崩壊─ゲームオーバー─(4) ◆gry038wOvE




「……そんな」

 巴マミが落胆する。
 新しい戦いの前に、一つの地獄が待っていた事など、彼女たちはつい先ほどまで全く知る由もなかった。この戦いに対する覚悟は殆ど備わっていなかったのである。
 ゆえに、全く想定外に心を痛め、全く無意味に体力を擦り減らすこの争いに、飲み込みがたい恐怖と絶望を感じた。

「……」

 桃園ラブも同じように辛い事だろう。仮にも、同行者であった石堀の裏切りである。前に暁に警鐘を鳴らされていたとはいえ、信じたくはなかった。

「……二人に任せよう。こっちも、みんなで食い止めるよ」

 しかし、今は、あらかじめそれを飲み込む事ができた人間の一人として、勇敢に呼びかけた。
 ラブがそう言って向いたのは、蒼乃美希、花咲つぼみ、佐倉杏子、レイジングハート・エクセリオンら、女性陣の方である。自分たちよりも強かった男性たちの戦力で敵わない以上、勝てる見込みはないかもしれない。

 ……だが、だからといって、全く何もしないわけにはいかない。
 かつて、仲間の“石堀光彦”だったあの敵を、食い止めて先に進まなければならないのだ。
 主催の基地は目の前に迫っている。その前にあるトラップが、まさか味方だとは思ってもみなかったが──それでも、やるしかない。

「わかってるわ、ラブ」
「……私も、堪忍袋の緒が切れました!」
「私もだ。あいつ、気に入らねえ。絶対、私たちで倒すぞ!」
「……やりましょう。──私たちも、変身です!」

 女性陣は、それぞれの想いを公に出す事で、少し心を安らげた。それから、息を合わせて変身道具を掴んだ。
 真っ直ぐに敵を見据える。レーテが青黒い光を放つ前に、一層歪んだ黒が、まるで番人のようにこちらを静観していた。
 あれがとてつもなく強大な敵であるのは、その場にいる彼女らにとって一目瞭然であった。
 しかし、“あれ”を倒さなければ──。ダークアクセルは、そんな彼女たちを目の当りにしながら、変身を妨害する真似は一切しなかった。おそらく、捻じ伏せる自信と実力があるのだろう。
 彼女たちは、殆ど、同時に叫んだ。

「「チェインジ・プリキュア──ビィィィィィトアァァァァァップ!!!!」」
「プリキュア・オープンマイハート!!!!」

 彼女たちの恰好を、普段は着ないであろう豪奢な着衣が包んでいく。
 まさしく、その姿は全女子の憧れの綺麗で、“可愛い”容姿。
 魔法少女、の見本であった。

 あの極悪な敵は、彼女らが相手にするには、ある意味ではグロテスクな悪意に満ちていた。
 どんな手段を使おうとも敵を陥れ、「殺戮」という言葉こそが適切な嗜虐の限りを尽くす。そんな怪物──。
 それを承知で、それぞれは姿を変える。

「ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたてフレッシュ! キュアピーチ!」

 桃園ラブは、キュアピーチに。

「ブルーのハートは希望のしるし! つみたてフレッシュ! キュアベリー!」

 蒼乃美希は、キュアベリーに。

「大地に咲く、一輪の花! キュアブロッサム!」

 花咲つぼみは、キュアブロッサムに。

 そして、佐倉杏子は、魔法少女に。
 レイジングハート・エクセリオンは、高町なのはの姿に。
 それぞれ、もう一人の自分になった。普段の彼女たちの比べて、僅かに成熟した大人っぽくもあった。

「いきますっ!」
「おう!」

 最初に戦場に飛び込んだのはキュアブロッサムと杏子であった。

「ロッソ・ファンタズマ!」

 たった二人で飛び込むと思わせながら、直後には杏子の姿は四人に分裂する。いきなり大盤振る舞いしなければならないような相手であった。一撃で倒れれば元も子もない。
 一時は封印した技であったが、これまで何度か使ったように、今は使用する事ができる。──それもまた、ここでの戦いの結果である。
 幻惑の力を前にしながらも、ダークアクセルは全く動じず、せいぜい、エンジンブレードを少し持ち上げて威圧する程度の動きで待ち構えた。

「「「「はあああああああっっ!!!」」」」

 次の瞬間、杏子たちはキュアブロッサムより疾く駆け、不規則なスピードで前に出ると、ダークアクセルを四方から囲むに至った。
 気づけば、長槍が四本、ダークアクセルの周囲を固めて身動きを取れなくしていた。ダークアクセルと杏子の距離は、その長槍の先端から杏子の右親指の先まで、五十センチもなかった。直後には、槍頭が突き刺さり、それより短くなっても全くおかしくはなかった。
 杏子にもその覚悟はあった。
 だが、相変わらずダークアクセルはそこで佇んでいる。

「フンッ……」

 ダークアクセルは、臆する事なく、エンジンブレードを頭上で振り上げた。
 頭の上で、まるで竜巻でも起こすかのようにエンジンブレードを回転させる。……いや、実際に、竜巻と見紛うだけのエネルギーが彼を中心に発生していた。
 ガイアメモリではなく、ダークザギの力を伴ったエンジンブレードが、彼の周囲を囲んでいた四つの長槍を切り裂いている。
 刃渡りは届いていないが、真空から鎌鼬を発して、長槍をばらばらに刻んでいるのだ。

