崩壊─ゲームオーバー─(3) ◆gry038wOvE



 石堀光彦は、誰にも顔を向けられなかった。
 誰かに語るべき事は、彼にはない。
 他の全員がくだらない話をしている間中、石堀は俯いて、堪えきれない達成感に浸っていたのだ。

(待ち続けた甲斐があったようだ……)

 あの西条凪が死亡し、十年以上の歳月をかけた計画は幕を閉じたはずだった。
 しかし、彼のもとに代理として降りかかった新たな計画は、石堀の心を擽る。
 光は、別のルートをたどって、ある者の元へと回った。

 それでいい。

 ウルトラマンの光を奪うのが目的であったが、今はもはやウルトラマンだけではない。プリキュア、シャンゼリオン……あらゆる戦士の持つ光の力を実感している。ならば、凪よりむしろ、彼らの方が役に立つ。
 中でも、とりわけ蒼乃美希である。ウルトラマンであり、プリキュアにも覚醒した彼女の光は他とは一線を画す物があるだろう。
 彼女には、“奪われるだけの資質”がある。それを認めよう。



「──────遂に来たか」



 石堀が、突如、そう口にした。
 その時、ほぼ全員が会話を同時にやめていたので、彼の言葉だけが虚空に放たれた。
 その一言だけならば、一日半をかけて殺し合いの主催者の元へとやって来た対主催陣営の一人としての、自然にこぼれてしまう徒労の漏洩だったかもしれない。
 しかし、言葉と同時に浮かんだ邪悪な笑みを、暁は、ラブは、孤門は、──ここにいるあらゆる参加者は見逃さなかった。
 その意味がわからず──怪しいと思いつつも、結局それがどういう事なのか理解する術はなく──、ただ立ちすくむ。警戒心よりも前に、一体彼が何をしているのかという疑問が浮かぶ。答えが出ない限り、次の行動に移る事ができる者はいなかった。

「遂に……遂にだ!」

 石堀にとっての一日半。
 何も感慨深い事はない。それは、ドウコク以上に無感情で無機質に日々が過ぎただけであった。何万年と生きてきたダークザギという怪物にとって、一日半など大した物ではない。
 強いて言えば、彼の「予知」では測れない出来事が起こったというだけである。

「石堀、さん……?」

 さて、……ここまで来たら、やる事は一つ。
 孤門が心配そうに声をかけても、今の石堀の耳には通らなかった。
 通っていたかもしれないが、その名前の人物として返す物は何もない。

「変……身」

 石堀は、口元を更に大きく歪ませると、アクセルドライバーを腹部に装着した。
 石堀の腹の周りを一周するアクセルドライバーのコネクションベルトリング。それが、アクセルドライバーをベルトとして己の身体と一体化させる。
 もはや、彼にとってはこの仮面ライダーアクセルの力も最後の出番である。
 ダークザギの力が蘇ればこんな人間の技術の産物は必要ない。

「お前……!」

 全員が、石堀の突然の行動が、何を示しているのかわからずに硬直する。
 これから戦闘準備に入ろうとしていた全員が、動きを止めた。
 戦いの前の微かな平穏を打ち砕いて、──全く別の戦いが始まる予感がしたのだ。
 ドウコクでさえ、動きはしなかった。



 その時────











「燦然…………ハァぁぁぁぁぁぁッ!!」






 暁だけは、咄嗟に超光戦士シャンゼリオンに変身し、シャイニングブレードを構えて駆けだした。
 これが、胸騒ぎの根源であった。この瞬間に、あの時の言葉の謎が解けたような気がした。
 やはり、訝しんだ通りである。



────暁、聞け。俺を、ダークメフィストにしたのは、あいつだ……。



────……石堀光彦だ。奴に気を付けろ……。



 ──黒岩省吾の言葉だ。それは即ち、石堀が自分たちを欺いている、という事であった。
 この時まで暁たちにその事を一切言わず、参加者にダークメフィストへと変身させる力を授けた──これまでのデータから推察するに、明らかに危険な敵である。気を付けろ、という言葉通り、暁は石堀に警戒を続けていた。
 そして、警戒をやめて、確実に動きをやめなければならない時が来たのだった。

