一番悪い奴は誰だ?(急)

 ◆


           流離の子                                                 

                                                                ソルニゲル  




                          Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木          回帰の白             


                                 物語の王                                  
                                                 餓狼伝                   





 ◆

 PURIFIER――『回帰の白』 

「ラーマ?」

 その言葉をラクシュマナから聞かされた時、白騎士は、怪訝そうな顔を浮かべた。

「それは、余の大本である大神ヴィシュヌが地上に遣わせた、七番目の化身(アヴァターラ)。王(ラージャン)としての宿命を背負って生きた者であろう」

「――それでは、貴方は、もしや……」

「然りだ。同郷の者。猛き士族(クシャトリヤ)の血を引く勇者よ」

 神話に曰く――。
宇宙の繁栄と維持を目的とした神格であるヴィシュヌは、宇宙の均衡を保つ秩序が失われようとしている時、化身の姿を借りて地上に君臨し、これを正すと伝えられている。
この化身を伝説は、アヴァターラと呼称する。自分の分身を指し示す、『アバター』と言う単語の語源でもある。
地上に知られるヴィシュヌの主たる化身は、全部で十体。その内九体は、過去に地上に来臨し、世界の維持に努めたと言う。
嘗て地上に現れたという化身は、以下の通り。

 黄金魚(マツヤ)。

 大亀(クールマ)。

 巨猪(ヴァラーハ)。

 侏儒(ヴァーマナ)。

 人獅子(ナラシンハ)。

 復讐者(パラシュラーマ)。

 王(ラーマ)。

 牧童(クリシュナ)。

 覚者(ブッダ)。

 以上九体が、古の昔地上に姿を見せたとされるアヴァターラである。
だが、地上に伝わっている化身が十体であると言うのに、九体しかこれまで現れていないのは、何故なのか。
答えは、簡単だ。その化身は、『未だこの地上に現れていない』。その化身が現れるのは、人の黄昏の時代、人類最期の瞬間。
西暦四十二万八千八百九十九年に降臨し、遍く地上の悪を滅ぼし人類を救済すると言うその化身は、五十六億七千万年後の世界に於いて人類を救うと言う、
仏教でいう所の弥勒菩薩(マイトレーヤ)の伝承とよく似ていた。そう、最後の化身が現れるのは、遥かな未来。千年、二千年後などと言う次元ではない。それこそ、人類が存続しているか如何かすらも疑わしい未来世なのである。

「余は救世主。停滞する時間に息吹きを与え、停まった時の針を動かす者。諸悪が、汚物を漆喰にして築いた砦を余す事無く破壊する者」

 英霊の座に登録されている存在は、過去に死んだ者だけではない。
全ての過去、全ての未来に根を伸ばしている座は、遥かな未来に活躍したとされ、未だ人類が見ていない存在ですらも、カバーしていると言う。
時間すらも意味を成さない概念からの召喚であるのならば、成程。ヴィシュヌが有する最後の化身が、聖杯戦争に召喚されるのも、理屈としては何もおかしくはない。

「余の名は『カルキ』。堕落した世界(カリ・ユガ)を終わらせ、黄金世界(クリタ・ユガ)を開闢させんが為にこの地に馳せ参じたる者である」

 カルキ。それは、ヴィシュヌ神が有する十番目の化身。
精神的な退廃が世を覆い、真理が失われ、不正と堕落が市井に蔓延り物欲が社会を支配する、赤錆の付いた鉄の時代。これを、カリ・ユガと人は言う。
人類の終焉期であるカリ・ユガに、ヴィシュヌはこのカルキの姿を伴って現れる。そして、悪徳と闘争を至上とする世界を浄化。
その後、理想郷、即ちクリタ・ユガ、或いはシャンバラを築くのだと言う。

「……兄上が、ヴィシュヌ様の化身である事は、私も知っている。そして、兄上の他にもヴィシュヌ様が化身を遣わし、世界の平和を保つ為に尽瘁していた事も」

「汝の言う通りだ、無限蛇(シェーシャ)。余もまた、世界の平和と維持を願う大神ヴィシュヌの在り方の一つであり、地上を救いたいと微睡むヴィシュヌの夢が、現世に形をとった物の一つである。であるのならば、当世を救う事に何の疑問も余は抱きはしない」

 シェーシャ。その言葉を聞いた瞬間、一瞬ではあるがラクシュマナは驚いた。
シェーシャ、と言う名前はある意味自分の真名に近かったからだ。だが、今この世界に存在している、この緑髪のランサーの真名は、ラクシュマナ以外の何物でもない。
では、シェーシャとは何か。それは、ラーヴァナを打ち倒すと言うミッションを遂行しようとした時、ヴィシュヌが地上に化身を派遣する際、
共に化身を寄越せと命を下した従者の名前。それこそが、シェーシャ――高次元空間で瞑想を行うヴィシュヌを防御・防護する、ナーガ達の王であった。
これが、ラクシュマナと全く縁も接点もない存在に、自分がシェーシャだと言い当てられてしまえば真実彼も驚いたろう。
だが、何分相手はヴィシュヌの化身、それも、かの神霊の意思をラーマ以上に強く濃く引き継いだ存在である。成程、ラクシュマナが彼のナーガの王と同一に近しい存在であると見抜けるのも、むべなるかなと言う物だった。

「貴殿が本当にカルキその人であるのならば……納得が出来ない」

「ほう?」

 疑問気にそう口にするカルキであったが、表情は、彫刻の様に動かない。

「貴殿はヴィシュヌ様から、然るべき時機に現世に現れて世界を救う任を託された化身である事は解った。だからこそ、理解しかねる所がある。今の時代は、貴殿が姿を現す時ではない筈だ」

 そう。ラクシュマナの疑問とは正しく此処であった。
このカルキが現世に姿を見せる時代は、西暦換算で『428899年』。その時期が来るまで、残り四二万年以上を平然と残しているのである。
幾らなんでもこれは、早く来臨し過ぎである。これではせっかちの謗りを受けても、全く反論が出来ないであろう。

 ……だが。ラクシュマナのこの痛烈な指摘は、カルキに一切の痛痒も与えなかったようである。
彼の表情は、動かない。まるで、心と言う、肉体の内に宿り感情に波動を与える何かを、生み出される過程で誰かに抜き取られてしまっていたかのように。

「確かに、汝の言う通りだ。通常の時空であれば、余はまだ来臨出来ない。時が満ちていないからだ。余が世界に君臨する時とは、最悪の魔王がこの世界を支配しているその時である。今の世界は世の理想たるクリタ・ユガには程遠いが、まだ正義の煌めきが消えてはいない。余の出る幕では、ないだろうな」

「では――」

「しかし、だ」

 ラクシュマナが全てを言い切る前に、彼の言葉をカルキが遮った。

「今言った事は、『通常の時空』であればの話。通常の時空でないこの世界であるからこそ、余はこの世界に来臨し、正義の光で聖善を照らし悪を祓うと誓った」

「まるで、この世界が、嘗て私が生きた世界ではないと言うような口ぶりじゃないか」

「その通りだ。千の頭を持つ蛇よ」

 今まで沈黙を貫いていた、カルキの背後で佇んでいた野球のユニフォームを着た男が言葉を口にした。
カルキは言葉遣いや立ち居振る舞いに、人間味を感じさせない、どちらかと言えば機械的な印象を受けたが、カルキのマスターと目される男は、それ以上だった。
人間性にも佇まいにも、全く人間らしさを感じない。ある種のシステム、無機質なAIと会話しているような錯覚すら、ラクシュマナは憶えていた。

「この世界は、お前が生きていた時空を支配する法とは全く異なる法に支配された世界であると言っても良い」

「異世界、とでも言うのか」

「違う。別の宇宙だ。お前達が生きる世界を模して生み出された世界を、その宇宙の内部に配置した空間。それが、この世界、この町だ」

 言っている意味が、ラクシュマナにはさっぱり解らなかった。
別の宇宙とは、どう言う意味なのか? そして、ラクシュマナの知る世界を模した世界を創造したとは、文字通りに解釈しても良いのか?
世界の創造など、それこそトリムルティの一角であるところの、創造神ブラフマーの領分ではないか。ラクシュマナの生きていた時代ですら、世界の創造は最上位の秘法。それを、神秘の褪せた現代でやり遂げる事など、不可能なように思えるが……?

「異なる宇宙であるからこそ、余は召喚に応じた。この世界は、カリ・ユガである、と言う次元の問題ではない。輪廻する四つのユガは、世界の摂理。だが余や汝が今いる世界は、全ての摂理と真理の外に存在する異物――『特異の点』である」

 カルキが今度は、バッターの代わりに説明を担当した。

「来たるカリとの戦いに備え、余はこの世界で力を奮って我が身を慣らすと同時に、余や汝が生きる世界に多少ならぬ影響を与えるやもしれないこの世界を、余は浄化すると決意した」

「浄化……!? この世界を、更地にでもするつもりか!!」

「然り。この世界が虚像だと見抜けぬは、無限蛇、汝のヨーガの鍛錬が足りぬ証左と知れ。真なる瞳でこの世界を見据えれば、この世界が幻影(マーヤー)に過ぎぬと理解出来ようが」

 スッと、カルキはラクシュマナに対して手を差し伸べた。
プラチナよりも輝き、ダイヤよりも美しい煌めきを持つ機械鎧に覆われた右腕は、生身を一切露出させていないにも関わらず、その鎧の下にはさぞ鍛えられた筋肉が隠されているのだろうと確信を見る者に与える。

「大神の瞑想を護る天蓋であり、大神の微睡を心地よくする為の寝台である世界蛇としての使命、よもや忘れた訳ではあるまい。至高の維持神にして、我らの祖であり師(グル)であるヴィシュヌの名代として命ずる。余と共に来い、シェーシャよ」

 無感動無表情そのものとも言うべき鉄面皮、何と大胆な提案だろうか。
カルキは、ラクシュマナを調略・懐柔し、此方側に引き込もうと考えたのである!! 相手が、一流の英雄であると理解してなお、この態度と行為。
大本であるヴィシュヌが、ラクシュマナの大本であるシェーシャの主である、と言う根拠だけで、カルキはスカウトに踏み切ったのである。

 これに対して気が気でならないのが、ラクシュマナのマスターである隼鷹だ。
コンテナ倉庫に隠れ、事の始終を手に汗握って注視していた彼女であったが、此処でラクシュマナがカルキの提案を呑んだら、どうなってしまう?
結論を言えば、隼鷹とて予想出来ない。ただ、聖杯の獲得と言う目的達成が、遠退きそうなのは確実であった。
ラクシュマナからは、自分の主であったラーマと言う男がどれ程偉大であったかを隼鷹は既に聞かされている。
そして同時に、彼がこの聖杯戦争に現れれば、自分の命令以上にラーマの命令を優先するであろう事も、心で理解した。
やめて、と叫ぶのは容易い。だが、叫んだ所でどうなろう。果たして、ラクシュマナは自分の言う事を聞いてくれるのか? 令呪を切らねばならないのではないか?
早鐘を打つ心臓で、事の顛末を見つめ続ける隼鷹。たっぷり十秒。ラクシュマナは、沈黙を保っていた。

 スタスタと、カルキが伸ばす右腕の方に近付くラクシュマナ。
見れば見る程、同じ釜の飯を喰らい、同じ不幸と幸運を噛みしめた、兄にして同胞、そして地上の誰よりも尊敬する聖王に、カルキはよく似ている。
ラクシュマナはそう思いながら、カルキの瞳を見つめる。身長差がある為、見上げる形になってしまう。その状態でラクシュマナは、口を開いた。

「……貴殿が、私の大本である世界蛇、シェーシャの主であるヴィシュヌ様のアヴァターラである事は、最早疑いようがない。であるのならば、私は貴殿の提案を呑み、これに従う事が道理であるのだろう」

「その通りだ」

「だが――」

 其処でラクシュマナは、伸ばされたカルキの右腕を勢いよく払い飛ばし、温和な光を湛えていたその瞳に、強い瞋恚を宿させて、更に言葉を紡いだ。

「勘違いするな。私はシェーシャのアヴァターラではあれど、シェーシャではない。魔王ラーヴァナを倒した勇者、コサラの光たる聖王であるラーマ様の為に、身を粉にして働き、肺肝を砕いて奉仕すると決めた一人のクシャトリヤ。それが私だ……ラクシュマナだ……!!」

「余の反目に回るか。シェーシャよ」

 ラクシュマナとは対照的に、カルキの瞳は冷めていた。そして、その言葉ですらも。

「三つ。貴殿について、気に喰わぬ点があった。故にこそ、私は敵対の道を選んだ」

「赦す。その三つ、申して見よ」

「一つ。兄上の顔をしていた事」

 これが理由では、ラクシュマナはカルキに与する事など、最初からあり得ないではないか。

「二つ。私をシェーシャと呼んだ事。兄上は、私がシェーシャのアヴァターラであると解っても尚、私の事をラクシュマナと呼んでくれた。その時の喜びを、忘れた事はない」

 ラーマが、己が何の為に世界に産まれ落ち、そして如何なる神に連なる存在だったのか。
その宿命を理解したのと連鎖して、ラクシュマナも、自分が何者であるのかも理解した。ラーマはそれを知っても、ラクシュマナを無二の弟にして親友、そして、
従者として扱った。一度として、彼をシェーシャとして扱った事はなかったのである。高次の霊的世界では、ヴィシュヌとシェーシャは主と従者の関係。
これは間違いないのだろう。だが、そんな物はラーマとラクシュマナとの関係には不要。今まで通りの関係でありたい。そう願ったラーマの心と精神に、心の底からラクシュマナは感動したのだ。目の前のサーヴァントは、ラーマの顔をして、自分の事をシェーシャと呼んだ。それは、ラクシュマナが尊いと感じた思い出に、泥を塗るような行為なのだった。

「そして最後の理由は――兄上の顔を取って現れておきながら、幼気な少女を殺そうとした其処の蛮族(ムレーチャ)の悪逆を、止める事すらしなかったと言う事だ!!」

 ビッと、バッターの方に指を指しながら、ラクシュマナが一喝する。
三つ目の理由。これが、ラクシュマナの怒りを買った最大の行為であった。
彼が尊敬する本物のラーマは、正義と善を誰よりも愛する男だった。故にこそ、彼は聖王にして英雄であったのだ。
本物のラーマであれば、理由はどうあれ、マスターが幼い子供を殺そうとしているのを見たら、身を挺してそれを止めたであろう事は想像に難くない。
カルキは、これを止めなかった。マスターであるバッターが、子供――光本菜々芽――を殺そうとしたのを、無視、咎める事すらしなかった。
誰よりも尊敬する男の顔と姿を借りていながら、その尊敬する男の本質や在り方に瑕疵を付けた、目の前の男を、ラクシュマナは断じて許さなかった。

「ヴィシュヌ様の名代であるからと自惚れるな、救世主!! 私は……俺は、兄上の為であるのならば……彼と非業の別れを遂げた義姉上の為であるのならば!! 己が無限の闘争が支配する修羅道にも、浅ましい獣共が跋扈する畜生道に堕ちる事をも覚悟の、『血濡れた献身』を是とする者であると知れ!!」

 タッと、バックステップを刻み、七m程距離を取った所で、ラクシュマナは今まで手にしていた稲妻の槍・ブラフマーストラを構え、一層鋭くカルキを睨んだ。

「俺は聖杯を手に入れ、これを以って兄上と義姉上に忠を尽くす。その目的には、救世主。貴様の存在が厭わしい。だが、俺の言い分が気に喰わぬと言うのであれば、どう振る舞うべきかは知っていよう。互いに我を譲らぬ士族(クシャトリヤ)が、どちらかの我を貫き通させる為に神が定めた、士族のみに赦される正しい道理の選ぶ権利。それを以て、救世主。お前の我を貫いてみろ!!」

「決闘か」

 その言葉を受けて、カルキの傍に佇んでいた白馬が構え、バッターもまた、その身体に力を漲らせる。
が、カルキはこれを、ラクシュマナに払われた右腕を水平に伸ばして制止させた。

「目の前の男は、士族としての流儀に則って、余と戦おうと言うのだ。決闘で、他の者の力を借りては余の名も地に堕ちよう。余一人で、目の前の男は対処するとしよう」

 言い切った瞬間、白馬とバッターを制止させていた右腕を下ろすカルキ。いつの間にかその右手に、抜身の剣が握られていた事に、胸中で驚くラクシュマナ。
やや剣身が湾曲したその曲刀は、白く激しく刀身が光り輝いており、正に救世主の振う武器として申し分ない程の説得力を醸し出していた。

