叶えたい願い-柊つかさ

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叶えたい願い-柊つかさ ◆ew5bR2RQj.



何処までも続く白。
天井も、壁も、床も存在しない、あらゆる常識から逸した空間。
しかしそこに立つこともできれば、歩くこともできた。
それを証明するように、黒い革製のブーツで白を踏み締める男が一人。
主を遊戯の最後の出演者の一人――――志々雄真実だ。

「ふぅ……」

シャリッ、と音が響く。
志々雄が手に持った林檎に齧り付いたのだ。
酸味と甘味が程よく調和した果汁が、心地良い食感と共に口腔内を広がる。
食事を始めたことに深い意味は無い。
強いて言うなら『腹が減っては戦はできぬ』という諺に従ったまでだ。
果実が腹を満たしていく中、志々雄はあの日の出来事を思い出していた。

あの日――――地獄の業火が全身を焼き尽くした日。
皮膚は溶け落ち、肉は爛れ、その身体は二度と見れぬ醜悪な姿へと変わった。
普通の人間なら間違いなく死んでいる。
下手人である維新の狗共ですらそう判断したが、志々雄は炎の中より生還した。
原初の時代から人間が恐れてきた炎ですら、幕末の悪鬼を殺すには至らなかった。
それどころか志々雄は炎を屈服させ、自由自在に操るまでになっていた。
あの日、自分が生還できた理由を考えたことがある。
そうして出した結論は、己の欲望が炎すらも上回ったからだった。
普通の人間であれば、全身を焼かれた時点で己の生を諦め、物言わぬ肉へと成り果てただろう。
だが、志々雄は肉体を業火に焼き尽くされても生を捨てなかった。
仲間すら危険視する巨大な欲望と政府への復讐心を滾らせ、志々雄は炎を喰らい尽くした。
だからこそ、今もここに立っている。
欲望という炎をその身に宿し、最後の戦場に立っている。

この場所は、V.V.が殺し合いの開催を宣言した空間。
それを意識したわけではないが、最後の戦場が全てが始まった場所というのは風情があって悪くない。
V.V.の説明によると、ここはラプラスの魔が作成した特殊な空間だそうだ。
生き残っているのは九人。
参加者の六十五人とその他の八人を加えると合計で七十三人。
殺し合いの参加者は、八分の一以下になるまで淘汰された。
志々雄が掲げた欲望の答えが、すぐ近くまで来ている。
残った八人を殺すだけで、全てが終わる。
そして、全てが始まるのだ。

扉が、開く。
白い空間内にぽつんと聳え立った木製の扉。
端から見れば奇妙であるが、もはやこの世界に常識など存在しない。
下品にならない程度の装飾が施され、黄金のドアノブが取り付けられている
成人男性の平均身長よりも僅かに高い長方形のそれは、この空間と第二会場を繋ぐ扉だった。

「……テメエかよ」

不服とでも言うように眉を顰める来訪者。
それでも敵愾心を剥き出しにし、左の目で鋭く志々雄を見据えていた。
コツン、コツンと足音が響く。
右の目が潰れているにも関わらず、その足運びに淀みはない。
志々雄の十メートル程手前に辿り着くと、来訪者は静かに足を止めた。

「それはこっちの台詞だぜ、ヴァン

来訪者――――ヴァンを見て、同じように志々雄も吐き捨てた。

ヴァンと志々雄真実。
殺し合いの共演者である二人だが、その間に深い因縁は無い。
顔を合わせた回数も少なく、碌な会話も無かった。
強大な力を持つシャドームーンや狭間、幾度となく顔を合わせてきたクーガーに比べ、志々雄の中のヴァンに対する興味は薄い。
ヴァンも自身が首輪解除に利用されたことを知っていたが、わざわざ言及するつもりも無かった。

「最初に戦うなら、魔人皇か世紀王が良かったんだがな」
「もうV.V.は死んだ、殺し合いは終わったんだ」

気怠そうに溜息混じりの声でヴァンは告げる。

「あぁ? そんなもんとっくの昔に知ってるぜ、もう主催の連中は一人も残ってねぇ」
「なら、戦う理由は無いだろ」
「理由だと? ハッ、笑わせるなよ。
 男が、人間が、生物が戦うのに理由なんか要らねぇだろ。
 俺が戦いを止めると本気で思ってんのか?」
「……だろうな」