「ハァァァァッ!!! 一振りッッ!!!」

 ……誰も動けないなら、自分が動く。そのつもりで、シャンゼリオンはシャイニングブレードの刃を石堀に向けて振るっていた。
 この場にいる誰も理解していないとしても、シャンゼリオンは石堀に致命傷を与える。たとえ、次の瞬間に己が、突然“胡乱な態度を見せただけ”の石堀を殺害した殺人鬼と呼ばれようとも、そんな先の事は全く考えていなかった。
 単純に、もう耐えきれなかったのかもしれない。これ以上、近くにある脅威を「監視」し続けるのを──。

「フンッッッッッ!!!!!」

 しかし、次の瞬間に飛んだのは、石堀の意識ではなく、シャンゼリオンのシャイニングブレードであった。シャイニンブレードは、シャンゼリオンの握力の支配を逃れ、宙を舞ったのだ。
 シャンゼリオンにも、その場にいる誰にも、その瞬間に何が起きたのかはわからなかった。

「グァッッ!!!」

 ただ、シャイニングブレードが地面にざっくり刺さり、シャンゼリオンが見えない一撃に吹き飛ばされて先ほどより数メートル後ろで背中をついた時──、何かが起こったのだと全員が認識した。
 何かを起こしたのが石堀であるのは、そのすぐ後にわかる事になった。

「フッ……」

 石堀はニヤリと笑った。
 彼が、“黒いオーラを発動させ、衝撃波をシャンゼリオンに向けて放った”のを捉えた者は、涼邑零と沖一也と血祭ドウコクの三人だけである。
 その他の者も、もう少し遅れて、石堀の身体から自ずと滲み出てきたそれを目の当りにする事になった。

「何だあいつ……一体、何がどうなってるんだ……?」

 黒い蜃気楼……。

「石堀……こいつがお前の正体か……」

 それは、明らかに石堀が意識的に発動した物であった。世界の裏側にでも存在するかのような紫炎の闇を、石堀の体が自ずと纏う。
 石堀の瞳孔がそれと同じ、奇妙な紫を映していた。それは文字通り、彼が見ている物ではなく、瞳そのものが本来の色に変色した物であった。
 それが、彼が非人である事を示す確証だった。

「……残念だな、暁。お前はあまりにも露骨に俺が疑いすぎた。……もしかすると、黒岩にでも聞いたのか? 俺が“アンノウンハンド”だってな」
「くっ……」

 “アンノウンハンド”。

 こうして、この場でこれ以上出てくるとは思いもしなかったその言葉に、孤門一輝と左翔太郎が戦慄する。桃園ラブや沖一也も知る言葉だ。
 孤門の住む世界を裏で暗躍する存在だと言われていたのがアンノウンハンドである。
 ダークメフィストの再来を考えれば、勿論、どこかにいるのは確実だが、それは主催者側である可能性も否めなかったし、味方内にそれらしい者は全く見かけられなかった。
 いや、しかし──石堀こそが、そうだったのだ。

「──石堀さん!? それは一体、どういう……」
「残念だが、ここはお前たちの墓場にさせてもらう。主催陣の打倒なんかに俺はハナから興味はなかったんでね。俺がやりたいのは、今から行う“復活の儀”の方さ」

 そう言うと、石堀は懐を弄った。
 そして、彼は薄く笑った。

「“復活の儀”……? 一体、何を言って……」
「フッ。──孤門」

 次の瞬間、石堀の懐から現れたコルト・パイソンの銃身。狙いを定める様子もなく、ただ感覚で、その銃口が孤門の顔面に弾丸を撃ち込むに最適な場所まで腕を置いたのだ。
 孤門は、同僚の突然の裏切りに、もはや冷静な判断力を失っていた。その口径が己を殺す為の兵器が射出される筒であると忘れていたかもしれない。

「……おつかれさん」

 右手を伸ばし、照準を合わせる事もなく、──通常なら絶対に命中がありえないそんな状態で、石堀は躊躇なく、その引き金に指をかけた。ここまで、銃を取りだしてから二分の一秒。
 一欠片の躊躇もなく引かれた引き金は、孤門の眉間を目掛け、発砲を開始する。

