コトノハ 第5話『もう一人の初』
「私は音羽 初。お前自身だよ。」
白い髪に、赤い瞳。それ以外は私と全く同じ姿をした女の子は、私と同じ名前を名乗った。
「どういうこと......?初は私だよ!」
「だーからぁ、お前も私も同じなんだって。」
もう一人の私...初は、私を突き飛ばしてニヤッと笑ってみせた。
「同じって......」
「ま、分かんなくて当然か...そんなことはどっちでも良い。.....お前さ、そろそろいい加減にしなよ。」
そう言って、初はゆっくりと私に手をかざす。鮮血のように赤い瞳が、更に赤く光り輝いた。
「......浮け。」
初がそう言い放った瞬間、私の身体はゆっくりと宙に浮かび上がった。同時に、胸元を締め付けられるような痛みに襲われる。
「っ!ぐ、ぅうっ!」
「ハハハハ......」
私が苦しむのを、初は下から笑って見ていた。そして。
「落ちろ。」
その言葉と共に、私の身体は一気に落下し地面に叩きつけられた。
「がぁっ!!」
倒れ伏した私を、初は軽蔑するような冷たい目で見下ろした。
「どう?自分と同じ力で苦しめられる気分は。」
「私と......同じ力..........まさか!」
「やっと気づいた?」
初は私の胸ぐらを掴み上げ、「痺れろ」と口にする。すると、たちまち強烈な電撃が私の身体を駆け巡った。
「うぁあああああああああああ!!」
「ほらほらどうした?お前も何か言い返してみなよ!」
そのまま私の身体を片手で投げ飛ばし、初はからかうように言った。この力...間違いない。
「何で.....私と同じ『言刃』を.......!」
「だからさっきから言ってるでしょ。私はお前と同じだってさ。」
地面に倒れた私を、初は再び掴み上げる。
「ただ、私はお前と決定的に違う部分が一つある。それは......恐れを捨てたところだ。」
「!」
恐れ......化け猫さんが言っていた、私が力を使いこなせない理由。今私の目の前にいる初は、その恐れを抱えていないというのだ。
「だって、こんなに凄い力なんだよ?これさえあれば何だって出来る......なのに、どうして恐れる必要があるのさ。宝の持ち腐れだよ、お前の力の使い方は。」
「もしかして......昨日夢で私に話しかけてきたのは......」
「あ、思い出してくれた?そう、私だよ。あんまり焦ったくなったもんだからさぁ。」
初は私の肩に手を置き、グッと力を込めた。
「........だから、ちょっと状況を面白くしてあげたんだよ。お前の友達を利用してね。」
「!!」
私はハッとして、思わず「吹き飛べ!」と叫ぶ。その瞬間、初の身体は突然強風に煽られて大きく吹き飛んだ。
「っとと......へへ、やっと本気出す気になった?」
「まさか......有葉さんも久乱さんも、君が!」
「正解!あの二人には『死んだように眠れ』って言っておいたんだ。流石に殺しはしなかったけど...お前の友達に何かあれば、きっとお前は怒って本気出すと思ったからね!キャハハハハハハハハハハ!」
心の底から嬉しそうに、しかし邪悪に満ちた笑い声をあげながら、初はそう答えた。
「................許さない」
私の瞳が熱を帯びる。ふつふつと煮えたぎるように、その熱は熱さを増していく。
「私の友達を......よくも..............」
ググッ、と拳を握り固める。限界にまで熱くなった瞳を真っ赤に輝かせ、私は叫んだ。
「君なんか、燃えてなくなれぇッ!!」
すると、初の周りで炎の柱が噴き上がった。
「おっ、良いね良いねぇ!これだよ!お前の本当の力は!」
「黙れ!!燃え滓になれッ!!!」
私は声を荒げ、怒りに任せて『言刃』を放つ。炎の勢いはどんどん増していき、あっという間に初を包みこんだ。
「やるねぇ......だけど」
でも、初は焦るどころか笑みを絶やさないまま、空高く飛び上がり炎の中から脱出した。
「まだ甘い!今度はお前が燃えろ!!」
初がそう叫んだ瞬間、炎は風になびいて私の身体に飛び火した。
「うっ!?」
「ハハハハハハハハ!!燃えろ燃えろ!灰と化せぇッ!!」
着ている服が炎に焼かれ、どんどん灰になっていく。このままではマズい。
「雨よ!炎を掻き消せ!!」
私は空に向かって叫ぶ。たちまち大雨が降り注ぎ、炎はあっという間に消えた。
「はぁ、はぁ......」
