【盆血】

赤気を帯びた血や肉(精血)をむさぼり摂り込むことで鬼や妖怪は強大な呪力を得ることが出来る。精血は、宍血などとも呼ばれる。宍血は人間を含めた生物たち(含生)の赤気を帯びた血や肉のこと全般も示す。

人間が持つ最も最上の精血は「人黄」(じんおう)と呼ばれるものだとされる。「黄」というのは「中央」を意味していることからの名称である。

精血聚盆

人間の精血に触れた動植物や器物は妖怪変化(鬼神)になるという考えは広く見ることが出来る。妖獣や妖花たちが人間の精血を強く求めるのは、その精力を得る為である。鎌鼬も、人間の身体から血を吸うのを目的にしていると言い伝える土地が存在している。赤飯や餅を供えたという行為も、血や肉の代替物を与えて妖怪たちを鎮める為である。
貪庫(萬甡厨)(死者の身体)よりも芳体(生者の身体)のほうが豊富な赤気を奪い取る事が可能であることは言うまでもない。三蔵法師を多くの妖怪たちが食べようと狙っていたのも、これが目的である。


朱雀門の鬼は、これを切り集めて造った美女を紀長谷雄に渡している。

狐は人間の子供をしばしば襲って喰うことがある。疫病にかかり、弱り切った状態の幼児は最も利用・摂取しやすい盆血・赤気であり、疱瘡(天然痘)にかかった幼児を狐が舐めに来たという言い伝えは各地に残されている。

【盆月のぬけかわり】

盆月には人間の体の皮がぬけかわるといわれている*1。われわれが実際にそのような脱皮を行動としてとっていないことからもわかるように、人間たちがそれを意識することはまったくない。また、人間の目にもそれは見えないという。しかし、妖怪たちはその「皮」を狙って動き出すことが多いので、盆の時季に海や川で不用意に遊ぶのはいましめられていた。

一般に、人間の皮のぬけかわりは六月一日だとされることが多い。これは虫蚕や竜蛇たちのぬけかわり(衣脱ぎ・皮剥け)が六月一日であることに由来しており、彼らの再生力にあやかって行事化されたものに後から「人間も皮がむける」と付け加えたに過ぎないようである。それを示すように、皮がぬけかわるということは六月一日に限ったものではなく、正月十四日*2にも言われている。

六月一日は、餅や素麺・うどん・麦こがし(香煎)・まんじゅう・牡丹餅など、特別なものを食べる「歯固めの日」*3「骨継ぎの日」としての性質が元来は強く、六月一日に人間の皮がむけるとしている言い伝えも多くは「皮がよくむけるように」と言いつつも、餅や素麺・うどん・とろろ薯などを「食べる」ことを主としていることが多い。また「青物断ち」「夏物断ち」とも呼び、六月一日の朝には夏の収穫物を食べない風習*4も見られた。また、厄年の期間が明けるのも、明くる年の六月一日*5だとされることもある。

竜蛇は衣脱ぎ(きぬぬぎ)を繰返すことによって、長寿を保っているとされる。蛇たちは六月一日の朝に桑の木の下で衣脱ぎをするのである。蛇のこの様子を見てしまうと人間も皮がむけて死んでしまう*6と言われている。六月一日に桑の木の下に行くと魂が飛びぬけて「から」(ぬけがら)だけになってしまう*7、桑の木の露がかかると皮がぬげなくなってしまう*8、桑の木の近くに行くと皮がぬげなくなってしまう*9、桑の枝は皮がひっかかってむけなくなってしまうので桑畑に入らない*10、朝早く桑畑で脱皮しつつある者の姿を見てしまうと命を失う*11、などの言い伝えは、もともとはこの日の竜蛇たちのすがたを見てはいけない――皮がぬげなくなってしまうのも、見た人間の命を奪うのも、人間に姿を見られた彼ら竜蛇の側だったことが転訛したもののようである。

六月一日に桑の木にさわると全身の皮がむける*12、桑畑に入らない*13、などの言い伝えも、蛇や蚕のぬけかわりに由来しているために桑の木が特別なものとして言及されている。

【受肉】

黒気を帯びた霊や妖怪が生物の身体に憑いて影響を与えることがある。憑依する対象(依代・ヨリシロ)は、木や石と言った自然物、あるいは道具なども含まれる。

黒気受翼

悪霊や禍魔によって魔性と化した人間や死霊。天狗が羽根を持っているのもこの辺りが関係している。天狗の祖であるとされる天逆毎姫も、スサノオの吐いた黒気から生まれている。

不受肉身

受肉すること無く、人間に対して些細な悪事やいたずらをするような極めて微々たる存在たち。「精霊」と称されるような存在たちの多くは、こちらに属すると言える。

【赤気と黒気】

古来は赤が正と陽、黒が邪と陰を示すと考えられていた。赤は「あかるい」という意味であり、白色や加工を経ない素のままの自然な色も含まれる。神社の多くが現在も白木(しらき)を「清浄」と考え、その建築材料に用いているのも、この考えに立脚している。
赤気、黒気という表記は陰陽五行論に存在する文字*14を仮借しており、「気」というよりは「魂」と考えたほうがわかりやすい。赤気(陽、日)、黄気(陰、月)という考え方も存在する。

赤気  明、陽  妖怪たちが盆血として欲しがる  清浄  赤気(陽、日) 
黒気  暗、陰  妖怪たちの受肉の原動力となる  汚穢  黄気(陰、月) 

最終更新:2025年02月05日 16:40

*1 東洋大学民俗学研究会『粕尾の民俗』、1974年

*2 岩崎敏夫『日本の年中行事 磐城篇』海外協会図書館、1953年

*3 「歯固め」の行事は正月と六月に行われる。どちらも餅などを食べる日として行われて来た。

*4 信濃教育会北安曇部会『北安曇郡郷土誌稿 第3輯』

*5 福家惣衛『香川県民俗誌』、四国公論社、1954年

*6 阿部正瑩『厳美地方の民俗資料』、1985年

*7 菅江真澄『はしわの若葉』

*8 信濃教育会北安曇部会『北安曇郡郷土誌稿 第3輯』

*9 新潟県岩船郡朝日村教育委員会『朝日村の民俗 高根・塩野町地区』1977年

*10 『相馬市史 3』、1975年

*11 太田三郎『東奥紀聞』、新紀元社、1948年

*12 猪苗代町史編さん委員会『猪苗代町史 民俗編』、猪苗代町出版委員会、1979年

*13 福島市史編纂委員会『福島の民俗 2』、福島市教育委員会、1980年

*14 青・赤・黄・白・黒が存在する