パラサイトを狩るモノたち

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パラサイトを狩るモノたち  ◆.WX8NmkbZ6



 二日分の食料が三セット、それにロロ・ランペルージの左腕。
 これらは後藤の空腹を満たすに十分な量だった。
 初めこそ人間以外の食糧に価値を見出していなかったものの、食べられる時に食べておいた方がいい。
 後藤は五頭。
 右腕にパラサイトを寄生させた泉新一はそれ以前よりも一度に摂取する食事の量が増えた。
 対する後藤は五体のパラサイトを宿した分、多くのエネルギーが必要になる。
 そして一筋縄ではいかない参加者の多さを自覚し始めた事により、「いつでも人間を食える」という認識を改めた。
 よって、こうして支給品の食料にも手を出している。

 バリボリと乱暴に咀嚼し、食い散らかす。
 そうして食欲を満たした後藤は予定通り祭壇の前で眠りについた。
 次なる戦闘の為に。
 更なる闘争の為に。



 後藤が休憩を終えて立ち上がろうとしたところ、教会の扉が勢い良く蹴破られた。
 現れたのは学生服の少年と小柄な少女を従える、全身に包帯を巻いた着流しの男だった。


 志々雄真実はタバサと三村信史という『犬』達を引き連れて、教会の扉を蹴り開けた。

 鬼が出るか蛇が出るか、或いは不発か。
 タバサと出会って以来闘争から距離を置いていた志々雄は、心中で鬼かそれ以上のものを望んでいた。
 そして開けた視界の先に現れた異形に対し、志々雄は満足の笑みを浮かべる。

「っは、面白ェ野郎がいたもんだ。
 色物具合じゃうちの十本刀といい勝負だな」

 志々雄はその異形の姿を見ても恐怖する事はなく、狼狽える事はなく、嘲笑う。
 裂けた頬から覗く眼球も。
 隠しようのない鋭い歯も。
 根元で枝分かれした腕も。
 先が鈎となった太い脚も。
 志々雄に恐怖を抱かせるには不十分だ。
 それどころか異形の者の全身から放たれる濃厚な殺気を前に、心地良さすら覚えていた。

 一歩、二歩と教会の中を突き進む。
 足元に散乱する肉片と血液がその度に水気を含んだ音を立てるが、志々雄はそれを意に介さない。
 原形を留めない死体が広がる光景、この現世こそ地獄。
 この道は、志々雄が歩むに相応しい。

「三村ぁ、お前はどっか行ってろ。
 近くにいて巻き込まれても知らねェぜ」
「言われなくてもそうするつもりだったぜ、ゴシュジンサマ」
 三村は素直に下がり、開いたままだった扉から逃げるようにして教会を後にする。
 志々雄が三村をわざわざ遠ざけたのは、『念の為』ではない。
 交渉が決裂する「かも知れない」。
 戦闘になる「かも知れない」。
 それが大規模なものになる「かも知れない」。
 そんな『可能性』の話ではない。

「……戦うのは二人だけ、か」
「お前も戦いに愉しみを見出すクチみてェだな。
 仲良く出来そうだ」

 異形がまともに口を利ける事に感心しながら、心にもない言葉を返す。
 三村が去るのを黙って見届けた点からも、相手が見た目通りの化物ではない事は明白。
 人間に準じた知能がある。
 それでも志々雄はこの異形を説得するつもりはさらさらなかった。

 人には各々性分に合った『生き様』がある、というのが志々雄の持論だ。
 例えば人の上に立つ者。
 それにつき従う者。
 誰とも相入れず孤高に生きる者。
 志々雄は強者であれば誰でも己の軍団に招き入れる訳ではなく、その生き様を見て決めている。
 上記の例で言う孤高の人間が組織破綻の鍵となるように、それを見極められなければ軍団を束ねる事は出来ない。
 ならば目の前の異形の生き様は何か――それは、純粋な殺戮と破壊を行う者。
 扉を蹴破って相対した瞬間から、志々雄はそれを直感した。
 人を人と思わない、そんな目は志々雄にとって好ましい。
 しかし、『これ』は組織の中に置くものではない。

 志々雄は明確に、これからこの異形へ宣戦布告をしようとしているのだ。

「安心しろよ、退屈はさせねェさ。
 むしろ手に余るかも知れないぜ?」
「だとしたら……嬉しいな」

 会話が成立しても、味方に引き入れるべきでないという考えは揺るがない。
 逆にそれは強まったぐらいだ。
 協調性はある。
 知性もある。
 組織の中にいる事は出来るだろう。
 しかし、組織の為に動く事は決してない。
 ある意味で孤高の人間と似た性質を持っている。

