくと、久左衛門は説明を求めながら絵を見はじめた。それから半刻《はんとき》ほど和やかな話しや笑い声が続き、半兵衛は殊に楽しそうだった。
「これは道楽で片づけるようなものじゃない」
久左衛門は幾たびもそう云った。
「いや驚いた、こんなに丹念なものとは――」
[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]
梅雨が明けて暫くすると、退任した岩沼久左衛門のあとをうけて、遠藤又十郎が支配に任命されたことがわかった。
彼は勘定奉行のほうへ栄転すると思われていたので、この異動はかなり人びとを驚かした。当の又十郎にも意外だったとみえる、久しぶりに訪ねて来た彼は頻りにそのことを云った。
「なんだか伊能の席を横取りしたようで気持が悪くてしようがない、まるで想像もしなかったし、勤まるかどうかも見当がつかない」
「仮にもそんな弱音を吐いてはいけない」
半兵衛は改まった調子で云った。
「それだけのちからがあるから選ばれたんだ、自信をもつんだ遠藤、これで本当に一生が定まるんだぞ、いいか、こんどこそ確《しっか》り腰を据えて、本気になってやってくれ」
「そうは思うんだが、ずいぶんぐうたらな事をして来ているんでね」
又十郎は気弱そうに溜息をついた。
「これまでの同僚が、おれを支配として受|容《い》れてくれるかどうかさえ」
「遠藤、――」
半兵衛が低く鋭い声でこう遮った。
「ひと言だけ云って置く、やるだけさんざんやったんだ、今では妻もある、いいか、ここで本気にならないと取返しはつかないぞ、過ぎ去った事はすっかり忘れていい、これからが勝負だ、自信をもって堂々とやれ、いちばん強いのは本気だということだ」
登女はそのとき隣りの部屋にいたが、良人の言葉のきびしい調子にどきっとした。曽《かつ》ていちども聞いたことのない、じかな、彫刀を入れるような鋭い響きが感じられた。
裏には意味がある、登女はそう思った。過去の事はすっかり忘れていい、これからが勝負だ。それは自分の悔恨をも含めているのではないだろうか。人間は弱い、あやまちを犯し失敗を繰返す、傷つき泥まみれになる、然しその血を拭い泥を払って、幾たびでも強く立直るちからも持っている、……そういう意味をこめて云ったのではなかろうか。生きてゆくことの複雑さ、人の心の味わい深い翳《かげ》、登女はそういうものを覗いたように思い、じんと胸の温かくなるのを覚えた。
五十日まで待たずに半兵衛は起きた。幸い跛にもならず、秋風の立つ頃には駈けても跳んでも差支えないと云われた。待ち兼ねたように、すぐさま彼は山あるきを始めた、萩女はちょっと色をなしたが、半兵衛はまじめな顔で、
「こんどはもう道楽じゃありません」と云った。
「無役だからといって遊んでいては申し訳がありませんからね、こんどはなにかのお役に立てる積りでやるんですよ」
「子供のようなことを仰しゃるのね、そんなことがなんのお役に立つんですか」
「それは私にもわかりませんがね」彼は軽く笑った。「草ばかりでなく樹類や菜類や獣類や鳥類や魚類虫類まで、領内にあるものをすっかり調べようと思うんです、一人くらいそんな事をする人間がいてもいいじゃありませんか」
萩女は呆《あき》れて眼を瞠《みは》ったが、それ以来なにも云わなくなった。
登女は月にいちどずつ谷川村を訪ねた、子供は丈夫に育ち、這《は》うようになり立つようになった。農家のことで釜戸《かまど》や炉の煙に燻《いぶ》されるのだろう、色はますます黒く、固ぶとりに肥えたまるい顔で、きゃっきゃっとよく笑った。登女はかくべつ愛情も感じないが、はじめのような反感や嫉《ねた》みの気持は薄らいでゆき、ときには背戸の丘へ抱いていって海を見せたりすることもあった。
岩沼久左衛門が冬のかかりに三度ばかり訪ねて来た。三度めには老職の宇野|蔵人《くらんど》という人と一緒で、二刻もかかって草本図録を見たり、半兵衛の話を聞いたりしていった。
それからは宇野老職が独りで来るようになり、年が明けると粕谷図書《かすやずしょ》という人を伴れて来て紹介した。そのときのことであるが、二人が帰ったあとで半兵衛が、
「へんなことになりそうだよ」と、登女にだけ云った。
「粕谷という人は千石の大寄合で、藩政監査のような役にいるんだが、こんど殿さま直轄で私の席を設けて下さると云うんだ、もちろんまだ確定した訳ではないから母上には内証だが」
いかにも楽しそうな笑顔だった。
「林野取調べというような名で、下に四五人つかえるらしい、草木鳥獣菜魚の種類や分布や移動などを調べるんだ、実現すれば祐筆支配などよりやり甲斐《がい》がある、瓢箪《ひょうたん》から駒の出たような話だがね」
三月になって領主が帰国すると、半兵衛は物頭格でお側へあげられ、文庫の中に部屋を貰った。とりあえず三人の若侍がその部に附き、役料五十石のほかに領主から年々二十両ずつの手当が出ることになった。
「なが生きをすると色いろなことを見るものですね」
姑は喜んでいいか歎いていいかわからないという風に頭を振った。
「さむらいが雑草だの木だの毛物などを調べて、それでお役に立つなんて訳がわかりません、お父上がいらしったらなんと仰しゃるでしょう」
然し萩女は眼にみえて元気になり、家ぜんたいが戸障子をあけ放したように明るくなった。
[#6字下げ]七[#「七」は中見出し]
八年も独りでこつこつやって来たことが、公けに認められて前例のない役が設けられ、部下を使って思うままに仕事が出来る、どんなに本望だろう、登女もこう思って充実した楽しい気持で日を送った。
それにも拘《かかわ》らず半兵衛のようすが少しずつ変ってきた。三月いっぱいで準備を終り、四月になると山あるきを始めたが、彼は冴《さ》えない顔色で、ふと眉をひそめたり溜息をついたりする、いかにも屈託のあるようすで、夜中に独り言を云ったり、沈んだ眼でじっと壁を眺めていることなどが多くなった。
――どうしたのだろう、新しい仕事になにか支障でも起こったのではないだろうか。
登女は理由を訊くわけにもゆかず、側からできるだけ気をひきたてるようにし、劬《いたわ》り慰めるより仕方がなかった。――四月初旬が過ぎた一日、良人の出たあとで登女は谷川村へいった。その頃はひと月にいちどずつ訪ねる彼女を覚えていて、顔を見るなり子供は声をあげて喜ぶようになった。その日も二た誕生には少し間があるのに、登女をみつけると舌足らずになにか叫びながら、よちよちこっちへ駈けて来た。
「危ない危ない、駈けてはだめだめ」
登女はこう云いながら走り寄っていって抱き上げた、ひなたの匂いと汗臭さでむっとするようだ、ますます黒くなったおでこが、熟れた栗の皮のように黒光りに光っている。
抱かれるとすぐに、
「うみよ、うみよう」
こう云って躯《からだ》を捻り、背戸のほうへ手を伸ばす、向うで女の児を負った老婆が笑っているのへ、登女はちょっと会釈して、子供を抱いたまま背戸へまわった。
一段のぼったところが梨畑になっている。春に来たときはみごとに咲き競っていたが、今は葉がくれに指の尖《さき》ほどの実がみえる。その梨畑の端に立つと、低くなってゆく畑地や林のかなたに袖ヶ浦の海が眺められた。
「まあぼううみいった、うみいったよ」
子供は頻りにこう饒舌《しゃべ》る、両手で登女の頬を挾《はさ》んで、口と口を付けるようにして繰返す。
「じゃぶじゃぶ悪いよ、おっかけたよ、うなだんだよ」
「ほらほら見てごらん」
登女は子供の手から顔を離し、抱き直して海のほうへ向ける。
「あんなに青い海、きれいだわねえ、――」
こう云ったとき、うしろに人の近づいて来るけはいがした。老婆が来たのだろうと思って振り返ると、ついそこに良人が立っていた。
半兵衛の顔は白くばっていた、眼には明らかに苦痛の色があった。登女は「あ」と口のなかで叫び、身ぶるいをした。半兵衛は静かに近寄って来た、感情を抑えたぎこちない身振りで子供を覗き、「丈夫そうな子だね」と、喉《のど》へつかえるような声で云った。
「四つくらいにみえるじゃないか、松太郎という名だそうだね、――云ってくれればよかったんだよ」
登女にはまだ口がきけなかった。
「いつまでこんなことにして置くのはよくない」
半兵衛は低い声で続けた。
