あやかしウサギは何見て跳ねる

 死者を弔う風習というものは、月の都には存在しなかった概念だ。我らが郷には『穢れ』が無く、穢れなき物体に寿命は宿らない。故に死が存在しない。
 此処は月とは対極の地。穢れが蔓延し、土が死者を喰らい、淀んだ大気が生者を狂気に誘う。月の民にとっては肌に触れるだけでも禁忌とされる領域に立ち、なお狂わずに居られる八意永琳の精神は強者ゆえか。

 それはきっと、此処には一切の微生物も細菌も漂っていない浄土の世界だからだろう。
 血肉に腐敗をもたらす彼ら極小生物達が姿を消した土地は、永琳からすれば思いの外───悪い空気ではないのだ。
 穢れとは生きること。死ぬこと。生きる為に競走しなければならない地上を、穢れた土地……穢土と呼ぶ。まさに我々が収集されたこの殺し合いの地でしかないが、これでは大きく矛盾する。穢土の土地で浄土を見るなど、自らの心身が穢れに塗れた証拠でしかない。
 元より此の地は穢れなき浄土。そこに穢れを持ち込み血塗れの穢土としているのは、我ら九十の生者達に過ぎないのではないか。樽一杯のワインにひと匙の泥水を注ぐ愚物は我々参加者か。それとも天より見下ろす主催者か。

 どちらにしろ永琳は、とうに穢れを受け入れた身。蓬莱山輝夜の罪が、八意永琳の罪が、それを声高に証明している。
 我々はあくまでも前向きに穢れを受け入れたのだ。地上の民となることで、今の一瞬を何よりも大事にする。ゆめゆめ、それを忘れずに生きようと。


 だがそれは、鈴仙から語り伝えられた『If』の中での永琳であった。
 そしてその致命的なすれ違いこそが、月の賢者を苦悩に導く呪いにもなりかねない。


 地上の民となる。それは、地上の民と共生することである。
 では、月の民が地上人と共に生きることで起こる作用とは、なんだ?
 ここに来て月の賢者は、こんな単純な問題に直面する。天才と称えられた歴史の知者達にはよくある、恐ろしく根本的な落とし穴を前に、彼女は足を止めてしまった。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

八意永琳
【真昼】D-4 香霖堂 裏庭


「…………祈りは、終わったかしら?」


 四の墓標に向けて膝を折り、目を瞑る屈強な男へと急かすような声を掛けたのは、永琳が冷徹で淡白な女性だからではない。それは単純にジョセフとてゐへの気遣いから出た言葉であり、彼女がそういった労いを掛けられる優しさと気品さを備えている証明とも言えた。
 香霖堂を出てみれば、天候はいつの間にか雨天から雪へと。雨水によって随分柔らかく解された土は、四人分の墓穴を掘るには具合が良く、また永琳自身の強大なる力と弾幕の力も助けて、そう時間の掛かる体力仕事にはならなかった。
 雨が止んだのも幸いだ。お陰で亡骸を水に埋めるという災難にならずに済んだ。しかし冷えた空気は、労働者の士気と体力を一層に奪う。香霖堂で借りた防寒具があったものの、あまり長く座り込んでいると身体に悪い。そう思い、永琳は彼らに声を掛けただけだ。

「ああ。手伝ってもらって悪ィな」

「シュトロハイムは私がここで初めて会った人間。縁ある故に、あのままだとこっちの後味も悪い。そう思っただけよ」

 シュトロハイム。霖之助。橙。死線を共に潜った仲間達は死に、こうして弔いの機会を借りたジョセフは彼らを休ませる事にした。
 最後の最期まで膝を屈することなく立ち続けた鉄の兵士も、陰ながら白兎のフォローに徹した半妖の商い人も、人知れず主と闘っていたか弱き黒猫も、全てを墓に入れた。
 ついでとなるのは悪いが、藍が殺害したと思われる宮古芳香の首も埋めてあげた。首だけなので墓というには小さめだが、あのままにはしておけない。

「貴方は、良いの? 仮にもその妖狐は彼らを殺した張本人。そんな奴を、よりによって同じ墓に入れるなんて」

 永琳にとって少し予想外だったのは、すぐ近くの川沿いにて倒れていた八雲藍の焼死体。主催から受け取った参加者位置リストにより判明した彼女の死体位置が、ジョセフとてゐに同様の意見をもたらした。
 それはつまり、八雲藍の遺体も墓に入れてあげようという内容である。しかも、そのあられない骸は橙の墓と一緒にするというもの。橙の体格は小さめであるので、二人一緒というスペースは確保できる。だが……

「話を聞くに、橙を殺した相手は主人の八雲藍のようなものよ。そしてまた、その藍を殺した相手も皮肉な事に橙。その二人を同じ墓に?」

「分かってるよ、アンタの言いたい事は。でもよ……俺はこれでいーんじゃねえかなと思ってる。元々、この二人は主従らしいしな」

 今は土を被さった墓を見つめながら、ジョセフはトーンを落とした声で返答する。
 橙は暴走する主を救うが為に、敢えて八雲藍と闘う道を選んだ。結果、二人は相討ちの様な形で終止符が打たれ、共に焼け爛れた亡骸を晒す悲劇となった。
 普通ならそんな相手にまで墓を用意する作業など踏む気にはなれないし、ましてや同じ場所に眠らせるとなると、死者たちの尊厳にヒビを入れかねないのではないか。
 永琳がそんな疑問を呈したのは、ごく普通の感覚だ。

 そうだとしても。互いを抱き合うように、母と娘のように支え合う形で墓に入れられた彼女らの間に愛がなかったわけがないと、ジョセフもてゐも今なら断言できる。
 単にそれは、熱作用により筋肉内の蛋白質が凝固し筋肉が収縮しただけ。肘関節や膝が折れ曲がり、ボクサーがやるファイティングポーズの様な格好が二人して抱き合う形に見えただけであると、医学の視点から見た永琳はそう評す。
 心中では冷静に物事を見たが、それを口にするには憚られる。ジョセフとてゐ、そして火傷により表情はとても確認出来ないが、藍と橙の顔を見ればそんな無粋な言葉など吐けるわけもない。

 だとしても永琳は思う。
 微生物の活動がないこの地にて、墓に死人を入れる行為にはどこまで意味が用意されているのか。どれだけ深く埋めようが、彼らの体が土に還ることはないというのに。

