悠久山安慈(るろうに剣心)

「悠久山安慈(るろうに剣心)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

悠久山安慈(るろうに剣心) - (2020/05/02 (土) 23:20:06) の最新版との変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

&font(#6495ED){登録日}:2009/10/01(木) 19:28:35 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 12 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- &ruby(ゆうきゅうざん){悠久山}&ruby(あんじ){安慈} 漫画『[[るろうに剣心>るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-]]』に登場人物。 [[志々雄真実]]が率いる「[[十本刀]]」の一人。 「十本刀」の中では[[瀬田宗次郎]]、[[魚沼宇水>魚沼宇水(るろうに剣心)]]と並ぶ実力者であり、志々雄も高く評価している。 1845年11月生まれ。年齢は初登場時、数え年34歳(満32歳)。 CV:原康義 演:丸山智己 仏門に身を置きながら、不殺生の戒律を破った破戒僧。 筋骨逞しい巨体で、僧兵に似た服装をまとい、頭には布を白い布を巻いている。 目の下は隈取のように黒くなっている。 『“明王”の安慈』と呼ばれており、「生殺与奪」(自分の判断で敵を生かしても良い)を条件に「十本刀」へと加わった。 過去の経緯(後述)もあってか、志々雄によると&b(){「十本刀中最も情け深い」}とのこと。 一方で&b(){「その情けを遥かに凌駕する憤怒をもって動いている」}とも評されている。 また、京都へ向かう途中であった[[相楽 左之助]]に&b(){「[[二重の極み]]」}を教えたのも彼である。 そして決戦の時、一番手に出て来た相手が彼であり、左之助と拳を交え圧倒するも、左之助の「三重の極み」によって敗れた。 志々雄の死後は警察に出頭し、懲役25年の判決を受けて北海道の仮設集治監で服役。 その昔は東北地方にあった貧乏寺の和尚であり、身よりの無い子供達と一緒に過ごしていた。 (この頃の安慈は、同一人物とは思えないほどの、ひょろっとした体で怒ることも苦手な優男であった)   廃仏毀釈((仏教排斥運動の総称。日本においては明治元年に発令された神仏分離令を指す。国家神道の特別さを強調するため、神仏習合でグダグダになっていた神道と仏教をはっきり分けようという趣旨だったが、調子に乗った神官が煽って排斥運動にまで発展した。))により立ち退きすることになったが、安慈らが引っ越しをする前、 「ぐずぐずしてると他の村に明治政府からの恩恵を持って行かれる」と入れ知恵された村長の手により、子供達と共に寺を燃やされた。 この時、安慈は滝に打たれ、精神を清めていたところを寺が燃えてることに気づき、子供達を助けようとするも、村長の刺客に闇討ちされ、気絶する。 次に目が覚めた時には既に手遅れで、子供達は無惨に焼け死んでいた。 このことにより"明王"の安慈が誕生することとなった。 その後5年に渡って体を徹底的に鍛え、村長を殺害し復讐を果たすが、事の発端でもある明治政府への恨みは晴れず、志々雄一派に加わる。 常に懐に持っている位牌は子供達のものであり、復讐の気持ちを忘れないための戒めである。 余談だが、作者は彼にはかなりの思い入れがあるらしく(その証拠に読み切り版では、彼に似た人物が何回か登場した)、 単行本の13巻の「制作秘話」にて、彼の後日談を書きたいとも言っていた。 ただし、北海道編で後日談が描かれた場合、死んでしまうはずだった。 そもそも左之助戦も別の展開が用意されていたらしいが「長くなりすぎる」という理由でカットされたという。 ……そして本当に北海道編が開始し、安慈も登場しているため死亡フラグが立った状態になっているが、果たして。   **・「二重の極み」とは? 安慈が10年かけて編み出した拳打。 その威力は巨大な岩を軽々と粉々にするレベル。 馬鹿力と同じと思いきや、普通砕けるだけのものが粉々になるという違いがある。 要するに同じく二重の極みで相殺する以外には実質防御不可能な技。 基本的には殴打を必要とするので、回避は可能。 フタエノキワミ アッー! **・大まかな仕組み 大まかには一度目の打撃のみでは抵抗が生じて完全には破壊出来ないため(前述の通り岩だと砕けるだけに留まる)、 二重の極みにおいては、同じ個所へ超素早く二撃目を繰り出すことで完全に対象を破壊する…と言った趣旨の技。 作中では二撃目までの間は1/75秒とされている。 基本の型は指の付け根の間接だけを伸ばした握り拳の状態で初撃を打ち込み、 その直後に付け根の間接を曲げ、付け根の間接による二撃目を打ち込む。 そして作中の使い手達はそもそも岩を素手で砕けるほどの力があるため、まさに防御不能。 なお、それっぽい説明がされているがもちろん現実には当てはまらない。 やってみれば分かるがこの方法(基本の型)では、同じ箇所への精密な高速連撃自体がほぼ不可能。 それと普通に一発殴った方がダメージもまず大きくなる。 