 志々雄側の体勢が整うまで、異形の方から手を出してくる事はない。
 殺意のままに殺す事ではなく、戦闘という過程に意義を見出しているからだ。
 その確信の下に、志々雄はデイパックから悠々と黒いカードデッキを取り出した。
 それを教会の窓にかざすと腰にはバックルが出現する。
 そのバックルにデッキを差し込むと、全身は漆黒のスーツに包まれた。

 タバサの方を見ると、指示を出す前から戦う準備をしていた。
 手にしているのはロロから奪ったサバイバルナイフ。
 タバサに支給された鉄の棒はリーチならナイフよりも有利だが、刃もなければ握りもないという事で志々雄が貸し出したのだ。
 いつ相手が動いても対応出来るよう既にそれを構えている。
 しかし、その顔色は蒼白だった。
 志々雄はタバサの視線の向かう先が足元である事から原因を血の海と見たが、すぐにそれを打ち消す。
 見ているのは足元の、更に一点。

「何だタバサ、知ってる顔だったか」
 中途半端に齧られて残った頭部は少年のもの。
 顔が判別出来た事は幸か不幸か、少なくともタバサにとっては不幸だったようだ。
 志々雄の問い掛けに、タバサは小さく頷く。
「ハッ、なら弔い合戦にもなって丁度いいじゃねェか」
 タバサがショックで使い物にならない、という事はないだろう。
 その程度の死線を潜り抜けて来ているはずだ。
 ならばこれ以上の言葉は不要と、志々雄は改めて異形と対峙しながらデッキのカードを抜く。
 広い教会内で、距離は二十尺近くある。
 だが一跳びで越えられる距離だ。

「後藤だ」
「戦いの前に自ら名乗るたぁ行儀がいいな。
 俺は志々雄真実。
 散り様によっちゃあ――俺がつくる新しい歴史の中に、名前ぐらいは残してやるぜ!!!」

――SWORD VENT――

 志々雄がブラックドラグバイザーにカードを装填すると、くぐもった機械音声と共に虚空から片刃の剣が出現する。
 その行動と同時に、後藤は床を蹴っていた。

 後藤は両脇の長椅子を交互に蹴り、跳ねるようにして志々雄の首を狙った。
 だが鎌のように鋭い後藤の腕は志々雄に届くよりも先に、ドラグセイバーに衝突した。
 教会の中で金属音が響き、同時に両者は弾かれたように後退して距離を取る。

 後藤は速い。
 だが主催者によって掛けられた制限により、その攻撃速度は「人間が認識出来る速さ」になっていた。
 志々雄と互角の剣客である緋村剣心は、目にも止まらぬ速さ。
 志々雄が育て上げた宗次郎は、目にも写らない速さ。
 制限を受けた後藤の速さは、志々雄にとっては遅い。

「速いな」
「てめーが遅いんだ」

 志々雄は敢えて挑発するが、油断はない。
 速さこそ及ばないものの、後藤の四本の腕と脚の形を考えれば全身が凶器のようなものだ。
 まともに当たれば致命傷に成り得る。
「手足は伸縮自在、形状と硬度は自由。
 なるほど、ここはてめーの狩場ってわけか」
 筋肉のバネを使って壁や家具のような障害物を足場に跳躍し、手足の刃で室内を蹂躙する。
 後藤にとってこの環境は非常に戦い易い場なのだ。

「だったら話は早ぇ」
 言って志々雄は新しいカードを抜く。
 それを見たタバサは後藤に背を見せないようにしながら素早く扉の方へ移動し、教会を出た。
 逃げたタバサを後藤は追おうとしない。
 志々雄への警戒が勝った為だろう。
「俺は舞台には拘るタチでな。
 ちょっとばかり俺好みに変えてやるよ」

――AD VENT――

 バイザーにカードがセットされると、轟音と共に教会の壁が崩壊した。
 薄暗かった建物内は外からの陽光に照らされたが、すぐにそれを巨大な影が遮る。
 影の主である暗黒龍、ドラグブラッカーが追い打ちをかけるように内部へ向けて火球を吐き出した。
 並べられた長椅子は吹き飛び、床は瞬く間に火の海となる。
「フハハハハハハハハハハ!!!」
 その中心で、志々雄は哂う。
 後藤は炎に包まれた床を逃れて壁を蹴り、ドラグブラッカーによって崩された箇所から外へ逃れた。
「何だ、火は嫌いか?
 そいつは残念だ」
 志々雄は燃え続ける教会から歩み出て、後藤と向き直った。