端から期待していなかったのか、ヴァンの語調にさしたる変化はない。
希薄な付き合いでも理解できるほど、志々雄の中にある闘争本能は明確なのだ。

「分かってんなら最初から聞くなよ」
「うるせえ」
「初っ端がアンタってのは些か不満だが、準備運動にはちょうどいいってもんだ」
「その言葉、そっくり返させてもらうぜ」

ヴァンにとって、全ての終着点とはカギ爪の男への復讐だ。
緑の人形も、黒の暴龍も、銀の月も、所詮は通過点に過ぎない。

「言ってくれるじゃねぇか」

軽口を叩きながら、腰に蓄えた剣に手を伸ばす志々雄。
合わせるように、ヴァンも蛮刀を構える。
もはやそこに言葉が介在する余地はない。
必要なのは、力のみだ。


――――カシャ、カシャ、カシャ、カシャ


闘争を遮るように響く足音。
これの正体については今更語る必要もない。
圧倒的な恐怖を以って、太古の時代から人間達を支配してきたゴルゴムの使者。
この殺し合いにおいても、多くの者に死と絶望を振り撒いてきた魔王。
世紀王・シャドームーン。

「くくっ、本命の御出座しってわけか」

だが、彼らに恐怖などない。
志々雄は薄く笑い、ヴァンは目を鋭く細める。
彼らにとってシャドームーンとは、己が倒すべき相手だからだ。
唯一の出入り口である木製の扉に視線を注ぎながら、それの登場を待ち構える二人。

――――だが、魔王は彼らの想像を超えていた。

白に描かれる亀裂。
その両端に掛けられたのは銀の指。
天地が鳴動し、轟音が世界を揺り動かす。
雷鳴のような音と共に、亀裂は左右に広がり始めていた。

「おいおい」

呆れ混じりに苦笑する志々雄。
摩訶不思議には馴れたつもりだったが、目の前の出来事には驚くほか無かった。
一見するとどの異端も無秩序に見えるが、それらにはそれぞれのルールが存在する。
例えばこの白い空間は、木製の扉からしか出入りできない。
しかし、目の前の光景にはそれがない。
他の異端に存在するルールを無視し、全ての道理を自分に従わせようとしているのだ。
見る見るうちに亀裂は広がり、やがて半径一メートルほどの穴へと変わる。
そして、銀の月が戦場を照らした。

「随分とけったいな登場じゃねぇか」

最後に相対した時と比べ、シャドームーンが身に纏う威圧感は段違いに濃さを増している。
翠緑の薄い光が彼を包み込んでいるようにすら見えた。
実際に見えるわけではない。
シャドームーンから溢れる威圧感が、他者の視界にすら影響を及ぼしているのだ。
例えるのならば一流の剣客が身に纏う剣気。
銀の甲冑、緑の複眼、黒の突起、紅の魔剣。
姿形に変化はないが、中身は今までと別物だった。

「貴様の剣が私を呼び寄せたのだ」

シャドームーンが指差した先にあるのは、志々雄の操る魔剣・ヒノカグツチ。
創世王を取り込んだことで、シャドームーンが会得していた空間干渉能力はさらに増大している。
nのフィールドに侵入し、ヒノカグツチから漏れる魔力を辿ってここを探し当てたのだ。

「俺を探してたのか? 光栄だとても言うべきかね」
「一つ聞かせてもらおう」

志々雄の軽口を意に介さず、シャドームーンは言葉を放つ。

「主催の者共が全員死んだというのは本当か」

脳を直接鷲掴みにされるような低い声。
常人ならその場で卒倒しかねないが、志々雄は笑みを深くするだけだった。

「ああ、その通りだ。
 V.V.も、鷹野三四も、薔薇水晶も、ラプラスの魔も、ついでに武田観柳も死んだ。
 V.V.が殺しちまったから、雑兵一匹残ってねえだろうな」