「所詮、俺の自己満足なのさ。弔う、って行為はな」

 瞑想していた瞼を開き、男は巨躯を立ち上げて背後に語りかける。体格に似合わず、優しい背中だなと永琳は思った。


「死、ってのは託す事だと俺は思う。それは与えるだとか、渡すだとか、とにかく……残っちまった奴らに、そういった『繋がり』みてーなヒモを握らせる。
 一方的な押し付けだとも思うがよ。確かなのは、俺達はこいつらのお陰で生きている。その事実を忘れねーように、こうして感謝と繋がりの証として墓を立てる。そう考えずには、いられなくってよ」


 死が、繋がりを生む。時としてそれは強固に、残った縁者を立ち上がらせる為に。
 月の民にとって、理解を得難い概念だ。死は穢れそのものであり、何よりそれを毛嫌う彼女達が、寿命の無い彼女達が、死に意味を見出すことはない。

 永琳には、ジョセフの気持ちを真に理解など出来ようもない。

「……てゐも、同じ考えかしら」

 何故かいたたまれない気持ちが湧いてきた永琳は、味方を作るように身内の心中を探る。

「ん……まぁ、ね。私も一応、託されたみたいな形だし。お墓ぐらい作ってやらにゃあ、ちと申し訳ないかなーってさ」

 ひとひらの雪欠片を、それと同じくらい白い肌に乗せながらてゐは言う。なにか、彼女らしくない。

 そんな部下の姿を見て、永琳の心のどこかがチクリと傷んだ。これは以前にも感じたことのある痛みだった。……どこだったろう。


「おうお前ら。花でも添えようかと思ったが、悪ぃが近くには無かった。ちっせぇしケチくせぇが、俺の手持ちで我慢してくれよな」


 ひとしきりの祈りは終え、ジョセフが少しだけいつもの調子に近いトーンに戻り墓へと語る。彼が花代わりにと、それぞれの墓に入れたのは三つ葉のクローバー。
 ジョセフとてゐ、そして橙を繋いだ必殺の切り札であり、今では葉それぞれが一枚ずつ千切られてシュトロハイム、霖之助、そして橙と藍の墓に収められていた。
 幸運の象徴を死者への『花向け』とするには少しおかしいが、これも繋がりを断ち切らぬ為。ちょっとしたまじないのつもりである。


「んじゃー、そろそろ中入ろっかジョジョ。“すとーぶ”でも点けて少しあったまろうよ」

「へ? 幻想郷ってストーブあんの?」

「あの冴えない店主の形見だよ。頑なとして売ろうとしないんだよね」


 暗い表情など、この二人組には似つかわしくない感情だ。知らずの内に距離を縮めていく彼らの後ろ姿を眺めながら、永琳だけは未だ顔を曇らせたままに遅れて歩みだした。

 因幡てゐ。家族とも呼べる彼女の顔が、永琳の知るそれとは少しだけ───違って見えた。
 何故だかそれは、永琳の心に不安という暗雲を生んでいることに……本人はまだ自覚できずにいる。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 窓の外を疎らに降る雪木の葉を視界に入れながら、三人は再び店に戻りストーブで暖を取る。まだ焦げ臭さの残る屋内ではあったが、今暫しの方針タイムが三人には必要であった。
 目下のところ彼らを悩ませているのは、まずはテーブルに置かれた二枚の『半券』である。

「さて……これ、どうする?」

 いーっと歯茎を横に引き伸ばした苦い表情を作りながら、ジョセフは他二人に意見を問う。その目付きといえば、意図せず掘り起こしてしまった古代呪物の処分に悩む若き学者を連想させる。

「不気味……だよね。しかも二枚」

 相棒と非常に似通った微妙なる笑みを引き攣らせながら、てゐもそのブツを睨み付ける。不吉そのものを模した紙切れは、触った瞬間に祟りでも引き起こしそうである。

「どうするも何も……貴方が望んだ『願い』なのよこれは。ジョセフ・ジョースター?」

 一方で、永琳はいたって平静にその半券を舐め回すように見つめている。彼女の言うように、その呪われし二枚の紙を望んだのは他でもないジョセフなのだ。


「第三の願い───『主催二人との対話』……及び『勝負』。崖っぷちで唱えたにしては、中々ナイスな願いだったと思うけどね」


 皮肉を利かせた微笑を浮かべる永琳は、『赤』と『青』の二枚の半券を手に取り観察する。

 それは、チケットだった。劇場へ入る為に売り場窓口で購入する、あんな感じの、極々通常の、赤と青の、アレだ。
 太田から最後の願いを迫られ、半ば慌てて口をついたジョセフの願いがこのチケットに込められているのだ。



 あの時、ジョセフと太田との通信で交わした最終的なやり取りはこのような内容だった。



『よし! 決まったぜ、太田! 三つ目の願い!』

『いよいよか。思うに、この三つ目こそがジョセフの本命なんだろう? ンフフ、それじゃあ、聞こうか』

『ああ、三つ目の願いは───…………~~~~っ!


 お、俺を……テメェが偉そうに居座るそこにまで連れていきやがれッ!』


『……………………』

『…………………………………………』

『………………………………………………………………』

『イヤなんか言えよテメェ!!』

『……あっ、ゴメン。いやね、一周回って随分ストレートなやつが来たなと思ってね』

『シ、シンプルイズベストだろーがよ! 俺らをこの会場に連れ込んだんだ、逆だって余裕の筈だぜッ!』

『そりゃあ、まあ余裕だとも。でもさあジョセフ。それを簡単にさせない為に、僕達は随分と苦労を掛けてるもんさ。君、僕が素直にその願いを聞くと思って今の願い事を言ったのかな?』

『ああ、そうだとも。お前は絶対に聞かなきゃなんねェ。それがそっちの義務だろうが』

『義務、ねえ。僕は単に、好きでやってるつもりだけどなあ。君は今、お願いを“聞いてもらってる立場”であることを理解して欲しいものだけど』

『オイ、勘違いしてんのはそっちだろうが。歩み寄ってンのは俺の方だぜ! ……分かりやすいように言い直してやろうか?』

『恐縮だね。お願いしていいかい?』

『俺と! お前! 直に話させろっつってんのッ! こんな狭っ苦しい画面越しじゃあねー。俺はお前と直接『対話』してーんだよッ! この呑んだくれが!』

『んーー…………もう一声、かな?』



『俺と勝負しろよ太田順也ッ! その薄汚ねぇニヤケヅラ、波紋パンチで綺麗に整形してやるッ!!』



『………………ん~~』

『…………ッ』

『…………ンッフフ! なるほど対話……、勝負ねえ。そうこなくっちゃあジョセフじゃないよねえ』

『イエスの返答と受け取っていいか?』

『だが! 悪いけどジョセフ。他参加者だって一生懸命頑張ってる中、君だけ抜け駆けなんて少しズルいなあ』

『やかましーぞッ! 今になってズルいもエロいもあるか! お前が持ち掛けてきた願い……』

『今日の深夜24時以降!』

『……なに?』

『つまり第四回放送“以降”! その時になったら、君にチャンスをあげよう。臆面もなく僕と勝負だなんて言ってのけた、君の素晴らしい勇気に敬意を表してね』

『……24時、以降』

『この通信が終わった後、君のデイパックに眠る紙を広げてごらん。二枚のチケットを送ろう。そいつを今日の深夜24時以降、第四回放送以降に切れば、その者が僕らの元に来るよう手を打とう』