一応、普通に殴る場合と力が変わらない・一撃目で対象が壊れたり吹き飛んだりしていない・対象内部で跳ね返った一撃目の打撃の衝撃波が増幅するように二撃目を放つ、 などの条件を満たせれば、理論上は威力が増すと思われる。 要するに風呂場などでタイミングよく水を連続で叩くと波が増幅するのと似た要領で、理論だけならそこまで間違っていないように思える。 ただこの様な具体例と違って想定する対象(人や岩)への衝撃波はすぐに大きく減衰していくため、とてつもない速度を要求される上に対象の構成物質や大きさなどによって理想の二撃目のタイミングも変わる。 やはり非現実的だと言わざるを得ないだろう。 それと原作の解説を見ても二重の極みを習得したからと言って相殺は出来ない気がするが…多分二重の極みを応用して二撃目のタイミングをズラしているのだろう。 ちなみにこの技は[[空想科学読本]]でも言及されている。 尚、腕にかなりの負担(ダメージ)がかかるようで左之助は安慈戦で連発しまくったのがきっかけで最終的にドクターストップがかかった。 が、両手で行うことで負担を軽減しその後も乱用。 「それじゃ某テニス漫画の波動球と同じじゃないか」って? 何のことだかさっぱりわからん それに、コッチの方がはるかに先。 なお時期的に糞村長を殺害した時はまだ習得できていないのがわかる。 ちなみに左之助は右手でしか(キネマ版では左手も)二重の極みを打てないが、安慈は全身の至る所で放つことができる。 作中では両手・両肩・両肘・両膝・両足で二重の極みを放っており、その気になれば頭突きでも放てると思われる(左之助の推測)。 それに留まらず、携帯した刀剣を地面に突き刺し、波動で間接攻撃する事なんて芸当も披露している。((ゲーム「炎上!京都輪廻」では左之助も二重の極みのミス演出としてこの遠当て攻撃を使える。)) 再筆版ではなんと横隔膜でも二重の極みを使える。口から衝撃波を出すんだとか(炎を霧散させる対志々雄用の切り札)。 作者も公言しているがモデルはアンジーというバンドのヴォーカル水戸華之介であり、 水戸華之介は目の回りを黒くメイクしバンダナを着用。 ちなみに名前も「アンジー」→「あんじ」→「安慈」である。   彼のテーマソングは「心は傷つき過ぎて」。安慈に相応しい、堪えきれない悲しみを表す曲である。流石は阿久悠先生 安慈のパンダメイクの正体は預かっていた子供の一人、椿の焼け焦げた死体の煤(スス)。 椿は寺を焼きはらったクソ村長と対立関係にあった前村長の娘で肩身の狭い思いしていた。 微妙だが安慈とのフラグも……それを思うと何とも切ない。ちなみに安慈が手首に付けている細めの数珠は椿の形見。 皮肉にも、温厚でろくに子供達を叱れなかった安慈に「たまにはちゃんと怒った方がいい」と教えたのは彼女である。 ''明王''と化す直前にもその言葉を思い出していた。 *・実写映画 実写映画版では丸山智己氏が演じる。 京都大火編から登場しているが、本格的な活躍は伝説の最期編。 煉獄に乗り込んできた左之助と対峙。尚、本作では修行エピがない為、新京都編と同じく左之助とはこれが初対面である。 端的に言えば、戌亥番神の上位互換と言うべき戦闘力を誇り、単純な格闘で左之助を半死半生にまで追い込んだ。 左之助の首を極め、トドメを刺そうとするが、咄嗟の機転で左之助は傍にあった油を頭から被り、尚且つ安慈の脇を擽るという方法で拘束から抜け出す。 隙の出来た安慈の股間にアッパーカットを決められる。安慈「アッーーーーーー!!」  そのまま安慈はトドメのスープレックスをかまされ失神。なんとも締まらない最後であった。 その後、立ち去る間際、捨て台詞をはこうとした左之助の目前で警官隊の放った砲弾が炸裂。この時に死亡した可能性が高い。 残念ながら二重の極みは使用せず(それっぽい攻撃は一度あったが)。 その代りなのか、志々雄が左之助に二重の極みらしき技を使った。 余談だが、実写版の左之助にとっては二人目の聖職者との勝負だったりする。 本人も「キリシタン(番神)とやったことはあるけどよ、坊さんと戦うのは初めてだぜ」と自嘲している。 Wiki篭もりがこの項目を閲覧し、追記・修正するその時まで明王の安慈は負ける訳にいかぬのだ! #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,24) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #areaedit() - この人のセリフの中に「この子達の魂が輪廻の輪にのり再びこの世に転生するまで明王の安慈は負けるわけにはいかんのだ」という言葉に非常に重みがあった。西谷のラノベとは重みが全然違う。 -- 名無しさん (2013-11-09 22:34:24) - 目のすすが落ちないのは多分怒りと怨嗟の念が強すぎるからなんだろうな。だけどそれじゃ椿ちゃんが可哀想。 -- 名無しさん (2013-11-10 10:01:13) - ↑でもいずれは消えるか、限りなく薄くなると信じたい。剣心の十字傷のように。 -- 名無しさん (2014-01-22 22:44:50) - 普通の筋肉キャラと違って、 &br()筋肉量=恨みと悲しみと怒りの量 &br()なんだよな。 -- 名無しさん (2014-01-22 22:51:42) - 独善の塊のような敵だったな -- 名無しさん (2014-01-22 22:57:08) - こういう人は嫌いではない。重荷を背負っちゃったんだろうね。 -- 名無しさん (2014-03-01 11:04:23) - あの体から五年で鍛え上げたのだからとんでもねぇな・・・誰かに師事せずだとするとさらにすげぇ -- 名無しさん (2014-03-01 11:54:47) - 哀しき悪役の一人 -- 名無しさん (2014-03-01 12:21:25) - ↑悪役かなぁ?私には彼が悪には見えなかったがなぁ -- 名無しさん (2014-04-28 12:24:12) - キネマ開始時点で左之助に二重の極みを伝授済み -- 名無しさん (2014-04-28 12:32:31) - そりゃ安慈和尚と比べたら、人誅編のバンダナ野郎は左之助から見ると見劣りしただろうな -- 名無しさん (2014-06-07 16:33:45) - 人誅編は出がらしみたいなしょっぱいイロモノしかいないからなあ・・・wあれはバトルより剣心の贖罪の締めくくりを主題にしてるしw -- 名無しさん (2014-06-15 12:46:54) - ↑2一回故郷に帰った時に「こちとらその鬼を易々踏み砕く明王さまと互角に張り合った身だぜ」みたいなセリフ言ってるし、左之助の人生に相当なインパクトを残してる人物だよな。下手したら剣心や斎藤以上かも -- 名無しさん (2014-06-18 19:29:36) - とても昔の姿と今の姿が同一人物と思えない、それほど苦悩と怒りが変えてしまったんだろうな。 -- 名無しさん (2014-06-18 19:37:46) - そりゃあんなことされりゃ明王にもなりますわ。 -- 名無しさん (2014-06-25 14:47:04) - 再筆版だと「ゴッドシグマの技を使うザ・シング」という作者のオタク趣味丸出しのキャラにされてたな。悲劇的な安慈和尚にこういうネタはちょっと・・・w -- 名無しさん (2014-06-25 16:50:47) - コイツを悪と言い切るのはちょっと俺には抵抗があるな -- 名無しさん (2014-08-02 13:05:35) - 悪いのは子供たちを殺した村長たちだしな。 -- 名無しさん (2014-08-02 13:08:23) - 左之助の二人目の師匠 -- 名無しさん (2014-08-04 15:46:00) - 悪を背負う悪童と、独善を抱え込んでしまった羅漢。いい対比だよなこの2人は。 -- 名無しさん (2014-08-04 18:05:22) - 私怨で殺してるだけなら縁と変わらない。村長以外にも平気で殺してただろうしヴィジョンも無いから止まらないし -- 名無しさん (2014-08-04 21:00:50) - ↑安慈は幸せそうなのがムカつくという腹いせで人を殺したりしないと思うが -- 名無しさん (2014-08-04 21:57:46) - 北海道編において味方として再登場、死んでしまうけど最後の最後に救われるというプロットを是非連載時見たかった・・・ -- 名無しさん (2014-08-04 23:12:17) - ↑3 安慈は無意味な殺傷はやらない主義だと原作でも説明されてるんだが -- 名無しさん (2014-08-05 00:13:05) - 仲間を救えずに修羅になったり、マッチョになるのはちょっと戸愚呂に似てるかも -- 名無しさん (2014-08-05 12:15:53) - 世が世なら武神になれた男 -- 名無しさん (2014-08-05 13:33:46) - ↑×3作中でも、操殺そうとした宇水さん取り押さえて操を助けてるしな。 -- 名無しさん (2014-08-06 19:05:16) - 志々雄の活動に手を貸したのはどうかと思う、志々雄の作る新時代はどう考えても作中の明治政府よりクソだったからな -- 名無しさん (2014-08-14 13:32:39) - ↑志々雄の作る新時代が自分の救世にそぐわない場合は反旗を翻すって言ってるし子供達の死の元凶とした明治政府をぶち壊すことを優先したんだと思う -- 名無しさん (2014-08-15 17:12:07) - 炎を統べるで人質の子供たちを助けたのは安慈という展開には納得。 -- 名無しさん (2014-09-04 20:43:42) - せめて温情は欲しい26年の投獄はあんまりだ。 -- 名無しさん (2014-09-04 20:59:43) - 20年以上でも十分恩情貰ったほうじゃない?テロ実行と国家反逆やって死刑どころか終身刑にすらならんかったし、明治政府のお偉方も他の連中と同じく投獄でも使えるなら使う気でいたんじゃなかろうか。 -- 名無しさん (2014-09-06 22:02:32) - わずか五年で二重の極み、よっぽど子供たちのことが心にあるから出来たんだろうな。 -- 名無しさん (2014-09-06 22:05:23) - 率先してロリを助ける辺り流石だと思った -- 名無しさん (2014-09-06 23:41:56) - 二重の極みの発想はどこから来たのだろうか -- 名無しさん (2014-09-07 01:27:43) - ↑5 むしろ政府側としちゃ死んでもらいたかった相手だと思う。他の奴は「志々雄に心底惚れた忠臣」か「勝ち馬になりそうな志々雄に付いただけの特殊技能保持者」だが、安慈だけは「政府の政策の弊害で悲劇にあった被害者」だからな。下手なとこからバレたら都合の悪いことが起きそうだけど、志々雄の件解決の功労者達から多分嘆願もあったろうし、それ無視したらそれはそれで怖いから長期服役で妥協したんだろう。 -- 名無しさん (2014-09-08 00:43:20) - 偽官軍事件はまぁあれとして、るろ剣の明治政府ってなんというかホント陰湿な政府だよね。大久保卿死んでロクな政治家がいなくなったっていうのが心底納得できるというか --   (2014-09-08 02:13:10) - ↑4 まぁ、ぶっちゃけ十本刀の中で子供達助けてくれそうなのが他に方冶かよくて一緒に遊んでた宗次郎、後は不二くらいしかいないから由美の「子供たちを助けてほしい」という依頼に応じる上での志々雄が考えた人選だろう -- 名無しさん (2014-09-08 02:19:12) - 関節あってこその技だと思うんだが、頭突きで二重の極みってどうやるんだろう…ヘッドバンキングみたいにガガンと打ち込むだけじゃ「ただの二連撃」だしなあ -- 名無しさん (2014-09-08 02:39:50) - ↑2 身内に売られて遊郭に入り、面倒見てくれたお姉さんが目の前で惨殺された上に海外の変態に売られそうになり、挙げ句刃物を突き付けられたところで鉄拳一発で怪我人も出さずに救ってくれた安慈は子供達からすればまさに仏だったろうな。子供から見たら十本刀が12神将かなんかに見えたんじゃないか、あれw -- 名無しさん (2014-09-08 03:16:13) - 勝つにはふ -- 名無しさん (2014-09-08 03:24:10) - ↑間違えた。勝つには二重の極みを攻略するか速さで翻弄するしかないから宇水じゃ勝てなくない?てか遠当てがチート過ぎる。 -- 名無しさん (2014-09-08 03:27:42) - ↑5剣心のモチーフたる河上彦斎が謀殺された二卿事件や、適当過ぎる判決文で処刑された元集議院議員・雲井龍雄など、史実の太政官もかなり無茶苦茶やっているから、この世界の太政官も迷走していてもおかしくない。 -- 名無しさん (2014-09-08 05:35:48) - ↑それに比べてアニメ版天草編の明治政府の温情っぷりは剣心に「西南戦争の西郷さんの二の舞はしたくない」と語った川路さんが頑張ったんだろうが、やっぱ異常だわ…w -- 名無しさん (2014-09-08 17:29:30) - 天草編は西欧が半分足突っ込んでたからな。あそこで天草一派を処刑すると下手すりゃ西欧組が介入してくるし。 -- 名無しさん (2014-09-09 00:55:03) - ちょっと実写のは酷すぎると思うわ。あんなコチョコチョとか金的攻撃とかのコメディシーンにされてて愕然としたぞ。ちょっと許せんよなあ…出ない方がマシだろ -- 名無しさん (2014-09-14 22:35:12) - 実写版は左之に仲間の過去や目的を語ったけど、敢えて自分語りはしなかった辺りにシブい雰囲気があって格好良かった。まぁ、その後のシーンは左之にカッコ悪く『させられた』感が強かったけど(笑) -- 名無しさん (2014-09-15 00:05:45) - 言うほど悪く無いと思ったがね。左之助が勝つにはあんな感じにするしかなかったんじゃない?というか実写版と原作が違うのは今更なことだから気にしたら負けかと。 -- 名無しさん (2014-09-15 00:24:17) - アレを悪くないというか。はっきり言って原作と違う云々抜きにしても酷いぞ、もはや別キャラでいいだろつーか別キャラでやってくれよ -- 名無しさん (2014-09-15 00:28:09) - カエル食ってるシーンが何気に好きなんだがw -- 名無しさん (2014-09-15 15:01:28) - 左之のポジション(コメディリリーフ)の巻き添えにされた感が強いなぁ。番神は元がアレだからいいけど、和尚は背負うものが重過ぎるだけに壮絶な違和感が… -- 名無しさん (2014-09-15 15:12:06) - 二重の極みが無いにしてもクロスカウンターで左之助が勝つみたいな風にしてくれりゃ良かったのに… -- 名無しさん (2014-09-15 20:03:19) - 実写版の二重の極みって一発目に左之助殴ったやつがそうじゃないの? -- 名無しさん (2014-09-16 08:21:58) - 実写版はせめてキワミを入れてくれれば…。まあ、強かったけどね。 -- 名無しさん (2014-09-16 22:03:37) - 安慈をギャグキャラにしてしまうなら、カットして斉藤と宇水にもっと戦ってほしかった。 -- 名無しさん (2014-09-18 22:07:53) - ↑2ていうか最後の志々雄戦で左之助が攻撃要因として全く機能しなかったのは和尚にボッコボコにされすぎてたからだと思う。安慈の扱いは最後の負け方が悪いだけで、左之助の株は志々雄戦のおかげで落としてないし。フェードアウトよりはマシと思うしかない -- 名無しさん (2014-09-22 22:44:15) - 清里明良みたいな好青年 -- 名無しさん (2015-10-24 16:40:51) - 訂正。清里明良や新井青空みたいに普通の好青年だった優男があんな修羅みたいな感じになる辺り、安慈の心の傷の深さは計り知れないな。 -- 名無しさん (2015-10-24 16:46:31) - 中学くらいだったかな、単行本で読んで本気で泣いた、「明王の安慈は負けるわけにはいかんのだ」も「痛いって泣いてるじゃねェか」も両方重みが伝わるのが尚更つらい -- 名無しさん (2015-11-11 21:33:51) - 和月先生のコメントで安慈について「一つの物語の中で一人のキャラを救うことは並大抵ではない」みたいなことが書かれていて、なるほどなぁ…と感じた。