第2話『怒れる竜の子』
竜の血を引く名家、華龍院家の令嬢で、青空小の生徒会副会長を務める女の子、華龍院 焔。
先祖返りとして生まれてきた焔は、身体に流れる竜の血の影響で怒ると炎を発してしまうという特異体質を持っていた。
尊敬する生徒会長、月音さんを助けたい一方で、この体質もどうにか抑制しなければいけないと悩んでいるという焔をサポートする為、私は一時的に生徒会に入ることになった。
「おはようございます!!!」
「お、おはようございます!」
「まだまだ声量が足りないぞ、音羽 初!もっとお腹から声を出すんだ!!おはようございます!!!!!」
「おはようございます!!!!」
「うむ、その調子だ!」
朝はいつもより早く学校に来て、校門前で挨拶運動に参加する。私も普段は基本私服だけど、生徒会に入っている間は制服を着ることが義務付けられた。
「あっ、初ちゃんだ!おはよー!」
「おはよう旭、それにみっちゃんと玲亜も。」
「何だお前、なんかの罰でやらされてんのか?」
「違うよバカ。昨日私には話してくれたよね、しばらく生徒会の手伝いするって。」
「うん、ちょっと事情があってね。」
「バカって言うな玲亜!アタシは初耳だっての!」
休み時間になると、生徒会役員が交代制で校内の見回りをする。今日の担当は臨時役員の私と、副会長の焔、それから後輩役員の三人だった。
「焔は毎日見回りしてるんだよね。」
「うむ、僕が居ないと気を抜く生徒がたまに居るからな。」
床に落ちているゴミを拾ったり、廊下を走ろうとする人に注意を促したり。時には、生徒同士の喧嘩の仲裁に入ることもあると焔は言っていた。
「学校にとって大切なもの、外側は勿論だが本当に大切なのは中身だ。生徒達、教師の皆様、役員を務める保護者の方や清掃員の方、そして来客の方々にとっても、常に居心地の良い校内を目指さなければならない。」
「なるほど.....立派だね、焔の考え方。来年は生徒会長にもなれるんじゃないかな?」
「いや、そんな先の話は考えないようにしている。今は目の前の問題に集中することが先決だ。」
「そっか、そうだよね。ちゃんとサポートするから、任せておいて。」
焔を怒らせてしまう条件、まず一つは、校内の風紀を乱す行為。勿論、焔も初めから火を噴いて怒るわけではないけど、昨日のように反抗する生徒が居たらまたあんなことになりかねない。
そこで、私は昨日の夜、そういったケースに遭遇した場合の対処方法を綿密に考えてきた。
「....あ」
偶然にも、早速その対処方を試す機会が訪れたようだ。上級生数人が、下級生の女の子を取り囲んでいる。
「可愛いねぇ一年生ちゃん.....ちょっとオレらと遊んでくれよォ。」
「い、いやです...!お友達が待ってるのに....!」
「良いじゃん無視すればさ〜、俺達と一緒の方が楽しいぜ〜?」
「う、うぅ.....っ」
どう見ても、穏やかな様子ではなさそうだ。焔もすぐに勘付き、その方向を睨みつけた。
「あいつら....!!」
「待って焔、ここは私が行く。」
「し、しかし!」
「私に考えがあるんだ、よく見てて。」
そう言って私は上級生の方に近づき、落ち着いた口調で話しかけた。
「何してるの、そんな所で。彼女、困ってるように見えるけど?」
「あ?んだテメェ、生徒会か?」
「お、おい待て!こいつ、五年の音羽じゃねーか!?」
「マジかよ、言葉一つで相手をぶっ飛ばせるっていうあの音羽か!?」
......何か変な覚え方されてる気がするけど、まぁ間違ってはいない。それに、お陰で私の力を説明する手間が省けた。