「シェーシャとしての生き方を捨て、ラクシュマナと言う名のアヴァターラとしての生き方を優先した、か」

「悪いか?」

「いや、悪くはない。だが、余に曙光剣を抜かせておきながら、無事にこの場を丸く収められると思わぬ事だ」

 槍術における中段の構えを取るラクシュマナとは対照的に、カルキの構えはリラックスとしたそれ。自然体の立ち居振る舞いだ。だが、それが恐ろしい。
武芸に通じる身であるラクシュマナだからこそ解る。カルキはあの構えから、こちらを如何様にも斬り崩せる力量の持ち主である事が。

「汝の覚悟で余の機装と肉体を穿てるか、試してみるが良い、ラクシュマナ。出来ねば直ちに、その首がシェーシャの下に還るものと知れ」

「聖杯を手にし、兄上に献身を尽くすのだ。その為の踏み台になるがいい、救世主!!」

 その一言と同時に、カルキの姿が霞の様に消えた。
いや、消えたのではない。目にも留まらぬ超スピードで、カルキとラクシュマナとの間の距離をゼロにまで詰めたのである。
自身が曙光剣と呼んでいた抜身の剣を、音の速度を容易く凌駕する程の速度で縦に振り降ろすカルキ。
これを軽く、ラクシュマナが雷神の力を内包した神槍・ブラフマーストラで受け流し、相手が体勢を崩した所で石突による一撃を見舞おうとする。
だが、白い機装を纏った救世主の身体は、全く微動だにもしていない。抜身の剣を受け流した際に、槍から伝わった力は、龍すら屠れんばかりの威力を内包したものだった。
それだけの力で攻撃しておきながら、受け流されてもこの男は全く姿勢に綻びを見せない。平衡感覚が優れているか、はたまた、今の一撃ですら挨拶代りであったのか。恐らく、両方なのだろうとラクシュマナは考えた。

 曙光剣を左中段から横薙ぎに振るうカルキ。攻撃の速度も然る事ながら、先程の振り降ろしから今の攻撃に移行する速度も、迅雷のそれであった。
攻撃を防御し続けていれば、一生攻勢を相手に譲る事になると考えたラクシュマナは、今放たれた一発を防御すると同時に、後ろに飛び退く。
そして飛び退きざまに、ブラフマーストラの尖端をカルキに向け、其処から稲妻を、放射する。
放たれた稲妻に、電瞬の速度でカルキが反応。稲妻目掛けて白光の剣を振り上げる。ブラフマーストラから伸びる白い放電に剣身が触れた瞬間、
稲妻は竹の如くに真っ二つに裂かれ、カルキの鎧を焼かぬままに通り過ぎて行く。俗にいう、雷切伝説。これを救世主は、当たり前のようにやってのけたのである。

 その程度の事は、出来ようなと、ラクシュマナは考えていた。驚くに値しない。
散々カルキを扱き下ろしはしたラクシュマナであったが、目の前のサーヴァントは低く見積もってもラーマと同等だ、と推測しているのも事実。
この評価はラクシュマナが下すものとしては最上のそれであると言っても過言ではない。ラーマもまた生前、メーガナーダの放つ魔雷を斬り裂いて防御した事があった。
カルキがこれを出来ても、何もおかしい所はない。心を掻き乱される程の事ではない。それに、まだ手はあるのだから焦る必要もラクシュマナにはなかった。

 真言を唱え、己の回りに梵字の障壁を展開させるラクシュマナ。これで、一度か二度は、攻撃を喰らってもセーフティであろう。
そしてこの状態のまま、再びカルキ目掛けて接近。先程、カルキの乗る白馬を追い詰め、攻撃にすら転じさせなかった程の速度と勢いの、槍の連撃を見舞わせる。
槍を振った際の刃風と衝撃で、海面が弾け、泡だって行く。槍の直撃を受けずともこの副次物で、並の戦士など粉微塵になってしまうかも知れない。
だが、相手もさる者。夥しい数の連撃と、それを淀みなく紡がせる技術の粋を凝らしたようなコンビネーションの妙。
並の英霊であれば防ぐ事で精一杯の、ラクシュマナの猛攻を、涼しい顔をして防ぎ続けているのである。

 突きが剣身で弾かれる。薙ぎに合わせて攻撃を行われて防がれる。払いを軽くいなされる。
残像が空間に軌跡として色濃くクッキリと残る程の攻撃の数々をカルキは、弾き、払い、防ぐ。
一撃が余りにも遠すぎる。一撃与えて有効打を与えられるか如何かすらも解らない、相手はそれ程までの怪物である。
であると言うのに、その一撃すらも当てられぬと言うのは何と言う残酷な事柄か。間違っても、ラクシュマナの技量が劣っていると言う話ではない。
カルキの技量が、ラクシュマナの想像を遥かに超えて『達している』だけなのだ。まるで、ラーマ様の武錬の冴えを見ているようだとすら、ラクシュマナは思っていた。

 攻撃を続けながら、ブラフマーストラの力を限定的に展開させる。瞬間カルキの頭上から落雷が閃くも、これすらも、彼には到達しない。
剣を振り上げるカルキ。ラクシュマナの攻撃を弾くのと、落雷を真っ二つに斬り裂いて無力化させるのを、カルキは振り上げの一動作で完結させてしまう。
そして、白光剣を振り上げ終わり、剣を掲げる様な姿勢から、直にカルキは剣を振り降ろしに掛かる。一秒たりとも、カルキは止まらない。
攻撃が終われば、また次の攻撃に転じられるような、流れるような動作とコンビネーションを彼は旨としていた。
カルキの攻撃にラクシュマナが、ブラフマーストラの穂先を合せた。穂先と剣身が、激突。

「――使うではないか」

 その言葉をカルキが口にするのと同時に、彼が曙光剣と呼ぶ剣が、回転しながら中空を舞った。
白い光を散らしながら、縦に回転するその剣にカルキは目もくれない。そこに目を向けている間に、ラクシュマナの振う槍の穂先が首を穿つからだ。
シェーシャの化身たるこの男は、稲妻の放射や落雷でカルキが葬れるとは欠片も思っていなかったらしい。
本命はあくまで、槍の業。ラクシュマナは落雷を発生させ、カルキの意識を若干落雷に向けさせる事で、本命。
即ち、『ブラフマーストラの穂先に内在させていた稲妻の力』に注意が行く事を防いだ。つまり、カルキが振り上げで斬り裂いた稲妻は、囮だったのだ。
そしてその囮作戦は見事に成功。振り降ろしを槍の穂先に当てた瞬間、内部で荒れ狂わせた稲妻の力を放出。
ブラフマーストラの放つ稲妻は、直撃すればカルキとてダメージを負う。槍の穂先と打ち合い、不穏な電気が己の指先まで走り掛けたその瞬間、
この救世主は反射的に稲妻を放っていた。何たる、反射神経か。電流が身体を伝うよりも早く、それを伝える伝導体を放り捨てる等、並大抵の技ではない。

 カルキが凄い芸当を披露したのは事実だが、今剣を手放した事で、ラクシュマナに千載一遇のチャンスが巡って来ているのもまた事実。
この機を逃さじと、即座にカルキの鼻頭目掛けて上段突きを放つラクシュマナ。反応しなければ、勝てる。
ラーマ王子と共に武辺を示した戦士が、そう確信したその時だった。初めから其処にいた男は幻であったかの如く、カルキの姿がラクシュマナの視界から消えた。
「!!」と反応した時には、もう遅い。最高のタイミング、最高の速度、最高の威力を以って放たれたラクシュマナの突きは、スカを喰っていた。

 何が、と思ったその瞬間。
低ランクの攻撃宝具ですら一方的に遮断し防ぎ切る、ラクシュマナが展開していたマントラの梵語障壁が、薄氷の様に砕け散った。
それについてレスポンスを示すよりも早く、ラクシュマナの腹腔にインパクトが叩き込まれ、そのベクトル方向に彼の身体が素っ飛んで行く。
ラクシュマナは背面から、閉められたコンテナ倉庫に激突。金属製の壁を突き破って内部に吹き飛ばされるだけでは飽き足らず、倉庫の中に配置されていた、
空のコンテナにも衝突する。ラクシュマナのクッションにされた空コンテナが、滅茶苦茶にひしゃげて破断。破壊されてしまった。

 ひしゃげた金属の破片同然にまで破壊されたコンテナの残骸から、ラクシュマナが急いで復帰する。
シェーシャのアヴァターラであるラクシュマナは、元となった龍王の権能をある程度は引き継いでいる。
再生を司るナーガであるシェーシャは、∞とすら形容される程埒外の再生力を誇る。オリジン程とは行かないがラクシュマナもこの性質を持つ。
少なくとも、心臓や脳を破壊された程度では死亡すらしない程度の再生力と耐久力はある。だがそれにしても、凄い衝撃だった。
倉庫の壁に空いた穴から見れる、カルキのポーズ。右膝立ちの状態で、手を開いた状態で右腕を伸ばした姿勢から推理するに、
掌底で自分を吹っ飛ばした事はラクシュマナにも解る。上段突きを放った時、視界から消えたとラクシュマナが錯覚する程スムーズかつ高速度で、
カルキは低姿勢の状態で突きを掻い潜り、避けたと同時に掌底を放ったのであろう。それにしても、この威力は驚異的としか言いようがない。
鎧の重量を乗せての掌底とは言え、シェーシャのアヴァターラたるラクシュマナにダメージを継続させる程の力は、並の事ではなかった。

「初めて見る技術でもなかろう。余は、お前が初めて目の当たりにしただろう技を使った覚えはない」

 腕を引き、ゆっくりと姿勢を戻すカルキを見て、ラクシュマナは口を開いた。

「……『カラリパヤット』」

「然り」

 その名前は、ラクシュマナも知っている。と言うより、使う事も出来る。
生前に、弓矢や剣、槍の他に素手で戦う術も学んでおけと、ラーマが手ずからラクシュマナやハヌマーンに教えていたのである。
守りを神髄とするカラリパヤットであるが、その守りにはカウンターと言う意味も込められており、この格闘技を極めた者の攻撃は極点に達する。
ラクシュマナが知る限りでは、案の定、と言うか当たり前ではあるが、今まで見て来たカラリパヤットの使い手の中で、ラーマが一番冴えていた。
此方が守勢に回れば皮膚は勿論髪の一本にですら相手の攻撃は掠らず、此方が攻勢に回れば成す術もなく相手は打たれ続け地に伏せる。
素手による攻撃で、ラーマもハヌマーンも、そしてラクシュマナも。生前は羅刹を打ち殺して来たものであった。

 ヴィシュヌの化身であるラーマがカラリパヤットを使えるのであれば。
同じくヴィシュヌの化身であるカルキが、カラリパヤットを使える事に何の矛盾もない。寧ろ使えて当たり前、道理とすら言えた。
そしてその練度の方は、最早語るに及ばず。技の上達や達成度を測る演武を、見るまでもない。今の一撃で解った。
カルキのカラリパヤットは、ラクシュマナの扱えるそれよりも遥かに高い習熟度で習得されている上に、カラリパヤットの始祖たるラーマに匹敵する程の域にまで達している。殴り合いで、勝てる相手では断じてなかった。

 曙光剣を拾おうとしたか。目線と意識を若干、地に横たわる抜身の剣に向けたその瞬間を縫って、ラクシュマナが駆けた。
正に弾丸の如きスタートダッシュで、十数m以上もの距離を詰めた彼は、ブラフマーストラに稲妻を纏わせ、これをカルキ目掛けて叩き落とす。
身体を僅かに半身にする事で、槍の穂先を回避したカルキ――回避した、と思っていた。ブラフマーストラの穂先は、カルキの頭蓋を弾け飛ばすまであと三十cmと言う、
寸止めどころか全く命中させる気のない所で停止していた。寸止め、と言う言葉が脳裏を過った時、これがラクシュマナのフェイントである事を今カルキは知る。

 フェイントに対して回避行動を取ったカルキの姿を認めるや、ラクシュマナは、槍に纏わせていた稲妻を発破させ、全方位に放電現象を迸らせる。
金属すら蒸発させる程の熱量を秘めたこれをカルキは、天性の武才を以って、ラクシュマナが行うであろう次の行動を予測。
放電が起こる前にバックステップを刻む事で回避。そして、放電が終わったその瞬間を狙って、機械鎧を纏った救世主が地を蹴った。
ミサイルの如き勢いで接近、退いた分の間合いをゼロにしたカルキが、ラクシュマナの胸部に殴打を放とうと試みる。

 此処までの行動を、ラクシュマナは計算していた。
放電が避けられる事も、此方の攻めが終わるや相手が即座に攻撃を仕掛けて来るであろう事も、織り込み済み。
ラクシュマナの狙いはカウンターであった。格闘技である以上、自分から攻める技もカラリパヤットには勿論ある。
だがカラリパヤットの神髄は守勢にある。相手の攻撃に合わせて、此方が攻撃を叩き込む。相手が攻撃を仕掛けた筈なのに、何故か攻撃した側が打ち倒される。
つまりはカウンターだ。カラリパヤットを極めた者のカウンターは、余人に見切れるものではない。攻めているのに殺された、と言う現象が往々にして起こる。
槍の技ではない。ラクシュマナは、カルキよりも練度の劣るカラリパヤットのカウンターで、救世主の顎(あぎと)を破壊しようと試みた。
ラクシュマナがカラリパヤットを習得している事までは知っていようが、これで攻撃してくるなどとは夢にも思うまい。当然だ、カルキに比べて練度が拙いのだから。
だからこそ、不意打ちとして機能する。絶対にしてこないであろう手を、意識の外から放つ。背後や暗所から攻める、卑怯な手段だけが不意打ちではない。士族(クシャトリヤ)に相応しい、正統なる不意打ちと言うものが、この世には存在するのだ。

 カルキの殴打に合わせて、身体を勢いよく半身にして攻撃を回避するラクシュマナ。
それだけに留まらない。半身にした時の勢いをそのままに、ラクシュマナはそのまま身体を横に一回転。
この時の回転力を乗せて、裏拳をカルキの顔面に叩き込もうとする!!

 トン、と。裏拳に用いている右腕、その肘に何かが軽く触れた。少なくとも、手の甲がカルキの顔面を捉えた感覚ではない。
親しい間柄の人間の肩を、背後からぽんぽんと叩く様なそれと、意味合いに大差はないだろう。
――その叩かれた所を支点に、ラクシュマナの身体が裏拳を放つ方向とは逆方向に、勢いよく回転を始めた。勿論、裏拳はカルキに当たらない。
それどころか彼の身体は勢いよく回転を続けたまま、カルキから数mも遠ざかって行き、回る勢いが止まったのと時同じくして、地面に仰向けに倒れ伏してしまった。七回。これは、ラクシュマナが回転した回数であった。

「ぐ……お……っ!!」

 急いで立ち上がるラクシュマナ。肘を基点に腕が折れてはいけない方向に折れ曲がっているだけでなく、筋肉と皮膚を突き破って橈骨が露出しているではないか。
何故、こんな現象が起っているのかはその身を以って理解している。ラクシュマナを殴るべく伸ばした、右手。
これを以てカルキは、ラクシュマナの肘に軽く触れたのだ。これだけでラクシュマナは思いっきり吹っ飛ばされただけでなく、腕を折られてしまったのだ。
無論、ただ触れただけではない。攻撃してきた相手を、相手の攻撃時の勢いを乗せて吹っ飛ばす特殊な接触法である。これもまた、カラリパヤットの奥義だ。
攻撃の勢いを乗せると言う性質上、相手の攻撃の威力が高ければ高い程、この接触法の効果は強まって行く。ラクシュマナの今のダメージは正に、彼自身の筋力ステータスの高さが招いた禍なのだった。

「見事な反撃である。余も少し、肝を冷やしたぞ」

 平時の調子でこう言う物だから、本気で焦ったのかどうか全く疑わしい。
これでは猜疑心が強い、疑い深い人間でなくとも厭味と受けとってしまおう。そう言うのであれば、冷や汗の一つでもかくのが礼儀であろうが、勿論、カルキは汗を流してなかった。

 腕が折れた程度では、ラクシュマナの心は折れない。骨折程度は、シェーシャの権能で五秒あれば元通りになる。
現に、露出した部分の骨を圧し折り、無理くりその骨を筋肉の中に埋もれさせた時には、粗方回復していた程だった。
それよりも何よりも、ラクシュマナが意図したカウンターが通じなかった事である。
カルキのやった事は、ラクシュマナが行った『カウンターに対してカウンターで返した』と言う事に等しい。
まさか合わせて攻撃していたつもりが、あちらの反撃に合わせるよう攻撃させられていたのである。これ程滑稽な話もなかった。
カルキの口ぶりから察するに、彼の行ったカウンターは初めから意図していたものではなさそうではあるが、あれ程スムーズに行われていては、寧ろ初めから計算済みの事柄ではなかったのか、と。邪推もしたくなるものであった。