キャラに深く入り込む和月先生の性格がよくわかる話だった -- 名無しさん (2015-11-12 15:12:52) - ↑1,2 和月先生の気合いが溢れ出ていたよな それにしたって5週以上かけて和尚が心停止になって…みたいなもう一捻りまでやろうとしてたって初期構想はくどすぎだったと思うがw -- 名無しさん (2015-11-12 15:15:20) - アニメ版も個人的に台詞多くてくどかったな、それだけ原作に訴える力があったって事なんだろうけど -- 名無しさん (2015-11-12 20:23:38) - 完全に善悪という浅い理論では語れない人物。志々雄を含めて十本刀にはそういう登場人物が多いが、安慈は正にそれだった。 -- 名無しさん (2015-11-17 16:12:59) - 善の心が残ってた -- 名無しさん (2015-12-12 19:23:52) - "極めるとはこういうことだ" が最高にカッコ良かったと同時に左之助どうやって勝つんだよ……ってなった記憶がある -- 名無しさん (2016-03-11 21:27:45) - ↑3 基本的に、るろ剣は「人間の物語」なんだよね。単なる邪悪の化身めいた存在はいない。しいていえば比留間兄弟だの村長だののようなゲスだが、彼らだって血の通った人間なのは間違いないのだし -- 名無しさん (2016-03-11 21:53:32) - 安慈は新月村をはじめとした志々雄に支配された村を目の当たりにしなかったのだろうか あれ見たら速攻反旗を翻すと思うんだが -- 名無しさん (2016-08-29 00:17:55) - 志々雄の支配下の世の中は、確かに救世もへったくれもないものだが、十本刀だったときの安慈は、それがたとえ目に入っても、脇に置いてしまうくらい、子供たちの仇の明治政府の世の中憎し、彼らのためにも力で以てそれを破壊して世の中変えるのがまず先決だ、という気持ちというか怨念が先立ち過ぎていたのじゃないかな。あの集団で一番紳士的、理知的に見えても、やはりどこか狂った部分があったから、世の中ひっくり返した後の方向性が合致しなければ反旗を翻すつもりながら、志々雄に与した。 -- 名無しさん (2016-09-29 15:01:56) - 安慈と志々雄の方向性なんて合うはずないけどな。 -- 名無しさん (2016-09-29 16:18:44) - 北海道編始まるらしいな。再登場しそうで楽しみだわ -- 名無しさん (2016-12-05 22:57:45) - 北海道編やるってことは死亡フラグが立ったということでもあるんだよなぁ… -- 名無しさん (2017-01-04 22:49:50) - 左之助が認める以上に尊敬する数少ない男。明治政府に恨みを持つシンパシーを感じるのと、同じ男として信念を持ち極めた男への敬意もあるんだろうな。 -- 名無しさん (2017-09-27 20:12:05) - ↑4安慈の望む世界は弱者でも生きれる綺麗な世界、志々雄が望むのは純粋に強い奴がのさばる世界だからなぁ。絶対合わない。 -- 名無しさん (2018-04-16 01:40:10) - まさか椿さんも、自分の一言で、安慈があんなことになるとは思ってなかったろうな……; -- 名無しさん (2018-04-16 09:24:40) - 安慈の物語の続きと締めくくり、勿論宗次郎や不二、縁もだけど、を見るためにも、北海道編の復活は嬉しい。 -- 名無しさん (2018-04-28 23:25:14) - アニメだと過去の話を1話使ったり、死んだ子たちが現れて改心したけど。見るのが辛かった。 -- 名無しさん (2019-11-11 02:57:00) - 二重の極みって修羅の門の無空波の上位互換かも。破壊力はこちらが上でさらに極めれば手足以外に短刀等でも使用可能だから。最も当たらなければ良いと言う点は同じですが -- 名無しさん (2020-03-21 09:41:22) #comment #areaedit(end) }
&font(#6495ED){登録日}:2009/10/01 Thu 19:28:35 &font(#6495ED){更新日}:&update(format=Y/m/d D H:i:s) &new3(time=24,show=NEW!,color=red) &font(#6495ED){所要時間}:約 12 分で読めます ---- &link_anchor(メニュー){▽}タグ一覧 &tags() ---- #center(){ &bold(){&sizex(5){この子達が輪廻の環をくぐり再び転生するその時まで…}} &bold(){&sizex(6){“明王の安慈”は負けるわけにはいかぬのだ!}} } [[漫画]]『[[るろうに剣心>るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-]]』の登場人物。 目次 #contents *【[[プロフィール]]】 生年月日:弘化2((西暦1845年))11月 年齢:34歳((満32歳)) [[身長]]:193cm   体重:110kg   [[血液型]]:A型 好きな言葉:救世 嫌いなこと:無益な殺生 [[CV>声優(職業)]]:原康義  演:丸山智己 *【概要】 [[志々雄真実]]が率いる「[[十本刀]]」の一人で異名は『“明王の安慈”』。