『二枚、っつー事は……』

『あーゴメン。余計な質問はもう無しにしようよ。こっちとしてもね、これが精一杯の譲歩なんだ。考えてもみなよ? 言い換えるなら僕は、参加者に主催討ち取りのチャンスを与えてるようなものだ』

『本来ならありえねー高待遇、って言いたいワケ? ケッ! そっちの都合で勝手にクソゲームに放り込まれ、丸一日生還できた褒美が冴えないオッサンとの会話だなんて、ゲロゲロ~! 罰ゲームの間違いじゃねーの?』

『フッフッフ! これは君が望んだ事でもあるんだよ? まあ本音言うと、僕だって君と直で対話したいというのは嘘じゃない』

『……さっきから聞いてりゃよォー。なあ、俺アンタとどっかで会ったことある? 無いよね? 何でそんな、一方的に俺を知ってるフウに話すの?』

『質問は終わりと言った筈だよ? 精々、君にはそれまでに生き残って欲しいと切に願おう。
 …………ん? あ、いや何でもない。とにかくこれで君の三つの願いは叶えられる。前二つの願いも含めて、生き残りに貢献できるようここから祈っているよ』

『おい太田! てめえ、首洗ってついでに風呂にでも入って待っとけよッ! 第四回放送以降だな!』

『お風呂ならとっくに楽しんだもんさ。さて、それじゃあ例のアレいってみようか。Hail 2 U(君に幸あれ)!』







 ジョセフに突如として舞い降りた、幸運とも不運とも言い難い強制イベントはこれにて終了である。
 得た物は、考えようによっては特大の利だ。情報と、チャンス。それもかなり質の高い物であり、これらをデメリット無しに入手出来たことは幸運と言わざるを得なかった。

「これもお前さんの『幸運』のお陰かねえ。あんな不気味なオッサンよりもカワイ子ちゃんと会話したかったがな」

「居るでしょ。カワイ子ちゃん、ここに居るでしょ」

「うっせチビ」

 目の前でキャアキャア騒ぐ大男と小女は、まるで仲の良い兄妹のようだ。比較的静かな性格の多い永遠亭でも、てゐはちょっとしたムードメーカー的存在である。共に卓を囲む時などは、姦しさの中心にだいたい彼女が居る。
 その長い耳をはためかせながら常に外を歩き回っているせいか幻想郷の噂にも耳ざとく、外から面白楽しい話を土産に持ち帰ってくるのは彼女である場合も多い。
 晩餐の味付けに細かく意見を挟みながら話を盛り上げるてゐに、鈴仙が面倒くさそうな顔でツッコミを入れる。そんな光景を輝夜はいつも通りの微笑で会話のバランスを平らに広げつつ、永琳が控えめのポジションから見守る。

 いつの日か出来上がった、日常。
 永琳の心に仕舞われたアルバムの中のてゐは、果たして目の前の彼女と同じ瞳を浮かべているだろうか。
 不毛な詮索でしかない。てゐはてゐであり、彼女がこうして生きていられたことに今はただ、感謝すべきなのだから。


「お二人さん。じゃれ合いもいいけど、今考えるのはこの『チケット』ではなくって?」


 賢者の一声で二人は嫌な現実に目を向けなおす。太田からプレゼントされたこの二枚のチケット、何が不気味かと言えばまず、デザイン柄がないのだ。


 有効期間【第二日目00:00~】 淑女専用
 ※注意! 青と赤のチケットを同時に切らなければ効果は発揮しません。


 簡素にプリントされたこれのみの文字列が右端っこに記されているだけで、後は本当に赤と青それぞれの配色に塗り潰されているのみの単調な半券。ちなみに青色の半券には『紳士専用』と記されていた。

「でもお師匠様。ようはジョジョが願ったとおり、四回放送以降にこれ切れば勝手にアイツらのとこにワープみたいなことになるんじゃないの?」

 てゐが軽い口ぶりで赤のチケットを手に取る。永琳としても概ねそれと同じ予測ではあったが、このチケットについてはもう少しだけ考えられる余地が残されていた。

「二枚、あるわね。赤と青」

 素直に考えれば『二人分』。つまり奴らの元へ乗り込める定員数は二名までという事になる。ジョセフが勢いよく放った願いは『俺をそこへと連れていけ』であったに関わらず、太田はサービスのつもりなのかもう一名分の入場許可証を用意してきたのだ。

 考えるべきはそこである。紳士と淑女の二名分、つまりこれは『男』と『女』が二人同時に主催の元へ辿り着ける仕組みだ。
 敢えてそうする理由は何か。そもそも参加者を主催の元にまで連れていくこと自体、奴らにとってはかなりのリスクがある筈だ。このチケットはジョセフが突発的に、予定無しに急遽申し込んできた不躾な挑戦状なのだ。
 そのわりには、どこか予定調和というか……まるでチケット自体は最初から用意されていたかのようだ。それがジョセフの思わぬ願いにより、予定を前倒しして特定個人に配った、とも取れる。

(今の通信、荒木の姿はどこにも無かった。……太田個人が独断で接触を図ってきた?)

 単に荒木が会話の邪魔にならぬよう引っ込んでいたと言えばそれまで。しかし、先の太田は妙に時間的余裕のなさを気にしていた素振りも見えた。


───太田と荒木の間に、何か確執がある?