質問の意図を理解し、狡猾に笑う志々雄。
彼の知る範囲では主催側の生き残りは一人もいない。
鷹野や観柳といった幹部はもちろん、雑用を担当していた下っ端も消滅した。

「そうか、つまり貴様達と交わした仮初の協力は終わったわけだ」

シャドームーンと狭間が交わした契約の主な内容は二つ。
狭間がシャドームーンの首輪を解除することと、主催者の打倒にシャドームーンが協力すること。
これが果たされるまでは、互いに危害を加えることは禁じられていた。

だが、それは果たされた。

全ての首輪は解除され、主催陣営は全滅した。
つまり、契約は最終段階へと移行する。

「確か、V.V.をぶっ殺したらお前と決着を付けるんだったな」

蛮刀を一旦収め、懐からナイトのデッキを取り出すヴァン。
先の戦闘で力の出し惜しみが無意味と分かっているため、最初から全力を出す。
志々雄も同じようにリュウガのデッキを構えた。

「最終決戦ってわけか、面白くなってきたじゃねぇか」

カードデッキを前方に翳すと、両者の腰にVバックルが出現する。
この空間はミラーワールドに近い性質を持っているため、鏡面を介さずとも変身することができた。

「「変身!」」

掛け声と同時にデッキを装填。
幾重にも虚像が重なり、二人を漆黒の戦士へと変身させる。
ヴァンが変身したのは仮面ライダーナイト。
志々雄が変身したのは仮面ライダーリュウガ。
それぞれ幾つもの激闘を潜り抜け、最後の戦いに参加する資格を得た戦士だ。

「それじゃあ精々楽しませてもらうぜ、世紀王さんよ」
「私は世紀王を越えた、今は創世王だ」
「はっ、そうだったな!」

三人の戦士は同時に剣を抜いた。


  ☆ ☆ ☆


――――俺、子供嫌いなの知ってるでしょ?


北岡秀一がそれを自覚したのは何時の頃だっただろうか。
気が付いた時には、嫌いになっていたとしか覚えていない。
喧しいから、汚いから、暴力を振るってくるから、理由は簡単に列挙することができる。
しかし、今になって気付かされる。
本当の理由は別にあったことに。

「……つかさちゃん」

子供が嫌いだった本当の理由は、どうやって接すればいいのか分からないからだ。
大人の相手をするのは簡単だ。
金か権力があれば、大抵の相手は尻尾を振ってくる。
容姿にも話術にも恵まれている北岡にとって、大人ほど扱いやすい存在はない。
だが、子供は相手となれば話は変わる。
大人は理屈で押さえ込むことができるが、子供はそうは行かない。
逆上したり、泣き喚いたり、感情を剥き出しにしてくる。
そうなってしまった場合、北岡にはどうすることもできない。
それでも大抵の状況は無視できるし、いざという時は由良吾郎が何とかしてくれた。
しかし今は吾郎も居なければ、無視できる状況でもない。
自分一人の力で、つかさと向き合わなければならなかった。

「私には何も無いんです、お姉ちゃんみたいな立派な夢も、何も……」

嘆きの言葉を漏らすつかさ。
そんな彼女の姿を見て、胸が締め付けられるように痛む。
他人のことなのに、耐えられない程の痛みが心を蝕む。
今すぐ何とかしなければ自分諸共壊れてしまいそうな、そんな痛みだった。

懸命に言葉を探す。
依頼人との打ち合わせでも、裁判の時でも、ここまで本気になったことはなかった。
今まで培ってきた知識と経験、それらを全て駆り出して必死に探す。
スーパー弁護士を名乗るのだから、それくらいは出来て当然のはずだ。

当然のはずなのに、言葉が出てこない。

スーパー弁護士の経験も肩書も、少女の為には何一つ役に立たない。
北岡秀一という存在は、どうしようもないほどに無力だった。

「お姉ちゃんやゆきちゃんと違って頭も良くない、こなちゃんやみなみちゃんと違って運動もできない……」
「ッ……そんなの、関係ないよ」

耳を引き千切って、そのまま逃げ出したい欲望に駆られる。
だが逃げ出せば自分が一生後悔するであろうことを、北岡は深く理解していた。

「五ェ門さんやジェレミアさんみたいに戦えない、錬金術もアイゼルさんみたいに上手く出来ない」

つかさと北岡が出会ったのは、殺し合いが始まってから数時間後だった。
別行動を取っていた時もあるが、殆どの時間を一緒に過ごしている。
時間に換算すればおよそ丸一日、つまりは二十四時間。
決して多いと呼べる時間ではないが、無碍にできるほど少なくもない。
つかさを慰める材料など幾らでも――――

