概要
経歴
幼年時代
宇宙新暦2602年。航空宇宙軍府が統治する惑星ギルマリス、地方都市タイパルーナを治める名門貴族レクネール家の末子としてメレザは生まれた。当時のパレスポル星系は、間もなく襲来するであろう帝国艦隊の脅威に騒然としており、軍による厳格な統制が敷かれていた。温かくも厳しい両親のもとで、メレザは何不自由のない生活を送っていたが、父親の造反計画が咎められ、幼い彼女は一族から引き離されてしまう。その後、メレザは少年学校を卒業するまで軍の保護下で育てられた。2615年。13歳となったメレザは市民の暴動に乗じて脱出を試み、空港へ向かう途中で父の政敵である
ヴァンス・フリートンと遭遇してしまった。この時、メレザは恐怖のあまり失禁するほどの状態に陥ったが、ヴァンスは護衛の拘束を制止し、その場で少女の保護を命じた。この一件は後日、レクネール家の将兵らの抗議を招いたが、指揮系統の統一を目論んでいたヴァンスはメレザの境遇を政治的に利用し、軍との対決姿勢を強めたのである。こうしてメレザは大人たちの権力闘争に翻弄され、一切の外出を禁じられたまま従士としての勉学を強いられた。
従者時代
そのようにして、2622年。晴れて連邦軍大学を卒業したメレザ(当時20歳)は、2等侍従官の資格を取得し、レミソルトインフリー家に雇われた。これはまた、ヴァンス・フリートンによる助言という名の誘導に従った結果であったが、当時のアルバス大公はフリートン政権の飾り物(傀儡)に過ぎず、名門出身であるメレザはその実、監視要員として潜入させられていたのが真相だった。育ての親であるヴァンスを信じようと自分に言い聞かせていたメレザは、繰り返される権力闘争の苛烈さに衝撃を受け、一時適応障害を引き起こすほど心を病んでしまう。夜中に徘徊するメレザを怪しく思ったミリーウス司法公は、臣下に彼女の身辺調査を命じ、事の真相を知った。後日、ミリーウスに呼び出されたメレザは、「忠誠」か「死」の選択を迫られ、三元君主に忠誠を誓ったのだという。こうして2650年、下僕としてのメレザを「完成」させたミリーウスは、彼女にフリートン本家へ帰省するよう命じ、偽りの報告をヴァンスに行わせた。しかし、この時点でアルバスが反意を抱いていることを予見していたヴァンスは、メレザに真実を話すよう迫ったという。
スラム街における逃避行
一体、何が起きているのか?当のメレザにとってはもはやどうでも良いことであり、この地獄から逃れられる唯一の道を信じてヴァンスに助けを求めた。しかし、そんな彼女を見据える彼の視線は冷たく、その場で待機するよう命じられたのである。己の愚かさを悟ったメレザは、道中の警備を何事もなかったかのように欺き、そのまま現場に戻ることなくスラム街の奥深くへと歩みを進めた。だが、そんな彼女を待ち受けていたのは、武器を手に獲物を待ち構える反政府ゲリラのバリケードだった。大統領令嬢として知れ渡っていたメレザは、危うく拘束されかねない状況に陥ってしまう。追い詰められた彼女に救いの手を差し伸べたのは、学生時代に知り合った■■■であった。彼はメレザと同じ没落貴族の出身で、今は不条理な階級社会を変えるために戦っているのだという。彼らは自分たちの活動に協力することを条件にメレザの安全を保障した。彼女に選択の余地はなかった。