 得体の知れない怪人、太田順也。そして荒木飛呂彦。
 この二人の関係。殺し合いゲームに歪を見付ける突破口があるとするなら、そこか。


「……てゐ。そしてジョセフも。私が今から話すことを落ち着いて聞きなさい」


 特にてゐには話さないわけにはいかない。参加者全員、そして永琳自身がここへ連れられた時間軸の『ズレ』を。
 永琳の話を聞く二人は事前にそういった予想をしていたのか、時間軸のズレに対する驚きは然程ではなかった。しかしてゐの知る永琳が、数年ズラされた軸から呼び出されたことを聞くと、流石のてゐも紡げる言葉がしばらく生み出せなかった。

 永琳はこの幻想郷の人妖へ対して殆ど認識が無い。大前提としてそこを説明すると、次に永琳は本題を話し始める。


「私が訊きたいのは、この名簿前半に書き連なる名前……その『性別』なのよ。てゐ、今の貴方なら分かるはず」


 鈴仙との電話から軽く聞かされてはいたが、ここで改めて裏付けを取らなければ。永琳は名簿前半……幻想郷に住む者達の性別を部下の口から言質を取った。

「全員詳しく知ってるわけじゃないけど、森近霖之助以外は『女』だと思うよ。名簿後半部分は……さっぱりわかりやせーん」

 女。名前からして想像はつくが、やはりこの名簿の半分以上は女が占めている。他に今まで出会った参加者から聞き出した情報を精査すれば、恐らく名簿後半の大半は『男』。
 何故、このチケットは男女ペアで使用することを前提に作られている?
 ……別方向から考えてみよう。『女』に当たる部分は、そのまま『幻想郷』へと置き換えられそうだ。ならば『男』の部分は何に置き換えられる?

 スタンド使い……リンゴォはDISCに頼らない、純粋なスタンド使いだった。てゐが言うに、幻想郷に『スタンド使い』のような人種がいるなど聞いた試しが無いという。
 ならば『男』とは『スタンド使い』の事か? ……いや、ジョセフもシュトロハイムもスタンド使いなどではない。彼らは出身や経歴、何もかもが異なるのだ。

 所詮、幻想郷側の参加者である自分ではこれ以上の推測は難しいか。敢えていうなら、『男側』に『ジョースター』の名が多いことが気に掛かる。DIOのノートにも度々『ジョースター』の名が記されてもいた。
 だがジョセフに訊いても、彼の知る名簿のジョースターはジョナサン・ジョースターのみらしい。情報がまだ、不足している。

 辛うじて分かることは、主催はどうも『男側(ジョースター関係者?)』と『女側(幻想郷)』を共に組ませる事に何か大きな意味を見出しているようだ。
 突き詰めればそれは、この殺し合いが行われた本来の意味へと繋がる。幻想郷の者達を選抜し、何故全くの別集団と混ぜ合わせる? 少女達とは対を成す男達。何故、彼らなのだ?

 男という種は、女とはまるで異なる本質を内在させている。彼らの本質は『獰猛』であり、本能に根差した野蛮性は秩序によって普段は抑えられている。社会や環境が、男達の本能を強制的に取り抑えているに過ぎないのだ。
 地上というのは、そういう場所だ。まだ永琳が月へと移住する前、知恵を付けた猿(ましら)の雄共から進化を繰り返し、現在に至るまでその図式は不変を貫いている。そこから秩序を取り除けば、地上などあっという間に不徳義なる男達の独壇場。その末路は荒廃だ。
 結局、それは幻想郷とて同じ。だからここでは『命名決闘法』という名の『弾幕ごっこ』が流行っているだけ。女の子の遊びが故に、そこへ男が侵入すれば『ごっこ』ではなくなってしまう。それはもう、ガチでの殺し合いに変貌してしまうのだ。

 男女の価値観とは、それくらいに壁がある。永琳は、だから疑問に思うのだ。
 何故、この二組なのか? ……と。


「てゐ」


 少し、訊くのが怖い質問だ。何故ならてゐは永遠亭の家族の一員という認識であり、彼女に訪れた『変化』が……ともすればそれを壊しかねないと、永琳は危惧している。


「貴方、ちょっと見ない間に……少し、変わったかしら?」

「え? ん~~~……それは、お師匠様にとって今の私が『未来』の私だからそう見える、とかじゃないかなあ」


 そう、思いたい。心から。
 しかし、そうでないとするならば。その変化の起因とは、想像に難くない場所にある。
 てゐだけならばまだ良かった。そういう事もあるかもしれないと、永琳も事態を重くは見なかったろう。だが何の因果か、今より少し前に永琳は同じように、家族の変化を実感してしまう出来事があった。
 意図せず、その名を剥奪してしまった『鈴仙・優曇華院・イナバ』。彼女も永琳にとっては家族であり、そしてここに来てから『変化』してしまった者だ。
 変化とは大抵の場合、外的要因から発生する精神への影響だ。その変化自体は、永琳とて本来なら喜んで受け入れたい。
 だが、変化してしまったが為に鈴仙は『家族』を捨てた。否、捨てさせてしまったのだ。永琳自身が、変化していく鈴仙の心とすれ違いを起こした。


 永琳が恐れているのはそこであった。
 目の前のてゐも鈴仙と同じく、変化をキッカケとして自分の元から離れていくのではないかと。
 永遠亭の家族を捨て、勝手気ままに手の届かない場所へと歩いて行ってしまうのではないかと。

 そして次に永琳はこう思う。
 輝夜は今、私の知る『輝夜』のままでいてくれているだろうか、と。
 考えたくもない事だが、もし彼女までが『誰か』に影響を受け、永遠亭から離れていくような事態になれば……


───唯独り、変化を止めたあの家に残ってしまった私に……なんの未来があるんだろう、と。


(輝夜……あの子に、逢わなければ)


 空いた心の隙間には急激に孤独感が生まれ、心臓を圧迫してくる錯覚が襲う。方向性こそまるで違うが、あの藤原妹紅も思えば『変化』を刻まれていた。もはや別人レベルの変貌だったが、輝夜もああならないなんて保証は何処にもないのだ。
 こうなればいてもたってもいられない。幸いなことに輝夜の位置情報は手元に控えており、彼女のすぐ隣にはリンゴォも居るらしい。恐らく伝言を受け、近隣のレストラントラサルディーにまで来ている頃合いか。


「てゐ。蓬莱の薬を持ってたわね? 妹紅がそれを狙っている。私が預かっていた方が安全よ」


 まずは蓬莱の薬である。取り扱いの危険な代物故に、シュトロハイムからてゐへ、てゐから永琳へと受け継がれる。

「え……妹紅って、あの人間? アイツがこれを狙ってるって……?」

「彼女には気を付けなさい。今の妹紅はもう……人間じゃない。救えない、怪物に成り下がったわ」

 言われた通りに薬を差し出しながら、てゐは永琳の言う妹紅の姿を己の記憶と当て嵌める。自分の知る通りの妹紅なら、この殺し合いを破壊してやるくらいの覇気は豪語してそうだが。