「何ッ……!」

 杏子とて、驚いただろう。
 まるでイリュージョンだ。彼女の方が幻影に惑わされている心持だった。しかし、己の手で軽くなっていく槍身は、確かにそれが錯覚でない事を実感させている。
 槍身が軽くなるのを感じても、エンジンブレードの刃の先が槍を刻む衝撃は一切感じないというのだから恐ろしい。

「花よ輝け!! プリキュア・ピンクフォルテウェイブ!!」

 杏子が恐怖を抱いている間にも、上空から、キュアブロッサムがブロッサムタクトを構えて現る。彼女自身も恐怖はあるだろうが、押し殺していた。
 それは既に、己の必殺技の準備を整えた後だった。
 杏子が先だって戦いに向かったのは、ブロッサムが必殺技の準備をする程度の時間稼ぎにはなったらしい。
 バトンタッチだ。

(石堀さん……!)

 ──この殺し合いで、つぼみに最初に声をかけたのは石堀である。
 彼が、冗談の混じった一言でつぼみを安心させ、行動を共にしてくれた事は忘れない。
 まるで別人のように豹変している。
 あるいは、ラダムに突如寄生されたのか、あかねのようにあらゆる不幸が変えてしまったと推測されてもおかしくはない。
 しかし、だとするのなら、尚更。──プリキュアの力がここに要るだろう。

「はあああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 ブロッサムから放たれた花のエネルギーは、すぐにダークアクセルを上空から補足し、まるで叩きつけられるようにその周囲を囲った。
 巻き起こる愛の力は、恐ろしきダークザギさえも包み込む。
 石堀をどうにかしてあげたい、と。

 ──しかし。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーッッッッ!!!!!!」

 次の瞬間、雄叫びとともに、ダークアクセルの周囲に放たれた花のエネルギーが決壊する。
 愛は彼の憎悪に飲み込まれ、瞬く間に反転し、崩壊する。
 それが、彼女らが何気なく接していた石堀光彦の真実だった。
 彼の中の憎悪を誰かが弄る事はできないのかもしれない。少なくとも、プリキュアの力は彼にとって無力であった。

「……フンッ」

 ────そう。彼の自意識は、遠い昔から歪んでいる。

 ウルトラマンノアのコピーとして生まれ、星雲の者たちをビーストの脅威から守ろうとした時代もあった。
 しかし、いつしか……彼は邪悪な破壊神へと変わったのである。その時の記憶は、最早ダークザギの中でも薄れてしまっているかもしれない。

「そんな……っ!!」

 キュアブロッサムが、かつてないほど早くに必殺が破られた事に驚愕する。
 目の前の敵は一瞬の迷いもなく、誰かの愛を拒んだのだ。
 その中にある想いそのものを知りながら、受け取らず、憎悪で返した。
 それは、大道克己のような意地から来る物ではなく、石堀光彦本来の冷淡さによる物であるように感じられた。

 ──俺から、憎しみを奪うなッ!

 その時、キュアブロッサムは悟った。
 もしかすると……この人は、初めからそうなのだ、と。

「ハァッ!!」

 そんな現実を飲み込み切れないキュアブロッサムに向けて、何かが投げられた。
 何か──いや、そういう言い方は相応しくない。
 今、投げられていたのは、「人」である。
 キュアブロッサムが、今、ダークアクセルの手から放たれたのは「佐倉杏子」なのだと気づいたのは、頭と頭が激突したその瞬間だった。

「────!?」

 杏子の頭部が、キュアブロッサムの視界に近づいていく映像を、彼女が後に現実の出来事と思い出すのにどれだけかかるだろう。
 彼女の脳は、それだけ強い衝撃を受けて、既に一時、機能を停止したのだ。空中のある一点から、花火の煙のように落ちていった。
 杏子もキュアブロッサムと殆ど同時に、脳震盪を起こしたらしい。彼女に至っては、今、この時、“自分の頭が彼の左腕に掴まれ、空中のキュアブロッサムへと投擲され、僅かな間だけ空を飛んでいた”事など、全く理解できていなかったかもしれない。
 ダークアクセルは、この僅かな時間で二人も片づけていた。

「はあああああああああああああっっっ!!!!!」

 次なるダークアクセルの敵はキュアピーチだった。
 腰まである金髪が身体の速度に遅れる。目の前でキュアブロッサムや杏子が倒れた事は、決して彼女にとっても無視できない事象だろう。しかし、そこには既に助けが入っている。
 まるで、屍を踏み越えていくような後ろめたさが彼女の中にある。
 だから、彼女の叫びからは、やり場のない激しい怒りのニュアンスが聞いて取れただろう。目の前の敵以上に、己が辛い。
 キュアピーチは、今までのどんな戦いよりも強く拳を握りしめた。

(大丈夫、一緒にいた時間は本物だった……)

 裏切りと聞くと、東せつなの事を思い出す。
 最初は敵が近づけた潜入者であり、一度は敵として戦った。
 しかし、それが決して幸せな事ではなかったから、こうしてラブとせつなは永遠の友達としてあり続けるのだ。
 それなら──。

