まずは君が人類最高の頭脳を持つ一人として、新たな上席研究員に選ばれたことを祝福しよう。君には財団基礎物理学部門が持つすべての情報を知る権利が与えられる。これは同時に、SCP-1905-JPという脅威に対して本当の意味で向き合うということに他ならない。君は真実を知る必要があるのだ。
気づいていると思うが、プリンストン計画は単純な研究促進計画ではない。あらゆる研究に監査を入れるのは、その研究結果を取捨選択し、財団の下で情報を管理する必要があるからだ。なぜそのような事をしなければならないのか、それを理解するにはこの報告書を読む必要がある。これから計画を運営する君には、既にその権限が与えられている。
実は、プリンストン計画の目的は半分嘘である。
量子重力理論の完成……財団は、すでにそれを成し遂げていた。全くの偶然、とあるオブジェクトの実験中にたまたま判明した事実をとっかかりに。
計画の目的は、ずばり情報の徹底的な統制。
SCP-1905-JPに対処するためには情報の公開が必要であり、そのための答えが手元にあるにもかかわらず、なぜそんなことをしなければならないのか?
実は、この「答え」こそがその理由である。
「答え」の正体は、財団における最高機密の一つ……ずばりThaumielクラスオブジェクトである。
SCP-9999-JP-EX。
オブジェクトクラスはExplained/Thaumiel。
異常性のからくりが判明した、異常ではなくなったExplainedクラスでありながら、財団の切り札たるThaumielクラスが同時に与えられている。
これが何かというと、量子重力理論と一般相対性理論をまとめて記述することが出来る物理法則である。
量子重力理論は、簡潔に言えば「ミクロな世界では量子は波のように空間に広がっており、観測することで1点に収束する。そのため量子よ位置とエネルギーは絶対的な予測はできず、確率的にしか予測できない」という理論。
相対性理論は「時間とは絶対的なものではなく、物体の速度・空間の重力により変化する相対的なものである」という理論。
これらが両方正しい場合、両方を同時に説明できる理論が存在するとされる。それが統一理論だ。
現実の世界ではまだ証明されていないが、財団世界にはあった。それがSCP-9999-JP-EXなのである。
この理論によって導き出された「南方-ハルトマン時空方程式」によって、それまで未知であった時空間における重力と量子の振る舞いが判明したのだ。
その成果によって、SRAやスクラントン現実錨を初めとする、現在の財団が扱うスーパーテクノロジーの基礎が完成し、それまでよりも遥かに多くのオブジェクトに対応できるようになった。
つまりこの理論は、現在の財団の能力の根幹をなしているのだ。
さらに注目すべき事実として、このSCP-9999-JP-EXに由来する理論と技術に基づいた装置は、リバース・エンジニアリングによる理論の再証明が不可能であるという驚くべき特徴がある。
これにより、SCP-9999-JP-EXは財団のみが保有する理論にして技術の元であり、特別収容プロトコルの多くが長期維持できる大きな要因となっているのである。
ここからもわかるように、これは本来、自然界に存在する、財団の研究者がたまたま発見した物理的法則、この世を象る要素の一つに過ぎない。ただ誰も知らなかった、証明できなかっただけの、自然の一部でしかない。異常ではないのだ。
これを、1960年代のあるオブジェクトの実験中にたまたま発見した南方研究員は、基礎物理学部門の上席研究員であったハルトマン研究員の協力を得て理論を確立。
だが、発表の直前、その有用性に気付いたO5からストップがかけられ、結果この理論は秘匿。
そして、自然界に存在していた法則でありながら、財団によって有効に利用できると判断されたこの理論は、SCP-9999-JP-EXのナンバーを割り当てられたのである。
最初からExplainedであったが、その有用性ゆえにThaumielと分類された、恐らく史上唯一の事例だといえよう。
SCP-1905-JP……既存の物理法則を無効化するあの空間がなぜ生まれたのかはわからない。
だが、その特性は一つの事実を示している。財団が独占するSCP-9999-JP-EX、あの理論を公開せよ、という脅迫だ。
確かにそうすれば、SCP-1905-JPの拡大は止まる。しかしそれは、財団の技術の根幹を暴露することに等しい。
そのあとに待っているのは、要注意団体による攻勢の嵐とそれによる収容違反の連鎖。最後にはK-クラスシナリオだ、これではどう考えても詰んでいる。
そのため、財団はSCP-9999-JP-EXに関する理論や技術を少しずつ公開してSCP-1905-JPの拡大を抑制しつつ、別のアプローチによる収容維持の手段を急ピッチで模索している。
それを示すO5のお言葉がこちら。
これまで偶発的に得られたSCP-9999-JP-EXというジョーカーを用いて世界を守ってきたが、その安寧に現を抜かしていた我々は進歩を怠った故このような岐路に立たされたといえる。
我々は常に人類が未知に立ち向かう為の先導者として、それを解き明かす光明を生み出さなければならないのだ。
ジョーカーは多く、切り札の比喩として用いられる。
しかしそれは、ババ抜きにおいては引いてはならないババとして扱われる。
切り札に頼りすぎた財団を戒めるかのように出現し、地上に迫りつつあるSCP-1905-JP。それが到達したその時、SCP-9999-JP-EXは無力化される。
代替手段の構築が間に合えばそれでいい。
だが、もしも間に合わなかったら?
人類は叡智の歩みを止めてはならない。-O5-1
財団はきっと、手段を択ばないだろう。