| 生年月日 |
不明 |
| 年齢 |
不明 |
| 出生地 |
ロフィルナ連合王国シャンルリ自治州(転移前) |
| 民族 |
ロフィルナ人 |
| 所属組織 |
フィロム・アーツ学会 |
| 職業 |
魔法考古学者 |
| 異名 |
千古漂泊(アークスペクトラ) |
概要
自己紹介
ラルサ・キサラムだ。旧世界から渡ってきた
転移者でね、向こうの話は、聞かれた分だけ答えることにしている。今は
フィロム・アーツ学会の探相院で、遺物の測り役をやっているよ。異次元の探査に付いて行って、持ち帰った品の揺らぎを読むのが仕事だ。学会には、会員が一人一つずつ問いを抱えておく決まりがあってね。私の問いは、古い遺物が何を覚えているのか、というものだ。入会の時に書いた文言から、まだ一字も動いていない。気の長い話だろう? 「千古漂泊」なんて渾名も頂戴したが、遺物を追って渡り歩いていたら、名前の方が先に遠くまで歩いて行っただけの話さ。三大魔導師に数えられているのも、正直に言えば持て余している。戦うより測る方が、よほど性に合っているんだ。仲間の消息は、私なりのやり方で拾っている。名を売るのは
ユールに任せて、こちらは記録の隅を読む役回りだ。……返事を待っている手紙も一通あるが、催促するつもりはないよ。遺物の年代測定に比べれば、待つ時間なんて短いものさ。まあ、気軽に声をかけてくれ。
来歴
ラルサの歩みは、旧世界の辺境で遺物に触れた幼年期に始まり、追随転移による離散を境として、二つの世界に跨っている。
出自
ラルサの郷里は、ロフィルナ連合王国の版図の縁に位置する自治州で、農地と小さな鉱山が住民の暮らしを支えていた。地の底で時間が歪むとの口承が古くから住民の間に伝わっており、土の下から掘り出される品には、既知の分類の枠を外れる遺物が混じっている。幼いラルサは州内の発掘現場に通う研究者の後を追い、土を払う刷毛の運びから記録の付け方までを、正規の課程に入る前に目で覚えた。弟の
ヨークも兄に付いて現場を駆け回り、出土品を運ぶ小さな背中は、作業員の間で見慣れた姿になっている。連合王国の中央学術機関に進んだ後、ラルサは魔法考古学の分野に籍を置き、古典古代の遺物を専門とする研究者として頭角を現す。他の研究者が異常値として捨ててきた測定結果を拾い集め、揺らぎの内側に一定の型が潜むとする仮説を提出したのも、この時期にあたる。学界の主流は仮説を懐疑の目で迎えたものの、一部の研究者は手法の確かさに関心を寄せ、測定の手順を問う書簡が研究室に届いた。
転用
ラルサが転用の事実に行き当たったのは、自らの論文を引く文献の一覧に、軍事技術部門の名を見つけた時である。魔法考古学の部門は遺物の年代測定と性質分析を受け持ち、組織の上では、跨層偏移干渉システム(通称TALIS)を進める部門の指揮系統の外に置かれていた。解析の記録を運んだのは省庁の間で基礎研究の成果を共有する制度であり、提出された記録は、TALISの理論を組み上げる班の閲覧に供されていた。世界線の間に人為の干渉を起こす構想は、ラルサが遺物から読み取った
古典古代の時空特性と、理論の根で繋がっていた。気づいた時点で、TALISに伴う軍事行動は既に複数の地域で実行の段階に入っている。成果の行き先がどの段階で、誰の判断によって決まったのかを追ううち、ラルサは
ユール・ラインストラを中心とする抵抗勢力に行き着いた。施設の展開に伴う制圧で故郷を追われた者たちに接し、自らの研究が招いた帰結の重さを抱えたまま、ラルサは勢力への合流を決める。弟が旧世界で死亡したとの報せを、ユールは合流の時点で既に得ていた。ラルサの耳に届いたのは、合流から暫く後のことである。
漂泊
抵抗勢力に加わったラルサは、情報の分析と作戦の下準備を受け持った。学術機関で目にした施設の配置図は、研究工程の記録と照らし合わされ、追跡の対象が次に身を寄せる拠点を割り出す材料となり、勢力の動きに先回りの余地を与えている。辺境施設での捕捉も、稼働工程の切り替わりからラルサが割り出した日取りに合わせて組まれた作戦であった。追い詰められた対象が転移媒体で世界を離れた際、ラルサは媒体の残した歪みの向きを読み取り、