(それなら────石堀さんだって、)

 ダークアクセルは、────石堀光彦は、その時に、ニヤリと嗤った。












「────────俺が待っていたのは、貴様だァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!!!!!!!!」

 この瞬間を待ちわびていた男の歓喜の雄叫び。ダークアクセルは、キュアピーチの拳を胸のあたりで受け止めた。まるで、それは引き寄せたかのようにさえ思える。──キュアピーチは、自分がネズミ取りにかかっている事に気づく事があっただろうか。

「────!?」

 ダークアクセルは、接近したキュアピーチの腕を乱暴に掴む。キュアピーチは、その時に手首の骨が軋むような強い痛みを感じた。
 しかし、それだけなら全く痛みの内に入らないくらいである。

「喰らえーーーーーーーッッッッ!!!!!!!」

 ダークアクセルは、キュアピーチの胸を目掛けて何かを叩きこんだ。
 ずっしりと重い一撃を想定したが、キュアピーチの胸には殴打は来なかった。
 それどころか、まるで痛みはなかった。──それは、まるで、指先を翳したという程度でしかない衝撃である。

「えっ……?」

 キュアピーチも、一瞬何が起きたのかわからなかった。
 ……殺されたわけではない。
 ……痛みを受けたわけでもない。
 だが、それよりもむしろ、気持ちの悪い感覚が全身をむず痒く走った。
 その違和感。

「何……」

 ピーチはその瞬間、何か自分の中が細工されたかのような感覚に陥った。
 感情が消えていくというか、自分が塗り替えられていくような……。
 自分とは違う何かが、自分の体を使って暴れるような……。
 それを感じるとともに、キュアピーチの意識は蕩けていく。

「ウッ……」

 突如、キュアピーチの体の中で、“何か”が這い回る。

「……!!」

 それは、一口に言えば、憎悪だった。憎悪が駆け巡っているのだ。
 ラブとて、それを一切感じた事がないわけではない。しかし、これほどの憎悪が全身を襲う事はこれまでなかった。
 胸元を見れば、その胸には飾った事もないようなブローチが飾られている。

「クックックッ……」

 石堀光彦は、ある支給品を隠して所持していた。

 反転宝珠。──中国の女傑族に伝わる、怪しい呪具の一つである。ブローチの形をしているが、それを安易にドレスに着ければ、場合によっては悲劇を引き起こす可能性も否めない。
 この反転宝珠は、「正位置でつければ愛情は豊かになるが、逆位置で取り付ければ、愛情は憎悪へと転じる」という性質を持っている。
 当然、ダークアクセルはこの宝具を逆の位置に取りつけた。キュアピーチの中にあった、「愛情」は、その瞬間より、「憎悪」になったのだ。

 これまで愛していた物──それは、もう桃園ラブにとっては、世界中の全てだろう──が急に、全く逆転して、「憎悪」へと変じたのである。
 花も、木も、人も、世界も、何もかもがラブの中に不快を齎す。
 それは、即ち──。

「ピーチ……? ────」

 後ろから呼びかけるキュアベリーが、底知れぬ憎悪の対象となる事であり、これまでの仲間全てに対する憎しみが湧きあがるという事であった。
 キュアピーチは、キュアベリーの方を向く事になった。その顔を見るなり、その声を聞くなり、その脳裏に、脂ぎった怒りを覚え、拳はすぐに硬く握られる。

「人の名前を……気安く呼ぶな!」
「!」

 キュアピーチと目が合い、その言葉が聞こえた瞬間、キュアベリーの背筋が凍る。
 そこには、長き苦難と幸福とを分かち合った幼馴染が、いまだかつて見せた事のない冷たい目と言葉があったのだ。たとえ、二人の間に喧嘩が起きても、桃園ラブはこんな目はしなかったし、こんな言葉を口にする事もなかった。
 キュアベリーは、その姿を見て、蛇に睨まれた蛙の心境を、生まれて初めて故事の通りに理解した。
 次の瞬間、キュアピーチが自分を襲いに来るのが手に取るようにわかった。しかし、キュアベリーは動く事はおろか、声を出す事もできなかった。

「──はぁっ!!」

 キュアベリーの予想通りであった。
 しかし、キュアベリーは、落下したキュアブロッサムを抱えていて、正しい反応──即ち、キュアピーチの打点に己の両腕で防御壁を作る事──はできない。
 またもや自分の身に命の危険が迫っている。まるで図ったかのようである。

「……やめろっ、ラブちゃん!」

 体の痛みと疲労を押し殺して起き上がったシャンゼリオンが、キュアピーチとキュアベリーの間を阻む。
 キュアベリーの視界から、あのキュアピーチの姿が覆われて消えた。それが、彼女に一抹の安心を与え、体を動かす気力を与えたが、結果的には現状は変わらない。
 キュアピーチは、憎悪に蝕まれたのだ。