「危ないっ!!」

 孤門の体が大きく傾く。真横から体重をかけて抱きついた者がいたのだ。
 涼邑零である。零が真横から孤門の体を押し倒し、辛うじて弾丸は彼らの背後を抜けていく形になった。孤門の全身が覆い尽くされ、地面に激突する。
 弾丸は零のタックルよりもずっと凶悪だが、当たらなければ効力を発揮しない。
 これで本来ならば安心であるはずだった。



 しかし、見ればその弾道の先にいるのは、────蒼乃美希であった。

「ああっ!!」
「……!!」

 孤門、零、美希。三人の時間が止まる。

 孤門は、己がそこに留まっていれば良かったと思っただろう。

 零は、自分の不覚を呪っただろう。

 美希は、神にでも祈っただろうか。

 銃声が、運命を分ける。次の一瞬が全てを審判する。──はずであった。

「!!」

 美希の視界はブラックアウトしない。
 弾丸が体のどこかに当たったという事もなく、弾丸が辿り着く前にしては妙に時間がかかったような気がした。
 零も、疑問に思った。
 今、もしや弾丸など飛んでいなかったのではないか……零も、石堀の手の動きで判断していたが、弾丸らしき物は目で捉えていないし、銃声を耳で聞いていないのである。

「……妙に銃身が軽いと思えば……予め弾丸を抜いておいたのか。やるじゃないか、暁」

 脇目で起き上がろうとしていたシャンゼリオンを、石堀が一瞥した。
 石堀が危険だとわかっている時分、暁も一応、荷物の確認の際に石堀が確認を済ませた装備をこっそりスッて、弾丸を抜いておく対策は行ったのだ。コルト・パイソンもKar98kも、石堀の装備していた銃器の中身は全て空である。

 探偵より泥棒に向いているのではないか、と思われるこの行動。
 もし、石堀の裏切りが勘違いだったならば、石堀の装備を軒並み利用不能にし、仲間を死に追いやるかもしれないこの行動。
 しかし、美希たちはそれに救われた。

 美希たちは、ほっと胸をなで下ろした。一度冷えた肝が急に温まったので、ふと石堀を注視するのを忘れてしまうほどだった。
 だが、やはりすぐに自分たちの置かれている状況を再認識して、石堀の方を辛い目線で見据える。そこには、もはや石堀とは到底思えない邪悪な気配に包まれた怪人が立っていた。彼は、コルト・パイソンを見放して、野に捨てている真っ最中である。
 彼はこの空の銃と同じく、目の前の仲間たちを不要と判断して、棄却し始めたのだ。

「……クソッ。あいつ、本当に俺たちを騙してたんだ。暁の言う事が正しかったんだ……。本気で殺す気だったみたいだぜ」
「石堀さん……そんな……嘘だ!」

 そう言いつつも、孤門は確かに自分を目掛けて発射された「見えない弾丸」の事を確かに、現実に起きた出来事の一つとして認識していたはずだ。
 あの弾丸が形を持っていれば、自分か美希かは、確実に死んでいたであろう。
 目線の先に、ぴったりと張り付いた銃口の映像。確実に目と目の間に食い込ませる算段だったはずだ。

 ……だが、あの石堀光彦が?
 張りつめたナイトレイダーの中でも、時折冗談を言って和ませるあの兄貴分の石堀が──平木詩織隊員と仲が良く、付き合っているのではないかと噂されていた、あの石堀光彦が、アンノウンハンド……?
 孤門にはいつまでも信じられない。

 嘘だ。
 斎田リコの仇……、あらゆる人々をビーストやダークウルトラマンを使って殺した諸悪の根源……それが、あの石堀光彦だったという事なのか。
 彼の中の純粋や情は、この場でいとも簡単に裏切られたのだ。斎田リコの時と似通った気持ちだった。

 孤門が絶望を抱えている時、誰よりも激昂する者がいた。

「アンノウンハンド……お前があかねさんを!!」

 ──響良牙である。
 良牙の中から探りだされる、ダークファウスト、そしてダークメフィストの記憶たち──。それは、良牙にとって最も苦い思い出だ。
 そこには、当然、天道あかねとの深い結びつきがあった。