矛盾の濁流を凍結させる手段で仲間とともに後を追う。渡る途中で空間の散らばりに呑まれた一行は、互いに遠く離れた座標へ投げ出された。
共立世界に降り立ったラルサは、身一つのまま
バブルレーン空間で回収された魔法遺物の解析に手を付け、結果をまとめた論文が
フィロム・アーツ学会の招聘を呼び込んでいる。学会に籍を得た後も、離散した仲間の消息は自前の情報網で追い続けてきた。共立公暦999年には、
シャンルリ王国の首相府に宛てて、弟と同じ姓名を持つ元帥の素性を問う書簡を送り、弟が生前に扱った遺物の石片を封筒に添えている。
研究
学会におけるラルサの仕事は、遺物の揺らぎを測る作業と、測った結果を世に出す時期を見極める作業の二つを軸に回っている。
所属
籍を置く部門は
フィロム・アーツ学会の探相院で、異次元探査の班に計測の側から加わる解析官を務める。探査に出る際は院の班員と同じく測抗器を携え、持ち帰った品の揺らぎを読む作業が本務の大半を占める。三大魔導師の名で呼ばれる身でありながら、執行理事会の序列からは距離を置き、肩書は解析官のまま据え置かれた。派閥の名簿に名を載せる手続きを、ラルサは入会以来先送りにしてきた一方、秘奥派の保管する古代文献とは研究の接点が多く、写本の照合を頼まれて派閥の書庫に通う日もある。入会の審査で登録した携題は、残痕を帯びた遺物が何を記録しているのかという問いであり、登録の当初の文言のまま、今も欄に残っている。揺らぎの測定を示した論文は目録局に送られたものの、術式による再現は今も試みの途上にあり、仮説は片証の棚に置かれた。進歩派の会員は応用に着手する許しを繰り返し求めてきたが、片証の段階での応用を、ラルサは一貫して拒む。解析成果の一部が双証を経た際には、時空への干渉に通じる箇所について、封緘目録への移管を自らの手で申請した。
残痕仮説
仮説の出発点は、
ヒュプノクラシアの時空を「主客の関係性」として捉える
ドゥルーズ時空の理解にある。学界の通説では、「神の沈黙」を境に世界は別の支軸を持つ空間へ移り、その法則に縛られるとされてきた。ラルサの仮説は、この通説に修正を迫る。郷里のシャンルリ自治州で出土した遺物の一部が、
レトロジックの残滓を微量に保つとする内容である。計測機器にかけた遺物の数値は、大半の研究者にデータの不備として処理されてきた。揺らぎに反復する型を見出したラルサは、ドゥルーズ時空に固有の非線形な時間の性質と相関する可能性を指摘している。遺物が自治州の地下に偏って眠る理由については、地質の構造そのものが時空の「綻び」を抱えるとみなし、地の底で時間が歪むとの口承も、住民が残痕の影響を経験から言い当てた証左と論じた。残痕の及ぶ土地で死を迎えた者は別の世界線で生まれ直す、との見立ても同じ仮説の延長に置かれ、
転移者の研究に一つの筋道を与えている。仮説は秘奥派が長く保持してきた古代文献の記述と複数の箇所で重なり、学会が招聘に踏み切った背景には、論文の評価に加えて、秘奥派の研究課題との近さが働いたとされる。
時の揺らぎ
学会の名簿で生年の欄が空白を保つ事情については、会員の間に複数の解釈が並ぶ。最も穏当とされるのは転移に伴う記録の散逸とみる説で、旧世界の公文書を辿る手立てが絶えた事情を挙げる会員は多い。郷里の地下で残痕に長く触れた結果、時間の属性そのものに曖昧さが生じたとみる説も、一部の研究者の間で唱えられてきた。後者の説に与する者は、本人が語る旧世界の出来事の順序と、発掘の記録に残る年代とが噛み合う箇所の少なさを材料に挙げる。携題舎から名簿の欄を埋めるよう求められた際、ラルサは生年の代わりに携題の登録日を書き込み、書類は、そのまま受理された。議論の場に引き出されたラルサは答えを避け、測定の手順を語る段になると口数が増える。研究の対象と自らの身体が同じ揺らぎを抱える可能性について、本人の発言は、いずれの記録でも結論の手前で途切れている。
