雨空の昴星 第8話『アンドロイドは夢を見る』
「オラオラオラァッ!!」
「《断絶》......ッ!!」
次々と湧き出す怪物を、美奈と杏があっという間に斬り倒していく。その後ろから、ほぼ完全にダウンしてしまった久乱を背に負ぶいながら旭がついて行く。
「報告、目的地まであと僅か。此処から先はより一層注意して進む必要があります。」
「いよいよ乗り込むんだね、それならあたしも戦うよ。」
「っしゃあ!気合い入れていこうぜ!」
「!」
刹那、杏が何かに気づき、先へ進もうとする美奈を咄嗟に制した。
「うぉっ、何だよ急に!」
「..........訂正。これ以上先に進む必要は無さそうです。」
「え?」
杏が指差した方向に、二人の人影が見えた。二人はしっかりと手を繋ぎ、息を切らしながら杏達の方に向かって走ってくる。
「あれは......!初ちゃん!」
そのうちの一人は、『PleiaDeath』に拐われた初だった。そしてもう一人、薄茶色の髪をした少年、ユーマがその手を引いて走っている。
「初!おーい!こっちだぞー!」
「みっちゃん!皆!」
初も美奈達の存在に気がつき、状況を察したユーマは其方に進路を変えた。
「初ちゃんの知り合い?」
「うん、私の学校のクラスメイトだよ。」
「学校.....あはは、何だか懐かしいや。」
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「皆、助けに来てくれたんだね....ありがとう。心配かけてごめん。」
「ううん、無事で何よりだよ。あたし達も杏ちゃんが来てくれないと気付けなかったし.....その子は?」
「....『PleiaDeath』の計画で犠牲になった子達の生き残りだよ。」
「初めまして、ユーマです。」
ユーマの顔をじっと見つめ、杏と呼ばれた女の子が何かを確信するように頷いた。
「断定。彼は一年前、『PleiaDeath』の被験者として誘拐され行方不明になっていた方です。」
「一年前....って.......」
私が奴らに狙われた時と同じ時期だ。あの時点で、名も知らない多くの子ども達が『PleiaDeath』の計画の犠牲になっていた....そして私も、本来ならその犠牲者の一人になる筈だった。
「なあ、その何ちゃらって組織の目的は何なんだ?初、向こうで何か分かったか?」
「それは......」
「やっと追いつきまシたよ........!!」
「!!」
私の言葉を遮るように、背後から声がした。振り向くと、さっきユーマに足を噛み千切られたカレンが立っていた。千切れた足の先に鉄の棒を括り付け、足の代わりにしている。
「カレン.....!」
「主様の仇は、ワタシが......!!」
「警告、此処は引き下がった方が英断です。皆さん逃げて下さい。」
杏が前に出て、私達に逃げるよう促してきた。
「キサマ、さっきの......邪魔をするな!!ワタシはソイツに用があるんだ!!」
「拒否。私の任務は、貴女達『PleiaDeath』の陰謀を阻止する事。その為には....これ以上無駄な血を流させる訳にいかない。」
「そんなのワタシの知ったことじゃないッスよ.....邪魔する気なら、まずキサマから殺してやる!!」
カレンは欠損していないもう片方の足をチェーンソー型に変形させた。禍々しい駆動音をあげながら、刃が回転し始める。
「今度はキサマの両腕を斬り落としてやる....!!」
「.......決断、彼女を生かしたまま倒すのは不可能。此処で処分します。」