「傷の治りが速いな。流石に、無限蛇の化身の事はある」

 本来なら完治に数ヶ月以上も要するであろう骨折を、ものの四、五秒程で治して見せたラクシュマナを見て、嘆息するカルキ。
これを見て、間違いなく攻め方を変えて来るであろうと言う確信がラクシュマナにはあった。具体的には、自身の再生が追い付かない、より高威力のものを見舞って来る、と言う事だ。

 そして、その攻撃は放たれない、と。ラクシュマナは考えていた。

「此処では滅ぼせまい?」

 此処まで追い込まれても、ラクシュマナは、カルキに殺される可能性は極めて低いと言う確信があった。
ラクシュマナの耐久ステータスの高さは、再生能力の高さ……と言うよりは、シェーシャの化身であるが故に彼が持つ、守りに特化した権能に由来している。
彼を一撃で滅ぼそうと言うのであれば、それこそ、冬木港どころか、冬木市の数割以上がこの世から消える程の威力の宝具を放つ位しかない。
それ程までに、このラクシュマナと言う男の再生速度および、素の頑健さは常軌を逸している。恐らくカルキは、自分を滅ぼせるだけの威力の宝具を、
間違いなく有してはいる。だが、ラクシュマナ一人を滅ぼす為にその宝具を開帳する事は間違いなくないであろうし、仮にその宝具を彼を滅ぼす為に使うと決めても、
おいそれと放てるものではないのだろう。そのような考えに想到した理由は、簡単だ。この世界の浄化が己の目的だと、カルキは言った。
だがそれが、この世界にカルキがやって来た理由なら、『召喚されたその時点でその手段を発動してなければおかしいのである』。
その手段を実行していないと言う、現在の疑いようのない事実。ここから導かれる可能性は一つ。その手段は現状使えないのだ。
仮に使えたとしても、場が煮詰まり切ってない聖杯戦争の序盤も序盤で、その手段を開帳する訳には行かないだろう。
よって、以上の理由から、カルキは自分を滅ぼせない。電撃戦ではカルキの方に分があろうが、シェーシャの権能を引き継いだ自分が持久・耐久戦で負けを見る訳がない。ラクシュマナは強く、固く、そう信じていた。逆に言えばそれは、粘り勝ちでしかカルキには勝ちえない、と言う事をも意味するのであるが。

「確かに、余の真の権能は、今此処では放てない。汝の言う通りではある」

 「――だが」

「真なる力に頼るまでもなく、汝を討つ術はある」

 ハッタリでは、ないのだろう。
他の武器があるのか、他の宝具があるのか。はたまた、カラリパヤットの秘められたる技があるのか。
どちらにしても、湾港倉庫周辺に甚大な被害を与える事を避けつつ、自分を倒す手段となると、相当限られてくるであろうと言う確信がラクシュマナにはある。後はそれをどう見切り、どう反撃するか、だが。

 白い具足に包まれたカルキの両脚に、力が漲り出したのを、ラクシュマナは見逃さなかった。
来る、そう思った瞬間、カルキは垂直に十m以上も跳躍。一直線に向かって来るか、高速移動を利用した攪乱を初めに行って来るかと思っていたラクシュマナは、
カルキの取ったこの行動に当初は面喰った。だが、飛び上がればその分、行動の自由が利かなくなる。好機である。人は空を飛べないのだ。
勿論、無理やり魔力を放出しての移動と言うものがあろうが、これは無理やりと言う言葉が指し示す通り魔力を相当消費する。
生前であればいざ知らず、魔力と言うリソースを自前で有する分のそれかマスターからの供給によってでしか頼る事が出来ないサーヴァントの身の上では、
この移動方法は無駄極まりなく、いたずらに現界時間を短くしてしまうだけだった。

 攻撃を打ち込むならば、今。ラクシュマナがこう考えたのも無理はない。ブラフマーストラに稲妻の力を漲らせ、迎撃しようとする。
だが、彼は知らなかった。カルキは明白に、ラクシュマナを討ち滅ぼそうとするべく、飛び上がったと言う事を。
そしてその攻撃を放ってしまえば、無駄に被害が拡大してしまう為、あえて空を飛んだのだと言う事を。言ってしまえばこの跳躍は、被害を最小限度に抑える為の角度調整に過ぎないのだ。

「カラリパヤット、ヨーガ、苦行(タパス)。それら全てを修めた人間には最早、相手を打ち倒すのに、武器も技も不要」

 ラクシュマナがブラフマーストラを構え終えたのと、カルキが口上を言い切ったのは、殆ど同時だった。

「覚えておけ、無限蛇のアヴァターラ」

 槍を放擲しようと、身体全体に力を漲らせるラクシュマナ。





「――真の救世主(えいゆう)は眼で殺す」





 その言葉と同時に、カルキの紅蓮の瞳から、純白の光条(ビーム)が伸びた。
槍をその手からラクシュマナが放つよりも早く、両目から放出された二本のレーザービームは、ラクシュマナの肺腑を穿った。
そのまま光条は彼の背中を貫通し、埠頭の地面に直撃。――それと同時に、着弾地点を中心として、今まで二名が戦っていた船着場全体に亀裂が生じ始めた。
固いコンクリで出来ていた筈のそれが、風化して脆くなったように亀裂から崩壊を始めて行き、破片が一つ残らず海へと沈んで行った。
しかしラクシュマナは、海に落ちる事はなかった。気合と根性を発揮し、コンクリの船着場に亀裂が入ったその瞬間に彼は飛び退き、亀裂の生じていない所まで退避。溺れる事だけは防いだ。

 眼から、光線を放つ!!
同郷の地に、その優れた眼力を矢よりも鋭く尖らせ、視覚化させる事で、相手を撃ち殺す者がいた事はラクシュマナも風の噂で聞いていた。
さぞや、優れたヨーガと苦行、カラリパヤットを修めたのであろうと当初は思っていた。カルキも、使えるのか!! 
口から血を吐き悶絶しながら、今まさに空中から海上に落下しようとしている彼を見上げるラクシュマナ。頭上にいる救世主の恐るべき強さに、蛇のアヴァターラは戦慄していた。

 二度目を放たれたら、拙い。今ラクシュマナの肺は完全に炭化し、肺と隣接している臓器は焦げ付いている。
これすらも、シェーシャの権能に掛かればどうとでもなるのだが、立て続けに連発されてしまえば流石のラクシュマナと言えど、危険極まりない。
どうする、と。彼が思案を巡らせていた、その時であった。自分の背後の方角から、何かの気配が近付いて来るのを、ラクシュマナに備わる超感覚が感じ取った。
ラクシュマナは勿論、カルキでもなく、況して彼の駆る白馬でもなければ、救世主の主たるバッターの物でもない。
何か小さい、ミニチュア程度の物が高速でこっちに飛来して来ているのだ。飛来、と言う言葉からも解る通り、それは空を飛んでいた。丁度、高度二十m程の所だ。
落下をしているカルキや、ダメージにあえいでいるラクシュマナ、そして、離れた所で戦闘の模様を見守っていたバッターや白馬。
全員が全員、近付いてきている物の正体を判別した。飛行機型の、ラジコン……のような物だった。
プラモデル相応のそれが、凄い速度で此方に近付いてきているのだ。誰かが此処で遊んでいるのか? そうと考える者は、誰もいない。
この場にいる三名と一匹の中で、三名に属する者の一人、ラクシュマナだけがこの怪しいラジコンの正体を掴んでいた。そして、これを放った者が誰なのか、どんな意図でこれを放ったのかも。悉皆理解していた。

 ラジコンめいたそれは、速度をそのままに、カルキの方ではなくバッターの方へと向かって行き――。
そのラジコンが、突如としてバッターの方へと急降下、するのと同じタイミングで、円筒状の物を彼目掛けて産み落とした。

「避けよ!! 浄化者!!」

 カルキが海面に『降り立つ』のと、彼自身が叫んだのは同時であった。
彼に言われるよりも早く、バッターは後ろに飛び退いており、まだ足りぬと白馬は判断したか。
その口でバッターの服の襟を噛み、そのまま急浮上。七十m以上もの距離を、ラジコンが吐き出した円筒状の何かから取った。
それが地面に着弾した、次の瞬間。空気を震わせ、鼓膜が破裂せんばかりの大音と同時に、埠頭で円筒が爆ぜた。
爆発、だった。オレンジ色の炎が着弾地点から燃え上がり、衝撃波や爆風がコンテナ倉庫をねっとりと炙る。この爆発の威力だ。直撃していれば、人間の体など粉微塵であったろう。

 バッと、ラジコンが飛来した方向に顔を向けるラクシュマナ。
今の今まで、コンテナ倉庫の影でひっそりと身を隠していた隼鷹が、脱兎の如く逃げ出しているのを認めた。
一緒に逃げよう、と言う意味である事を、彼は受け取る。この場で決闘を放棄し、背を見せて逃走するのは、士族に有るまじき卑怯な行いである。
ほんの一瞬だが、逃げるのを躊躇った。だが、此処で死んではラーマに忠を尽くせない。今回の聖杯戦争でラクシュマナ、ラーマにシータを遭わせてやりたいのだ。
であれば、此処はいったん退却し、身を整える事が重要であろう。逃げる事は、恥ではない。そう自分に言い聞かせ、ラクシュマナは、
隼鷹の放った九九式艦爆に一瞬カルキらが目を奪われている隙に駆け出し、その場から逃走。
これを追跡しようとカルキはするが、その時彼は、眼から放った光線で艦爆を射抜き、爆破させている時であり、追いすがるのが遅れてしまった。
その一~二秒程の遅れを許したせいで、ラクシュマナとカルキの距離は、八十m以上まで離されていた。
追っても良い。だが、敵もさる者。わざと密集地帯を選んで逃げている。これでは無駄に建造物を破壊してしまう。それでは面白くない。カルキは結局、ラクシュマナを追うのを諦めた。

「……あれ程の戦士が、逃げを選ぶとはな」

 見損なった訳ではない。寧ろ、評価している。
己が勇名と強さを誇り、それによって得られた戦果や勲章・勝利を尊ぶクシャトリヤにとって、戦いからの逃走を選ぶ事は、自決よりも勇気がいる。
自分がその強さで得て来た全てを、放擲するに等しい行為だと思っているからだ。だが、市井で平凡に生きる平民にとっても、民草を統治する王侯にとっても、
戦いを生業とする戦士にとっても、濁った眼をした奴隷(シュードラ)にとっても、決して変わらぬ不変の真理と言うものが存在する。
人は『死ねば終わり』。これは、どんな身分の人間は勿論、神をも屠る強さの戦士にとっても同じである。死ねば、今生きている何某と言う人物はお終いなのだ。
戦いの中で死ぬ事を誇りに思う戦士でも、その場で死にたくないと思ったのなら逃げれば良いのだ。恥ずべき事ではあるかも知れないが、人として、何もそれは間違ってはいない。

 ラクシュマナ。カルキの目から見ても、優れた戦士であった。
あの戦士の本質は、高潔かつ高邁、秩序と善とに価値の重きを置く、英雄の名に恥じぬ男なのだろう。
それ程までの男が、逃げを選ぶ。心が読めるカルキではないが、其処には葛藤の一つや二つ、あっただろう事は想像に難くない。
士族の恥だと罵られる事を覚悟で、叶えたい願いがあるのだろう。それが、カルキの大本であるヴィシュヌが嘗て使ったアヴァターラ、
ラーマに対して忠を尽くすと言う物なのは明らかだ。戦士としての誇りに泥を塗ってまで、あの男はラーマに尽くしたいのである。
献身の姿勢としては、素晴らしい。クシャトリヤとしては褒められた行為ではなかったのかも知れないが、その在り方は、カルキの目から見ても尊いものだった。だから、これ以上追う事をカルキは止めた。

 だが、今回追うのを止めただけに過ぎない。次出会えば、力の全てを尽し、あの男を葬るとカルキは決めていた。
技術の全て、能力の全てで此方が秀でていると言う事を知らしめながら、ラクシュマナを浄化すると決意した。
改心の余地がある人間に幾ら殺意や敵意を向けられた所で、カルキはそれを歯牙にもかけない。
だが此方に明白に敵意を示した相手がクシャトリヤ、それも、恐るべき強さを誇る上に、極めて頑迷な性格の持ち主であると言うのなら容赦はしない。
末世を正す救世主として、己の穢土救済の道を阻もうとする思い上がった者は、今生からの解脱と言う形でその愚かさを知らせしめるのである。

「何故追わない」

 ある一方向を眺めながら、バッターがそう言った。
コンテナ倉庫が複雑に入り組んでいる為、隼鷹とラクシュマナがどう言うルートで逃げているのか、普通は見えない。
だが、バッターの霊感は、あの二名がどう逃げているのか彼に明白に告げている。そして恐らくはカルキも、どう逃げているのか解っているのだろう。
解っていて、追わない。止めを刺しに行かない。バッターが不快に思うのも、無理からぬ事であった。

「あれは敵ではあるが、悪ではないからだ。敵と悪とは、同じ括りに纏められない。余に刃を向けた報いは何れ受けさせるが、世界を乱す悪でない以上、躍起になる必要もない」

「あれは……いや、奴らは『亡霊』だ。嘗て死んだ者、そして、これから死ぬべき者の魂魄が、現世に未練と憧憬を抱いた末に現れる、正しい時空に存在するべきではない影だ」

「サーヴァントをそう呼称する者は、汝以外を於いて他におらぬだろうな。その定義では、余もまた、お前の言う穢れた亡霊になる」

「その通りだ」

 淡々と続けるバッターの瞳が、カルキを捉えた。無感情ながらも、確かな決意を内奥に秘めたカルキの瞳とは違い、バッターの瞳は本当の虚無で満ちていた。
感情がない、情動がない。その癖、冷たい意気に満ちたその瞳は、ガラス球のそれとも違う。
過去に起こった凄絶な体験の末に、心が壊れた人間では、バッターは断じてない。心が確かにある筈なのに、心が壊れた人間以上に、『心が初めから存在しないと余人に思わせしめる』この男は――誰の目から見ても、明白な異常者であった。

「本来浄化されるべき亡霊を用いて、亡霊を浄化するなど、神聖な任務に矛盾する事柄だが……こうでもしなければこの世界に潜り込めなかった、と言うのが腹ただしい」

 空に浮かぶ月を見上げ、バッターは尚も言葉を紡ぎ続ける。

「猥雑な色を浴びせた世界。混沌で満ちた宇宙。この穢れた宇宙を、俺の墓標にするつもりらしいが、そうは行かない」

 月が、バッターを見下ろしている。 
少年の夢と青春が詰まった、白い野球のユニフォーム。これを纏った狂人を見下ろす、雌黄色の月の気持ちとは、果たして。

「覚悟しろ、ジャッジ。奴隷の名を冠した亡霊の全てを討ち滅ぼした後、二度と戯言を口に出来ぬよう貴様の顎と牙とを我がバットで砕いてくれる」

 「だがその前に――」

「この世界には雑音が多すぎる。行くぞ、アドオン……いや、『ライダー』、だったな。紛らわしい」

 そう言葉を切ってから、バットを肩にかけ、その状態のままバッターはカルキに背を向けて、一人スタスタと歩いて行く。
騒ぎを聞きつけた、港の関係者及び、此処を巡回している警備員が走り寄ってくるのを、自身の超感覚で捉えたからだ。
カルキもまた、バッターに従いその場を後にしようとするが、それを行う前に、白馬が拾ってくれた曙光剣を手に取り、邪魔な蜘蛛の巣を払うが如く、
これを高速で虚空に一閃。それが、単なるデモンストレーションだったのかは、カルキにしか解らない。どちらにしても彼は、剣を振い終えたその後に、白馬と一緒に霊体化を行い、バッターに追随。港から去って行く。

 ……あれだけの騒ぎを起きていた港が、嘘のように静かだった。
波が打ち付ける音、潮騒が奏でるバラード、潮風の心地よい香り。カルキとラクシュマナの血で血を洗う死闘によって、極限まで褪せていた、冬木の海な平和な様相が今、復活を始めていた。

「……これで主役が揃い踏み、ってか」

 平和な風景であったからこそ、青年の声は良く聞こえた。
先程カルキがラクシュマナを吹っ飛ばした事で穴があけられた、コンテナ倉庫。その穴からニュっと、カエルの仮面を被った男が姿を見せた。
顔に、冷や汗を張りつけさせているこの男は、ずっと隠れていた。自らが使役するサーヴァントが産み出した、透明人間薬。これをずっと服用したまま、戦闘の余波で死ぬんじゃないかと冷や冷やしながら、だが。