人物
過去を語る機会の少ないラルサの人柄は、学会の同僚が日々の振る舞いから拾い集めた見聞を通じて、少しずつ輪郭を得てきた。
容貌
端正な顔立ちに切れ長の鋭い目元が加わり、平らに凪いだ表情が、初対面の相手を身構えさせる。長い黒髪と紫の瞳に、古代の文様を織り込んだローブを纏う出で立ちは、
古典古代の『
魔王軍』を連想させるとの声が多い。学会の新入りが先輩のもとへ「あの人は本当に味方なのか」と確かめに行く光景は、入会の時期が巡るたびに繰り返されてきた。親切心から助言を述べた場面で、相手が「脅された」と受け取った事案も記録に残る。本人も誤解の構造を自覚しており、表情を和らげる工夫を一時期は試みたものの、周囲の怯えは却って深まり、試みは早々に打ち切られている。数日を共に過ごした相手の評価は例外なく好意の側へ傾くため、新入りの問いを受けた古株の会員は、笑って質問者を研究室の前まで連れて行く。扉を開けた先で迎えるのは、持ち込まれた質問に手持ちの資料を全て広げて答える解析官の姿である。
気質
判断の拠り所は感情より論理に置かれ、情報が出揃う前の即断を嫌う。結論の時期を後ろへずらす姿勢は、周囲から慎重に過ぎると評される場面もある。理由を問われたラルサは「拙速な判断が致命的な結果を招いた例を知っている」と答え、旧世界での具体的な経験には言及を避けた。知識の共有を重んじる姿勢は一貫しており、学会での講演に時間を割くうえ、後進の指導にも手を抜く気配を見せる場面は皆無に近い。研究上の競争相手にさえ有用なデータを差し出す一方、差し出す際には使い道を尋ねる一行を必ず書き添え、返答を寄越した相手に限って次のデータを送る。用途を確かめる手順は、学術の成果が本人の手を離れて別の用途へ流れた経験から身についたものである。講演の質疑で応用の見込みを問われた場合も、ラルサは測定の精度と仮説の限りを先に述べ、用途の話は質問者の側に委ねる。後進が持ち込んだ仮説の誤りを指摘する際には、誤りに至った筋道の独自さを先に拾い上げてから、手順の見直しを一緒に始める。
嗜好
息抜きに選ぶのは
古代の詩の解読であり、調査の旅程の合間を縫って各地の文献収蔵施設に足を運び、未翻訳の詩篇を探す。詩篇の韻律から書かれた土地の発音を推し量る作業は、遺物の出土地を絞り込む手がかりにも転じた。訳し終えた詩は手帳に書き留められ、人目に触れる機会を得るまでの間、研究室の書棚の奥で冊数を重ねている。手帳の背には採集した施設の名が日付を添えて記され、同じ詩篇の異本を見つけた日には、古い冊子を引き出して余白に違いを書き足す。食事は研究の合間に挟む作業として扱われ、解析に没頭した日には、食卓に着く時刻そのものが記憶から抜け落ちる。研究室の机には、封を切られただけの携行食の包みが、日付の古い順に並んでいく。旅先の宿でも夕食の席に現れる時刻は遅く、厨房の火を落とす間際に収蔵施設の閲覧票を抱えて戻る姿を、宿の主人たちは見慣れたものとして迎えてきた。
人間関係
ラルサの交友は、旧世界から引き継いだ縁と、学会での研究を通じて結ばれた縁の二筋に分かれ、いずれも研究の行方と深く絡み合う。
家族
旧世界で共に発掘現場を駆けた弟を、ラルサは長く死者の側に数えてきた。同じ姓名を持つ元帥の噂が届いた時、兄の手は解析の途中にあった遺物を置き、照会の文面を三日かけて整えている。封筒に添えた石片には、本人を確かめる手段に加えて、前世の記憶を呼び戻す契機の役も託された。安否を問う手紙と仮説を確かめる試みが一通の封筒に同居した形であり、どちらの答えを先に待っているのか、ラルサ自身も判じかねている。書簡を送り出した後、兄は催促を重ねる代わりに、学会の研究室で返信を待つ日々を選んだ。元帥の側では記憶の帰還から時を経ても便箋の書き損じが続き、旅券の申請だけが先に提出されている。同僚が遅れを案じて声を掛けると、ラルサは遺物の年代測定に比べれば短い待ち時間だと答え、話題を解析中の品へ戻す。研究室の机の引き出しには、送り出した書簡の控えが、旧世界の発掘記録と同じ束に綴じて仕舞われている。