「は、ハァ?んなわけねーだろ、こんなヒョロっちい奴がそんなこと.....」
「出来るよ、やろうと思えば。ただ、私だって出来れば穏便に済ませたいんだ。君達が大人しく引いてくれるなら、手荒なことはしない。」
「んだと....ナメやがって!」
リーダーらしき男子生徒が、私に向かって拳を振り上げた。
「縛れ。」
私はすかさず《言羽》を使う。すると、どこからともなくロープが伸びてきて、男子生徒の腕を縛り上げた。
「あっ!?んだこれ!?」
流石の男子生徒も、これには焦った様子だった。私は、変わらず冷静な口調で、それでいて少しだけ語気を強めながら言葉を紡ぐ。
「これが最後の警告だよ。これ以上抵抗するなら、さっきそいつらが言ったみたいに君を痛い目に遭わせなきゃいけなくなる。今なら先生にも言わないでおいてあげるけど、どうする?」
「チッ......わ、分かったよ!もう行くから離せ!」
「....切れろ。」
もう一度《言羽》を使うと、手首に巻きついていたロープがプツリと切れた。解放された男子生徒は、バツが悪そうな顔をしながら取り巻きを引き連れてその場を後にした。
「大丈夫?」
「は、はい....ありがとうございます!」
「どう致しまして。さ、お友達の所に行っておいで。ちょっとくらいなら駆け足でも良いよ。」
「はいっ!」
女の子はぺこりと頭を下げ、小走りで友達の所に向かっていった。
「............凄いな、君は......あんなに冷静な対処が出来るなんて.............」
後ろで様子を見ていた焔がやって来て、驚いたようにそう言った。
「こっちがムキになりすぎると、相手は逆に面白がって余計煽ってくることが多い。だから、ああいう時こそ出来るだけ冷静に対処すれば、ある程度こっちの話が相手に通じると思うよ。」
「なるほど.....うむ、今の君のやり取りを見ていて僕も少しコツが分かった気がするぞ!落ち着いて、相手が反抗してきても冷静に.....」
良かった、私が考えた対処方は良い手本になったみたいだ。その後は特に大きな問題もなく、無事に仕事は終了した。
「よしっ、今日はほとんど怒らずに済んだぞ!君のお陰だ、感謝する!」
「どう致しまして。少しでも焔が苦労しなくて済むように、残り六日も頑張るよ。」
「うむ、僕も君のアドバイスを参考に精進していこうと思う!姉様の役に立てる日も近いかもしれないぞ♪」
焔と別れ、私は生徒会室に向かった。月音さんに今日の報告をする為だ。
「お疲れ様でした、音羽さん。私の代わりにありがとうございます.....」
「ううん、気にしないで。今のところは順調だから、何とか解決に向かいそうだよ。」
「そうですか......しかし.......」
月音さんの表情には、相変わらず不安の色が浮かんでいた。
「....まだ、何か心配なことが?」
「風紀を正すことは、確かにあの子を怒らせなくて済む方法の一つだと思います。ですが、あの子を怒らせる要因は他にもまだあるんです。」
「他の要因.....?」
その時、校庭の方から何か言い争っているような怒鳴り声が聞こえてきた。生徒会室からだいぶ離れた場所から聞こえるけど、私の耳にはしっかりと届いている。
「!」
「音羽さん?」
「ごめん、ちょっと行ってくる!」
私は急いで声がする方に向かった。現場に近づくにつれ、言葉や声質もはっきりしてくる。
「こいつが先に殴ってきたんだぞ!!」
「お前がムカつくようなこと言うからだろ!!」
「貴様ら!!一度黙れ!!お互い熱くなっていては話がまとまらんだろう!!」
今の声......焔だ!喧嘩の仲裁をしてる!
