ここに作品タイトル等を記入
更新日:2023/08/15 Tue 13:58:40
暗闇に包まれた夜の世界を、血のように赤い月が優しく照らす。
そんな闇の中を一人の少女が自転車を乗って駆けていく。彼女はふと、空を見上げると、鮮やかな色を放つ月に見惚れ、足を止める。
「随分と、今日は月が赤いなぁ…」
そんな月を見ながら、少女が呟く。眼鏡をかけ、制服に身を包んだ彼女はその出立ちから学生である事が見て取れる。
「もう遅いし、早く帰らなきゃ。」
少女がそう言って、月から真正面に視線を戻し、出発しようとしたその時。
「あらあら。こんな夜更けにご機嫌よう。」
前の方から声がする。そして正面の暗闇から一人の女性が現れる。
闇から月明かりに照らされながら現れた女性は黒いドレスに身を包み、青と白が入り乱れた髪を縦ロールに纏め、まるで中背の貴族のような出立ちだった。
だが、月に照らされた病的なまでに青白い肌、青と翠のオッドアイ、そして彼女の頭から生えているギョロギョロとこちらを品定めするように睨め付ける眼玉のような水晶が着いた角が、彼女がこの世のものではないような、人間離れした美しさと悍ましさを醸し出している。
「ヒッ」
突然現れた人間ではない雰囲気を纏う女性に少女は思わず自転車から転げ落ち、尻餅をつく。
そんな少女を品定めするように女性が見下ろす。値踏みするように口元に指を当てて、女性は少女をしばし見つめると。
「……フッ、まぁ及第点かしら。」
怯える少女を見ながらそう言うと、彼女は少女の顎に指を沿わせる。氷のように冷たいその指が彼女の恐怖がさらに駆り立てられ、身体が震えて動かない。
「光栄に思いなさい。“プリシア”風情の貴女が、このベレニス・ル・フロレンティーナの血肉になれるのですから。」
そう言うと、彼女が口を開く。まるで針のように鋭い牙を持った口が彼女の首筋に迫る。
赤い月夜に少女の声にならない悲鳴が響いた。
そんな闇の中を一人の少女が自転車を乗って駆けていく。彼女はふと、空を見上げると、鮮やかな色を放つ月に見惚れ、足を止める。
「随分と、今日は月が赤いなぁ…」
そんな月を見ながら、少女が呟く。眼鏡をかけ、制服に身を包んだ彼女はその出立ちから学生である事が見て取れる。
「もう遅いし、早く帰らなきゃ。」
少女がそう言って、月から真正面に視線を戻し、出発しようとしたその時。
「あらあら。こんな夜更けにご機嫌よう。」
前の方から声がする。そして正面の暗闇から一人の女性が現れる。
闇から月明かりに照らされながら現れた女性は黒いドレスに身を包み、青と白が入り乱れた髪を縦ロールに纏め、まるで中背の貴族のような出立ちだった。
だが、月に照らされた病的なまでに青白い肌、青と翠のオッドアイ、そして彼女の頭から生えているギョロギョロとこちらを品定めするように睨め付ける眼玉のような水晶が着いた角が、彼女がこの世のものではないような、人間離れした美しさと悍ましさを醸し出している。
「ヒッ」
突然現れた人間ではない雰囲気を纏う女性に少女は思わず自転車から転げ落ち、尻餅をつく。
そんな少女を品定めするように女性が見下ろす。値踏みするように口元に指を当てて、女性は少女をしばし見つめると。
「……フッ、まぁ及第点かしら。」
怯える少女を見ながらそう言うと、彼女は少女の顎に指を沿わせる。氷のように冷たいその指が彼女の恐怖がさらに駆り立てられ、身体が震えて動かない。
「光栄に思いなさい。“プリシア”風情の貴女が、このベレニス・ル・フロレンティーナの血肉になれるのですから。」
そう言うと、彼女が口を開く。まるで針のように鋭い牙を持った口が彼女の首筋に迫る。
赤い月夜に少女の声にならない悲鳴が響いた。
太陽が燦々と照らす雲一つない青空。一人の少女が必死の形相で自転車を漕いでいた。
「やっばい…!やばいやばい…!」
濃い青色の髪をショートにし、制服に身を包んだ少女のペダルを漕ぐ脚が跳ね上がるたびに、引き締まった健脚がスカートから見え隠れする。
だが、少女はそんな事すら気にした様子もなく、一心不乱に自転車を漕ぐ。前しか見えていない、最早猪突猛進と言った様子の少女が坂を下ると、ある光景が見えてくる。
それは赤いジャージに身を包み、ガタイの良い角刈りの男性が校門を閉めようと扉に手を掛けようとしているものだった。
それを見た少女は舌なめずりをするとより一層ペダルを漕ぐ脚に力を入れ、叫ぶ。
「センセーッ!!危ないよーッ!」
少女の言葉に男性……“この学校”の体育教師が驚いて、校門の扉にかける手が止まる。
その隙を逃さず、少女は猛スピードを維持したまま校門をくぐり抜ける。
「コラーッ!蒼海(あおうみ)!お前遅刻だぞ!」
「まだ校門閉まってないからセーフだよー!」
驚いて、一拍反応が遅れた体育教師が我に帰ると同時に放った怒声を背中を受けながら、少女、蒼海 マコト(あおうみ まこと)は駐輪場へと向かう。
マコトは自転車を音を立てながら、駐輪場にやや乱暴に止めるとそのまま鞄を背負って駆け出す。
運動靴から上靴に履き替え、後ろからこちらを追いかけて来ているであろう体育教師から逃げるようにマコトは軽快に駆け出すと、階段を脱兎の如く登り、大きな足音を立てながら駆け、自分の教室に辿り着くとその扉を勢いよく開く。
「ギリギリセーフッ!?」
そう言って教室に入ったマコトの目の前に拡がるのは、HRのために席に座り、こちらを見つめるクラスメイトの視線と。
「アウトだバカもん。」
呆れたように眼鏡を指で掛け直す担任の姿だった。
「やっばい…!やばいやばい…!」
濃い青色の髪をショートにし、制服に身を包んだ少女のペダルを漕ぐ脚が跳ね上がるたびに、引き締まった健脚がスカートから見え隠れする。
だが、少女はそんな事すら気にした様子もなく、一心不乱に自転車を漕ぐ。前しか見えていない、最早猪突猛進と言った様子の少女が坂を下ると、ある光景が見えてくる。
それは赤いジャージに身を包み、ガタイの良い角刈りの男性が校門を閉めようと扉に手を掛けようとしているものだった。
それを見た少女は舌なめずりをするとより一層ペダルを漕ぐ脚に力を入れ、叫ぶ。
「センセーッ!!危ないよーッ!」
少女の言葉に男性……“この学校”の体育教師が驚いて、校門の扉にかける手が止まる。
その隙を逃さず、少女は猛スピードを維持したまま校門をくぐり抜ける。
「コラーッ!蒼海(あおうみ)!お前遅刻だぞ!」
「まだ校門閉まってないからセーフだよー!」
驚いて、一拍反応が遅れた体育教師が我に帰ると同時に放った怒声を背中を受けながら、少女、蒼海 マコト(あおうみ まこと)は駐輪場へと向かう。
マコトは自転車を音を立てながら、駐輪場にやや乱暴に止めるとそのまま鞄を背負って駆け出す。
運動靴から上靴に履き替え、後ろからこちらを追いかけて来ているであろう体育教師から逃げるようにマコトは軽快に駆け出すと、階段を脱兎の如く登り、大きな足音を立てながら駆け、自分の教室に辿り着くとその扉を勢いよく開く。
「ギリギリセーフッ!?」
そう言って教室に入ったマコトの目の前に拡がるのは、HRのために席に座り、こちらを見つめるクラスメイトの視線と。
「アウトだバカもん。」
呆れたように眼鏡を指で掛け直す担任の姿だった。
「やーっ、今日は大丈夫だと思ったんだけどなー。」
「アンタいっつもそれ言ってない?」
HRの後、担任に注意を受けたマコトがタハハと笑いながらクラスメイトに話す。
「マっちゃんの大丈夫は大丈夫じゃないからねー。」
「……同感。」
良く日に焼けた褐色に、ウェーブのかかったセミロングの金髪の少女、上原涼子(うえはら りょうこ)が呆れたように言い、それに黒い前髪をパッツンとこ気味よく揃え、ツインテールの愛嬌のある顔立ちの中空亜由(なかそら あゆ)と少しカールのかかった前髪をヘアゴムで止めた気だるそうな雰囲気の下森祐奈(したもり ゆうな)が同意する。
「えーっ!?もしかして私ってあんまり信用ない!?」
「今更気づいたか。バカ。」
「バカー。」
上原の言葉に中空が続くように笑いながら言う。
なにおう、とマコトが言い返そうとすると、下森が割って入る。
「そんなことより、今日、行くんでしょ?放課後先生に捕まらないでよ。」
下森の言葉にマコトは一瞬キョトン、とした後。あっ、と言ってポンっと手を打つ。それを見た上原がジトッ、とした瞳で尋ねる。
「……アンタもしかして忘れてたんじゃ…」
「いやいや!忘れる訳ないよ!私達四人で昨日話したもん!」
上原の刺々しい視線を受けながら、マコトは言う。
「今日行くのは“裏山の幽霊屋敷”でしょ!」
マコトがそう言うと、続くように中空が言う。
「そうそう。裏山にある謎のお屋敷!誰も住んでないハズなのに、夜中になると何処からともなく音楽が聞こえてきたり、女の子の声がするんだって!ねっ、幽霊ってSNSに載っけたらバズっちゃったりするかな!?」
「どーせ、嘘乙。コメントばっかだと思うけどね。」
「いやいや、今回の信憑性あるんだよ!B組のサッカー部の男子達が前その“幽霊屋敷”に行ってきたんだって!」
「あ?もう先に行った奴いるの?」
テンション高く喋る中空に上原が尋ねると、彼女は手を前に出して幽霊の真似をしながら続けて言う。
「うん。それで屋敷を探索して、しばらくしたら、蝙蝠が飛んできたらしいの。でもその蝙蝠が普通の蝙蝠じゃなくて……全身真っ赤だったんだって。」
「真っ赤な蝙蝠っていないの?」
「蝙蝠は詳しくないけど、少なくとも日本にはいないでしょ。……多分。」
マコトの質問に下森が答える。中空はそんな二人をよそに話もクライマックスに近いのか悪い顔をしながら続ける。