駒形由美や[[瀬田宗次郎]]からは「安慈和尚」とも呼ばれている。 外見は目の下の隈と全身を覆う筋肉が特徴。 僧兵に似た服装をまとい、頭には白い布を巻いている。 元は東北地方にあった貧乏寺の和尚で、この頃の安慈は、現在とは同一人物とは思えないほどの、ひょろっとした体で怒ることも苦手な優男であった。 しかし、後述の悲劇からこの世に「救世」をもたらす目的で志々雄の十本刀になることを受け入れた。 また、京都へ向かう途中であった[[相楽左之助]]に&b(){「[[二重の極み]]」}を教えたのも彼。 左之助にとっては相楽総三に次ぐ第二の師匠とも言える人物。 *【人物】 仏門に身を置きながら、不殺生の戒律を破った破戒僧。 元々は心優しい人物であったが、過去の悲惨な事件(後述)以来、明治政府を激しく憎んでおり、明治政府の打倒という共通の目的から、「生殺与奪」((例え対象の殺害を命じられていても自分の判断で敵を生かしても良い))を条件に志々雄一派に与した。 過去の経緯もあってか、志々雄によると&b(){「十本刀中最も情け深い」}が、一方で&b(){「その情けを遥かに凌駕する憤怒をもって動いている」}と評されている。 #center(){&bold(){&sizex(5){ 「“明王”の安慈は救世の障壁となる者を容赦しねェ」}}} *【戦闘能力】 「十本刀」の中でも[[瀬田宗次郎]]、[[魚沼宇水>魚沼宇水(るろうに剣心)]]と並ぶ実力者であり、志々雄からも高く評価されている。 破壊の極意「二重の極み」を10年かけて会得しており、基本的に徒手空拳で戦闘を行う。 また、その分厚い筋肉の壁は[[相楽左之助]]の打撃をものともしないほどで、左之助との対戦では一撃必殺の威力を誇る二重の極みを何発も受けても戦闘を続行していた((ただしこれは精神が肉体を凌駕しているが故であり、同じ状態にあった左之助もまた左之助自身のそれを遥かに上回る安慈の二重の極みを受けても全く支障がなかった。正気の状態で食らった際には一撃で血を吐いて倒れた。この時は胸に忍ばせていた子供たちの位牌が盾になっており、それが無ければ倒れていたはずである))。 左之助は小回りが効かないと評していたが、パンチの速度は左之助よりも圧倒的に速いし、極み外しで難なく左之助の攻撃を無力化しており、&bold(){宗次郎と[[永倉新八]]の斬り合いを仲裁している}ことからも、優れた対応力があるのは確実であり、小回りがきかないとも一概に言えなくなっている。 &bold(){剣客兵器の土居潜具羅からも化け物と呼ばれた}。 **技 ・&bold(){[[二重の極み]]} #center(){ &bold(){&sizex(5){驕るな、小僧。お前に教えたのは基礎中の基礎。}} &bold(){&sizex(6){“極める”とはこういう事だ}} } 安慈が10年かけて編み出した破壊の奥義。 大まかには一度目の打撃のみでは抵抗が生じて完全には破壊出来ないため(前述の通り岩だと砕けるだけに留まる)、 二重の極みにおいては、同じ個所へ超素早く二撃目を繰り出すことで完全に対象を破壊する…と言った趣旨の技。 作中では二撃目までの間は1/75秒とされている。 左之助は右手でしか(キネマ版では左手も)二重の極みを打てないが、安慈は全身の至る所で放つことができる。 作中では両手・両肩・両肘・両膝・両足で二重の極みを放っており、その気になれば頭突きでも放てると思われる(左之助の推測)。 再筆版ではなんと横隔膜でも二重の極みを使える。口から衝撃波を出すんだとか(炎を霧散させる対志々雄用の切り札)。 詳細は『[[二重の極み]]』の項目を参照。 ・&bold(){陸震} 携帯した三鈷剣を地面に突き刺し、二重の極みの衝撃を拡散させて破壊力と引き換えに広範囲への攻撃を可能とした技((ゲーム「炎上!京都輪廻」では左之助も二重の極みのミス演出としてこの遠当て攻撃を使える。))。 京都編では左之助と初めて出会ったとき・2度目は志々雄のアジトで左之助と再会して戦ったときに使用されているが、この時はまだ技としての名称はなく完全版が発行されたときの再筆において初めて名称が付けられた。 ・&bold(){空雷} 再筆で登場した二重の極みの応用。横隔膜で二重の極みを発生させることで口から衝撃波を放つ。対志々雄用の隠し球で、秘剣を破る奥の手。 ・&bold(){海鳴} 再筆で登場した二重の極みの応用。手に持っている羂索を使い、水中に二重の極みの衝撃波を伝播させる。 上記3つの技名は宇宙大帝ゴッドシグマの主役メカ、ゴッドシグマの合体ロボット3体(陸震王、空雷王、海鳴王)だと思われる。 ・&bold(){明王撃} PSP版ゲームでのオリジナル奥義。両手両足による二重の極みを放った後、最後に頭突きによる二重の極みを叩き込む五連撃。 ・&bold(){極み外し} #center(){ &bold(){&sizex(5){もう一度敢えて言おう。“極める”とはこういう事だ}} } 打ち込まれた二重の極みに対し、その真裏から正拳を自ら打ち込む事で衝撃の伝道の拍子を崩して二重の極みをただの2連撃に緩和する防御法。 衝撃を完全にゼロには出来ないが、これを使用することで本来受けるダメージを大幅に減少させることが出来る。 左之助に二重の極みを打ち込まれた際に使用し驚愕させたが、後に左之助自身も極み外しを繰り出すことに成功している。 