 孤門に聞いた話によれば、孤門の世界においては、アンノウンハンドなる者がダークメフィストを生みだしたらしい。そして、これまでの暁の話を聞くと、黒岩によってあかねがファウストにさせられた可能性が高いようだが、黒岩が何故メフィストであったのかは明かされなかった。

 ……いや、どれだけ考えても明かされる由はなかったのである。
 以前、孤門や石堀に、「では何故黒岩がメフィストになったのか」とも訊いたが、その時の返答は二人とも口を揃えてこうだったからである。

『姫矢から憐や杏子に光が受け継がれるように、闇の巨人の力もまた受け継がれていくのかもしれない』

 溝呂木に闇を与えたらしきアンノウンハンドがこの会場内にいるとは限らないし、実際そうではないだろうと考えていたに違いない。ウルトラマンの力を与えた者がこの場にいないのと同じように……。
 孤門は石堀に、同僚としての一定の信頼感を持っていた為、同世界の人間がアンノウンハンドである可能性を突き詰めても、石堀をその対象から当然除外したのである。石堀が何度もビーストに襲われてピンチになった事も、ビーストを倒すのに貢献した事も孤門は全く忘れていない。

 しかし、ウルトラマンとダークウルトラマンは本質的にその構造が異なっていた。闇の力は一度、「持ち主」の手に返る。
 少なくとも、この場において、黒岩に闇を与えたのは、溝呂木眞也ではない。石堀光彦であった。認識そのものに、壁があったのである。今悔いたとしてもどうしようもない話であった。

「ゆるさんっ!!」

──Eternal!!──

 エターナルのガイダンスボイスが良牙の掌中で鳴り始めた。
 今の自分がエターナルメモリを持つ意味を、良牙はこの時、忘れかけていたかもしれない。
 しかし、誰も良牙に再び沸き起こった憎しみを止める事はできなかった。ここにいる誰も、その憎しみに共感せざるを得なかったからである。

「変身!!」

 エターナルメモリが装填される。

──Eternal!!──

 白い外殻が響良牙の体を包み、その姿を仮面ライダーエターナルへと変身させる。
 青い炎が両手で燃え、黒いマントが背中に出現し、風に棚引く。
 これで何度目の変身になるだろう。
 前の装着者を含めれば相当数、このエターナルも変身された事になるだろうが、今また戦いの為に拳を固めるのであった。
 エターナルは、憎しみによる戦鬼のままなのだろうか。

「ふん……」

 それを見て、石堀は次の行動に移ろうとしていた。
 忘却の海レーテの、半ば美しいとさえ思える光景を背に、石堀は悪魔と成る事を決める。
 裏切りに躊躇などない。最初から、こう決めていたのだ。
 この良牙の憎しみに、石堀も作戦成功を核心していたようである。

「……さて、俺も変身させてもらいますか。最後のアクセルにね」

 石堀は、どこかからアクセルメモリを取りだした。先ほどは変身妨害をされたが、もう問題はあるまい。
 すぐに手を出せる者は周囲にはいない。仮に邪魔をされたとしても、この中で最強の敵を片手で跳ね返すのも難しい話ではないのである。

──Accel!!──

「じゃあ改めて……変、身」

 まるで叩きこまれるかのように、アクセルメモリはアクセルドライバーに装填される。
 メモリスロットとガイアメモリが結合し、化学反応を起こした。

──Accel!!──

 石堀の体を包み込んでいく仮面ライダーアクセルの装甲。
 赤い装甲がすぐさま石堀の全身を包んで、全く別の物へと変貌させた。
 しかし、それだけでは終わらなかった。

「────ガァァァァァァァッッッ……」

 自分の外見が、「人」でなくなると共に、石堀光彦は──ダークザギは、己の中の本能を引きだした。この姿では、雄叫びを抑える必要はない。何十年もの禁酒を終え、盛大に酒を煽った気分である。獣のような唸り声でアクセルが吠える。
 すると、アクセルの特徴ともいえる全身の派手な赤が、そして、その瞳の青が、すぐにはじけ飛んだ。まるで、己の体から色を追い出すかのように、石堀は、ダークザギとして吠えたのである。
 本来の色が逃げ去ると、そこには、アクセルではなく、石堀本来の色が再反転した。

