「行ってこい、父親を待ってる」、という一同で唯一の男所帯ジェイスのそっと背を押す感触を最後に、入室した先で――。
「あぁ、ああぁ……!」
母親の腕に抱かれる小さな赤ん坊を目にした途端、両目から熱が止め処なくあふれ出した。
この小さな命はリチャードの兄、 ルーファスと 侍女長との間に生まれた、彼の生きた証だった。生前、貴族として嫡子を残すため、側室として 侍女長と関係を持った結果、偶然にも彼の子を宿すことになったのだ。
当時は 神祖はおろか、本人すら懐妊の事実を知らないことだったが、 神祖滅殺以降にその事実が判明し、リチャードが父親となり育てることになったのだ。
「ありがとう、この子を産んでくれて。ありがとう、この世に生まれてきてくれて」
兄さん、兄さん……天国でも見えるかい?この愛おしい小さな命の宝物が。あなたの生きた証はちゃんと、福音の鐘みたいに優しい鼓動を鳴らしているよ。僕たちの新西暦に産声を上げてくれたこと、それが嬉しくてたまらないんだ
待望の兄の忘れ形見を前に胸を張れる自分であろうと努力し苦悩した日々は、しかしその幼子を前にした今、悩みも迷いも消し飛んだ。
「君に伝えたいことがたくさんあるんだ。少しだけ悲しいこともあるけれど、それでも教えてあげたい希望が……。笑顔で誰かに託せる想いが、この星にはたくさんたくさんあるんだよ」
そう、永遠なんて必要ない。そんな思い上がりは要らないのだと、心の底から理解できた。愛して、信じて、必死に歩んだ足跡をいつか時代へ譲ること。この子達が生きる世界に胸を張ってバトンを渡すという喜び。それこそ神様の忘れてしまった人間の素晴らしさだと思えた今、新たな理想を掲げることに戸惑いはない。
騎士ではなく、新米の父親として―――そして、ただのリチャードとして。
「僕が必ず、君の明日を守り続けて見せるから。いつか君が誰かの明日を守れるような、強くて優しい大人になるまで。絶対に、絶対に……っ」
それは何も難しいことなんかじゃない、幸福の青い鳥と同じで、どこにでもある。誰にだってできる。この世に生まれてきただけで、誰もが幸福になれる世界に僕たちはとっくに辿り着いていたと分かったのだ。
なぜなら―――。
「人間は、誰かを幸せにするためにこの世に生まれてくるのだから」
それはかつて、不出来な弟を親代わりとして育ててくれた自慢の兄のように。そして、その兄の忘れ形見を愛し守ると誓う自分の様に。
その誕生と成長を喜び、幸せを願う誰かがいる限り、生まれてきた子たちは皆幸福になれるのだから―――。
“―――おまえは、必ず偉大な兄の代わりに成れる”
今ここに、神無き大地を希望で照らし、次代に愛をもたらすべく高らかに鳴り響く福音の鐘――生者救済の讃美歌。
「生きてくれ……!」
この小さな命に幸在れと願い―――、リチャードは万感の思いをもって幼子を撫でた。
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―――そして。 |
―――小さな命の誕生をもって、最後の奇跡は創生される
―――彼方の蒼穹に消えた記憶と共に、親友との誓いが蘇る。ならばこそ、誓いを果たすのは今この時
さあ、今こそ───別離の先に再会を
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