「これでてめーの地の利はなくなった」

 教会から一早く抜け出していたタバサが合流し、同じく向き直る。
 志々雄が剣を肩に担ぐようにして構えると、再び両者は激突した。


 後藤の両腕は根元で上下に枝分かれし、合わせて四本になっている。
 ロロとの戦闘からここまでは上二本を刃に、下二本を腕の形にしていたが、志々雄を前に下二本も刃に変えた。
 よって刃の数は四つ。
 一つ止められても他に三つあるのだから、単純な手数で言えば後藤は志々雄よりも有利だ。
 そして志々雄の剣戟が通ったとしても、細胞を硬質化させた皮膚は傷付けられない。
 地の利がなくとも、後藤は充分に最強の生物たり得た。

 しかし志々雄は四本の刃をいなし、かわす。
 日本刀よりも幅の広い刀身の剣、そしてそれを軽々と振るう膂力あっての芸当だった。
 刃が数度志々雄の纏うスーツを裂くが、致命傷にはならない。
 加えてそれを受けても怯む事はなく、物ともしないだけの頑強さも持ち合わせている。

「手数の多さに防御力……ハッ、厄介だな!」

 剣を振るいながら、志々雄は喋り続ける。
 それは余裕の表れ――というだけではないらしい。

 真正面から後藤と相対する志々雄とは逆の方向、背後からタバサが斬り掛かる。
 志々雄とは対照的に無言で小柄な少女。
 志々雄が目立てばそれだけタバサの存在感は埋没する。
 口数の多さはただの余裕でも油断でもなく、策略の一端だ。
 タバサと三村を引き連れた様からも、志々雄がこのグループのリーダーである事に疑いはない。
 だが自身を囮にして配下の攻撃を本命にする事に抵抗はないらしい。

 タバサのナイフが後藤の背を切り裂く。
 その一撃はプロテクトを突破せず、またも後藤は無傷だった。
「ッシャアアッ!!!」
 だがそちらへ意識を奪われた一瞬で志々雄は後藤の右腕を一本切り落とした。
 自身を囮にしてのタバサの奇襲、そしてそのタバサを使って作った隙を利用する二段構成。

 多少の出血はあったものの、後藤は残った三本の腕で志々雄とタバサを遠ざけるとすぐに『三木』を回収して再度統率する。
「志々雄と言ったか……面白い人間だ」
「てめーもな。
 切り落とすぐらいじゃ足りねェらしい」
 志々雄は顎に手を当て、睨め付けるように観察している。
 後藤は志々雄に対し、寄生生物に匹敵する危険な生物であるという認識を抱き始めていた。

「だが腕を斬れたってこたぁ、皮膚の硬さとしなやかさは同居出来ねェって事だ。
 それに全身硬けりゃ動きも悪くなる……つまり柔軟な動きを維持する為には硬い部分以外も必要になる」
「そうさ……胴体全体をプロテクトしているわけじゃない。
 その『すき間』を狙われると非常にまずい」

 しかし、後藤は弱点を隠さない。
 警戒心よりも地球上で最も賢い動物である人間が武器を持ち、力を持ち、最強のパラサイトたる自分へ迫る姿への関心が勝ったのだ。
 それに、後藤には自信があった。
 互いにしのぎを削る戦闘中に『すき間』を見付け出すのは困難を極め、必然的に持久戦となる。
 そうなれば少しずつであれダメージを蓄積する志々雄よりも、プロテクトに守られた後藤に分がある。
 自ら付け入る隙を告げた後藤に対し、「ほぉ」と志々雄は感嘆の声を漏らした。

「なるほど、この実力なら確かに調子に乗るのも当然っちゃ当然だ。
 だが無敵とは言えねェ。
 ついでに相手が悪かったな」

 志々雄は後藤の耳に届かない程度の小声でタバサに何かを伝える。
 そして手にしていたドラグセイバーを投げ捨てた。
 代わりにデイパックを出し、中へ手を入れる。

 後藤はそれを阻もうとしない。
 志々雄が見せる戦いの工夫を見る為だ。
 だがそれは――慢心に他ならなかった。

「わざわざ『すき間』を探してやる程、俺は暇じゃねェんでな」

 志々雄の手に引かれてズルリと姿を見せたそれに、後藤は見覚えがあった。
 禍々しさと神々しさが同居したような、人間が作ったとは思えない迫力を感じる剣。
 炎のような赤い剣。

「さぁて……第二局目、開始と行くか」


 教会よりも先に、三村は志々雄に連れられて遊園地を探索していた。
 ロロから「何もない」と言われていた地域だ。
 ロロの言葉を疑ったわけではないが、時間が経過した事で多少状況が変化しているかも知れないという期待があった。