「だから、私が代わりに死んでればよかったんだ」


「ふざけるな!!」


思考が吹っ飛んだ。

「つかさちゃんが代わりに死んでればよかっただって?
 俺を、俺達を馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」

叫ぶ。
つかさが怯えるように見上げてくるが、そんなことは関係ない。
喉の奥から込み上げてくる言葉を我武者羅に叩き付ける。

「五ェ門もジェレミアも、つかさちゃんにそんなことを言わせるために戦ったんじゃない!
 つかさちゃんのお姉さんや他の奴らだってそうだ!
 自分の代わりにつかさちゃんが死ねばよかったって、本気でそう思うのか!?」

今まで全く出てこなかった言葉が、激流のように溢れてくる。

「断言するけどそんなこと有り得ない、絶対だ!
 五ェ門は拙者がしっかりしていればって後悔するだろうし、ジェレミアもまた守れなかったって嘆き続けるに決まってる!
 つかさちゃんのお姉さん達だって、今のつかさちゃんみたいに挫けちゃうんじゃないのか!?」
「でも、私……何も、出来ないから……」

身体を震わせながら、搾り取るような掠れ声を上げるつかさ。
今まで飄々としていた北岡の豹変に驚いているのだろう。
しかし、それでも声を荒げずにはいられない。
つかさの放った言葉は、それほどまでに北岡秀一という人間の逆鱗を逆撫でしていた。

「つかさちゃんが何も出来ないだって? それこそ謙遜もいいところだよ!
 料理してくれたり、リフュールポットを作ってくれたり、他にも数え切れないくらい助けてもらってる!」
「でも、でも、あの時……ジェレミアさんにルルーシュ君のことを言わなければ!」

第二回放送前の総合病院のことだろう。
北岡とつかさは事前に打ち合わせをして、ルルーシュの一件を隠蔽しようとした。
だがジェレミアの懇願に打ち負け、彼女は独断で本当のことを話した。
それが原因でジェレミアと五ェ門が小競り合いを起こし、その影響で襲撃者の対応が遅れてしまった。

「逆だよ」
「え……?」
「つかさちゃんがあの時本当のことを言わなければ、きっと取り返しのつかないことになっていた」

仮にあの場面で取り繕うことができたとしても、公式サイトで参加者の動向を把握できた以上いつかは破綻していた。
そうなった場合、ジェレミアとは決裂していただろう。
そうならなかったとしても、不信感が仲間内に漂うことになる。
そのような空気の中、果たして狭間は他人を信用することができただろうか。

「それだけじゃない。
 もしつかさちゃんに会わなかったら、俺と五ェ門はきっと仲違いしてたと思う。
 つかさちゃんの正しさに、俺はずっと救われてきたんだ」

五ェ門と北岡はあらゆる意味で正反対の人間だった。
それでいて互いに頑固であり、そのまま進めば衝突は避け切れなかっただろう。
だが、そこにつかさが入ることで彼らは上手く纏まることができた。
つかさを通じて、彼らは分かり合うことができたのだ。

「大体……何も出来てないって言うなら俺の方だ」

ボソッと呟く。

「最初にデッキを盗られて、ようやく取り返したと思ったら浅倉には負けそうになって……。
 それで、つかさちゃんに重荷を背負わせた」

まるで懺悔をするように、頭を垂れながら北岡は言う。
大きな背中は老人のように丸まり、普段の余裕を含んだ態度は微塵もない。

「これじゃあ何のために五ェ門が死んだか分からないじゃないか!
 本当に何も出来ないのは、一人じゃ何も出来ないのは俺の方――――」

そこまで言い掛けて、北岡の言葉は止まった。
目の前の光景に呆然としてしまったのだ。


「そんなこと……そんなことない!」


つかさが、泣いていた。


「北岡さんが何も出来てないなんて、そんなことあるわけない!」

嗚咽を漏らしながら北岡を見上げるつかさ。
その表情はこの世の終わりを嘆くかのように悲壮感に溢れている。

「北岡さんが居なかったら、私、きっとルルーシュ君を殺しちゃった罪悪感でどうしようもなくなってた」

つかさが初めて北岡に会ったのは、ルルーシュを殺害した直後だった。
恐慌状態に陥っていたため、まともに会話することもままならない。
その状況で浅倉が迫ってきていたため、北岡がいなければどうなっていたかは明白だろう。