「だいぶ噂《うわさ》にもなっているらしいしね、なんとか方法を考えようじゃないか、私に出来るだけのことはするよ」
「でも、――」
ようやく登女は云った。
「わたくしはもう暫くこのままのほうが宜しいかと存じますけれど」
「知れないうちならいいが、かなり噂が広がっているらしいからね、母の耳にでもはいったら、――あの気性だから事が荒くなると思うんだ、今のうちなんとかするほうがいいよ」
「なにか御思案がおありですの」
「おまえには辛いかも知れない、事情もよくわからないが、相手の人に引取って貰うよりほかにないと思う、――登女は伊能の嫁になったんだからね、どういう人か知らないが、いつまでおまえの手を煩わすというのは」
登女はなかば叫んで良人の顔を見直した。
良人は思い違えている、それもひじょうな思い違いだ、登女は舌が硬ばるほど感情が昂《たかぶ》った。
「お待ち下さいまし、仰しゃることがよくわからなくなりました、相手の人というのはどういう意味でございましょうか」
「登女、もう隠すことはないよ、私は少しも責めているんではないんだ」
「なにを責めると仰しゃるんですの」
登女は額から蒼くなった。
「貴方は、――この子が、誰の子か御存じなのですか、この子が貴方のお子だということを御存じなのですか」
半兵衛は、あ、というように口をあいた。
「去年の五月まだ嫁入って十日あまりにしかならない日から、わたくしまる一年のあいだ出来るだけのことをしてまいりました、おつね[#「つね」に傍点]という方にも貴方の恥にならないだけのことは致した積りです、このお子だっていつかは」
「登女、お待ち、まあ待ってくれ」
半兵衛は強い眼で妻を見た。
「これが私の子だって、私の、――それはどういうことなんだ」
「申し上げても宜しいでしょうか、この子は貴方が観魚楼のおつね[#「つね」に傍点]という方にお産ませなすったお子ですわ、あのひとは母親を抱えていらっしゃる、このお子があってはやってゆけないからと、わたくしを頼っていらしったんです」
「観魚楼だって、おつね[#「つね」に傍点]だって――」
半兵衛はなお強く妻を見た。
「いったい登女はなにを云う積りなんだ、頼むからわかるように話してくれ」
[#6字下げ]八[#「八」は中見出し]
半分は泣きながら登女が話した。
彼は聞き終っても暫く黙っていた、余りに事が意表外で、ものが云えないという感じだった。然しやがて彼はべそをかくように微笑した。
「それで、登女はそれを信じたんだね」
「――本当ではなかったのですか」
「その子を置いておいで」
半兵衛はこう云って歩きだした。
「表の道で待っている、一緒に観魚楼へゆこう」
二人は袖ヶ浦へいった。観魚楼は二階造りの大きな料亭で、広い庭がすぐに海へ続いている、とおされた座敷からも、松林をとおして汀《みぎわ》へ白く波のよるのが見えた。
「おつね[#「つね」に傍点]という女中がいたら――」
半兵衛がこう云って呼ぶと、女はすぐに来て廊下へ手をついた。もう座敷へは出ないのだろう、くすぶったみなりで髪もほつれ、汚れた太い指をしていた。
「おまえおつね[#「つね」に傍点]というんだね」
半兵衛はそっちへ向き直った。
「――こっちをごらん、ここにいる人を知っているか」
おつね[#「つね」に傍点]は眼をあげて登女を見た。汗をかいて赤くなっている顔に、ふと鈍い微笑がうかび眼が動いた。
「はい、知っています。伊能さまの奥さまです」
「では、私を覚えているか」
半兵衛は穏やかにこう云った。
「覚えていたら遠慮なく云ってごらん」
登女はじっとおつね[#「つね」に傍点]の表情に見入った。どんなに微《かす》かな感情の動きをもみのがすまいと思って。おつね[#「つね」に傍点]はまじまじと半兵衛を眺め、意味もなく笑いをうかべた。
「どなたさまでしょう、御贔屓《ごひいき》になったかも知れませんけど、あたし頭が悪いもんで」
「じゃあ、伊能半兵衛という者を覚えているか」
「――ええ」
おつね[#「つね」に傍点]はふと怯《おび》えたように登女のほうへ眼をはしらせた。
「――知ってます」
「私を伊能半兵衛だとは思わないかね」
おつね[#「つね」に傍点]はけげんそうに首を傾げた。なにを云われたかわからないらしい、半兵衛は登女を見た、彼女の眼には涙があふれていた。
「伊能半兵衛というのは私だ」
彼は穏やかにこう云った。
「おまえは伊能が松太郎という子の父親だと云って、ここにいる妻の世話になったそうだが、今でもその子の父親が私だと思うかね」
「違います、貴方は伊能さんじゃありません」
「然し伊能というのはほかにはないんだよ」
半兵衛は女を励ますように云った。
「いったいそれはどんな男だったんだ、なりかたち、着ていた物、覚えていたら云ってごらん」
おつね[#「つね」に傍点]は愚鈍なくらい正直な眼で、座敷の一隅を眺めながら考えこんだ。
だが登女はもう殆んどその問答を聞いていなかった。激しい火のような感情が胸いっぱいにふくれあがり、声をあげて叫びたい衝動に駈られた。松太郎は良人の子ではなかった。良人はこの女とはなんの関係もなかった、なにもかもまちがいであり誤解だったのだ。
ああ、登女はとつぜん立って廊下へ出た、そして連子窓《れんじまど》のあるつき当りまでゆき、袂《たもと》で面を掩《おお》って噎《むせ》びあげた。悲しみも苦しみも煙のように消えた、一年のあいだ胸を塞いでいたものがきれいに洗い去られ、たとえようのない幸福感が全身を包む、今なら良人に子のあることを認めてもいいような幸福感だった。
「泣くことはないじゃないか」
半兵衛が来てそっと肩へ手を掛けた。
「わかったのだろう」
「――はい」
「私の名を偽った人間も見当がついた、あの女は仏のように正直なんだね、まるで疑うということを知らないらしい、――もっとも登女だってあの女の云うことをいきなり信じたんだからな」
半兵衛は軽く笑った。
「云えばよかったんだよ、いちばん初めにさ」
「貴方も思い違えていらっしゃいましたわ」
登女は涙を拭きながらこう云った。
「あの子供をわたくしの隠し子のように仰しゃったではございませんの」
ああそうかと半兵衛は苦笑した。彼の話は登女には意外であった、――彼女が伊能へ来るまえに、不義の子を産んで里子に預け、今でもひそかにその子に会いにゆく、こういう噂があるということを以前の同僚から聞いた。もちろん信じられなかったが、ほかの事とは違うので、幾たびも考えたのちとうとう慥かめに来たのだという。
「では、――暫くまえから沈んだようすをしていらっしったのはそのためでしたのね、ああ」
登女は感情のあふれるような眼で良人を見た。
「わたくしたち、二人ともずいぶん危ない道を通りましたのね」
「殊におまえは一年ものあいだね」
半兵衛も妻の眼を思いふかげに見まもった。
「――だが事実がわかってみれば悪くはない経験だったよ、ほかの夫婦なら五年も十年もかかるところを、僅かな期間でこんなに深くお互いを知りあえたんだからね」
登女は良人の眼をみつめたまま、大きく静かに肯《うなず》いた。
[#6字下げ]九[#「九」は中見出し]
せっかく来たのだからと、二人はそこで昼食をとり、少し休んで観魚楼を出た。
やや強い風のしきりに吹き渡る野道を帰りながら、登女はまだ幸福に酔っているような気持で、一年の月日を回想し、自分の苦しみが決してむだでなかったことを思った、自分は今こんなにも深く、ぎりぎりいっぱいに良人を理解し愛することができる、こんな日が来るとわかっていたら、もっと苦しんでもよかったとさえ思った。
城下へはいる前で登女と別れた半兵衛は、城へ上って表祐筆の部屋へゆき、遠藤又十郎を呼び出した。
「暇はとらせないからちょっと来てくれ、話があるんだ」
彼はさりげなく云った。
「潮見櫓《しおみやぐら》のところで待っているよ」
又十郎はすぐにゆくと答えた。潮見櫓は城の東南の端にあり、周囲が松林になっている、又十郎はおちつかない容子でやって来た。半兵衛は黙って石垣のところまで歩いてゆき、振り返ってじっと相手を見た。
「遠藤――おれとおまえとは少年時代からの友達だね、これまでおれは苦いことはいちども云わずにつきあって来た、だが今日は云わなければならないことがある」
「たいがい察しがつくよ」
又十郎は虚勢の笑いをうかべた。
