練馬一家5人殺害事件

登録日:2010/03/28(日) 00:01:02
更新日:2019/11/26 Tue 15:13:20
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「自分は正常です。一貫して、心境に変化はありません。白井の奴は、骨まで粉々にしてやりたかった。
 妻と子供を殺したのは、かわいそうだったと思います」


「練馬一家5人殺害事件」とは、昭和58年6月27日に東京都練馬区大泉学園町で起こった事件。

競売物件取引のトラブルから、不動産鑑定士・朝倉幸治郎(48)によって一家5人が殺害された。


【事件概要】
昭和58年2月、朝倉は鑑定士認可後の初仕事として、事件現場になった競売物件を1億数千万円で落札した。
落札資金は自分の資産を担保に入れ、また銀行からの借入金でまかなった。
そのため、金利負担が月120万円近くになった。

同年4月、不動産業者に6月30日を引き渡し期限として当該物件を1億2950万円で転売する。
この時、不動産業者から内金1500万円を受け取る。
期限内に引き渡さなければ、朝倉は内金の倍額の違約金を不動産業者側に支払わなければならない。

さっそく朝倉は、当該物件に住む白井明(45)一家を相手に立ち退き交渉をはじめた。
しかし、白井は様々な理由をつけて立ち退きを渋り、さらには立ち退き料3000万円(相場は500万円程度)を要求した。
また白井夫妻は朝倉に対して罵倒したり、誠意のない対応をする。

実は旧地権者は白井の妻の父親で、当該物件は父親の借金返済のために競売にかけられたのだが、
不動産取り引きに精通する父親は白井に立退料の吊り上げを要請していた。
父親はその金で、新しい事業を起こすつもりだったらしい。

これらの事情から、白井一家は当該物件の占有を続けていたのだった。


焦る朝倉は白井相手に立ち退き要求の裁判を起こすが、白井は「裁判を取り下げれば立ち退く」と言って朝倉に裁判を取り下げさせた。

しかし、それはただの引き伸ばし工作であり、白井一家は裁判取り下げ後も引っ越しせず、
逆に朝倉は白井の息のかかったヤクザ(これは心因反応による妄想症状)に脅されたため、
精神的に追い詰められた朝倉は白井一家の殺害を決意する。

同年6月27日、朝倉は立退き交渉と称して白井宅に上がり、
金槌や鉞などで一家(白井明さん(45歳)、妻(41歳)、次女(9歳)、三女(6歳)、次男(1歳))を次々と殺害した。
妻の顔は原形をとどめないほどぐちゃぐちゃに潰されていた。

そして朝倉は、浴室で用意した骨すき包丁や肉ミンチ器、ノコギリで遺体をバラバラに解体した。
バラバラにした遺体は富士山麓に遺棄するつもりだった。

翌朝、電話が通じないことを不審に思った白井の義母が警察に通報。
白井宅に向かった警官と親戚が、玄関から逃亡しようとした朝倉を拘束した。
家の中の惨状が発覚した朝倉は、その場で緊急逮捕された。

朝倉は1985年に東京地裁で死刑判決、1990年の東京高裁で控訴棄却、1996年に最高裁で上告棄却されて死刑が確定。
2001年12月27日に死刑執行された。


【その他】
白井一家の居座りは違法であり、法的手段で立ち退かせることは可能であったが、司法で解決するには長期化することが多かった。

それにこういう物件の場合、ベテランの鑑定士ならすぐに手を引くのが一般的であったが、
朝倉は鑑定士になって日が浅い為にこんな事件を引き起こしてしまった。

一家では前日に次女、事件当日は妻の誕生日で、この日も誕生日会が開かれる予定だった。

白井一家のうち、長女(10歳)は林間学校に参加していたために殺害を免れた。長男は事件前に先天性の奇病で死亡している。

野沢尚「深紅」、宮部みゆき「理由」、小野不由美「ゴーストハント 悪夢の棲む家」などの小説の題材になっている。

現在でこそ事件の真相が明らかになり、ネットなどを通じて一般にも知られたこともあり犯人側に同情の声も寄せられているが、
事件発生当時は猟奇殺人と不動産トラブルという点だけがセンセーショナルに報じられ世間一般のバッシングに晒され、
また不動産トラブルということで不動産関係者の中には肩身の狭い思いを当時感じた人もいたそうである。


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