 結果的に参加者とは誰とも出会う事はなかった。
 あったのは戦闘痕と血痕と、――地面に突き刺さる、一振りの剣。
 炎が脈打つような、黒い刀身に赤い光を宿した奇妙な剣だ。

――――我は魔剣ヒノカグツチ……天津神ヒノカグツチが力秘めし剣なり……
――――我を引き抜きし者に我と我が力与えん……

 三村はギョッとして辺りを見回す。
 突然の声に志々雄が何か言ったのではないかと考えたが、志々雄の声ではなかった。
 恐る恐る剣の方を見ると、志々雄は既にそちらへ足を向けていた。
 そして志々雄がマジマジと見詰めた後、その剣の柄を握る。

――――守護者もなくこの地に達するとは、――


「うるせェ」


 志々雄が言葉一つで黙らせて、剣を引き抜く。
「い、……いいのか?」
「剣は斬れりゃいいんだ、余計なお喋りなんざ求めてねェよ」
 三村には剣が何か言いかけていたように聞こえたが、志々雄にとってはどうでも良かったらしい。
 ついでにそもそも剣が喋っているという時点でファンタジー過ぎて、三村も初めから聞き間違いだったように思えてきた。
 そのファンタジーの住人であるタバサの顔色を窺ってみると、普段の無表情から非常に微妙なものになっていた。
 戸惑う三村とタバサをも意に介さず、志々雄はその刀身を撫でる。
 三村は志々雄がその剣――ヒノカグツチを持った途端に、志々雄の存在感が増したような錯覚を覚えた。

「それにしてもヒノカグツチ、か。
 俺の為にあつらえたような名だな、気に入ったぜ」

 「強力過ぎて面白味は足りねェがな」と笑う志々雄に、三村はゾワリと背筋を凍らせる。
 この男を止められる人間は、もういない。
 そう思うには充分な程に、その存在は圧倒的だった。


 後藤は押されていた。
 志々雄の元々の戦闘のセンスと技術に加え、リュウガの力がヒノカグツチの効果で強化されている。
 ヒノカグツチ自体の硬度も高く、後藤の刃は衝突の度に欠けた。
 また火の力を宿す剣に触れると後藤の表面細胞と内側の細胞がズレを起こすので戦いにくい。
 距離を取ろうとしても更に踏み込まれ、その隙を得られない。
 斎藤一と相対した時のようにその足を縫い止めたところで、至近距離戦になればむしろ後藤が不利になるだろう。
 生身だった斎藤と違い、志々雄はリュウガのスーツに包まれている――故に一撃で倒せる保証がない。 
 何より今の志々雄の一撃は、後藤のプロテクトを突破しかねないのだ。

 志々雄は確かに強い。
 しかしそれ以上に、後藤にとって余りに相性が悪かった。

「どうした!?
 これでも手加減してやってるってのによ!!」

 志々雄に言われずとも、後藤は気付いていた。
 初めに教会を破壊して以降、黒龍は付近を飛びながらも手出しして来ない。
 もしもこの龍が加わっていれば戦況は更に悪くなっていただろう。
 その手加減は、――後藤にとって屈辱的だった。
 そしてヒノカグツチが、後藤の右腕を二本とも切断する。

 防戦一方の状態から均衡が崩れるのは危険だ。
 すぐに三木と合流しようとするが、後藤の視界の端に小さい影が飛び込んで来た。
 現れたのはタバサ。
 手に握られた石を、後藤の右腕の付け根へ向けて投げたところだった。

(まずい!!)

 後藤は本能的に危険を察知し、左腕で石を払おうとする。
 しかし、志々雄の剣がそれを阻んだ。

「グオオオオオオオオオッ!!!!!」

 石が命中した右肩を中心に、右上半身がバキバキと音を立てて氷結する。

『ご、後藤さん!!』

 地面に落下した三木は悲痛な声を上げる。
 三木が、戻れなくなった。

「切り落としても戻っちまうってのは厄介だが、だったら戻れなくしちまえばいい。
 簡単な話だろ?」

 勿体ぶるように一歩ずつ、志々雄が近付いて来る。
 後藤はこの時、生まれて初めて『恐怖』という感情を知った。


 平賀才人の死体を見て、敵を討ってやろうと思った訳ではない。
 そう思うには彼と接した時間は短過ぎた。
 だが見知った人間の無残な死体は、志々雄の言葉をより強く意識させるには充分だった。
 即ち『弱肉強食』。
 強い者は生き、弱い者は死ぬ。
 志々雄の言う『摂理』に忠実に生きる異形に対し、ただ「ここで倒さなければならない」と思った。
 サイトを殺したのはこの後藤だろう。
 本人に確認を取らずとも確信出来た。
 倒さなければ――いずれは「食われる」。
 そう感じ取ったのだ。