「おれが伊能を讒誣して、祐筆支配の席を横領したということだろう、あれには少し訳があるんだ、事情を話せばきっと」
「いや、そんな事はどっちでもいい、おれのことならいいんだ、友達だからな、然し、――罪もない女を泣かせてはいけない。茶屋女などを騙し、子供まで産ませて、そのまま捨ててかえりみないという法はない、それだけはよくない」
「そんな――」
又十郎の額がさっと白くなった。
「そんなばかな、そんな、………それこそ誹謗《ひぼう》だ、おれにはまるで覚えのない」
半兵衛の右手がとんだ、又十郎の頬がぴしりと鳴り、上体がぐらっと傾いた。半兵衛は左手でその衿《えり》を掴み、もう一つ力まかせに平手打ちをくれた。
「おまえは伊能半兵衛の名を騙《かた》った、女はそれを信じて、嫁に来たばかりのおれの妻のところへ、子供を負って泣き込んだ、おれの妻が、どんなにひどい打撃をうけたかわかるか、――妻は今日まで、おれの産ませた子供だと思って、里子にやって面倒をみて来た、するときさまはこんどは、おれの妻に不義の隠し子があるという噂をふりまいた、……遠藤、おれはむかしからきさまの尻拭いをして来た、もうたくさんだ、こんどは自分で始末をしろ、わかったか」
又十郎はぶるぶる震えながら頭を垂れた。半兵衛は掴んでいた衿を突き放し、つきあげてくる怒りを抑えながら、踵《くびす》を返してそこを去った。
然し二十歩ばかり来て振り返った、又十郎は頭を垂れたまま立ち竦《すく》んでいる。すぼめた肩、………蒼くなった横顔、――半兵衛は舌打ちをした。なんといういくじのない奴だ。思いきってゆこうとする、然し彼には出来ない、半兵衛は不決断にあとへ戻った。
「子供はあの女が松太郎という名を付けた」
半兵衛は脇を見たまま云った。
「よく肥えた眼の大きな、丈夫そうないい子だ。谷川村の作蔵という百姓の家に預けてある、――ああ、おまえは妻の訪ねる姿を見たんだから知っている筈だな、なるべく早くいってやれ、そして折をみて妻女にすっかり話すがいい」
「――――」
然し又十郎はくしゃくしゃに歪《ゆが》んだ顔でこっちを見た。
「そんなことをあれが承知するだろうか」
なんという哀れな弱いやつだ。又十郎の顔を見ながら、半兵衛は殆んど涙ぐましくさえなってきた。
「嫁に来て十日あまりにしかならないおれの妻でさえ、おれに隠して面倒をみたじゃないか、本当に後悔した気持で話してみろ、二年も夫婦ぐらしをして来たんだ、おまえが本気ならきっと赦してくれるよ」
彼は又十郎の肩へ手を置いた。
「――知っているのはおれ独りだ、妻にさえおまえの名は云わずにある、遠藤、………これ限りだぞ」
「勘弁してくれるんだね」
又十郎はこっちを見た。そのとたんにぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。半兵衛は頷《うなず》いて、その眼をやさしく見ながら、労《いたわ》るようにはたはたと肩を叩いた。
「元気を出してやれ、これが片付けばよくなる。但しもう懲りろよ」
すがすがしく洗われた気持で又十郎と別れた、松林にはしきりに風が渡っていた。
底本:「山本周五郎全集第二十一巻 花匂う・上野介正信」新潮社
1983(昭和58)年12月25日 発行
底本の親本:「講談雑誌」
1948(昭和23)年6月号
初出:「講談雑誌」
1948(昭和23)年6月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
山本周五郎
-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)箪笥《たんす》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)井|硯斎《けんさい》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#6字下げ]
-------------------------------------------------------
[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]
結婚してようやく十二日めであった。持って来た荷物もすっかり片付いてはいない、そのときも細ごました物の包みをといて、箪笥《たんす》や長持へしまっているところだった。
もう夕餉《ゆうげ》のしたくをする時刻が近いので、ひとまず止めようかと思っていると、下女のお由《よし》が来てけげんそうに、
「お客さまです」と告げた。
「奥さまにだけお眼にかかりたいと仰《おっ》しゃってございます、お台所へみえていらっしゃいます」
「台所へ、――どんな方なの」
「子供を負った女の方でござります」
誰だろう、登女《とめ》は鬢《びん》へ手をやりながら頭を傾《かし》げた。思いだせない。
「とにかくゆきます」
こう答えてあたまの手拭をとり、襟《たすき》や前掛を外した。
――女は水口のところに立っていて、登女を見ると、「こちらへ」というめくばせをし、そのまま薪小屋のほうへ歩いてゆく。仕方がないのでこちらもそこにある物をつっかけて出た。
「伊能さまの奥さまですか」
女はこう云って登女を見上げ見下ろした。
「こんどお嫁に来なさった奥さまですね」
「御用を仰しゃって下さい、なんですの」
「此処《ここ》じゃあ精《くわ》しいことは云えないです。千羽町の菱屋《ひしや》という宿屋へ来て下さい」
女はどこやら鈍い調子で云った。
「わたし昨日からそこへ泊ってます、幾日でも話しが済むまで泊ってますから」
「貴女《あなた》の仰しゃることは訳がわかりません、どうしてわたくしが宿屋などへゆかなければならないのでしょうか」
女は唇を顫《ふる》わせてこっちを見た、激しい感情のこみあげるような眼だった。それから肩を捻《ひね》って、負っている当歳くらいの子供を見せた。
「伊能さんの子です」
高いところから墜《お》ちでもした後のように、登女は頭がぼうっとして直ぐにも考えることができなかった。女が去ってゆくのをぼんやり眺めながら、下女に呼ばれるまで新小屋の前に立っていた。伊能の子、良人《おっと》の子、いったいどういう意味だろう。
――登女は夕餉のあとで良人に訊《き》いてみようかと思った。姑《しゅうとめ》の萩《はぎ》女に相談するほうがいいかとも思った、然しどちらにも話しだす決心がつかなかった。事が余りに唐突すぎる、ともかく事情をはっきり聞いてからにしよう、彼女はこう考えて不安なひと夜を過した。
翌る日。登城する良人を送りだし、あと片づけを済ませてから、「実家へ」と断わって登女はでかけた。
千羽町というのは城下町の端《はず》れに近く、もう二丁もゆくと草原や畑つづきに大瀬川が見える。軒の低いごみごみと古びた家並ではあるが、四五間おきに若い柳の木があって、そのしたたるような緑が美しく日に映え、清《すが》すがしい芳香のような雰囲気をつくっていた。
――菱屋は軒の低い小さな商人宿で、屋根板ははぜ、庇《ひさし》は落ち、掛行燈《かけあんどん》の字さえはっきりと読めない古ぼけた陰気な家であった。よくよく慥《たしか》かめてから入ると、裏までぬける土間のまん中に、古綿をつくねたように一匹の老犬が寝ていた。
「おつね」という名を尋ねると、すぐに昨日の女が出て来て、腫《は》れたような不愛想な顔で、奥まった部屋の一つへ案内した。鼻の閊《つか》えそうな狭い庭を前にして廊下のどん詰りで、赤茶けた破れ畳の上に敷き放しの夜具があり、その中に子供が眠っていた。
「わたしは袖ヶ浦の観魚楼にいるんです、観魚楼って御存じですか」
女は歯切れの悪い重ったるい調子でこう云った。
「伊能さんの旦那には三年まえからお世話になってました、奥さんにしてやるなんて仰しゃったこともありました、わたしはそんなこと本気にしやあしません、男はみんなそんなことを云うもんですからね、――ただ月々のものと、子供が生れたらその始末をしてくれること、この二つだけちゃんとして貰えばよかったんです」
女の腫れたような逞《たくま》しい顔には少しも表情というものがなかった。眼がときどき異様に光るのと、唇の顫えるのが僅かに激している感情を示すだけで、ぜんたいに愚鈍な、無神経な性質がむきだしである。登女は軽侮といやらしさとで顔をそむけたいくらいだった。