「ウガァァァァァァァァァァァァァッッッ……!!!!!!!」

 ……まるで、地球の記憶そのものが、彼自身の圧倒的な魔力に圧倒されているとでもいうべきだろうか。
 その体は、──アクセルの赤でも、トアイアルの青でも、ブースターの黄色でもない。

「ウグァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!! ……」

 紫のような、黒のような、深い闇色に──機能を停止した信号機の装甲に変わっていた。ダークザギとしての彼の姿が、そのまま仮面ライダーアクセルの体色さえも捻じ曲げたのである。
 ……いや、仮面ライダースーパー1も、仮面ライダージョーカーも、この場にいるこの敵を仮面ライダーと呼びはしないだろう。
 もはや、その装着者自身があり余るエネルギーと咆哮で、仮面ライダーとしての元の性質を消し飛ばしてしまったのだ。

「黒い……アクセル……!」

 そう、強いて呼ぶならば、──ダークアクセルという名が相応しい。

 仮面ライダーアクセルの装甲が……戦友が変身した誇りの仮面ライダーの姿が凌辱されている。──見かねて、翔太郎が前に出た。

「……石堀。信じたくねえが、あんたが……俺たちをずっと騙してたのか」
「ハッハッハッ……。さっきからそう言っているだろう? フィリップ・マーロウくん」

 煽るように、アクセル──いや、ダークアクセルが言った。
 その表情は伺い知ることができないが、きっと嗤っている。
 左翔太郎は、その姿を想像して奥歯を噛みしめた。

「……ッ!! じゃあ、あんたにその力を使う資格はねえ。アクセルは、誰かの事を守れる奴の──あの照井竜みたいな奴の為だけの物だ、返してもらうぜ!」

 ──Joker!!──

 こちらも、ガイアメモリの音声が響く。
 左翔太郎が左腕でロストドライバーを腹部に掲げた。彼の体にも、コネクションベルトリングが一周する。ジョーカーの記憶が翔太郎の前で呼応され、黒色の波を発する。
 その最中で、翔太郎はまるで勝利への核心を掴みとるように、体の前で右腕を握った。

「変身……!」

 ──Joker!!──

 翔太郎がそう掛け声を放つとともに、ジョーカーの記憶は翔太郎の体面上に仮面ライダーの鎧を構築していく。大気中に溶け込んだばらばらのピースが一つ一つ体の上で組み上げられていくように、翔太郎は仮面ライダージョーカーへと変身した。
 彼の「切札」の名に相応しい、翔太郎と驚異的なシンクロを示す運命のガイアメモリ。今また、翔太郎に力を貸している。
 翔太郎にも、最早この暫くのキャリアで、“ダブル”以上に馴染み深い姿だろう。

「仮面ライダー……ジョーカー!」

 その指先は、いつもの如く、罪を犯した敵に向けられる。
 そして、この時まで、潜む怪物の脅威を淡々と見過ごしていた自分の失態も胸に秘める。

「さあ、──お前の罪を数えろ!!」

 そのお決まりの言葉を投げてしまえば、後は体が勝手に動いた。
 倒すべき許されざる敵は目の前にいる。
 もはや、無我夢中に戦う術を磨いて敵を倒すのみであった。

「ハァッ!!」
「オォリャァッ!!」

 仮面ライダージョーカー、仮面ライダーエターナルの二人の仮面ライダーがダークアクセルの体に向けて、何発ものパンチを放つ。
 それぞれの全身全霊を握りこんだ拳がダークアクセルの胸で弾んだ。
 しかし、当のジョーカーとエターナルとしては、十五発も殴ったあたりで、一切、そこに手ごたえを感じない事に気が付く。敵の装甲から聞こえるのは、風邪を受け手窓が揺れたような音。それだけがこの場で何度も空しく響いたような気がした。