「そしてねそしてね!男子達が真っ赤な蝙蝠に気味悪がりながら、ふと視線を部屋の奥に向けると……なんと真っ暗闇に四つの赤と青の光が浮かび上がってたの!しかもそれはただの光じゃなくて、“眼”だったらしいの!さらにさらに!その四つの光る目は喋ったんだって!“ここから〜出て行け〜〜”って!」
自分の“目”を強調しながら三人をビビらせようと中空が両手を上げる。
しかし、上原は特にビビる様子もなく、逆に鼻で笑う。
「はーん、そこで男子達はビビって逃げたって訳ね。」
「えーっ、反応薄ッ!」
「亜美は喋り方が怖くない。」
下森も特にビビった様子もないが、マコトは大口を開け。
「おお〜〜っ、怖ーっ!」
「でしょー!マッちゃんなら分かってくれるって思ってたよ〜!」
オーバー気味のリアクションをするマコトに中空が抱き付く。
「まっ、その話が本当かどうかも、今日確かめに行けばいーだけの話よ。」
「それもそうだね。」
上原の言葉に下森が同意したそんな時。ピロン、と電子音が中空のポケットから鳴る。
「あ、なんか通知来てるわ。」
中空がポケットから携帯を取り出し、通知を確認しようと電源をつける。その画面を見た瞬間、中空がカッと目を見開く。
「あーっ!新曲来てる!」
中空が喜色満面と言った表情で嬉しそうに叫ぶ。何事かと上原達が視線を彼女に向けると、中空は携帯の画面を三人に見せる。
そこには動画投稿サイトに黒の背景に赤の薔薇が浮かび上がるサムネイルの動画が上がっていた。どうやら歌の動画のようでタイトルに“木苺”と書いてある。
「誰の歌?」
「えーっ!?マっちゃん知らないの!?幻の歌姫“ソルシエル”を?」
「ソルシエル?」
マコトが尋ねると、中空は先程の怖い話よりも遥かにテンション高めで語り出す。
「動画投稿サイトに突如として現れた歌い手でね!経歴謎!顔も分からない!分かるのは女の人、ってだけなんだけどめちゃくちゃ歌が上手で、その歌の上手さとミステリアスさが受けて今、ネットで話題なんだよ!」
「あー、何かネットニュースで見たかも。」
「でねでね!特に私がオススメしたいのが…」
中空が携帯を操作して、動画を開こうとしたその時。キーンコンカーンコーンとチャイムが鳴る。
「ちぇっ、休み時間終わりかー。」
「まぁまぁ、昼休みにでも聴かせてよ。」
不服そうに頬を膨らませる、彼女にそう言いながらマコトが席に戻ろうとした時、ふと彼女の後ろの席が空席である事に気づく。
「あれ。茂木さんは?」
マコトが前の席にいる生徒に尋ねると、生徒はあぁ、と言って。
「茂木さん今日体調不良でお休みだって。何か昨日夜中に倒れたらしいよ。」
「ふーん……大丈夫かな?」
誰もいない机を見ながら、マコトは休むクラスメイトを心配しつつ席についた。
「アンタいっつもそれ言ってない?」
HRの後、担任に注意を受けたマコトがタハハと笑いながらクラスメイトに話す。
「マっちゃんの大丈夫は大丈夫じゃないからねー。」
「……同感。」
良く日に焼けた褐色に、ウェーブのかかったセミロングの金髪の少女、上原涼子(うえはら りょうこ)が呆れたように言い、それに黒い前髪をパッツンとこ気味よく揃え、ツインテールの愛嬌のある顔立ちの中空亜由(なかそら あゆ)と少しカールのかかった前髪をヘアゴムで止めた気だるそうな雰囲気の下森祐奈(したもり ゆうな)が同意する。
「えーっ!?もしかして私ってあんまり信用ない!?」
「今更気づいたか。バカ。」
「バカー。」
上原の言葉に中空が続くように笑いながら言う。
なにおう、とマコトが言い返そうとすると、下森が割って入る。
「そんなことより、今日、行くんでしょ?放課後先生に捕まらないでよ。」
下森の言葉にマコトは一瞬キョトン、とした後。あっ、と言ってポンっと手を打つ。それを見た上原がジトッ、とした瞳で尋ねる。
「……アンタもしかして忘れてたんじゃ…」
「いやいや!忘れる訳ないよ!私達四人で昨日話したもん!」
上原の刺々しい視線を受けながら、マコトは言う。
「今日行くのは“裏山の幽霊屋敷”でしょ!」
マコトがそう言うと、続くように中空が言う。
「そうそう。裏山にある謎のお屋敷!誰も住んでないハズなのに、夜中になると何処からともなく音楽が聞こえてきたり、女の子の声がするんだって!ねっ、幽霊ってSNSに載っけたらバズっちゃったりするかな!?」
「どーせ、嘘乙。コメントばっかだと思うけどね。」
「いやいや、今回の信憑性あるんだよ!B組のサッカー部の男子達が前その“幽霊屋敷”に行ってきたんだって!」
「あ?もう先に行った奴いるの?」
テンション高く喋る中空に上原が尋ねると、彼女は手を前に出して幽霊の真似をしながら続けて言う。
「うん。それで屋敷を探索して、しばらくしたら、蝙蝠が飛んできたらしいの。でもその蝙蝠が普通の蝙蝠じゃなくて……全身真っ赤だったんだって。」
「真っ赤な蝙蝠っていないの?」
「蝙蝠は詳しくないけど、少なくとも日本にはいないでしょ。……多分。」
マコトの質問に下森が答える。中空はそんな二人をよそに話もクライマックスに近いのか悪い顔をしながら続ける。
「そしてねそしてね!男子達が真っ赤な蝙蝠に気味悪がりながら、ふと視線を部屋の奥に向けると……なんと真っ暗闇に四つの赤と青の光が浮かび上がってたの!しかもそれはただの光じゃなくて、“眼”だったらしいの!さらにさらに!その四つの光る目は喋ったんだって!“ここから〜出て行け〜〜”って!」
自分の“目”を強調しながら三人をビビらせようと中空が両手を上げる。
しかし、上原は特にビビる様子もなく、逆に鼻で笑う。
「はーん、そこで男子達はビビって逃げたって訳ね。」
「えーっ、反応薄ッ!」
「亜美は喋り方が怖くない。」
下森も特にビビった様子もないが、マコトは大口を開け。
「おお〜〜っ、怖ーっ!」
「でしょー!マッちゃんなら分かってくれるって思ってたよ〜!」
オーバー気味のリアクションをするマコトに中空が抱き付く。
「まっ、その話が本当かどうかも、今日確かめに行けばいーだけの話よ。」
「それもそうだね。」
上原の言葉に下森が同意したそんな時。ピロン、と電子音が中空のポケットから鳴る。
「あ、なんか通知来てるわ。」
中空がポケットから携帯を取り出し、通知を確認しようと電源をつける。その画面を見た瞬間、中空がカッと目を見開く。
「あーっ!新曲来てる!」
中空が喜色満面と言った表情で嬉しそうに叫ぶ。何事かと上原達が視線を彼女に向けると、中空は携帯の画面を三人に見せる。
そこには動画投稿サイトに黒の背景に赤の薔薇が浮かび上がるサムネイルの動画が上がっていた。どうやら歌の動画のようでタイトルに“木苺”と書いてある。
「誰の歌?」
「えーっ!?マっちゃん知らないの!?幻の歌姫“ソルシエル”を?」
「ソルシエル?」
マコトが尋ねると、中空は先程の怖い話よりも遥かにテンション高めで語り出す。
「動画投稿サイトに突如として現れた歌い手でね!経歴謎!顔も分からない!分かるのは女の人、ってだけなんだけどめちゃくちゃ歌が上手で、その歌の上手さとミステリアスさが受けて今、ネットで話題なんだよ!」
「あー、何かネットニュースで見たかも。」
「でねでね!特に私がオススメしたいのが…」
中空が携帯を操作して、動画を開こうとしたその時。キーンコンカーンコーンとチャイムが鳴る。
「ちぇっ、休み時間終わりかー。」
「まぁまぁ、昼休みにでも聴かせてよ。」
不服そうに頬を膨らませる、彼女にそう言いながらマコトが席に戻ろうとした時、ふと彼女の後ろの席が空席である事に気づく。
「あれ。茂木さんは?」
マコトが前の席にいる生徒に尋ねると、生徒はあぁ、と言って。
「茂木さん今日体調不良でお休みだって。何か昨日夜中に倒れたらしいよ。」
「ふーん……大丈夫かな?」
誰もいない机を見ながら、マコトは休むクラスメイトを心配しつつ席についた。
青空に雲が風に泳ぐ様に流される下、とある通行路を二人の青の制服を着込んだ警察官の男性が歩いていた。
一人は中肉中背、何処か煤けた感じの雰囲気が漂う眼鏡をかけ、白髪が混じり始めた初老の男性、一人は黒髪のザンバラ頭に太眉で、生真面目そうな顔をした筋肉質の若い男性だ。
「ここが昨夜、彼女が倒れていたところか?」
「はい。昨夜21時ごろ、通行人が倒れた被害者の“茂木和花子”をここで発見したそうです。」
初老の男性、大松 秀一(おおまつ しゅういち)の問いに永瀬 邦治(ながせ くにはる)が答える。
「少女に目立った外傷はありませんでしたが…彼女の首筋に小さな穴が二つ程。また、気絶の原因は一時的に血を大量に失った事による貧血だと。」
「まるで“ドラキュラ”みたいな犯人だな。」
「えぇ。中々現実離れした話ですが。」
大松の言葉に邦治が眉一つ動かさずに生真面目に答えると大松は顎に手をやりながら、考える素振りをした後、邦治に尋ねる。
「なぁ、永瀬。お前“吸血鬼”って信じるか?」
「?……いえ、申し訳ありませんが、信じては…」
「そっか。そりゃ、そうだわな。」
質問の意図を分かりかね、頭に疑問符を浮かべる邦治から視線を背け、大松は後頭部を掻きながら、少し目を伏せると、携帯を取り出しパシャリと事件現場の写真を撮る。
「取り敢えずこの件は上に報告しとけ。“多分俺らの出番は無さそうだからよ。”」
「は?それはどういう……」
「長年の勘、って奴だよ。」
そう言って大松は歩き出す。邦治も彼の態度に困惑しながらもそれに続いた。
一人は中肉中背、何処か煤けた感じの雰囲気が漂う眼鏡をかけ、白髪が混じり始めた初老の男性、一人は黒髪のザンバラ頭に太眉で、生真面目そうな顔をした筋肉質の若い男性だ。