旧世界の縁
抵抗勢力に合流した日から、ラルサの隣には常にこの女が立っていた。前線で剣を振るう指揮者に施設の工程を読み解く分析者が組み合わさり、追跡の段取りは互いの得手で補い合う形に落ち着いている。弟の訃報を遅れて伝えられた際、ラルサは遅れを咎める言葉の代わりに、知らせを運んだ手間への礼を述べた。以来、二人の間には、互いの痛みに触れる順番を相手に委ねる気遣いが残る。
共立世界で再び顔を合わせた後も、研究に没頭して食事を忘れる癖は相変わらずで、皿を突き出されたラルサは文句一つ挟む間もなく平らげる。表情を和らげようとした試みを一言で退けたのも、顔が怖いだけで中身は世話焼きだと周囲に言って回るのも、この女である。
闘争競技の記録に載り続ける紅刃爆雷の名は、ラルサにとって旧友の健在を確かめる目印となっており、試合の結果が更新されるたびに、研究室の壁の地図へ印が一つ増える。
ユールの夫であった男とは、旧世界で数年にわたり、互いの手を読み合う敵として向き合った。ラルサが割り出した施設の稼働工程は襲撃の計画に組み込まれ、その襲撃を後背で受け止める側に、この男の防衛線が敷かれていた。互いの顔を知るより先に、相手の陣立ての癖を把握し合う往復が続き、防衛線が居住区画を内側へ抱え込む傾向を、ラルサは早い時期に見抜いている。
共立世界でのやり取りは、TALISの決定過程を問うラルサの照会から始まった。返ってきた書面には日付を添えた施設の名が並ぶばかりで、所見の欄は空白のまま閉じられていた。抗弁を予期していたラルサは、空白の欄を前に、憎むべき敵の像を構造の証言者の像へ置き換える作業に着手している。理論を差し出した自分と、施工を引き受けた男との間で、責任の質がどう違うのかという問いは、今も研究室の机の上に開かれたままである。照会の事実をユールに伝える時期についても、ラルサは判断を先送りにしている。
追及
旧世界でTALISの計画を推し進めた人物は、
セトルラーム共立連邦の大統領と同じ名を持つ。ラルサにとって、この男は憎悪を向ける的というより、決裁の経路の終点に記された一つの名である。両者が同一の個体であるか否かは未確定のままで、仮に同一性が成り立つ場合、学術データの軍事転用を承認する過程に、この男が関わった疑いが問われることになる。別個の分岐個体であった場合も、旧世界の権力機構が学術研究を軍事の目的に取り込んだ構造は、事実として残る。ラルサが求めているのは決裁の経路を示す文書の束であり、渉聞室を通じて閲覧の許可を得た旧世界関連の資料を、一頁ずつ時系列に並べ直す作業が続く。追跡の矛先を名前一つに絞るユールの流儀と、構造の全体を描き出そうとするラルサの流儀は、同じ相手を前にして別々の道筋を辿ってきた。大統領の側がラルサの研究に向けた反応は、公の記録の上では空白のままである。
共立世界でTALISの技術的構想を提唱した科学者の論文は、ラルサの手で旧世界の理論と一行ずつ突き合わされてきた。構想の骨組みには、ラルサの提出したデータから組み上げられた旧世界の理論と重なる箇所が複数あり、二つの世界の研究が同じ結論に辿り着いた経緯を確かめるため、ラルサは構想の出発点を問う書簡を送っている。返信は丁寧な挨拶に始まり、質問への答えを半ばで切り上げたうえで、ラルサの手元にある測定の原記録を研究所へ持ち込んでほしいと結ばれていた。原記録の提供を、ラルサは即座に断っている。公刊済みの論文の写しだけを送り返した後も、研究所からは見学の招待状が季節ごとに届き、封を切られた招待状の束が研究室の棚に積み重なっていく。柔らかな文面の奥に、測定値への飢えを見て取ったラルサは、この科学者との往復書簡を全て封緘の申請書と同じ棚に収めた。
学会
