雨空の昴星 第2話『監獄』
Dr.アトラの実験施設、P.D.ラボ。彼自身も所属している、ある計画に携わる組織名『PleiaDeath』から名付けられたこの場所は、常に有毒ガスが充満し、それを吸引したことで突然変異した異形の生物達が蔓延る危険区域である。
「......計画の進捗はどうだ。」
Dr.は診療台で作業しながら、私にそう問いかけた。
「はい。先程、荊姫 カレンによる青空小学校への潜入調査が開始した模様です。彼女には、より優れた女児符号を持つ生徒七人を選定せよと伝えてあります。」
「うむ、ワシの計画書通りだ。ただ.......」
唸るような低い声で、Dr.は少し口籠る。
「.......荊姫 カレンか...........彼奴は確かに、ワシが“開発したもの”の中ではかなり優れている方だが......」
「...........何か、気掛かりな事が?」
「....彼奴の持つ女児符号、あれにはまだ穴がある。上手く任務を全う出来ればそれに越した事はないが、もし何か不都合が起きれば更なる改良が必要になるな........」
「...............」
私はタブレットを開き、GPSでカレンの居場所を特定した。すると、画面上にカレンともう一人別の少女が映った。どうやら、選定候補の一人である音羽 初との接触に成功したようだ。
「ご安心下さい、現在は不具合もなく活動を続行している模様です。彼女に不備があれば私が責任を持ちますので、Dr.は引き続き計画を続行して下さい。」
「そうか.......ならば良い。お前もあまり煮詰めるなよ、此処のところ休めていないのだろう。」
「いえ、お気になさらず。.....失礼します。」
私はそう言って、Dr.と別れた。一人になったことを確認し、私は防護用の手袋を外す。更に、露わになった素手の皮をも引き剥がした。
「............私は、貴方のせいで疲れを知らない身体になってしまったので。」
指先まで機械となった、私の手。手だけではない。足も、目も、心臓も.....私の身体は、脳以外の全てが機械となっている。数年前、ある事件がきっかけでほぼ全身を失った私は、Dr.の手によってサイボーグとして蘇った。それ以来、私は彼に逆らえなくなった。命を救われた代償に、彼の助手となることを約束させられたのだ。
「................すまない..........我が娘よ.........」
私の名は、音羽 悠弦。初の.....実の父親だ。
............................
.............
「音羽 初サン。アナタには、我々『PleiaDeath』の偉大なる計画の為.....犠牲になって貰いまス。」
カレンは口角を吊り上げながらも、冷たい目線を私に向けながらそう言った。
「......何、それ............何一つ情報が飲み込めないんだけど........」
「良いんでスよ、細かいことは気にしなくても。ワタシだって、アナタの学校に居る生徒を七人選んでこいって上から言われてるだけでスし。」
「!!私だけじゃなくて、皆の事も利用するつもり!?」
「当然っス、だからワタシは毎日皆サマを観察して、誰が優れた人材かを見極めてるってわけっスよ!」
「......そんなこと.....させない!!」
大袈裟に身振り手振りしながら話すカレンに向かって、私は思わず怒鳴り声をあげた。
「おぉっ?」
「君達の目的は知らないけど、私や私の友達にとって良くないことを考えてるってことだけは十分分かった.....だったら、私がやることは一つだけだ。」
私は『隻翼』を持った手でカレンを指差しながら叫ぶ。
「私は、君達と戦う!大切な友達には、指一本触れさせない!!」
「...............ぷっ、アハハハハハ!!何スかそれ、正義のヒーローにでもなったつもりっスかぁ?過去に人を殺しておいて?」
「確かに、私は人を殺めた。その事実はこれから先も消えないと思う....だけど、だからこそ決めたんだ。もう二度と力の使い方を誤らない.....この力は、大切なものを守る為に使うって!」
「ふぅ〜〜ん.......だったら試してあげまスよ、その言葉が本気かどうかをねッ!!」
カレンはそう言うと、再び瞳を赤く光らせて叫んだ。
「《女児符号・赤い靴で踊れ-ガールズコード・ダンス•イン•ザ•ハンド-》!!」
すると、私の身体は再び動かなくなった。いや、自分の意思で動かせなくなったと言った方が正しいかもしれない。まるで誰かの手で動かされる操り人形のように、私の手足は自分の意思と関係なく勝手に動き出した。
「くっ、何....これ......っ!?」
「ワタシの女児符号っス。相手の意識を完全に残したまま、自分の思い通りに操る力っスよ。」
カレンは指を細かく動かしながらそう言い、私の身体を操り続ける。
「だったら.....《言羽》の力で.....!」
「無駄っスよ。アナタは《言羽》が使えなくなる......」
「!?.........!................!!」
突然、私は声が出せなくなった。どんなに声を出そうとしても、喉の奥から掠れた吐息が漏れるだけだった。
「ワタシの女児符号は、相手を操った上で更に言葉による付与効果を乗算することも出来るんでス。つーまーり、ワタシが符号を解除しない限り、アナタは《言羽》を使えまセ〜ん!」
「............!?」
(ヤバい、詰んだかも......!?動け、私の身体......!!動けぇッ!!)
