FUNAKI(船木勝一)

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FUNAKI(船木勝一) - (2014/08/21 (木) 21:37:29) のソース

&font(#6495ED){登録日}:2014/8/21 (曜日) 21:26:59
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皆さんは&color(Blue){FUNAKI}というプロレスラーをご存知だろうか?

※新日本プロレスやK-1などに所属した船木誠勝とは別人です。色んな意味で





人気選手ですら10年と在籍する事が少ない[[WWE>WWE(プロレス団体)]]に13年在籍した人物である。





小柄な体に華の無い日焼け顔



アメリカ人に匹敵するようなパワーも無ければ、宙を飛び相手を翻弄するような身軽さも無い



リングに上がればボコボコにされ、口を開けば笑われる



それでも彼はファンに愛され、そして何より関係者から愛された。






これはそんな男の項目である。










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「FUNAKI」こと『船木勝一』は東京都葛飾区出身のプロレスラー


身長170cm体重81kgというプロレスラーとしては非常に小柄な体格ながら、卓越した技術を武器にいくつかの団体で活躍した。特にアメリカのプロレス団体[[WWE>WWE(プロレス団体)]]での&font(#0000ff,u){&font(#ffffff){やられ役としての}}活躍が有名である。






#contents()

*来歴・人物
プロレスラーを志してアニマル浜口トレーニングジムにてレスリングを学びつつ、同ジムのインストラクターも務めていた。その小柄な体格故にメジャーなプロレス団体に入ることが出来ずにいたが、1993年新日本プロレスの「関節技の鬼」藤原喜明率いる「プロフェッショナルレスリング藤原組」に入団。石川雄規とタッグを組んで新日本プロレス主催のジュニア・タッグリーグ戦に参戦するも、試合終了後の控え室で泡を吹いて失神するほどコテンパンにされてしまった。

その後、石川が設立した「格闘探偵団バトラーツ」や「みちのくプロレス」に参戦。みちのくプロレスで出会ったTAKAみちのく、ディック東郷、MEN'Sテイオー、獅龍(現:カズ・ハヤシ)が結成した「海援隊★DX」に参加する。

そして海援隊★DXはTAKAみちのくの無断渡米を皮切りに次々渡米。獅龍のみがWCWと契約を結び、残りのメンバーはWWF(後の[[WWE>WWE(プロレス団体)]])と契約。リングネームを「&color(Blue){ショー・フナキ}」と名乗り、TAKAと抗争するストーリーで登場するが程なくして和解。旧海援隊★DXのメンバーとヒールユニット「&color(Blue){KAIENTAI}」として活動を開始する。





彼は考えた


「&color(red){同僚のTAKAみちのくは高い身体能力と抜群のプロレスセンスで期待されている。自分がこの団体で生き残るために、まずは団体に溶け込まないと…}」


そう考えた彼は団体の選手や重役だけでなくバックステージの裏方スタッフ、売店の売り子にいたるまで声をかけまくり、全員の名前を覚えるように心がけた。これが後々彼のレスラー人生を左右することになる。





1999年にはディック東郷とMEN'Sテイオーが帰国。
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TAKAと二人だけでタッグ戦線を戦うことになると、高い身体能力で相手を圧倒するTAKAに対して、地味ながらも高いレスリングテクニックと受身の上手いフナキの好対照タッグで「フナキがやられまくってTAKAが勝利をもぎ取る」というタッグ戦のお手本のような試合を展開。
パフォーマンス方面では「英語が出来ないジャップ」として入場後のマイクパフォーマンスに英語の吹き替えが付き、TAKAがアレコレ喋っては「Evil!!」と締め、フナキは「Indeed(和訳:さよう)」としか喋らないなどコミカルな演出が多かった。


人気タッグチームのひとつとなった彼らだったが、2002年にはTAKAも帰国。WWEにたった一人となってしまう。



WWEクルーザー級初代王者にもなったTAKAみちのくに比べ、人気も華もないフナキが人気を得るとは考えにくく、そのまま次第にフェードアウトしていくだろうと誰もが思っていた…







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「&bold(){マイネームイズフナキ!スマックダウン・ナンバーワン・アナウンサー!}」





しかし大方の予想を裏切り、自称「スマックダウン・ナンバーワン・アナウンサー」へのギミックチェンジを機に人気を獲得。超日本語発音とメチャクチャな英語で他のスーパースター達にインタビューするコミカルなキャラクターながら、試合となると大技から小技まで使いこなす器用さと相手の持ち味を最大限に生かす「職人」レスラーとして、若手や中堅相手のジョバーとして活躍。特に選手や会社側の信頼は絶大なものだった。