「にしても……あのこわーい旦那に相応しい、おっかないサーヴァントだったな。……本当に勝算があるのかね……パブロの奴」

 名を、ザッカリー。この聖杯戦争を運営している白猫・ジャッジの盟友であり、浄化者・バッターをこの世界に招き入れた、張本人でもある男であった。

「そんじゃま、後は噂の流布に務めますかね。あのアヒルちゃんに試練を与える為のな。……OFFのゲームじゃしがない物売りだったが、俺だってレギュラーキャラになれば結構働くんだぜ? 読者の皆様方」

 あらぬ方向にウィンクを決めながら、ザッカリーは、おちゃらけた調子でそう口にしたのであった。

 ◆

 ――『白い騎士』がやって来る。
冬木の街に、こんな伝承(フォークロア)が語られるようになったのは、果たして何時の事であったろう。
一年前どころか、インターネットが普及する以前、それこそ、世の人々がまだテレビやラジオを主な情報源としていた時代。
いやそれどころか、千年・二千年もの昔から、古文書・口伝と言った方法で細々と伝えられてきたかの如き、時の重みすら、この伝承からは感じられた。

 ――『白い騎士』がやって来る。
噂の担い手たる人間達の年齢に、纏まりはなかった。
多くの老若男女がその噂を認識していた。無論、手放しに皆が信じている訳ではない。
馬鹿げた話だと切り捨てる者もいる。頭から全て信じ込んでいる者もいる。話の何割かが嘘ではあるが、残りの部分に真実が隠されていると推理する者もいる。
何れにせよ、言える事は一つである。多くの者達がこの伝承を、形はどうあれ、耳にしていると言う事。これだけは、揺るぎのない真実だった。

 ――『白い騎士』がやって来る。
多くの者達がこの噂を認識しているにも拘らず、その形式(フォーマット)は余りにも各人でバラバラ過ぎた。
噂とは一種の伝言ゲームであり、話し手や聞き手の人間性や知性次第で、幾らでも尾鰭が付くもの。
我が国においては、口裂け女、と言う都市伝説こそがまさに、人の話す内容とは上から下に下るにつれて変化して行く、と言う事の一例とも言えようか。

 ――『白い騎士』。
それこそが、噂の核、骨子である。伝承を語る人物が誰であろうと、この部分だけは絶対に変わらない。これを変えてしまえば、全く別の伝承になる。
問題は、この白い騎士の各人の捉え方、解釈の仕方であった。『白い騎士』を、『正義の担い手』であると信じる宗教者もいる。
『白い騎士』を、『白馬の王子様』と呼ぶ夢見がちもいる。『白い騎士』を、『諸悪を裁く審判者』だと確信する者もいる。
『白い騎士』が現れるその時こそ、『世界の終末である』と認識する破滅主義者もいる。『白い騎士』は、『勝利の上に更に勝利を重ねる者』だと恐れる宗教者もいる。
『白い騎士』が果たして誰で、何の為にこの世界に現れ、そして現れれば何を行うのか。それを正確に理解出来ている者は、一人たりともこの街にはいるまい。
そして、各人のどんな白騎士論が、真実のそれであるのか、と言う事も勿論、誰も理解していまい。
真実に到達しようがするまいが、どうしようもなく、人々を取り巻く事情は刻一刻と変化して行き、水車が回る様に時間も廻り、星も自転し、月も秤動する。
つまり、『白い騎士』の伝説など、人々がどう認識しようが、所詮は伝説。伝説とは、歴史と化した嘘である。
遥かな古に、何をルーツに興ったか解らない伝説など、現代(いま)の激動を生きる人間には、慰みにしかならない。
「ああ、そんな話があるのか」、そうと認識しながら、人々は、今日を生きるしかないのである。結局は、この白い騎士の伝説も、人々の知識に彩りを与える程度の小話に過ぎなかった。

 ――『白い騎士』が、やって来る。
空を自在に飛ぶ『白馬』に跨り、宇宙の真理が完全に保たれた『黄金の時代』を再び築き上げるべく。
『白い騎士』が、やって来る。その手で勝利を得、そして築いた勝利の上に、更に勝利を築く為に。

 『白い騎士』が、やって来る。

 苦諦に満ちた世界を過去の物とするべく。
跳梁跋扈する悪霊共を祓うべく。聖なる光を煌めかせながら。白い騎士は、今日も往く。

 ◆

 ――ブエノス・ディアス。
猛き少年、ピュアな少女、気取った紳士に麗らかな淑女の皆様方。
待たせて悪かったな。三か月ぐらい待たせた気もするが、気のせいだろ。まぁ兎に角、審判の時とやらがようやく始まるんだ。
ま、気取った言い方をしないで言うと、聖杯戦争って奴がこの瞬間を以って始まる。はは、嬉しいか、怖いか? ちなみに俺は嫌だぜ、仕事が増えるからな。

 さて、聖杯戦争の基本的なルール自体は、お前さん達が持ってるこの星座のカードに『オッケーグーグル!!』って感じで念じれば確認出来る。
だから今更伝える事は特にはない。新しく増えたルールって奴も特にはない。だが、それとは別に、極めて重要な伝達事項って奴を伝えなくてはならない。
まぁ、古風かつ差別的な言い方をしちゃうと、『お尋ね者』、って奴だな。んで、聖杯戦争の開始と同時に、お前さん達にはクエストって奴を提示しなけりゃならん。
ヘヘ、何かRPGっぽくてワクワクするよな!! こう言う本筋と逸れたクエストばかりクリアしちまうとこっちが強くなり過ぎてバランス壊れるとかザラだよな!!
だがま、これからやって貰いたいクエストってのは、バリバリ聖杯戦争の本筋に関わるし、最悪身の危険がある奴だからな。無視って言う選択肢もアリだ。
その分、報酬は凄いぜ。詳しい事は下の方に記してあるから、取り敢えず見といてくれ。このクエストを、落ちてる金を拾うもんだと思うのも良し、乗るに値しない物だと思うのも良し。それじゃ、諸君らの良い健闘と検討を祈ってるぜ!!

討伐クエスト:バッター及びライダーの討伐

討伐事由:極めて重度かつ深刻な危険思想の持ち主かつ、運営側への反逆行為

開示情報:バッター及び、ライダーの顔写真及び身体的特徴を映した写真の開示

備考:主従共に消滅が報酬達成条件。

報酬:令呪10画+希望者は元の世界への帰還

                                       ――星座のカードを通じて、五月三日の深夜0:00に投影されたホログラムより

 ◆





     ――第五の情報が開示されました





 ◆

【クラス】ライダー
【真名】カルキ
【出典】ヒンドゥー教終末論
【性別】男
【身長・体重】178cm、72kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力:B++ 耐久:A+ 敏捷:A 魔力:A 幸運:A 宝具:EX

【クラス別スキル】

対魔力:A
A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではライダーに傷をつけられない。

騎乗:A+
騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。

【固有スキル】

維持神の加護:EX
ヒンドゥーの神話体系におけるトリムルティ(三位一体)を成す神霊、ヴィシュヌによる加護。
ライダーの行う敵対者の殲滅行動、及び『悪』を滅ぼすと言う行為は、ヴィシュヌによって成功が高い確率で保障されている。
ライダーが敵と認識した存在と交戦する際、戦局を有利に進めるありとあらゆる行動の判定に上方修正が掛かる。
属性が『悪』の者に対しては、更にその上方修正に補正が掛かるものとする。
また、ライダーはヴィシュヌの加護により、悪の誘惑及び精神干渉を一切跳ね除ける。ランクに関わらず精神攻撃の全てを無効化する。
堕落した世界を善の満ちる世界に変革する救世主が持つ権能。善は悪に勝利すると言う、当然の最終的結実を意味するスキル。勇者とは、常に勝利する者である。
但し、ライダーの交戦する相手が『善属性』、或いはライダーが『善』と認識した者、或いはAランク以上の神性を保有する者については、このスキルによる上方修正機能は発動しない。

魔力放出(光):EX
膨大な魔力はライダーが意識せずとも、悪党(ダスユ)と蛮族(ムレーチャ)を滅ぼす眩い光明として総身から発せられる。
尽きぬ程に溢れ出るこの光は、規格外の熱量を保有する聖光。ライダーが赦した、或いは『善である』と認識した存在には、
眩くはあるが柔らかな光に過ぎないが、一度敵と認識した存在には肉体を焼き滅ぼす程の熱光と爆光になる。
また、『悪』の属性を内包した者に対しては、その光の威力が倍加する。可視化されたカリスマその物。このスキルは常時発動しており、攻撃力・防御力を共に埒外の値としている。

神性:A++
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
維持神・ヴィシュヌが地上に降臨する際に用いるアヴァターラの一つであり、役目を終えた後ライダーは神の座に還る。
地上に伝えられる十の化身の中でも、ライダーは特にヴィシュヌ本来の性質が色濃く反映されており、その神霊適性はサーヴァントとしての枠を超え、神霊一歩手前の状態である。

武の祝福:A+
最悪の魔王・カリが支配する末世、カリ・ユガを浄化、清めた後理想の精神世界クリタ・ユガを打ち立てる運命にあるライダーは、
剣術だけでなく武術全てに秀でている。心眼や軍略、圏境・戦闘続行・カラリパヤットなど、多くの戦闘系のスキルを内包した複合スキル。またこのスキルにより、ライダークラスでありながら宝具に近い威力の弓や槍等を持ち込める事が可能となっている。

カリスマ:A+
大軍団を指揮・統率する才能。ここまでくると人望ではなく魔力、呪いの類である。ライダーの姿は、『悪』には恐るべき審判者に見え、無辜の民には『救世主』に見えると言う。

【宝具】

『偉大なる者の腕(トリムルティ・バージュー)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~50(武器により可変) 最大補足:500
同じヴィシュヌのアヴァターラであるパラシュラーマ、及び、ヴィシュヌ、そして、彼と同じトリムルティを形成するシヴァ神から、
あらゆる神魔に対抗するべくディーヴァの神々より授けられた数多の武器。投擲武器である円盤や投槍シューラヴァタ、棍棒モーダキーにシカリー、
シヴァ神の持つ三叉槍トリシューラに、シヴァの象徴たる第三の目の眼光の具現化であるハーシュパタ等、その数は圧倒的。
神性が高ければ高い程ヴィシュヌ神に近い存在とみなされ、持ち込める武器の数が多くなる。
ランクA++は、最早サーヴァントシステムにおけるクラス制限があってないも同然のレベル。ライダーでありながら、三騎士のクラスでも平然と活躍する。
但し、本来のクラスではない武器を用いていると言う弊害か、クラス違いの武器を振う場合には、平時の魔力消費量に、本来のクラスで扱われる筈だった武器の魔力消費量を増大させた値がプラスされる。

『朝日よ、希望を照らせ(スティティ・テージャス)』
ランク:A++ 種別:対人~対城宝具 レンジ:1 最大補足:1~500
ライダーの騎乗する、白い翼をその背に宿し、白く輝く機械の鎧を装着する白い巨馬。その正体は、それ自体が高い神性スキルを保有する神獣。
一説に曰く、騎乗者ではなく、この宝具こそがヴィシュヌ本体であると言う説もあるが、その真実は不明。
確かなのは、この宝具、つまり白馬は、ライダーと思考が同期されており、ライダーが思考した瞬間その思考通りに動く事が可能と言う点。
重力・慣性・空気抵抗の無視、空間座標の固定と言った能力をフルに利用した超加速移動を可能とし、装備している機械の鎧から弾丸や砲弾を射出する事も出来る。
騎乗状態で真名を解放すると、ライダーと白馬の存在がシンクロを引き起こし、維持神ヴィシュヌが有する『維持』の権能を限定的に解放。
過去・現在・未来から迫り来るありとあらゆる危機的状態が、ライダーに害を及ぼす直前で停滞。
あらゆる物理干渉をシャットアウトし、5つの魔法、神霊級の魔術や攻撃や宝具・害意すら寄せ付けず、何者の侵害も許さない、究極の防御が此処に完成する。
また白馬は、ライダーと同等の魔力放出(光)スキルを持ち、単体でも恐るべき戦闘能力を誇る。素の突進がA+ランク相当の対軍宝具レベルの威力を誇り、魔力放出スキルを発動させた状態ならば、A+ランク相当の対城宝具レベルの威力へと変貌する。

『天地開闢・三界救世(クリタ・ユガ)』
ランク:EX 種別:対界~対星宝具 レンジ:100~星全体 最大補足:1000~地球総人口
末世を終わらせる勇者・救世主たるライダーが保有する、悪を滅ぼすと言う力、その根源。
その正体は、悪の殲滅と善の繁栄と言う、救世主に求められる使命達成の為、神々が地上に齎す破壊権利。
終末世界及び、悪の居る世界を浄化(破壊)する為に必要な力を必要なだけ、ヴィシュヌ・シヴァ・ブラフマーから借り受けるのがこの宝具。
発動すると天空から、莫大な熱量を誇る光柱が一切の逃げ場もなく降り注ぎ、地上に存在する悪と敵を全て浄化する。
この宝具は一度発動すれば、ライダーが敵と認識した存在が消滅するまで発動し続け、発動中に敵が抵抗すればする程、その威力が上昇し続ける。
対粛清防御すらも貫通して打倒するに足る一撃である為、生半なスキルや宝具では防御は勿論一秒の対抗すら不可能。
対抗するには最低でも同等出力の対界宝具か、同じく同等出力の防御宝具が必須。極めて強力な宝具だが、使用には莫大な魔力が必要であり、かつ敵が滅びるまで宝具が続くと言う都合上、戦いが長引けば長引く程、ライダー及びマスターに与えられる魔力負担は凄まじいものとなる。

上記の説明は、この宝具の最初のステップ、つまり『破壊』のそれに過ぎない。
この宝具には続きがある。この宝具の真の本質は、『世界を次のステージに移行させる』と言うもの。
この宝具を真実最大出力で放つと、現実の物理法則によって成り立つ世界が剥がれ落ち、過去のものとなった幻想法則が現れる。
つまり、『神代に逆戻りしてしまう』。当然、この宝具は発動自体が抑止力の対象であり、尋常の手段ではそもそも魔力自体が足りず、発動は絶対的に不可能。
――但し、聖杯があるのならば話は別。聖杯の力があれば、この宝具は真実の姿で発動する事が可能。
ライダーの真の目的は、『聖杯の魔力を用い、この宝具を完全状態で発動させ、聖杯戦争の舞台たる世界を浄化する事』である。

【weapon】

曙光剣・バイラーヴァ:
ライダーが保有する、シヴァ神の異名の一つの名を冠する、白く輝く抜身の長剣。
これ自体がAランクの宝具に相当する代物であり、此処に魔力放出(光)による熱光を纏わせて行う剣術を、ライダーは戦闘の基本骨子としている。
一見するとセイバークラスの宝具に思えるが、実際にはライダーを象徴する武装の一つであり、宝具・偉大なる者の腕による魔力消費増大の対象外。

 ◆


           流離の子                                                 

                                                                ソルニゲル  




                          Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木                           


                                 物語の王                                  
                                                 餓狼伝                   





 ◆

 ZONE28――『ソルニゲル』

「ありゃ、なんてぇ奴なの。アポリオンを破壊しやがった」

 壁掛け式の巨大モニターに流れていた映像が、突如として切れたのを見て、中年にも老人にも見える男は驚いた。
見た目から推察出来る年齢からは想像もつかない程、この男は調子が普段から軽く軟派で、道化の如くおどけた様子を隠さないふざけた男であった。
よく言えば少年の心の持ち主、悪く言えば、幼稚。今の言葉も、てっきりその延長線上から出た言葉なのかと誰もが疑おうが、実際には違う。この男は本気で驚いていた。

 錬金術師・『フェイスレス』の放った超小型自動人形・アポリオンは、人間の手が織りなせる超精密作業の限界にまで到達したような、フェイスレスの傑作だった。
人を殺す人形を作る事など、フェイスレスにとっては造作もない事柄である。十秒で五人以上の人間を殺せる人形だって、この男の手に掛かれば朝飯前であった。
見てくれだけ美しい人形だって思いのまま、人間の様に闊達に言葉を喋れ、動作もスムーズな人間だってフェイスレスは自由自在なのだ。
そんな彼が、アポリオンを傑作だと感じている理由は単純明快。小さいからだ。ただ小さいと言っても、米粒程の大きさと言う訳ではない。『それよりも小さい』。
人間の体内、毛細血管の中にまで侵入出来る程アポリオンは小さく、そしてその小ささの故に、人の身体のみならずこの世の遍く精密機械の中に侵入が出来る。
アポリオンはその小さい身体を駆使して、機械の回路に致命的なエラーを引き起こさせ、破壊させる事が出来る。そしてそれは勿論、人間に対しても。
最も小さい人形であるにも拘らず、最も効率よく人間を死に至らしめるこの人形。人を殺すのに、マッハ数十の弾丸を射出する銃も、圧倒的な範囲を面破壊するミサイルも不要。それを如実に証明して来たアポリオンは正に、傑作の名に相応しい自動人形であった。

 人間の体内に、当人に気付かれずに侵入出来ると言う特徴からも解る通り、アポリオンは大変小さい。
人間の肉眼で捉える事はほぼ不可能。活動を停止させた上で、専用の拡大鏡や顕微鏡を通して見る事や、アポリオン自体が存在を知らせしめると言う行為でもしない限り、その認知は不可能に近い。
アポリオンを冬木に来てから幾つも創造していたフェイスレスは、冬木全土にアポリオンを撒き、
冬木全土の動向をこの小型自動人形に搭載されたピンホールカメラを通じ、冬木新都の屋敷にいながらしてリアルタイムで把握していたのである。
流石に、元いた世界程時間が有り余っていたわけではなかったので、アポリオンの作成数にも限界があった。今の所百体、冬木には監視用のアポリオンが潜んでいる。
それでも、冬木市程度の町であるのならば、全く不自由しない程広範囲を監視出来る。このように情報面においてフェイスレスは、非常に抜きん出たアドバンテージを有していた。

 ――そのアポリオンが、『破壊された』。
白い鎧を纏った、美丈夫だった。ルビーの様に美しく煌めく赤髪と、恒星を練り固めた様に光り輝く白色の機械鎧を身に纏った男。
その男が手にした、白く輝く抜身の剣の一閃で、二体のアポリオンが一緒に割断され破壊されてしまったのである!!