杏も両手に刃を携え、カレンに躍りかかった。たちまち激しい戦いが目の前で繰り広げられる。
「っ、杏やめて!その子は......!」
「逃げるぞ初!」
「みっちゃん.....!」
「あいつも言ってるだろ!此処は言う通りにした方が良い!」
「っ.........」
《言羽》で一言「戦いをやめて」と言えば、戦いは簡単に終わる。私はそう思ったけど、戦いながら杏が此方に飛ばしてくる視線が「早く逃げろ」と催促してくる。此処で戦いをやめさせてしまうのは、多分余計な手出しにしかなり得ない....杏の視線を見て、私はそう感じた。
「......逃げよう、皆............」
私達は杏とカレンに背を向け、森の出口へと向かって走った。
「...........感謝、します。」
「ボーッとしてんじゃねえッスよ!!」
「!!」
二人の刃がぶつかり合う音は、森の中で激しく響き渡っていた。どんなに遠ざかっても、ずっと。
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「...........っ」
目が覚めた時、私は冷たい鉄の床に倒れ伏していた。鼻を刺す薬品の匂い、散乱した何かの部品の欠片......ああ、いつものP.D.ラボだ。
「私は......何を..............」
体勢を起こして立ち上がり、自分の身体を見回す。特に異常や不調は感じないが、服は所々破けていた。
「そうだ........」
目が冴えてくるにつれ、記憶が蘇ってくる。私は娘と......初と戦っていたんだ。そこまでは辛うじて思い出せた。しかし、どういう経緯で気を失ったのかまでは覚えていない。
「.........初.......何処に行った............」
「取り逃したんだよ、お前が。」
「!」
背後からした声に振り向くと、Dr.アトラが立っていた。明らかに苛立ちに満ちた表情を浮かべつつ、その老いぼれた見た目からは想像も出来ない速さでツカツカと此方に歩み寄る。そして。
「フンッ!!」
Dr.は私の腹部目掛けて、強烈な蹴りを叩き込んだ。全身に仕込まれた人工神経が一斉に悲鳴をあげ、苦痛へと変わる。
「が.......はァッ.............!?!!?」
「この愚か者めが!!!!!!!」
Dr.は白衣の下からコードを伸ばし、私の身体を拘束し高圧電流を流し込んだ。
「があああぁあああぁああぁあああぁあぁああぁああああぁあぁあぁぁぁあああ!!!!!」
「貴重な実験材料を取り逃すとはどういうつもりだ!!貴様も彼奴らと同じ、醜い失敗作として死にたいのか!!!!」
機械となった身体を、鋭い痛みが駆け巡る。もう少しで意識が飛びそうになる頃合いで、私は電流地獄から解放された。
「あ゛、がッ.....ガハッ.........!」
「この役立たずめ.........本来なら今すぐにでもスクラップにしてやりたいところだ。だが.......今は状況が状況だからな。」
Dr.は苦痛にもがく私を尻目に、タブレットを開いて画面をスクロールしていた。
「まだ遠くには逃げていないな。それに、カレンも戻ってきている......彼奴に例のプログラムを仕込んで、音羽 初を再び連れ戻す。」
「!ま、待って下さい!!あのプログラムだけはどうか.....!!」
「黙れ、貴様の意見など聞く気はない。あれは私の発明品だ、どう使おうが私の勝手だろう。」
「...........ッ!!」
私にはもう成す術がなかった。彼に逆らえば、私は.......