「それとジョセフ。このチケット……『青色』は貴方が持っておきなさい」


 太田はあの通信でこう話していた。

『この通信が終わった後、君のデイパックに眠る紙を広げてごらん。二枚のチケットを送ろう。そいつを今日の深夜24時以降、第四回放送以降に切れば、その者が僕らの元に来るよう手を打とう』

 チケットを切った『その者』が、彼奴の元へ呼ばれるのだと。つまり、必ずしもそれはジョセフとは限らない。願った本人はジョセフだが、条件を満たした者であるなら誰でも行けると捉えられる言い方だった。
 太田本人の希望はどうもジョセフとの対話を望んでいたみたいだが、やはりこのチケット……端から用意されていた物だと考えた方が自然だ。
 主催には元より、第四回放送までを生き残れた男女ペアと対話するイベントがゲーム開始時点で脚本にあったのだ。今回ジョセフの願いにより、予定よりかなり早めのチケット配布(それも特定個人への入れ込み)が行われた可能性が高い。

 未だ太田と荒木の関係性は謎だが、とにかく青チケットはジョセフが所持していた方が賢明だろう。
 赤チケットの方は考えるまでもない。使用条件が『ゲーム第二日目まで生存している女性』ならば……


「こっちは私が預かるわ。主催に堂々接触できるチャンス、これを機に……」


───奴らの能力の『謎』を解明し、奪取してやる。


 ゲーム開始以降より永琳が抱いていた思惑だ。
 鈴仙曰く、未来において月との関係は必ずしも険悪なものでない事実が分かった。永琳が最も怖れる月からの討伐司令が来ない以上、当初の『主催が持つ能力奪取』という目的の優先順位は下がった。
 だがそれでも、万が一だって起こる。念には念を。取れる最善行動は取っておく。

 だからこの赤チケットは、自分が持つべきだ。
 決意を固め、永琳はテーブル上に残った赤色の半券を手に取り、大切に紙に入れておこうと荷を取り出して……


「あ、あの! お師匠様」


 てゐの声が、遮った。


「……なにかしら?」

「いや、その~……なんて言うか、まあ、良かったらでいいんだけど……えと、その赤チケットの方、なんだけど」


 やめろ。何も言わなくていい。
 貴方らしくない。だから、その先はどうか……言わないで。
 そう、懇願する。永琳にはこれからてゐが何を言おうとしているか、察しがついてしまった。



「───私に、預けてみないかな~、なんて……ダメ?」



 ぎり、と歯軋りの音が鳴った。


「……理由を訊いても、いい?」

 物事には理由があり、キッカケがある。
 てゐの発言の根源には恐らく……隣の男が大きく関わっている。

「えっと、さ………………わたし、異変解決、頑張ってみよっかな~、って思ってる」

 その言葉がどういう意味か。長きに渡りてゐと関係を続けてきた永琳にとって、彼女の心境の変化がもたらすモノが善とは限らない。

「私の話、聞いてた? このチケットを持つということは、主催と『戦う』可能性があるって事なのよ?」

「そう、なんだよね……。すごく嫌なんだけど、どうしてだろ。……それでも私、やれるだけやってみたい」

 てゐの踏み出す一歩は、彼女の人生にとっては果てしなく大きな一歩かもしれない。
 踏み出したその一歩が……永琳にとっては果てしなく遠い背中にも感じる。

 てゐと鈴仙の後ろ姿が、どうしても被って映る。


「……5分の1よ」

「え?」

「一度目の放送では、18人死んだ。次の放送でも18人。参加者は全部で90人なのだから、ここまで丁度5分の1ずつ放送ごとに落ちていってる。
 このペースが続くなら、次の第三回放送では54人死に、残り5分の2。主催が提示した第四回放送になれば72人が死ぬ。残った生存者は5分の1」

 無論、こんな簡単な計算で進行するほど殺し合いは単純ではない。多少なりともこの数字にはズレが生じてくるだろう。あくまで現在のペースでしかないが、しかし。

「てゐ。貴方……この残生存者18人のうちの1人に入るまで、律儀に異変解決を謳っていくつもりなの?」

 てゐは弱い妖怪だ。そんな彼女が第四回放送まで生き残るというのは、相当に高いハードルだと見立てている。

「それでも、だよ」

 それでもてゐの瞳は、弱々しくもブレずにいた。真っ向から永琳を見つめていた。

「それは、私の庇護を離れて……という意味で?」

「そう、いう事になる……のかな」

 何がてゐを変えたのか。彼女は自ら檻の外に出て、元凶との対峙を求めているという。
 それがどんなに千荊万棘の道程なのか、分からない娘でもあるまいに。


「お師匠様。私は──────ジョジョと頑張ってみるよ」


 自惚れないで。貴方の掲げるそれは『変化』でなく、ただの『のぼせ上がり』。
 妖狐を撃退し、自分には可能性があると増長し、自らの胸中に立ち上る熱い空気に呑まれているだけだ。鈴仙と同じ轍を踏んでいるに過ぎないのだ。
 いつもの様に困難を避け、強者の背に隠れながらチロリと舌を出していればいい。

 それが因幡てゐという女である筈でしょう。だから行かないでいい。帰ってきなさい。


「…………そう」


───それらの言葉は、とうとう出てこなかった。


「……そっ、か」


 チケットを持つ腕が震えてやいないだろうか。こんな弱々しい姿はとても見せられない。見せたくない。

 ここでてゐを止めるのは簡単だ。だがそれをしてしまえば、彼女の決断を否定する事になる。それでもてゐは永琳を恨むことはしないだろう。
 命が掛かっている。永琳は純粋にてゐの安全を考えている一方で、彼女の選択を嬉しく思うのもまた事実だ。

 だが、てゐも鈴仙も変化により永琳の元を去りつつある。数十年と共に暮らしてきた永遠亭を捨て、明日の見えない未踏の地へと歩み出している。

 それが、寂しかった。
 そう……寂しいのだ。この気持ちの正体は、こんなにもありふれた感情で、こんなにも自分を惨めとさせている嫉妬心でもあった。


「ねえ……どうして? 貴方じゃなきゃいけないなんてことは無いはずよ。……どうして、貴方はジョセフと?」


 『家族』として、知っておきたかった。
 因幡てゐの心をそこまで動かした存在。彼は、てゐにとってどんな男なのだろう、と。



「うーん………………『相棒』だから、かな。ジョジョは」



 はにかんだように、少女はふにゃりと答えた。
 それもまた……ありふれた理由、なのかもしれない。

 握りしめていた手の中のチケットは、いつの間にかくしゃくしゃになっていた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 ゴォゴォと吐き出されるストーブの熱風だけが、永琳の心を程よく溶かしている。一人きりとなった香霖堂の丸テーブルで、永琳はじっと佇んでいた。