「確かに今もルルーシュ君を殺しちゃったことはとても辛いです、それに、浅倉さんも……。
 でも、北岡さんが私にしなきゃいけないことを教えてくれたから、私はここまで来れたんです」

涙を制服の裾で拭い、つかさはゆっくりと立ち上がる。

「他にもいっぱいいっぱい、北岡さんに助けられてる
 だから自分が何も出来ないなんて、二度と言わないでください!」

そして、叫んだ。
その両瞳からは再び涙が溢れ、目は真っ赤に充血している。
彼女の表情はとても悲しみに満ちていて、同時に怒りが溢れていた。
あの呑気で穏やかなつかさが、北岡を相手に本気で怒っているのである。

「はぁ……はぁ……」

肩を上下させながら、つかさは深い深呼吸をする。
泣きながら叫んだため、一気に体力と酸素が不足してしまったのだろう。
無言の時間が続く。
つかさの迫力に気圧され、北岡は二の句を継げずにいた。

「あ、ご、ごめんなさい! 私……北岡さんにとても失礼なことを……」

だが、先に折れたのはつかさの方だった。
さっきまでの迫力は何処へ行ったのだと問いたくなるほどにあたふたし始め、何度も頭を下げている。
その姿は何処にでもいるような女子高生のものだった。

「こっちこそごめん、ちょっと弱音を吐いちゃったよ」

バツが悪そうに後頭部を掻き毟る北岡。
自嘲するように笑いながら、ぼんやりと虚空を見上げる。

「つかさちゃんを励ますつもりだったんだけどなぁ……」
「ううん、たくさん励ましてもらいました、おかげで私、立ち上がれました」

対照的に朗らかな笑みを浮かべるつかさ。
その目は真っ赤に腫れていて、涙の跡が今も残っているけれど。
心が限界を向かえていたはずの少女は、いつの間にか己の脚で立ち上がっていた。

「ま……それなら良かったかな」

力なく笑う北岡。
どんな形であれ、つかさが立ち直ってくれたなら満足だ。

「そう思わないと、やってらんないよ」

つかさに聞こえないように小声で言う。
正直なことを言えば、今にも逃げ出したいほどに恥ずかしかった。
こんなところを誰かに見られたら、二度と立ち上がれないかもしれない。
北岡自身も気付かぬうちに心を病みつつあった。
彼は大人であり、ここに来る以前も死と隣り合わせの環境にいたためつかさに比べれば耐性はある。
それでも命の重みがゼロになるわけではない。
五ェ門やジェレミアの死、そしてつかさに二度目の殺人を犯させたこと。
これらの要因は、じわじわと北岡の心を擦り減らていたのだ。

「つかさちゃんさ、ジェレミアの仮面を貰ってたよね?」

しばらく無言が続いた後、唐突に北岡は問い掛ける。
つかさは首を傾げながらも「はい」と肯定し、デイパックの中からオレンジ色の仮面を取り出した。

「その仮面を持ってるのはいいけど、着けようとは思わないでね」
「どういう……ことですか?」
「仮面を被っても、その人にはなれないんだよ」

北岡の発言の意図を測りかねているのか、つかさは難しい表情をしている。

「どんなに取り繕ったって、結局のところ自分は自分なんだ
 つかさちゃんはジェレミアにはなれないし、お姉さんにもなれない
 それどころか仮面を着けていると、だんだん自分の顔が分からなくなっていくんだ」

