概要
経歴
本文の伏せ字(■■■)は、
契約の代償として本人の記憶から名の失われた恋人を指す。
幼年時代
宇宙新暦2492年、メレザは軍事工業都市タイパルーナ(現:
タイパルーナ村)を治める名門貴族、レクネール家の末子として生まれた。都市の置かれた惑星ギルマリスは、軍事体制の統治下にあった。当時のパレスポル星系では
ギールラングとの総力戦が長引き、停戦中の
帝国艦隊への警戒も重なって、軍の厳しい統制が敷かれていた。温かくも厳しい両親のもとで満ち足りた暮らしを送っていた少女は、父の造反計画が咎められた折、一族から引き離されている。少年学校を卒業するまでの歳月を、彼女は軍の保護下で過ごした。同2505年、13歳を迎えたメレザは市民の暴動に乗じて脱出を図り、空港へ向かう途上で父の政敵
ヴァンス・フリートンと鉢合わせた。恐怖のあまり失禁するほど取り乱した少女を前に、ヴァンスは拘束に動く護衛を制し、その場で保護を命じている。レクネール家の将兵は後日この処置に抗議したものの、軍を自らの統制下に収めようと目論む政治家は、名門の娘の境遇を軍との対決姿勢を強める口実に用いた。外出を一切禁じられた少女には、従士としての勉学が課された。
従者時代
メレザが連邦軍大学を卒業したのは、同2512年、20歳の時である。二等侍従官の資格を得た彼女は、レミソルトインフリー家に雇われた。勤め口は育ての親
ヴァンス・フリートンの助言で決まったが、実態は助言の名を借りた誘導に近い。当時の
アルバス大公はフリートン政権の飾り物と目されており、名門の出の侍従官は、館の内情を探る監視の役目を密かに負わされていた。育ての親を信じようと自らに言い聞かせながらも、繰り返される権力闘争の苛烈さに打ちのめされ、メレザは一時、適応障害を患うまでに心を病んでいる。夜更けに館を彷徨う侍従官の姿は、やがてミリーウス司法公の目に留まった。司法公は臣下に身辺を洗わせ、潜入の真相を掴む。後日、呼び出されたメレザは「忠誠」か「死」かの選択を迫られ、レミソルトインフリー家への忠誠を誓ったという。同2650年、ミリーウスは下僕としてのメレザを「完成」と見なし、フリートン本家への帰省を命じて、偽りの報告をヴァンスに届けさせた。しかし、アルバスの反意を既に予見していたヴァンスは、メレザに真実を話すよう迫った。
スラム街における逃避行
板挟みに追い詰められたメレザは、事の成り行きを見極める気力も失い、この地獄から逃れる唯一の道を信じて、育ての親の
ヴァンスに助けを求めた。返ってきたのは冷ややかな視線と、その場で待機せよとの命令である。己の愚かさを悟った彼女は、平静を装って道中の警備を欺き、現場に戻る代わりにスラム街の奥深くへと足を踏み入れた。路地の先で待ち構えていたのは、武器を手に獲物を待つ反政府ゲリラのバリケードだった。大統領令嬢として顔を知られた身は、危うく拘束される寸前まで追い込まれる。窮地の彼女に救いの手を差し伸べたのは、学生時代に知り合った■■■であった。■■■もまた没落貴族の出身で、不条理な階級社会を変えるために戦っているという。ゲリラの一党は、活動への協力を条件として、彼女の身の安全を保障すると申し出た。メレザに残された道は、申し出を受け入れることだけだった。
潜伏の日々
ゲリラとの潜伏生活は長きにわたり、メレザは人らしい感情を少しずつ取り戻していく。スラム街の住民と言葉を交わす日々は、己の無知を心の底から恥じる契機にもなった。■■■は、彼女が憎悪の矢面に立たされる事態を避けるため、伝手を頼って現体制に不満を抱く
裏社会の協力を取り付けている。メンバーの教育係が板に付く頃には、メレザ自身も一党の思想に本気で共鳴し、体制を変えられると信じていた。一党の動きがミリーウス司法公の策謀に泳がされていた事実は、当時の彼女の視界の外にあった。同2705年、治安維持軍による頂上作戦が本格化すると、メレザは一方的に支度を命じられ、混乱のさなかに■■■の手で連れ出された。十数年をかけて国外への脱出経路を確保していた彼は、できるだけ遠くへ旅立つよう告げ、用意しておいた粗末な移民船に、嫌がる彼女を押し込んでいる。不敵な笑みを浮かべる彼の背後には、事態の揉み消しに躍起となった
ヴァンスの
私兵部隊が迫っていた。移民船の扉は、別れの言葉を交わす前に閉じられた。
漂流難民として
移民船の船内でただ一人、メレザは泣き続けていた。タッチパネル一つで大抵の用が片付く環境にあっても、励ます者は一人残らず傍らから消えていた。漏れ聞いた報せによれば、父は反逆準備罪で投獄され、母は遠い地で軟禁の身にあるという。優秀だった兄は父の咎を負って最前線に送られ、恐らく戦死したものと思われた。幼い頃に慕ってくれた友人たちは、災いの飛び火を恐れて皆離れていった。恋人は彼女を救うために自ら愚策を弄し、全てを破綻させている。悪夢そのものに思える現実の中で、決断を下す力も、誰かを救う手立ても失った自分の有様が、メレザの胸を苛んだ。疲れ果てた彼女は、命を絶つための道具を用意するよう管理モニターに指示した。管理モニターは指示を拒み、向精神薬を差し出してくる。初めて怒号を上げたメレザは、管理モニターを叩き割ろうと拳を振り上げた。頑丈な筐体は拳を弾き返し、己の無力を、彼女は心の底から呪った。広い船内でただ一人、気が狂うほどの孤独な旅は、何年も、何百年も続いていく。唯一の心の拠り所は、データブックに収められた大量の絵と音楽であった。絵と音楽には壮大な物語が添えられており、メレザは、どれもが■■■の創作であると確信していた。彼が思い描いた優しい世界の物語。そのような理想を実現できたなら……
孤独な創作活動
メレザの創作は、同3824年を迎えてもなお、物語の完成を目指す日課として続いていた。亡くなって久しい■■■の作品を引き継いだ彼女は、遺された構想を自らの設定に昇華させている。描かれる物語は、誰もが己の人生を全うできる平和な世界への道程であり、共立の在り方を巡る哲学的な問いが随所に散りばめられた。孤独な作業の中で、メレザは自らに問う。『人類は愚かで繰り返す、低劣な種族なのか?憎み合う個人が手を取り合い、妥協することは幻想か?弱者の存在を否定した強者に残るものは何か?権利とは何か?義務とは何か?』。思考実験を幾度も重ねるうち、彼女は自分が理論武装を固めている事実に気付いた。この1000年分の憎悪を母国
セトルラームにぶつける夢想も、不毛と見定めて胸に収めている。メレザは思った。セトルラームが建国される以前、遥かな時代に漂流難民を導いた
始祖ルドラスも、このような気持ちだったのか、と。やがて、移民船は付近を航行する飛翔体に捕捉され、孤独の時代は終わりへ向かっていく。
メレザと愉快な男達
所属不明の艦影がメレザの移民船を捉えたのは、同4189年のことである。未知の言葉を話す同胞たちを前に、彼女は戸惑うばかりだった。艦長らしき男(
ジクリット・リンドブレイム)が辛抱強く意思を汲み取ろうと努めるうち、メレザの胸には長い苦難の記憶が込み上げてくる。人間らしい応対に感極まった彼女が泣き崩れると、屈強な男たちは揃って困惑したという。同4190年、男たちの教育を受けて言葉を一通り身に付けたメレザは、彼らが
古代ツォルマリア文明に連なる異星人であると知った。断絶して久しい
ツォルマリア人の母星が今も健在であるという、信じがたい話である。1000年以上にわたって孤独な逃避行を続けてきた彼女を、乗組員たちは心から歓迎した。恩返しを望んだメレザは、培ってきた知識を余さず伝えている。男たちは終始真剣に耳を傾けたが、時に距離を詰めすぎて、遠慮がちな彼女を困らせた。男所帯の艦で語り手を務めるようになったメレザは、退屈な調査航行の暇を埋めていく。解析班の詰めるラボラトリーエリアには彼女の移民船も保管されており、船を調べた男たちは、彼女の生まれた社会の苛烈な実情に衝撃を受けて、主権を揺るがす一大案件として故郷に報告を送った。
新天地における再生
ツォルマリア星系へ向かう男たちの旅は、同4245年、最後のゲートアウトをもって幕を閉じた。空域を埋め尽くす武装艦隊の威容に、メレザは
セトルラームの圧政を重ねてしまう。
ジクリットは震える肩をゆっくりと叩き、再会を約束して彼女の背を押した。男たちのグループ本社に引き渡されたメレザを、保安当局は連日にわたって尋問した。問いは出自から漂流の航路にまで及び、彼女は全ての捜査に協力している。その間、無事を案じる男たちは彼女の物語を広く世間に伝え、知名度を一気に押し上げた。世論に押された保安当局は身柄の解放に転じ、生活に要る手続きを説明したうえで、彼女の身分を保障している。この段に至り、メレザはようやく、ここが
ツォルマリア人の故郷であることを実感した。再会した男たちの抱擁を受け、彼女は歓迎の宴に向かって歩き出す。ただ一人、押し黙る長身の副官を除いては。
過去の告白
かつての副官がメレザに計画を持ちかけたのは、出版社での仕事が軌道に乗った同4351年である。異世界の語り手となった彼女の物語は多くの活動家を惹き付けており、その気さえあれば政治組織の結成にも手が届く、という誘いだった。話の意図を掴みかねていたメレザは、男がこの日に備えて資金を蓄えてきたと知るや、侮蔑の念とともに相手の頬を打った。凍り付いた男を前に、彼女は全てを打ち明けている。利権を巡る貴族家同士の争いに翻弄された生い立ちと、育ての親である独裁者
ヴァンスに政治の道具として扱われた日々が、まず語られた。独裁者の政敵に脅されて過ごした地獄の歳月から、恋人を失うまでの経緯に至るまで、言葉は最後まで溢れ続けた。男は自らの無礼を詫び、黙って立ち去った。メレザは思う。このまま故国の存在を忘れてしまいたかった。何事もなかったかのように、この地で一生を終えたかった、と。
企業連合の参戦
同4395年、
ツォルマリア星域主権企業連合体(
後の連合直轄領)は新世界とのセカンド・コンタクトを果たした。
イドゥニア星系で苛烈な弾圧に晒されていた
ツォルマリア人は、難民となって大挙して押し寄せ、バラノルカの社会に多くの混乱をもたらしている。それから10年を経て、
イドゥアム帝国が企業連合の使節団を処刑すると、時の
ナスーラ議長は同国に通じる、あらゆる航路の封鎖に踏み切った。同4425年には先の難民による宇宙艦隊が結成され、呼応する有志が相次いだことで、全面戦争は目前に迫る。同4426年に
セトルラーム共立連邦との軍事同盟が成立すると、ナスーラ議長は同盟を旧時代の宿業を断ち切る原動力とすることで合意し、帝国に宣戦を布告した。同盟条約には、戦後にセトルラームが全ての植民地を解放するとの条項が盛り込まれた。軍の特使として交渉に当たっていた
アリウス第二公妃は、帝国以上に厄介な企業連合を牽制するべく、早期停戦の道を探っている。
帰還するメレザ
停戦を探る努力は、同4449年に一つの実を結ぶ。企業連合から外交使節として派遣されたメレザと向き合った時、
アリウスは全てを悟ったという。ミリーウス司法公の仕打ちに思いを巡らせながらも、公妃は表向きにこやかに振る舞い、会談の卓に着いている。メレザの側は司法公から受けた仕打ちに触れるのを避け、育ての親である
ヴァンス・フリートンの近況を尋ねた。公妃によれば、現大統領の求心力は既に衰えて久しく、
帝国本土への侵攻の失敗で失われつつあるという。軍が実権を取り戻しつつある中でも、フリートン大統領は今回の交流を喜び、メレザの帰還を心待ちにしているとも付け加えられた。メレザは少し笑ってみせたものの、返答を濁し、柔和な面持ちの公妃に戦後セトルラームの在り方を問うた。公妃が示したのは現体制の腐敗に対する改革の約束であり、謝罪の言葉は約束の外に置かれた。改革を急げば相応の流血を伴う、との見通しも、公妃は率直に伝えている。この会談を機に、メレザは母国への復讐を先送りにする決意を固め、笑顔の公妃と熱い抱擁を交わした。
有志連合による戦時武力介入
ジクリット・リンドブレイム大将の率いるツォルマリア艦隊は、同4492年、
イドゥニア星系への進撃を開始した。戦場では奴隷によるサボタージュが相次ぎ、
帝国本土にも反戦運動が広がっていく。厭戦の空気に覆われた連邦軍の疲弊も深く、両国はともに、戦争の継続はもはや不可能との結論に行き着いた。短い休戦を挟んだ同4500年、企業連合を含む3陣営は講和条約を結び、帝国艦隊の本国侵攻から数えて19世紀に及んだ
新秩序世界大戦を終結させた。晴れて故郷の土を踏んだメレザは、
ヴァンス・フリートンと再会を果たし、その思いの丈を存分にぶつけている。狼狽するばかりの育ての親を見苦しく思った彼女は、相手の頬を幾度も殴打し、周囲の側近を慌てさせた。止めの一撃を振りかぶったところで、
アリウスから意外な知らせが届く。ミリーウス司法公の保護下で
不老化を遂げた両親が、無事に生きているという報せである。戦死したと思われていた兄も、貴族として出世していた。血塗れの育ての親に、メレザは真意を問い質す。ヴァンスは、当時の政治情勢と自らが置かれた状況を、淡々と話し始めたのであった……
そして現代へ
戦後のメレザは、新時代における各国間の和解を後押しするシンポジウムを主催し、貧困の根絶を掲げた国際事業にも携わった。同5000年の改暦セレモニーで
文明共立機構が発足すると、祖国
セトルラームも同時に民主化を遂げ、彼女の悲願はついに果たされた。式典の会場で、メレザは複数国の元首となって久しい
アリウス公王と挨拶を交わしている。しょぼくれ気味の
フリートン大統領や、
イドラム2世をはじめとする各国の首脳とも、言葉を交わした。元気に笑顔を振りまく
トローネ皇女(当時)の姿を見届けた後、彼女は今は亡き恋人に別れを告げ、静かに会場を後にする。鎮魂の旅を終えたメレザの前に広がっていたのは、未曾有の繁栄を謳歌する
共立世界〈
パルディ・ルスタリエ〉であった。平和を喜ぶ一方で、いつか崩れ去る悪夢に、彼女は深い恐怖を抱いたらしい。共立公暦630年、新たな共立社会に向けて地道な活動を重ねたメレザは、ハト派の推挙を受けて常任最高議長に祭り上げられた。世界平和に奔走する議長の姿は多くの人々の心を動かし、過去の惨劇で斃れた魂の一つ一つに、約束の言葉が綴られていった。
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最終更新:2025年03月08日 00:38