私は心の中で必死に叫ぶ。しかし、当然状況は変わらない。
「無様なもんっスねぇ、アナタはすっかりワタシの操り人形っス。自分の力だけじゃ動くことも出来ない、哀れなお人形サンっスよ!」
カレンが私の醜態を見ながらケラケラと笑っていた、その時。
「《加速符号・暁天•創造-アクセルコード・ライジング•クリエイション-》!!」
その声と共に、突然カレンの頭上に現れた光の球体から無数の剣が降り注いできた。
「ギャーーーー!?痛っ!痛いっ!!」
剣は全て命中し、流石のカレンも堪らず頭を押さえて蹲る。それと同時に、私にかけられた符号も解除されてようやく自由に動けるようになった。
「旭!!」
「初ちゃん、大丈夫!?」
「うん、大丈夫!助かったよ!」
旭のお陰で助かった私は、再び『隻翼』を構える。それを見たカレンはその場に尻もちをつき、必死に命乞いし始めた。
「ひ、ひぃっ!?命だけは、命だけは勘弁してほしいっス!!」
「分かってる.......そこまではしないよ。でも、君は私の友達を利用しようとした。だから、もう二度と皆には近づかせない!」
私は瞳を金色に光らせ、『隻翼』に向かって叫んだ。
「世界の果てまで、吹っ飛べぇえッ!!!」
すると、私の背後から嵐のように凄まじい突風が吹いてきてカレンに直撃した。
「ウギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
カレンはその風であっという間に上空高くに吹き飛ばされ、悲鳴も姿もどんどん小さくなっていき........そして、星になった。
「.......はぁ、はぁ.............これこそ制裁、ってね..........」
私はその場に膝を突き、息を切らしながら小さく呟いた。
「初ちゃん、大丈夫?」
「うん、ありがとう旭......ちょっとヤバかった.....」
旭に肩を借りて、私は立ち上がった。《言羽》の力は絶大で、発動後は自分にも多少の負担がかかる。早いところ慣れないとな、と思いながら私は家路に着いた。
「まさか、カレンちゃんが初ちゃんを襲うなんて.......ただ者じゃなかったんだね。」
「あの子は『PleiaDeath』の一員だって言ってた......目的は分からないけど、旭達の事も狙ってる。気をつけないと。」
「そうだね、明日皆にも報告......は、まだ良いかな。いきなりクラス全員であの子を仲間外れみたいにするのは、さすがにちょっと気が引けるし.......」
「.......うん、ちょっと様子を見てみるのもありだよね........前みたいなことになっても大変だし........」
以前、私が久乱さんや有葉を襲ったという噂が立った時も、突然の情報で皆を混乱させたせいでクラスの意見が分かれて対立したことを思い出した私と旭は、もう少しだけカレンの様子を見て慎重に行動することに決めた。
その後は旭とも解散して何とか家に帰り着くことが出来たけど、やはりカレンの言っていたことだけがずっと気掛かりで結局私は一晩中眠れなかった。
(『PleiaDeath』.....一体何が目的なんだろう..........)
.................................
................
「.............!」
カレンの反応がGPS上から消えた。何らかの理由で壊れたのか。あらゆる手を尽くして再特定しようとするが、どれも徒労に終わった。
「どうした。」
「!ど、Dr............」
いつの間にか後ろに居たDr.にタブレットを取り上げられる。しばらくそれを見つめた後、Dr.は小さく溜息を吐いた。
「.......改良が必要だな。」
「!!ま、待って下さい!!」
私は思わず声をあげ、必死にDr.を引き止める。
「何だ。」
「私が全て責任を負います、なので改良はもう少し待って下さい!本当に現状のスペックで事足りなくなったら改めてお願いしますので!」
Dr.はしばらく黙っていたが、やがて訝しげに私を睨みつけて尋ねてきた。
「.......何故そこまで必死に彼奴を庇う?」
「っ.....それ、は............」
私は言葉を詰まらせる。理由はあるにはあるが、それを言ってしまえば間違いなくDr.を憤慨させることになるだろう。
「................ま、お前がそこまで言うならもう少し様子を見てやろう.......彼奴がお前にとって特別な存在であることはワシも分かっておる。」
「......ありがとう......ございます............」
「ただ、一つだけ聞いておきたいことがある。」
「な、何でしょう........?」
焦点が合っていない筈のDr.の視線が、妙に真っ直ぐ此方を見据えているように見えて、言い様のない恐怖感に襲われた私はぞくりと背筋を凍らせる。
「...............お前は、ワシが狂っていると思うか?」
「............いえ................そんなことは」
「.................」
いっそ殺せと叫びたくなる程に、苦痛すぎる沈黙の時間。たった一秒の間でも、まるで数十分のように感じる。
「.......フン」
Dr.は不機嫌そうに鼻を鳴らし、踵を返して去っていった。
「......................っ」
私は壁に凭れかかり、ぐしゃりと髪を乱すように頭を掻き毟った。完全に彼の奴隷と化し、反論もまともに出来ない自分が、不甲斐なくて仕方がない。このままでは、いずれ私も、カレンも、用済みと見做され捨てられるだろう。今まで実験台として犠牲になってきた者達と同じように。
「何故です........Dr..............」
必死に声を押し殺し、本人に聞こえないように私は叫んだ。
「何故.........私を生かしたのですか..........こんな所で生きるなら、死んだ方がマシだ.................!!」
降り止まない黒い雨。鳴り響く雷。その轟音にも勝る、異形と化した者達の慟哭。
P.D.ラボ........そこは、Dr.の手で改造された者達が逃げることも死ぬことも許されぬまま、永久に囚われ苦しみ続ける不落の監獄だった。
続く