ここでは旧富山港線(富山~岩瀬浜)について解説する
旧路線の詳細
旅客線(富山港線) 1924~2006
現在のライトレール部分(富山駅~奥田中学校前を除く)。
| 富山港線 | ||||
| 駅名 | 駅配線 | 廃止年 | 備考 | |
| 富山駅 | 1面2線 | 2006/3/1 | 配線の1面2線は富山港線が主に使用していた7,8番線。廃止年はJRの物。現在は富山駅北口→富山駅となっている。 | |
| 富山口駅 | 1面1線 | 2006/3/1 | 駅舎は解体済み。流通センター周辺で駐車場に転用。今も線路が一部残っている | |
| 薬専校前電停 | 1面1線? | 1943/?/? | 現奥田中学校前。1943年の国鉄化で下奥井と統合され廃止したがLRT化で復活。 | |
| 下奥井駅 | 1面1線 | 2006/3/1 | 現在と同じ下奥井。昔は1面1線だが現在は方面によってホームの位置が違う2面1線となっている。 | |
| 越中中島駅 | 1面1線 | 2006/3/1 | 富岩鉄道時代は奥田中島停留場。下奥井と同じく現在は2面1線 | |
| 城川原駅 | 2面2線 | 2006/3/1 | 唯一の交換駅。また現在同様車庫を併結していて貨物取扱もあり迷要素多め。(後で詳しく解説するが) | |
| 蓮町駅 | 1面1線 | 2006/3/1 | 蓮町(馬場記念公園前)駅。株式会社クラレの専用線があり富岩鉄道時代は高等学校前駅という名前だった | |
| 大広田駅 | 1面1線 | 2006/3/1 | 現在萩浦小学校前駅。西ノ宮信号所→日満工場前駅→大広田。現在は2面2線だがJR時代は1面1線のカーブ駅だった。 | |
| 東岩瀬駅 | 1面1線 | 2006/3/1 | 現在もJR時代の駅舎があることで有名な駅。富岩鉄道時代の越中岩瀬駅。 | |
| 競輪場前駅 | 1面1線 | 2006/3/1 | 国鉄になってからできた。鵜坂のような仮乗降場からのスタートで競輪場前仮乗降場という名前だった。またJR時代は臨時駅 | |
| 岩瀬浜駅 | 1面1線 | 2006/3/1 | ||
薬専校前に関してはホームの資料が見つからなく当時どうなのか分からないが、城川原駅にある大きい画像の場所に「富山港線唯一の交換駅だった」とあるのでおそらく1面1線()
奥田貨物支線(日本曹達専用線) 1938/8~1984
富山駅の北側にある貨物用の線路から現在の富岩運河環水公園・美術館周辺へ向かい、運河に沿って海方向へ向かった線路。

1974-1978年の国土地理院地図より引用。下にあるのが富山駅でそこから船溜駅、木場町駅、奥田駅

1974-1978年の国土地理院地図より引用。下にあるのが富山駅でそこから船溜駅、木場町駅、奥田駅
| 奥田貨物線 | ||||
| 駅名 | 跡地 | 廃止年 | 備考 | |
| 富山駅 | 北口ロータリー~インテック付近? | ー | 線路撤去済み。 | |
| 船溜駅 | 富岩運河環水公園、富山県美術館 | 1984/1/30? | 線路撤去済み。 | |
| 木場町駅 | 木場町公園・富山製紙 | 線路撤去済み。 | ||
| 奥田駅 | 大平洋製鋼 | 線路撤去済み。 | ||
| この先も線路が続いている(下図参照) | ||||

引き込み線的なのが伸びていて、そこから倉庫?のような屋根があるので配線は分からないが荷役線のような場所へ続いている。そこからさらに興国人絹パルプへの専用線へ繋がる。
奥田駅側の線路は太平洋製鉄への専用線。
蓮町専用線(クラレ専用線・小野田セメント線)
貨物輸送は富山~蓮町。
富山港駅線
現萩浦小学校前駅の所から伸びていた専用線。
歴史
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各駅紹介
富山駅
1928年、富山口駅からの延伸開業で旅客運用開始。
当駅からは奥田貨物支線が伸びていた。
当駅からは奥田貨物支線が伸びていた。
構造は国鉄時代は6番線?でJR時代は1面2線で富山駅7、8番線が主な使用ホームだった。
また交流20kvの北陸本線と直流1500vの富山港線の間にデットセクションが存在した。
この渡り線は富山機関区から7、8番線に入る475系電車等が使用した
(6、7番線は1500v。日中のキハ120は気動車なのでデットセクションは関係なかった)
また交流20kvの北陸本線と直流1500vの富山港線の間にデットセクションが存在した。
この渡り線は富山機関区から7、8番線に入る475系電車等が使用した
(6、7番線は1500v。日中のキハ120は気動車なのでデットセクションは関係なかった)
富山口駅
富山駅を発車し、いたち川を渡ってすぐのカーブ地点にあった駅。
1面1線で利用者は約150人ほど。なお駅舎は廃止日から4カ月後の2006年夏ごろに解体された。
1面1線で利用者は約150人ほど。なお駅舎は廃止日から4カ月後の2006年夏ごろに解体された。