「邪魔だっ!!」

 シャンゼリオンの左肩のクリスタルにキュアピーチの拳が幾つも映り、大きくなると、やがて全て交わった。肩部クリスタルはその衝撃に、陶器のように儚く割れた。

「いてっ!」

 キュアピーチの拳もまた、相当の痛みが伝った事だろう。彼女も、今まではそれだけの勢いを乗せて人を殴った事はなかったはずだ。今の彼女は、たとえ拳の骨が砕け、血に染まったとしても、おそらくは憎しみに任せてシャンゼリオンやキュアベリーを殴るのをやめない。
 それだけの抑制できない憎悪があったのだ。その分量は、かつて愛情だった物と同じだけである。
 何が何でも守りたい、と感じてきた物は、全て、何が何でも破壊したい物、消し去りたい物になったのである。おそらくは、目の前に存在するだけで耐え難い物へと……。

「くそっ……まさか、これは……反転宝珠」

 シャンゼリオンは、即座に理解した。
 なるほど。暁もあの説明書を読んでいる。その道具を知っているのは、暁と、零と、ラブと、石堀だけだ。そして、唯一、理性を持ってこの場にいるのは暁だけである。
 石堀の荷物の中では、鉄砲玉を拝借するのが精一杯であった。暁もこの場に存在する大量の武器全てを暗記していたわけではないし、全ての荷物を奪うほどの時間と余裕はなかった。
 それに、この反転宝珠自体は対策の難しい武器ではないのである。
 暁──シャンゼリオンは、すぐさまその胸に手を伸ばす。……が。

「触れるなっ!!」

 キュアピーチの腕は、シャンゼリオンの指先を再び殴打する。
 どっしりと重い衝撃は、シャンゼリオンの指先を逆側から押し込み、指の骨を折るような痛みを与えた。

「くっ──いってええ!!」

 右手の指を抑えて狼狽するシャンゼリオン。
 そこに、更に次なるキュアピーチの拳が叩きつけられる。胸を、腹を、顔を……打撃は、躊躇をその拳に包み込んでいなかった。シャンゼリオンが反撃できるだけの体制を整えられないまま──。キュアピーチから、止まらない連撃。
 暁は、自分が女子中学生を思った以上に嘗めていたらしい事を悟る。
 反撃もできないままに凄まじい速度で打力の雨を甘んじて受け続ける事は悔しいが、もはや反射的な防御体制が反撃の機会を消し潰している。
 全身のクリスタルに幾多の罅が生まれる。それは、暁の生身では血が噴き出すのと同義だ。
 自ずと意識が遠のきかけている。

「ピーチ!」

 そのキュアピーチの快進撃を止めようとするのは、幼馴染であるキュアベリーの仕事であった。抱きかかえていたキュアブロッサムをもう少し安全な草木の影に置いて、キュアピーチへと距離を縮める。
 残念だが、打開策が見つかるまではキュアピーチの体を傷つける必要があるようだ。目の前でキュアピーチの犠牲になろうとしている人がいる。
 勿論、幼少期から知る友人を仇にしなければならない現状は、到底割り切れる物ではない。内心では噛み殺しきれない感情もある。

 しかし──

「目を覚ましなさい!」

 キュアベリーの拳はキュアピーチの赤頬を狙う。
 そこが、今最もキュアベリーが崩したい一点であった。
 顔が命であるモデルの身としては、こうして女性の顔面を殴打しようとするのは、本来何かの躊躇が生まれるだろう。しかし、おそらくは、キュアベリーは今回ばかりは、ほとんど無意識に顔を狙っていた。躊躇は生まれなかった。
 ラブでありながら、ラブの人となりと相反するその瞳と唇が、憎かったのだ。

 だが、そんなキュアベリーの怒りを飲み込む事なく、キュアピーチはシャンゼリオンへの攻撃の手を止め、その一撃が激突する直前に腕をキュアベリーに向けた。

 ──次の瞬間であった。

 キュアベリーの拳に手ごたえが残るとともに、頬に衝撃を受けたのは。
 クロスカウンターパンチ。
 キュアピーチは、避ける事さえも忘れて、敵への憎しみに力を傾けたのである。

「──!?」

 キュアベリーにとっては、味わった事のない衝撃であった。
 十四年間、物心ついた時からの友人でありながら、その少女の拳を頬に受けた事はない。
 それがただの一喝ならば、諦めもついたという物だったが、今キュアベリーの奥歯を暖かくしているのは、憎悪に凍った拳である。柔らかなる頬を隔てて拳骨と奥歯とがぶつかり合う感触であった。
 自ずとキュアベリーの目頭も熱くなった。
 この瞬間、何かが壊れた気がした。──それはもはや、反射的に漏れていく物であった。涙と嗚咽が止まらなくなるのは、おそらくは拳の痛みのせいじゃない。

「美希ちゃん!」

 ショックに呆然とするキュアベリーの元に、孤門が駆けた。
 生身を晒してそこまで駆けだす事は、当然ながら危険行為である。しかし、咄嗟であったのでそれもまた仕方がない。
 孤門はキュアベリーの肩を抱くと、彼女の均衡を保たせるのに力を貸した。

「石堀さん……いや、アンノウンハンド! ラブちゃんに何をした!? まさか、溝呂木やリコにやったみたいに──」
「クックックッ……残念、ハズレだ。別に恐怖や絶望でファウストやメフィストにしたわけじゃない。逆に、その娘の愛情って奴を利用させてもらったのさ」
「愛情を……!?」