メレザは彼らとの長きにわたる潜伏生活の中で、徐々に人らしい感情を取り戻していく。そして、スラム街での交流を通じて、心の底から己の無知を恥じた。■■■は、そんな彼女が憎悪の矢面に立たされないよう、あらゆるツテを頼りに、現体制に不満を抱く裏社会の協力を取り付けることに成功したのである。メンバーの教育係として板につき始めた頃には、本気で彼らの思想に共鳴し、体制を変えられると信じていた。だが、ミリーウス司法公の策謀に泳がされているとは知らなかった。2705年、スラム街における治安維持軍の頂上作戦が本格化すると、メレザは一方的に支度を命じられ、訳も分からぬまま■■■によって連れ出された。この十数年の間に国外へ脱出する有力なルートを確保していた彼は、メレザにできるだけ遠くへ旅立つよう助言し、そのために用意した粗末な移民船に嫌がる彼女を押し込んだ。不敵な笑みを浮かべる彼の背後からは、事態の揉み消しに躍起となったヴァンスの私兵部隊が迫っており、メレザは別れを惜しむ間もなく移民船の扉を閉じられた。
漂流難民として
故郷を脱出したメレザは、一人■■■が用意した恒星船の中で泣いていた。タッチパネルを操作すれば大抵のことをこなしてくれる環境ではあったが、メレザを励ます者はもう誰もいない。父親は反逆準備罪で投獄されたと聞く。母親は一人遠い地で軟禁されているらしい。優秀だった兄は父の咎で戦場の最前線へと飛ばされ、おそらく戦死したものと思われた。幼年期にメレザを慕っていた友人は皆、自分に災いが降りかかることを恐れて離れてしまった。肝心の恋人は、メレザを助けるために自ら愚策を弄し、全てを破綻させたのである。当のメレザにとって、これは何かの悪い夢のように思えてならなかった。そんな自分は今、何も決断できず、何者も救えず、この有様である。疲れ切ったメレザは自殺を図るため、適当な道具を用意するよう管理モニターに指示した。だが、管理モニターは彼女の要求に応えず、内精神薬を提供してくる。ここで初めてメレザは怒号を発し、管理モニターを叩き割ろうとした。しかし、頑丈な素材で作られた管理モニターには一欠片のダメージも与えられず、メレザは己の力のなさを心の底から呪った。広い船内でたった一人、気が狂うほどの孤独な旅の中、このような日々が何年も、何百年も続いていく。唯一の心の拠り所は、データブックに保存されている大量の絵や音楽、そしてそれにまつわる壮大な物語の数々であった。メレザはそれが■■■の創作物であると確信していた。彼が思い描く優しい世界の物語。そのような理想を実現できたなら……
孤独な創作活動
宇宙新暦3824年。メレザはいつものように創作を行い、物語の完成を目指していた。彼女は亡くなって久しい■■■の作品を引き継ぎ、自らの設定へと昇華させたのである。彼女が描くその物語は、誰もが己の人生を全うできる平和な世界への道程であり、共立の在り方を巡る様々な哲学的問いが散りばめられていた。孤独な作業の中で、メレザは自らに問う。人類は愚かで繰り返す、低劣な種族なのか?憎み合う個人が手を取り合い、妥協することは幻想か?弱者の存在を否定した強者に残るものは何か?権利とは何か?義務とは何か?といった思考実験を幾度となく重ねるうちに、自分が理論武装していることに気づいた。メレザは、この1000年分の憎悪を母国(セトルラーム)にぶつけてやろうと夢想しつつ、それが不毛であることを再確認したのである。メレザは思った。セトルラームが建国される以前、遥かな時代に漂流難民を導いた始祖ルドラスもこのような気持ちだったのか、と。やがて、メレザが搭乗する移民船は付近を航行する飛翔体に捕捉され、孤独の時代に終止符を打つ流れとなった。
メレザと愉快な男達
宇宙新暦4189年。長きにわたるメレザの旅は、得体の知れない所属不明艦との邂逅をもって終わりを迎えた。未だかつて聞いたことのない言葉を話す同胞たちの様子にメレザは大きく戸惑ったが、優しく理解しようと努める艦長らしき男(