 しかし後藤と志々雄の戦闘は苛烈なもので、タバサは付いていくのがやっとだった。
 せめて杖があればと思うが、それさえ叶わない。
 それでも志々雄が作った隙を縫うようにして、何とか足手纏いにならない程度の戦いを見せた。

 そして後藤が腕を斬られても平然としている姿を見て、志々雄はタバサに指示を出す。
 「次に俺が腕を切り落としたら、あの石を使え」。
 短い言葉だったが、言わんとしている事は分かった。
 タバサの袖口に忍ばせてある、氷結系の魔法攻撃が出来るというマハブフストーン。
 元々は三村に支給されたもので五つしかなく、威力を試す余裕はなかった。
 だが後藤の再生を止めるだけなら攻撃力は必要ない。
 ただ肩口に『蓋』が出来ればいいのだ。

「グオオオオオオオオオッ!!!!!」

 かくして志々雄の思惑通り、後藤に手痛い一撃を加えるに至った。
 志々雄のカードデッキの変身時間はまだ数分残されている。
 その志々雄が後藤に近付いて行く。
 勝てると、そう思った。
 だがタバサはある一点に目を奪われる。

 二本の右腕がひとりでに一つになり、口を形作って『後藤さん』と叫んだ。
 一度目に腕を切り落とした時の様子から、腕が本体から離れてもある程度の自律行動が可能な事は気付いていた。
 しかし、肉片が意思を持って喋るとは思っていなかった。

 その間に後藤は――その肉片を置いて、逃走した。
 地面を強く蹴って跳躍し、獣のような雄叫びと共に姿を消す。
 残された肉片もまた悲痛な叫びを上げる。

 そして、肉片はタバサの首に目掛けて襲い掛かった。

「ッ!!!!」

 タバサにとって誤算だったのは、本体を離れた腕が積極的に活動出来るという事。
 ナイフで刃を弾くが、防ぎ切れない。
 ザクリ、と首筋を刃が切り裂き、血が噴き出した。
 何とか肉片を叩き落すと、タバサもまた地面に転がる。

 志々雄は地面に落ちた肉片にヒノカグツチを振り下ろして縫い止める。
「ギュごォオおッ!!」
 肉片は血を吐きながら逃れようとするが動けず、そのまま乾いて絶命した。

 もしかしたら、志々雄は肉片の自律行動の可能性を読んでいたのかも知れない。
 目に映った志々雄の動きに、慌てるような素振りがまるでなかったからだ。
 「この程度の事に対処出来ない犬は要らない」と考えていたのだろうか。
 しかし、どちらでももう構わない。
 ただタバサはこの時点で、死を覚悟した。

【三木@寄生獣 死亡】


「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」
 周囲に後藤の咆哮がビリビリと響く。

 逃げ出した。
 最強の寄生生物である自分が、人間を前に。
 三木を回収する一瞬さえ惜しんで、背中を見せて逃げた。
 志々雄の力が本人のものだけでなく支給品に依るところが多分にあった事も承知しているが、人間に遅れを取った事に代わりはない。

「ゆるさん……
 ゆるさんぞ……!!」

 そして、戦いで不覚を取った事だけがこの怒りの原因ではない。
 『恐怖』という感情を植え付けられた。
 手心を加えられた。
 人間に。
 人間ごときに。
 “この種を食い殺せ”という怒りが、全身に充満する。

「殺す……必ず殺す……!!」

 まずは血を失った分休まなければならない。
 そして三木がいなくなった分の『代わり』が要る。
 右腕という武器がなくなっただけでなく、プロテクトに大きな隙が出来てしまっているのだ。
(泉新一……あの右腕があれば……!!)
 参加者の一人であり、脳を残したまま右腕にパラサイトを寄生させた少年。
 見付け出して殺し、右腕を奪えば体勢を立て直せる。
 そう目標を定めた。