「くそっ……エターナル、コイツ……今まで出会った事がねえ強敵だぜ……!」

 ジョーカーは、この時、咄嗟に今まで感じた事のないような──ガイアメモリや血祭ドウコクをも超越する危険性に巡り合ったような気がした。
 本来、ガイアメモリの使用者は普通の人間の肉体を強化し、人ならざる能力を付与する。ドーパントや仮面ライダーは、そこからガイアメモリの力と人間自体の素養やメモリとの適合率とが掛け合わされて強化されるはずだが、今回の場合、使用する人間の素養ありきで、ガイアメモリは彼の能力を引き立てるオマケに過ぎなかった。
 仮に石堀とアクセルとの適合率が絶望的な数値を示したとしても、その不適合を上回る石堀本来の能力が、アクセルの能力を手玉に取ってしまう。
 まるで、メモリそのものの力を飲み込んでいるかのようである。

「知らん! 貴様が神様だろーが、悪魔だろーが、俺はコイツを倒す!」

──Unicorn Maximum Drvie!!──

 T2ユニコーンメモリをスロットに装填したエターナルは、次の瞬間に右腕に鋭角な竜巻を重ねた。竜巻は一角獣の角を形作っている。

 エターナルの右拳は、握りしめられるだけの力を籠めて、アクセルの顔面目掛けて突き刺さる。一撃に全身全霊を込め、次の一撃にまた、全身から湧き出てくる憎しみのような精魂を込めた。
 三発ほどマキシマムドライブの力を帯びたまま突き刺すが、思った以上に手ごたえがない。マキシマムドライブのエネルギーが自然消滅する。
 ダークアクセルは悠然と立っていた。

「邪魔だ!」

 胸から紫と黒の波動が放たれる。それは、すぐにジョーカーとエターナルの体をダークアクセルの元から引き離した。圧倒的なエネルギーに、誰もが耐え切れずに屈む。風がばっと二人の体を飲み込み、激しく後方へと吹き飛ばした。
 ジョーカーとエターナルは、次の一瞬で地に落ちる。

「グァッ……!!」
「ヌァッ……!!」

 地面にバウンドした直後には、両名とも、すぐには起き上がれないだけのダメージが体を襲った。ドウコクやガドルにも匹敵する、……いや、あるいはそれ以上であるとジョーカーは思う。

(桁違いだ……!)

 エターナルも、それがかつて出会ったどんな敵にさえ敵わぬであろう強敵であると長い戦闘経験が察する。
 一撃のダメージとは到底思えない。シャンゼリオンも、あれで実質、ほぼ戦闘不能状態だというのか?

「そんな……あの二人が一撃で!!」

 孤門たちは固唾を飲んだ。
 アクセルの力がそこまで絶大だと感じた事は今までにない。
 せいぜい、ダブルと対等程度であって、エターナルが一撃で倒されるほどの仮面ライダーではないはずだ。しかし、石堀はアクセルを蹂躙し、使いこなしていた。
 己の戦闘力でメモリそのものの能力を上回る「補填」を行って。

「随分とおちょくってくれたな……」

 ダークアクセルを許せないと思うのは、何も善良なヒーローだけではなかった。
 血祭ドウコクと外道シンケンレッドが前に出る。彼らとしても、アクセルの側につく気は毛頭ない。主催陣を潰す目的を妨害する壁である、というのがドウコクのこの男への認識であった。
 他の連中ほど、ドウコクが石堀の謀反に驚愕する事がなかったのは、本能的にその性質が共通している事を悟っていたからなのだろうか。

「猛牛バズーカ!!」

 ジョーカーやエターナルが巻き込まれるかもしれない危険性など度外視して、外道シンケンレッドが猛牛バズーカを構えた。
 牛折神の力が砲身に集中する。それは、次の瞬間、ダークアクセルに向けて一気に放出された。
 次の瞬間には、莫大なエネルギーがダークアクセルに向けて叩きつけられるだろう。

「フン……」

 しかし、ダークアクセルはエンジンブレードを構え、その砲撃に込められた力を一刀両断する。真っ二つに叩ききられたエネルギーは、丁度ダークアクセルの両脇を通って、背後のレーテの海の中へ溶け込んでいった。

 驚くべきは、エンジンブレードにはガイアメモリを装填しておらず、ダークアクセルは自身の能力を併用して、それを弾き返したという事である。
 これが、ダークアクセルとあらゆる戦士たちの力の差であった。

「はあああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!」

 血祭ドウコクも、捨て駒の外道シンケンレッドの攻撃が通用しなかった事には目もくれず、すぐさま駆ける。彼はせいぜい十秒その場をもたせる囮程度に役立てるつもりだったのだろうが、十秒も間を持たせる事はできなかった。
 ドウコクの手には、昇龍抜山刀が握られていた。自分ならば互角に戦える自負があるのだろうか。その刀を構えて現れてから、ダークアクセルに肉薄するまで一秒とかからない。

「はぁッ!!」

 昇龍抜山刀を構えたまま、ダークアクセルの脇を過るドウコク。
 しかし、その腕に、敵の体を抉った感覚はなかった。

「何!?」

 ドウコクが斬り抜けて真っ直ぐ伸びた己の腕に目をやる。
 既にそこに昇龍抜山刀の姿はなかった。握りしめていた感覚がいつ消えたのかはドウコクにさえわからない。
 咄嗟にドウコクが振り向く。

「──ッ!!」

 首を回すと同時に、左目に電流が走る。
 ──己が握りしめていたはずの愛刀は、そこにあった。
 しかし、その姿は今のドウコクの左目では見えない。
 昇龍抜山刀が突き刺さっていたのは、他でもないドウコクの左目なのだから。

「ぐああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!! てめええええええええええええええええェェェェェッッッッ!!!!!!!!!」

 ドウコクはもはや自分の目では見えない「それ」を感覚で引き抜いた。左目から膨大な何かが噴き出るような感覚。
 血も涙もない外道であるがゆえ、目から何かしらの液体が零れる事はなかったが、彼にも痛覚だけはある。噴き出ていったのは、左目の痛みなのだろうか。外からも内からも響く電流のような激しい痛みに、悲鳴は止まなかった。

「ガァァァァァァツッッッ!!!」

 ドウコクが放つ悲鳴は、周囲に振動する性質を持っている。
 彼は周囲の犠牲をやむなしと考え、その雄叫びで周囲全体を無差別に攻撃したのである。
 ドウコクを中心に、波紋状に広がる「声」の衝撃は、大気を揺らして周囲であらゆる破壊と障害を呼ぶ。科学の装甲に響いて中の装着者を傷つけ、改造人間の人体に向けて放たれれば機械の音波を乱す。
 敵味方問わず全員、ドウコクの悲鳴の餌食となった。

「くっ……!!」
「ぐあっ……!!」

 もはや、それは機械の暴走と言っても良い。
 外道シンケンレッドまでが、耳朶を抑えて体の節節に火花を散らせた。
 しかし、ドウコクが味方を巻き込んでまで放った一撃は、ダークアクセルの前方で発動した紫色のバリアが阻む。
 独眼のドウコクにそれは見えているのか、見えていないのかはわからない。

「くっ……変身!!」

 たまらず、沖一也こと仮面ライダースーパー1と涼邑零こと銀牙騎士ゼロがその身を変身させる。
 銀色のボディに火花を散らせながら、ドウコクの元へと飛びかかったスーパー1。魔戒の鎧で何とかドウコクの衝撃波を回避するゼロ。咄嗟に対応できたのは彼らだった。
 残念だが、今はダークアクセルよりもこちらの暴走を止めなければならない。

「何しやがるっ!!」
「こちらのセリフだ! 今の攻撃は敵に効いていない! 味方を巻き込むだけだ!」
「冷静になれ、ドウコク!」

 スーパー1とゼロの一喝がドウコクの耳を通したかはわからない。
 いや、おそらくは他人の言葉を聞けるほど、彼が冷静でいられる事はないだろう。
 これは好機と見たか、ダークアクセルはほくそ笑み、ドウコクに向けて煽るような一言を発した。

「おやおや……仲間割れか? いかし、そいつは賢明だな」

 獣のような力を解放した一方で、彼は愉快犯としての側面も消えてはいない。
 ドウコクこそがこの集団の綻びである。この場を宴にするには、このドウコクに揺さぶりをかけるのが最善だと彼も重々承知である。
 直後にダークアクセルが語りかけるのがドウコクであるのは必然であった。