 言うなり、孤門のところにも、キュアピーチが駆けだしてきた。
 詳しい事情を聞くよりも前に、孤門たちのところに危機が迫った。

「貴様ァッ……!!」

 頬が赤く腫れている。顔面を傷物にして、受けた左頬の上では涙が流れている。おそらく、痛みの分だけ自然と目に溜まったのだろう。
 どうやらキュアピーチの方は回復してしまったようだが、キュアベリーは身体的ダメージではなく、精神的ショックで戦意を喪失している。
 孤門がここから離れるわけにもいかない。
 キュアピーチの攻撃を生身で受ければ、まず孤門も危険な状態になるだろう──。キュアベリーの体を庇うように、孤門はその身を抱いた。次の瞬間に背中にぶつけられるのは、キュアピーチの殴打かもしれない。
 目を瞑り、衝撃に備える。あるいは、その衝撃が来た瞬間が死かもしれない。

 数秒。──キュアピーチの攻撃が押し寄せてもおかしくない時間が経過する。
 しかし、孤門に向けられたのは一人の少女の言葉であった。

「──おい、リーダー。大丈夫だぜ」

 そんな言葉が背中に聞こえて、孤門は後ろを振り向く。
 孤門の前にある一人の魔法少女が立っていた。先ほど、ダークアクセルの一撃を前に倒れたはずの佐倉杏子であった。孤門とキュアベリーにはその背面しか見えなかったが、実際は額が赤色で覆い尽くされるほどに、頭部に受けたダメージが大きい。魔法少女であった事が、早く目を覚ませた理由だろう。
 通常ならどれほど気を失っていても全くおかしくはないほどである。

「杏子ちゃん!」
「美希を連れてちょっと退がってろ。ラブの一番の狙いは美希だ!」

 杏子の一言に頷いて、孤門はキュアベリーを運ぶ。
 彼女が今受けたショックの大きさは、孤門と石堀の関係が崩壊した事の比ではないだろう。
 それを聞くと、杏子は少し安心した様子だった。そして、目の前の敵の方を見つめた。

「ったく、……あんたにゃ似合わないからやめろよな。女子中学生は女子中学生らしい口の利き方ってモンがあるだろ」

 悪態をつくように言いながら、槍を片手で弄んだ。バトンのように回し、キュアピーチと孤門たちとの間に壁を作り上げる。まるで円形の巨大な盾を構えているようだった。
 槍は先ほど全て切り落とされたが、これらは魔法で自在に出現させる事ができる代物であった。

「ゴタゴタ抜かすな!」

 その盾に向けてキュアピーチの拳が激突する。
 槍の回転が自然に止まる。キュアピーチの拳が叩きつけたのは、丁度槍の柄の部分であった。回転に巻き込まれないように、そこを見計らったのだろう。
 杏子も、その槍一本を立派な盾として成立させようと、己が槍を握る手に力を込めた。

「はっはっはっはっはっ!! 俺は悪役も似合っていると思うぜ、“桃園さん”」

 ダークアクセルの高笑いが響いた。朗らかな言葉に見えるが、この惨事を楽しむ悪魔の笑いである。誰もその声に共感する事はできなかった。
 ただ、全員が冷やかに彼の方を見た。

「石堀光彦、お前もだッッ!!」

 それから、キュアピーチは、ダークアクセルにも、物凄い形相でそう叫んだ。
 喉が枯れんばかりの怒号。声がこの数回の発声で掠れ始めている。──これが元の愛情が転換した分だというのならば、相当であろう。
 ダークアクセルにとっては、意外な言葉だったので、少し呆然としているようだった。
 しかし、またもその意味を理解して、すぐにその言葉を笑いの種に変えてしまう。

「────ハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!! こいつは更に傑作だ。この娘の愛情っていう奴は、敵であるこの俺にも向いていたらしい。恨まれる事を心苦しく思うよ」

 そこにいる多くの人間の神経を逆なでするような意味があったのは間違いないであろう。
 空中で待機していた者が怒りを噛み殺しきれなかった。

「……くっ」

 レイジングハート・エクセリオンである。
 高町なのはの姿に変身した彼女は、その黄金の砲身をダークアクセルに傾けている。
 空中で待機し、攻撃のタイミングを計っていたが、それを計算して飛び出るよりも早く、体が動いてしまう瞬間が来てしまった。

「ディバイン……────バスター!!!!」

 ダークアクセルが宙に目をやった時には、轟音と共に桃色の砲火がその身を包んでいた。
 炎のように熱く、雷のように痺れる一撃──。
 しかし、その一撃を放った者もまた、石堀光彦だった物に対してその砲火を浴びせる事に、耐え難い心苦しさを覚えながら──。

 辛うじて、そのレイジングハートの勇気ある行動は、おそらくここにいる全員の怒りが爆発する引き金になったであろう。
 倒れていたジョーカーとエターナルが雄叫びをあげながら立ち上がったのはほとんど同時だった。