下奥井駅
1927年開業と開業初期時代からあった駅で1面1線。利用者は200人ほど。
JR時代より今のほうが利用者が下がっている傾向という駅でもある
JR時代より今のほうが利用者が下がっている傾向という駅でもある
城川原駅
富山駅を除いた富山港線の駅の中だと一番規模が大きい(?)駅で変電所や車両基地があり利用者も300~280人ほどと多かった。
ば配線はほぼ現在と同じで2面2線のホームと2線の電車区用の線路、安全側線?があった。
ば配線はほぼ現在と同じで2面2線のホームと2線の電車区用の線路、安全側線?があった。
ここ城川原駅は唯一の交換駅であり隣接する富山機関区城川原派出所に富山港線用の旧型国電が在籍していた。この電車区は旧型国電が廃止されると富山機関区の475系、キハ120が運用に入ったため在籍車両はなくなった(線路は残された)
蓮町駅
1面1線の駅で当駅からは2本の専用線が伸びていた。利用者は約600人と多め。
使用車両
富岩鉄道時代
国鉄時代
1947~1967
電圧が600Vで国鉄が私鉄車両を買って投入する買収国電の方式がとられていた。
富岩鉄道時代の車両は廃車されていて各地から集められたかつ転入が多すぎてほぼ迷要素となっている
正しくない情報があるかもしれないのでそこだけ注意。活躍年とかね
運用車両は以下の通り。所属は全て城川原です。
富岩鉄道時代の車両は廃車されていて
正しくない情報があるかもしれないのでそこだけ注意。活躍年とかね
運用車両は以下の通り。所属は全て城川原です。
| 車番 | 活躍年 | 塗装 | 転入前 | 転入先 | 置き換え車両 | 備考 | |
| クモハ2000 | ~1967 | ぶどう色2号 | 可部線 | なし(廃車) | 宇部線→可部線→富山港線 | ||
| クモハ2003 | ~1966 | 可部線 | |||||
| クモハ2006 | ~1967 | クリーム+スカイブルー | 可部線 | ||||
| クモハ2007 | ~1967 | 可部線 | |||||
| クモハ2010 | ~1965 | ぶどう色2号 | 可部線 | 南武線→宇部線→可部線→富山。旧モハ2001 | |||
| クモハ2011 | ~1967 | 可部線 | 南武線→宇部線→可部線→富山。 | ||||
| クモハ2020 | 1955~1965 | 福塩線 | 府中電車区より多分同時期?に転属。中野電車区→矢向電車区(現在は中原と統一)→弁天橋電車区(鶴見)→福塩線→富山 | ||||
| クモハ2021 | 1955~1966 | 福塩線 | |||||
| クモハ1310 | 1954~1967 | 川 | |||||
| クハ5501 | 1957~1966 | クリーム+スカイブルー | |||||
| クハ5502 | 1957~1967 | ぶどう色2号 | 鶴見線? | 鶴見臨港鉄道→国鉄鶴見線→富山。架線昇圧に伴う廃車。塗装は1950年頃のものだとクリーム+スカイブルーだが1960年の物は単色だった。 | |||
| クハ5503 | 1957~1967 | ||||||
| クハ5506 | 1957~1967 |
1967~1985
| 形式 | 車番 | 活躍年 | 塗装 | 転入前 | 転入先 | 置き換え車両 | 備考 | |
| クモハ73 | 73299 | スカイブルー | ||||||
| 73305 | 1967~ | |||||||
| 73347 | 1967~ | |||||||
| 73355 | 1967~ | |||||||
| 73357 | 1967~ | |||||||
| 73359 | 1967~ | |||||||
| 73361 | 1967~ | |||||||
| クハ79 | 79220 | 1967~ | ||||||
| 79240 | 1967~ | |||||||
| 79244 | 1967~ | |||||||
| 79928 | 1967~ |
クハ79