「血祭ドウコク。俺の目的は、主催の打倒でも貴様を殺す事でもない。俺の本来の力を取り戻し、元の世界に帰る事だ。ここにいる人間が何人生き残ろうが構いやしない。──その場合、お前にとって、最も効率的な方法は何かな?」

「何だとォッ…………!?」
「この俺を倒して主催陣に乗りこみ、勝利する……そんな希望の薄い展開に賭けるか。それとも、俺を無視して参加者を十人まで減らして、確実な帰還を得るか」

 彼は、やはりドウコクの性格を見抜いて煽っているのだ。スーパー1とゼロが、本能的に不味いと察する。最も痛い所を突かれている確信がある。

「賭けに巻ければ、残りの右目だけではなく命も失う事になるだろう。その左目は、“警告”だ。その様子では、二の目に変化しても、まだ及ばない。──この俺の本当の力は、こんな物じゃないんだぜ?」

 ダークアクセルがドウコクでさえ及ばない脅威であるのは、既にドウコクにもわかっている事実である。それに加え、更にその一段上を行く真の姿なるものがあるというのが本当だとすれば、最早勝機はゼロに等しいだろう。
 そして、ドウコクが最優先に生き残りを選択するのはもはや周知だ。

「バカな事を言うな! ドウコク、奴の言う事に耳を貸すんじゃない!」

 スーパー1が必死に止めようとしていた。説得の他に対処法はない。目の前の手練れだけでも対処が大変だというのに、このドウコクまでも敵に願えれば、こちらの勝率がどこまで引き下がるか。
 ドウコクは、幸い、僅かに悩んだ。

「フンッ────」

 そして、微かに悩んだ後、その右目が捉えた敵に、昇龍抜山刀を振るう事になった。
 真一文字、対象の肉を抉る。
 迷いはわずか一瞬であった。

「くっ……!」

 対象は、スーパー1である──。人工の胸筋が引き裂かれて、血しぶきのように火花が散り、血液のようにオイルが垂れる。銀色の体を伝って、それは地面に染みを作った。
 これはドウコクとしても、これは苦渋の決断であっただろう。相応にプライドを持つ大将としては、格差を理解して相手の意のままというのは、僅かでも心に来る物がある。

「悪いな。……コイツぁいけすかねえが、帰らなきゃならねえ理由がある」

 ──しかし、やはり生還こそが彼の目標である。
 ここは大人しく、石堀光彦に従うほかない。

「烈火大斬刀!」

 続くは、外道シンケンレッドであった。ドウコクと彼は一蓮托生である。主従の関係である以上は当然だ。
 彼も、ダークアクセルの前を横切り、ゼロを標的に大剣を構え向かう。

「一也さん! 零さん!」

 孤門が呼びかけた。

「来るな!」
「俺たちだけで十分だ!」

 ゼロは銀狼剣を構え、それを二本で交差させて大剣を防ぐ。三つの刃が一点で重なり合い、そこから火の粉が漏れた。
 辛うじて、剣豪と剣豪の戦いであった。刀に来る圧力を通して、相手の熱気も力も技量も伝わっている。見ているだけの者にはわからない、敵の強さへの脅威と信頼が刃を通して、感じられたようだった。

「やるね、あんた……これだけでわかる……」

 零が外道シンケンレッドの斬刀を防ぎながら、冷や汗を浮かべ苦笑した。
 戦士としては、相手にとって不足なしである。
 が、当然、これから先、生き延びねば対主催の勝機が奪われる立場としては、命を賭した戦いにそう喜んでもいられない。

「ドウコク……鼻から貴様に信頼が芽生えるなど期待してはいなかったが、己の威厳も失ったか! お前の目をやった者の言う事を聞くのか!」
「煩わしい口を利くんじゃねえ……癪だが、これが大将の務めって奴だ」

 スーパー1とドウコクが、構え、対峙した。
 願わくば、主催戦までこうした余計な衝突はしたくはなかったが、もはや仕方のない話かもしれない。四人は、そのまま互いを見合い、敵の出方を伺いながら、その場から少しずつ距離を取り始めた。
 スーパー1とゼロが、なるべく遠い場所に戦闘場所を変える事を願ったのだろう。
 四人は、スーパー1とゼロの扇動で森の奥へと消えていく。






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最終更新:2015年12月27日 23:18