なお、[[キネマ版>るろうに剣心-キネマ版-]]での話になるが要するに二重の極みの衝撃の伝道の拍子を崩せばいいので必ずしも真裏から正拳を打ち込まなければならないわけではない。 同作で剣心は相龍閃((原作における双龍閃。))で極み外しを行った他、同作の無敵鉄甲は極み外しを勝手に行えるような特性になっている((最後は強引に突破されたが。))。 ・&bold(){合掌} #center(){ &bold(){&sizex(5){南無阿弥陀仏}} } 両手の掌で相手の頭部を挟み込み押し潰す技。 ・&bold(){総身} 北海道編にて登場した技。合掌した状態で身震いを行い、自身に向かってくる対象物に&bold(){全身で}二重の極みの衝撃を与える。作中では左之助を庇い敵が飛ばした岩の破片を全て粉砕した。&s(){全身で二重の極みが放てると明言されていたが、本当に文字通り全身で出来るとは…。}しかも、これまでの描写から判断すると、安慈が収監中に二重の極みを練習した様子が全くないので、京都編の段階で既に習得していたと考えて良いだろう。 *【来歴】 **過去 元は東北地方にあった貧乏寺の和尚であり、身よりの無い子供達と一緒に過ごしていた。 しかし、廃仏毀釈((仏教排斥運動の総称。日本においては明治元年に発令された神仏分離令を指す。国家神道の特別さを強調するため、神仏習合でグダグダになっていた神道と仏教をはっきり分けようという趣旨だったが、調子に乗った神官が煽ったり、神道原理主義的な面の強い尊王思想を抱いた思想家や地方官僚らが音頭を取ったりしたおかげで、全国的な仏教排斥運動にまで発展した。))により村長から立ち退きを迫られる。 村を去ること自体は承諾したが、安慈らが引っ越しをするよりも前に、「ぐずぐずしてると他の村に明治政府からの恩恵を持って行かれる」と入れ知恵された村長の手により、子供達のいる寺に放火された((史実でも明治政府からの今後の冷遇を恐れた旧幕府側藩、廃仏毀釈の最先鋒であった薩摩藩からの恫喝を恐れた周辺諸藩など、諸々の理由で徹底的な排斥運動を行った地域も存在した))。 この時、安慈は滝行に出ていたが寺が燃えてることに気づき、子供達を助けようとするも、村長の刺客に闇討ちされ、気絶してしまう。 #center(){ 御仏よ… この子達は…これまでずっと辛い思いをしてきた… どうかこれからは…幸多い未来を… どうかこの子達に…御加護を… } しかし、安慈の祈りも虚しく次に目が覚めた時には既に手遅れで、子供達は無惨に焼け死んでいた((皮肉にも子供達が避難していた本堂の仏像はほぼ無傷で残っており、何故子供達を見捨てたのかと悲憤した安慈はこの仏像を殴りつけた。))。 このことにより"明王"の安慈が誕生することとなった。 その後5年に渡って体を徹底的に鍛え、村長を殺害し復讐を果たすが、事の発端でもある明治政府への恨みは晴れず、志々雄一派に加わる。 常に懐に持っている位牌は子供達のものであり、復讐の気持ちを忘れないための戒めである。 **作中の活躍 下諏訪の森で修行をしていた所、剣心を追って京都へ向かっていた左之助と出会う。 力を求める左之助に対し、同じく明治政府を憎む者のよしみで1週間以内(当初は1ヵ月だったが左之助が1週間で十分と豪語したため)に修得出来なければ死んでもらうという厳しい条件で自らの技「二重の極み」を伝授する事を決意。 1週間後、倒れている左之助を見つけ、激しい修行により命を落としたと思った安慈はせめて供養しようと試みる。 しかし意識が戻った左之助は石に二重の極みを放って見せた。 満身創痍ながらも二重の極みを習得した左之助に驚愕しつつも大した男だと称賛し、ヒヨッコだったのが今は巣立つ若鳥のようだと思いながら剣心の元へ向かう左之助を見送った。 その後、志々雄真実から召集を受けアジトに帰還。 志々雄一派による京都大火の際は、作戦を失敗に導いた巻町操を十本刀・魚沼宇水が殺害しようとした瞬間に登場し、二重の極みで宇水の槍を破壊。 志々雄真実から生殺与奪の権を得ている為、無益な殺生はさせぬと主張する。 そしておよそ半刻(現在の時間で約1時間)の睨み合いの末、両者は撤退。 安慈の存在によって操は九死に一生を得る事となった。 比叡山のアジトにて左之助と再会。 決闘の1番手として巨大な不動明王像が供えられた自らの部屋「衆合の間」にて待ち構える。 自ら名乗りを上げた左之助に対し、互いに「敵」であったことに驚きつつも、安慈は自らの思う「救世」について語った。 破壊によって明治政府を滅ぼし、1度世界を無に帰して救うべき者を救い、罰するべき者を罰し、まず人の心から再生を計る、と言う安慈を左之助は一蹴し、拳で語る事を選択した。 右手の拳でしか二重の極みを発動出来ない左之助に対し全身のあらゆる箇所で二重の極みを発動できる安慈は「極めるとはこういう事だ」と言い放ち、終始圧倒する。 しかし、安慈が腹部に打ち込んだ二重の極みに対し、左之助は打ち込まれた箇所の反対側から衝撃を加えることで二重の極みの威力を減少させる極み外しを咄嗟に繰り出し、これに動揺した安慈はその隙を突かれ倒れる。 致命的な一撃を受けた安慈だったが、懐に入れていた寺の孤児達の位牌を見て再び立ち上がる。 更に戦いは激化し、両者共に精神が肉体を凌駕している状態で二重の極みを打ち合うが、左之助の編み出した三重の極みを受け、「死んだ子供達は救世なんか望んじゃいない」「お前の流した血に濡れて痛いって泣いてるじゃねえか」という言葉を聞いて戦意を喪失。 