ある時は新人のデビュー戦で負け
ある時は怪力選手に投げられて空を飛び
またある時は会場中から笑いものにされた。


ベルトを巻いた回数こそ少ないものの、日本から来たコミカルな職人レスラーは殴られ投げられ笑われながらも、気がつけばSmackdown!で[[ジ・アンダーテイカー>ジ・アンダーテイカー(プロレスラー)]]に次ぐ古株となっていた。

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2008年にはRトゥルースからの一言がキッカケでコスチュームを空手着に着替え、リングネームを「カン・フー・ナキ」に変更。それ以降もやはりテレビ放送されないダークマッチや前座戦線を主戦場に活躍しつつ若手育成に努めていた。


2010年3月WWEを退団。
WWE側は選手としてのフナキでは無く、指導者やフロント側として団体に残るように要請したが、フナキは「まだプロレスラーとしてやり残した事がある」として退団を決意した。

その後は地上波唯一のWWE番組This Week in WWEのコメンテーターとして登場したり、日本のプロレス団体ZERO1に参戦していたが、同年8月WWEの太平洋地区のスカウト兼ロードエージェントとしてWWEと再契約(選手としての契約では無いため他団体への試合出場は問題ない)。また自宅のあるテキサス州サンアントニオのインディー団体RCWの下でレスリングスクールFU Dojoを開校(後にFUNAKI Dojoに改称)させている。

2011年にはSMASHに参戦し、WWEでともに活躍したTAJIRIこと田尻義博と対戦している。(結果は敗戦)
同年12月にはWWEに久しぶりに登場。WWE DIVAのベス・フェニックス対ケリー・ケリーとの試合のレフェリーを務め大きな歓声をもらったが、試合後リングに残っていたところをザ・ミズに襲撃されてしまった。


その後しばらく大きな動きはなかったが、2014年WWEと契約を結んだ元NOAHのKENTAの通訳としてWWEに登場。今後も彼の動向から目が離せない。





*特徴
先にも書いた通り、基本がしっかりとした堅実なレスリングを旨としており、技一つで観客を沸かせるタイプでは無いせいか、技術よりも分かり易いカッコ良さを重んじるアメリカにおいては、同じ日本人のTAKAみちのくやTAJIRIのような人気を得ることはなかった。

しかしながら「強くてカッコいい」レスラーだけでは完成されないのがプロレスの面白いところ。相手の持ち味を最大限に引き出しつつ「上手に負ける」ことに長けていたフナキの存在はWWEにとって無くてはならないものであった。

また団体からは若手の育成手腕も認められており、フナキに学びフナキに勝つことで1軍デビューしていった選手も多い。



**得意技
●ショーン・キャプチャー
日本時代の決め技である前方回転式膝十字ひしぎ。自分の名前の勝一をカッコよく言って「ショーン」と名付けたが、渡米後は「アメリカでショーンと言えば[[ショーン・マイケルズ]]」という事で封印。試合の流れで使ったとしても「レッグロック」の名で使っている。


●ライジング・サン
コーナー中段からの[[D.D.T>D.D.T(プロレス技)]]


●ブルドッグ
●ハリケーン・ラナ


その他各種間接技や丸め込み技を状況に応じていくつも繰り出す




*人物・エピソード
●WWEでは誰にでも分け隔てなく接する人柄から友人や同業者のファンが多く、確実な仕事っぷりから会社側の信用も厚い。それに関するエピソードも広く知られており



・殆ど同時期入団で仲のいい[[エッジ>エッジ(プロレスラー)]]は怪我からの復帰戦にフナキを好んで指名。

・エッジと同じくほぼ同期のクリスチャンとは互いに「ヘイ、バカ!www」「バーカバーカ!wwwww」と笑いあうほど仲がよく、アンダーテイカーから受けたチョークスラムの高さを競ったりしていた。

・現在WWEの象徴に君臨している[[ジョン・シナ]]も自身のフィギュアが発売される際「僕のフィギュアを作るならフナキのフィギュアを作るべきだ。彼の団体への貢献度を考えれば当然の事だ」とメーカーにフィギュア作成を依頼している。

・2008年にWWEへ入団した元新日本プロレスのヨシ・タツ(本名:山本尚史)は入団の際、「フナキのように信頼される人間になれ」と重役に言われたらしい。

・呼ばれた人間は一生安泰とまで言われた[[トリプルH>トリプルH(プロレスラー)]]とステファニー・マクマホンの結婚披露宴にTAJIRIと共に招待される。

・大好きなショーン・マイケルズの地元テキサス州サンアントニオに自宅を建てる。しかもショーンの近所に家を建て、ショーンの40歳の誕生日パーティーに招待されている。



などなど…


彼の成功の秘訣は、彼の人柄そのものだったのかも知れない。




●スタバ好き。とくに「パンプキンスパイスラテ」が好きらしい。


●趣味は日焼け。



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