 しかし今後の一応の方針を決めてもなお、後藤の怒りは収まらない。
 休養を必要としながらも、人間を目にすれば問答無用で襲うだろう。


 初めて味わった敗北と共に、後藤は人間への怒りと殺意を一層に漲らせる。


【一日目昼/F-9教会付近】
【後藤@寄生獣
[装備]無し
[支給品]支給品一式×3(食料以外)、前原圭一のメモ@ひぐらしのなく頃に、不明支給品0~1、カツラ@TRICK、カードキー、知り合い順名簿
    三村信史特性爆弾セット(滑車、タコ糸、ガムテープ、ゴミ袋、ボイスコンバーター、ロープ三百メートル)@バトルロワイアル
[状態]疲労(大)、右腕(三木)欠損、右上半身が氷結中
[思考・行動]
0:人間への憎悪、他の参加者を見付けたら殺す。
1:休養をとった後、志々雄真実を殺す。
2:強い奴とは戦いたい。
3:泉新一を殺し、ミギーを奪う。
4:田村玲子が本物なら戦ってみたい。
[備考]
参戦時期は市役所戦後。
※後藤は腕を振るう速度が若干、足を硬質化させて走った際の速度が大幅に制限されています。
※氷結は時間の経過と共に解除されます。


 ギリギリの戦いだった。
 決して余裕はなかった。
 徒手空拳であれば敗れていたかも知れない。
 志々雄は素直にそう感想を抱いた。

 ライダーデッキの変身時間は十分。
 もう少し後藤が粘っていれば変身は解けていた。
 後藤がライダーデッキについての知識を持っていなかったからこそ何とかなったのだ。
 ファイナルベントという切り札もあったものの、使えば二時間変身出来なくなるというデメリットがある。
 先々の事を思えばそれは避けたいところだった。

 また十五年前の火傷の後遺症で、志々雄は十五分以上の戦闘が出来ない。
 体温調節が行えない為に、それ以上動き続ければどうなるか分からないからだ。
 ドラグブラッカーに手出しさせなかったのも手加減などではなく、それが起因している。
 己の実力を誇示する為の初めの一撃はともかく、長時間戦わせ続ければ火の海は自然と広がる。
 スーツに守られていると言えど周囲の気温が上がれば志々雄自身の体温も上がってしまう。
 故に、使わなかったのではなく使えなかったのだ。

 勝利こそ収めたものの、紙一重。
 後藤の前で見せた余裕の演技が実を結んだと言える。
 しかし、志々雄はその事を犬達の前でおくびにも出さない。
 飽くまで最強で隙がないのだと見せ付ける。
 それが強者の努めだからだ。

 志々雄は後藤の右腕が動かなくなったのを確認すると、タバサを見遣る。
 そして仮面の下で笑みを作った。


 タバサは裂かれた首を押さえて蹲る。
 血の勢いは弱まり始めている――助かるかどうかは五分と五分。
 そこへザリ、と足音がした。
 視界の端に、志々雄の靴が映る。

「派手にやられたな、おい」
 何でもない事のように、志々雄は蹲ったタバサを見ながら淡々と言う。
 実際何でもない事なのだろう。
 遠くから様子を見ていた三村がタバサに駆け寄ろうとするが、志々雄は「お前は黙ってろ」と一喝して沈黙させた。
「分かってるだろうが、俺は死に体の犬を連れて歩く趣味はねぇ」
 つまり今のタバサに助かる可能性があるとしても、志々雄にタバサを助けるつもりはない。
 五分と五分ではなく――タバサはここで、見捨てられるのだ。

 想像はついていた。
 志々雄にとってタバサは犬であり、それ以上でも以下でもない。
 使えなくなれば殺すし、見捨てる。
 志々雄は狂っているのだから。

 だからこそ、志々雄の続く言葉は意外だった。

「思い残す事があるんだろ?
 今のうちに聞いておいてやるよ」

 志々雄は優しさや情けといった言葉と果てしなく縁遠い存在だ。
 どんな裏があるのかと、首を抑えたままで地面に向けていた視線を上げる。
「復讐だったな、お前の目的は。
 何を守れなかったんだか、何を奪われたんだか、俺の知った事じゃあねェ。
 ただお前に『力』がなかった、それだけの話だ」
 「聞いておく」と言いながら、志々雄はタバサに喋らせるよりも先に己の言葉を紡ぐ。
 それも、タバサの歩んできた道を否定する言葉を。

――タバサ、俺からすれば悪いのはお前だ。

 警察署での話の続きであり、後回しにしていた回答とも言える。
 これも想像はついていた。
 弱肉強食を唱える志々雄が復讐を「下らない」と一蹴する理由は、考えれば分かる事だ。
 だからと言って、彼の言葉が軽くなる訳ではない。
 死を前にして、タバサは打ちのめされる。