 あの男の姿は、眼を瞑ってもフェイスレスには鮮明に思い出せる。
白馬の王子様と言われても納得する程の、御伽噺の住人めいた美形は、フェイスレスから見てもサーヴァントだと一目で『理解』させる程のそれ。
一方で、あの纏っている現代的であるどころか、遥かな遠未来風のモティーフの鎧は如何だ? SFの世界から飛び出して来たようなデザインそのものではないか。
古の時代から連綿と伝わる神話や伝説の中の存在めいた美男子が、今日日のSFを思い起こさせるような機械鎧を身に纏う。
そのアンビバレンツさに、久方ぶりに忘れていた、人形使いとしての白金の魂を揺さぶられた気がした。
ああいうデザインの人形を作るのも、悪くはないかも知れない。閃き(インスピレーション)は彼のような物作りに凝る人間には重要である。
作図などを一から丁寧に書き上げてから作り上げた作品よりも、閃きと情熱の赴くがままに作成した作品の方が、時に優れていると言う事が往々にしてあるのだ。あの白騎士から作られた人形。時間があれば、テストしてみるのも、悪くはない。

 アポリオンが破壊されていると言うのに、フェイスレスは全く動揺していない。
アームチェアに腰を下ろし、余裕そうな態度で、巨大モニターのチャンネルを切り替えている今の様子に、狼狽の香りは欠片も感じられない。
このような態度を貫き通せているのは、単なる強がりではない。諦観でもない。『過去に今と同じく、アポリオンが破壊された事例があった』からだ。
要するに開き直りだ。人の目には捉えられない程の小ささのアポリオン。これは事実である。だが、英霊相手には必ずしもそうは行かない。
人間には備わりようのない超感覚で、アポリオンの微かな羽音を捉え、これを破壊すると言う事も出来るであろう。
結局アポリオンは、ただの人間相手には極めて有効な手段だが、人間の範疇を超えたサーヴァント相手には通用しない事もあると言う事をフェイスレスは痛い程思い知っている。最初はアポリオンを破壊されたら大いに驚いたが、最近は壊されてもまぁ良いかと思い直す事にした。何故なら、アポリオンが誰の手による物なのかなど、フェイスレスの関係者でもない限りは知る由もない。自分の身元がバレない限りは、まるでセーフティなのだ。

 当たり前の事柄であるが、アポリオンを破壊した存在はフェイスレスも要警戒している。何せ通常気付けない存在を認知して破壊するのだ。
マークしない手はなかった。何せアポリオンの存在を認識出来ると言う事は、フェイスレスの切り札である『ゾナハ病による病死』を、
一方的に無効化させるに等しいのだから。アポリオンを破壊、或いは無力化させたサーヴァント達は、以下の通りである。

 白いワンピースを身に纏った、金髪の美女。彼女はアポリオンの存在に気付くなり、口汚く此方を罵りながら、手に持った剣でこれを割断した。
黒いフロックコートとスラックスを身に纏った、灰色の髪の美青年。アポリオン越しに此方を見るフェイスレスに、青年が笑みを浮かべたその瞬間、映像が途絶えた。
白金として生きていた時代の中国ですら旧時代の産物であった、旧い時代の中国の礼服を纏った青年。彼は持っていた弓で、アポリオンを叩き落とした。
浅黒い肌色をした、眉間に眼球が生じている角の生えた青年……ではなく、従えていると思しき白衣を纏った、総白髪で初老の男。彼は高いテンションでサーヴァントに命令を下し、アポリオンを正体不明の攻撃で破壊した。
黄色いフード付きローブを纏った、正体不明の男。この男の姿を捉えた瞬間、突如として突風が巻き起こり、アポリオンはそのボディをバラバラにされた。
『謎の狗』。超感覚でアポリオンを喰われ、その状態が数十秒程続くや、急に酷いノイズがモニターを支配。そのまま映像は映らなくなった。
この地球上の国家で採用されたそれのデザインをパッチワークケルトにして見せた様な、赤い軍服を纏う青年。彼に認識された瞬間、モニターが鮮血に染まった。
日本の僧侶が身に纏うような法衣を纏う、禿頭の美男子。その手から光が瞬いたと同時に、アポリオンからの映像はシャットアウトされた。
とたとた、と言う効果音が似合いそうな程軽やかに、何処かの屋敷の廊下を走るプラチナブロンドの髪をした少女。「めっ、です」とカメラ目線に少女がそう言うや、同時にスクリーンが黒く染め上げられた。
銀色のファーコートを身に纏った、紫色の髪の美女。「悪いヘイムダルもいたもんだな」、とヘラヘラ笑いながら、手を動かしてアポリオンを砕いた。
……、実を言うとこれから言う存在はフェイスレスも確認出来なかった。「あぁん、遂にワタクシの事を見て下さったのねェ。お慕いしておりますわフェイスレス様ァ」と、何故かディアマンティーナの声音がアポリオンがそう拾うや、カメラにドアップで黒い男性器とアナルが映し出され、その後スクリーンにノイズが走った。……この後フェイスレスが吐きそうになったのは、言うまでもなかった。

 上の十一体をなるべく避けるように、フェイスレスはアポリオンを放っていた。
それはそうだ、これ以上彼らに深追いをすれば、自分の身下まで割れかねない。それは防ぎたいと思うのなら、アポリオンの存在を看破したサーヴァントの下に、
これを派遣するのは馬鹿のやる事だ。癪に障る話だが、無視するしかなかった。勿論これは、先程アポリオンを割断した機械鎧の戦士にも言える事だった。

「凄いんですね、他のサーヴァントの方々も。私にはこの、『あぽりおん』……全然見えないですのに」

 そう言ってフェイスレスの背後で、手をゆらゆらと動かして、虚空に向かって勢いよく手を伸ばし、ギュッと何かを握る動作を繰り返す少女がいた。
墨に浸けた様な黒い和服を身に纏った、毛先だけ緋色の黒髪を持ち、紅色の瞳が美しいこの少女は、ランサーのサーヴァント、『空亡』。
フェイスレスが従えるサーヴァントであり、百鬼夜行図の最後列で妖怪達を追いたてる聖なる太陽が、人々の信仰(迷信)によりて妖怪と化した存在。
現代のフォークロアが産んだ、最新にして最強を宿命づけられた怪異。それが彼女であった。
そんな彼女は何故、この奇妙なパントマイムを披露しているのか。単純な話。フェイスレスがこの部屋に放っているであろうアポリオンを捕まえようとしているのだ。
実際にはフェイスレスはこの部屋にアポリオンなど放っていない――と言うか放つ必要性すらない――のだが、彼のついた嘘を空亡は信じ、これを捕まえよう、小一時間位ずっとこんな仕草を続けているのだ。見ている分には、フェイスレスとしては楽しくてしょうがない。

「凄いよねぇ、サーヴァントって奴はさ。僕の傑作アポリオンを容易く認識して、容易く破壊する。解るかい、ランサー? 『地獄の機械』は、こんな世界でですら、僕を虐めるんだ……」

 椅子から立ち上がり、芝居がかった仕草で空亡の方に向き直るフェイスレス。
泣いていた。その瞳から滂沱の涙を流し、カーペットに水溜りを作りながら、オンオンとフェイスレスは泣いていた。
その様子を見て空亡も、グスンと一言口にしてから、着物の袖で瞳を拭う仕草をして見せた。勿論涙など流していない。
自分のマスターである、六歳児が精神年齢をそのままに大きくなったような老人・フェイスレスにノリを合せているだけに過ぎない。この老人は自分の仕草に一々反応してくれると喜ぶのである。

「僕の願いなんてちっぽけさ、好きな女の人と、一緒に暮らして、その女の人に微笑みかけられて欲しいだけ。それなのに、地獄の悪魔は僕の恋路を邪魔するんだ~~~~!!」

 科学を極め、錬金術の秘奥を見たフェイスレス。
ありとあらゆる構造物を『分解』し、命なき人形に一つの意思ですら構築させられるそんな彼ですら、分解も出来ず構築も出来ないものがあった。
運命。フェイスレスは、自分を取り巻く運命を『地獄の機械』と表していた。

 フェイスレスの願いは、正真正銘今彼が口にした通りのもの。好きになった女に笑みを投げ掛けられて欲しい。一緒にその女と過ごしたい。
世の男の誰もが夢想するだろう、ありふれた願い。世界を支配する悪の魔王を倒す強さが欲しいだとか、世界の危機を救うだけの奇跡が起きて欲しいだとか。
そんなスケールの大きい願いなどでは断じてない。本当に、些細な願い。本人の努力次第で如何様にも軌道修正が効くであろう、小さなそれ。
その願いが、フェイスレスはずっと叶えられないでいた。その年数、優に二百年。オリジンとなった白金、白金の記憶を引き継いだ二代目の身体、
そして二代目の身体に『ガタ』が来た為機械化を重ね補強を行った今の身体。以上三つの身体で、三つの異なる顔で、同じ女に恋をして見たが、その恋が全く実らない。
科学を極めた男が、唯一その手に握ったドライバーで分解出来ないもの。それは、地の底で跳梁跋扈する悪魔共が構築した地獄の機械。
きっと悪魔達は、僕がフラれて失恋する姿を肴にして、酒でも飲んで楽しんでるんだ。フェイスレスは腹の底から、そう思っていた。
人の恋路を邪魔する地獄の機械。フェイスレスは、自分の運命は正にこの機械に操られているんだと、考えている。
その機械が分解される時とは正に、エレオノールが此方に微笑みを投げ掛けてくれたその瞬間を於いて他にない。

 この世界なら、地獄の機械など及ばない。
自分が聖杯を掴めると思っていたのに、地獄の悪魔の魔の手はこんな世界にすら及ぶらしい。一度は絶望だってフェイスレスはした。
だが――男は諦めない。挫けない。そして、自分を信じ続ける。

「なぁ、ランサー。絶対に諦めちゃいけないよ。夢から目を背けちゃいけないよ」

 そう言ってフェイスレスは、今まで自分が座っていた椅子の手すりに手を掛ける。

「自分の夢を一番信じてやれるのは……励ましてやれるのは、自分だけなんだ。その自分が諦めて、目を背けちゃ、夢なんか絶対に叶わない」

 手すりを握り、フェイスレスが椅子を軽く上に放る。そして、左腕が掠んだ、その瞬間。
椅子は、座部、背もたれ、手すり、脚部。その全てが一つ残らず丁寧に分解され、まるで組立前の段階に戻ったかのように、
カーペットの上にボトボト音を立てて落ちて行く。よく見るとフェイスレスの左手からは、細かい+-ドライバーの他、コルク抜きのようなバネ状の細い鉄棒、
鉗子のような物が指と指の間から差し木の様に生えているではないか。そう、これを以ってフェイスレスは、座っていた椅子をバラバラにしたのである。

「どうか僕を照らしておくれよ、太陽のお嬢さん。そして僕の旅路に立ちはだかる、地獄からの敵を分解しておくれ。丁度――」

「この、椅子の様にですか」

 フェイスレスの足元に散乱する、嘗て椅子だったもののパーツを見つめた後、ニッコリと、年相応のあどけない笑みを浮かべ、空亡は言った。

「ええ、勿論です。私は、善も悪も照らす太陽/大妖。全ての物を等しく、差別なく照らす太陽とあれかし。そう思っているのです。私の一番お傍にいるマスターを、照らさないわけが御座いません」

「……あっははは!! いいじゃないかいいじゃないか、流石は僕のサーヴァント。僕の気持ちを忖度出来るサーヴァントで、僕嬉しいよ~ん!!」

 言ってフェイスレスは、ピョンと空亡の下まで近づいて行き、彼女の両手を握った後、ブンブンと上下にシェーク。
「わ、わ」、と困惑する空亡ではあったが、別段嫌ってはいなかったらしい。

「きっと僕達が勝ち抜けば、僕達の後ろで卑怯にも、僕達を遮っていた地獄の機械を分解出来る筈さ。もうすぐ、もうすぐだ。それまで一緒に頑張ろうぜい!!」

 先程流していた涙は何処へやら。
笑みを浮かべて、フェイスレスは声高らかにそう口にする。――但しその笑みは、口の両端を三日月の如く吊り上げた、陽性の欠片もない、邪悪なそれであったのだが。
そんなフェイスレスが浮かべる、醜怪な笑みを、子供らしいにこやかな笑みで迎えている空亡。その絵面は酷く、アンバランスな物だった。

 ――そんな二人の様子を中断させるように、ビーッ、と言うアラートが部屋中に鳴り響く。
おや、これは。一瞬で真顔になったフェイスレスが、スッと空亡から手を離し、モニターの方に目線を向けた。
これは、この世界で試験的に作成した自動人形が、意図的に第三者の手によって危機的状況に陥らされている際に鳴らされる、緊急警報だ。
何だ何だと思いながら、モニターのチャンネルを、今しがたアラートを鳴らした粗忽物に搭載させているカメラレンズが録画しているそれに変更。
フェイスレスが見た映像は酷いノイズと砂嵐が支配する中にあって、カメラ越しでも息が止まる程の威風を放つ、朱色の外套の男だった。
完全破壊寸前の自動人形が何かを叫び、そして、映像が途絶えた。外套の男の威容に、完全にやられたようにしか、フェイスレスには見えなかったのだった。

 ◆


           流離の子                                                 






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                                                 餓狼伝                   





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 ZONE29――『餓狼伝』

 その自動人形は結論を述べれば、活動停止の危機に陥らされていた。
造物主であるフェイスレスから下された、冬木市の探索及び、令呪と呼ばれるトライバルタトゥーの刻まれた人間の抹殺の任務。
これを、十二世紀の偉大なる大王であるところのアラゴン王の系譜に連なり、七つの爵位を欲しいままにし、代々軍団長としてフェイスレスに仕えていた彼は、忠実に実行。
冬木市を探しに探しては見たのだが、結果の方は芳しくない。だから彼は、探索場所を新都と呼ばれる所から遥か西、国道沿いの森林に移した。
森閑とした夜の森には人の気配は一つとしてない。時間帯も、中途半端に明るい時間ではなく完全な夜であった為、獣と虫の天下の時間と化していた。

 自動人形が人の気配を感じたのは、森に入って二十分程経過した時の事だった。
気配はそれも、一人。行き倒れか、それとも遭難者か。その正体を探ろうと、気配のする方向に近付いたその時であった。その人物が現れたのは。

「人の言葉を囀り、人の如き自我を持つ傀儡(くぐつ)。下らぬ発明よ。物相手では、いくら俺が威風を発揮しようとも、臆する事もしない。何より、俺の真名(な)を口にしても何の反応も示さぬからな」

 低く、そしてよく通る声だった。一陣の風が吹き、落ち葉と落ち葉が擦れあう音響。
それが問題にならない程、目の前の男の声を、自動人形に備わる音感センサーに類する機能は拾って来る。
男の意識としては、ただ普通に喋っているだけなのだろう。それなのに、何故か男の声はよく響く。支配者、独裁者として、理想的な声質の持ち主であった。