「お前も来い、音羽 悠弦。お前にはまだ、最後の利用価値が残されている。」
「.................はい.............................」
私は言われるがまま、Dr.の後を追う。僅かに足取りが覚束ない自分の足が、まるで鉛を引きずるかのように重苦しく感じられた。
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「ハァァアアアアアッ!!」
チェーンソー状の足を、杏目掛けて振り下ろすカレン。杏は、手に持った二対の刃《蠍》でその脚を受け止める。
「チィ.....ッ、しぶといッスね......さっさと死ねば良いものを!」
「.........質問。」
「.........あ゛ァ.........?」
「何故、貴女は音羽 初を狙っているのですか?」
鍔迫り合いの体制のまま、杏は静かにそう問いかけた。カレンはその問いに対し、募りゆく苛つきを隠すことなく答える。
「決まってるじゃないスか........ワタシの敬愛なる主様を傷つけたからッスよ!」
「質問、他に理由は?」
「..............は?」
「貴女の主を音羽 初が傷つけた.......その他に、彼女を狙う理由は?」
杏は表情一つ変えず、再びカレンに問いかける。
「......主様の命令で、初サンを捕まえる為...........」
「質問。」
「はぁ!?まだッスか?」
「.................その行動に、貴女の意思はありますか?」
「...........................」
カレンは杏の問いに、一瞬戸惑いの表情を浮かべる。しかしすぐ、誤魔化すように鍔迫りを解いて杏と距離を取った。
「.........まどろっこしいことはナシにしまセんか.........?」
「...................?」
「......聞きたいことがあるのなら、遠回しに言わずストレートに聞けって言ってんスよ!!」
「否定、私は遠回しな質問をしているつもりはありません。先程からずっと、言葉の通りのことを聞いているだけです。」
「ふざけるのもいい加減にしてくれまセんかね.......ッ!?」
すると、突然カレンはハッと目を見開き、ふらふらとよろめきながら顔を歪めだした。
「ッ、な、何っ.....これ.........!?」
カレンの脳裏には、ある光景が映し出されていた。黒いスーツの男に、何かを指示されている自分。その表情は何処か不服げで、しかし逆らえばどうなるかは目に見えているから、やむを得ずその指示に従っているように見えた。
「ちがっ.......違う.......!!ワタシは、主様の命令とあらば必ず.............!!」
「......確信、貴女はやはり........」
「違うっつってんだろ!!!!!!!!」
今までにない怒りに満ちた声で、カレンは杏に向かって怒鳴る。機械の身体である筈の彼女の目には、何故か涙が浮かんでいた。
「ワタシはずっと自分の意思で主様に従ってきた!!嫌だと思ったことなんか一度もない!!今の光景も、どうせキサマが変な力でも使って見せたんだろ!!キサマにワタシと主様の何が分かるってんだよ!!!!」
ひとしきり叫んで、カレンはその場に膝をついた。ぼろぼろと溢れ落ちる涙を拭うことも出来ず、嗚咽混じりになりながら泣き続ける。
「.................謝罪、少し図星を突きすぎました。ですが、貴女が見たという映像は私が見せたものではありません。」
杏は手に持った刃を仕舞うと、カレンと目線を合わせるようにしゃがんだ。
「考察、恐らく貴女が見た映像は、貴女の中にあるもう一つの人格だと思われます。今の貴女とは別の、本来あるべき貴女の姿......それは」
「此処に居たか。」
「!」
茂みの奥から、低い男の声が響く。ガサガサと蔦を掻き分けて現れたのは、Dr.アトラだった。
「フン、随分と派手に壊れたじゃないか......カレン。」
「........Dr...............」
「まぁ良い、すぐに直してやる。こいつを使ってな。」
アトラは白衣のポケットから、一枚のチップを取り出す。そして、カレンの髪を掴みあげたかと思うと、その額にめがけてチップを強引に差し込んだ。
「ウッ!?グ、アアッ!!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
たちまち全身を震わせ、苦痛に満ちた声で叫ぶカレン。すると、破損した両腕と足が高速で修復されていき、たった数秒の間にカレンは以前の姿に戻った。
「........質問、彼女に何をしたのですか。」
「お前は......『墨桜』の者か。何、すぐに分かるだろうさ.....その身を以てな。」
アトラの言葉と共に、再び立ち上がるカレン。その顔は、一切の感情も感じ取ることが出来ない程無表情で、瞳の光も失われていた。
「.............荊姫 カレン....................」
杏も、思わず驚きで目を見開いた。
「......ああ.........ついに恐れていたことが起きてしまった...........!!」
悠弦は、アトラの背後で、焦燥とも絶望とも取れる苦悶の表情を浮かべながらぐしゃぐしゃと頭を掻き乱している。
「.................スベテハ」
そんな二人には目もくれず、ノイズ混じりの無機質な機械音声でカレンは一言だけ言い放った。
「『昴の子-プレアデスチャイルド-計画』ノタメニ.......................」
続く