「旦那さんが月々のものを下すったのは精ぜい半年ばかしのあいだでした、あとはなんだのかだのって、さんざんひとを騙《だま》しなさって、子供を産むんだって一文も足しちゃくれません、そして自分じゃよそから奥さんを貰いなさる、――奥さんだって女なら、わたしがどんな気持かわかって下さるでしょう、あんまりひどすぎるじゃありませんかね」
「それで、どうしろと仰しゃるんですか」
「わたしがそう訊きたいんですよ、奥さん」
女はま正直にこちらを見た。
「わたしはおっ母《か》さんを養っているんです、観魚楼じゃ親切にしてくれますけど、いつまでこんな小さな者を抱えてやっていけやしません、わたしは伊能さんの外聞を思って、お世話になってたことも子供のことも云わずにいました、観魚楼の人だって知ってやしません、そのくらいにして来たんですから、――少しはわたしのことだって考えて下さっていいと思います」
[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]
登女は十九だった。嫁して、まだ半月にもならない、その女に同情するよりも、まず自分自身が叩かれ踏みにじられる気持だった。
良人は三年もまえからこの女と関《かか》わりを持っていた、子まで生《な》しているのに、自分という者を妻に迎えて平然と寝起きしている、――余りにひどい、こんなにひどい侮辱があるだろうか。頭のくらくらするような怒りと絶望とで、声いっぱいに叫びだしたい衝動を感じた。
とうてい長く女を見てはいられない、持っていた僅かの金を与え、「また相談に来るから」とだけ云って、登女は逃げるようにその宿を出て来てしまった。
樹々の緑に爽やかな風のわたる、眩《まぶ》しいほど日の明るい街のけしきが、黒い紗《しゃ》を透して眺めでもするように、自分からは遠くよそよそしいものにみえた。登女は殆んど夢中で歩いた、そして辻《つじ》町にある実家の鶴田の門をくぐり、案内も云わずに脇玄関から母の部屋へいった。
「まあびっくりした」
書の稽古をしていた母は筆を取落しそうになった。
「どうなすったの、いきなり、――」
だが登女はそこへ座るなり泣きだした。母の顔を見たとたんにすべての我慢がきれてしまったのである、――母親はなにか問いかけようとした、然し思い止った風で手を伸ばし、肩を抱くようにして黙ってひき寄せた。
登女は母親の膝《ひざ》に面を俯《ふ》せ、小さなまるい肩を震わせて泣き続けた。なにもかも云ってしまおう、そして伊能とは離縁にして貰おう、……こう心のなかで叫びながら。
「泣くだけお泣き、でも、今日はお母さんはなにも聞きませんよ」
母親は娘の背を撫《な》でながら云った。
「人間はみなそれぞれ欠けた弱いところを持っているものです、夫婦というものはその欠けた弱いところを、お互いに援けあい補いあってゆくものです、――こちらが苦しい悲しい思いをしている時は、相手も同じように苦しみ悲しんでいるに違いありません、自分のことだけ考えるのでは、決して世の中に生きてはゆけませんよ」
今日は気の済むまで泣いてお帰り、四五日してまだ気持が晴れなかったら、そのときは改めて事情を聞きましょう。母親はこう云った、なにを考えるにも伊能半兵衛の妻だということを忘れてはいけません。
登女は間もなく庭に咲いている牡丹《ぼたん》を剪《き》って貰い、なにも話さずに鶴田を辞した。母の言葉を首肯《しゅこう》したのではなく、母を愕《おどろ》かし悲しませることが怖くなった、自分はすでに鶴田のむすめではなく伊能家の嫁である、これは良人と自分との問題なので、母に話すならするだけのことをしてからでなければならない、こう思ったからであった。
伊能へ帰るとちょうど昼餉だった。登女は済ませて来たからと断わり、良人の居間へいって牡丹を活けた。ひどい、あんまりひどい、そんな人だったのかしら、――幾ら拭いてもあとからあとから涙がこぼれ、手が震えるためだろう、みごとに咲いた一輪がはらはらと散った。
伊能半兵衛は三百三十石の表祐筆《おもてゆうひつ》であった。ごく温和な性質で、いつも眉の明るい顔をしている。酒も嫌いではないが余り飲まず、ひとがらも才分も極めて平凡だ。勤めの余暇には野山を歩いて、雑草を採って来ては絵に描き、それを分類して蒐《あつ》めるのを楽しみにしている。
「なに、別に目的がある訳じゃあない、こんなことが好きなんだよ」
こう云って、登女にも見せてくれたことがあった。詰らない路傍の草などを置いて、いかにも大切そうに描き写している容子は、見ていても頬笑ましく温かい感じだった。とうていそんな厭《いや》らしい秘密を持つ人のようには思えない、現実にその女と会い、その子を見たのでなければ、登女にも信じられなかったに違いないのである。
――今夜こそ良人に話してみよう、事実をはっきりさせて、それから自分の進退をきめよう。夕餉のしたくを指図するあいだも、登女はそのことだけを繰返し自分に云い聞かせていた。
それほどの決心にもかかわらず、やはり登女には云いだすことができなかった。食事が終り居間へはいると、半兵衛は子供のように楽しげな顔で、
「明日から非番になるんでね」と、納戸から胴乱を出して来た。
「弥陀《みだ》山はもうたいてい採り尽したから、明日は用賀村へゆこうと思うんだ、彼処《あそこ》には兎山というのがあってね、ずっとむかし薬草を植えたことがあるらしい、きっと珍しいものがあると睨《にら》んでいるんだよ」
少しも蔭のない眼であった。
「もう四五年もすれば領内の草類はたいてい蒐められると思う、五年で終るとして十三年かかる訳なんだが、それまでにもし出来たら金を拵《こしら》えて、古いのでいいから本草綱目を買いたいんだ。そして正確な分類図を作りたいんだがね、これはどうも及ばぬ夢で終るらしいよ」
「そんなに高価なものでございますか」
「元はそう高くはないんだが、少ない本なんで手に入れるとなると相当な値になるらしい、全部でなくっても草穀果菜木類部だけの端本でもいいんだが、まあむずかしいね」
なんという朴直な容子だったろう。欲しい玩具《おもちゃ》が高価すぎるので、ねだることができずに諦《あきら》めている子供のような、いじらしいほどすなおな云い方である、――いや今は話せない、登女はそっと頭を振った。帰ってからにしよう、今夜はとても話せない……。
[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]
朝になって良人が出ていってから、登女はまた用にかこつけて家を出た。どういうことになるかわからないが、いちおう子供の始末だけはして置きたいと思った。
――自分が欺かれ侮辱されたという気持は少しも変らない、良人に対する憎悪も烈しく燃えている。人間は信じられないものだ、あの明るい楽しそうな顔、少しも蔭のない温かな眼、人の振向いても見ない雑草を蒐め、絵に描いたり分類したりして喜んでいる、あの恬淡《てんたん》と透明なひとがらの裏にもそんな事が隠されてあるのだ、こんなにも人間は信じ難いものなのだろうか。……登女は息苦しくなるような思いで、こんなことを考えめぐらしながら菱屋へいった。
おつね[#「つね」に傍点]というその女は、登女の顔を見ると紐《ひも》の緩んだように微笑した、もう来て貰えないと思っていたものらしい、眼にも異様な敵意の光はなく、安堵《あんど》と信頼のようすをあからさまに示した。――こっちで費用を出すから子供を里子に預けてはどうか、こう云うと喜んで頷《うなず》いた。
「そうして頂けばわたしも働けますから、わたしも手放すのは厭《いや》ですけどね、おっ母さんをみなきゃならないし、観魚楼にも借りが溜《たま》ってるしするもんですから」
女は哀れなほどほっとした顔つきをした。
「――見てやって下さいませんか奥さん、松太郎っていう名なんですよ」
敷きっぱなしの寝床の中で、なにかばぶばぶ云っている子供を、女はこう云って抱き上げ、登女のほうへ差出した。登女は手を出さなかった。ほんの義理だけに覗《のぞ》いてみた、色の黒いまるまると肥えた丈夫そうな子だったが、むっとする乳の香を嗅《か》ぐと吐気のような感じにおそわれ、「いいお子ね」と云うのが精いっぱいで、すぐに身を遠ざけた。
