これはなに? と、思っていた。

 目の前の現実が、まるで薄窓を隔てた絵空事のよう。
 だってついさっきまで、自分は憧れのライバルとアイドルらしく勝負なんてしていて。
 怖い気持ちはあったけれど、それでも腹を括って任された"仕事"に不器用ながらも向き合っていた筈。
 それがわずか数分にして、嘘としか思えないような野蛮で凄惨な殺し合いの只中に変わってしまった。
 勇猛果敢に戦うロミオと、災害の如く荒れ狂うシストセルカ・グレガリア
 そして、膝を突いて血を流す、ムカつくほどノンデリだけれど燻っていた自分をここまで育て上げてくれた"プロデューサー"の姿。

 素人目にも絶望的と分かる戦いに挑みながら、少しずつ傷ついていく見知った顔を前にして。
 煌星満天が何かできていたかというと、その答えはひとつだった。
 何もできていない。満天は、何もしていない。
 ただ見ているだけ。魔術師でも悪魔でもないただの女の子として、へたり込みながら打ちのめされていただけだ。

 ――甘く見ていた。心のどこかで、自分が投じられた運命の怖さを見誤っていた。

 輪堂天梨のサーヴァントである復讐者に剣を突き付けられた時のことを思い出す。
 あの時感じた骨の髄まで凍り付くような、根源的な感情。死の恐怖。
 思い出した上で、しかしその体験は何の免疫も彼女にもたらしてくれなかった。
 単純な話だ。今目の前で末法めいた光景を具現化させ、自分の命を握っている〈蝗害〉が、それよりずっと恐ろしかったから。

(…………違う、でしょ。もう、これ――――)

 これはもう、違う。
 根本的に、自分達とは違うモノだ。

 あの恐ろしい〈復讐者〉は、確かに怖い存在ではあったけれど、そこには確かに彼自身の感情があった。
 怒り。殺意。人間として生きてきて、これらの感情に親しんだことのない者はいないだろう。
 言うなればヒトの隣人。そういう満天にも理解のできる、見知った道理で動いていた。

 だが、この〈蝗害〉は違う。
 これは、そういう感情で動いていない。
 あるがままに食らう。あるがままに殺す。ただあるがままに生きている。
 どこまでも自然体で、そこには感情という名の血が通っていないのだ。
 恐ろしい暴力を振るって自分達を殺そうとしているのに物言いはどこかフランクで、親しみさえ感じさせる気さくなもの。
 そのアンバランスさはまさしく、ヒトとは違う生き物がこちらの在り方を模倣し振る舞っているかのようで――その不気味さが、満天にはとてつもなく冒涜的なモノに思えてならなかった。

 ――トップアイドルになる。
 ――世界を魅了してみせる。

 そう吐いた言葉が、目指すべき道が、遮二無二進むだけしか能のない足が音を立てて崩れていく。
 それが己にとって何を意味することなのか理解した上で、それでも得意の爆発は起きてくれなかった。

 改めて理解する。
 すべてを魅了する〈愛されるべき光〉になるには、こういう魑魅魍魎を超えて羽ばたかねばならないのだと。
 再三に渡り噛みしめてきたその重さが、間違いなく過去最大の重圧となって満天を襲っていた。
 世界の均衡が、常識が、歩むべき道までもが崩れて在り方を見失うような絶望と恐怖。
 過去に吐き出した言葉のすべてが反転し、先の尖った暗黒の矢となって満天の心に突き刺さる。

「は――ぁ、う――」

 歯の根が合わず、がちがちと情けない音を立てる。
 汗が滲んだ端から冷えて、未だ街に残る冷気と手を組んで身体を冷やしていく。
 寒さが鈍麻させるのは身体だけでなく、心もだ。
 目を逸らせばその先にはキチキチと鳴きながら犇めき合う虫螻の壁。

「――ひ、ぃ」

 漏れてしまった怯えの声を責められる者はいない。
 仕方のないことという意味でも、誰もそこに目を向ける余裕がないという意味でも。
 恐怖は諦念を呼び。諦念は焦燥を招く。廃都の暗がりから何かが喜悦満面ににじり寄ってくるのが分かる。
 蝗の壁など"それ"の前では問題にもならない。だってそれは、煌星満天のためだけに囁き嗤う絶望だから。

 『背後から迫るあの闇に、追いつかれたなら君の負け』

 折れるな。挫けるな。
 それだけは、それだけはあっちゃいけない。

 ――終わり? 終わった? 受け入れた?

 ケタケタと嗤う"ナニカ"の声に耳を塞ぐ。
 意味はない。これには進むこと以外、希望へ進むこと以外何も意味を成さない。煌星満天は誰よりそれを知っている。

「違う……諦めてない、私は、まだ……!」

 目を塞いではいけない。
 だってそこには、一面の闇があるから。
 だって暗い場所は怖いから。
 だから光の御許に辿り着きたくて、汗と涙に塗れながら頑張ってきた。

 前を向く。するとそこでは、人外の恐怖が嗤っている。
 満天の心を砕いて丁寧にすり潰し、平らげてやるぞと羽ばたく蝗の王がいる。
 前には恐怖。後ろにも恐怖。身の安全を守ってくれる人はいる。けれど、心の熱を保つのだけは彼女以外の誰にも出来ない。

 ――一寸先も分からない闇の中を、ただ光に向けて歩いていく。
 それは狂気だ。今踏み出した一歩の先に、道があるかすら分からないのだから。
 滑落して死ぬか、力尽きて死ぬか。もしくは諦めて踵を返すか。
 末路は三つ。結末も三つ。四つ目があると信じているのは彼女自身と――


(煌星さん)
(――――やれますね?)


 その星と呼ぶにはあまりに微弱な輝きを、最初に見初めた悪魔のみ。

 脳裏に響いた声に愕然とする。
 身体が跳ねる。心臓が早鐘を打って息が苦しくなる。
 オーディションの前みたいだな、と思った。
 胸が痛くて、呼吸がうまくできなくて、そのくせやたらと酸素がほしくなるあの感覚。

 この状況でも何も変わらない敏腕プロデューサーの声に、満天が言葉を返すよりも早く。
 最前線で恋の狂戦士と踊っていた虫螻の王の眼光が、狙い澄ましたようなタイミングで満天の方に注がれた。
 ……いや、正確には彼が視たのは彼女ではない。その隣で今も世界を記録し続ける、撮影スタッフ達の方である。

「――――おい。そこのモブ共、いつまでカメラ回しちゃってンの?」

 それこそ、煩わしくまとわり付いてくる羽虫に苛ついたように。
 シストセルカは言い、煩わしげに右手を突き出した。
 瞬間、そこに無数の飛蝗達が凝集する。数のちょうど倍の数の複眼が、無粋な端役達を見据える。

「未来のロック・スターともあろう俺様になんて無礼だ。罪状、肖像権侵害。無粋な野郎には踊り食いの刑を執行しちゃうよ!?」

 飛翔――ファウストの障壁構築ももはや間に合わない。
 いや間に合ったところで意味がない。そんなもの、この数のサバクトビバッタは薄紙のように食い破る。
 向かう先にいるのは無辜の一般人達。しかし彼らは死が確定したこの状況でも尚、表情ひとつ変えずにカメラを向け続けていた。
 彼らはノクト・サムスタンプの傀儡だ。自身の常識の閾値を超えた事態に遭遇した瞬間に思考能力がシャットダウンされ、ただノクトに打ち込まれた命令を遂行し続ける木偶人形と化す。