 しかし、志々雄はなおも続ける。
 タバサにとって意外なままに。

「だがよ、タバサ。
 俺はお前と三村に勝利の美酒を味わわせてやるっつったんだ。
 それをお前の弱さの所為とは言え反故にした以上、何か埋め合わせが必要だと思わないか?」

 驚き、出血で重くなっていた瞼が自然と持ち上がって目を大きく見開く事になった。
 埋め合わせ。
 それは、言葉通りの意味なのだろうか。
「言ってみな、お前がその歳で修羅場を潜らなきゃならなかった理由をよ」
 死にたくない。
 死ねない。
 やり残した事が多過ぎる。
 しかしそれでも死ななければならないのならと、藁にも縋る思いで口にする。

「……ガリア、王国……ジョ……ゼ、フ……」

 話を聞いている間にも血を失って、搾り出した声は掠れていた。
 だがその小さく途切れがちだった声は、確かに志々雄に届いたようだった。
「ハルケギニア。ガリア王国のジョゼフ。
 それで分かるんだな?」
 志々雄の確認に、タバサは無言で頷く。
 ガリア王国の現国王。
 タバサの父を殺し母を狂わせた男。
 タバサがガリア王国北花壇警護騎士団の団員として闇に潜み、汚い仕事を一手に引き受けてきたのは復讐の為。
 それを志々雄に告げたところで何が変わるとも思えないが、タバサには他に選択肢など与えられていない。
 狂人である志々雄の意図が分かるはずもない。
 ただ黙し、消え入りそうになる意識にしがみ付きながら志々雄の言葉を待つ。

「覚えておいてやるよ」

 一言。
 タバサは志々雄の言葉を鈍った脳内で反芻し、その意味を考える。
 覚えておく。それは。

「ぶいつぅから異世界へ渡る技術を奪い、全てを征服する。
 そのついでに、目に付いたら丁重に持て成してやるさ。
 他でもない俺の犬の想い人だってんならよ」

 志々雄は狂っている。
 これらの言葉はその狂った思考が前提となったものだ。

「お前はここで死ぬ程度の弱者だった。
 だが俺がこの殺し合いで最初に飼った下僕で、中々使える犬だった。
 俺が紡ぐ歴史に、名前ぐらいは残してやるよ」

 それでもタバサはほんの僅かだが、安堵した。
 新しい歴史などに興味はないが、志々雄に「持て成される」ジョゼフの姿を想像すると、胸がすく思いがした。

 けれど――

「それでよ、タバサ。
 お前に選択肢をやる。
 なに、初めに会った時と変わらねェさ。適当に選べばいい」

 志々雄の声色が一変した。
 仮面の下では表情が見えないが、嫌な予感がタバサの脳裏を過ぎる。

「お前はここで犬に相応しく犬死するか、それともここで――」

 志々雄の周りを、黒い龍がグルリと旋回した。



「 俺 の 糧 と な る か ? 」



 それはまさしく、志々雄とタバサが初めて出会った時と変わらない。
 選択肢と言いながら、初めから選ばせるつもりなど毛頭ない問い掛け。
 恐らくタバサが負傷した瞬間から――こうするつもりだったのだろう。

 タバサは出血で朦朧とした意識の中で、口惜しく思う。
 ジョゼフ達へ自分の手で果たせなかった復讐。
 遂に取り戻す事が叶わなかった母との関係。
 ペルスランの忠誠に報いる事は出来ないし、シルフィードともキュルケとももう会えない。
 これでもう終わりなのだ。
 タバサは声を出す事なく、志々雄に小さく頷いた。

 タバサの答えを見ると黒龍はズイと顔を寄せ、そして口を大きく開く。

 弱肉強食という言葉の通り、タバサという弱者は志々雄という強者の糧となる。
 イーヴァルディの勇者は、現実にはいないのだ。
 タバサは未練のうちに目を閉じる。


【タバサ@ゼロの使い魔 死亡】


「腕一本に犬一匹、か。
 ま、痛み分けってとこだな」

 変身の解けた志々雄は独りごち、三村と目を合わせる。
 三村は言葉を失っていた。
 腕が何本もある化物と、それを退けた志々雄。
 その上タバサの死を目撃してしまった。
 三村はバトルロワイアルへの参加経験があり、人が死ぬ様を見るのもこれが初めてではない。
 しかし仲間が仲間の手で、それも龍に食われる光景を見た事などあるはずがない。
 既に危機は去ったと分かってはいても、膝が笑っている。

