女児ズ短編小説・九編
『色めく世界と変わらないもの』
「よし、今日の授業はここまで!後片付けが終わったら各自解散して良いぞ。」
「「ありがとうございましたー!」」
体育の授業が終わり、クラスの皆は片付けに入り始めた。今日の授業は自由種目だったので、サッカーボールやテニスラケット、白線を引くライン引き、ハードル等各々違う用具を持って体育倉庫に向かう。
「よいしょ、っと.....」
私はソフトボールが入ったカゴを持って倉庫に向かっていた。正直、体育に関してはあまり得意な方ではないけど、ソフトボールを使った野球はまだ出来る方だからこの競技を選んだ。
「暑いなぁ.......」
雲ひとつない快晴、その中で運動していたせいで、額から汗が伝ってくる。ボールを元の場所に片付けた私は、更衣室に向かいながら暑さを全身で感じていた。その時。
「うーいちゃん!」
「ひゃっ!?」
突然、首筋にひやりとしたものが当たり、私は思わず声を上げてその場に立ち竦んでしまった。同時に、首筋から手足の指先にかけて冷気が一気に駆け抜けていく。
「あははっ、びっくりした?はいこれ!」
明るい笑い声と共に、私の目の前にスポーツドリンクを差し出す女の子。
「九さん........!」
「お疲れさまっ、初ちゃん!」
慶光院 九さん。紫の髪と常にキラキラした瞳が特徴で、比較的明るい性格の子が多い私のクラスメイトの中でも特に明るく元気な女の子だ。
「ありがとう、頂くよ。」
「どう致しましてー!まだいっぱいあるから、欲しかったら言ってね!」
肩から下げたクーラーボックスには、色々な種類の飲み物が入っている。周りを見回すと、他の子もそれぞれ一本ずつジュースやスポーツドリンクを貰っていた。
九さんの趣味は、ノンアルコールのカクテルを作ること。その為、飲み物には人一倍詳しく、どの飲み物やシロップを組み合わせると美味しいカクテルになるかを熟知している。学校でもよく即席で作ってくれて、私も何度か飲んだことがあるけどどれも本当に美味しかった。
「この学校でジュース持ってきても怒られないの、九さんくらいだよね。」
「あははっ、許可取る為に先生にもカクテルご馳走したらすっごく気に入ってくれてさー!」
「そ、そんな裏話が.....初耳だよ.......」
「まぁ、この学校ってそこまで厳しくないんだけどね!だから大丈夫大丈夫!」
そう言いながら、満面の笑顔で笑う九さん。本当にいつでも明るい子だなと思いながら、私はその顔を見つめていた。
「そういえば、初ちゃんはミルクティーが好きって言ってたよね?こうやって2人でちゃんとお話することってあんまりなかったし、良かったらお近づきの印にミルクティーを使ったカクテルを作ってあげるよ!」
「ほ、ほんと?それじゃあ....お願いしようかな。」
「オッケー!未来のバーテンダーに任せといて!」
.......................
........................................
「それじゃっ、始めるよー!」
机の上には、私がいつも飲んでいるミルクティーと苺味のシロップが用意されていた。
「これって........」
「今日のテーマはズバリ、初ちゃんをイメージしたドリンク!この赤い苺シロップ、何か思い出さない?」
「..........うん、あれしか思い浮かばないかな。」
赤。私が『言羽』を発現する前に使っていた力『言刃』、それを発動する際に光る私の瞳の色。そして、私が恐れていた“もう一人の私“....あの子の瞳と同じ色。
「まずは、いつも通りのミルクティーから飲んでみて?」
「うん、頂きます。」
九さんに促され、私はミルクティーを飲む。いつも通りの味。美味しいのは間違いないけど、慣れ親しみすぎてそれ以外のことは正直感じない。
「そのミルクティーは、前までの初ちゃんをイメージして用意したの!ここにこれを加えると.......?」
そう言って、九さんはミルクティーに苺シロップを垂らす。すると、さっきまで薄茶色だったミルクティーが徐々に薄いピンク色に変わっていく。見た目だけ見れば、まるで苺牛乳のようだ。
「はいっ、これが今の初ちゃん!どうぞどうぞ、飲んでみて?」
「う、うん.....っ。ミルクティーに苺って、合うのかな......」
「ふふん、それは飲んでみないと分からないかなぁ。」
「..............っ」
言われるがまま、私はその苺ミルクティーを飲んだ。そして.....
「............!」
口に含んだ瞬間、私は目を見開いた。確かに、ミルクティー由来の味が残されてはいる。だけどその中に、仄かながらも確かな苺の風味が混ざっていて、いつも飲むミルクティーの味とは全然違う。
「どう?美味しい?」
「うん、美味しい..........!一手間加えるだけでこんなに違うんだ.......」
「良かったー!同じ飲み物でも、たまには違う味を加えてみるのも良いでしょ♪」
「!」
そう言われ、私はハッとした。
以前の私は、いつも何か一つのことだけにしか夢中になれないタイプの人間だった。一つのものに固執して、他のものを勧められてもあまり興味が持てなくて結局流してしまったり途中で投げ出してしまうことがよくあった。
以前の私は、いつも何か一つのことだけにしか夢中になれないタイプの人間だった。一つのものに固執して、他のものを勧められてもあまり興味が持てなくて結局流してしまったり途中で投げ出してしまうことがよくあった。
ミルクティーだってそうだ、私は普段ミルクティー以外の飲み物はほとんど飲まない。他のジュースだと途中で飽きてしまって、最後の方はあまり美味しく感じなかった。だけど、今九さんが作ってくれた苺ミルクティーは、いつもの安心感がある味と初めて味わう新鮮な味がちょうど良く混ざり合って、これなら飽きずに飲み干せる気がした。
「好きな味は好き、それを変える必要は全くないよ。でも、たまにはちょっとした味変も必要かなって♪初ちゃんが自分の良いところと悪いところを受け入れたように、このドリンクは初ちゃんの好きなものとまだ知らないものを混ぜてみたんだよ!」
「......そっか、そういうことだったんだ........」
自分の世界だけしか見ていなかった、変わり映えのない日常。そこに彩りを加えてくれたのは、他でもないクラスの皆だった。一つ、また一つと色づいていく日常は、毎日が新鮮で、楽しくて.....それはきっと、自分の弱さを受け入れなければ気づけなかった世界なんだと思う。
この飲み物は、確かに私そのものだ。弱さを受け入れ、未来を変えたことで、今まで知らなかった、知ることもなかったかもしれない世界に踏み込むことが出来た、新しい私なんだ。
「今までの初ちゃんも、これからの初ちゃんも、どっちも素敵だとわたしは思うよ♪だからこれからも、自分の好きなものを忘れずに、新しい世界にもどんどん踏み込んでほしいな!」
「うん......っ、ありがとう九さん。また一つ.....大切な事を知れたよ。」
私はミルクティーを飲み干し、九さんに向けて笑顔を見せた。それを見て、九さんもいつも以上に明るい笑顔を浮かべていた。
季節は移ろい、時は流れていく。毎日何かが変わっていく日常の中で、たった一つだけ変わらないもの。それは、自分が本当に好きなものへの想いと、そんな私の事を受け入れながら新しい世界を教えてくれる友達の存在なんだろう。私はこれからも、その二つを何よりも大切にしていこうと心に誓った。
FIN.