「もうお誕生くらいにおなりなの」
「ええもう、誕生ですけど、肥っているんで負っても重くって、――名はわたしが付けたんですけどね、松太郎でいいでしょうか」
預けた先がわかったら、誰かに書いて貰って手紙で知らせるように、裏には鶴田と書くこと、そう念を押して教え、差当っての入用だけ渡して菱屋を出た。
その日は良人がおそくなる筈で、夕餉は姑と先に済ませた。今夜こそ良人に云おう、そう自分を励ましながら、片づけたあと居間で鏡に向い、化粧を直した。
――良人はなかなか帰らなかった。用賀村へは四里くらいある、そこから更に兎山というのへ登るので、弁当も二食ぶん持っていったが、それにしても余りおそいようだ。十時の鐘を聞いたあと、姉の部屋へいってみた、萩女もまだ起きていた。
「そう、少しおそ過ぎるようですね」
「泊っていらっしゃるようなこともございますの」
「ないこともないけれど、そんなときはちゃんと断わっていきます、暢《のん》びりしている癖にそういうところはきちんとする人ですから」
「平助でもみにやらせましょうか」
「こんな時刻ではみにやってもねえ」
姑はこう云ってふと気を変えたように、
「――まあ、なにかの都合でおそくなって、その辺の百姓家にでも泊ってくるのでしょう、そういう馴染の家が二三軒あるようですから、もう閉めて寝ることにしましょうかね」
姑を寝かせて戸閉りをみて、自分も寝所にはいったが、寝る気にはなれなかった。不安な苛々《いらいら》した、どうにもおちつかない感じだ。もし帰って来たらと思って、火鉢に炭を継いだり、良人の寝間へいってみたりする、暗くして行燈の光が、敷いてある夜具と、白い枕紙とを空《むな》しく照している、登女はその枕元に座って、ぼんやり人のいない夜具を見やっていた。
――なにか間違いがあったのではなかろうか、崖《がけ》から墜ちる、水に溺《おぼ》れる、野獣に襲われる、色いろと不吉な出来事が想像される、いやそんなことはない、もう八年も野や山には馴れていらっしゃるのだもの、今日に限ってそんな事がある訳はない、……登女は行燈の火を消して自分の寝所へ戻り、火を深く埋めて寝巻に着替えた。
夜具の中に身を横たえたとたんであった。とつぜん胸が苦しくなり呼吸が止りそうになった、すぐに起直り、両手で胸を抱いた、自分の口からもれる激しい呼吸の喘《あえ》ぎが、他人のもののように恐ろしいほどはっきり聞える。どうしたのだろう、登女は歯をくいしばった。抱えている手へ、胸の動悸《どうき》が突上げるようにひびいてくる。
――病気なのだ、こう思ったとき良人の顔が眼にうかんだ、良人の声がまざまざと耳に聞えた。温かな眼でこっちを見ながら、良人は悠《ゆっ》くりとこう云う。
「どうも及ばぬ夢らしいね、――」
登女はああと呻《うめ》きごえをあげた。あなた、……それは病気ではなかった、良人の不幸を惧《おそ》れる本能的な恐怖なのだ、登女にとって半兵衛は、もはやかけがえのない存在になっていたのだ。あなた、――登女は口のうちでこう呼びかけながら、夜具の上にうつ伏して噎《むせ》びあげた。
[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]
半兵衛はその夜ついに帰らなかった。明くる朝はやく、平助という下僕を用賀村へみにやった。
暗い不安な時間、登女はひじょうな後悔と苦悶《くもん》に身を揉《も》まれる、夫婦というものはお互いの欠点や弱点を援けあい補いあってゆくものだ、鶴田の母がそう云った。自分のことだけ考えるのでは世の中に生きてはゆけない。
自分は良人に侮辱され欺かれたと思った、どうして、良人とあの女との関わりは自分の知らない過去のことではないか、良人はあやまちをしたのだ、あの朴直な温かい気性の良人に、悪意と無良心でそのようなことが出来る筈はない、人間の弱さ、誘惑に対する脆《もろ》さである、もちろんそれで済むことではないが、出来てしまったあやまちは誰かが赦さなくてはならない。
こちらが苦しみ悲しんでいるときは、相手も同じように苦しみ悲しんでいる、鶴田の母はそう云った。
あの気性で良人が苦しまなかったであろうか、……まちがっていた、責めるまえに赦さなくてはならない、妻である自分がまず赦さなくてはならないのだ、自分も弱い人間なのだから――。
午《ひる》近くに半兵衛が帰って来た。百姓馬に乗って、若い農夫と平助とで、殆んど抱くように玄関へ伴れこんで来た。姑も登女もいちど蒼《あお》くなったが、半兵衛の笑う顔を見てほっと息をついた。
「足を挫《くじ》いたんですよ」
平助と妻に支えられて居間へはいると、彼はこう云って木綿で巻いた右足を出してみせた。
「珍しい草があるので、崖といってもそう高くないもんですから、つい油断をしましてね、――掴《つか》んでいた笹の根がひっこ抜けたんです、登女、おまえ済まないが礼を少し遣《や》ってあの若者を帰してくれないか、たいへん世話になったから」
登女はすぐに立って幾らか包み、出ていって若い農夫に礼を云った。
農夫の話では、昨日の夕方もう暗くなってから、草を刈《か》って帰る途中、「沢渡」という崖上の道で助けを呼ぶ声を聞いた、覗いてみると高さ七十尺あまりの崖の下で声がする、そこからは下りられないので、二十丁余りも廻ってゆき、途中で会った農夫と二人で叢林《そうりん》をかき分けていって救い出したのだという。
「すっかり昏《く》れちまってわからなくなったもんですから、いちどは朝になってからとも思ったんですが、――」
若い農夫はこう云ったあと、ちょうど狼《おおかみ》が仔《こ》を産む時期だということを思いだしたものでと附加えた。
呼ばれて来た土井|硯斎《けんさい》という外科医は、脛《すね》の骨が折れていること、五六十日は歩けないだろうし、悪くすると跛《びっこ》になるかも知れないと云った。
午後になってから、硯斎は骨接ぎの上手だという老人を伴れて来、治療をしたうえに添木を当て、繃帯《ほうたい》を巻いて、
「当分は動かさないように」と注意していった。
役所へはすぐ届けを出したが、夕方になって遠藤又十郎という同役の人が見舞いに来た。
「やれやれ、ひどいことになったものだ」
夜になって妻と二人きりになると、半兵衛は苦笑しながら深い溜息をついた。
「五六十日の保養はいいが跛になるのは厭だね、そんなにたいそうな事とは夢にも思わなかったよ」
「硯斎さまがお威《おど》しになったのですわ」
登女はかい撫でるように良人を見た。
「動かないでじっと辛抱しておいでなさるように、あんなきついことを仰しゃったに違いございませんわ」
「そうありたいものだね、おれも不自由だが、おまえを跛の妻にするのは堪《たま》らないからね」
「今夜から暫《しばら》くこちらへ寝《やす》ませて頂きますわ、宜しゅうございますわね」
「私の世話なら必要はないよ」
「いいえ」
登女はじんと胸が熱くなった。
「独りでは淋しゅうございますから、ゆうべは、――淋しゅうございましたわ」
半兵衛はそっと妻の手を撫でた。登女はそれを片方の手で押え、眼をつむってこれが自分の良人の手だ、どんなものもこの手を放すことはできない、どんなものも――祈るようにこう呟《つぶや》くのだった。
見舞い客が続いた。遠藤又十郎という人がいちばん繁く来て、元気な声で長いこと話していった。良人とは少年時代からの友で、家は三百石の番頭格であるという、やはり表祐筆に席があるが、近く勘定奉行所のほうへ栄転するような話だった。
半兵衛は彼の見舞いを喜んでいるが、姑は余り歓迎しない容子で、来てくれても挨拶に出ることなど殆んどなかった。
「この三月に結婚をしなすってから少しは堅くおなりなすったようだけれど、甘やかされた独りっ子で、たいそうだらしのないひとなんですよ、半さんなどもずいぶん迷惑をかけられているんですから、堅くなったといってもあたしには信じられません」
姑がそんな風に云っていたのを、或る夜ふと良人に話すと、半兵衛は、
「それ程のこともないんだ」と軽く笑った。
「気が弱いんでつい人に騙されたりはめを外したりしたけれど、こんどは妻も貰ったし出世の途《みち》もついたんだから大丈夫さ、誰だって穿鑿《せんさく》すれば善い事ばかりはないからね」