 だがそれ以上に目を瞠るのは、その尊大な物言いに相応しい、男の威風であろう。
遥か昔に世界を支配したモンゴルの騎馬民族、その上流階級が纏っていたと思しき朱色の民族衣装の上に、灰色のマントを纏った黒髪の壮年だった。
ただの上流階級と言う訳ではない。民族衣に刺繍された物々しく厳めしい紋様、そして羽織るマントの分厚さ。
一部族の酋長を飛び越え、騎馬族全体を支配する王と呼ばれても納得するだけの説得力を、身に纏う衣服は醸し出していた。
しかし、その圧倒的な威風を放つのは衣服だけでは断じてない。纏う着衣物だけは立派なのに、それに包まれた男は貧相な中年。そんな情けない姿では断じてなかった。
丸太の如き分厚さを誇りながら、限界まで引き締められた四肢の筋肉。大蛇がとぐろを巻いているかの如き胸筋。恐ろしく太い首。
そして――自動人形の身長よりもなお大きいその巨躯と、餓えた狼を連想させる鋭い瞳。
厚みのある筋肉で構成されたその身体は、男が並々ならぬ鍛錬と人生を経て来た事を如実に証明する何よりの証であった。
この男が遥かな過去の住人であれば、この男をモデルにした彫像や絵画が今も現存しているであろうと言う確信すら余人に与える程の、大偉人。そんなイメージを、見る者は抱くであろう。

 そんな男の周囲を、獣臭を香らせる獣(けだもの)が二匹、侍っているではないか。
蒼みがかった灰色の毛並みを持つ、体高一m、全長二m程にも達する大きい狗。同じような毛並みを持った、体高二m近く、全長二.五m程の筋肉質な馬。
それらの動物は共通して、血色に燃え上がる瞳と、体中の至る所から赤黒いフレアーめいた物を噴き上がらせており、この世の生命でないと言う事を、
一瞬で理解せしめる程の力を有していた。宛ら彼らは、地獄や冥府の支配者が従える、死者の魂を喰らって餌にする魔獣その物であろう。
斯様な恐るべき魔物が、民族衣装の男の周囲に佇み、壊れかけの自動人形の方に睨みを効かせている。どうやら王の気風を放つこの男が、二匹の魔物を従えているようであった。

「おのれ、悪魔(デモン)!! 穢れた血の流れる悪しき狼めが!! 彼の十字軍遠征の御代から軍人の血筋、名誉の武門に連なるこの私を愚弄するか!!」

 グルル、と、男の右横に侍っていた狗と、左横に侍っていた駿馬の瞳が、激発する様に輝いた。
グニャリと、身体の周りを取り巻く空間が歪む。怒りの放射であった。主君である男を悪罵された、と言う事実に、この二匹の魔獣は激昂しているらしかった。
今まさに飛び掛かり、体中から銀色の液体を血液の代わりに流している自動人形を破壊しようとする魔獣達であったが、これを男は、ただの一瞥で制止する。

「よい、よい。控えていろ、ボロクル、ジェルメ。お前達は時折俺を喜ばせようと、想像以上に目覚ましい活躍をするから困る。主君に武勲を立てさせる事も、よき部下の務めと知れ」

 男の言葉を受け、狗と馬は、瞳から迸らせる瞳を若干弱めさせ、一歩二歩後ろに下がった。

「我が手足たる、四駿四狗を煩わせるまでもない。此処よりは貴様は、誰に剣を向けたのか。その身を以って思い知り、無に堕ちるが良い」

 その自動人形が、今いる森に入って時間がある程度経過した所に、この男は現れた。そして同時に、ただの人間ではない事も理解した。
自動人形たる彼にも解る。この男は、余りにも血腥く――そして何よりも、身体の組成が蛋白質や水分ではなく、一種の高次エネルギーである事を見抜いたのである。
これこそが、造物主たるフェイスレスが口にしていた、サーヴァント。造物主はサーヴァントを倒したいのなら、マスターと呼ばれる相棒の人間を狙えと言っていた。
自分の強さを信頼していないのか、とこの自動人形は疑問に思った。フェイスレス程の男が、一九八二年のファイナル・ムーヴ戦での自分の活躍を忘れる筈がない。
あの戦いで一万人もの人形破壊者を斬り殺した自分の実力を知っていながら、フェイスレスはサーヴァントとは交戦するなと口にしたのだ。
己の強さを再認して貰うべく、自動人形は、目の前の男と交戦した。自分の勲の為に戦ったと言うのもあるが、それ以上にマスターの気配を感じられなかった上、相手も此方を逃す気がなかった為、戦わざるを得なくなったとも言う。

 その結果が、現状である。
正義の剣スパヴェンダによる猛攻は、自らの身体を『防具』に変形させる能力を持った馬によって防がれ、
自動人形ですら目で追跡するのが困難な速度で動き回る狗によって、此方の身体が尽く破壊されて行く。
今や自動人形が身に纏う羽根つき帽や軍服はズタボロの状態の上、狗によって左腕は付け根の辺りから食いちぎられ、胴体の三割が狗の前脚による一撃で吹き飛ばされている。
このまま行けば間違いなく自分は、活動不可能なレベルで疑似体液を失い、機能停止に陥る。人間が終局的に体験する所の、『死』は最早避けられぬだろう。
ならせめて、勇敢なる騎士の誉れである『相討ち』にまで持って行くしかない。そうすれば、フェイスレスも自分の事を高く評価し、盛大にその死を悲しんでくれるであろう!!

「ならばお前は知るであろう、薄汚れた毛並みの狼め!! そして、お前を葬る騎士たるこの私が、貴様のような悪賊を討つにどれ程相応しい男なのかとくと知れ!!」

 そう言って自動人形は手にしたサーベルを強く握り、足につけられた、体内に搭載している燃料を噴出させそれを推進力にして移動するジェット機構を発動。
凄まじい勢いで男の方へと向かって行き、サーベルを振り被った!! 男はその様子を、冷めた目で見ている。

「今を去る事七七六年前、私の二十代前の祖先にして勇猛果敢な騎士、そして勇者であったハインリヒ・フォン・バッセンハイムは、 
彼の悪しき餓狼の群れにして正統なる騎士と聖職者の敵たるモンゴル軍が集ったあのリーグニッツにおいて、五千兆人もの大軍を僅か
な寡兵で打ち倒した烈士である!! バッセンハイムはその手に握った御佩刀でモンゴル軍が放った鉄砲をいなし、駄馬に乗ったモン        
ゴル兵を馬ごと次々に斬り崩し、あの悪魔の如き一群を忽ち恐慌に陥れさせ、自軍には勝利への確信を抱かせた、正に悪しき竜を討つ
大天使ミカエルの再来を思わせる騎士の鑑、悪しき狼が恐れる猛き獅子の如き男であったと口伝のみならず遍く歴史書に於いてその勇名を――――――――――」

 凄まじい早口で、そう捲し立てながら、自動人形は男へと接近、手にしたサーベルで首を刎ね飛ばそうとするが、それよりも速く。
彼は自動人形の首をガッと引っ掴み、そのまま地面に背面から押し倒した。首を掴んだまま、男と自動人形が見つめ合う。
この程度の状態であれば、自動人形は抵抗出来た筈だが――何故か、抵抗出来なかった。いや、違う。しなかったのだ。
造物主たるフェイスレスが手ずから制作した秘密の箱。己の身体を自己改造で無限大に強めさせて行く自動人形が、唯一弄る事の出来ないブラックボックス。
人間で言う所の心臓や脳にも匹敵する、自動人形が自律行動を行うのに必要なその箱が、徐々に『侵食』されて行く感覚をこの人形は味わっていた。

 自分の主は、フェイスレス。……いや、そうだったか? 確かに、そうだった筈だ。
いや、もしかしたら自分の首を掴んでいる男のような気がして来た。違う、この御方は敵だった筈だ。御方……? 敵に対してその言葉の選び方はおかしいだろう。
記憶が混乱している。今の身体の酷い状態のせいだろうか。この御方が真の君主、造物主であったような気がする。
となれば、何故彼は己の首を掴んで、此方を睨みつけている? もしかしたら、自分に何かしらの粗相があったから、それを咎めているのかもしれない。
そうだ、この御方は何も間違っていない。今自分が地面に叩き付けられたのも、今の身体の状態も。目の前の御方、天地を掌握される覇王の不興を買ったが故の、当然の帰結なのだ。

「早口過ぎて何を言っているのか聞き取れなかったが、辛うじて聞こえた所だけ、反応してやる」

 そう男が言った瞬間、彼の回りの空間が歪み、其処から鏃が顔を現した。
矢である事は解る。そして、軍人としての知識を予め搭載されたこの自動人形は、それが弩(コンポジットボウ)のそれである事を理解した。

「流石に五千兆人もモンゴルにはおらぬわ、この大法螺吹きめが」

 矢が、自動人形の額に突き刺さり、嘗て元気に偽りの伝統を口にしていた人形は、動かなくなった。 
パクパクと動く人形の口を、読唇術に堪能な者が見れば、何と言っていたか理解出来たであろう。
この人形は、「申し訳ございません、『チンギス・ハン』」と口にしていた。

 ◆

「化物が」

 鉄製のヘルメットの奥で、怯懦の光が瞬いている。
桁違いの、怪物だった。外面は間違いなく人間の姿をしているのに、その戦闘能力は人間のそれを超越していた。
北斗神拳の辛い修行に中途で脱落する事も、弱音を吐いて逃げ出す事もなく、最終的に四人の伝承者候補まで残り、
拳法の武練が常人の遥か上を行く『ジャギ』だからこそ解った。自分が引き当てたサーヴァントであるライダー、チンギス・ハンは桁違いに強い。
ジャギですらその名も、その功績も良く知っている、世界史を語る上で避けて通れぬ、星のターニング・ポイントそのものの人物。
遥か数百年も昔の人物であるのに、現代にまで影響を及ぼす偉人である事はジャギとて百も承知だが、所詮は皇帝。統治が専門の人物であると何処かでは思っていた。
だが――違う。あの男はその気になれば、北斗神拳の先人達とも渡り合える。いやもしかしたら、ケンシロウですら彼に掛かれば……?
勝つ為には弓も銃も火薬も使い、遣い魔たる狗と馬も駆るなど、戦いに関するスタンスはジャギとある意味良く似ていた。
だが、その強さが違い過ぎる。その体躯から容易く想像出来る程腕っぷしが強いのも勿論だが、あれ程の巨漢なのに身のこなしも軽捷そのもの。
そして何よりも、身体に宿る拳才も、凄まじい。恐らくチンギスは、学ぶ機会も必要性もなかったから会得してなかっただけで、その気になって拳法を学べば、
一週間で極め切れる程の才覚を有している。生まれついての拳法への天稟、そして、蒼天(かみ)より授けられた肉体。全てが全て、ジャギが嘗て欲した物を、チンギスは保有していたのである。

 そしてチンギスをチンギス足らしめる、大ハーン特有の威風に至っては、ジャギと比べる事すらが最早失礼に当たる程のレベルであった。
世紀末の世界で燻っていたジャギとは、比にならぬ程の圧倒的なカリスマは、見るだけで降伏をしたくなる程の威圧感で溢れている。
これだけのカリスマを敵意に変換してしまえば、幾千幾万もの餓狼に睨みつけられているヴィジョンを錯覚してしまうのも、当然の話。
初めてチンギスと邂逅した時に、何か一つ選択肢を違えていれば、恐らくチンギスは聖杯が手に入ると言う千載一遇の機会を投げ捨てても、ジャギを殺していただろう。それ程までに気高く、猛々しい気性の持ち主であった。

 そんな存在と戦わされる、あの人型の絡繰は、さぞ不幸な事であったろう。
遠目から見ても、呼吸もせず瞬きもする所が確認出来なかった事から、あれが人間ではないと言う事はジャギも勘付いていた。
だがまさか、自分の意思を持ち、自由に言葉を喋れるある種のロボットのような物だとは流石に思わなかった。
稲妻に似たエネルギーを纏わせたサーベルを操るその技量は並ではない。寧ろ達人以上の動きを、機械であそこまで再現出来るとは思わなかった。
ジャギですら、真正面から戦っていれば不覚を取っていたかも知れない。だが、あの人形はツキに見放されていた。
戦っていた相手がよりにもよってチンギスだったからだ。チンギスが四駿四狗と呼ぶ獣、それが人形の攻撃を防ぎ、人形の攻撃は一撃たりとも主に到達させない。
それでいてチンギス側の攻撃は、面白い様に人形に叩き込まれて行く。その結果が、半壊状態に等しい人形のザマであった。
最早自分の活動限界を悟った人形の捨て身の特攻を、チンギス自身が、眼にも止まらぬ動きで無効化させ、引導を渡すその様子の何と恐ろしい光景か。
初めからあの狗と馬を出すまでもなく、チンギス自身が動いていても勝っていただろう。部下の動きを、試していたのかも知れない。彼自身に付き従う、あの四駿四狗を。

「下らぬ時を過ごしたわ」

 今までジャギが、自身のサーヴァントと自動人形の戦いぶりを眺めていた、石造りの古城の入口。
其処にまで近づくや、チンギスは実に退屈そうな口ぶりで、四駿の一匹ボロクルと、四狗の一匹ジェルメを従えながらそう言った。
ボロクルとジェルメの、鬼灯の如き赤い目とジャギの目線があった。鋭い瞳で、睨みつけられた。どうやらジャギは、『主君の主君』と思われていないようだった。

「天地が、騒がしい。采配を誤ったな、屑星め」

「な、何ィ!?」

 屑星。その言葉がジャギにとっての怒りのツボだと理解していてなお、チンギスはジャギの事をそう呼称する時がある。
その言い方を止めろ、と言って素直に聞くような人物ではチンギスは断じてない。言う事を聞かないと、と言って暴力に訴えかけても、実力の差は先述の通り。
結局ジャギは、顔を真っ赤にしてチンギスの不遜を我慢するしかないのである。

「駿馬を魂とし、幼子の頃より裸で馬に乗り弓の扱いを学ぶ我ら遊牧の一族に、元来籠城など向かぬ。魔王(アター・オラーン)を御する術がこの世にないように、この俺が今の今までこの下らぬ豚小屋で無聊を慰めていた事を、奇跡と思え」

 チンギスには、ジャギが拠点としているこの石造りの古城がお気に召してなかった。
時の重みがそのまま城の形を取って現れた様なこの城は良い意味でクラシックで、大抵の人間には受け入れられようと言う外観であったが、
チンギスの趣味趣向に合うような城ではなかったようである。この城に住むくらいなら、まだ城の外の森林の方がチンギスには落ち着く。
現に城内で常に構えるジャギとは違い、チンギスは常に森の一角で胡坐をかき、来るべき『時』を部下である四駿四狗と共に待っていたのである。

「テメェ、何がいいてぇのかハッキリしやがれ!!」

 四狗・ジェルメが唸りを上げた。
数t以上の重さの岩塊を前脚の一振りで粉砕する膂力と、弾丸すら見てから回避する悪魔の狗に唸られ、ジャギも冷や汗をかく。
ボロクルの方は、静かにジャギの方に注視している。この馬の主な仕事はチンギスの防護であるが、その気になれば攻撃にも移行出来る。その突進に直撃すれば、ジャギなど即座に蛋白質と骨の破片であった。

「ジェルメ。今は良い。好きに囀らせてやれ」

 静かにそう口にするチンギス。ジェルメが大人しくなった。今は、とはどう言う意味だ。後で殺すとでも言うのか。

「俺達があのガラクタと戦っている間、この都市を西と東とで分けるあの未遠川と呼ばれる川及び、新都の方で争いがあった。サーヴァント同士の、大規模なだ」

「んだ、と? だってテメェ、此処からあの川まで……」

 ジャギの疑問は尤もだ。そう口にした理由は単純明快。遠すぎるのだ。
戦術上における地理の重要性を、戦の天才であるチンギスが知らぬ訳がない。この街の地理と地図を真っ先に頭に叩き込んでいたチンギスだったが、
同じようにジャギも、冬木市の地図は粗方頭に叩き込んでいた。だから解る。未遠川まで遠いのだ。如何贔屓目に計算して、二十㎞以上はあるではないか。
仮に未遠川や新都で争いがあったとして、如何してチンギスは其処で戦いがあった事を知っているのか。