 どうしてあのチケットを渡してしまったのだろう。合理的に考えれば、てゐに渡すより自分で持っていた方が圧倒的に理にかなうのに。
 主催と合法的に対峙できる無二の好機だった。それを手放した理由が、自分でも分からない。醸された殊勝な空気に流されたとでも? ……馬鹿馬鹿しい。
 それだけならまだしも、永琳はてゐ達と共に行動する事を躊躇った。すぐ隣のレストランでは輝夜との合流も待っているというのに、わざわざ別行動を促してしまったのだ。
 輝夜との事は私に任せて、貴方達は自分にしか出来ないことを探しに行きなさい、と。こんな当たり障りない、常套句か何かのように体のいい文言で、追い払う様に。
 その時のてゐの困惑した表情が忘れられない。この醜悪なる土地で折角逢えた家族なのに、早くも散り散りとされるなんて、彼女は思いもしなかったろう。


「……これも『変化』、なのかしら」


 鬱屈した声色と共に吐き出された賢者の溜息は、部屋の温度を幾分か下げた様にも錯覚する。

 変化。この言葉は永琳にとって……そして永遠亭にとっては特別な意味を持つ。
 永遠の術を施し、月に怯えていた毎晩を過ごしていた彼女である。変化を拒絶してまで得ようとしていた、偽りの日常。その日常という名のカーテンを開け広げ、結果的に永遠亭に朝の光を招いたのが『永夜異変』での顛末だ。
 鈴仙から聞いた、間接的な話である。その『運命の日』以降、永遠亭に訪れた急激な変化の毎日は、そこに住む者達をも変えていったらしい。

 そう。『らしい』、のだ。
 鈴仙も、てゐも、輝夜も、そして勿論、自分をも。変化を受け入れた民は、大きく変容していった……らしい。
 それは永琳にとっては未来の出来事。変化を受け入れる前の永琳であるが故に、今の鈴仙とてゐの精神に起こっている変容など、すぐには受け入れきれない。

 これより会う輝夜は、果たして『いつ』の輝夜だろうか。彼女は思いの外、順応力のある娘である。そして、前向きな性格の娘である。
 もしも彼女までが変化を受け入れ、永琳の元から巣立ちし飛び立とうとしているのなら……


 どうして。

 どうして、

 どうして私だけを──────




『PiPiPiPi……PiPiPiPi……』



 ポケットの中が振動を始めた。携帯電話を突っ込んでいたのを思い出す。画面を見れば、見覚えのある番号だ。
 まさか折り返してくるとは。永琳は驚きと逡巡の末、鳴り終わらない内に電話のボタンを押し、ゆっくりと耳に当てた。


「…………もしもし」

『おっ、やっと出てくれたね。いやぁ、警戒して取らないんじゃないかと思って切ろうとしてた所だよ』


 予想通りではあるが、声の主は太田順也。先程パソコンを通して聞いたものと同じ男だ。

「用件は」

『ンフフ。なんだ、随分と冷たいなあ。それとも珍しくセンチな気分かい?』

「まるで私の普段をよく知ってるような言い方ね」

『あはは。ちょっと話しただけでこれだよ。だから君とはあまり会話したくなかったんだけどな。何を探られるか分かったもんじゃない』

 先の通信との一過程を思い出す。太田はやけに永琳との会話を嫌う節があったが、興味が無いというのはただの方便であり、実際は何てことない。
 要は恐れているだけだ。月の天才と腹の探り合いなど、不毛で採算の取れない、リスクばかりの大きい会談でしかないのだと。

「じゃあ、どうしてわざわざ電話なんかを?」

『君の勇気に対し、賞賛も何も掛けないんじゃあ悪いかなと思ってね。……さっき、ジョセフとの会話中に僕の携帯電話にワン切りしてきたのは君だろう?』

 ふん、と永琳は小さく、当てこすりのように鼻を鳴らした。太田の言う通り、先程の太田とジョセフとの通信中に、永琳はちょっとした橋を渡ったのだ。
 次のような内容である。


『───質問は終わりと言った筈だよ? 精々、君にはそれまでに生き残って欲しいと切に願おう。
 …………ん? あ、いや何でもない。とにかくこれで君の三つの願いは叶えられる。前二つの願いも含めて、生き残りに貢献できるようここから祈っているよ』


 このタイミングで、太田はその辺に置いていたであろう自らの携帯電話が振動したことに一瞬だけ反応した。いわゆるマナーモードに設定していた為、通信の中にメロディが入り込むような失態は犯さなかったが、太田の目の届かぬ死角から携帯電話を弄っていた永琳の目からは一目瞭然であった。

『確かに君に配布した携帯電話の中には僕の番号もある。だが、その番号リストのどれが誰に繋がるかなどは分からない』

「そうね。だからリスクを覚悟して、あのとき貴方の見えない死角からとにかく適当に電話を掛けていったわ」

 余計な相手が万が一電話に出ないよう、ワン切りを続けては次の番号に掛けていく。下手な鉄砲も数を撃てば、主催にぶつかるかもしれないと予測を立てて。
 まさか本当に主催の番号まで混じっていた事には驚いたが、節々に遊び心を見せる主催二人の事だ。その可能性はゼロではないと永琳も予想し、このような行為に出た。
 そして、とある番号に掛けた瞬間、通信中の太田が反応したのを見て、永琳は当たりを引いた事を確信。

 こうして永琳は主催に繋がる連絡先をいとも容易く発見した。

『うーん、確かに僕はあのとき君に会話や筆談を禁止したけど、イタズラ電話はダメとは言ってなかったからなあ。失敗したよ、流石は“元”月のお偉いさんだ』

 妙に“元”の部分を強調された気がする。太田の見せる嫌味に永琳は内心、深い嫌悪を抱いた。

『でもね、永琳。だから何だと言うんだい? こちらへの連絡先は元々僕が用意しておいたものだ。君がその番号の正体を知ったからといって、今後僕らが和気藹々に連絡し合えると思ったら……』