[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]
あの日から数えて七日めに、おつね[#「つね」に傍点]という女から手紙が来た。谷川村の作蔵という農家へ松太郎を預けたという、月々の手当はこれこれ、衣類の入費はしかじか、病気のときはどうとことこまかに書いてあった。
谷川村とは大瀬川が袖ヶ浦の海へそそぐところから半里ほどこちらで、鶴来山の丘陵の裾に当り、古い観音寺のあるところで名高い。登女は手紙を見て二三日のちに訪ねてみた、家は中どころの農家で、老婆に若い夫婦と作男が二人ばかりいた、土地が少し高いから、背戸へひと跨《また》ぎ登ると海がよく見える。夫婦のあいだに松太郎とひと月ちがいの女の子があって、環境も家庭もどうやら申し分がなかった。
少し訳のある子で、父親の名は知られたくないこと、なにかあったらおつね[#「つね」に傍点]に連絡することなど、よく念を押し、代りに月々のものをやや多分に半年だけ置いて帰って来た。
子供を見たためだろう、すっかり割切った積りの感情がまたかき紊《みだ》されて、哀《かな》しく暗く胸が塞《ふさ》いだ。半兵衛にもそれがわかったとみえる、つとめて笑いながら、採集のときの可笑《おか》しい思出ばなしを色いろとした。
「それからこれはまだはっきりしないんだがね、稗《ひえ》というものを知っているだろう、田のまわりによく生えて稲の邪魔をする――」
「袖ヶ浦」と登女はとつぜん良人の話を遮《さえぎ》った。
「袖ヶ浦の観魚楼というのを御存じでございますか」
半兵衛はびっくりしたように妻を見た。彼女は話をまるで聞いていなかった、そしていきなり観魚楼、――彼は疑わしげな、眉をひそめた顔で暫く妻を眺めていた。
「観魚楼というのは知っているよ、袖ヶ浦ではいちばん大きい料理茶屋だろう、どうしてだい」
「――――」
登女は良人の眼をつよく瞶《みつ》めた、然し長くはつづかなかったし、口までつきあげる言葉も云いきる勇気はなかった。
「いいえ、なんでもございません、ただ伺ってみただけですの、それだけですの、稗のお話をお聞かせ下さいましな」
「おまえ今日はようすが違うね、登女、体のかげんでも悪いのか」半兵衛の眼にはまだ疑惑の色があった。
「それとも鶴田さんへいってなにか厭なことでもあったのじゃないか」
「鶴田へわたくしが」
こう云いかけてはっと登女は口ごもった、谷川村へゆくのに鶴田へと云い拵《こしら》えてあったのだ、彼女は激しく頭を振り、けんめいに笑顔をつくった。
「いいえ、なにも、そんな、厭なことなどございませんわ、本当になんでもございませんの、ただ少し頭が痛みまして、ほんの少しですけれど」
「おやすみ」
半兵衛はいつかのように、そっと妻の手を撫でた。
「顔色もよくない、今夜は自分の寝間がいいね、早くおやすみ」
倒れてから二十日ほど経って、半兵衛は表祐筆の役を解かれた。これはまったく意外な出来事であった。表祐筆の支配は岩沼久左衛門という人だったが、この六月に退任することに定まり、半兵衛がその後任に推されていた。同僚はいうまでもなく、関係方面すべてがこれを承認していた、その期日を目前にして急に解職されたのである。
どうしてだろう、半兵衛はともかく、姉の萩女の落胆はひどかった。支配の交代は七年と定まっているし、重任の例もあるから、この機会を失えば当分はその望みがない、然も単に支配になれないばかりでなく役目さえ免ぜられてしまったのだ。
「貴方《あなた》が詰らない道楽にお凝りなさるからですよ」
萩女はやがて半兵衛にまで不平を向けた。
「訳のわからない草を集めたり絵に描いたりして、お役目を疎《おろそ》かにしていると思われたに違いありません」
「そんなばかなことはありませんよ」
半兵衛は笑った。
「非番のときは誰だって碁を打つとか魚釣りにゆくとか、それぞれなにかしら道楽があるものです。私だけじゃないんですから、きっとなにかお上の御都合なんですよ」
然しそれから間もなく、支配の岩沼久左衛門が夜になって訪ねて来た。もう六十ちかい小柄な老人で、喘息《ぜんそく》があるとみえ、頻《しき》りに苦しそうな甲高い咳《せき》をする、登女は茶を運んでから隣りの部屋に座っていたが、「名は云わぬがやがてわかるだろう」とか、「まったく悪意を以《もっ》て」とか、「讒誣《ざんぶ》にしても余りに」などという言葉が聞えた。
誰かが良人を讒言《ざんげん》したという意味らしい、然し半兵衛はいつもの穏やかな声で、「なにどうにかなりましょう」とおちついた応待をしていた。――そのうち話が草本|蒐集《しゅうしゅう》のことになったようすで、暫くすると良人の呼ぶ声がした。登女はすぐに立っていった。
「絵の入っている箱を持って来てくれ、上から順に三つだけでいい」
云われたとおり運んでゆくと、久左衛門は説明を求めながら絵を見はじめた。それから半刻《はんとき》ほど和やかな話しや笑い声が続き、半兵衛は殊に楽しそうだった。
「これは道楽で片づけるようなものじゃない」
久左衛門は幾たびもそう云った。
「いや驚いた、こんなに丹念なものとは――」
[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]
梅雨が明けて暫くすると、退任した岩沼久左衛門のあとをうけて、遠藤又十郎が支配に任命されたことがわかった。
彼は勘定奉行のほうへ栄転すると思われていたので、この異動はかなり人びとを驚かした。当の又十郎にも意外だったとみえる、久しぶりに訪ねて来た彼は頻りにそのことを云った。
「なんだか伊能の席を横取りしたようで気持が悪くてしようがない、まるで想像もしなかったし、勤まるかどうかも見当がつかない」
「仮にもそんな弱音を吐いてはいけない」
半兵衛は改まった調子で云った。
「それだけのちからがあるから選ばれたんだ、自信をもつんだ遠藤、これで本当に一生が定まるんだぞ、いいか、こんどこそ確《しっか》り腰を据えて、本気になってやってくれ」
「そうは思うんだが、ずいぶんぐうたらな事をして来ているんでね」
又十郎は気弱そうに溜息をついた。
「これまでの同僚が、おれを支配として受|容《い》れてくれるかどうかさえ」
「遠藤、――」
半兵衛が低く鋭い声でこう遮った。
「ひと言だけ云って置く、やるだけさんざんやったんだ、今では妻もある、いいか、ここで本気にならないと取返しはつかないぞ、過ぎ去った事はすっかり忘れていい、これからが勝負だ、自信をもって堂々とやれ、いちばん強いのは本気だということだ」
登女はそのとき隣りの部屋にいたが、良人の言葉のきびしい調子にどきっとした。曽《かつ》ていちども聞いたことのない、じかな、彫刀を入れるような鋭い響きが感じられた。
裏には意味がある、登女はそう思った。過去の事はすっかり忘れていい、これからが勝負だ。それは自分の悔恨をも含めているのではないだろうか。人間は弱い、あやまちを犯し失敗を繰返す、傷つき泥まみれになる、然しその血を拭い泥を払って、幾たびでも強く立直るちからも持っている、……そういう意味をこめて云ったのではなかろうか。生きてゆくことの複雑さ、人の心の味わい深い翳《かげ》、登女はそういうものを覗いたように思い、じんと胸の温かくなるのを覚えた。
五十日まで待たずに半兵衛は起きた。幸い跛にもならず、秋風の立つ頃には駈けても跳んでも差支えないと云われた。待ち兼ねたように、すぐさま彼は山あるきを始めた、萩女はちょっと色をなしたが、半兵衛はまじめな顔で、
「こんどはもう道楽じゃありません」と云った。
「無役だからといって遊んでいては申し訳がありませんからね、こんどはなにかのお役に立てる積りでやるんですよ」
「子供のようなことを仰しゃるのね、そんなことがなんのお役に立つんですか」
「それは私にもわかりませんがね」彼は軽く笑った。「草ばかりでなく樹類や菜類や獣類や鳥類や魚類虫類まで、領内にあるものをすっかり調べようと思うんです、一人くらいそんな事をする人間がいてもいいじゃありませんか」
萩女は呆《あき》れて眼を瞠《みは》ったが、それ以来なにも云わなくなった。