「遠い、と言いたいのか? それは確かに事実であろうな。だが、然るべき手段を講じれば、その程度の距離、遥かな草原に生きる俺達にとっては目と鼻のそれよ」

 その手段を、チンギスは敢えて口にしない。だが、如何にチンギスとはいっても、遥か数㎞先で何が起っているのか。
その仔細をリアルタイムに感知するスキルは持ち合わせていない。出来たとしても、斥候としても抜群の適性を持つ四駿四狗を野に放ち、
彼らが見て感じている事をチンギスと同期させると言う手段であった。だがチンギスはつい最近、相手の監視に打って付けの物を偶然手に入れた。
それ自体は、チンギスの瞳には見えない。四駿四狗の超感覚と超視力を以って初めて見えるそれであるらしく、彼らから聞いた所それは、
『機械で出来た小さな虫』らしい。面白い、と思ったチンギスは、スキルである『文明侵食』を発動させて虫にふれ、道具の支配権を本来の持ち主から自分へと移行。
小型の虫の用途を悟った。この、驚くべき技術で作られたそれはサーヴァントの手による物ではなく、明白に当世に生きる人間のそれらしい。
しかも、あの小ささで監視と暗殺・抹殺を兼ねているという優れものだ。殺傷方法は、相手の体内に侵入させ、身体の中に毒素めいた物を蔓延させ病死させる、
と言うもの。恐らくは運が悪ければジャギは、この虫に殺されていただろう。ジャギは知らなかっただろうが、チンギスは間接的にジャギの命を救っていたのである。

 この機械虫を利用しないチンギスではない。
戦略上有効な手段であるのならば、それが例え不倶戴天の仇敵が使っていた手法や道具であろうとも使えるようでなければ、世界征服は出来ない。
小さな機械虫――即ちアポリオンと呼ばれているそれの支配権を奪ったチンギスは、これを野に放ち、逆に監視目的に使った。
おかげで、ジャギの下らない籠城に付き合いながらも、深山町や新都の情報をある程度収集出来た。その収集作業中に、新都と未遠川で起こった戦いを、アポリオンが拾った。とどのつまり成り行きはそう言う所であった。

 ――尤も、あくまでもアポリオンは『新都と未遠川で何が起っているのか』を精確にチンギスに伝えると言う手段だけを果たしたに過ぎない。
実際チンギスは、アポリオンを利用するまでもなく、遊牧の民としての優れた直感……もとい、略奪の乱世に生きた戦国人の勘で、理解していた。
近い内に、戦いが始まる。世界(テンゲリ)が震え、引き締まって行くのを感じる。血臭と暴力、犯される女子供の絶叫と、それを見て打ちひしがれる男共の絶望。
それが近い内に、この冬木でも起こるのであろうか。起って欲しい、物だった。男の一番の喜びとは、略奪。その真理を年若き頃にチンギスは思い知らされた。
命を奪う、住まいを奪って財を得る。相手の手足の腱を切り裂き、動けなくなった男を眺めながら、その男の妻や娘を犯す事は、至上の悦楽であった。
この国には蜘蛛の子散らして逃げる、と言う言葉があるようであるが、それをチンギスは許さない。逃がさないからだ。
徹底的に殺しつくし、恥辱を与え、奪い尽くす。彼(モンゴル)に敵対した者の末路とは、とどのつまりはそう言う事だ。

 さぞ、奪い甲斐のある宝具を持った男共がいるのであろう。その全てを命ごと奪い、俺(モンゴル)の血肉にする。
さぞ、犯し甲斐のある美しい美貌の女共がいるのであろう。その命を、腹の中の子供ごと、俺(モンゴル)の一部にしても良い。
世界の全てを平らげ、己の一部とする。チンギスの理想とする世界征服はそう言う事だ。世界と己を同化させるのだ。
己の身体を邪険にする者はいない。誰だって己の身体の管理には本気を出す。ならば世界を己の身体としたのなら、当然世界=チンギスは、その管理に全力を尽くす。
それ、見た事か。ついでとは言え、世界は平和になるではないか。世界は俺が健在の限り平和であり続け、俺の死と同時に夢のように消え失せる。何とも、素晴らしい。物や人ではなく、世界を奪うなど、略奪の理想とすら言えるだろう。

 四駿も四狗も、チンギスの薫陶を強く受けた爪牙である。彼らもまた、チンギス同様奪いたいのであろう。おうおう、少し落ち着け暫し待て。
忘れて何ていない、直にお前達にも略奪の機会を与えてやろう。だから今は、大人しく牙と蹄を磨いていろ。

「お前も俺の奪う得物の恩恵に与りたいのであれば、北斗七星の名を冠したその拳で俺の役に立ってみるが良い。同胞に対しての嘘は好かん。勝利の暁には――俺と同じ視座で世界を視る事を、許してやる」

 其処で、クツクツとチンギスは忍び笑いを浮かべ、其処で、爆発した様に哄笑を上げた。
その様子を、引いた目でジャギは見ている。奪う、殺す、と言う事への執着が、余りにも自分とは異質過ぎる。この男にとってはそれが全てに等しいのだ。
チンギスの狂的で、躁病の患者そのもののような笑みに呼応するように、チンギスの両足から、夜の闇より尚暗くて濃い影が伸びて行く。
左側の三つの影は狗のそれに似て、右側の三つの影は馬のそれに似ていた。その影に、幾つもの赤色の目が浮かび上がり始め、其処から血色の液体が流れて行く。悲しんでいるのではない。喜んでいるのだろう。血涙を、流す程に。

 餓えた蒼色の狼の伝説が、此処より再び始まろうとしている。
現在の世界を形作ったと言っても過言ではない、嘗て中央アジアの乾燥地帯で生まれた一人の狼の仔。
今の世界を暴力と略奪とで創造し、多くの諸民族諸国家を殺し破壊したその恐るべき力を以って今、餓狼は伝説を作り上げようとしていたのだった。

 だが、この時哄笑を上げているチンギスは、果たして気付いたかどうか。
未遠川と今監視しているアポリオン、そのカメラの死角で、高層ビルまでテレポートを行い、その屋上からサーヴァントの戦った後の模様を眺めようとした人物が、居た事に。

 ◆


           流離の子                                                 






                          Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木                           


                                 物語の王                                  






 ◆

 ZONE30――『流離の子』

 月が、よく見える。
東京よりも星が綺麗なのは、この冬木が東京と比べ夜間に照らされる明かりが少ないからなのだろう。
都会で星が見えないのは、空気が汚れているからと言う理由よりも、夜に付けられる電灯や照明が明るくて見え難いからだと言う。
してみると、まだ地方都市の域を出ぬ冬木では星空も月も、綺麗に輝いて見えるのは当たり前の話で。
況して其処が、東京に比べて空気が清浄な地であると言うのなら、成程。頭上の夜空で瞬く星々が、砕いた宝石を鏤めたが如く輝いているのは当然の帰結であるのだろう。

 自分には聞こえないが、きっとこの町の植物は、今の環境に満足し、喜ぶ声を上げているのだろうか。
この町ならきっと、ありすは喜ぶのだろうなと、少年は思った。この町であるのなら、伸び伸びと、友達付き合いも合唱も、楽しめた事であろう。

「……見ないのか? 輪くん。貴重な情報になるぞ」

 既に実体化を始めている、少年が使役するサーヴァントがそう言った。
白い五分袖のワンピースを身に着けた、黒髪で角髪を結った少女だった。歳にして、小学校低学年程。彼女のマスターと年齢的には大差がない。
紫色の髪をした少年と、黒髪の少女とでは、性別も髪の色も違うが、共通している所が一つある。どちらも酷く、大人びている。
朝の熱に充てられ今にも溶けそうな初雪の如く、儚げなイメージを見る者に与える少女と、気難しそうな瞳をしている少年。
どちらも、同じ年の子供達と比較して、とても大人びて、達観していた。老成している、とも言うのかも知れない。どちらにしても、並の子供では二人はなかった。尤も一方はサーヴァントである以上、並の子供と言う言葉を使う事自体が、間違っているのだが。

「見たところで、な。オレ達が此処に着た頃には、祭りの後だったじゃないか」

「それでも、あの様子を目にしておく事は必要だよ。サーヴァント同士の戦いとは、ああいう物だ」

 全く、生真面目な性格だ。この性格は、ギョク=ランやヒイ=ラギの事を連想させるから、勘弁して欲しかった。
尤も、こっちの方は十歳になる前に水に身を投げた悲劇の子供の天皇であり、正真正銘の神としての性格を持つと解っているから、あの二名程鼻持ちならない訳ではないのだが。

 この世界の地球――KK=101――の月には基地がない。いやそもそも、嘗て隆盛を誇り、そして滅んだシアの星系は愚か、サージャリムすら存在しない。
つまりこの世界……いや宇宙は、嘗て『小林輪』や、月基地の前世の記憶を引き継いだ多くの人物を振り回した概念がそのまま存在しない事になる。
不思議な、気持ちだった。この世界にはあれ程輪や、彼の前世であるザイ=テス=シ=オンが執着していた月基地も存在しないのだ。
当然、こんな世界でキィ・ワードを集めたって、露程の意味もない。月基地のメンバーとの思い出が、思い起こされるだけに過ぎない。
命を賭す思いで身を捧げた行いや理念が、全て意味を成さなくなる世界。昔の輪/シオンであれば、狂っていたのかも知れない。

 だが今は、いい。もう、よかった。キィ・ワードを全部集めても意味がない事は、元の世界で確認済み。
婚約者のモクレンに、シオンが初めて見せた……いや、婚約者が死んでから、初めて見せた優しさ。その発露たる、立体映像投影装置。
その中のモクレンが思う存分歌って、思う存分草木や花々を伸ばし、キィ・ワードを送る電波を遮断しているのだ。
朽ちて骸になったシオンを包む繭の様に包む、歌によって健やかに伸びる植物。それはあたかも、地上での諍いによってシオンの眠りが妨げられないように、と、モクレンが配慮しているかのようであった。

 月基地も、シア星系もない。
良い事なのか悪い事なのか、一概には何とも言えない。
ただ確かなのは、疫病に掛かったが故に起こった、人間的な醜さに溢れたあの騒動もなかった。
シアの星系がなかったが為に、シオンと言う人物も存在せず、従って故郷テスで戦災孤児になって心を荒ませる彼もいない。
輪やシオンを不幸にする諸々の要素が、初めからない。だから、苦しみようがない世界。其処を、理想郷と捉えるかどうかは、難しい所であった。

「……慣れし故郷を放たれて、夢に楽土求めたり」

「うん?」

 戦場となった冬木大橋周辺と、わくわくざぶーん、そして港の方面を真面目に眺めていた少女が、疑問気に輪の方に向き直った。

「婚や……いや、ボクの好きな人が気に入ってる歌でね。流浪の民って言うんだ」

 もっと言えば、シウの奴も好きな曲だったなと輪の中のシオンの記憶が考える。何せ、キィ・ワードに選ぶ程のフレーズだったのだから。
流浪の民。ドイツが産んだ天才音楽家・シューマンが作曲した歌曲である。今日本人が合唱などで聞く機会が多い歌詞は、石倉小三郎と言う日本の音楽家の訳による。
名訳、と言う評価が名高い。成程、モクレンもシウも、そしてありすも気に入る筈だった。輪やシオンは、それ程琴線には触れなかったが、フレーズだけは憶えている程だった。

「ま、慣れ親しんだ故郷を離れて、遠い所にある楽園を求めたよ、って意味さ」

 口にしながら、何とも重い話だと思った。実際には楽土は、眼と鼻の先にあったのだ。
母星が跡形もなく消滅し、故郷を失った月基地のメンバーは、すぐ近くの惑星である地球に移住する事が許されなかった。
誰もが皆、疫病に苦しみながら、死んでいった。何で、如何して、と、地球の人間の思考で考えれば思うだろう。
星間飛行すら達成出来る技術を持った人間なら、月と地球程度の距離、容易く行き交い出来よう。だが、しなかったのだ。
いや、時と場合によっては許されたかもしれない。だが、グズグズしている内に、伝染病と言う蜘蛛の巣に捕らえられ、道が断たれた。
地球に、病原菌を持って行く訳には行かない。だから、月基地で皆、運命を共にする事を選んだのだ。

 十分も宇宙船を走らせれば、酸素も真水も確認出来ている星があったと言うのに、狭い月基地で運命を共にする事になる事の苦痛は、どれ程の物だったろう。
すぐ近くに逃げ道があったと言うのに、其処に足を踏み入れる事すら許されず、疫病に苦しんで死ぬと言うのは、どれ程悲惨な事だったのだろう。
そして――一人だけ疫病のワクチンを打たれ、自殺すら許されぬまま、皆の骸が転がる月基地で九年も苦しみ続けたシオンの気持ちは、想像だに出来ない。
結局シオンは、あれ程降りるべきだと主張していた地球に降り立ちはしたが、この星は予め観測していた通り、争いの絶えない星だった。
この世界も、楽土ではなかったのだ。そしてシオンは、この世界を本当に楽土にしようと足掻いたが、結局全ては徒労に終わった。

 輪やシオンの事を、前世の復讐を持ち込もうとするパラノイアだと悪罵した男が嘗ていた。冷えた頭で考えれば、その通りだった。
今、自分が冬木の町にいるのは、それに対する罰なのか? 或いはこの世界の神とやらは、この世界をこそ楽土とでものたまうつもりなのか?
後者だとすれば――成程、ふざけている。余計なお世話にも程がある。此処こそが、地獄ではないか。
サーヴァントなる超常の存在を操り、戦いを強制させる催し。嘗てモクレンが、『大気になりたい』と笑みを浮かべて口にした星で行われるには、余りにも醜い戦争。この世界で一番最小限度で、最も人間の業を詰め込んだ、地獄の縮図そのものではないか。

「流れに流れて、こんな世界じゃ、全く報われんね。流離った先が、地獄だなんてえのは、笑い話にもなりはしない」

「だからこそ、輪。君はあの戦いの跡を見るべきなんだ」

 ――少女の目の色が変わったのを、輪は見逃さなかった。
セイバーのサーヴァント、『水天皇大神』こと安徳天皇を召喚出来たのは、偶然ではない。凛と安徳は、似ていた。
彼女もまた、その心の中に輪同様、もう一人の人格のような物を持つ。壇ノ浦に身投げした、幼い悲劇の天皇。
その夭折を慰めるべく、安徳天皇は神へと祀り上げられた。そしてその折、彼女は記紀神話におけるとある神。
不具の身体が原因で、芦の船に乗せられて流された神。人はこれを『蛭子命』と呼ぶが、安徳はこの神と習合させられた。
これが理由で彼女の体には、蛭子としての人格と権能が住みついている。そして彼の神は、輪の中のシオンとは違い、明白にもう一つの人格なのだ。輪のそれは、シオンの記憶。故に、蛭子の人格が顕在化している間は、明白に立ち居振る舞いも在り方も変わる。そして今、輪と会話している人格は、蛭子神そのものなのだ。

「君も、そして私も、今この瞬間にも流され続けている流離の者なのだろう。その流れに逆らう事は、もう不可能なのかも知れない」

「もう、サーヴァントである君が呼ばれたからな」

「そうだ。だが……ボロの船で急湍な川の流れに逆らう事は出来ずとも……必死に漕いでもがき続ければ、岸辺の位地を変える位の真似は、出来る筈だろう?」

 そうなのかな、と輪が口にし、そうなんだろうな、と思い直した。
ありすは、輪も、そしてシオンも救おうと必死だった。少女は輪と違い、攻撃的なサーチェスを持たなかったが、それでも、
振り子の落ちる先を変えようと頑張っていた。その事だけは、今も覚えている。

「……オレにも、……ボクにも、できるかな」

「出来るんじゃなくて――」

「するんだろ、か。はは、尤もな話だ」

 基地も何もない、きっと、兎が餅でもついてるであろう黄金色の月から目線を離し、
ズタボロの状態になったレジャー施設・わくわくざぶーんと、冬木大橋周辺、そして、冬木の港の三方向を、輪はマークする。

「全く、改めてみると酷いな」

「だから、よく見とけと言っただろ言仁は」

 苦笑いを浮かべながら輪は、月に見降ろされながら被害の爪痕を眺めた。
そして、思うのだ。もうすぐ、聖杯戦争とやらは、幕を開ける。あれは、これから始まる熾烈な戦いの、序章なのだ、と。
――張り終えられた黒い蜘蛛の巣を、蜘蛛が這いまわる瞬間なのだと。





