三大魔導師の名で並べて呼ばれる相手であり、学会の催しで顔を合わせる機会は年に幾度かある。過去の遺物の扱いを取り仕切ってきた経験を持つ女は、ラルサが封緘の申請を出した経緯にいち早く関心を示し、成果を世に出す時期の見極め方について、長い議論を交わす間柄になった。力を振るう重さを知る者同士の会話は、結論を先へ延ばす点で歩調が合い、議論は大抵、次の催しまで持ち越される。笑みを湛えた女の隣に凪いだ表情の解析官が立つ光景は、学会の新入りにとって格好の比較の材料となった。研究室の前で足を止めた新入りがいると、この女は自ら手を引いて扉の前まで連れて行き、紹介の言葉を添えて立ち去る。紹介を受けた新入りの多くが、翌週には質問を抱えて自分から研究室を訪ねてくるため、ラルサは女の手際に頭を下げている。遺物の性質を巡る照会が議長の執務の合間に届く日もあり、ラルサは測定の記録を添えて、その日のうちに返答を送り返す。
交流
同じ連合王国に生まれ、別々の経路で
共立世界へ流れ着いた内科医とは、ユールの情報網を介して知り合った。ラルサが自らの身体の診察を頼んだのは、時間の属性を巡る学会の議論に、医学の側から材料を加えたい一心からである。精密な検査の結果、骨から推し量った年齢は臓器の示す値と食い違い、医師は所見の欄に測定不能の四文字を書き込んだ。かつて自らの遺物に付けられてきた分類名を、今度は自分の身体が受け取った形であり、ラルサは診断書の写しを研究室の資料と同じ綴りに加えている。毒の効いた物言いで知られる医師も、この患者の前では検査の手順を一つずつ説明し、追加の測定にも根気よく付き合ってきた。大統領の身辺に近い医師の立場を案じ、ラルサは追及に関わる話題を診察室に持ち込む真似を自らに禁じている。診察の帰りに交わすのは、旧世界の郷土料理の名を互いに挙げ合う雑談である。
ユールの甲板で見かけた歌い手は、初対面の場で一歩後ずさった後、古い詩の訳を頼めるかと切り出してきた。歌の素材に古代の言葉を探していた若者の求めに、ラルサは韻律の読み方から手ほどきを始め、訳文の推敲には毎回の講義が添えられている。素材の選び方に口を挟む真似は、最初の講義から控えてきた。歌い手の父の名は、研究室に積まれた資料の束にも幾度となく記されているが、詩の訳を巡るやり取りに、その名が持ち出された例は皆無である。決裁の経路を辿る仕事を目の前の若者の創作から切り離し、ラルサは二つを別々の机で扱うと決めている。歌い手が籍を置く部には、返信を書きあぐねているラルサの弟がおり、部員の賭けの行方まで歌い手の耳には入っている。それでも、ラルサは口添えを頼む言葉を胸に収めたままでおり、歌い手の側も、兄の研究室で弟の名を出す時機を、訳の講義が終わるたびに測り直す。
戦闘能力
ラルサの戦い方は、遺物から読み解いた古代の術式を
令咏術のホログラムシートに書き起こし、離れた間合いから相手を封じる個人の術技を軸に据える。古い術式の構造を詠唱へ移す速さは学会の内でも際立ち、古代の魔法陣を戦いのさなかに組み上げて展開するまでの間隔は、相手の一手より短い。
心属性の行使では認知を守る盾の展開を得意とし、
現象魔法による改変を受けた場面でも、改変の痕跡を捉えて現実の連続性の認識を保ち続ける。盾の働きは認識の側に及ぶもので、物理の衝撃を受け止める役は別の術式に委ねられる。
バブルレーン空間の理解を応用した空間転位も手札に加わり、交戦の最中に位置を瞬時に移して、相手の照準を空振りさせる。探相院の班員と同じく携える測抗器は、相手の術式の出力を読み取る操作が、そのまま押し返す力に転じる装備であり、ラルサは測定を攻撃の前段に組み込む。術式の発動には深い集中を要するため、至近距離からの奇襲や連続した高速の攻撃を受けた局面では、応手が一拍遅れる。上位属性を軸に据えた戦い方は精神の消耗が激しく、長引く交戦では集中の途切れが早く訪れる。消耗を見越したラルサは、詠唱を重ねる前に間合いを開き、勝負を短い時間で決める組み立てを好む。
語録
「酒は嫌いだ。判断力が鈍る。……付き合いで飲むことはあるが、翌朝の後悔まで含めて付き合いだと思っている」
探査班の帰還を祝う酒席で、三杯目を注がれかけて。翌朝、班の誰よりも早く研究室の鍵を開けていた。