 哀れな人形。それ以前に、魂すら搭載されていないがらんどうの舞台装置(ノンプレイヤーキャラクター)。
 彼らが死んでも。生きていたとしても、何を生み出すこともない。
 頭ではそう分かっていて、だけど、けれど……

「あああああああああああっ………もうっ…………!!!」

 綺麗にセットされた髪の毛を、ぐしゃり、と自分の手で握り乱す。
 ――――やれますね?
 そう問うたファウストの声が、悪魔の囁きの代わりに脳内で反響し続けていた。

 抱いた恐怖と、迫っていた諦め(おわり)が。
 こっちの心情なんてお構いなしでいつも通りに突き付けられたその声によってかき消される。
 代わりに泣きべそかいてた心の奥から染み出してくるのは別の感情。
 満天にとってはこれまたいつも通りの、十八番と呼んでもいいような激情だった。

「どいつもこいつも、人の気も知らないで……!!」

 煌星満天。
 本名を暮昏満点というこの少女は――弱い。

 要領の悪さが致命的で、取り柄らしい取り柄もなく、おまけにコミュ障。
 臆病な性格はちょっとしたことですぐ負のスパイラルに陥ってうじうじうじうじ情けない。
 じゃあめちゃくちゃ顔がいいのかと言うと、可愛いには可愛いけれど、"本物"の前では埋もれてしまう程度の顔立ち。
 トップアイドルなんて夢のまた夢。誰もが鼻で笑ってきたし、実際この都市に来るまでは鳴かず飛ばずの悲惨な燻りを繰り返すばかりであった。

「ただのキモい虫けらのくせに……!」

 けれど。
 そんな少女にもひとつだけ、取り柄がある。
 ネガティブ思考の裏側に秘めた、ひどく幼稚でだからこそ侮れない弾ける激情。
 爆発力。かつて怒りに任せてオーディション会場を吹き飛ばした悪魔少女のポテンシャルが、過去最大の窮地の中で炸裂する。


「いい加減に――――しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!!!!!!」


 叫びあげた瞬間、文字通りに、満天が爆ぜた。
 食い殺されるだけの運命だったスタッフ達と、迫る飛蝗どもの間へ割って入って起こした悪魔的イクスプロージョン。
 それは暴食の虫螻達を勢い任せに焼き払い。背後で棒立ちしていたスタッフ達をも、その衝撃で尻餅付かせた上に吹き飛ばした。
 拍子に彼らの持っていた機材は軒並みオシャカになってしまったが、命があっただけでも儲け物というものだろう。
 煌星満天の再起。もはやお決まりの大爆発。限界まで追い詰められるとブレーキが壊れる最凶アイドルの輝きが、この時確かにいくつかの命を救ったのだ。

「ッッッッ……! はぁああぁぁああ……やっちゃったぁ……!!」

 咄嗟に我に返って頭を抱える満天の姿は、もうどこにでもいる少女のそれではない。
 頭からにょきりと飛び出たツノ。先っぽの尖った、いかにもそういう感じの尻尾。
 バズりにバズった例のオーディションの時と同じ、"悪魔"としての姿かたちがそこにはあった。

 ……満天は気付かない。正確には、気付く余裕がなかった。
 以前はせいぜいオーディションのセットを半壊させる程度の威力しかなかった爆発の威力が、目に見えて向上していること。
 人間相手とはいえ虫螻の王がけしかけてきた飛蝗どもを跡形も残らず消し飛ばし、見事に目的を頓挫させるほどの火力を今自分が出したこと。
 その意味に気付かぬまま顔を青ざめさせてオロオロ慌てる彼女の姿を、今度こそシストセルカが見含めた。

「――おお、そうだそうだ。そんな感じの衣装だったよな、あの動画」

 からからと笑う声が響く。
 愉快そうに、暴食の死が笑っている。

「お前、いろいろ混ざってるみたいだけど元はただの人間だろ?
 すげえじゃんか、俺殺す気で撃ったんだぜ今の。
 流石は今をときめく最凶アイドルだなぁオイ。良いモン見れて感激って感じだわー。あ、ところでよ」

 叫んだことで、まだ切れっぱなしの息。
 それを整えながら、満天は憎っくき敵の方を見る。
 もう口火は切ってしまった。喧嘩を売ってしまった。
 こうなったら後はやけっぱち。どうにでもなれの精神で転がり回るしかないとやけくそ気味に覚悟を決めて。


「なんか必死こいちゃってるけど――――テメェが敵う相手に見えんのか?」


 煽るように言うツナギ男の姿を視界に収めた瞬間、激情任せに無理やり復活させた精神(メンタル)が一瞬で消し飛んだ。

「…………、…………ぁ」

 満天(ジュリエット)の勇姿に心躍らせるロミオへ、噴出する蝗の群れだけで応戦し。
 彼女の敵たる暴食の厄災は、白い乱杭歯を覗かせながら立っていた。
 その背中には翼が生えている。毒蛾のそれを思わせる、巨大な目玉模様を湛えた四枚の翅だった。
 全長十数メートルにも及ぶ毒々しい翼は、よく見ると絶え間なく犇めき合っては蠢いている。
 数を想像するだけで正気が蒸発しそうになる、おぞましい虫螻達の集合住宅。
 暴力と死と、破滅の暗闇を象徴する〈蝗害〉が、悪魔の情熱を刹那にして再び氷点下の海底へと叩き落とす。

「そういうロックなのは俺も嫌いじゃねえけどよ……ちょっとは頭使って考えろよ。本能で生きてる俺らに言われちゃお終いだぜ? "人間のお嬢ちゃん"」

 何事においてもそうだ。
 無理と思われたハードルを必死になって超えると、その時だけは自分が無敵のように感じられる。
 けれどすぐに気付き、思い知らされるのだ。ひとつ超えた先には、また次の艱難辛苦が待っているのだと。

 満天も例に漏れず、幾度となく経験してきたこの世の現実。
 氷よりも冷たく、どんな寓話よりも無情に立ちはだかるリアリティ。
 聖杯戦争という非日常の中ですら、世界の法理自体は変わらない。
 恐怖を超え、絶望を吹き飛ばし、再起した煌星満天を待っていたのは次の破滅。
 蠢く飛蝗が織りなす模様。その巨大な目玉が、ギョロリと動いて満天を見据える。
 ただそれだけのことで、悪魔の勇気は元いた場所まで吹き飛ばされた。
 此処がお前の居場所だと、この暗闇がお前のあるべき地獄だと、指差して嘲笑うように。

(――――やっぱり、だめじゃん)

 これは、駄目だ。
 これには、勝てない。
 これは、人が挑んでいいモノじゃない。

 夢の大敵。その名は現実(リアル)。
 がむしゃらに足掻いて、できることをやって。
 それでも光を追い求め続けた先に待っていた数多の挫折。
 過去に嫌になるほど見てきた敗北という名の絶望、そういうモノが今満天を無数の瞳で見つめている。

(こんなの、どうやって)

 考えてみれば最初から馬鹿げていたのだ。
 ロミオで勝てない。
 ファウストの知恵が活きない。
 そんな化け物に、自分みたいな木っ端が必死こいて何になるというのか。

 ――自分の弱さなんて、この世の誰より知ってるくせに。


「ほら、来いよ」


 前門の虎、後門の狼。
 進んだ先には蟲がいる。逃げればそこには闇がある。
 煌星満天を受け入れてくれる善き処はこの世のどこにもない。


「来ないならこっちから行っちまうぞ。えぇ?」


 キチキチキチキチ。
 ぶぶぶぶぶぶぶぶ。
 鳴き声と羽音が折り重なって破滅の調べを弾き語る。
 もはや虫螻の王は、ロミオもファウストも見ていない。
 何故? 決まっている。煌星満天は、己の価値を示してしまったから。
 走光性。虫螻は光に集まる。"彼ら"の前で光を魅せることはすなわち、その視線を惹き付けることに繋がる。

(――キャスター……っ)

 咄嗟に念話を飛ばしてしまう、満天。
 だが、それに対する答えはなかった。
 ぎょっとして"プロデューサー"の方を見れば、無視された事実とは裏腹に彼と視線が交錯する。
 そしてその時、改めて、満天は自分の相棒の姿を見た。

 肩口から血を流し、膝を突き。
 怜悧な顔貌に疲弊を滲ませ、喘鳴のような息遣いを溢し。
 脳の過剰駆動で血走った眼球で、自分を見つめている――ゲオルク・ファウストの姿を見た。

 それを見てしまえば、もう何も言えなくなってしまう。
 無言のままに自分を見つめる彼の視線が、無言にて無言の意図を物語っていた。

(なんで)

 私はそんな大した人間じゃない。
 だめだめで、ぽんこつで、へっぽこで。
 言われたこともろくにできなくて。
 なのに夢見ることだけは一丁前で。
 いつも何かに怯えてて、一生懸命頑張ったところで大抵は空回り。

(なんでまだ、そんな眼で――)

 ほら見ろ。
 今の私を見ろ。
 この有様を見ろ。
 大見得切ったくせに、ちょっと脅かされたらこの有様。
 情けない。見苦しい。これのどこがトップアイドルを目指す人間の姿なんだと自分自身でさえそう思う。
 なのにそんな自分を見つめる彼の瞳は、言葉ではない何かでその意思を伝えてくる。

 ――――やれますね、煌星さん。

 と。


 いつからこうなってしまったんだろう。
 どこで、何を間違えたのだろう。

 小さい頃のことは、いつも靄がかかったみたいによく思い出せない。
 たぶん自分はそれに救われている。
 思い出せないからこそ、私を今も苛むこの恐怖ともなんとか付き合えているのだ。
 もしすべてを覚えていてしまったなら、私はきっととっくの昔に闇に呑まれている。

 ……だからきっと、すべてはあの時から始まったのだと思う。
 いつかの日、ひとりだけの部屋の中で響く歌を聞いた時。
 あるいは、泣いている背中にそっと囁かれた時。




 『きらきらひかる
 「Twinkle, twinkle」 
  煌 々 瞬 く

  おそらのほしよ
 「little star」
  小 さ き 星 よ 』

 『まばたきしては
 「How I wonder
  汝 の 正 體 を」 

  みんなをみてる
 「what you are」
  此 処 に 顕 せ 』




 ああ――――うたが、きこえる。

 いつかの歌だ。
 見知った歌。
 なのに、知らない歌。
 既知と未知が重なり合って綴られるノスタルジー。

 煌々光るお空の星よ。
 そう歌いながら、取り返しのつかない何かを求める歌。
 はじめて夜空の星を見上げた時に覚えた、感動と隣接する根源的不安。
 途方もなく美しいなにかを見つけたと同時に、途方もなく恐ろしいなにかに見つかってしまったようなあの感覚。
 それが骨身を揺らす。
 気合と根性、前時代的な熱血論だけで動かしていた身体が恐慌に震える。

 こわい。

 いてもたってもいられなくなるほど。
 悪魔の皮を被っても、拭い去れないほどの恐怖が湧いて出る。
 煌星満天の奥で座り込んだ暮昏満点をなにかが揺らしている。

 怖い。

 時間が止まって感じられたのは初めてのことだった。
 おお、瞬間よ止まれ、汝はかくも美しい。
 どこかでそんなフレーズを聞いた気がする。
 あれはどこでだったろうか。何の本でだったろうか。
 兎も角止まった時間、正しくは引き伸ばされた"瞬間"の中で満天は誰にも共有できない慟哭をあげる。

 奇蹟のように守られてきた骨組みがもうすぐ崩れてしまうと分かる。
 満天が必死に守ってきたそれを、満点が泣きながら細い腕で押し止めようとしている。
 これが崩れた時、自分という人間は終わるのだ。
 死ぬ? 違う。あの日見た暗闇に引きずり込まれて、それでおしまい。

 思えばずっと、それだけが怖かった。
 死ぬことも怖い。でも、それよりも暗いところが怖い。
 だから歩き続けた。どんなに傷ついても、足を止めることだけはしなかったのだ。
 だってそうすることを止めてしまったら、闇に追いつかれてしまうから。

 ――――ただ光を、追いかけている。

 今も。
 こうしている今でさえも、ちぎれかけた足でひた向きに。
 視界の遥か最果てに見える輝きに縋るように足を進める。
 止まった時間がいつ動き出すか分からない。
 動き出してしまえば終わると分かるから、願いながら歩いていく。
 時間よ止まれ。瞬間よ止まれ。
 いつかの誰かの願いをなぞって。煌星満天は、泣きじゃくるように歩みを進める。

 怖いよ。

 でもこの足だけは止められない。
 誰より、自分自身がそれを知っている。
 そうして顔を上げ、目指す光を見据えるのだ。
 いつだって暗闇に囲まれている己の世界。
 その中でただ一点だけ見える、遥かの光。
 朧気に幽けく灯る光点に、無間闇路の切れ端に――



『ね、ちょっと勝負しよっか?』



 そう言って佇む、天使(ヒカリ)が見えた。



 その微笑みは朗らかだった。
 その佇まいは美しかった。
 その声音は天上の囀りの如しであった。
 その振る舞いは魅了の究極にいた。
 その少女は、哀しくなるほどに完璧だった。

 ステージの上で、くるり、くるりと。
 舞う姿に比喩でなく羽毛が伴って見えた。
 客席で見るのと同じ土俵で見るのとじゃ比べ物にならない。
 そういう天使を、悪魔(ヤミ)は見たのだ。

 ――――ただ光を、追いかけている。
 ――――今も。

 縮こまっていた足が前へと踏み出す。
 目指すべき光が、そこにいるから。
 ああ、なんで忘れていたのだろう。
 怯えも恐怖も不安も希死念慮も、あらゆる雑音が輝きと歌声の中に溶けていく。

「……………………は。そうだよね」

 気付けば、いつの間にか笑っていた。
 時は既に動き出している。
 もう、満天を守ってくれる平穏の鳥籠はない。
 未熟な偶像の泣き言を聞いてくれる気休めは存在しない。
 なのに何故だか、満天は笑っていた。笑っていたのだ。
 恐るべき蝗害の王は、今もまだ見据える先にのさばっているというのに。

 不可解。
 だけどその問いに対する答えは、もう示されている。
 だって煌星満天(わたし)は、ああ、最初から。

「そうだよなぁ……」

 ――死ぬのは実は、意外とそれほど怖くない。

「……言っちゃったもんなあ、私……ッ」

 だから泥臭く、泣きべそかきながら前を向く。
 そうして右手を伸ばした。悪辣な〈蝗害〉の詰問、それに言葉ではなく行動で応える。

 吐いた言葉は呪いになる。
 踵を返して、矢になって胸を貫く。
 現実に直面するたびに。
 世界の過酷を知るたびに、過去は現在を嘲笑ってくる。
 そんな中で、ただひとつ。
 たったひとつだけ、手のひらの中に収まってくれる言葉があった。

 それは、宿敵との誓い。
 それは、友人への誓い。
 悪魔が天使に投げかけた、撤回できない宣戦布告。


 ―――勝負だ、天梨。


 ……ああ。
 そうだ。
 私は、あの子へ挑むんだ。
 悪魔として。ひとりのアイドルとして。
 みんなの〈天使〉で私の"憧れ"。
 泥のような闇の中にあってさえこの世の誰より美しく輝き続けるあの星。
 知れば知るほど自分との差を実感させる絶望の白翼たる彼女を、救いたいと願ってしまった。

 夢は諦めない。
 天使は超える。
 そして友達は救う。

 欲張りは上等、だって私は悪魔だから。
 煌星満天、令和の東京で産声をあげた最凶アイドル。
 欲しいものは全部手に入れる。
 叶えたいものは全部叶えてやる。
 そのためには……そう、そのためには。

(こんなところで、立ち止まってなんかいられない)

 うたが、きこえる。
 今もどこかで、知らないなにかが歌っている。


 ――煌々瞬く小さき星よ。
 ――汝の正體を此処に顕せ。


 ヒトの声とすら聞き取れなかったその歌声が。
 今この瞬間になって初めて、意味ある言葉に聞き取れた気がした。
 知ってる歌、知らない歌詞。光と相反する闇の言霊。
 闇路へ誘う囁きは含み笑いと共にありて、今も"それ"はあらゆる暗闇から己を引き込もうと手を伸ばしている。

「いいよ。……魅せて、あげる」

 暗闇(あなた)のことは心底恐ろしいしこの世で一番大嫌い。
 けれど、魅せろと言われたなら応えるしかない。
 だって煌星満天は、アイドルだから。
 誰かの期待に応えてなんぼのそういう世界で、天下を取ると誓ったのだから――!

 伸ばした右手に魔力が満ちる。
 戦うために使うのはこれが初めて。
 なのに不思議と、どうすればいいのかが分かる。
 悪魔に履かされた契約の靴。
 それを起点に全身へ巡った魔術回路が手取り足取り答えを教えてくれる。
 だからこそ迷いは毛ほどもなく。
 あたかも最初から知っているみたいに、遂げた進化のカタチを具象化させていく。

 その姿を――彼女のプロデューサーたる悪魔は黙って見ていた。
 疲労と激痛に苦々しく歪んだ口元が、緩やかなカーブを描く。
 彼はもはや蝗など見ていない。視界にあるのは、数百年越しに見初めた獲物の姿だけ。

(そうだ。それでいい)

 正直に言って、やはりこれは賭けだ。
 勝算は遥かに小さく、負ければ全損すら見える大博打。
 いつも通り最短距離で。そしていつも通りのノンデリ上等スパルタ指導。
 獅子の幼獣を千尋の谷に突き落とすが如く、輝いてみせろと煌星を焚き付けるのだ。

(驕り高ぶる虫螻に、そしてお前の敵たるこの俺に。
 お前が星たるその所以を、此処で顕して魅せるがいい――!)

 満天の右手に横溢する魔力の輝き。
 それがメフィストフェレスの眼鏡を、キラリと不敵に煌めかせた。
 その輝きは不敵に笑う悪魔の姿を彩るアクセサリーとしてあまりにお似合いで。
 既に暴食の災害さえ、ステージ上からコールを受け取る観客に堕してしまったことを如実に示していた。

「いいね」

 尚も笑うは、シストセルカ・グレガリア。
 毒蛾の翼を広げて、笑みと共に放たれる輝きを受け入れる。
 そう、彼は避けない。そこには驕りがある。満天を少々変わり種な餌の一匹と見ていることを隠そうともしていない。

「握手の代わりだ。撃ってみろよ、アイドル」

 言われずとも、そうしてやる。
 満天が、すぅ、と息を吸い込む。
 それは唱うという行為の予備動作。
 奇しくもそのスタイルは、彼女の友人/宿敵がしたのと同じ。

 描くのは、ステージに立つ自分の姿。
 ライトに照らされた光の下で。
 暗闇に包まれた客席へと相対する。
 少女から偶像へ。満天から悪魔へ。蟀谷に押し当てた夢想の撃鉄を叩いて、一世一代の瞬間は訪れる。



「"Twinkle, twinkle, little star(キラキラひかる、満天の星よ)――――"」



 イメージするのは、星空に咲く花。
 夜空の黒を打ち払う光の極彩。
 キラキラ、キラキラ、輝いて。
 恐怖も不安も吹き飛ばし、空も大地も魅了する自分だけの煌明。

 無明の空に光あれ。
 宇宙の闇だって満天に。
 彩ってやるという夢の名は、そう――



「――――『微笑む爆弾(キラキラ・ボシ)』!!」



 見据え放つアイドルの顔に、もはや恐怖はなく。
 笑みさえ浮かべて、悪魔は爆弾を投下した。
 下手くそなウインクと共に放たれた"それ"を、やはり虫螻の王は避けることをせず。
 冒涜の翅を広げた彼らの総体意思に、微笑みの爆弾は着弾し。


 次の瞬間――廃墟の街に、星の花(スターマイン)が咲き誇る。



◇◇



「ぐ、ォ……!? な、ッンだ、こりゃあ……!?」

 ――『微笑む爆弾』とは。
 契約が交わされた折に、メフィストフェレスから譲渡された仮初めの宝具である。
 自分の周りに爆弾を仕込み、真名解放によって起爆させる。
 こう書けば大層なものに聞こえるが、しかしこの爆弾は所詮ただの幻覚。虚仮威しだ。
 五感を弄り脅かすだけの爆熱。目眩ましくらいにしかならない爆光。鼓膜も破れない程度の爆音。
 花火以下の手品であり、とてもじゃないが英霊相手に活かすことなど夢のまた夢の"宝具もどき"。
 そういうモノであった――天使と踊ったあの瞬間までは。

 そも、この宝具は満天の成長、主に知名度を参照して強化されていく仕組みである。
 契約の対価。アイドルとして輝きを増せば増すほど、煌星満天は強くなる。
 担い手が強化されたならその宝具も威力を増していくのは道理。
 故に彼女の"プロデューサー"も、いずれ満天の爆弾が物理的破壊力を帯びた本物の武器になっていくことは想定していた。

 だが……

(素晴らしい。此処まで伸びるか、偶像(アイドル)よ)

 これほどの急成長は、メフィストフェレスをして完全に予想外だった。
 本物の爆弾を扱えるようになったとか、そういうレベルは優に飛び越している。
 その事実を、〈蝗害〉の悲鳴と彼ら群体が晒す惨憺たる光景が証明していた。

「どうなって、やがる……! 止まらねえ、だとォッ……!?」

 満天の放った爆弾は、〈蝗害〉を相手に極彩色の光を撒き散らしながら炸裂した。
 それでまず一撃。普通なら此処で終わる筈。が、今回撒き散らされたのは光だけではなかった。

 ――爆弾が起爆した瞬間、その内側から、無数の星が拡散したのだ。

 光景だけを見れば、夜空をきらびやかに彩る"きらきら星"のよう。
 しかしその実態は、決してそんな可愛らしいものではない。
 弾け舞い散った小さな星々は、一度目の爆発をなんとか逃れた蝗に当たってまた爆発。
 爆ぜた屑星はまた次の星を撒く。撒かれた星がまた次を。それがまた次を。次を、次を、次を次を次を。

 クラスター爆弾という兵器の存在を、満天は知らなかった。
 故にこれは既存のイメージに依存せず、彼女がゼロから発現させた悪魔的破壊兵器といえる。
 紛れもない非才の身で、トップアイドルという過ぎた輝きを希求する貪欲な欲望。
 天使との対峙に触発され、その飛翔を追いかけるように熱を増した悪魔の夢がこの上なく凶悪な形で現出した。
 それが『微笑む爆弾・星の花(キラキラ・ボシ・スターマイン)』。拡散と誘爆を繰り返し、地上に満天の星空を咲かせる対軍宝具である。

 咲き誇る花に触れるモノがある限り終わらないアンコール。
 喝采するように悪魔の敵は爆散し、彼女の星空を構成するデブリと果てていく。
 一撃が当たりさえすれば延々と引き伸ばされ、ひたすらに版図を広げていくその性質は、他の誰よりもこの蝗の群れにこそ特効だった。

 攻撃のために用いる筈だった毒蛾の翼をはためかせ、羽撃きで以って逃れんとする――無駄だ。
 既に翅を構成する飛蝗にも星の花は着弾している。
 ひとひらの花弁が種を兼ね、すぐに爆ぜてはまた花を咲かせるから全行動に無数の飛蝗を使用するシストセルカではどうやっても逃げられない。
 何か行動を起こすことすら許さない。寄せ集められた飛蝗は、集まった端から満天の爆弾の苗床になっていく。
 星の花は恐ろしく極悪だった。群れを成して物量を誇る手合いに対してこの爆弾は、文字通り抵抗の余地すら残さない。
 蹂躙だ。虐殺だ。都市における暴力のトップランカーが、ひとりの夢見る少女に制圧されていく様はどこか戯画的ですらあった。

「ぐ、おおおおおおおおおッ、オオオオオオオオオオ――――!!??」

 サバクトビバッタの恐ろしさのひとつは生命力。
 あらゆる環境に適合し、種の滅びを寄せ付けず進化を重ねる悪食の虫。
 しかしそんな彼らも、適合の暇なく鏖殺されては凌ぎようがない。
 虫螻の王の絶叫が響く。逃げ惑う飛蝗の羽音が、彼らが今"天敵"に遭っている事実を雄弁に物語っている。

 群れを散開させて誘爆の範囲から逃げる。
 不可能。群体を解く瞬間にも爆ぜる花弁は降り頻る。
 解放されるのを諦め、先に術者を殺す。
 不可能。攻撃に移るにも飛蝗が必要。数を集めれば星の花が片っ端から平らげる。
 業腹だが狩猟領域を構成する飛蝗を攻撃に回して対処。
 不可能。既に初動の時点で、領域を囲う飛蝗のドームにも花は浸潤している。
 衝撃も誘爆もすべて無視して前進する。
 不可能――シストセルカは群体である。彼らが行う全挙動には相応の個体数が必要になる。花の微笑(かんばせ)は見逃さない。

 逃げ場も出口もありはしない。
 虫螻の王、黒き死のアーキタイプに初めての戦慄が走る。
 奇術王のニブルヘイムを前にしてさえ恐れを抱かなかったこの群体が。
 適合不能の絶対的な"天敵"の出現を前にして、初めて無量大数個の本能を震わせた。

「魅せてやるって、言ったでしょ」

 全身の回路を流れる魔力が、炭酸飲料のようにパチパチと弾けているのが分かる。
 それは明確に痛みであったが、何故だか悪くはなかった。
 鬱屈の解けるような、されど悪徳とは無縁の爽快感が、十余年の雌伏を続けた身体に喝采として沁み渡っていく。

「ぽんこつだからってあんまり舐めんな。私は――煌星満天!」

 絶叫をあげる〈蝗害〉。
 都市を脅かし、恐怖という暗闇で一四〇〇万の都民を脅かす厄災。
 彼らに食われた街を見た。彼らのせいで深く傷ついた人の叫びを聞いた。
 だからこそ、叫ばずにはいられなかった。
 蝗どもとくと見よ。厄災よとくと聞け。
 私の名前は、煌星満天。
 我こそは――


「――――いずれ世界のすべてを魅了する、史上最凶のアイドルだ!!!」


 喝破の声は、爆音轟く戦場へ高らかに響き。
 同時に花に食われる飛蝗達が、逃げ惑うように悶絶する総体意思の許へと結集していった。
 誘蛾灯に飛び込む羽虫そのものの絵面で一点に集っていく虫螻の渦。
 満天にとっての絶望だった悪なる虫どものすべてが咲き乱れる星の花に吸い寄せられていき、世界は光に包まれた。



◇◇



「はあ、はあ、は、あ……ッ」

 伸ばした腕はそのままに、ぺしゃりと地面へ座り込む。
 魔術回路の"パチパチ"が消えた瞬間、急に無茶の反動が押し寄せてきた。
 疲労はそこまでじゃない。が、体力とは違う身体の中のエネルギーが結構な割合で抜け落ちた感覚があった。
 これが魔力を多く消費するという感覚なのだろう。冷静になってようやく自分がなんだかとんでもないことをやってのけたっぽいことに気付いたが、あげた戦果に自惚れる余裕は生憎なかった。
 身体中汗だくだ。地下アイドルをやってた頃の、ライブ後の気分が近いかもしれない。
 またへたり込んで、ぜぇぜぇ肩で息して、へにょんと髪のテールを萎れさせている姿はとてもじゃないが華とは無縁だったが。

「――なんと、素晴らしい……」

 そんな彼女を見て、ロミオは感涙せんばかりの勢いで感嘆していた。
 それもその筈。彼にしてみれば、満天は現在の恋の相手。
 命を賭しても守りたいと願い行動してきた愛しの人が、空前絶後の大戦果をあげてみせたのだから高揚もさるものだ。
 ……だが、だとしても、ロミオの感動はこの地に来てから未だかつて最大のものだった。

 本当に美しいものを見たと、宝玉のように澄んだ彼の瞳がそう告げている。
 星。まさしく星だ。己は今、地上で煌めく至上の星を見た。
 神秘と呼ぶ他ない劇的な体験が、狂気の軛をさえ超えてロミオの心を揺らす。
 仮に満天が彼にとって愛するものでなかったとしても、ロミオは手を叩いて彼女へ喝采を贈っていただろう。
 恒星たる少女たちは道理を超える。煌星満天もまた先の一瞬、確かに"超越"をして魅せた。

「これほど心震えた経験は未だかつて他にない。
 おお、嘘偽りない最大級の賛辞で労わせておくれ、愛しい君よ……!」
「あ、あの、ちょっと待って……ほんとに今は、ちょっっっとだけ待って……しんどい……心身共に立ち直る時間をちょうだい……」
「まぁそう言わず。君は歌い手で舞踏家なのだろう?
 ならば惜しみない喝采こそがその損耗を癒やす筈さ! さぁ遠慮なく、そうだな二~三時間ほどこの感動を感想として伝えさせておくれ……!」

 ふるふるふるふる。
 首を振って拒絶(ノー)を示す満天と、わなわな震えながら不審者めいた足取りで近寄っていくロミオ。
 契約が生きているから勢い余って惨殺死体にされる心配こそないが、それでもあの狂気的な奮戦を見た後での近接感想お伝え会は御免被りたかった。
 思わず助け舟を求めようとメフィストフェレスに向けて視線を動かす、満天。
 悪魔(ジョーカー)として見事予定調和の絶望を覆した少女を中心に、穏やかな安堵のムードが広がっていく。


「――――ッ! ジュリエットッッ!!」
「え?」


 そう、血相を変えたロミオが、満天の前に勢いよく立ち塞がるまでは。
 レイピアを構えたその肉体に、螺旋を描きながら蠢動する黒い疾風が着弾し。
 襤褸切れのように吹き飛ばして、地を転がらせ美丈夫の顔と身体を血と土埃で染め上げるまでは。

「は……?」

 何が起きたのかわからない。
 いや違う、脳が理解を拒んでいる。
 それを理解してしまったら駄目だと叫んでいるのだ。
 しかし現実は無情に、今度は満天の前でその像を結ぶ。


「――お前すげえな、マジに死ぬかと思ったぜ」


 肉食の獣を思わせる、精悍ながらもそれ以上に獰猛な貌。
 フードで隠されて窺えないのに、臓腑の底まで貫いてくる剣呑な眼光。
 現代風のツナギに身を包み、金属バットを携えて、白い乱杭歯を覗かせて笑う男。

 ――シストセルカ・グレガリアが、そこにいた。

「油断大敵ってやつだな。ロキ野郎の件に懲りて、もっと個体(なかま)を俺ン所に寄せとくべきだった」
「な、んで……?」
「確かにいい線は行ってたよ。俺らは数こそ多いけど、一匹一匹は吹けば飛ぶような虫螻だからな。
 殺虫剤だの寒気だのならまだ慣れてどうにかできなくもねえが、物理的に潰されちゃ流石にお手上げだ」

 へたり込んだ満天を見下ろして、虫螻の王は愉快そうに破顔している。
 怒りは見えない。あるのはむしろ喜色だ。
 彼もロミオと同じで、満天の成し遂げた、今となっては未遂に終わったジャイアントキリングを心から称賛していた。
 直接それを伝えに来たところまで含めて同じである。但し、これから取る行動だけは違っているが。

「しょうがねえから大勢死ぬのを覚悟で一点に仲間集めて、皆で強引に全部の火種を押し潰したよ。
 いろいろ考えてみたけどどうにもそれしかなかったからな。冷や汗かいたぜ。ま、虫だから汗腺ねぇんだけどさ」

 煌星満天の『微笑む爆弾・星の花』は、彼ら〈蝗害〉のような群体に対して極悪そのものの殲滅能力を有する。
 逃げ場はなく、花弁の散る先に命が消えるまで止まらない花火大会。
 傲慢と不遜を地で行くシストセルカをして"打つ手がなかった"と認めるほどの絶大な相性の悪さ。
 しかし唯一攻略法があるとすれば、それはすべての火種を物理的に除去されることだ。

 シストセルカ・グレガリアは無尽蔵の飛蝗で構成された軍勢英霊である。
 彼らの総数はこの渋谷に残っているだけでも途方もない頭数に達している。
 星の花は時間さえあればその全個体を鏖殺し得た。
 何の誇張も抜きに、渋谷区からサバクトビバッタを根絶することが可能だったのだ。
 ではどうやって彼らはそれを凌いだのか。その答えが、前述した"攻略法"。
 一点に渋谷の全個体を集結させ、ニホンミツバチの蜂球宜しく固まって、物量に物を言わせた超絶の密度と重量を実現させた。
 これによって誘爆し続ける星の花、殺虫爆弾の火種をすべてその爆発ごと揉み消し、消滅させたのであった。
 如何に星の花が悪辣でも結局はエネルギーを伴って生じる現象のひとつ。
 遥か上を行く別のエネルギーで圧殺してしまえば、次の誘爆が発生する前に悪魔の花弁を消すことができる。


「つーわけで始めようぜ、"第二ラウンド"。死んでいった仲間のお返しをさせてくれや」


 …………こいつらは、本当の化け物だ。

 絶望を超えて立ち上がり、乗り越えたと思った時にはもうその先で嗤っている。
 さながらそれは、いつもぴったりと自分に寄り添って、視界の闇から語りかけてくるあいつのように。
 咲き誇る満天の光さえその羽ばたきで翳らせて、再び空を覆い尽くす絶望の象徴。
 ロミオに庇われ、ファウストが念話を飛ばす中、少女はただ固まっていた。

(煌星さん)
(令呪を使ってください。もはや背に腹は代えられません)
(あなたは賭けに勝った。この状況に陥ったことを私は責めない)
(此処で死ねばすべてが水の泡です。あなたが私に顕したその輝きさえ無為に終わる)
(――それは私にとっても、そして無論あなたにとっても本懐ではないでしょう?)

 その念話(こえ)に仕損じた責任を追及する色はない。
 むしろ普段の彼の声より、一回りは棘の少ない声音だった。
 煌星満天はベストを尽くして、一縷の活路を開きかけた。
 責任があるとすれば彼女ではなく、この賭けをせねば巻き返せない状況を作った己の方。
 己の不徳に心を煮え滾らせながら、悪魔は少女へ損切りを提案する。

 先にも述べたが、ゲオルク・ファウストを騙るこの詐称者の霊基は惰弱の部類だ。
 令呪行使による刹那の離脱、それさえ一線級のサーヴァントほど上手くはできない。
 だがそれでもやらなければ全滅するのは見えており、であれば他に選択肢はなかった。

(早く。もう時間はありません)

 心の均衡を崩された人間に熱をあげて呼びかけるのは愚策だ。
 努めて冷静に、乱れた心を冷ますように語りかけるのがベター。
 メフィストフェレスは当然そうしていたが、しかし満天からの応答はない。
 令呪の刻印は感光することなく、少女の眼差しは間近で見下ろす虫螻の王にのみ注がれていた。

(――煌星さん)
「が、ぐ……ッ、――ジュリエットォォッ!!」

 メフィストフェレスの声と、復帰したロミオの咆哮が重なる。
 恐るべし恋の狂戦士。満天を守り蝗の殺意に直撃したというのに、彼は未だ五体を保って愛する者のために奔走している。
 が――如何にロミオと言えどもこの距離ではもう間に合わない。
 既に満天の前に立っているシストセルカの金属バットが振り下ろされる方が、どう考えても早いのは明白だった。


「撃たねえのか」


 脳裏に響く声は理解している。
 なのに応じないのは、応じられないからだ。
 "彼"との付き合いももうそれなりの時間になる。
 単に令呪を使えと求めてくるプロデューサーの指示には、珍しくその先がなかった。
 満天とメフィストフェレスは仲良しこよしの関係ではない。
 ふたりを繋ぐのは"契約"。魂を賭して結ばれた、ファウスト博士の逸話の再演。
 契約が不履行となれば自分の魂は彼に押収され、自分が駆け抜けたなら彼は魂を得られない。

 言うなれば勝負をしている。
 満天の敵(ライバル)は、天使だけではないのだ。
 だが、いいやだからこそ、満天は彼にその命令を飛ばしたくなかった。

 令呪を使って「逃がせ」と命じれば、彼はそれを全力で遂行するだろう。
 しかし相手は虫螻の王。天地神明、世界のすべてを暴食する無尽の軍勢。
 命令を果たし終えたその時、ゲオルク・ファウストという男がどうなっているか。
 本当にこれまで通り、自分のプロデューサーとして隣にいてくれるのか――分からなかったから。

「ンだよ。つまんねーの(・・・・・・)

 駄目だ。駄目なのだ。
 死ぬほど怖いし今にも泣きじゃくりながら助けてと叫びたい気持ちだけれど、それをしてはいけないと自我のすべてが否を唱えている。
 此処で彼が死んでしまうのは、もう絶対に駄目なのだ。
 我が身可愛さにそれを許してしまったら、命を拾ったその先に残るのはただの『暮昏満点』。
 へっぽこでもどん臭くても必死に頑張って夢に向かってもがいてきた、アイドルの『煌星満天』は消えてなくなる。命を拾い、代わりにすべてを失う。
 持っているもの、積み上げたもの、叶えたいもの、救いたいもの、何もかも。
 何もかもがあの日の暗がりに吸い込まれてしまうと分かっているから、満天にはどうしたってその決断は下せない。

 ああ、死が来る。
 死ぬのはそれほど怖くない、とは言ったけど。
 こうして間近に迫ってくるのを見てると、やっぱりちゃんと怖かった。
 時間はもうない。爆弾を撃つ暇もない。じきに煌星満天(わたし)は、目の前の暴力によって壊される。


 ――諦めるの?

 声がする。
 笑いを噛み殺した闇の声が。

 ――諦めるのか?

 声がする。
 燻るばかりの自分へ、靴を授けた悪魔の声が。

 ――諦めちゃうの?

 声がする。
 いつか超えたい、翼持つ天使の声が。

 ――諦める?

 声がする。
 何かになろうとするたびに、心の中から語りかけてくる自分の声が。


 "つまんない"なんて言われて――――諦めるんだ?


 声、が。
 して。
 手の中には、マイクがあった。



「あ…………、あの…………っ!」


 最後。心が少しだけ、ほんの少しだけ暖かくなった。
 凍てつきかけた歯車が、熱を取り戻してかすかに動く。
 幼いあの頃。誰にも構ってもらえなくて、窓辺でぼんやり外を眺めてた時に感じたようなぬくもり。
 寂しくてつまらなくて眠ってしまいそうなのに、なぜだか自分が何にでもなれるみたいに錯覚してしまう夢見心地。
 麻薬のように広がった根拠なき全能感が、満天にその行動を選択させていた。

「あなた――――〈蝗害〉さん、って」

 怪訝な顔で見下ろす死神。
 それに向けて、恐怖を押し殺した真剣顔で。
 煌星満天は、自分でも正気とは思えないことを、言った。

「音楽……好きなんですよね?」

 ……その言葉を聞いて。
 虫螻の王は当然の感想を漏らす。

「……はあ?」

 重ねて、当然のリアクションである。
 一秒後には自分の頭蓋が弾け飛ぶという状況で、このガキは何を言っているのかと。
 誰だってそう思う。それは、泣く子も食らうシストセルカ・グレガリアでさえ例外ではなかった。

「いや、まあ……うん。確かに好きだけどよ。今この状況でする話か? それ」
「――だったらっ!」

 好きだけど、と言った辺りのタイミングで、満天はずいっと前のめりになった。
 怖いとかコミュ力がどうとか言っている場合ではもちろんない。
 何しろ自分達全員の命が懸かっているのだ、必死になりもする。

 ――『未来のロック・スターともあろう俺様になんて無礼だ。罪状、肖像権侵害。無粋な野郎には踊り食いの刑を執行しちゃうよ!?』

 あの時、シストセルカ・グレガリアは自分のことを"ロック・スター"と呼んだ。
 今になってそれを咄嗟に思い出せる辺り、こんなぽんこつ脳みそも捨てたもんじゃないと思う。
 希望というにはか細すぎる糸口。それでも、目指すしかないのなら。賭け/駆けるしかないのなら。
 ただその光を、追いかける。無様でも、不格好でも、情けなくてもみっともなくても。
 夢を叶えるそのためならば――恥なんていくらでもかき捨ててやる。

「バッタさんも知ってくれてたように、私、アイドルやってるんです。
 ……まだまだ味噌っかすで、反則みたいなバズで知名度稼いでるようなへっぽこですけど。
 でも、一応……! ほんとに一応だけど、歌って踊れるアイドルだから!」

 魔術回路、再起動。
 "パチパチ"が全身を駆け抜けていく。
 弾ける泡とも冬場の静電気ともつかない微かな痛みが、今だけは喝采みたいに聞こえた。


「私を殺す前に、私の歌―――― 一曲っ! 聞いていってもらえませんか!!?」


 叫ぶと同時に、大爆発。
 間近の飛蝗まで消し飛ばしてしまってゾッとしたが、そこはもう目を瞑って貰うより他にない。
 だって自称した通りまだまだへっぽこの味噌っかすの、ぽんこつアイドルなのだ。
 言われたこともうまくできないのに、アドリブなんてそうそううまくできるわけもなし。

 でも、だけど。
 すべてを魅了したい欲望だけなら、私は天使にだって負けやしない。
 だからそこまで含めて煌星満天、一世一代の命乞い。
 命題――その持てる力すべてを用いて今、"微笑む爆弾(キラキラボシ)"を体現せよ。



◇◇


〈渋谷区・高層ホテル〉



 伊原薊美は魔術師ではない。
 彼女はあくまでも、懐中時計によって後天的に魔術回路を発現させられた"成りたて"だ。
 しかしそんな彼女でさえも、その剣をひと目見た途端に理解した。
 己を魅了し星空の位階に足を踏み出した不世出の天才。先天ではなく後天で夜空に昇れる稀有な器。
 奇術王とすら談笑を交わせるようになった、そんな薊美の顔が一瞬それでも――凍てつくように強張った。