登女は月にいちどずつ谷川村を訪ねた、子供は丈夫に育ち、這《は》うようになり立つようになった。農家のことで釜戸《かまど》や炉の煙に燻《いぶ》されるのだろう、色はますます黒く、固ぶとりに肥えたまるい顔で、きゃっきゃっとよく笑った。登女はかくべつ愛情も感じないが、はじめのような反感や嫉《ねた》みの気持は薄らいでゆき、ときには背戸の丘へ抱いていって海を見せたりすることもあった。
岩沼久左衛門が冬のかかりに三度ばかり訪ねて来た。三度めには老職の宇野|蔵人《くらんど》という人と一緒で、二刻もかかって草本図録を見たり、半兵衛の話を聞いたりしていった。
それからは宇野老職が独りで来るようになり、年が明けると粕谷図書《かすやずしょ》という人を伴れて来て紹介した。そのときのことであるが、二人が帰ったあとで半兵衛が、
「へんなことになりそうだよ」と、登女にだけ云った。
「粕谷という人は千石の大寄合で、藩政監査のような役にいるんだが、こんど殿さま直轄で私の席を設けて下さると云うんだ、もちろんまだ確定した訳ではないから母上には内証だが」
いかにも楽しそうな笑顔だった。
「林野取調べというような名で、下に四五人つかえるらしい、草木鳥獣菜魚の種類や分布や移動などを調べるんだ、実現すれば祐筆支配などよりやり甲斐《がい》がある、瓢箪《ひょうたん》から駒の出たような話だがね」
三月になって領主が帰国すると、半兵衛は物頭格でお側へあげられ、文庫の中に部屋を貰った。とりあえず三人の若侍がその部に附き、役料五十石のほかに領主から年々二十両ずつの手当が出ることになった。
「なが生きをすると色いろなことを見るものですね」
姑は喜んでいいか歎いていいかわからないという風に頭を振った。
「さむらいが雑草だの木だの毛物などを調べて、それでお役に立つなんて訳がわかりません、お父上がいらしったらなんと仰しゃるでしょう」
然し萩女は眼にみえて元気になり、家ぜんたいが戸障子をあけ放したように明るくなった。
[#6字下げ]七[#「七」は中見出し]
八年も独りでこつこつやって来たことが、公けに認められて前例のない役が設けられ、部下を使って思うままに仕事が出来る、どんなに本望だろう、登女もこう思って充実した楽しい気持で日を送った。
それにも拘《かかわ》らず半兵衛のようすが少しずつ変ってきた。三月いっぱいで準備を終り、四月になると山あるきを始めたが、彼は冴《さ》えない顔色で、ふと眉をひそめたり溜息をついたりする、いかにも屈託のあるようすで、夜中に独り言を云ったり、沈んだ眼でじっと壁を眺めていることなどが多くなった。
――どうしたのだろう、新しい仕事になにか支障でも起こったのではないだろうか。
登女は理由を訊くわけにもゆかず、側からできるだけ気をひきたてるようにし、劬《いたわ》り慰めるより仕方がなかった。――四月初旬が過ぎた一日、良人の出たあとで登女は谷川村へいった。その頃はひと月にいちどずつ訪ねる彼女を覚えていて、顔を見るなり子供は声をあげて喜ぶようになった。その日も二た誕生には少し間があるのに、登女をみつけると舌足らずになにか叫びながら、よちよちこっちへ駈けて来た。
「危ない危ない、駈けてはだめだめ」
登女はこう云いながら走り寄っていって抱き上げた、ひなたの匂いと汗臭さでむっとするようだ、ますます黒くなったおでこが、熟れた栗の皮のように黒光りに光っている。
抱かれるとすぐに、
「うみよ、うみよう」
こう云って躯《からだ》を捻り、背戸のほうへ手を伸ばす、向うで女の児を負った老婆が笑っているのへ、登女はちょっと会釈して、子供を抱いたまま背戸へまわった。
一段のぼったところが梨畑になっている。春に来たときはみごとに咲き競っていたが、今は葉がくれに指の尖《さき》ほどの実がみえる。その梨畑の端に立つと、低くなってゆく畑地や林のかなたに袖ヶ浦の海が眺められた。
「まあぼううみいった、うみいったよ」
子供は頻りにこう饒舌《しゃべ》る、両手で登女の頬を挾《はさ》んで、口と口を付けるようにして繰返す。
「じゃぶじゃぶ悪いよ、おっかけたよ、うなだんだよ」
「ほらほら見てごらん」
登女は子供の手から顔を離し、抱き直して海のほうへ向ける。
「あんなに青い海、きれいだわねえ、――」
こう云ったとき、うしろに人の近づいて来るけはいがした。老婆が来たのだろうと思って振り返ると、ついそこに良人が立っていた。
半兵衛の顔は白くばっていた、眼には明らかに苦痛の色があった。登女は「あ」と口のなかで叫び、身ぶるいをした。半兵衛は静かに近寄って来た、感情を抑えたぎこちない身振りで子供を覗き、「丈夫そうな子だね」と、喉《のど》へつかえるような声で云った。
「四つくらいにみえるじゃないか、松太郎という名だそうだね、――云ってくれればよかったんだよ」
登女にはまだ口がきけなかった。
「いつまでこんなことにして置くのはよくない」
半兵衛は低い声で続けた。
「だいぶ噂《うわさ》にもなっているらしいしね、なんとか方法を考えようじゃないか、私に出来るだけのことはするよ」
「でも、――」
ようやく登女は云った。
「わたくしはもう暫くこのままのほうが宜しいかと存じますけれど」
「知れないうちならいいが、かなり噂が広がっているらしいからね、母の耳にでもはいったら、――あの気性だから事が荒くなると思うんだ、今のうちなんとかするほうがいいよ」
「なにか御思案がおありですの」
「おまえには辛いかも知れない、事情もよくわからないが、相手の人に引取って貰うよりほかにないと思う、――登女は伊能の嫁になったんだからね、どういう人か知らないが、いつまでおまえの手を煩わすというのは」
登女はなかば叫んで良人の顔を見直した。
良人は思い違えている、それもひじょうな思い違いだ、登女は舌が硬ばるほど感情が昂《たかぶ》った。
「お待ち下さいまし、仰しゃることがよくわからなくなりました、相手の人というのはどういう意味でございましょうか」
「登女、もう隠すことはないよ、私は少しも責めているんではないんだ」
「なにを責めると仰しゃるんですの」
登女は額から蒼くなった。
「貴方は、――この子が、誰の子か御存じなのですか、この子が貴方のお子だということを御存じなのですか」
半兵衛は、あ、というように口をあいた。
「去年の五月まだ嫁入って十日あまりにしかならない日から、わたくしまる一年のあいだ出来るだけのことをしてまいりました、おつね[#「つね」に傍点]という方にも貴方の恥にならないだけのことは致した積りです、このお子だっていつかは」
「登女、お待ち、まあ待ってくれ」
半兵衛は強い眼で妻を見た。
「これが私の子だって、私の、――それはどういうことなんだ」
「申し上げても宜しいでしょうか、この子は貴方が観魚楼のおつね[#「つね」に傍点]という方にお産ませなすったお子ですわ、あのひとは母親を抱えていらっしゃる、このお子があってはやってゆけないからと、わたくしを頼っていらしったんです」
「観魚楼だって、おつね[#「つね」に傍点]だって――」
半兵衛はなお強く妻を見た。
「いったい登女はなにを云う積りなんだ、頼むからわかるように話してくれ」
[#6字下げ]八[#「八」は中見出し]
半分は泣きながら登女が話した。
彼は聞き終っても暫く黙っていた、余りに事が意表外で、ものが云えないという感じだった。然しやがて彼はべそをかくように微笑した。
「それで、登女はそれを信じたんだね」
「――本当ではなかったのですか」
「その子を置いておいで」
半兵衛はこう云って歩きだした。
「表の道で待っている、一緒に観魚楼へゆこう」
二人は袖ヶ浦へいった。観魚楼は二階造りの大きな料亭で、広い庭がすぐに海へ続いている、とおされた座敷からも、松林をとおして汀《みぎわ》へ白く波のよるのが見えた。
「おつね[#「つね」に傍点]という女中がいたら――」
半兵衛がこう云って呼ぶと、女はすぐに来て廊下へ手をついた。もう座敷へは出ないのだろう、くすぶったみなりで髪もほつれ、汚れた太い指をしていた。
「おまえおつね[#「つね」に傍点]というんだね」
半兵衛はそっちへ向き直った。
「――こっちをごらん、ここにいる人を知っているか」
おつね[#「つね」に傍点]は眼をあげて登女を見た。汗をかいて赤くなっている顔に、ふと鈍い微笑がうかび眼が動いた。
「はい、知っています。伊能さまの奥さまです」
「では、私を覚えているか」
半兵衛は穏やかにこう云った。