「大間違い、でしょ?」

 そんな事は永琳とて重々承知の上で、敢えてリスクを冒した。今回こうして太田側からアプローチを仕掛けてきたのは、彼の言うとおり『称賛』する為、ただそれだけだろう。
 少しでも太田の気分を害する事があればどうなっていたか分からない。それでも永琳はリスクに背を向けず、半歩でも前進しようと足を踏み込んだ。太田は、そこに感銘だのなんだの受けて、折り返しの電話など掛けてきたに過ぎない。
 こんな番号が知れた所で、永琳にとって大した利にはならない。しかしそれではあんまりだと、太田は情けをかけるような褒美として再び会話の機会を設けてきた。


 癪に障る男だ。


『まあ、単に言葉で称えたところで君にとっては皮肉にしか感じないだろうね。
 ……そこで永琳。褒美として君には一つだけ、僕への質問を許そう。何でも答えてあげるよ』


 ……本当に、ふざけた男。


『ジョセフばかり優遇するのもなんだと思っただけさ。さ、来なよ永琳。このチャンス、モノにしないと勿体無いと思うよ?』

 コイツの発言に釣られるな。返ってくる答えを証明する手立てがあるかも分からない。この男は参加者をただ、振り回したいだけなのだから。

「質問……ね」

 爆弾の解除方法。
 この土地が何処にあるのか。
 お前達の正体。
 どれもこれも、愚問にしかならない。マトモに取り合うとは思えないのだ、こいつが。


 だから永琳は、心に浮き出た……ふとした『疑問』をなんとなしにぶつけた。
 彼女らしからぬ、合理性や論理性なんて欠片も見えないような……至極どうでもいい質問を。


「───じゃあ一つだけ。貴方はどういう基準で、私をここへ呼んだ時期を選んだの?

 どうして。

 どうして、

 どうして私だけを……わざわざ『変化』から取り残されるような時期から呼んだの?」


 いま、永琳が心の中でどうしようもない孤独感にのしかかられているのは……彼女がまだ、変化を受け入れようとする前の彼女だからだ。
 周りだけが自分を置いて歩もうとしていく様を不変の屋敷から見送り、それを寂しく思っているからだ。
 不器用ながらも愛情を以て接していたウサギ達とのすれ違いが、彼女らの巣立ちのようにも思えて不安だからだ。

 明らかに主催の作為を感じる。太田共は敢えて、鈴仙やてゐ達の住んでいた時間軸よりも過去の永琳を選んで呼び出した。

 そこに理屈や道理が存すると言うのなら、問い質したい。


八意永琳。君は、強すぎるからねえ』


 そして男は、たっぷりに溜めを作ったのち、吐き出した。


『ドラマというのは、人の葛藤や弱味を本人が自覚して初めて生まれるものだと僕は思う。
 これは僕の意図した筋書きではあるけど、結局のところこれから歩む意思は君自身のものだ』


 予想通り、だ。この男は予想通りの返答を決めてくれた。
 だから余計に、虫唾が走る。


『さあ。君の本当の敵とは誰だ? 討ち倒すべくは天上より神の如く一望する我らかい?
 それとも案外、身近な所から軋みは這い寄ってくるのかも。……天才にはあまり馴染みのない問題かな?』


 そして予想以上に、下衆でもあった。
 だから余計に、苛立ちが治まらない。


『完成された天才など、何も面白くない。僕は心から、君が足掻く様を見てみたい』


 完成、と言った。
 天才とも。
 もしも本当に、自分がそうであったなら。
 あの日……罪など、決して犯さなかったろう。


 私はただ、幸せになりたかっただけなのに。


『最後にこれだけは言っておかなくっちゃあね。

 ───Hail 2 U(君に幸あれ)』


 君に幸あれ。
 本当に、これ以上に嫌味な言葉はない。


 ツーツーと無機質な機械音が鼓膜に響き、八意永琳は暫く無言で佇んでいた。
 やがて陽炎のように、フっ……と、可動を再開して窓を覗くと。
 綺麗な小雪模様と共に映る、やけに疲れた瞳がこちらを睨んでいた事に気付く。
 小さく舌打ちを鳴らし、暖かな風を送り込んでいたストーブの火を気だるげにパチりと消して……女は香霖堂を後にした。

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【D-4 香霖堂/真昼】

八意永琳@東方永夜抄】
[状態]:精神的疲労(小)
[装備]:ミスタの拳銃(5/6)@ジョジョ第5部、携帯電話、雨傘、タオル
[道具]:ミスタの拳銃予備弾薬(残り15発)、DIOのノート@ジョジョ第6部、永琳の実験メモ、幽谷響子アリス・マーガトロイドの死体、
永遠亭で回収した医療道具、基本支給品×4(永琳、芳香、幽々子、藍)、カメラの予備フィルム5パック、シュトロハイムの鉄製右腕、蓬莱の薬
[思考・状況]
基本行動方針:輝夜、ウドンゲ、てゐと一応自分自身の生還と、主催の能力の奪取。
       他参加者の生命やゲームの早期破壊は優先しない。
       表面上は穏健な対主催を装う。
1:レストラン・トラサルディーに移動。
2:しばらく経ったら、ウドンゲに謝る。
3:柱の男や未知の能力、特にスタンドを警戒。八雲紫藤原妹紅に警戒。
4:リンゴォへの嫌悪感。
[備考]
※参戦時期は永夜異変中、自機組対面前です。
※シュトロハイムからジョセフ、シーザー、リサリサ、スピードワゴン、柱の男達の情報を得ました。
※『現在の』幻想郷の仕組みについて、鈴仙から大まかな説明を受けました。鈴仙との時間軸のズレを把握しました
※制限は掛けられていますが、その度合いは不明です。
※『広瀬康一の家』、『太田順也の携帯電話』の電話番号を知りました。
※DIOのノートにより、DIOの人柄、目的、能力などを大まかに知りました。現在読み進めている途中です。
※『妹紅と芳香の写真』が、『妹紅の写真』、『芳香の写真』の二組に破かれ会場のどこかに飛んでいきました。
※リンゴォから大まかにスタンドの事は聞きました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

○永琳の実験メモ
 禁止エリアに赴き、実験動物(モルモット)を放置。
 →その後、モルモットは回収。レストラン・トラサルディーへ向かう。
 →放送を迎えた後、その内容に応じてその後の対応を考える。
 →仲間と今後の行動を話し合い、問題が出たらその都度、適応に処理していく。
 →はたてへの連絡。主催者と通じているかどうかを何とか聞き出す。
 →主催が参加者の動向を見張る方法を見極めても見極めなくても、それに応じてこちらも細心の注意を払いながら行動。
 →『魂を取り出す方法』の調査(DIOと接触?)
 →爆弾の無効化。