仮面ライダーとして戦っていた当初、北岡は誰よりも強かった。
不意打ちや騙し打ち、一方的な遠距離攻撃などあらゆる戦法を駆使した。
しかし、誰一人として殺せなかった。
いつの間にか真司や蓮と馴れ合うようになり、王蛇やタイガに追い詰められることも増えてきた。
病気のせいだと言い聞かせてきたが、実際は違う。
きつく着けていたはずのゾルダの仮面が剥がれ、北岡秀一という人間に戻りつつあったのだ。

「最後には自分が本当にやりたいことをやるしかないんだ
 たった一つの命なんだから、出来もしない他人の真似をするなんて馬鹿のすることだよ」

湿った溜息を吐き、北岡はつかさの顔をゆっくりと見下ろした。

「それに他の人の真似なんかしなくたってさ、つかさちゃんは十分魅力的じゃない
 あのビーフシチュー、とっても美味しかったよ
 調理師になりたいんでしょ? 
 今のうちからあれが作れるなんて、将来は絶対三つ星シェフだね」

スーパー弁護士の俺が言うんだから絶対だよ、と付け加える。

「そうですか? えへへ、嬉しいな」
「でも、八十点くらいかな」
「え、えぇ!? 何でですか?」
「俺はもうちょっと濃い目の味が好きなんだよ
 あ、そうだ。これが終わったら吾郎ちゃんに料理を習ってみたらどうよ?」
「えっと、どなたですか……?」
「あ、ごめん、まだ紹介してなかったね
 吾郎ちゃんは俺の秘書をやってくれてるんだ、料理も洗濯も掃除もボディガードもできちゃうスーパー秘書だよ
 俺の好みを知り尽くしてる吾郎ちゃんに教われば、つかさちゃんも俺好みの料理をマスターできると思うよ
 何なら俺直属のシェフでもやってみない? つかさちゃんなら歓迎するよ」
「え……えっと……考えておきます」

つかさは曖昧に笑いながら、視線を逸らすように下に向けた。

「こんな時にナンパですか? お熱いですねぇ」

と、ここで狙ったようなタイミングで新たに人物が登場する。

「クーガーさん!」

何よりも速さを信条とする粋でいなせな男、ストレイト・クーガー
トレードマークだったサングラスは無くなり、制服は血に塗れているが、それでも彼は笑みを浮かべている。
とても意地の悪そうな、満面の笑みを。

「……何時から見てたのよ」
「さぁ、何時からでしょうねぇ」
「覗きは女の子に嫌われるよ? あ~ヤラシイヤラシイ」
「三十路越えのおじさんが女子高生をナンパするのも相当ヤラシイと思いますよ?」
「お、おじさ……大体あれはナンパじゃないからね、つかさちゃんの料理が食べたいだけだよ」
「ほぉ~、貴方にそこまで言わせるなら俺も食べてみたいですな、ってわけでつばささぁ~ん!!」
「ええええ!? 今から料理ですか!?」

突然矛先を向けられたからか、つかさは慌てふためいている。
その姿にかつての陰りは存在しなかった。

――――彼女がとっくに忘れているかもしれない一つの事実。

些細だけれど、とても大事なきっかけ。
つかさが外国人に絡まれていたところを、こなたが助けた。
それが彼女達の馴れ初め。
この出会いを介して交流が始まり、こなた、つかさ、かがみ、みゆきの四人組が生まれた。
そこからさらに輪が広がり、今の彼女達の交友関係がある。
ゆたかが、みなみが、ひよりが、パティが、みさおが、あやのが、ゆいが、ななこが知り合ったのも。
ある意味では、この出来事が発端と言える。
この幸運があったからこそ、彼女達の星は輝き始めたのだ。
かがみやみゆきのように頭は良くないかもしれない、こなたやみなみのように運動は出来ないかもしれない。
しかし、つかさには人と人を結び合わせる力がある。
誰に対しても分け隔てなく接する力こそ、彼女が元来から持ちえる星だった。