「ここが昨夜、彼女が倒れていたところか?」
「はい。昨夜21時ごろ、通行人が倒れた被害者の“茂木和花子”をここで発見したそうです。」
初老の男性、大松 秀一(おおまつ しゅういち)の問いに永瀬 邦治(ながせ くにはる)が答える。
「少女に目立った外傷はありませんでしたが…彼女の首筋に小さな穴が二つ程。また、気絶の原因は一時的に血を大量に失った事による貧血だと。」
「まるで“ドラキュラ”みたいな犯人だな。」
「えぇ。中々現実離れした話ですが。」
大松の言葉に邦治が眉一つ動かさずに生真面目に答えると大松は顎に手をやりながら、考える素振りをした後、邦治に尋ねる。
「なぁ、永瀬。お前“吸血鬼”って信じるか?」
「?……いえ、申し訳ありませんが、信じては…」
「そっか。そりゃ、そうだわな。」
質問の意図を分かりかね、頭に疑問符を浮かべる邦治から視線を背け、大松は後頭部を掻きながら、少し目を伏せると、携帯を取り出しパシャリと事件現場の写真を撮る。
「取り敢えずこの件は上に報告しとけ。“多分俺らの出番は無さそうだからよ。”」
「は?それはどういう……」
「長年の勘、って奴だよ。」
そう言って大松は歩き出す。邦治も彼の態度に困惑しながらもそれに続いた。
「お待たせーっ!」
「おー。思ったより早かったね。」
放課後。コンビニでたむろしている三人へとマコトが駆けてくる。それを見た三人は腰を上げて彼女を迎える。
「いやー、運動部の人達に誘われちゃって。」
「今日は何処に誘われたの?」
「バレーとバスケ、陸上!!」
「モテモテじゃん。良かったね。」
「マコト運動めっちゃ得意だもんね。」
四人は雑談しながら目的地へと向けて道を歩く。すると段々と建物が少なくなり、そしてとうとう緑が鬱蒼と生い茂る、山道の入り口に辿り着く。
「ここが入り口らしいよー。」
「おぉ…ここからでももう雰囲気あるね。」
夕方とは言え、森の木々によって日光が遮られ、道の奥は暗闇が拡がっている。
「ビビってないでさっさと行くわよ。あんまり遅くなったらアタシ達戻れなくなるかもよ?」
そう言って上原は先陣を切って先へと進んでいく。
「あっ、ちょっ待って。」
そんな彼女に三人も続く。しかしやはりいざ現地に入ると少し怖いのか、不安そうな中空と下森に誠が話しかける。
「二人とも。いざとなれば私に任せて。私、万が一のためにとっておきを用意してきたの。」
「とっておき?」
ふっふっふっとマコトは笑うと鞄をゴソゴソと弄り、中から“とっておき”を取り出す。
それは赤黒いソースが溢れんばかりにベッタリと塗られ、果肉が挟んであるパンだった。
「これお昼休みに購買で買って来たんだけど。もしお化けがいたらこれを渡して機嫌を良くして貰おう!」
「幽霊舐めすぎじゃない?」
「不安……。」
自信満々に鼻を鳴らすマコトに二人は一抹の不安を覚えるのであった。
「おー。思ったより早かったね。」
放課後。コンビニでたむろしている三人へとマコトが駆けてくる。それを見た三人は腰を上げて彼女を迎える。
「いやー、運動部の人達に誘われちゃって。」
「今日は何処に誘われたの?」
「バレーとバスケ、陸上!!」
「モテモテじゃん。良かったね。」
「マコト運動めっちゃ得意だもんね。」
四人は雑談しながら目的地へと向けて道を歩く。すると段々と建物が少なくなり、そしてとうとう緑が鬱蒼と生い茂る、山道の入り口に辿り着く。
「ここが入り口らしいよー。」
「おぉ…ここからでももう雰囲気あるね。」
夕方とは言え、森の木々によって日光が遮られ、道の奥は暗闇が拡がっている。
「ビビってないでさっさと行くわよ。あんまり遅くなったらアタシ達戻れなくなるかもよ?」
そう言って上原は先陣を切って先へと進んでいく。
「あっ、ちょっ待って。」
そんな彼女に三人も続く。しかしやはりいざ現地に入ると少し怖いのか、不安そうな中空と下森に誠が話しかける。
「二人とも。いざとなれば私に任せて。私、万が一のためにとっておきを用意してきたの。」
「とっておき?」
ふっふっふっとマコトは笑うと鞄をゴソゴソと弄り、中から“とっておき”を取り出す。
それは赤黒いソースが溢れんばかりにベッタリと塗られ、果肉が挟んであるパンだった。
「これお昼休みに購買で買って来たんだけど。もしお化けがいたらこれを渡して機嫌を良くして貰おう!」
「幽霊舐めすぎじゃない?」
「不安……。」
自信満々に鼻を鳴らすマコトに二人は一抹の不安を覚えるのであった。
「帰ったら報告書作って俺のデスク置いといてー。」
「了解です。」
現場検証を終えた大松と邦治の二人が交番にパトカーで帰っているその時、なんとなしに窓の外に目をやると四人の女子学生達が山の方へと向かって歩いていくのを目撃する。
「……あの子達、何処へ行くんでしょうか?」
「うーん……あの子達の内一人の家があの道の先にあって、遊びに行ってる…ならええけど……けど最近子供達の間にあの裏山に“幽霊屋敷”があるっちゅー噂が流行ってるらしくてなぁ…」
「……“幽霊屋敷”?」
邦治が聞き返すと、大松は天井に視線を移しながら答える。
「あぁ。甥っ子から聞いたんやけど、なんかお化けが出るっちゅー話でな。前もクラスメイトが行ってビビって逃げて来たんやと。まぁ、可愛い肝試しの話やが…」
「いや、普通に廃墟なんて危ないですよ。不法侵入だし、お化け以外にも不審者がいる可能性もあります。」
大松に邦治が冷静に返すと、大松もせやなー、と同意。すると邦治は道路にパトカーをハザードを焚いて、停めるとドアを開ける。
「ちょっと、追いかけてその“幽霊屋敷”とかに入るようでしたら止めて来ます。」
「おー。なんかあったら連絡してー。」
ヒラヒラと手を振る大松を背に、邦治は少し早歩きで彼女達を追い掛け、山へと向かった。
「了解です。」
現場検証を終えた大松と邦治の二人が交番にパトカーで帰っているその時、なんとなしに窓の外に目をやると四人の女子学生達が山の方へと向かって歩いていくのを目撃する。
「……あの子達、何処へ行くんでしょうか?」
「うーん……あの子達の内一人の家があの道の先にあって、遊びに行ってる…ならええけど……けど最近子供達の間にあの裏山に“幽霊屋敷”があるっちゅー噂が流行ってるらしくてなぁ…」
「……“幽霊屋敷”?」
邦治が聞き返すと、大松は天井に視線を移しながら答える。
「あぁ。甥っ子から聞いたんやけど、なんかお化けが出るっちゅー話でな。前もクラスメイトが行ってビビって逃げて来たんやと。まぁ、可愛い肝試しの話やが…」
「いや、普通に廃墟なんて危ないですよ。不法侵入だし、お化け以外にも不審者がいる可能性もあります。」
大松に邦治が冷静に返すと、大松もせやなー、と同意。すると邦治は道路にパトカーをハザードを焚いて、停めるとドアを開ける。
「ちょっと、追いかけてその“幽霊屋敷”とかに入るようでしたら止めて来ます。」
「おー。なんかあったら連絡してー。」
ヒラヒラと手を振る大松を背に、邦治は少し早歩きで彼女達を追い掛け、山へと向かった。
「中々見えないね……」
「結構奥に進んだと思うんだけど…。」
鬱蒼と木々が生い茂り、山道特有の悪路を進み、ぜぇぜぇと荒い息を始める上原、中空、下森に誠が心配そうに声をかける。
「大丈夫?何か三人とも疲れてそうだけど。」
「……この、フィジカルバケモンが…」
平気そうなマコトに下森が憎まれ口を叩く。しかし誠を除いた三人の体力は限界に近い。
四人の間に疲れたし、もう帰ろうか……みたいな雰囲気が流れ始めて来たその時。
「……ん?」
上原が目を細める。その視線の先には鬱蒼と生い茂る木々の隙間に、白い建物のようなものの一部が見える。
「あれじゃない?噂の“幽霊屋敷”。」
「え?」
上原が指差した先に見える建物の一部を見た三人の顔に元気が戻る。
「いや絶対にアレじゃんっ!」
「行こ行こッ!」
人間不思議なもので、どれだけ疲れていてもゴールが近いとそれなりに元気になるものである。
元気を取り戻した四人が力を振り絞り、歩を進めると、その建物が鮮明に見えて来る。
そしてとうとう四人は、白いヨーロッパ風の建築の屋敷の前に辿り着く。ろくすっぽ整備してないのか、ボロボロかつ、ガラスは大半が曇っている。あちこちから聞こえる烏や謎の虫の声が、より不気味さを際立てている。
「おぉ……結構雰囲気あるわね…。」
「これは話もあながち嘘じゃないかも……」
「むぅ……」
その建物のあまりの異様さに三人が気圧される。思わず二の足を踏み、本当に入るかどうか、悩んでいると。
「お邪魔しまーす。」
ガチャァンッとドアを開けて普通に誠が屋敷の中へと入って行った。
「うおおおいっ!」
「ちょいちょいちょい!!」
マコトのあまりの無鉄砲な行動に慌てて三人が追いかける。
「あんたっ、あんたちょっといくら何でも考えなし過ぎない!?」
「あんまり長くしてると暗くなるから、さっさと行った方がいいかなーって。」
「いや、アンタねぇっ……」
あちこちを見回すマコトに、上原が何か言おうとするが、確かにあんまり長くもいられないの事実。中空は携帯を取り出し、動画を回し始め、上原と下森の二人も仕方なしに屋敷を探索し始める。
「にしても埃っぽいとこだなぁ……」
「そりゃ、誰も手入れをしない廃墟なんだから仕方ないでしょ。」
ガチャガチャと音を立てながら、何か面白いものはないかと探してみるが、古い外国語の本やら妙な形のアンティークやら取り立てて面白そうな本はない。
屋敷の探索をする中、マコトはふとあるものを見つける。
「あれ?」
床一面は埃が積もっているのだが、誰かが最近ここに来たのか足跡が複数ある。恐らく、中空が言っていたサッカー部の男子達のものだろう。だが、一つだけ。他の足跡に比べて妙に小さなものを見つける。この大きさから想像するにかなり小柄な人物だと予想出来る。
しかもその足跡は奥の方へと続いている。
「……ほー。」
マコトが皆を呼ぼうと声を上げようとした瞬間。
バサバサバサッと音が鳴り、何かが四人の前を通り過ぎる。
その瞬間、中空の悲鳴が上がる。
「どうしたの、亜由?」
上原が尋ねると、中空は震える手で携帯を操作しながら言う。
「い、一瞬だけど見えちゃったの…こ、これ。」
震える手で中空が携帯の画像を見せる。三人が覗き込むと、携帯には……少しブレて見えにくいが…真っ赤な蝙蝠が映り込んでいた。
それを見た三人から一気に血の気が引く。何せサッカー部の話そのものと同じ状況が今起こったのだ。
「ねぇっ、これあの蝙蝠……」
「って事は次は……」
“蝙蝠が出た後に四つの赤と青の光が奥から現れる。”
それを思い起こした四人の視線が自然と屋敷の奥へと向く。するとコツン…コツン…と何か硬いものが床を叩く音がする。
「!!」
その音に四人が固まると同時に、奥の方からスーッと背景から滲み出すように赤と青の四つの光が現れる。
「ヒィッ」
誰かが悲鳴をあげる。それと同時に四つの光……いや、よくを目を凝らせば、ギョロリ、と蠢く眼球が四人を視線に捉えていた。
『サレ……タチサレ……サモナクバ……』
眼球は四人をジッと見つめたままおどろおどろしい声で警告する。しかも、それは徐々にこちらへと近づいている事に気づく。それを認識次の瞬間、四人は悲鳴をあげて、出口へと駆け出す。
しかしその時、カチャンッと中空が持っていた携帯を落とした事にマコトは気づく。
「あっ……」
落とした当の本人である中空は気づいていない。三人が扉を開けて外へと逃げ出す中、マコトは慌てて落っことしたスマホを拾い上げようと屈んで探し始める。
暗くて良く見えない視界の中、何とかスマホを手で拾い上げ、ホッと一息立ち上がろうとする。
そして、気づく。いつの間にか四つの瞳がすぐそこまで迫っていた事に。
『サレ…』
「ヒィッ」
四つの瞳に睨まれたマコトは震え上がり、鞄から“とっておき”を取り出すと。
「あのっ!勝手にお邪魔してすみません!!これ、差し上げますんで、勘弁してくださーい!!」
全力で頭を下げて“とっておき”こと、ベリーのパンを差し出す。すると、彼女と四つの眼の間に静寂が訪れる。
(いけたか……?)
目を閉じ、神に縋るように祈りながら差し出した手をキープするマコト。
長いような短いような時間が流れる。すると。クシャ…とパンの包装を掴む音が聞こえる。
そして、マコトの手からパンが取られる。
「へっ……」
それに気づいたマコトが思わず顔を上げる。顔を上げると、目の前には赤と青のオッドアイに、赤と青の眼のような水晶が着いた角を持つ、赤と黒のツートンカラーの髪をツインテールに纏めた少女の顔があった。
「えっ」
『あっ……』
お互いにビックリして、思わず固まる。固まったまま互いに見つめて気づいたが、少女の口元には良く見れば、黒い機械のようなものが付いている。
「あっ、もしかしてボイスチェンジャー……」
『えっ、いや……』
おどろおどろしい声で少女が言う。が、最早隠し切れていない。
「あの、もしかして……あなた……」
「……!」
少女が緊張の面持ちになる。マコトはジッ……と少女を見た後、ポンっと手を叩くと。
「あの、もしかしてここに住んでいる方……?」
「えっ……いや、まぁ……住んでますけど…」
なんだか予想外の質問に少女が困惑しながら答えると、マコトは何かに勘づいたような顔になる。
「あっ……つまり、私達、人の家に勝手に入っちゃったから、私たちを驚かせて追い出そうとしたんですね!!」
「は、はいっ。そうです……。」
少女が答えると、マコトはバッと頭を下げる。
「ごめんなさいッ!勝手にお家に入っちゃって!!」
「えっ。」
少女が困惑する中、マコトは。
「私達、ここ誰も住んでいないと思って、廃墟探索のつもりで来ちゃって!ごめんなさいッ!三人にも言っときますんで!また、後日改めて謝りに来ます!」
「えっ、いや、出来れば来ないで……」
「それじゃすみません!!」
捲し立てるようにそう言うと、マコトは屋敷から三人を追いかけて飛び出す。
嵐のように去って行った彼女の後ろ姿を少女はポカンとした表情で見送る。少女は呆気に取られるが、ふと何となしに受け取ってしまったパンに目を落とす。
ガサガサと音を立てながら包装紙を取り外すと、パクッと一口食べてみる。
その瞬間、カッと少女の目が見開かれる。
「うまっ……」
「結構奥に進んだと思うんだけど…。」
鬱蒼と木々が生い茂り、山道特有の悪路を進み、ぜぇぜぇと荒い息を始める上原、中空、下森に誠が心配そうに声をかける。
「大丈夫?何か三人とも疲れてそうだけど。」
「……この、フィジカルバケモンが…」
平気そうなマコトに下森が憎まれ口を叩く。しかし誠を除いた三人の体力は限界に近い。
四人の間に疲れたし、もう帰ろうか……みたいな雰囲気が流れ始めて来たその時。
「……ん?」
上原が目を細める。その視線の先には鬱蒼と生い茂る木々の隙間に、白い建物のようなものの一部が見える。
「あれじゃない?噂の“幽霊屋敷”。」
「え?」
上原が指差した先に見える建物の一部を見た三人の顔に元気が戻る。
「いや絶対にアレじゃんっ!」
「行こ行こッ!」
人間不思議なもので、どれだけ疲れていてもゴールが近いとそれなりに元気になるものである。
元気を取り戻した四人が力を振り絞り、歩を進めると、その建物が鮮明に見えて来る。
そしてとうとう四人は、白いヨーロッパ風の建築の屋敷の前に辿り着く。ろくすっぽ整備してないのか、ボロボロかつ、ガラスは大半が曇っている。あちこちから聞こえる烏や謎の虫の声が、より不気味さを際立てている。
「おぉ……結構雰囲気あるわね…。」
「これは話もあながち嘘じゃないかも……」
「むぅ……」
その建物のあまりの異様さに三人が気圧される。思わず二の足を踏み、本当に入るかどうか、悩んでいると。
「お邪魔しまーす。」
ガチャァンッとドアを開けて普通に誠が屋敷の中へと入って行った。
「うおおおいっ!」
「ちょいちょいちょい!!」
マコトのあまりの無鉄砲な行動に慌てて三人が追いかける。
「あんたっ、あんたちょっといくら何でも考えなし過ぎない!?」
「あんまり長くしてると暗くなるから、さっさと行った方がいいかなーって。」
「いや、アンタねぇっ……」
あちこちを見回すマコトに、上原が何か言おうとするが、確かにあんまり長くもいられないの事実。中空は携帯を取り出し、動画を回し始め、上原と下森の二人も仕方なしに屋敷を探索し始める。
「にしても埃っぽいとこだなぁ……」
「そりゃ、誰も手入れをしない廃墟なんだから仕方ないでしょ。」
ガチャガチャと音を立てながら、何か面白いものはないかと探してみるが、古い外国語の本やら妙な形のアンティークやら取り立てて面白そうな本はない。
屋敷の探索をする中、マコトはふとあるものを見つける。
「あれ?」
床一面は埃が積もっているのだが、誰かが最近ここに来たのか足跡が複数ある。恐らく、中空が言っていたサッカー部の男子達のものだろう。だが、一つだけ。他の足跡に比べて妙に小さなものを見つける。この大きさから想像するにかなり小柄な人物だと予想出来る。
しかもその足跡は奥の方へと続いている。
「……ほー。」
マコトが皆を呼ぼうと声を上げようとした瞬間。
バサバサバサッと音が鳴り、何かが四人の前を通り過ぎる。
その瞬間、中空の悲鳴が上がる。
「どうしたの、亜由?」
上原が尋ねると、中空は震える手で携帯を操作しながら言う。
「い、一瞬だけど見えちゃったの…こ、これ。」
震える手で中空が携帯の画像を見せる。三人が覗き込むと、携帯には……少しブレて見えにくいが…真っ赤な蝙蝠が映り込んでいた。
それを見た三人から一気に血の気が引く。何せサッカー部の話そのものと同じ状況が今起こったのだ。
「ねぇっ、これあの蝙蝠……」
「って事は次は……」
“蝙蝠が出た後に四つの赤と青の光が奥から現れる。”
それを思い起こした四人の視線が自然と屋敷の奥へと向く。するとコツン…コツン…と何か硬いものが床を叩く音がする。
「!!」
その音に四人が固まると同時に、奥の方からスーッと背景から滲み出すように赤と青の四つの光が現れる。
「ヒィッ」
誰かが悲鳴をあげる。それと同時に四つの光……いや、よくを目を凝らせば、ギョロリ、と蠢く眼球が四人を視線に捉えていた。
『サレ……タチサレ……サモナクバ……』
眼球は四人をジッと見つめたままおどろおどろしい声で警告する。しかも、それは徐々にこちらへと近づいている事に気づく。それを認識次の瞬間、四人は悲鳴をあげて、出口へと駆け出す。
しかしその時、カチャンッと中空が持っていた携帯を落とした事にマコトは気づく。
「あっ……」
落とした当の本人である中空は気づいていない。三人が扉を開けて外へと逃げ出す中、マコトは慌てて落っことしたスマホを拾い上げようと屈んで探し始める。
暗くて良く見えない視界の中、何とかスマホを手で拾い上げ、ホッと一息立ち上がろうとする。
そして、気づく。いつの間にか四つの瞳がすぐそこまで迫っていた事に。
『サレ…』
「ヒィッ」
四つの瞳に睨まれたマコトは震え上がり、鞄から“とっておき”を取り出すと。
「あのっ!勝手にお邪魔してすみません!!これ、差し上げますんで、勘弁してくださーい!!」
全力で頭を下げて“とっておき”こと、ベリーのパンを差し出す。すると、彼女と四つの眼の間に静寂が訪れる。
(いけたか……?)
目を閉じ、神に縋るように祈りながら差し出した手をキープするマコト。
長いような短いような時間が流れる。すると。クシャ…とパンの包装を掴む音が聞こえる。
そして、マコトの手からパンが取られる。
「へっ……」
それに気づいたマコトが思わず顔を上げる。顔を上げると、目の前には赤と青のオッドアイに、赤と青の眼のような水晶が着いた角を持つ、赤と黒のツートンカラーの髪をツインテールに纏めた少女の顔があった。
「えっ」
『あっ……』
お互いにビックリして、思わず固まる。固まったまま互いに見つめて気づいたが、少女の口元には良く見れば、黒い機械のようなものが付いている。
「あっ、もしかしてボイスチェンジャー……」
『えっ、いや……』
おどろおどろしい声で少女が言う。が、最早隠し切れていない。
「あの、もしかして……あなた……」
「……!」
少女が緊張の面持ちになる。マコトはジッ……と少女を見た後、ポンっと手を叩くと。
「あの、もしかしてここに住んでいる方……?」
「えっ……いや、まぁ……住んでますけど…」
なんだか予想外の質問に少女が困惑しながら答えると、マコトは何かに勘づいたような顔になる。
「あっ……つまり、私達、人の家に勝手に入っちゃったから、私たちを驚かせて追い出そうとしたんですね!!」
「は、はいっ。そうです……。」
少女が答えると、マコトはバッと頭を下げる。
「ごめんなさいッ!勝手にお家に入っちゃって!!」
「えっ。」
少女が困惑する中、マコトは。
「私達、ここ誰も住んでいないと思って、廃墟探索のつもりで来ちゃって!ごめんなさいッ!三人にも言っときますんで!また、後日改めて謝りに来ます!」
「えっ、いや、出来れば来ないで……」
「それじゃすみません!!」
捲し立てるようにそう言うと、マコトは屋敷から三人を追いかけて飛び出す。
嵐のように去って行った彼女の後ろ姿を少女はポカンとした表情で見送る。少女は呆気に取られるが、ふと何となしに受け取ってしまったパンに目を落とす。
ガサガサと音を立てながら包装紙を取り外すと、パクッと一口食べてみる。
その瞬間、カッと少女の目が見開かれる。
「うまっ……」
「ヒィッ〜〜!!マジで、マジで出たぁ〜!!」
「きゃっ〜〜!!」
「わぁぁ〜〜!?」
悲鳴を上げながら逃げ出す三人。三人は息の続く限り走って走って、そしてある程度のところまで屋敷から離れると、一旦立ち止まり、ぜぇぜぇと息を吐く。
「ほ、ホントに出るなんてぇ〜」
「はぁっ、はぁ……あれ?マコトは?」
辺りを見回すが上原、中空、下森はいるが、マコトがいない。上原達の顔がさらにサッと青くなる。
「あっ、……私のスマホもない……」
自分のポケットを弄って、さらに青い顔をして絶望した表情を見せる中空。
もしかしてあの四つの瞳に捕まってしまったのか?しかもスマホを屋敷に落としてしまったのか。
「どうしよ……」
「あぁもう泣くな!泣いたってしょうがないだろ!」
いっぺんに色んな事が起こりすぎて最早泣き出しそうになった中空。だが、上原と下森も冷静を欠き、最早どうしたら良いか分からずパニック状態に陥る。
三人が混乱のあまりその場で座り込んでいたその時。
「……ーい」
「……?」
一瞬、ほんの一瞬聞こえてきた声に三人が顔を上げる。
「おーい」
今度はハッキリと聞こえる。声がした方に三人が視線を向けると、チカチカと点滅する光と共に一人の少女がこちらへと駆けて来る。
「おーい!みんなー!」
その声の主はスマホのライトを持って走って来るマコトだった。
「「「マコト!!」」」
その姿を見た三人は色めきだって立ち上がるとこちらへと走って来たマコトを迎える。
「亜美。これ。落としてたよ。」
「あっ、私のスマホ……」
マコトから手渡されたスマホを受け取った中空は、目一杯に涙を浮かべると、ギュッとマコトに抱きつく。
「マコト〜〜!!ありがとぉ〜〜!」
「うわうわっ、そんな泣かなくても。」
「にしても、アンタ、良く無事だったね。」
「しょーじき、ダメかと思ってた。」
二人も目に少し涙を浮かべ、マコトの無事を心から安堵しているようだ。
「いやー、それがね……」
マコトが屋敷であった事について話そうとしたその時。
「あらあら。こんな夜の山に貴方達、何をしているのかしら。」
突然声をかけられ、四人はビクッと肩を震わせる。声がした方を振り向くと、そこには黒いドレスに身を包み、青と白のツートンカラーの髪を縦ロールに纏めた女性がその場にいた。
「うふふ。幸運だわ。まさか散歩してたらこんな若々しい“プリシア”と出くわすなんて。」
だが、その女性の青と翠のオッドアイ、さらにそれと同じ眼球のような水晶が嵌め込まれた角が、その女性が人間ではないように思わせる。
「コスプレ……?」
あまりにも現代人からかけ離れた存在に、四人が困惑するが、マコトは彼女と同じ出立ちの存在をつい先程見た事を思い出す。
「あっ、屋敷にいた女の子と一緒……」
「あら?貴女“ドラキュリア”を知っているのかしら?」
「“ドラキュリア”?」
目の前の女性はマコトに視線を向ける。その視線を向けられた彼女は、目の前の相手の視線がまるで食卓に並べられた食事でも見るような、こちらを品定めするようなものである事を感じる。
「……三人とも、逃げよう。多分だけど、まともな人じゃないよ。」
「多分じゃなくて、確実に、だよ。」
「こればっかりは全力で同意するわ。」
目の前の女性から感じる、あまりにも危険な気配にとてつもない忌避感を覚えた四人がじりじりと後ずさる。
そしてある程度距離を取った四人は一斉に脱兎の如く駆け出す。
だが、目の前にいる女性はそこまで甘い相手では無かった。
「フフッ。このベレニスから逃げられると思ってたのかしら?」
女性、ベレニスが手を翳した瞬間、三人とマコトの間に血のように赤黒い壁が出現し、マコトの行手を遮る。
「うわっ!」
「マコト!?」
勢いよく現れた壁に驚いた彼女が尻餅をついて転ぶ。隔離された三人は壁越しにマコトに呼びかける。
「マコト、大丈夫!?」
「私の事は気にしないで!誰か人を呼んできて!」
「わ、分かったわ!」
「ごめんっ!」
素早くマコトが指示を出す。指示を出された三人は少し躊躇うが、すぐさま助けを呼ぶべく駆け出す。
一方のマコトは立ち上がると、女性……ベレニスの方へと振り返る。
「へぇ。“プリシア”にしちゃ、良い判断じゃない。自分を犠牲に友達三人を逃すなんて。」
「まだ、犠牲になるつもりなんてないんだけどね!」
そう言うと同時にマコトが走り出す。血の壁がない、森の方へと進もうとする。しかしマコトが脇目も振らず走り出そうとしたにも関わらず、一瞬で彼女の目の前にベレニスが現れる。
「!!」
「あらあら。私から逃げられると思ったのかしら?」
獲物を甚振る猫のような瞳を向けるベレニス。しかしマコトも負けじと素早い足捌きでベレニスをかわして逃げ出そうとする。
「元気が良いのは良いけど…そろそろ飽きたわね。」
そう言うと同時に走って逃げようとするマコトの首根っこをつかむ。
「ぐえっ」
突然掴まれ、慣性でマコトは転ぶ。倒れる彼女を見下ろしながらベレニスは口元の牙を覗かせる。
「フフッ。貴女、昨日の眼鏡の子に比べたらずいぶんと肉付きがいいわ。とても美味しそうだわ。」
その言葉に、マコトは目を大きく見開く。
「じゃあ、貴女が茂木さんを…!」
「あぁ。あの子、そう言うの。ま、どうでも良いじゃない。安心して。別に死にはしないわ、まぁ、“ちょっとだけ”眠るだろうけど。」
特に気にした様子もなく、飄々と言ってのけるベレニス。身の危険を本気で感じたマコトが全力で暴れて振り解こうとするが、ベレニスの拘束はビクともしない。
首筋にベレニスの生温かい吐息がかかり、マコトの背筋が凍る。
「このっ……」
「貴女の味、楽しみだわ……」
ベレニスの口が開く。迫り来る恐怖に堪らずマコトが目を閉じたその時。
バサバサバサッと木々が揺れた音がしたその時。上空から飛び出た紫色の影が高速で二人に迫る。
「!」
いち早く気づいたベレニスがマコトから口を離すが、その顔面に痛烈な“蹴り”が叩き込まれる。
「ギャッ」
悲鳴を上げ、もんどり打って彼女が倒れる。そして倒れているマコトの横にその影が降り立つ。
青色の月光に照らされ、その影の正体が露わになる。
「!君は……」
「……怪我、ない?」
そこにいたのは、屋敷にいた紫色の丈の短いドレスに赤と黒のツートンカラー、赤と青の眼のオッドアイの少女だった。
少女は倒れているマコトに手を差し伸べる。マコトはその手を取り、立ち上がる。
「ありがと……えっ、何で、私を……」
助けられた事に礼を言いつつも、マコトが困惑していると、少女はボソリ、と小さな声で。
「……パン。」
「へ?」
「……パン、美味しかったから。…その、また持って来て欲しい。」
少し、恥ずかしそうに言う少女に、一瞬呆気に取られるが、すぐに笑顔を浮かべると。
「うん!うん!また持って来るよ!!」
少女の手を掴んでぶんぶんと振る。かなり強く振られた少女が呆気に取られ、少し困り顔をしていると。
「…ぐっ、おぉ……、よくも、よくも私の顔に…!」
少女に蹴り飛ばされたベレニスが出血する顔を押さえながら、憎々しげに少女を睨む。
「貴女、見たところ“ドラキュリア”とお見受けしますが……私をベレニス・ル・フロレンティーナと知っての狼藉かしら!?貴女、名を名乗りなさい!」
怒り狂うベレニスに、少女は少し目を細めると。
「私の名はレティシア。レティシア・ノ・ロクム。」
少女、レティシアがそう答えた瞬間。ベレニスは目を大きく吊り上げ烈火の如く怒りを顕わにする。
「“ノ”!?“ノ”風情が“ル”の私の、顔面を足蹴にしたって言う訳かしら!?」
怒り狂うベレニスが地面を蹴り、マコトの目には止まらぬ速さでレティシアに近づくと、右手の手刀を繰り出す。
しかし彼女は突き出された手刀を横から腕をぶつける事で弾いて防ぐ。さらに突き出される左腕の手刀も同じように弾いて防ぐ。
「このッ」
ベレニスがレティシアを突き刺さんと両手を突き出す。しかしレティシアはそれを内側から弾いて、その両腕を掴むと、そのまま脚を上げて、ベレニスの顎蹴り抜く。
「ごっ……!」
一瞬意識が飛びかけるが、ギリギリのところで踏み止まると、ベレニスはレティシアの手を振りほどき、一旦距離を取る。
「……まだ、やる?」
「この……!」
まだまだ余裕があるレティシアに対し、ベレニスは怒り心頭と言った様子だ。
殺気が辺りに立ち込める中、マコトはすぐそばの木に隠れて、決着の行方を見守る事しか出来なかった。
「きゃっ〜〜!!」
「わぁぁ〜〜!?」
悲鳴を上げながら逃げ出す三人。三人は息の続く限り走って走って、そしてある程度のところまで屋敷から離れると、一旦立ち止まり、ぜぇぜぇと息を吐く。
「ほ、ホントに出るなんてぇ〜」
「はぁっ、はぁ……あれ?マコトは?」
辺りを見回すが上原、中空、下森はいるが、マコトがいない。上原達の顔がさらにサッと青くなる。
「あっ、……私のスマホもない……」
自分のポケットを弄って、さらに青い顔をして絶望した表情を見せる中空。
もしかしてあの四つの瞳に捕まってしまったのか?しかもスマホを屋敷に落としてしまったのか。
「どうしよ……」
「あぁもう泣くな!泣いたってしょうがないだろ!」
いっぺんに色んな事が起こりすぎて最早泣き出しそうになった中空。だが、上原と下森も冷静を欠き、最早どうしたら良いか分からずパニック状態に陥る。
三人が混乱のあまりその場で座り込んでいたその時。
「……ーい」
「……?」
一瞬、ほんの一瞬聞こえてきた声に三人が顔を上げる。
「おーい」
今度はハッキリと聞こえる。声がした方に三人が視線を向けると、チカチカと点滅する光と共に一人の少女がこちらへと駆けて来る。
「おーい!みんなー!」
その声の主はスマホのライトを持って走って来るマコトだった。
「「「マコト!!」」」
その姿を見た三人は色めきだって立ち上がるとこちらへと走って来たマコトを迎える。
「亜美。これ。落としてたよ。」
「あっ、私のスマホ……」
マコトから手渡されたスマホを受け取った中空は、目一杯に涙を浮かべると、ギュッとマコトに抱きつく。
「マコト〜〜!!ありがとぉ〜〜!」
「うわうわっ、そんな泣かなくても。」
「にしても、アンタ、良く無事だったね。」
「しょーじき、ダメかと思ってた。」
二人も目に少し涙を浮かべ、マコトの無事を心から安堵しているようだ。
「いやー、それがね……」
マコトが屋敷であった事について話そうとしたその時。
「あらあら。こんな夜の山に貴方達、何をしているのかしら。」
突然声をかけられ、四人はビクッと肩を震わせる。声がした方を振り向くと、そこには黒いドレスに身を包み、青と白のツートンカラーの髪を縦ロールに纏めた女性がその場にいた。
「うふふ。幸運だわ。まさか散歩してたらこんな若々しい“プリシア”と出くわすなんて。」
だが、その女性の青と翠のオッドアイ、さらにそれと同じ眼球のような水晶が嵌め込まれた角が、その女性が人間ではないように思わせる。
「コスプレ……?」
あまりにも現代人からかけ離れた存在に、四人が困惑するが、マコトは彼女と同じ出立ちの存在をつい先程見た事を思い出す。
「あっ、屋敷にいた女の子と一緒……」
「あら?貴女“ドラキュリア”を知っているのかしら?」
「“ドラキュリア”?」
目の前の女性はマコトに視線を向ける。その視線を向けられた彼女は、目の前の相手の視線がまるで食卓に並べられた食事でも見るような、こちらを品定めするようなものである事を感じる。
「……三人とも、逃げよう。多分だけど、まともな人じゃないよ。」
「多分じゃなくて、確実に、だよ。」
「こればっかりは全力で同意するわ。」
目の前の女性から感じる、あまりにも危険な気配にとてつもない忌避感を覚えた四人がじりじりと後ずさる。
そしてある程度距離を取った四人は一斉に脱兎の如く駆け出す。
だが、目の前にいる女性はそこまで甘い相手では無かった。
「フフッ。このベレニスから逃げられると思ってたのかしら?」
女性、ベレニスが手を翳した瞬間、三人とマコトの間に血のように赤黒い壁が出現し、マコトの行手を遮る。
「うわっ!」
「マコト!?」
勢いよく現れた壁に驚いた彼女が尻餅をついて転ぶ。隔離された三人は壁越しにマコトに呼びかける。
「マコト、大丈夫!?」
「私の事は気にしないで!誰か人を呼んできて!」
「わ、分かったわ!」
「ごめんっ!」
素早くマコトが指示を出す。指示を出された三人は少し躊躇うが、すぐさま助けを呼ぶべく駆け出す。
一方のマコトは立ち上がると、女性……ベレニスの方へと振り返る。
「へぇ。“プリシア”にしちゃ、良い判断じゃない。自分を犠牲に友達三人を逃すなんて。」
「まだ、犠牲になるつもりなんてないんだけどね!」
そう言うと同時にマコトが走り出す。血の壁がない、森の方へと進もうとする。しかしマコトが脇目も振らず走り出そうとしたにも関わらず、一瞬で彼女の目の前にベレニスが現れる。
「!!」
「あらあら。私から逃げられると思ったのかしら?」
獲物を甚振る猫のような瞳を向けるベレニス。しかしマコトも負けじと素早い足捌きでベレニスをかわして逃げ出そうとする。
「元気が良いのは良いけど…そろそろ飽きたわね。」
そう言うと同時に走って逃げようとするマコトの首根っこをつかむ。
「ぐえっ」
突然掴まれ、慣性でマコトは転ぶ。倒れる彼女を見下ろしながらベレニスは口元の牙を覗かせる。
「フフッ。貴女、昨日の眼鏡の子に比べたらずいぶんと肉付きがいいわ。とても美味しそうだわ。」
その言葉に、マコトは目を大きく見開く。
「じゃあ、貴女が茂木さんを…!」
「あぁ。あの子、そう言うの。ま、どうでも良いじゃない。安心して。別に死にはしないわ、まぁ、“ちょっとだけ”眠るだろうけど。」
特に気にした様子もなく、飄々と言ってのけるベレニス。身の危険を本気で感じたマコトが全力で暴れて振り解こうとするが、ベレニスの拘束はビクともしない。
首筋にベレニスの生温かい吐息がかかり、マコトの背筋が凍る。
「このっ……」
「貴女の味、楽しみだわ……」
ベレニスの口が開く。迫り来る恐怖に堪らずマコトが目を閉じたその時。
バサバサバサッと木々が揺れた音がしたその時。上空から飛び出た紫色の影が高速で二人に迫る。
「!」
いち早く気づいたベレニスがマコトから口を離すが、その顔面に痛烈な“蹴り”が叩き込まれる。
「ギャッ」
悲鳴を上げ、もんどり打って彼女が倒れる。そして倒れているマコトの横にその影が降り立つ。
青色の月光に照らされ、その影の正体が露わになる。
「!君は……」
「……怪我、ない?」
そこにいたのは、屋敷にいた紫色の丈の短いドレスに赤と黒のツートンカラー、赤と青の眼のオッドアイの少女だった。
少女は倒れているマコトに手を差し伸べる。マコトはその手を取り、立ち上がる。
「ありがと……えっ、何で、私を……」
助けられた事に礼を言いつつも、マコトが困惑していると、少女はボソリ、と小さな声で。
「……パン。」
「へ?」
「……パン、美味しかったから。…その、また持って来て欲しい。」
少し、恥ずかしそうに言う少女に、一瞬呆気に取られるが、すぐに笑顔を浮かべると。
「うん!うん!また持って来るよ!!」
少女の手を掴んでぶんぶんと振る。かなり強く振られた少女が呆気に取られ、少し困り顔をしていると。
「…ぐっ、おぉ……、よくも、よくも私の顔に…!」
少女に蹴り飛ばされたベレニスが出血する顔を押さえながら、憎々しげに少女を睨む。
「貴女、見たところ“ドラキュリア”とお見受けしますが……私をベレニス・ル・フロレンティーナと知っての狼藉かしら!?貴女、名を名乗りなさい!」
怒り狂うベレニスに、少女は少し目を細めると。
「私の名はレティシア。レティシア・ノ・ロクム。」
少女、レティシアがそう答えた瞬間。ベレニスは目を大きく吊り上げ烈火の如く怒りを顕わにする。
「“ノ”!?“ノ”風情が“ル”の私の、顔面を足蹴にしたって言う訳かしら!?」
怒り狂うベレニスが地面を蹴り、マコトの目には止まらぬ速さでレティシアに近づくと、右手の手刀を繰り出す。
しかし彼女は突き出された手刀を横から腕をぶつける事で弾いて防ぐ。さらに突き出される左腕の手刀も同じように弾いて防ぐ。
「このッ」
ベレニスがレティシアを突き刺さんと両手を突き出す。しかしレティシアはそれを内側から弾いて、その両腕を掴むと、そのまま脚を上げて、ベレニスの顎蹴り抜く。
「ごっ……!」
一瞬意識が飛びかけるが、ギリギリのところで踏み止まると、ベレニスはレティシアの手を振りほどき、一旦距離を取る。
「……まだ、やる?」
「この……!」
まだまだ余裕があるレティシアに対し、ベレニスは怒り心頭と言った様子だ。
殺気が辺りに立ち込める中、マコトはすぐそばの木に隠れて、決着の行方を見守る事しか出来なかった。
「……随分と、奥へと進んだな。」
山へと入っていた四人を追いかけ、邦治は山道を登る。
山道に入ってからそれなり時間が経ち、辺りも暗くなり始め、彼の脳裏に四人が遭難したのでは?と言う不安が過ぎる。
(杞憂であってほしいが……)
拭えぬ不安に彼の歩が早まる。さらに彼が進んだその時。
「……む。」
彼の進行方向、前の方から少女のような声が聞こえる。「誰かいるのか!?」
思わず彼はその声の方へと叫ぶ。
「いるなら返事をしてくれ!私は警察だ!君達を保護しに来た!」
邦治の声があらん限りの言葉で叫ぶ。すると、少女達の声は段々と大きくなり、その姿も暗闇から段々と見えて来る。現れたのは三人の少女。そして全員顔を青ざめさせ、目尻には涙を浮かべている。
少女達は邦治に駆け寄ると、荒い息を吐きながら何かを必死に訴えようと口を開く。
「あ、あの!!」
「ま、マコトが!その、変な人に…絡まれちゃって…!」
「その子、私達を逃して、その…!」
矢継ぎ早に叫ぶ彼女達の言葉から、邦治はある程度の事情を察すると、彼女達を手で制する。
「分かった。君達の事情は理解したから、一旦落ち着いてくれ。」
そう言うと邦治はポケットから無線機を取り出し、パトカーで待機している大松と連絡を取る。
「大松さん。永瀬です。」
『おぉ、永瀬。どないしたん?』
「女の子三人が山道にいます。保護をお願いします。俺は不審者と遭遇したもう一人を保護しに向かいます。」
『…分かった。俺もそっちに向かう。無理はするなよ。』
邦治の雰囲気から事の事情を察したのか、大松がいつになく真剣な口調になる。
邦治は通信を切ると、三人に向き直る。
「もう少ししたら、私の仲間がここに来る。それまでここで待っていなさい。お友達は私が必ず連れ帰る。」
「お、お願いします。」
邦治はそう言うと、三人をその場に待機させ、山の奥へと進む。
「無事でいてくれ……!」
邦治はそう願わずにはいられなかった。
山へと入っていた四人を追いかけ、邦治は山道を登る。
山道に入ってからそれなり時間が経ち、辺りも暗くなり始め、彼の脳裏に四人が遭難したのでは?と言う不安が過ぎる。
(杞憂であってほしいが……)
拭えぬ不安に彼の歩が早まる。さらに彼が進んだその時。
「……む。」
彼の進行方向、前の方から少女のような声が聞こえる。「誰かいるのか!?」
思わず彼はその声の方へと叫ぶ。
「いるなら返事をしてくれ!私は警察だ!君達を保護しに来た!」
邦治の声があらん限りの言葉で叫ぶ。すると、少女達の声は段々と大きくなり、その姿も暗闇から段々と見えて来る。現れたのは三人の少女。そして全員顔を青ざめさせ、目尻には涙を浮かべている。
少女達は邦治に駆け寄ると、荒い息を吐きながら何かを必死に訴えようと口を開く。
「あ、あの!!」
「ま、マコトが!その、変な人に…絡まれちゃって…!」
「その子、私達を逃して、その…!」
矢継ぎ早に叫ぶ彼女達の言葉から、邦治はある程度の事情を察すると、彼女達を手で制する。
「分かった。君達の事情は理解したから、一旦落ち着いてくれ。」
そう言うと邦治はポケットから無線機を取り出し、パトカーで待機している大松と連絡を取る。
「大松さん。永瀬です。」
『おぉ、永瀬。どないしたん?』
「女の子三人が山道にいます。保護をお願いします。俺は不審者と遭遇したもう一人を保護しに向かいます。」
『…分かった。俺もそっちに向かう。無理はするなよ。』
邦治の雰囲気から事の事情を察したのか、大松がいつになく真剣な口調になる。
邦治は通信を切ると、三人に向き直る。
「もう少ししたら、私の仲間がここに来る。それまでここで待っていなさい。お友達は私が必ず連れ帰る。」
「お、お願いします。」
邦治はそう言うと、三人をその場に待機させ、山の奥へと進む。
「無事でいてくれ……!」
邦治はそう願わずにはいられなかった。
レティシアとベレニスが睨み合う。
「……ここは退いて貰えない?私、あんまり殴り合うのは好きじゃないからさ。」
「“ノ”に馬鹿にされて、ノコノコ引き下がれる訳ないでしょぉっ!!」
レティシアの言葉にベレニスは激昂し、手を翳す。すると彼女の翳した手に赤黒い液体のようなものが現れ、それは剣のように形取り、彼女はそれを手に取るとその切先をレティシアに向ける。
「死ね!!」
ベレニスはそう叫ぶと、レティシアへと向かう。ベレニスが振り下ろした剣をレティシアは身を屈んでかわす。
攻撃を避けたレティシアにベレニスは今度は突きを繰り出す。それをも華麗な体捌きでレティシアはかわす。
「このっ、すばしっこい…!」
明らかに苛立つベレニス。彼女の怒りに任せた怒涛の攻撃をかわしながらも、レティシアはジッと静かに彼女を観察していた。
そして一瞬。苛立つ彼女が早めに決着をつけようと、少し大振りになったのをレティシアは見逃さなかった。
「ふっ!」
その一撃をかわすと、同時にレティシアは後ろに回り込むと同時に、後ろ回し蹴りをベレニスの背中に叩き込む。
「おごっ!」
背中に走る衝撃に思わずベレニスがふらつく。
「こ、の!血三日月刃“ブラム・クロッサン・サーブル”!」
反撃にとベレニスが剣を振るうと、レティシアに向けて飛ぶ斬撃が飛んでくる。飛んでくる三日月状の斬撃に対し、レティシアは上へと飛んでその一撃をかわす。
空中で錐揉み回転をしながら、地面に着地する。そんな彼女に対し、ベレニスはレティシアに対し、さらに複数の斬撃を飛ばす。
「行進曲・進血“マーチ=ブラム・マルシュ”」
レティシアは最早残像で複数に見える程の高速の健脚で飛んで来る斬撃を次々と蹴り壊す。
そしてとうとう、彼女は全ての攻撃を蹴りで掻き消してしまった。
「なっ……にっ…!?」
全ての攻撃を捌き切られたベレニスは思わず後ずさる。レティシアはそんな彼女を見つめながら、ジリ、と詰め寄る。
すると、ふと、レティシアの耳に遠くの方から男の叫ぶ声と誰かが近づいてくる音を拾う。
「おーい!誰かいるなら返事をしろー!」
それを聞いたレティシアのベレニスを見る目が細まり、そして呟く。
「……悪いけど時間ないみたいだし、そろそろ本気、出させて貰うね。」
次の瞬間、レティシアは地面をヒビが入る程蹴り抜くと、爆発的な跳躍で加速し、ベレニスとの距離を一瞬でゼロにする。
「ッ!!このッ」
迎撃のためにベレニスが剣を突き出すが、レティシアは飛び上がってかわすと同時に剣の腹に手を当て、それを軸にまるで踊るように回転しながら回し蹴りをベレニスにお見舞いする。
「ごっ……!?」
よろめく彼女にレティシアはさらに往復蹴りを喰らわせ、怯ませると彼女の角を掴んでその鳩尾に膝蹴りを叩き込む。
「かっ……!!?」
鳩尾に抉り込まれた一撃が、ベレニスを一瞬呼吸困難にさせる。それでも彼女が何とか反撃しようと剣を振り上げる。しかし、それが振り下ろされるより速く放たれた蹴りがベレニスを吹き飛ばし、木の幹へと叩きつける。
「ごっ、…おごっ…!かはっ……!?…私は、負ける訳にいかない…!“ノ”如きに、“ル”の私が負ける訳には…!」
だが、プライドが為せる技か。木を支えにしながらもベレニスはたちあがる。
それを見たレティシアは右脚を前に出し、独特の構えを取る。すると、彼女の右脚の側面に赤黒い蝙蝠の翼のような形状の刃が形成される。
「スゥ……」
「負ける訳にはいかないのよォッ!!」
構えるレティシアに鬼気迫る勢いでベレニスが剣を振り上げ、襲い掛かる。
刃がレティシアを斬り裂かんと、振り下ろされた次の瞬間。
「哀歌•血別“エレジア=ブラム・セパラシオン”。」
ベレニスの攻撃をかわしながら、レティシアがカウンターの要領で刃のついた脚を振り抜く。振り抜かれた一撃はベレニスの身体を横一文字に切り裂く。攻撃を受けた箇所から血が噴水のように飛び出す。
「がっ……はっ……?」
痛烈な一撃を受けたベレニスは信じられない、と言ったような瞳でそれを見下ろした後、後方へと倒れ、森の奥へと消えていった。
「…倒した?」
凄まじい戦闘にマコトが唖然としながら呟くと、レティシアが振り返る。
「あの……多分、もうすぐしたら誰か来るから……今日はもう、帰った方が……いいよ…。」
レティシアがそう言うと、今度はマコトにも誰かが叫ぶ声が聞こえる。
「友達が心配している!返事をしてくれー!」
どうやら、三人が人を呼んでくれたらしい事を察したマコトはそちらの方へと振り向くと、木々の影からライトの光がこちらへと近づいてくるのが見えた。
「あの、レティシア……さんだっけ?」
「……うん。」
マコトは光の方へと行く前にレティシアの手を握ると。
「ありがとう!おかげで助かった!私の名前はマコト!蒼海マコト!」
「…!」
笑顔で礼を言うマコトにレティシアはどこか驚いたような顔をする。
「じゃあ、私、帰る!またパン持って行くから!またね!」
そう言うと、マコトはおーい、と声をあげながらライトの光の方へと向かう。
レティシアはそれを見送って、ふと握られた手のひらを見つめる。
「……温かったな。マコト。」
手に残った温かみの残滓を感じながら、マコトとライトの光の持ち主が合流したのを見届けると、少し微笑んでレティシアも闇へと消えていくのであった。
「……ここは退いて貰えない?私、あんまり殴り合うのは好きじゃないからさ。」
「“ノ”に馬鹿にされて、ノコノコ引き下がれる訳ないでしょぉっ!!」
レティシアの言葉にベレニスは激昂し、手を翳す。すると彼女の翳した手に赤黒い液体のようなものが現れ、それは剣のように形取り、彼女はそれを手に取るとその切先をレティシアに向ける。
「死ね!!」
ベレニスはそう叫ぶと、レティシアへと向かう。ベレニスが振り下ろした剣をレティシアは身を屈んでかわす。
攻撃を避けたレティシアにベレニスは今度は突きを繰り出す。それをも華麗な体捌きでレティシアはかわす。
「このっ、すばしっこい…!」
明らかに苛立つベレニス。彼女の怒りに任せた怒涛の攻撃をかわしながらも、レティシアはジッと静かに彼女を観察していた。
そして一瞬。苛立つ彼女が早めに決着をつけようと、少し大振りになったのをレティシアは見逃さなかった。
「ふっ!」
その一撃をかわすと、同時にレティシアは後ろに回り込むと同時に、後ろ回し蹴りをベレニスの背中に叩き込む。
「おごっ!」
背中に走る衝撃に思わずベレニスがふらつく。
「こ、の!血三日月刃“ブラム・クロッサン・サーブル”!」
反撃にとベレニスが剣を振るうと、レティシアに向けて飛ぶ斬撃が飛んでくる。飛んでくる三日月状の斬撃に対し、レティシアは上へと飛んでその一撃をかわす。
空中で錐揉み回転をしながら、地面に着地する。そんな彼女に対し、ベレニスはレティシアに対し、さらに複数の斬撃を飛ばす。
「行進曲・進血“マーチ=ブラム・マルシュ”」
レティシアは最早残像で複数に見える程の高速の健脚で飛んで来る斬撃を次々と蹴り壊す。
そしてとうとう、彼女は全ての攻撃を蹴りで掻き消してしまった。
「なっ……にっ…!?」
全ての攻撃を捌き切られたベレニスは思わず後ずさる。レティシアはそんな彼女を見つめながら、ジリ、と詰め寄る。
すると、ふと、レティシアの耳に遠くの方から男の叫ぶ声と誰かが近づいてくる音を拾う。
「おーい!誰かいるなら返事をしろー!」
それを聞いたレティシアのベレニスを見る目が細まり、そして呟く。
「……悪いけど時間ないみたいだし、そろそろ本気、出させて貰うね。」
次の瞬間、レティシアは地面をヒビが入る程蹴り抜くと、爆発的な跳躍で加速し、ベレニスとの距離を一瞬でゼロにする。
「ッ!!このッ」
迎撃のためにベレニスが剣を突き出すが、レティシアは飛び上がってかわすと同時に剣の腹に手を当て、それを軸にまるで踊るように回転しながら回し蹴りをベレニスにお見舞いする。
「ごっ……!?」
よろめく彼女にレティシアはさらに往復蹴りを喰らわせ、怯ませると彼女の角を掴んでその鳩尾に膝蹴りを叩き込む。
「かっ……!!?」
鳩尾に抉り込まれた一撃が、ベレニスを一瞬呼吸困難にさせる。それでも彼女が何とか反撃しようと剣を振り上げる。しかし、それが振り下ろされるより速く放たれた蹴りがベレニスを吹き飛ばし、木の幹へと叩きつける。
「ごっ、…おごっ…!かはっ……!?…私は、負ける訳にいかない…!“ノ”如きに、“ル”の私が負ける訳には…!」
だが、プライドが為せる技か。木を支えにしながらもベレニスはたちあがる。
それを見たレティシアは右脚を前に出し、独特の構えを取る。すると、彼女の右脚の側面に赤黒い蝙蝠の翼のような形状の刃が形成される。
「スゥ……」
「負ける訳にはいかないのよォッ!!」
構えるレティシアに鬼気迫る勢いでベレニスが剣を振り上げ、襲い掛かる。
刃がレティシアを斬り裂かんと、振り下ろされた次の瞬間。
「哀歌•血別“エレジア=ブラム・セパラシオン”。」
ベレニスの攻撃をかわしながら、レティシアがカウンターの要領で刃のついた脚を振り抜く。振り抜かれた一撃はベレニスの身体を横一文字に切り裂く。攻撃を受けた箇所から血が噴水のように飛び出す。
「がっ……はっ……?」
痛烈な一撃を受けたベレニスは信じられない、と言ったような瞳でそれを見下ろした後、後方へと倒れ、森の奥へと消えていった。
「…倒した?」
凄まじい戦闘にマコトが唖然としながら呟くと、レティシアが振り返る。
「あの……多分、もうすぐしたら誰か来るから……今日はもう、帰った方が……いいよ…。」
レティシアがそう言うと、今度はマコトにも誰かが叫ぶ声が聞こえる。
「友達が心配している!返事をしてくれー!」
どうやら、三人が人を呼んでくれたらしい事を察したマコトはそちらの方へと振り向くと、木々の影からライトの光がこちらへと近づいてくるのが見えた。
「あの、レティシア……さんだっけ?」
「……うん。」
マコトは光の方へと行く前にレティシアの手を握ると。
「ありがとう!おかげで助かった!私の名前はマコト!蒼海マコト!」
「…!」
笑顔で礼を言うマコトにレティシアはどこか驚いたような顔をする。
「じゃあ、私、帰る!またパン持って行くから!またね!」
そう言うと、マコトはおーい、と声をあげながらライトの光の方へと向かう。
レティシアはそれを見送って、ふと握られた手のひらを見つめる。
「……温かったな。マコト。」
手に残った温かみの残滓を感じながら、マコトとライトの光の持ち主が合流したのを見届けると、少し微笑んでレティシアも闇へと消えていくのであった。
To be continued……