 仮面ライダースーパー1はドウコクの振るう剣を紙一重で躱し続けていた。
 精神統一がまた、拳法家としての彼の特技の一つである。玄海老師がそうであったように、このスーパー1もまた刃の剣速や角度から、咄嗟にそのタイミングを読む事ができる。
 ただ、それはやはり相応の集中力と体力を必要とする物であり、相手によってはそんなやり方よりも攻撃を受けてしまった方が都合の良い事があった。今の相手──血祭ドウコクは全く違う。一撃が命取りになりうる相手である。
 この時行うべくは、自分の身を守りながら時間を稼ぐ事であった。
 ともかく今は、攻撃を行い、自らをリスクに晒す必要はない。この時までスーパー1は一撃も相手に拳を振るっていなかった。

「ちょこまかとッ!」

 ドウコクが業を煮やして、太い声で叫んだ。
 相手の攻撃のタイミングも怒りによって、読みづらくなっている。これまでの刃は、もう少し的確に殺しに来ていた分読みやすいが、今は致命傷にさえならない箇所を狙っているようだ。
 何にせよ、それはそれで対話の機会でもあった。
 相手の口が開いたのならば、こちらも口を開いて答えるのみだ。

「ドウコク! この戦いが全くの無駄だと、何故わからない!」
「……チッ! うるせえっ!!」

 逆に相手を刺激したのか、ドウコクは強く刃を振るう。頭をかち割ろうと、縦一文字に狙っていた。
 しかし、パワーハンドにチェンジされたスーパー1の腕が盾となる。──おそらく、左目を失ったドウコクには、その姿が見えなかったのだろう、剣の行く先を固い何かに阻まれて一瞬動揺したようだった。
 名刀の刃をも通さないのがこのパワーハンドという名の鋼の装甲であった。金属と金属が互いの行く道を塞ぎあい、鈍い音と僅かな振動だけがそこに残った。

「お前は外道衆の総大将だ! その誇りがあるはずだろう!」

 刃が無くなれば言論をぶつける。

「……誇りを持てるのも命あってこそだろォがッ!!」
「ならば、アンノウンハンド、石堀光彦を共に討ち、共に帰ればいい!」

 ドウコクの眉が動いたように感じた。
 これはドウコク自身が捨てた選択肢の一つだ。しかし、この選択肢が不可能だと考えたから、代替として参加者を殺害して生存するという行動方針を選んだのである。
 スーパー1の言葉は魅力的だが、残念ながらスーパー1にもドウコクにも……あそこにいる全員にも、アンノウンハンド打倒に見合う実力はないのである。そう計算された事は、頭の良い沖一也にはわからないはずもない。
 合理的なのは、残り人数を十名まで減らすというルールに則る事である。

「それができねえから今てめえを殺ろうとしているんだろ……!!」
「……目の前の敵に怯え、刃を仲間に向けるような者に生き続ける資格はない!」

 その時、スーパー1のパワーハンドは、今もドウコクの腕力が支配しているはずの昇龍抜山刀を揺るがした。思わずドウコクも肝を冷やした。
 ──スーパー1の力がドウコクにも勝っているというのだろうか。
 ドウコクは、それを何の気なしに食い止めようとしたが、最早ドウコクの力ではスーパー1の力の上を行く事はできなかった。

「あの程度の困難に立ち向かっていく魂がなければ、貴様ら外道衆は間もなく、自分たちを超える存在に蹂躙され、やがて滅びゆくだろう……!!」

 すぐにスーパー1の力は全ての力をパワーハンドに集中させる。人工筋肉を膨らませ、指先に送る力も強くなっていく。やがて、それがピークに達する前、昇龍抜山刀を弾き返した。
 ドウコクも目を疑った。
 金属が飛びあがる虚しい音が空に響いた。

 そこから少しの無音の中で、スーパー1はドウコクにこんな言葉を残す。

「外道衆だけではない。お前たちの世界の人間たちは、これまで幾つもの困難に出会ってきた。その度に、人間は知恵と力と勇気で立ち向かっていったんだ……!」

 刀が地に落ち、その言葉がドウコクの耳に入ったその時、ドウコクは目の前の敵に力負けしたのである。しかし、ドウコク自身、それを敗北とは捉えず、ただ驚愕していた。
 今、ドウコクは決して手を抜いてはいなかった。普段通り、自然に出し切れる力を尽くしたのみである。腕も刃も、確実にスーパー1を殺そうと突き動かしていたはずだった。
 それが弾かれた。

「……チッ」

 ドウコクは振り向き、ゴミのように地に転がる己の愛刀を見つめた。
 あの刀には偽りないドウコクの実力を込めたはずである。
 スーパー1はその力を上回ったのだ。
 それをドウコクは悟り、“敗北”は認めず、あくまでこの時、“納得”を示した。
 スーパー1の言葉に。彼の魂に。

「それが、てめぇら人間が俺たちの支配を逃れ、何千年も生き続けた理由だってのか……!」

 無論、この時のスーパー1の実力にそれを悟ったのではなかった。
 これまでのシンケンジャーとの戦いや、今日一日の姫矢や一也たちの姿が、ドウコクにある違和感を持たせていたのだろう。彼ら人間は、ドウコクたち以上に命を大事にしない。しかし、何千年を彼らは生き続け、今も数を増やし続けている。
 人間の世界を外道衆の世界に変える事は、いくら時間をかけても叶わなかった。
 世界の端っこにいる数百人、数千人を殺しつくす事が出来ても、世界全土を征服する事は、これまでできなかったのである。人間たちは、自分たちと釣り合わぬ実力の外道衆に何度も立ち向かい続けた。