「月音さんが言ってたのはこの事か....!」
現場に駆けつけると、取っ組み合いの喧嘩をしている下級生の男の子二人と、その間を裂こうとする焔が居た。
「焔!」
「音羽 初!手を貸してくれ!!」
「分かった!二人共、一回落ち着いて!」
私が一人を、焔がもう一人を押さえつけ、何とか二人の距離を離す。
「おいっ、離せよ!!こいつを一発ぶん殴らなきゃ気が済まねえんだ!!」
「何言ってるの!どんな理由があっても、喧嘩は最後に手を出した方の負けだよ?」
「うるせえっ!!」
男の子は私を力任せに跳ね除けると、次の瞬間私の鳩尾に思い切り蹴りを入れてきた。
「ぐっ!?」
体勢を崩した私は、その場に倒れてしまう。痛みはそこまで無いけど、突然のことで気が動転しすぐに立ち上がれない。
「余計な邪魔しやがって!よし、今度こそ!」
「............................ま」
「あ?何だよ!」
「.............きぃぃぃぃさぁああああまぁぁぁああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!!」
口から炎を吐きながら、焔が吼えた。炎はたちまち燃え広がり、あっという間に辺りが火の海に変わってしまう。
「うわぁあああ!!何だこれ!?」
「僕の友に対し何たる無礼を!!!許さんッッッ!!!!!」
顔中に血管の筋を走らせ、ギリギリと歯を軋ませながら、焔は私を蹴った男子生徒だけでなく、喧嘩相手だったもう一人の生徒の襟首も掴み上げた。
「「ひ、ひぃっ!?」」
「貴様らのような争いの火種を撒く奴らは、この学校に必要ない!!僕がこの場で葬り去ってくれる!!!」
「ほ、焔!!駄目だって、落ち着いて!!」
立ち上がった私は、慌てて《言羽》を使い周りの炎を消した。しかし、焔の怒りはまだおさまらない。襟首を掴む手から紅蓮の炎が溢れ出し、男子達の身体に燃え移っていく。
「あ、熱い....!!死んじゃ....う.....っ!!」
「ハハハハハ......!!これが粛清だ!!身を以て思い知るが良いッ!!!!」
焔は、まるで何かに憑かれたような邪悪な表情を浮かべていた。
「ヤバい....!!焔、やめてっ!!」
私の声も、今の焔には届かない。もう駄目なのか..........そう思った時だった。
「《女児符号・月影 -ヘカティア•ファントム-》!」
突然黒い風が吹き荒れ、焔が発した炎を一気に掻き消した。同時に、二人を掴んでいた手首も風の勢いで引き剥がされた。
「がはっ!はぁ、はぁ.....っ」
「ううっ、逃げろ!!」
二人の男子生徒は、這うようにしながら逃げていった。
「い、今のは.......」
「私が持つ二つの女児符号の一つ、月の影を司る女神様から与えられた力です。」
声がした方に顔を向けると、月音さんが立っていた。紫色の左目が、うっすらと光っている。
「月音さん.....ごめん、止められなかった......」
「いいえ、音羽さんは何も悪くありません。それよりも........」
月音さんはツカツカと焔に歩み寄り、思い切り頰に平手打ちをした。
「うッ!?」
「焔、今回ばかりは流石に許すわけにはいきませんよ。炎に関しては多少目を瞑りますが、相手を掴み上げて恫喝するのは誰がどう見ても体質とは関係なかったでしょう。」
「っ......それ、は.............」
やっと正気に戻った焔は、叩かれた頰を押さえながら目線を泳がせていた。
「.....私も心苦しいですが、新たに条件を付け加えさせて頂きます。もしも、またあのような行動を起こせば.......貴女には、生徒会副会長を辞退して貰います。」
「!!!!!」
「ちょ、ちょっと待って月音さん!確かにあれはやりすぎだったけど、私は.....!」
「貴女の意見は聞けません。この学校を守る為の、生徒会長命令です。」
いつも優しく微笑んでいる月音さんが、今まで見たこともないような冷たい視線を焔に向けている。私もこれ以上は何も言い返せず、ただ黙ることしか出来なかった。
「.......姉、様............」
「その呼び方もしばらくやめなさい。もしこの事が嫦娥財団やその他の企業に知れ渡れば、華龍院家の信用は落ち.....最悪の場合、契約も破棄しなければならなくなります。」
「そんな!!それだけは....!!僕は.......僕はただ、この学校を良くしたくて..........!!」
「私には、先程の貴女の行動は音羽さんを傷つけられたことによる私怨に見えましたが?」
「.............っ」
「良いですか、焔。貴女の気持ちは分かります。しかし、感情任せに生徒達を怖がらせていては、彼らを纏めることなど到底出来ないのですよ。自分の失態をよく反省し、二度と繰り返さないよう努めなさい。」
「.....................はい..............生徒会長...................」
身体を小刻みに震わせ、絞り出すようなか細い声で返事をする焔。月音さんはくるりと踵を返し、生徒会室に戻っていった。
「........焔.....」
「..................すまない...........今は一人にしてくれ....................」
重い足取りで、焔もその場を後にした。一人取り残された私は、悔しさで頭を抱えてしまう。
「私がもっとしっかりしていれば...........くそっ..............!」
これ以上は後がない、もう一度最初から考え直すんだ。期限はあと六日、その間に必ず....!
「やれやれ、人間というものは本当に悩み多き生き物じゃのう。どれ、また一つ手を貸してやるとするかな。」
続く