「嘘をつくなら徹底しろ。中途半端な嘘は、真実より始末が悪い」
探査の報告書を取り繕った新人に向けて。書き直された報告書は、元の倍の厚さで提出された。
「地図を眺めるのは好きだよ。行く予定のない場所ほど、想像が広がる」
星図の束を広げたまま昼食を取る姿を、同僚に見咎められて。机に開かれていたのは、探査の予定から外れた宙域ばかりであった。
「年代測定で一番当てにならないのは、出土品に添えられた由来書きだ。人は物より先に嘘をつく」
古物商が持ち込んだ鑑定の依頼書に目を通しながら。添えられた証明書は、遺物より新しい紙に書かれていた。
「論理で詰めると怒り出す相手が多くてね。交渉の席では、怒る前に反論してくれと最初に頼んでいる」
共同研究の取り決めを詰める席に、学会の側の代表として呼び出されて。相手方は最初の反論を述べる前に休憩を求め、交渉は翌日に持ち越された。
「褒められるのは苦手だな。貶されるのは慣れているんだが」
講演を終えた壇上で、花束を差し出されて。受け取った花束は、そのまま隣の講師の腕に移された。
「金に興味が薄いと言うと高潔に聞こえるだろうが、実際は管理が面倒なだけだ」
研究費の残額を、経理の担当者から問われて。翌期から、帳簿の管理は礎営団の担当者に預けられている。
「面白い仮説だな。間違っているが、間違い方が独創的だ。もう少し聞かせてくれ」
携題舎の審査に招かれ、志願者の突飛な携題を前にして。審査は予定の刻限を過ぎても続き、志願者は入会を許された。
「測れないものを測れないと書くのも、立派な測定結果だ。白紙の欄を恥じる必要はないよ」
計測の欄を埋めあぐねて徹夜した新人の机に、報告書を返しながら。空欄を残したまま提出された報告は、目録局で受理された。
「仮説というのは厄介でね。愛着が湧いた瞬間から、欠点が目に入らなくなる」
自説の再検証を誰に任せるのかと問われて。指名を受けたのは、仮説に最も懐疑的な計測技官であった。
「片証の棚が分厚いのは、この学会の良心の厚みだと思っている。進歩派の諸君には、そう見えていないようだが」
理事会の廊下で、進歩派の証座に呼び止められて。証座は苦笑を浮かべて立ち去り、翌月に出された改正案も否決されている。
「私の書いた数字が、どこで誰の手に渡るのか。書く前に考える癖がついたのは、随分と遅かった」
若手から、自分の論文の謝辞にラルサの名を載せたいと申し出られて。若手の論文には、データの出所を記した頁が一枚増えた。
「答えを急ぐ人間ほど、問いの方は雑に扱う」
結論を急かす理事会の使者を、研究室の入口で迎えて。使者は質問票を一枚預かって、来た道を引き返した。
「怖がらなくていい。睨んでいるように見えるなら、それは君の資料の三頁目を読んでいるだけだ」
資料を差し出したまま固まった新入りに向けて。三頁目には、実際に計算の誤りが一つ見つかっている。
「食事? さっき済ませた気がする。……ああ、それは昨日の話か」
探査からの帰還後、医務室で体調を問われて。診察の記録には、栄養の欄に印が付けられた。
「新人の質問に『いい質問だ』と返すのはやめた。全部いい質問だからね、区別がつかなくなる」
携題舎の講義で、口癖を真似した受講生にからかわれて。以後の講義録では、質問ごとに番号が振られている。
「議論で勝つのは簡単だ。相手が黙るまで資料を積めばいい。それで得られるものは、大抵一つもない」
秘奥派の古参と写本の読みを巡って一晩論じ合った翌朝に。写本の該当箇所には、二通りの訳が並べて書き込まれた。
「千年前の詩人も締め切りに追われていたらしい。最終連の韻だけ、明らかに雑なんだ」
未翻訳の詩篇を読む手を休め、文献収蔵施設の司書に向けて。司書は笑って、同じ詩人の別の写本を書庫から運んできた。
「訳すというのは、死んだ人間に二度目の口を貸す仕事だよ。下手に貸すと、別人が喋り出す」
訳文の一節を意訳で整えてはどうかと、同僚に勧められて。手帳の訳文には、直訳の脇に注釈が書き足されていった。