「人類を嘗めるな、ドウコク。お前に助言するわけではないが、あの程度の敵は俺たち人間が何度も立ち向かい、倒してきた相手だ」
「あの程度の相手に敵わねえなら俺たちに人間を滅ぼすのは不可能って事を言いてえのか?」
「その通りだ」

 スーパー1は、ドウコクが思う以上にあっさりとそう言った。
 彼らの言う事は、妙に説得力があった。

「……」

 ドウコクは長年異世界で眠っていたので、その全てを知っているわけではないが、外道衆よりも以前に幾つもの悪の組織や帝国が存在し、シンケンジャーの他にもあらゆる五色の戦士が活躍していたのである。
 炎神戦隊ゴーオンジャー、天装戦隊ゴセイジャー、仮面ライダークウガ、仮面ライダーディケイド、仮面ライダーディエンド──それらは、ドウコクの仲間が接触したとされる、シンケンジャー以外の強敵である。

「チッ」

 それから、目の前にいるスーパー1だ。並のアヤカシでは返り討ちに遭うであろう相手だと確かに認識している。モヂカラを使う様子もなく、これだけやってのけている彼である。
 それだけの相手が、シンケンジャーたちのいる人間界にも存在するというのだろうか──。
 存在する確率は、極めて高いように思われた。それらを認めたうえで人間界を三途の川で溢れさせるのにどれだけ時間がかかるか。

「……確かにな」

 ドウコクは、妥協せざるを得なかった。
 現データから考えて、生還後も人間界の邪魔者──脅威は去らない。
 しかし、石堀までも破るような脅威が待っているというのなら、ここで退いてしまうわけにはいかない。ここでの敗走は問題の先送りにしかならないようである。

 どうやら、ドウコク自身の「生きて元の世界に帰る」という目的も、一歩先を欠かした考えであったらしい。
 石堀光彦、それから脂目マンプク。──彼らをひとまずは倒しておかねば、元の世界に帰る価値さえないという。

「……仕方がねえ。確かに、てめえらのしぶとさは……俺たち以上だ」
「しぶとさ、か。その尺度ならば、お前たち悪の組織や侵略者も十分に俺たちと渡り合えるさ」

 細やかな皮肉を込めてそう言うスーパー1であった。
 彼は、己の世界の幾つもの悪の組織の存在が全て繋がっていた事を忘れない。
 いくら潰しても、新たに何度も立て直されるしぶとさを持つのが悪の組織という物だ。

 その側面では、ある意味、「敵」を評価しているのだ。それが曲がった物であれ、命や意思は全て、相応のしぶとさを持っているのかもしれないと、スーパー1は思っていたのかもしれない。
 ドウコクたちも人間同様、踏ん張りの有効な存在であると考えられる。

「──いつかは裏切るつもりだったが、まさかこの俺がてめえらの船に最後まで乗りかかる事になるとはな」

 これにて、ドウコクが完全に、命と誇りの重量を逆転させたようだ。
 計算上、ダークアクセルに勝利できる見込みはゼロに等しかったが、その計算も最早、今のドウコクは念頭に置くべきではないらしい。

 これは一つの壁だ。
 到底乗り越えられる高さではないが、それを上るのを躊躇すれば、別のもっと高い壁がドウコクの周囲を囲んでしまう。その事実に気づいた時、命を賭して駒を進める選択肢を選ぶしかなくなっていた。

 己の刃に目をやる。
 あれだけやりあって、大きな刃こぼれはない。まだ快調に殺し合える。

「ドウコク、これだけは忘れないでくれ。帰った後は敵だとしても、今の俺たちは仲間だ」

 ドウコクは頷きもせず、スーパー1の前を歩いた。
 まあ、この怪人には立場上、答える事はできまいと思う。──スーパー1は、彼の返答が拒否でないならば、肯定と考えるつもりだ。






 涼邑零は、外道シンケンレッドが振るうシンケンマルを、己の魔戒剣を盾に防いでいた。常人が聞いたら耳を塞ぐようなこの金属音も、零には最早慣れ親しんだ音であった。
 剣士だけがそれを理解できる。この刃の音が、鍛錬の最中で心地よい子守唄になるような……そんな人生を送って来たのだから。
 轟音や金属音には、最早ここで生き残っている人間全てが慣れた頃合いかもしれないが、それ以上に、彼らはそれを受容していた。
 おそらく、目の前の外道シンケンレッドもそれを五感で感じている事だろう。
 目が敵を映し、耳に剣音が響き、肌に剣の重さが圧し掛かり、血の匂いを覚え、緊迫の息と唾液を味わい続ける。

「……本当、あんたもよくやるよ」

 零は双剣を逆手で構えながら、肩を上下させていた。
 目の前の敵への警戒心がまだ解けない。この眼前の敵は厳密に言えば、剣だけを武器に使う敵ではないのがわかっているからだ。先ほど見たように、彼には猛牛バズーカという飛び道具がある。あれに対して警戒心が働かないわけがない。
 あれを見切るか、受けるかすれば、あとは零自身が何とか躱しきれる範囲内の攻撃しか仕掛けてこないようだ。
 零は、生身でも辛うじてドウコクほどの相手を躱し、いなし、防ぐくらいは出来る戦士だ。生き延びる魔戒騎士の最低条件であるといえよう。