「覚えていたら遠慮なく云ってごらん」
登女はじっとおつね[#「つね」に傍点]の表情に見入った。どんなに微《かす》かな感情の動きをもみのがすまいと思って。おつね[#「つね」に傍点]はまじまじと半兵衛を眺め、意味もなく笑いをうかべた。
「どなたさまでしょう、御贔屓《ごひいき》になったかも知れませんけど、あたし頭が悪いもんで」
「じゃあ、伊能半兵衛という者を覚えているか」
「――ええ」
おつね[#「つね」に傍点]はふと怯《おび》えたように登女のほうへ眼をはしらせた。
「――知ってます」
「私を伊能半兵衛だとは思わないかね」
おつね[#「つね」に傍点]はけげんそうに首を傾げた。なにを云われたかわからないらしい、半兵衛は登女を見た、彼女の眼には涙があふれていた。
「伊能半兵衛というのは私だ」
彼は穏やかにこう云った。
「おまえは伊能が松太郎という子の父親だと云って、ここにいる妻の世話になったそうだが、今でもその子の父親が私だと思うかね」
「違います、貴方は伊能さんじゃありません」
「然し伊能というのはほかにはないんだよ」
半兵衛は女を励ますように云った。
「いったいそれはどんな男だったんだ、なりかたち、着ていた物、覚えていたら云ってごらん」
おつね[#「つね」に傍点]は愚鈍なくらい正直な眼で、座敷の一隅を眺めながら考えこんだ。
だが登女はもう殆んどその問答を聞いていなかった。激しい火のような感情が胸いっぱいにふくれあがり、声をあげて叫びたい衝動に駈られた。松太郎は良人の子ではなかった。良人はこの女とはなんの関係もなかった、なにもかもまちがいであり誤解だったのだ。
ああ、登女はとつぜん立って廊下へ出た、そして連子窓《れんじまど》のあるつき当りまでゆき、袂《たもと》で面を掩《おお》って噎《むせ》びあげた。悲しみも苦しみも煙のように消えた、一年のあいだ胸を塞いでいたものがきれいに洗い去られ、たとえようのない幸福感が全身を包む、今なら良人に子のあることを認めてもいいような幸福感だった。
「泣くことはないじゃないか」
半兵衛が来てそっと肩へ手を掛けた。
「わかったのだろう」
「――はい」
「私の名を偽った人間も見当がついた、あの女は仏のように正直なんだね、まるで疑うということを知らないらしい、――もっとも登女だってあの女の云うことをいきなり信じたんだからな」
半兵衛は軽く笑った。
「云えばよかったんだよ、いちばん初めにさ」
「貴方も思い違えていらっしゃいましたわ」
登女は涙を拭きながらこう云った。
「あの子供をわたくしの隠し子のように仰しゃったではございませんの」
ああそうかと半兵衛は苦笑した。彼の話は登女には意外であった、――彼女が伊能へ来るまえに、不義の子を産んで里子に預け、今でもひそかにその子に会いにゆく、こういう噂があるということを以前の同僚から聞いた。もちろん信じられなかったが、ほかの事とは違うので、幾たびも考えたのちとうとう慥かめに来たのだという。
「では、――暫くまえから沈んだようすをしていらっしったのはそのためでしたのね、ああ」
登女は感情のあふれるような眼で良人を見た。
「わたくしたち、二人ともずいぶん危ない道を通りましたのね」
「殊におまえは一年ものあいだね」
半兵衛も妻の眼を思いふかげに見まもった。
「――だが事実がわかってみれば悪くはない経験だったよ、ほかの夫婦なら五年も十年もかかるところを、僅かな期間でこんなに深くお互いを知りあえたんだからね」
登女は良人の眼をみつめたまま、大きく静かに肯《うなず》いた。
[#6字下げ]九[#「九」は中見出し]
せっかく来たのだからと、二人はそこで昼食をとり、少し休んで観魚楼を出た。
やや強い風のしきりに吹き渡る野道を帰りながら、登女はまだ幸福に酔っているような気持で、一年の月日を回想し、自分の苦しみが決してむだでなかったことを思った、自分は今こんなにも深く、ぎりぎりいっぱいに良人を理解し愛することができる、こんな日が来るとわかっていたら、もっと苦しんでもよかったとさえ思った。
城下へはいる前で登女と別れた半兵衛は、城へ上って表祐筆の部屋へゆき、遠藤又十郎を呼び出した。
「暇はとらせないからちょっと来てくれ、話があるんだ」
彼はさりげなく云った。
「潮見櫓《しおみやぐら》のところで待っているよ」
又十郎はすぐにゆくと答えた。潮見櫓は城の東南の端にあり、周囲が松林になっている、又十郎はおちつかない容子でやって来た。半兵衛は黙って石垣のところまで歩いてゆき、振り返ってじっと相手を見た。
「遠藤――おれとおまえとは少年時代からの友達だね、これまでおれは苦いことはいちども云わずにつきあって来た、だが今日は云わなければならないことがある」
「たいがい察しがつくよ」
又十郎は虚勢の笑いをうかべた。
「おれが伊能を讒誣して、祐筆支配の席を横領したということだろう、あれには少し訳があるんだ、事情を話せばきっと」
「いや、そんな事はどっちでもいい、おれのことならいいんだ、友達だからな、然し、――罪もない女を泣かせてはいけない。茶屋女などを騙し、子供まで産ませて、そのまま捨ててかえりみないという法はない、それだけはよくない」
「そんな――」
又十郎の額がさっと白くなった。
「そんなばかな、そんな、………それこそ誹謗《ひぼう》だ、おれにはまるで覚えのない」
半兵衛の右手がとんだ、又十郎の頬がぴしりと鳴り、上体がぐらっと傾いた。半兵衛は左手でその衿《えり》を掴み、もう一つ力まかせに平手打ちをくれた。
「おまえは伊能半兵衛の名を騙《かた》った、女はそれを信じて、嫁に来たばかりのおれの妻のところへ、子供を負って泣き込んだ、おれの妻が、どんなにひどい打撃をうけたかわかるか、――妻は今日まで、おれの産ませた子供だと思って、里子にやって面倒をみて来た、するときさまはこんどは、おれの妻に不義の隠し子があるという噂をふりまいた、……遠藤、おれはむかしからきさまの尻拭いをして来た、もうたくさんだ、こんどは自分で始末をしろ、わかったか」
又十郎はぶるぶる震えながら頭を垂れた。半兵衛は掴んでいた衿を突き放し、つきあげてくる怒りを抑えながら、踵《くびす》を返してそこを去った。
然し二十歩ばかり来て振り返った、又十郎は頭を垂れたまま立ち竦《すく》んでいる。すぼめた肩、………蒼くなった横顔、――半兵衛は舌打ちをした。なんといういくじのない奴だ。思いきってゆこうとする、然し彼には出来ない、半兵衛は不決断にあとへ戻った。
「子供はあの女が松太郎という名を付けた」
半兵衛は脇を見たまま云った。
「よく肥えた眼の大きな、丈夫そうないい子だ。谷川村の作蔵という百姓の家に預けてある、――ああ、おまえは妻の訪ねる姿を見たんだから知っている筈だな、なるべく早くいってやれ、そして折をみて妻女にすっかり話すがいい」
「――――」
然し又十郎はくしゃくしゃに歪《ゆが》んだ顔でこっちを見た。
「そんなことをあれが承知するだろうか」
なんという哀れな弱いやつだ。又十郎の顔を見ながら、半兵衛は殆んど涙ぐましくさえなってきた。
「嫁に来て十日あまりにしかならないおれの妻でさえ、おれに隠して面倒をみたじゃないか、本当に後悔した気持で話してみろ、二年も夫婦ぐらしをして来たんだ、おまえが本気ならきっと赦してくれるよ」
彼は又十郎の肩へ手を置いた。
「――知っているのはおれ独りだ、妻にさえおまえの名は云わずにある、遠藤、………これ限りだぞ」
「勘弁してくれるんだね」
又十郎はこっちを見た。そのとたんにぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。半兵衛は頷《うなず》いて、その眼をやさしく見ながら、労《いたわ》るようにはたはたと肩を叩いた。
「元気を出してやれ、これが片付けばよくなる。但しもう懲りろよ」
すがすがしく洗われた気持で又十郎と別れた、松林にはしきりに風が渡っていた。
底本:「山本周五郎全集第二十一巻 花匂う・上野介正信」新潮社
1983(昭和58)年12月25日 発行
底本の親本:「講談雑誌」
1948(昭和23)年6月号
初出:「講談雑誌」
1948(昭和23)年6月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