己の救世という暴走が、最も大切に思っていた子供たちをも苦しめているということを悟り、敗北を認めた。 志々雄の死後は警察に出頭。 剣心たちの嘆願もあり死刑は免れたものの懲役25年の判決を受けて北海道の仮設集治監で服役している。 作者は彼にはかなりの思い入れがあるらしく(その証拠に読み切り版では、彼に似た人物が何回か登場した)、 単行本の13巻の「制作秘話」にて、彼の後日談を書きたいとも言っていた。 ただし、北海道編で後日談が描かれた場合、死んでしまうはずだった。 そもそも左之助戦も別の展開が用意されていたらしいが「長くなりすぎる」という理由でカットされたという。 ……そして本当に[[北海道編>るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚・北海道編-]]が開始し、安慈も登場しているため死亡フラグが立った状態になっているが、果たして。   *【主な人間関係】 ・&bold(){&ruby(つばき){椿}} CV:平松晶子 僧侶時代に世話をしていた孤児達の内の1人。 安慈の目の下に塗られたススは彼女の遺体の物であり、10年以上経った北海道編でも未だに煤が取れないのは剣心の十字傷と同じく強すぎる念を込めて付けられたためだと思われる。 また安慈が手首に付けている細めの数珠は彼女の遺品((旧アニメ版では元々安慈が最初に送ったものという設定だった。))。 安慈とは対照的に子供達には厳しく𠮟り、安慈に対しても「怒るときは心を鬼にして怒らなきゃ!和尚様はただでさえ人一倍優しい顔付きなんだから!」とはっきり言う快活な少女であった。 父親は戊辰戦争で政府軍と敵対していた元幕府側の村長だった為、政府からも冷遇されていたようで明治政府派の村長一味から「村の疫病神」と呼ばれその影響が安慈や一緒に暮らす孤児達にも及んでいることに心を痛めていた。対して安慈は彼女の父も時代を良くしようと尽力したのだから謝るなと諭した。 そして村長一味による放火事件を経て、上記の椿の言葉が奇しくも優しい和尚様であった安慈を「明王の安慈」に変貌させる引き金となってしまった。 安慈には想いを寄せていたような様子もあり、旧アニメ版では他の子供達にそのことを茶化されるシーンがある。 ・&bold(){[[相楽左之助]]} 弟子もどき。アジトでの決闘で「明王の安慈」としての人生に終止符を打った人物でもある。 二重の極みを伝授した。 左之助が森に迷い込んで来た時は食事を提供したり彼のボケや軽口に律儀に突っ込んだり、二重の極みを習得した際には笑みを見せその成長に感慨を抱く等、彼との交流では憤怒に満ちた「明王の安慈」とは少し違った一面も見える。 ・&bold(){[[志々雄真実]]} 安慈が所属する志々雄一派のボス。 明治政府打倒という共通の目的から傘下に入った。 安慈を十本刀3強の1人に数え「安慈と戦ってタダで済む人間は居ない」と評してアジトでの決闘の1番手に抜擢し、彼の部屋も用意する等、直接的な交流は少ないが%%本来なら彼より格上の宇水よりずっと%%高く評価されている。 *【実写映画】 実写映画版では丸山智己氏が演じる。 京都大火編から登場しているが、本格的な活躍は伝説の最期編。 煉獄に乗り込んできた左之助と対峙。尚、本作では修行エピがない為、新京都編と同じく左之助とはこれが初対面である。 端的に言えば、[[戌亥番神]]の上位互換と言うべき戦闘力を誇り、単純な格闘で左之助を半死半生にまで追い込んだ。 左之助の首を極め、トドメを刺そうとするが、咄嗟の機転で左之助は傍にあった油を頭から被り、尚且つ安慈の脇を擽るという方法で拘束から抜け出す。 隙の出来た安慈の股間にアッパーカットを決められる。安慈「アッーーーーーー!!」  そのまま安慈はトドメのスープレックスをかまされ失神。なんとも締まらない最後であった。 その後、立ち去る間際、捨て台詞をはこうとした左之助の目前で警官隊の放った砲弾が炸裂。この時に死亡した可能性が高い。 残念ながら二重の極みは使用せず(それっぽい攻撃は一度あったが)。 その代りなのか、志々雄が左之助に二重の極みらしき技を使った。 実写版の左之助にとっては二人目の聖職者との勝負だったりする。 本人も「キリシタン(番神)とやったことはあるけどよ、坊さんと戦うのは初めてだぜ」と自嘲している。 *【余談】 作者も公言しているがモデルはアンジーというバンドのヴォーカル水戸華之介であり、 水戸華之介は目の回りを黒くメイクしバンダナを着用。 ちなみに名前も「アンジー」→「あんじ」→「安慈」である。 キャラデザに関しては早くから素案があったものの一つを採用しており、本編以前の読み切りにも酷似したデザインのモブ敵が登場している。   彼のテーマソングは「心は傷つき過ぎて」。安慈に相応しい、堪えきれない悲しみを表す曲である。流石は阿久悠先生 Wiki篭もりがこの項目を閲覧し、追記・修正するその時まで明王の安慈は負ける訳にいかぬのだ! #include(テンプレ2) #right(){この項目が面白かったなら……\ポチッと/ #vote3(time=600,35) } #include(テンプレ3) #openclose(show=▷ コメント欄){ #lsd() #comment_num2(num=30) }

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: