グラジオがガスペリ邸で雇われてから早くも三か月の時が立とうとしていた。その間グラジオはアメーリア・ディ・ガスペリの付き添い兼世話役から同じくガスペリ家に雇われることとなった馬宿の店主と共に仕事をしたりと忙しない日々を送っていた。その間の誠実な仕事ぶりにガスペリ邸で働く者たちから一定の信用を得るようになりすっかり打ち解けていた。そして発作が起きるたびに嫌な顔一つとして浮かべることもなく純粋に心配し気遣ってくれるグラジオにアメーリアはすっかり心を開くようになっていた。
「今日は調子が良いので散歩に付き合ってくださいね、グラジオ君」
「分かりました。もう少しでこちらの仕事が終わりますのでその後で」
「はい、それでは楽しみにしてますね?」
「分かりました。もう少しでこちらの仕事が終わりますのでその後で」
「はい、それでは楽しみにしてますね?」
グラジオが馬宿の店主と共に馬の世話を行っている最中だった。ちょうど調子のよくなったアメーリアから散歩に付き添うよう頼まれる。当然グラジオにそれを拒否することなく引き受ける。そしてアメーリアがその場を後にしたところで。
「ずいぶんと仲良くなったじゃないかグラジオ」
馬宿の店主からそのような言葉が投げかけられる。グラジオはそれを額面通り受け取り、
「はい、アメーリア様とは仲良くさせてもらってます」
そう答える。その様子に店主は若干頭を抱えるようなしぐさを取ったかと思うと仕事を中断しグラジオに正面から向き合う。
「あのアメーリアというお嬢様は控えめに言っても上玉というやつだ。きっと然るべき場所に出ればそれなりにモテることだろう」
「……? そ、それが一体……」
「よく考えろグラジオ。お前さんが仲良くしている相手はそれ相応に重いぞ。ちゃんと覚悟しておけ」
「……覚悟?」
「そのうち分かる」
「……? そ、それが一体……」
「よく考えろグラジオ。お前さんが仲良くしている相手はそれ相応に重いぞ。ちゃんと覚悟しておけ」
「……覚悟?」
「そのうち分かる」
まるで警告のような言葉を投げかけ馬宿の店主は仕事に戻っていく。グラジオはその言葉の意味を理解できなかった。現時点では。
それから一週間後の事だった。ガスペリ邸にカルロ、テオドロ、リリアーナ、そしてアメーリアが集められた。リリアーナ御付きのメイド三人組、カルロの秘書、テオドロ御付きの従者、そしてアメーリア御付きのメイドと世話役のグラジオもその場に集っていた。
「共和国同盟の有力者たちが集う同盟成立を記念するパーティーに参加する。兼ねてから伝えていた通りお前達にも参加してもらう。今回はアメーリアも参加だ」
カルロのその言葉に真っ先にリリアーナが反応した。
「待ってくださいカルロおじさま。アメーリアは……!」
「ここしばらくは体調が優れていると聞いている。それに今はシンプソン君も付いている。いざとなったら彼に頼るさ。シンプソン君、君も参加してもらうからそのつもりで。礼儀作法は一通り伝えられてると聞いている」
「ここしばらくは体調が優れていると聞いている。それに今はシンプソン君も付いている。いざとなったら彼に頼るさ。シンプソン君、君も参加してもらうからそのつもりで。礼儀作法は一通り伝えられてると聞いている」
カルロの言葉の通りグラジオは雇われてから一ヶ月ほどは仕事の合間に本邸の使用人たちから一通り礼儀作法を習得するべく稽古をつけられていた。いつ何時客と対面する可能性を考えれば当然の事であった。使用人の振る舞いがその家の価値に影響を与えることを考えれば。
「はい、この屋敷の方々から一通り教えられました。みっちり仕込まれましたので習得は出来たと思います」
「そうか、それは重畳だ。衣装は執事長に見繕ってもらうと良い」
「カルロおじさま私は反対です。アメーリアにはまだ早いかと」
「もう十四になるんだ。いずれ社交界に顔を出す必要が出て来るやもしれぬ。今のうちに雰囲気を味わってもらう」
「ですが……!」
「リリアーナ姉様」
「そうか、それは重畳だ。衣装は執事長に見繕ってもらうと良い」
「カルロおじさま私は反対です。アメーリアにはまだ早いかと」
「もう十四になるんだ。いずれ社交界に顔を出す必要が出て来るやもしれぬ。今のうちに雰囲気を味わってもらう」
「ですが……!」
「リリアーナ姉様」
カルロの判断に尚も食い下がろうとするリリアーナにアメーリアは制止の声をかける。
「私は望むところです。役立たずのままでいたくありません」
「……それは……!」
「お願いします。私にも何かできることをしたいのです。それにリリアーナ姉様が付いてくれるのでしょう?」
「……それは……!」
「お願いします。私にも何かできることをしたいのです。それにリリアーナ姉様が付いてくれるのでしょう?」
アメーリアの言葉に寄ってリリアーナは判断に迷う。アメーリア本人の隊長の問題もある、それに何より魑魅魍魎共が集う社交界に参加させるにはまだ若いのではないかという判断もある。そうして何か口を開こうとして
「アメーリアの言う通りリリアーナがフォローして回ればいい。それで何も問題ないだろう?」
「その通りだ。できないとは言わせないぞ」
「その通りだ。できないとは言わせないぞ」
アメーリアに加勢するテオドロ、それに同意するカルロ。多勢に無勢、そして何よりアメーリア本人が参加の意思を見せているのだ。それに反対できるはずもなく。結局リリアーナが折れる以外に選択などなかった。
「それにしてもパーティーなんて初めて参加するよ」
「それは私もですよグラジオ君」
「それは私もですよグラジオ君」
夜、アメーリアの部屋にて二人が参加するパーティーについて話し合っていた。グラジオは当然のことながらアメーリアも参加するのは初めてなのだった。
「私にもようやく役目が下りてきたと考えると今から楽しみでなりません」
「凄く張り切ってるねアメーリアさん」
「当然です」
「凄く張り切ってるねアメーリアさん」
「当然です」
両手を胸の前で握りしめて得意げな顔を浮かべるアメーリアをグラジオは可愛いと内心評していた。口に出さなかったのは以前それで照れ隠しなのか枕を投げ付けられたことがあるからだ。それも含めてかわいいと思ったのだが。
「それじゃあ、パーティーに向けて早めに寝ないとね」
「……もう少しグラジオ君と話したいです」
「また明日話そう? いくらでも聞くから」
「……約束ですよ」
「……もう少しグラジオ君と話したいです」
「また明日話そう? いくらでも聞くから」
「……約束ですよ」
ふくれっ面を浮かべながらグラジオの言葉に渋々と従う。そんなアメーリアにグラジオは笑みを浮かべるのであった。
そして、パーティー当日を迎える。トリア市内のトリア迎賓館にて共和国同盟成立パーティーが開催された。そこには共和国同盟各地から様々な商人や政治家たち、そして投資家達が参加すべく集っていた。その中にガスペリ家の者たちも当然含まれており、開催されてからすぐさま大勢の者たちに囲まれることとなった。それは当然アメーリアも同じであり。
「いやはやアメーリア様、この度はご機嫌麗しゅう」
「この後一曲どうでしょうか?」
「エスコートの方はぜひともこの私に」
「この後一曲どうでしょうか?」
「エスコートの方はぜひともこの私に」
独身の男性参加者の内何割かはすっかりアメーリアの魅力の虜となり。
「あれがガスペリ本家のご令嬢……」
「初参加ですって」
「早速男たちに囲まれて……、ああ、嫌ですわ」
「初参加ですって」
「早速男たちに囲まれて……、ああ、嫌ですわ」
女性参加者からは妬みの視線を受けることとなったのだった。リリアーナは表向きの立場を利用し可能な限りアメーリアのフォローに務めていたのだが全てを捌ききることはできず、結果アメーリア自身の手腕に何割かは任せることとなったのだった。その様子にグラジオはただ圧倒され呆然としていた。あちらこちらから耳に入る共和国同盟内の政治的話題、はたまた商談、あるいは投資の話題等。どれもグラジオにとって未知の領域の話題であった。共に参加している従者やメイドたちの方を見ていると平然としているため、自分がいることが場違いなように感じられた。そんな時であった。
「グラジオ君。ちょっと付き合ってくれないかな?」
カルロがグラジオに声をかけてきたのだ。
「いやはや、やはり毎度のことながら大変なのだよ。こういった催しに参加する度にこうして人に囲まれる。我がガスペリ家にとって茶飯事といったところだ」
カルロの言葉にたびたびリアクションを返しながらグラジオはアメーリアの方を注視していた。本来なら無礼に当たるのだがカルロもアメーリアの事が心配であるため特段何も言わなかった。現在アメーリアは暗紫色の髪の人物に熱心に口説かれておりそれにリリアーナが割って入っているところであった。その様子を見てグラジオの胸中に鋭い痛みが走る。何故胸が痛むのか理由は分からなかった。だがアメーリアが口説かれてる姿にモヤモヤとした感情が沸き立つ。そしてその理由が分からない。
「あれはガスペリ家にとって、いや、権力を持つ者たちにとってよくある光景だ。そしてそれはアメーリアも例外ではない。我らにとって責務ともいえることだ。アメーリアだけではない。テオドロもリリアーナも、そして私も好悪の有無に関わらず擦り寄っていく者たちを拒むことは出来ぬ。そしてそう言う者たちはどんな理由であれ接近してくるのだ」
それをグラジオは上手く呑み込めず、その瞬間、馬宿の店主の言葉が脳裏によぎる。
――――――お前さんが仲良くしている相手はそれ相応に重いぞ。ちゃんと覚悟しておけ――――――。あれはこの事だったのだ。店主はとっくにそれを理解していたのだ。自分一人が分かっていなかっただけ。それをグラジオはようやく理解したのだ。
――――――お前さんが仲良くしている相手はそれ相応に重いぞ。ちゃんと覚悟しておけ――――――。あれはこの事だったのだ。店主はとっくにそれを理解していたのだ。自分一人が分かっていなかっただけ。それをグラジオはようやく理解したのだ。
「君には感謝している。娘の苦しみが和らいだのは確かに君のおかげだ。だからこそ私は危惧しているのだ。君はあの子の味方でいられるが、同時にこのような光景を何度も見続けることになるだろう。そして私の予想が間違っていなければ、君は確実に苦しむこととなる。君に覚悟はあるのか?」
カルロが問いかけにグラジオは答えられなかった。どう答えればいいか思いつきもしなかった。しかし――――――。
「……アメーリア様?」
ふとした瞬間、グラジオはアメーリアの様子がおかしいことに気づき思わず駆け寄りに向かった。カルロはそれを止めなかった。
アメーリアは初めての社交界に戸惑っていた。大勢の人間を相手にしなければならないということだけではない。この場にいる者たちからの視線、単純な感情に限らない複雑で下卑た欲望すら入り混じる視線に困惑していた。これが社交界なのかとアメーリアは実感した。カルロやリリアーナはこのような場所で戦っていたのだと理解する。とはいえそれで気圧されるほどアメーリアはやわではなかった。持病から来る発作さえなければ。
暗紫色の髪の人物――――――オライオ=ジル=エスヴィアと名乗っている――――――に熱心に口説かれている。アメーリアは目の前の人物の言動からそう判断した。最初はリリアーナが間に入っていたのだが、オライオが一手上回った。リリアーナをとにかく容姿から何まで褒め殺しにして彼女を使い物にならないよう無力化したのだ。これまで容姿で侮られることの多かったリリアーナにとって初めての事だったのだろう。ものの見事にオライオによって鎮圧されてしまった。こうなればオライオに障害は亡くなったも同然であり、本命を口説き落としにかかったのだ。そして当のアメーリア本人はというと、非常に冷めた視線をオライオに向けていた。口説かれるのは問題ない。むしろ自身の価値が証明されたように思えるため気分が良いとさえ思う。しかしオライオが向ける視線は明らかに自身の顔ではなく胸や腰回りに向けられており、その点で彼女は彼に減点していった。口説くのならばせめてリリアーナのように顔を見ろと思った。彼も共和国同盟の男といったところなのだろう。適当に煙に巻いてリリアーナを連れてその場から立ち去ろうと思ったその時であった。
唐突に持病――――――魔力のコントロールが効かなくなる病――――――の発作が起きる。体内で魔力が暴走し、火で燃やされ/水が荒れ狂い/風が強く吹き荒れ/土が尖って隆起している、そんな矛盾するような感覚に襲われ立っていることもままならず地面に膝をつく。そんなアメーリアの様子を怪訝に思い心配そうに声をかけるオライオ、そしてリリアーナは思わず声を荒げながら駆け寄り介抱しようとする。耳が遠くなるような、目の前がぼんやりしてくるような感覚に襲われもはや倒れてしまいそうになる。耐えることはできない。
暗紫色の髪の人物――――――オライオ=ジル=エスヴィアと名乗っている――――――に熱心に口説かれている。アメーリアは目の前の人物の言動からそう判断した。最初はリリアーナが間に入っていたのだが、オライオが一手上回った。リリアーナをとにかく容姿から何まで褒め殺しにして彼女を使い物にならないよう無力化したのだ。これまで容姿で侮られることの多かったリリアーナにとって初めての事だったのだろう。ものの見事にオライオによって鎮圧されてしまった。こうなればオライオに障害は亡くなったも同然であり、本命を口説き落としにかかったのだ。そして当のアメーリア本人はというと、非常に冷めた視線をオライオに向けていた。口説かれるのは問題ない。むしろ自身の価値が証明されたように思えるため気分が良いとさえ思う。しかしオライオが向ける視線は明らかに自身の顔ではなく胸や腰回りに向けられており、その点で彼女は彼に減点していった。口説くのならばせめてリリアーナのように顔を見ろと思った。彼も共和国同盟の男といったところなのだろう。適当に煙に巻いてリリアーナを連れてその場から立ち去ろうと思ったその時であった。
唐突に持病――――――魔力のコントロールが効かなくなる病――――――の発作が起きる。体内で魔力が暴走し、火で燃やされ/水が荒れ狂い/風が強く吹き荒れ/土が尖って隆起している、そんな矛盾するような感覚に襲われ立っていることもままならず地面に膝をつく。そんなアメーリアの様子を怪訝に思い心配そうに声をかけるオライオ、そしてリリアーナは思わず声を荒げながら駆け寄り介抱しようとする。耳が遠くなるような、目の前がぼんやりしてくるような感覚に襲われもはや倒れてしまいそうになる。耐えることはできない。
「……助けて……グラジオ君……」
思わずグラジオに助けを求めてしまう。そんな時だった。魔力が緩やかであるが鎮静化していく感覚を覚えた。徐々に聴覚と視覚が戻り、すぐそばに誰かがいるのを感じる。
「ごめん……、遅くなった」
グラジオが傍にいた。背中に手を添えている。おそらく力を使って魔力の鎮静化を図っているのだろう。その事実にアメーリアは安堵した。
「……今は二人きりじゃないんだから敬語は付けましょうよ……」
「あ、ああ。そう……でしたね。アメーリア様」
「あ、ああ。そう……でしたね。アメーリア様」
少しだけ落ち着いたのか軽口を叩き、グラジオは若干焦りながらも少しだけ彼女の調子が戻ったことに安堵した。それをリリアーナとオライオは二人の近くで見ていた。
リリアーナはアメーリアが容体が少しだけ落ち着いたことにほっと一息つき、オライオは二人の親しげな様子にただ衝撃を受けているようであった。
リリアーナはアメーリアが容体が少しだけ落ち着いたことにほっと一息つき、オライオは二人の親しげな様子にただ衝撃を受けているようであった。
その後、グラジオはアメーリアを連れてパーティー会場を後にし迎賓館内の一室でアメーリアを休ませていた。彼女の御付きのメイドもアメーリアの介抱を手伝うため同行していた。その間グラジオはずっとアメーリアの魔力を鎮静化させ続けていたがなかなか収まらない。以前より発作が強く起きている。それでも力を使い続ける。彼女の苦しみを少しでも和らげるために。
「すぐさま本邸へ戻りましょう。旦那様方から許可は頂いております。馬車を手配してまいりますので。シンプソン君、アメーリア様を頼みます」
「はい、なるべく早くお願いします」
「はい、なるべく早くお願いします」
グラジオにアメーリアを任せメイドは馬車の手配に向飼うため退室した。必然的にグラジオとアメーリアの二人きりの状態になる。
「……グラジオ君が来てくれて……すごく…………安心しました……」
先に口を開いたのはアメーリアの方だった。彼女はグラジオへ素直に気持ちを伝えてくる。
「苦しくて……でも……グラジオ君が傍にいて……とても……嬉しかったです」
「……そっか」
「グラジオ君……離れないでください……傍にいてください……」
「……そっか」
「グラジオ君……離れないでください……傍にいてください……」
アメーリアの言葉に応えるよう、グラジオは彼女の手を握り締める。そのことにアメーリアはさらに安心したように笑みを深めた。一方グラジオはカルロと馬宿の店主の言葉とパーティー会場でのアメーリアの姿を思い返していた。そのたびに胸中に鋭い痛みとモヤモヤした感情で溢れかえる。これは何なのか彼には分からない。しかしその中で一つだけ分かっていることがあった。
(……ボクはアメーリアの傍に居たい。ずっと……彼女の傍に……)
どうしてそう思うのかグラジオには判断が付かなかった。それでもそれだけは確かなのだと理解していた。その後、手配を終えたメイドに連れられグラジオとアメーリアは馬車で本邸まで戻っていった。その間、グラジオもアメーリアもお互いに握った手を離すことはなかった。