 ――さて、準備は良いかな? アイ

 ――できてるけど……これ、する必要あるの? クモのお兄さん

 ――いいや、あるさ。何だって、初めの挨拶が肝心だよ、クイーン

 ――うーん、よくわからないけど。いいよ、やろう? セリフも、バッチリ覚えたよ

 ――うん、偉い偉い!! それじゃ、僕が最初に台詞を言うから、しっかりと決めようね

 ◆
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 ◆

 QUEEN――『物語の王』

 バッ、と、多方向から浴びせられる、スポットライト。
上から、下から、横から、斜めから。あらゆる方向から眩いばかりのライトを浴びせられる、二人の人物がいた。
縁日で売っているようなデフォルメされたクモのお面を被った、まだら模様が綺麗な朱色のスーツを纏う青年。
そして――フリルがいっぱいついた、黒色の妖艶なドレスを着こなす、桜色の髪の少女。
二人は互いに手と手を繋ぎ、此方の方に向かって、深く一礼を投げ掛けた。どっちも全く同じタイミングだ。練習を、前もってしていたのか。
いやそれとも、青年の方が、少女の礼にピッタリ合わせる術を持っているのか。

「開演のベルが、鳴り響く!!」

 男の声が、石造りの地下室に良く通った。
少女から手を離し、小さな桟敷で周囲を囲んだ小さい舞台の上で、音吐朗々と口にする。

「血濡れた運命が、切り落ちる!!」

 次に少女の声が、男の声がまだ反射する地下室に跳ね返った。
舞台慣れしているのか、それとも大声を出すのに抵抗感がないのか。男の声に負けぬ、声の元気さだ。

「始まりまするは星々の刻まれたカードに導かれた、三十二名の勇者と愚者の大冒険」

 蜘蛛のお面の男が言った。

「紡がれまするは星々の導きで世に現れた、人理の影絵。三十二名の英霊達の大奮闘」

 次に言うのは少女の方。

「そして待ち受ける結末は、喜劇か悲劇か、はたまた虚無(更新停止)か、全ては神の掌(たなどころ)!!」

 此処で二人は互いに向かい合い、自分達の後ろの方。
即ち、石造りの陰鬱な壁が広がる灰色の壁であるが、その壁際から十数cm離れた所の空間に、切れ目が入りだし、それがベロンと捲り上がる。
すると其処に、砂嵐のような物が刻まれ初め、其処に映像が流れ出す。そしてそれを見て、最初に口を開いたのは、蜘蛛のお面の男であった。

「堕落の道が、拓かれて――」

 その言葉に呼応するように、空間の傷を思わせるような所に流れる砂嵐の映像が、二人の人物の映像を映す。
白い制服を着用する青年――藤丸立香と、彼が従える金髪の女性のセイバー、アスモデウスの会話の模様であった。

「魔王が日輪、斬り裂いた!!」

 次に言葉を口にしたのは、少女の方だった。
これに合わせて、映像が切り替わる。褐色の肌の少女、クロエ・フォン・アインツベルンと、それに従う悪逆非道のセイバー・アテルイのトラブルの模様。

「無痛の刃が、閃いて――」

 蜘蛛のお面の男が言う。どうやら、男と少女が、交互に台詞を口にするようだった。
流れるのは、修道女の服を纏う鮫歯の女性と、その女性を困ったように眺める初老の神父の映像。

「二つの魂、搏動す!!」

 ビルの上で、何かを眺める二人の子供。小林輪と、水天皇大神の映像。

「砕けぬ意思が、固くなり――」

 私室でゲームをやる東方仗助と、一日当たりのゲームのプレイ時間を咎められ、ゲーム機本体を破壊するナイチンゲールの映像。

「黄金の意思が、輝き出す!!」

 自室で、自分の家族の事を話す空条徐倫と、それを真剣に聞く、ドレスを着た美女。エリザベス1世。

「神魔が全て、無に還り――」

 修道服の女性、クラリスを横抱きにしながら空を飛ぶ、フロックコートを纏う堕天使・アザゼルの映像。

「無償の愛が、芽吹き出す!!」

 涙を流し、ユリアへの思いを叫ぶシンと、不動の面持でそれを耳にするゲイ。

「因果の謎に、指を掛け――」

 焼きプリンを大仰そうに口にするディスティ・ノヴァと、それを自分も食べてみているメーガナーダ。

「停まった時計が、動き出す!!」

 銃弾を撃たれ瀕死の体のオルガマリー・アニムスフィアを負んぶしながら駆けている、カイン

「地獄の機械が、回り出し――」

 何かの自動人形を手ずから制作するフェイスレスと、今も空中に手を伸ばし何かを掴む仕草を続けている空亡。

「愛した者に、命賭す!!」

 ぜいぜいと苦しそうに肩を上下させ、荒い息を吐く隼鷹と、今も自分が戦ったカルキへの思いで険しい顔をするラクシュマナ。

「救済の時、訪れて――」

 圧倒的な実力で、シャドウサーヴァント共を消滅させて行くバッターとカルキの映像。バットで殴られ、曙光剣で斬られた傍から虚影の塵が堆積して行く。

「淀んだ風が、荒れ狂う!!」

 沈んだ顔をしてベッドに仰向けに寝ている琴岡みかげと、家の外を風となって偏在しているハスター

「嘗ての星が、煌めいて――」

 一緒に冬木の夜空を眺め、星を観測している瞳島眉美と、宇宙服を纏ったガガーリン。

「嘗ての戦が、幕開く!!」

 ベラベラと藤丸立香の冒険譚を話し続けるレッドライダーと、それを無視して自習を続ける光本菜々芽。

「餓えた魔王が、胎動し――」

 古城に置かれた椅子に座るジャギと、森の中で瞑想のような物を続けるチンギス・ハン。

「最後の戦に、鬨上がる!!」

 星座のカードを持ち、これについて何かしらの講釈を続けているロキと、それを聞いている、ぐだ子と呼ばれる少女。

「最後の時間を、巻き戻し――」

 銀の盆に乗った、伊藤誠の首とヨナカーンの首を眺める、桂言葉サロメ

「問の答えを、導きだす!!」

 図書館で何かの本を読むデュフォーと、当世の漫画本を面白そうに眺める空海。

「平和の仕組に、哲学し――」

 拙そうに銀色の肉を食べるザッカリーと、ウェルズ。

「剣の身体で、山を往く!!」

 鮮やかな包丁捌きに拍手を送るケイと、それに少し照れながら料理を続ける衛宮士郎

「迷える頭で、剣を取り――」

 プラチナブロンドの髪の少女、パドマサンハヴァが、メロダークの口を両手で掴みびろーんと伸ばしている。

「迷わぬ思いで、腕振う!!」

 アスモデウスの奸計でダメージを負ったカナエを、イスカリオテのユダは鋭い瞳で見張っていた。

「悪なる蛇が、蠢動し――」

 岸辺颯太が変身する魔法少女、ラ・ピュセルの余りにも性癖の塊な姿に爆笑している八岐大蛇

「善なる狂者が、騒ぎ出す!!」

 コーヒーを作る香風知乃と、自分の忠告が聞いて貰えなくて騒いでいるアリス

「無垢なる思いで、奉仕をし――」

 トゥワイスこと、分倍河原仁に、タバコに火を付けてほしいと命令され、手にした100円ライターを指で圧壊してしまい怒られるガラティア

「善なる統治を、夢想する!!」

 白い部屋を一瞬映し、其処を猫が一瞬横切るが、この瞬間映像が理不尽に中断された。「気を取り直して」、と小声でクモの

「不滅の覚悟が、固まりだし――」

 マシュ・キリエライトウィラーフが、盾の使い方を教えている。マシュの方は真剣に、それに耳を傾け、練習を続けていた。

「不退の決意が、世を燃やす!!」

 どうだい、一緒に親交を深めて見ないかい? と言って、藤丸立香が風呂に入っている現場に入って来て、水をぶっかけられているアレイスター・クロウリー

 後一人、残していると言うのに、スクリーンは閉じてしまう。最後に残った相手は、相当蜘蛛のお面の人物にとって嫌いな人物であるようだった。
スクリーンが閉じたその瞬間、蜘蛛のお面の男は、自身のマスターに当たる少女を抱え、お姫様抱っこの状態にするや、スポットライトの光が、
更に強まったばかりか、グルグルと彼らの回りを旋回しだしたではないか。

「そして――」

「そして――」

 その言葉と同時に、スポットライトが二人に集中。舞台の下からスモークが噴き上がり、パンパン、とクラッカーが鳴り響いた。

「「物語が、紡がれ出す!!」」

 二人同時に唱和する。二人とも満面の笑みで、蜘蛛の男も、口元だけでも良い笑顔を浮かべている事が解る程だった。
何処から兎も角、誰の物とも知れぬ歓声が響き渡り、二人を祝福する。誰もいない陰鬱な地下室で行われるには、余りにも異常な風景だった。

「儚く散るは、何が定めか。星か、世界か、人の世か。それとも僕達、蜂と蜘蛛?」

「それでも全然、構わない!! 面白くなくちゃ、生きてるイミなし!!」

「ヒゲ生えちゃう!!」

 其処で蜘蛛のお面を被った男は、トッ、と少女を上に放り投げるが、彼女は器用に舞台の上に着地し、にこやかな笑みを浮かべた。

「最後/最期に笑うの、私達――」

 此処で、全てのスポットライトが、蜘蛛のお面の男に集中。彼が佇んでいる所以外の空間が、暗くなる。

「――アサシン・『アナンシ』」

 スポットライトが今度は、少女の方に集中する。

「『蜂屋あい』」

 ニコリと笑みを浮かべ、少女――蜂屋あいは、一礼をした。

「間もなく解かれる地獄の門。間もなく轟く破壊劇。我らが主従、何処まで喰らい付けるか疑問ではありまするが、蜘蛛の糸は既に張られております」

「それでは――愉快で無惨な聖杯戦争、私共と共に、お楽しみ下さい」

 其処で、緩やかに、レーンすらないのにカーテンが動き出し、二人の間の空間を仕切ってしまう。
「完璧じゃないか、アイ!!」と言う声と、「お兄さんばかり普通のテンションでずるいなぁ、大声出してばかりで喉痛めちゃった」と言う声が聞こえて来たのは、また別のお話。

 ◆





     ――第六の情報が開示されました





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【クラス】アサシン
【真名】アナンシ
【出典】西アフリカ伝承、各種絵本、童話
【性別】男性
【身長・体重】188cm、67kg
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力:B 耐久:C 敏捷:B 魔力:A+ 幸運:A++ 宝具:EX

【クラス別スキル】

気配遮断:A
サーヴァントとしての気配を絶つ。完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【固有スキル】

トリックスター:EX
秩序にして混沌。賢者にして愚者。善にして、悪。神の法や自然秩序を無視し、世界を引っ掻き回す悪戯者。
このランクになると、2つまでなら、特定のサーヴァント独自のユニークスキルを除いた如何なるスキルであろうとも、Aランク相当での模倣がいつでも可能。
また、このスキルは極めて高ランクの叛骨の相を保有しているのと同じであり、アサシンのスキルランクの場合であると、
カリスマや皇帝特権等、権力関係のスキルを無効化し、逆に弾き返す。令呪についても具体的な命令であれ決定的な強制力になりえなくなる。
アサシンのトリックスタースキルは規格外かつ評価不能のそれであり、観測する人間や、その時々の状況で、己の姿形は愚か、
魂の本質や属性ですら意のままに変貌させられる。更にアサシンは、呼び出されたマスターの人格に応じて、『高ランク固有スキルを二つ習得する』。
今回のアサシンは、自身を呼び出したマスターの性格や本質によって、『策謀型』のそれに傾倒させられている。

文化英雄:A+
武ではなく智によって人類の生存に貢献した者の持つスキル。旱魃・疫病・虐殺などの効果を持つスキル・宝具に対するとき、有利な補正を得る。

神性:B
天空神ニャメと豊穣の女神アサセ・ヤとの間に生まれたアサシンは、本来は紛う事なき正統なる神の一柱であり、規格外の神霊適性を誇っていたが、
聖杯戦争に際しては、生来の魔獣・魔蜘蛛としての適性と、文化英雄的な側面を押し出しての召喚の為、神性スキルがランクダウンしている。

高速思考:A
物事の筋道を順序立てて追う思考の速度。アサシンの場合は機転の良さや、悪戯を考える速度、そして計画を練る為のスピードである。
特に、謎解きや策略・謀略において、アサシンの高速思考スキルは高い効果を発揮する。

蜘蛛糸の果て:A+++
構築した計画や策謀、それに人を同担・加担させられる力。ランクが高ければ高い程、人は、アサシンの練り上げた計画に無意識の内に加担して行く。
このランクになると、余程勘に優れたサーヴァントでもない限りは、アサシンの描いた計画に自分も加担している事に気付く事は不可能な他、
その計画を練り上げたアサシン自体の存在にも、彼自身がその存在を暴露しない限りは気付く事は不可能となる。トリックスターによって獲得された、一つ目のスキル。

邪知のカリスマ:A
通常のカリスマスキルと違い、このスキルは大軍団ではなく個人単位で人間を大きく引き付ける才覚を表す。言ってしまえば、人間的魅力、人を惹きつける力。
このランクになると『混沌』及び『悪』属性を持った存在に対して非情に強いカリスマを発揮させられるだけでなく、『秩序』や『善』属性を持った存在にさえ、
その魅力が作用、悪の道に引きずり込ませる事だって不可能ではない。トリックスターによって獲得された、二つ目のスキル。

【宝具】

『知恵の瓢箪(スパイダーズ・ポット)』
ランク:A 種別:対知宝具 レンジ:- 最大補足:-
アサシンが腰の辺りに巻き付けている、砂色の瓢箪。武器に使える物では勿論なく、中に液体が入っている訳でもない。
その正体は、アサシンと対峙した、或いはアサシンに近づいている存在の保有する記憶や知恵をコピー、複製させて、内部に溜め込んでおく不思議の瓢箪。
瓢箪の中に溜め込まれた知識を、アサシンは自由に閲覧する事が出来、これを利用して、相手の真名の把握や弱点、及び、どんなスキルと宝具を持っているのか、
と言う事を理解する事が可能。瓢箪の中に収められる記憶や知恵の総量は無限であり、自由にどんな知識も収容可能。
但し、アサシン以上の神性スキル及び、特殊な加護を内在したスキルや宝具を持っている相手には、情報に掠れが生じ、閲覧がやや困難になる。
また、溜めこんだ知恵を『放出』すると言う芸当も可能で、この場合、任意の相手に瓢箪の口部分を押し付け、解放させる事で、
相手の脳内に瓢箪内の全情報が炸裂。脳の処理速度を大幅に上回る情報の波濤で、ダメージを与える事が可能。溜めこんだ情報次第では、致命的な一撃になり得る。

『人世、全ての話(アナンセ・セム)』
ランク:EX 種別:対物語宝具 レンジ:∞ 最大補足:∞
ひとよ、すべてのはなし。
『物語の王』と言う名を持ち、その名の通り、世界中の様々な所に形を変えて己を伝えて行き、行く先々で時に悪役、時に主役、時に悪、時に善として
様々な活躍を見せて来たアサシンと言うサーヴァントの在り方が、宝具となったもの。
その神髄は、この世界を一種の物語として認識する事によって行われる『第四の壁』を破る事による『世界へのメタ視』及び観測者への語り掛け。
そして、メタ的に世界を認識する事で行われる『意図的な運命干渉』。つまりこの宝具の真価とは、『自身を主人公とし、俗にいう主人公補正を』発動させる宝具。
この宝具を利用する事で、己の死をなかった事にして即自的に復活を遂げたり、そもそも攻撃を透過させたり、
本来ならば致命傷に至らないような小技の攻撃で、十全の状態の耐久力に優れたサーヴァントに宝具・スキルの効果を無視して消滅寸前の大ダメージを与えたり、
およそ考えられるあらゆる不条理を手繰り寄せる事が可能。物語の王、つまりは、ある種の『神』の視座から行われる、物語の奴隷(キャラクター)への制裁。但し、引き起こす運命干渉の度合いによって、魔力の消費量が乱高下する。

物語の王としての生来のサガとして。そして、アサシンを召喚したマスターの魂の属性に引きずられたせいで。
『悪役』としての側面をクローズアップされて召喚されたアサシンは、『主役(主人公)の属性を持つ者』、或いは『星』の属性を持つ者に対しては非常に弱く、極めて高い確率でこの宝具の失敗率が跳ね上がってしまう。

【weapon】

自己改造で生やした蜘蛛の手足:
アサシンは己の身体から蜘蛛の脚を生やす事が出来、これを高速で振るう事でアウトレンジからの攻撃を行う事が可能。

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     ――最後の情報が開示されました





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                          Fate/Bloody Zodiac ■■海底都市冬木                           




















                          Fate/Bloody Zodiac 浄滅海底都市冬木                           










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               スイッチは ON になった

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最終更新:2017年11月18日 00:30