「やれば出来るじゃん、私。その調子でもっと自分の力を使いなよ。」
「......嫌だ.........私は決めたんだ、この力は人を傷つけるためには使わないって!」
「じゃあさっき、私に燃えろって言ったのは?私を倒そうとしたんじゃないの?」
「!........それは.....」
「はぁ........お前さぁ、心がブレブレで考え方も矛盾してるんだよ。だからあんな中途半端な攻撃しか出せないんだ。正直痛くも痒くもなかったよ。」
降りしきる雨の中、初は相変わらず見ていて腹が立つ程憎らしい笑顔を浮かべていた。
「何か白けたなぁ...やーめた。お前と戦うのは、お前がもっと強くなってからだね。」
「何だって......?」
「お前が恐れを捨てて、私を本気で殺しにかかってくるようになったら...また戦ってあげる。」
初はそう言い残し、立ち込める煙の中へと姿を消した。
「待て......ぐっ..........」
さっきので体力を使い果たしたのか、身体が動かない。私はその場に倒れ、冷たい雨に打たれながら意識を失った。
.............................
............
薄暗い路地裏。私は迷路のように入り組んだ道を必死に逃げ回っていた。
「はぁっ.....はぁ.....っ、しつこいな.....!」
背後には、黒い服を着た三人の大人達。私を捕まえようと、しぶとく追いかけてくる。
「奴を行き止まりに追い込め!絶対に捕まえろ!」
自分が追われている原因は分からない。いつから、何処から追いかけられ始めたかも覚えていない。それでも私は捕まりたくない一心で逃げ続けた。だが、自分は子ども、相手は大人。私はあっという間に追い詰められた。
「っ.....!」
「観念しろ、もう逃げられないぞ。」
一人の男が私の胸ぐらを掴み上げる。その手を退けようと両手で必死に抵抗したけど、男はビクともしなかった。
「離して......離せっ......!」
「悪いがそうはいかないな、これも×××様が俺達に与えてくれた仕事なもんでね。」
「音羽 初、お前の力を利用させて貰う。これは全人類の為だ。」
男達が何を言っているのか、私には理解出来なかった。ただ、奴らの考えていることが私にとって、いや、他の人全員にとって良くないことであるということだけは察していた。
「何で......私が......!」
「お前だけじゃない。年頃の女児が発症する特殊能力《女児符号-ガールズコード-》、それが発現した女児は全て我々の計画の礎となって貰う。」
「この街に居る女児でまだ捕まっていないのはお前だけだ。大人しく来て貰うぞ。」
「じゃあ....私の友達も皆......!?」
「そうだ、お前と違い発症していることに気付いていない者がほとんどだったがな。人類の救済に繋がるのなら、お前達のような細々とした命など無価値で軽いものだ。」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭は怒りで沸騰した。
「............な」
「ん?何か言ったか。」
「ふざけるな!!!!!」
私は残った力を振り絞り、街中に響き渡るような声で怒鳴った。その瞬間、空気がビリビリと振動し、男達はその圧に身動ぎして私を手放した。
「何だ、この力は!?」
「......お前らの方が........お前らの命の方がよっぽど無価値で要らないものなんだよ!!!」
私は尚も叫び続ける。瞳が徐々に熱を帯び、辺りに熱気が立ち込めていく。
「くっ、早く捕まえろ!」
「駄目だ、近づけない...!何だこの威圧感は!?」
男達は抵抗出来ず、とうとうその場に膝を突いた。その隙を見逃さず、私は渾身の力で叫ぶ。
「お前らなんか......今すぐこの場で死んでしまええぇえええぇえぇええええええぇええッッッッッッッッッ!!!!!!!!!」
ほんの一瞬、視界が真っ赤に染まった。そして、ドロリとした何かが、私の身体に勢いよく降りかかる。
「っ.......はぁ、はぁ......」
顔に付着した何かを拭い、目を見開くと男達の姿は何処にもなかった。代わりに、赤黒い液体が壁や地面に飛び散っている。
「何、これ....」
何が起こったのか理解が追いつかず、私は自分の手を見た。すると、同じく赤黒い液体がドロドロと指先から滴り落ちていった。