「っと、何時までもこんなことはしてられませんね」

最初に切り出したのはクーガーだった。

「そうだな、そろそろどうするか決めないと」
「とりあえず伝えなければならないことがあります
 さっき立ち寄った部屋に、V.V.の死体がありました」

死体と聞き、つかさは僅かに肩を震わす。
殺し合いの首謀者たるV.V.の撃破は、北岡達にとっては本懐だったはずだ。
だが、既にそれが果たされているらしい。

「でも、殺し合いは終わってないよ」
「まだ黒幕が残っているか、あるいは主催者が居なくなっても殺し合いは止まらないのか……」
「どっちにしても、あの志々雄が戦いを止めるとは思わないけどね
 それに主催者が全滅したなら、またシャドームーンが敵に回ることになる」

事態は悪化し、一刻を争う状況になっている。
これより先、待ち構えているのは血に濡れた道。
戦わなければ生き残れない地獄だ。

「……つかさちゃん、話を聞いて欲しい」

ネクタイをきつく締め直しながら、北岡はつかさに向き直る。

「今まで散々助けてもらっといて難だけどさ
 これから俺達がやる戦いは、つかさちゃんが活躍できる場所じゃないと思う
 だから、出来るなら安全な場所に隠れていて欲しい」

王蛇やランスロットも強敵だったのは間違いない。
しかし、志々雄とシャドームーンは次元が違う。
主催者の恩恵を授かっている志々雄はもちろん、シャドームーンの強さは今更説明するまでもない。
これ以上つかさを危険に曝すことはできなかった。

「つかさちゃんが役に立たないってわけじゃないよ。でもつかさちゃんが活躍できるのは戦場じゃない」
「……ありがとうございます、こんな時にまで優しいんですね」

つかさに優しいと言われるのは二度目だ。
あの時も悪い気はしなかったが、今度はさらに忌避感が減っている。
五ェ門やつかさの影響でお人好しになってしまったのだろうか。

「でも、私も行きます」
「……本気?」

呆れ半分に北岡は尋ねる。

「はい、北岡さんの話を聞いて、私もやりたいことが見つかりました
 他の人の真似じゃない、私自身が本当にやりたいことです」

つかさの目からは危うさが消え、確固たる意思と覚悟が光っている。
その目を北岡は今までで二回見ていた。
浅倉を倒しに行く直前と、ランスロットとの戦闘の最中。
こうなった時のつかさが頑固で譲らないことを、北岡はよく理解している。

「ま、そう言うと思ってたよ
 それにあの契約に従うなら、最終的に全員で戦わなきゃいけないみたいだからね
 だったら一人で隠れてるよりも、俺達と一緒に居た方が安全か」

シャドームーンと狭間が交わした契約によれば、最終的に生き残り全員とシャドームーンが戦わなければならない。
つかさが一人で逃げたところで、自分達が敗北すれば意味はない。
もはや自分達は一蓮托生と呼べる段階まで来ているのだ。

「じゃあそろそろ行きますか」

会話が終わったのを見計らい声を掛けるクーガー。
北岡とつかさは首肯すると、彼は素早い動きで部屋の出口へと向かった。

「なぁ、クーガー、一ついいか?」
「何です?」

廊下へと繰り出してしばらくした後、北岡はクーガーの隣に並ぶ。

「アルターだっけ、それの影響で長くないってホントなの?」

公式サイトへの侵入に成功した際、全ての参加者の経歴や動向を頭の中に叩き込んでおいた。
その中で気になったのが、クーガーの寿命が長くないという事実。
不治の病に侵されていた北岡にとって、同じような立場の人間が居たことは奇妙な繋がりを覚えさせた。

「ええ、色々と生き急いじまいましたからね」
「怖くないの?」
「怖い、ですか。今まで考えたこともなかったですね」

あっけらかんとした様子のクーガーに、北岡は疑問を抱く。
北岡の病は進行性のものだが、クーガーのアルターは使用しなければ寿命が削られることはない。
その気になれば、普通の人生を送ることもできただろう。

「怖いって言うなら、俺は死ぬことよりも何も出来ないことの方が怖い
 俺の速さを証明するためなら、命だって燃料にして走り続けますよ」

ニヤリと笑うクーガー。

「そっか」

そんな彼を見て、北岡は短く返事をした。


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170:ハカナキ者達の宴-Aurora Dream- Ⅲ 志々雄真実 173:叶えたい願い-志々雄真実
ヴァン
ストレイト・クーガー
シャドームーン
翠星石
柊つかさ
北岡秀一



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