ジクリット・リンドブレイム)のフォローを受け、これまでの苦労を思い出してしまう。この人間らしい対応に感極まったメレザは、その場で泣き崩れ、屈強な男たちを困惑させた。4190年。男たちの教育を受け、ある程度の言葉を習得したメレザは、彼らが古代ツォルマリア文明に連なる異星人であることを知る。それはつまり、断絶して久しいツォルマリア人の母星が健在であるという、信じがたい話であった。そして、1000年以上にわたり孤独な逃避行を続けてきたメレザを、彼らは何の悪意もなく歓迎したのである。メレザは彼らに恩返しするため、これまでに培ってきたあらゆる知識を伝えた。男たちは終始、メレザの話を真剣に聞いていたが、時には至近距離に迫り、遠慮がちなメレザを困惑させたのだという。メレザは男所帯であるこの船の語り手となり、退屈極まりない調査航行の暇を埋めていった。解析班が詰めるラボラトリーエリアでは、メレザの移民船も保管されており、男たちは彼女の生まれた社会が極めて過酷であることに衝撃を受け、主権を揺るがす一大案件として故郷に報告を送った。
新天地における再生
宇宙新暦4245年。メレザを伴う男たちの旅は、故郷であるツォルマリア星系への到着をもって終わりを迎えた。最後のゲートアウトを行った先に広がる光景は、物々しく武装した夥しい数の宇宙艦隊であり、その威容を前にメレザはセトルラームの圧政を連想してしまう。震えるメレザの肩をジクリットはゆっくりと叩き、また会えることを約束して彼女の背中を押した。そうして彼らのグループ本社に引き渡されたメレザは、連日にわたる保安当局の尋問を受け、全ての捜査に協力した。この間、メレザの無事を心配する男たちは彼女の物語を広く世間に知らしめ、その知名度を一気に高めた。やがてメレザの身柄を解放せざるを得なくなった保安当局は、メレザに生活のための手続きを説明し、その身分を保障した。この段階に至り、メレザはようやくここがツォルマリア人の故郷であることを実感したのである。男たちと再会したメレザは彼らの抱擁を受け、歓迎パーティーに同行しようと歩みを進めた。ただ一人、押し黙る長身の副官を除いては。
忘れられなかった過去
宇宙新暦4351年。出版社でのメレザの仕事が安定してきた頃を見計らい、副官だった男はその計画を持ちかけた。曰く、異世界の語り手となったメレザの物語は多くの活動家を魅了しており、もし彼女にその気があるなら、政治組織の結成も夢ではないという内容である。この話に対し、当初、何を言っているのか理解できなかったメレザだが、男がこの日のために資金作りに努めてきたことを知ると、侮蔑の感情を抱いてその頬を叩いた。ショックで固まる男を前に、メレザは語った。自らの出自を。利権を巡る貴族家同士の争いに苦しめられたことを。育ての親でもある独裁者(ヴァンス)に政治利用されたことを。独裁者の政敵に脅され、地獄の日々を過ごしたことを。恋人を失うまでの過程を、全てぶちまけた。男は自らの無礼をメレザに謝罪し、その場から去っていった。メレザは思う。このまま故国の存在を忘れてしまいたかった。何事もなかったかのようにこの地で一生を終えたかった、と。
帰還するメレザ
その時、新たな歴史の扉が開く。宇宙新暦4395年。ツォルマリア星域主権企業連合体(
後の連合直轄領)が新世界とのセカンド・コンタクトを果たすと、イドゥニア星系で苛烈な弾圧に晒されていた夥しい数のツォルマリア人が難民として殺到し、バラノルカの社会に多くの混乱をもたらした。さらに10年を経て、
イドゥアム帝国が企業連合の使節団を処刑すると、時のナスーラ議長は同国に対し、あらゆる航路の封鎖に踏み切った。4425年。先の難民からなる宇宙艦隊が結成されると、多くの有志がこれに呼応し、全面戦争は避けられない見通しとなった。4426年。
セトルラーム共立連邦との軍事同盟が成立すると、ナスーラ議長はこれを旧時代の宿業を終わらせる原動力とすることに合意し、イドゥアム帝国に宣戦布告を行った。この同盟条約には、戦後、セトルラームが有する全ての植民地を解放することが記されており、軍の特使として交渉任務に当たっていたアリウス第二公妃は、帝国以上に厄介な企業連合を牽制すべく、今次戦争の早期停戦を模索した。4449年。そうした努力が功を奏し、外交使節として派遣されたメレザ・レクネールと相対した時、アリウスは全てを悟った。そして、ミリーウス司法公がメレザに行った所業を沈思するが、表面上はにこやかな態度を取り繕い、彼女との会談に臨んだ。メレザはミリーウスから受けた一連の仕打ちには触れず、育ての親である
ヴァンス・フリートンがどのように過ごしているのかと質問した。ここでアリウスは、現大統領の求心力がすでに弱体化して久しく、帝国本土への侵攻作戦の失敗で失われつつあること、再び軍が実権を取り戻しつつある中、フリートン大統領はこの度の交流を喜び、メレザの帰還を心待ちにしていると答えた。メレザは少し笑ってみせたが、明確な返答を避け、柔和な様子のアリウスに対し、戦後セトルラームの在り方について意見を求めた。アリウスは現体制の腐敗に対し、然るべき改革を約束するが謝罪はせず、性急に事を進めるのは得策ではなく、それなりの流血が伴うとメレザに伝えた。これをもって、メレザは母国への復讐を先送りにする決意を固め、笑顔のアリウスと熱い抱擁を交わしたのだという。
有志連合による戦時武力介入
宇宙新暦4492年。
ジクリット・リンドブレイム上級大将率いるツォルマリア艦隊がイドゥニア星系に進撃を開始すると、戦場では突如奴隷によるサボタージュが頻発し、帝国本土で反戦運動が広がった。同時に厭戦気分が蔓延する連邦軍も酷く疲弊しており、両国ともに「これ以上の戦争継続はもはや不可能」との結論が導き出された。少しの休戦期間を経た4500年、企業連合を含む3陣営はついに講和条約を結び、およそ19世紀にわたって続いた未曾有の星間戦争を終結させた。晴れて故郷に帰還したメレザは
ヴァンス・フリートンとの再会を果たし、その思いの丈を存分にぶつけた。アリウスと違って狼狽するヴァンスを情けなく思ったメレザは、彼の頬を幾度となく殴打し、周囲の側近を慌てさせた。さらにトドメを刺そうと振りかぶった時、アリウスから思いもよらぬ知らせを受け取った。それは、ミリーウス司法公の保護下で不老化を遂げた両親の無事を知らせる内容だった。さらに戦死したと思われていた兄も貴族として出世を遂げており、メレザは血塗れとなったヴァンスの真意を確かめた。ヴァンスは、当時の政治情勢と自らが置かれた状況を淡々と話し始めたのであった……
そして現代へ
その後、メレザは新時代における各国間の和解を促進するためのシンポジウムを主催し、貧困の根絶など様々な国際的事業を担った。宇宙新暦5000年の改暦セレモニーで
文明共立機構が発足すると、祖国セトルラームも同時に民主化され、メレザの悲願がついに達成された。この頃、複数国の元首となって久しいアリウス女大公をはじめ、しょぼくれ気味のフリートン大統領や、イドラム2世、その他の首脳と挨拶を交わし、元気に笑顔を振りまく
トローネ皇女(当時)の姿を見たメレザは、今はなき恋人に別れを告げ、静かにその場を立ち去った―――それからしばしの時が経ち、鎮魂の旅を終えたメレザの前に現れた光景は、未曾有の繁栄を謳歌する共立世界〈
パルディ・ルスタリエ〉であった。メレザは、この平和を喜ぶ反面、いつかそれが崩壊してしまう悪夢に大きな恐怖を抱いたのだという。共立公暦997年。新たな共立社会のために地道な活動を続けたメレザは、ハト派の圧倒的な支持を背景に常任最高議長に祭り上げられる形となった。日々、世界平和のために奔走するメレザの姿は、少なからぬ人々の心を動かし、過去の惨劇で斃れた多くの魂に約束の言葉が綴られたのである。
関連記事
最終更新:2025年03月08日 00:38