「……」

 外道シンケンレッドの体力は無尽蔵なのかもしれない。
 息切れらしい音声がマスク越しに耳に入る事もなかった。

「口数が少ないな、人見知りか? ……まるでどこかの誰かだなッ!」
『そいつは鋼牙の事か? あいつはもうちょっとマシだぜ、まだ可愛げがある』
「わかってるよ!」

 一方、軽口を飛ばしながらも、零の集中力も研ぎ澄まされている。
 零の今の言葉にも隙がない事を外道シンケンレッドは本能的に理解していた。
 接近するどころか、間合いを取ったようである。零の実力から考えても、考えがありそうな事を見越しているだろう。

「……なあ、あんたの正体は、志葉丈瑠とかいう侍だったよな」

 外道は答えない。
 ただ、じりじりと相手を見つめているだけだった。
 しかし、そうして零を見つめるだけの視覚が存在しているのが、零が言葉をかけた理由であった。
 騎士と侍。いずれも、刀剣を操り、魔を葬って来た存在である。──そこで発達された五感は、その人間の全てに染みついている。たとえ、魂がないとしてもである。
 眼前の相手が物言わぬロボットであろうとも、零は何かを訴えたかもしれない。

「みんながくれた情報の通りなら、かつては、外道衆と戦い、人を守った侍だったはずだ! そんなあんたが、何故、闇に堕ちた……!」

 強すぎる力を渇望したのか。
 愛する者を守るためだったのか。
 愛する者の仇を討つためだったのか。
 考えられる限りで三つだったが、第四、第五、第六の選択肢がいくらでもあるだろう。
 目の前の侍の答えはなかった。

「……」

 強いて言うなら、零の考えたそのいずれでもなかった。
 何かを斬り続けた者の本能か、それとも、影武者という己の宿命からの逃避か。それは結局のところ、わからない。
 志葉丈瑠は、葛藤の果てに同行者を裏切った。
 その時から、彼は侍ではなく、外道になったのである。ゆえに、彼は三途の川に生ける外道衆の一人に相成った。──本来の意思は志葉丈瑠の体ごと消滅したが、ここにもう一人の影が誕生したのである。
 影の影、はぐれ外道の中のはぐれ外道──外道シンケンレッドとはそういう存在だった。

『無駄だ、零。こいつにもう魂はない。あの鎧と同じだ』
「──違う。こいつは──。お前は、悲劇を断ち切る侍じゃないのか!?」

 ザルバの制止を振り切って、零が問う。

 ────否。

 外道シンケンレッドは、その瞬間に、その一文字が脳裏を掠めるのを感じた。
 それと同時に、自ずと抜刀した。シンケンマルを片手で掴み、零に向けてその身を駆けた。
 疾風怒涛のスピードで、外道シンケンレッドの抜いた刀は零に迫る。ディスクが装填され、回転する。

「──烈火大斬刀!」

 今の己は、血祭ドウコクに付き従う者として存在する。ドウコクの命令下にある限り、外道シンケンレッドは零を目標にするのをやめない。
 それは、ほとんど機械的に計算された解答だった。

「ハァッ!」

 零が高く飛びあがり、烈火大斬刀が凪ぐ真上でそれを躱した。
 烈火大斬刀から振るわれる空気圧が零の衣服をふわりと膨らませる。僅かなジャンプで十分だった。相手の攻撃が穿つギリギリを予測している。
 そこから、また、烈火大斬刀の上に着地する。零はそこから外道シンケンレッドに向けて駆けだす。
 外道シンケンレッドが刀を激しく傾けると、零はバランスを崩して地に落ちる。
 しかし、そこでも上手に受け身を取って、零は体制を建て直し、刀を構えて外道シンケンレッドに肉薄した。

「お前が本当に侍だったのなら、今もその魂が何処かに眠っているはずだ!」

 ────否。

「たとえ闇に堕ちたとしても、再び光に返り咲く権利はある。これから奪われるかもしれない命の為にも、共に戦ってくれ!」

 ────否。

「……シンケンレッド、志葉丈瑠!!」

 ────否!

 聴覚が捉えた雑音の意味を理解し、その言葉への反応が脳裏を掠めていく。
 それは、志葉丈瑠としての意思の残滓か、それとも、外道シンケンレッド自身の言葉なのかはわからない。
 しかし、確かに今、彼の中に、強い拒否反応が示されていた。

「猛牛バズーカ!!」

 零の距離は、今、殆ど息もかかるような場所である。
 そこで、外道シンケンレッドはどこからともなくその巨大な砲身を取りだした。
 雑音を送り込む本体を破壊する為に──。
 猛牛バズーカの口が、零を向いている。

「くそっ!」

 エネルギーを充填する僅かな時間に、零は少し後方に退く。
 あの引き金を引かれた瞬間、もしかすれば零の体に衝撃が走るかもしれない。
 外道シンケンレッドは、あのバズーカを片手で拳銃のように撃つ事ができる手合いだ。
 タイミングを見なければならない。

 零の中に緊張が走った。

「ハァッ!!」

 バズーカがモヂカラの弾丸を放射する。






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最終更新:2016年01月06日 17:10