「俺は一休みしてあいつを追うが……お前はどうする、三村?
 考えを改めるなら今のうちだ」
 タバサのデイパックとナイフ、マハブフストーンを回収しながら志々雄が問い掛ける。
 その後ろで、火の海となっていた教会は自重を支え切れなくなりガラガラと音を立てて焼け落ちた。
 燃え続ける瓦礫を背景にニィ、と笑う顔は悪魔に似ており、三村は戦慄する。
 三村が使えないとなれば、志々雄は何の躊躇もなく三村も『糧』にするのだろう。

「その……ジョゼフって奴、殺すのか?」
 三村は志々雄の問いへは答えず、代わりに疑問を投げ掛ける。
 志々雄の死に行く者の遺言を聞くなどという人間らしい行動は、タバサにとってだけでなく三村にとっても意外だったからだ。
「ああ? ……ま、気が向いたらな。
 どうせハルケギニアも丸ごと俺のモノになるんだ。
 国と本人の名前だけで特定出来るような奴なら、その途中で会う事になるだろ」
 タバサはジョゼフの苗字を告げなかった。
 それでも分かるという事は、国の高官か余程の有名人か。
 ならば、放っておいても志々雄の前に現れるだろう。
「じゃあ――」
 タバサの代わりに、復讐を。
 しかし三村は違和感を覚える。
 この志々雄が、タバサの為に?

「つっても」

 志々雄は付け加える。
 これまでに見せたどの表情よりも一層狂気を孕んだ、凄惨な笑みを顔に貼り付けながら。

「その途中で、あいつの『大事なもん』も一緒に踏み潰しちまうかも知れねェがな?」

 タバサが何もかも失って復讐を志したのなら、守るものも、これ以上失うものもない。
 けれどまだ何かあったとしたら、それごと志々雄の物になる。
 志々雄の弱肉強食の『糧』となる。

「ハハハ……ハハハッ、ハッーハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」

 志々雄の高笑いが響く中、三村は確信した。
 志々雄がタバサの復讐の対象を尋ねたのは、ただの気紛れだ。
 タバサにとって憎む相手でも、大切な相手でも、志々雄は初めからその世界ごと蹂躙するつもりなのだから。

 怖い。
 しかし同時に、――憧れる。
 志々雄の圧倒的な強さに。
 仲間であっても容赦のない冷酷さに。
 何者にも媚びる事のない器に。
 三村は一層強く惹かれていく。
 例えそこに追い付けなくとも、一番近い場所で見ていたいと思う。

「ああ……やってやるよ」

 志々雄にではなく、自分に言い聞かせるように言う。
 役立って見せる。
 有用性を認めさせてみせる。
 そして――志々雄の言う『勝利の美酒』を、味わいたい。

「俺はあんたに付いていくぜ、志々雄」

 化物同士の殺し合いを。
 同行していた少女の死を。
 それらを目の当たりにしながら、三村は己の進む道を選ぶ。


 三村信史は、志々雄真実の狂気に毒され始めていた。


【一日目昼/F-9 教会】
【志々雄真実@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-(漫画)】
[装備]:サバイバルナイフ@現実、ヒノカグツチ@真・女神転生if...、鉄の棒@寄生獣
[所持品]:支給品一式×2、リュウガのデッキ@仮面ライダー龍騎(一時間変身不可)、不明支給品0~1、林檎×8@DEATH NOTE、
     マハブフストーン@真・女神転生if…、本を数冊(種類はお任せ)
[状態]:疲労(中)、各部に軽度の裂傷、十分弱の戦闘で体温上昇中
[思考・行動]
1:自分の束ねる軍団を作り、ぶいつぅを倒す。
2:首輪を外せる者や戦力になる者等を捜し、自分の支配下に置く。
3:休憩してから後藤を追って殺す。
4:ロロの術の正体を探る。
5:気が向いたらガリア王国のジョゼフを持て成す。
[備考]
※首輪に盗聴器が仕掛けられている可能性を知りました。

【三村信史@バトルロワイアル(小説)】
[装備]:金属バット(現地調達)、マハブフストーン×3
[所持品]:支給品一式、確認済み支給品0~2(武器ではない)、ノートパソコン
[状態]:左耳裂傷
[思考・行動]
1:このまま志々雄についていく。
2:主催のパソコンをハッキングするための準備をする。
3:ロロか緑色の髪の女に接触し、V.V.の情報を聞き出す。
4:今回のプログラムに関する情報を集め、志々雄の判断に従う。
5:志々雄に惹かれている事実を自覚している。
[備考]
※回線が生きていることを確認しました。


時系列順で読む


投下順で読む


109:遊星よりの物体X 後藤 123:追うもの、追われるもの
101:嘘か真実か 志々雄真実
三村信史
タバサ GAME OVER



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