「..........これ......血.............?」
その液体の正体が分かった瞬間、私はようやく自分がやってしまったことに気がついた。この血はさっきの男達のものだ。そして、男達を殺したのは......私の『言刃』だと。
「何で......私、こんなつもりじゃ.........!」
怒りが静まり、代わりに焦りの感情が湧き立つ中、私は自分がさっき口走ったことを思い出す。
『 死ね 』
私の言葉は、私の『言刃』は、こんなにも簡単に人を殺してしまうものなんだと、その時初めて自覚した。私は頭を抱え、その場に蹲る。取り返しのつかないことをした後悔と自分自身への恐怖で、身体の震えが止まらなかった。
「うわぁあああああああああああああ!!!!あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
この記憶......いつのだっけ。
そうだ、丁度一年くらい前のことだ。
忘れたくて、認めたくなくて、ずっと逃げてきたけど。
とうとう、思い出してしまった。
そうだ.....そうだった。
私は、自分の力で......『言刃』で、人を殺して......
それ以来、この力が怖くなったんだ。
.............
.........................
...............................................
「....ん........ちゃん...........初ちゃん!」
誰かに揺さぶられ、名前を呼ばれている。一体誰だろう........朦朧とする意識の中で、私は呑気にそんなことを考えていた。
「初ちゃん!!初ちゃんってば!!」
「!」
今度は一際大きな声で呼ばれ、私はハッとして飛び起きた。
「初ちゃん......!良かった、無事で......!」
起き上がると、旭が隣に居た。目に涙を浮かべながら、安堵の表情を浮かべている。
「私......何して......」
「ったく、このバカ!」
今度は後ろから声がして、振り向くとそこにはみっちゃんが立っていた。
「みっちゃん......」
「こんなとこで寝てたら風邪ひくだろ!」
そう言われ、辺りを見回す。コンクリートの塀に、立ち並ぶ電柱。此処は私がいつも通る通学路だ。
「そうか......」
目が冴えてくるにつれ、少しずつ思い出してきた。私はさっきまで、白い髪の女の子...私と同じ名前の、初っていう子と戦って負けたんだ。
「ちょっと怪我はしてるけど...意識が戻って良かった、やっぱり追いかけて正解だったね。」
「もう、起きなかったらどうしようかと思ったよ〜!」
玲亜と丸菜さんもその場に居た。旭が涙を拭いながら、私の手を優しく取って立ち上がらせてくれた。
「さっきはごめんね、クラスの皆を止めてあげられなくて......」
「ううん、大丈夫。私こそ...迷惑かけてごめん。」
「実はね、初ちゃんのこと探しに行こうって言い出したのはみっちゃんなんだよ!」
「お、おい丸菜!余計なこと言うなって!」
みっちゃんはそう言うも、いつもの強い口調ではなく何処か照れくさそうだった。
「みっちゃん......どうして...」
「......さっきは、悪かった。久乱のこと、勝手に初のせいにして.........初がそんなことするわけないって、分かってたのによ......」
「.............」
私はみっちゃんの鼻先を軽く摘んだ。
「んぎゃっ!何すんだよ!」
「らしくないよ、元気のないみっちゃんなんて。もう大丈夫、助けに来てくれてありがとう。」
「.......と、当然だろーがよ、同じクラスメイトなんだから......」
みっちゃんはそっぽを向いてそう言った。耳の先がほんの少しだけ赤くなっているのを、私はちゃんと見ていた。
「さ、学校に戻ろ!クラスの皆も、初ちゃんに謝りたがってたよ。」
「例の件については、また後で考えよう。初ちゃん怪我してるし、先にその手当てをしないとだからね。」
旭に玲亜、丸菜さん、そしてみっちゃん。皆いつもの優しい顔に戻っていた。私はそれだけで安心し、心の底から嬉しくなった。
「.........うん!帰ろう、皆が待ってる学校に!」
大切な友達を安心させるように、今度は私が笑ってみせた。
続く