「長引かせる気はない。私の集中が切れる前に、君の手札が尽きてくれると助かる」
探査先の遺跡で、武装した盗掘団と鉢合わせた折に。盗掘団の頭目は、測抗器の目盛りが振り切れる前に武器を捨てた。
エピソード
- バブルレーン空間から回収された遺物の一つが、研究室の棚の上で毎晩わずかずつ位置を変えた。一月かけて軌跡を記録したラルサは、遺物が回収地点の座標へ戻ろうとしている事実を突き止め、報告書を片証の棚に収めている。翌月から、棚の端には転落を防ぐ柵が取り付けられた。
- 三年がかりで訳し上げた古代の詩篇は、発掘地の村に今も伝わる子守唄と一字一句まで重なっていた。訳文を届けに出向いた解析官の前で、村の老人は最後の節まで歌い切り、写本から失われていた最終連が、村役場の帳面の裏表紙から見つかっている。
- 学会の公開講座で、子供から遺物の年齢を問われた魔導師は、年代測定の手順を一時間かけて説明し、結論は不明であると締めくくった。会場は拍手に包まれ、翌期の講座案内には、同じ演題が子供向けの欄に載っている。
- 空間転位の稽古で研究室の扉の外へ跳ぶはずが、出た先は隣の部門の予算会議の真ん中であった。配られた資料の数字に誤りを見つけたラルサは、その場で指摘を述べて退室し、会議は修正予算の採決で幕を閉じた。
- 応用の許しを求めて日参する進歩派の若手に、解析官は毎回、応用の代わりに再検証の手順書を手渡した。半年後に手順書の束を抱えて現れた若手は、片証の現象を一件だけ双証に押し上げており、派閥の内で表彰を受けている。
- 学会の懇親会で隣席の新入りが緊張のあまり茶器を三つ割り、ラルサは破片の割れ口から茶器の焼成温度を言い当てて場を和ませた。新入りは翌年、窯業の分析を携題に登録し、探相院の審査を通っている。
- 解析成果の封緘を急ぐあまり、ラルサは申請書の対象欄に研究室の部屋番号を書き込んだ。目録局は書面どおりに部屋ごと封印の手続きを進め、扉の札が剥がされるまでの数日間、本人は窓から研究室に出入りしている。
- 学会の避難訓練で警報が鳴り響く中、魔導師は解析を続けたまま、救助役の班員に担架で運び出された。担架の上でも測定値の読み上げは続き、運搬役の班員が記録係を兼ねる羽目になった。
- 異次元の座標を正確に読み当てる男が、本部の新棟では移転の初日から続けて道に迷った。見かねた礎営団が廊下の床に案内の矢印を引いたところ、解析官は矢印の塗料に混ぜられた鉱物の産地を言い当て、施工業者を青ざめさせている。
- 差し入れの焼き菓子の焼き加減を測抗器で読み取ろうとした結果、押し返す機構が働いて菓子は粉に変わった。差し入れた同僚は、翌週から匙で掬って食べる菓子を選んで持ってくるようになった。
- 古代の呪詛を刻んだ遺物を素手で持ち上げたラルサは、退避を叫ぶ班員を背に刻文を音読し始めた。文法の誤りを全て指摘し終えた頃には遺物の揺らぎが静まり、探査の記録には、鎮圧の手段として添削の二字が書き込まれた。
- 自炊を勧められて買い求めた鍋は、季節が一巡りした頃、遺物の洗浄槽として研究室の流しに据えられていた。購入の目的は、引き出しの奥から出てきた領収書の品名欄を、本人が鑑定して突き止めた。
- 迷子の子供を案内しようと屈み込んだ解析官の顔を見て、子供は泣き出し、保護者は警備員を呼んだ。誤解が解けた帰り際、子供は古代文字の読み方を一つ教わり、翌年の学会の見学会には最前列の席に姿を現している。
- 進歩派との討論会に、ラルサは反論の資料を台車三台分運び込んだ。討論は開始前に相手方の棄権で幕を閉じ、以後、討論会の会場には入口の脇に台車置き場が設けられている。
- 徹夜明けに研究室の床で眠り込み、出勤した同僚に遺物と取り違えられて分類番号の札を貼られた。目を覚ました魔導師は、札に書かれた分類の当否を確かめてから剥がしている。
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最終更新:2026年02月21日 23:45