因幡てゐ
【真昼】D-4 香霖堂 近隣


 因幡てゐはジョセフの頭にだらだらと顎を乗せ、力ない声で呟いた。

「まさか本当にくれちゃうとはなあ……」

 その右手には件のチケットが風に揺られ、ヒラヒラと舞っている。彼女を鬱陶しそうに肩車する形を取っているジョセフも、頭上から届く声を会話にして投げ返す事で、何となく居心地の悪い空気を少しでも清浄しようと試みた。

「お前が望んだ事だろーよ。あのオンナ、俺から見りゃあ純粋にお前の心配してるように見えたぜ」

「そうだけどさあ……」

 自分達を見送った永琳の、あの時の表情が気になるのだ。どこだか寂しそうに手を振る彼女の、疲れたような表情が。
 確かにてゐが発した意見は、永琳にとっては驚くべき変化にも見えたかもしれない。その事に自分が一番驚いているし、馬鹿な選択を取ってしまったと思う。
 だって、誰がどう考えたってこのチケットは自分のような弱者でなく、お師匠様みたいに知略縦横な英傑が持つべきだろう。あの人なら間違いなく、私などよりずっと巧みにコイツを活用してくれる。

 どうしてお師匠様は、私にこれを譲ってくれたのか。天才には天才にしかわからない、苦悩みたいなものがあるのだろうか。

 それとも……私は利用されているのかな。

「いつまでもウジウジ悩んだって仕方ねーだろ。お前、スゲー幸運なウサギなんだろ? もしかしたらあのオンナよりも成果出せる可能性あると思うぜ、俺は」

「……それ、気でも遣ってる?」

 げしげしと、てゐの短い足がジョセフの胸を蹴った。降ろすぞと脅されたてゐは、蹴る代わりにもう一度溜息を吐いてジョセフの髪をなびかせた。
 プレッシャーなのだ。このチケットは下手すれば、地獄行きの片道切符であり、二枚一組のこれをジョセフと所持するという事は、藍の時と同じようにまたしても共同戦線を張るに等しい。
 それだけでなく、このチケットの存在が他参加者に知られようものなら、思い付く展開は悪い方向に偏るばかり。何故なら主催者と合法的に会えるという手段は、人によっては喉から手が出る程に欲する大チャンス。
 その相手が穏便に事を済ませるタイプならまだ良いが、暴力に物を言うタイプであるなら、ジョセフとてゐはターゲットになりかねない。
 八雲藍と戦い生き残りはしたものの、結果がそのまま自信に繋がるなどということは無かった。あの戦いに、勝利者は存在しないのだから。

「あ~~~~~やっぱりお師匠様に渡しておけば良かったかな~~~~~。不安だわー心配だわー。およよよよ……」

「あのな! そういう台詞をよォー、俺の頭のすぐ上で吐き出さないでほしいの! 幸運が逃げちまうだろ!」

「幸運は逃げやしないよ。アンタの肩に足ぶら下げて居候してんだからさぁ」

 口うるさい相棒同士が、上下に重なって道を突き進んでゆく。肩に触れるとすぐに溶けてしまう雪が、彼らの先行きの不鮮明さを嘲笑うように歩行を遮っていく。






「あ、」

「どうした? てゐ」

「そういえば……あの『DISC』の事、忘れてたなって」


 火薬庫に眠る爆弾は、未だ息を潜めて彼らの懐で寝息を立てている。
 今尚、導火線に火が灯ることなくいられるのは、二人の併せ持つ幸運ゆえか。
 もし、そうでないのなら。

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【D-4 香霖堂 近隣/真昼】

ジョセフ・ジョースター@第2部 戦闘潮流】
[状態]:精神消耗(小)、胸部と背中の銃創箇所に火傷(完全止血&手当済み)、てゐの幸運
[装備]:アリスの魔法人形×3、金属バット、焼夷手榴弾×1
[道具]:基本支給品×3(ジョセフ、橙、シュトロハイム)、毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフ(人形に装備)、小麦粉、香霖堂の銭×12、スタンドDISC「サバイバー」、賽子×3、青チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:参加者現在地を踏まえて、行き先を決める。
2:こいしもチルノも救えなかった・・・・・・俺に出来るのは、DIOとプッチもブッ飛ばすしかねぇッ!
3:シーザーの仇も取りたい。そいつもブッ飛ばすッ!
[備考]
※参戦時期はカーズを溶岩に突っ込んだ所です。
※東方家から毛糸玉、綿、植物油、果物ナイフなど、様々な日用品を調達しました。この他にもまだ色々くすねているかもしれません。
因幡てゐから最大限の祝福を受けました。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。


因幡てゐ@東方永夜抄】
[状態]:黄金の精神、精神消耗(小)
[装備]:閃光手榴弾×1、焼夷手榴弾×1、スタンドDISC「ドラゴンズ・ドリーム」
[道具]:ジャンクスタンドDISCセット1、基本支給品×2(てゐ、霖之助)、コンビニで手に入る物品少量、マジックペン、トランプセット、赤チケット
[思考・状況]
基本行動方針:相棒と共に異変を解決する。
1:参加者現在地を踏まえて、行き先を決める。
2:暇が出来たら、コロッセオの真実の口の仕掛けを調べに行く。
3:柱の男は素直にジョジョに任せよう、私には無理だ。
[備考]
※参戦時期は少なくとも星蓮船終了以降です(バイクの件はあくまで噂)
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※蓬莱の薬には永琳がつけた目盛りがあります。
※真昼の時間帯における全参加者の現在地を把握しました。

〇支給品説明
『赤チケット/青チケット』
主催の太田がジョセフへと渡した、胡散臭い二枚のチケット。
『有効期間【第二日目00:00~】 紳士/淑女専用
※注意! 青と赤のチケットを同時に切らなければ効果は発揮しません。』
のみの表記がなされており、これを第四回放送“以降”に切れば、その者が主催と会える……らしい。
交差する二つの世界の男女が使用することによって効果が現れる。メタ的に言うなら、ジョジョと東方のキャラである。



178:虹の先に何があるか 投下順 180:Quiets Quartet Quest
178:虹の先に何があるか 時系列順 180:Quiets Quartet Quest
169:Hail 2 U! ジョセフ・ジョースター 181:和邇の橋
169:Hail 2 U! 因幡てゐ 181:和邇の橋
169:Hail 2 U! 八意永琳 189:また来年も、お月様の下で。
169:Hail 2 U! 太田順也 192:雨を越えて

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最終更新:2018年11月26日 19:14