「こ、れは……」

 ――尋常じゃない。これは、この世にあってはならない代物だ。

 差し出されたのは、鈍く輝く、黄金の紋様が伝う無骨な剣だった。
 思わず息を呑んでしまうほど荘厳なのに、見ているだけで逃げ出したくなるほど禍々しい。
 その証拠に自然と眼球が目を逸らそうとする。この剣を視界から外そうとしていく。
 矜持に物を言わせて抗う姿は流石だったが、噴き出す脂汗までは意志で制御できるものではなかった。
 器がどうとか、光がどうとかではない。
 この世に存在する命あるモノは皆、この威圧を前に涼しい顔などできないと伊原薊美が断言する。

 死。
 そう、死だ。
 死がそこにある。
 神様でさえ、生きているなら皆が恐れ意識せずにはいられない不変の法則。
 それを凝集させたかのような悪の荘厳を前に、薊美は息を呑んだ。

「何のつもりだね。北欧の奇術王よ」

 立ち尽くし凝視する薊美の隣に、蛮勇の騎兵隊長が姿を現す。
 顔に浮かぶのはもはや見慣れた不敵な笑みであったが、その裏に滲む警戒の色は残念ながら隠せていない。
 事と次第によっては只では済まさないと、言外に彼――カスター将軍はロキへ警告していた。

「おいおい、そう怖い顔すんなよ。
 話聞いてたか? こいつは俺から薊美ちゃんへの真心籠もったプレゼントさ」
「そうか、とても信じられないな!
 何しろ君の悪辣は既に割れている。悪魔が持ちかける"親切"に耳を貸してはならないなんて、我が国では子どもでも知っていることだ」
「まあ間違っちゃいないな。悪魔呼ばわりも否定はしないよ。
 けど知ってるかい少年将官くん。悪魔に騙されて破滅する寓話もあれば、逆に上手く扱って巨万の富を築いたハナシもあるんだぜ?
 要するに大事なのはそいつが有能か無能かってコトさ。その点君はどうだろうな、伊原薊美ちゃん。嫉妬に燃える地上の王子様よ」

 薊美は――自分を揶揄する物言いに軽口返すのも忘れ、ロキの差し出した剣を見つめる。
 魔術師でなくとも分かる。成りたてだろうと、容易に断ぜる。

 凄まじい。これは"死"の具現化だ。
 世界を滅ぼし、星を焼き焦がすモノだ。

 やがて唇が開けば、パリ、と冬場の乾燥したそれを思わす音が鳴る。
 季節を問わずリップクリームを用い、口元の保湿を惜しまない薊美にとってはあり得ないことだった。

「……何ですか、これは」

 問う薊美に、ロキは即答する。
 彼女とは対照的に艷やかな色気を放つ唇を、三日月の形に歪めて。

「『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』」
「……レーヴァ、テイン……?」
「ゲームにアニメ、漫画なんかで引っ張りだこだろ?
 今日び中学生でも知ってる、人類史上最も有名な神殺しの業物。
 アースガルズの神々すら滅ぼす、"太陽を超えて耀く剣"さ」

 その名が意味するのは"破滅の枝"。
 九つの封印を施し厳重に封じられた破局の招来そのもの。
 薊美の認識は正しい。これは、この世にあってはならない代物である。
 一度でも握られれば世界のすべてを焼き滅ぼす、誇張でなくそう至らせる可能性を秘めている。
 それが今、伊原薊美という少女の前に、贈り物と称し差し出されている。
 目眩のするような状況だったが、これを真作のレーヴァテインと信じるほど薊美は無垢ではなかったし。
 何より既に彼女は傍らの騎兵隊長から――この"ロキ"が扱う宝具の正体を聞いていた。

「何かと思えば……。馬鹿にしてるんですか?」
「お? 鋭いね。さては誰かに入れ知恵でもされたかな」
「破滅の枝は確かに狡猾なロプトル、悪童の王たるロキによって鍛えられた。
 でも"それ"はあなたではないでしょう? それとも、みなまで言った方がいいのかな」
「俺は確かに巨人の血を引く、悪戯好きの悪ガキのロキだとも。
 嘘は言っちゃいない。そしてこいつを鍛えたのも、紛れもなく俺さ。
 それに話は最後まで聞くもんだぜ、木星の君。早合点をしちまうから、人は悪魔に騙されるのさ」

 チッチッ、とロキが人差し指を左右に振る。

 カスターに接触させた二組のマスター……正しくはそのサーヴァント・ランサーから得た情報。
 ロキの駆使する異能は幻術。たかが幻、されど夢幻であるが故に彼は強い。
 都市を脅かす最悪の厄災、〈蝗害〉をさえ痛み分けとはいえ抑え込む力がそこにはある。
 では、今わが身の芯を凍て付かせるこの戦慄もまた彼の幻が産んだ幻肢痛に過ぎないのか。
 正解でもあり、不正解でもある。何となく、そんな気がした。

「いいかい、薊美ちゃん。俺はいつだって夢見る者の味方なんだ」

 何のコンテンツにおいてもそうであるが。
 虚構(フィクション)を虚構と知って楽しむには受け手の姿勢が肝要となる。
 たかが嘘と斜に構えて笑い飛ばしていたのでは楽しめるものも楽しめない。
 逆に、嘘と分かった上でその荒唐無稽に没頭し、最大限楽しもうと思えばたとえ虚構なれど記憶に残る有意な体験になってくれる。

「にーとちゃんを見な。現実なんてちらりとも見やしない。見たとしても、すぐに自分好みの堕落で加工しちゃうだろ。
 要するにそういうことさ。確かにこいつは贋作で、俺が創り世界に見せている夢幻に過ぎないが――担い手の君に夢見る気持ちがあるのなら、君の中でだけはまごうことなき本物になる。
 そこに夢がある限り。君がそれを信じる限り。俺の見せる夢が醒めることはない」

 奇術王の名において断言する。
 ロキの太鼓判は、たとえ彼が月光の眷属と化した今でも揺らぐことはない。
 何故ならそれが、悪辣上等、善悪あらゆる主義主張を笑い飛ばすウートガルズの王が抱く唯一の矜持だからだ。

「君が夢追人(デイドリーマー)である限り、この剣は君の頼もしい味方になるだろう」

 デイドリーマー。
 それは荒唐無稽な白昼夢を、正気に照らされたまま追いかける者。

「太陽を超えて耀き、地上のすべてを灼き尽くしたあの巨人のように。
 君の夢が真に不変であるならば、君は憎くて堪らない白い神を滅ぼす――スルトにだってなれる筈だよ」

 災禍なる太陽が如き剣。
 太陽を超えて耀く――炎の剣。
 まるで、今の薊美のために誂えられたような銘(なまえ)であった。
 呼気を吐く。古い酸素を、そうして新しい酸素と入れ替える。
 回路が廻る。光が身体の隅々まで行き届く。ヒトの己を、そうではない何かへ切り替える。
 緞帳が上がり、目を輝かせて自分を見つめる観衆の前へ出るあの時に似た感覚だった。
 そうしてようやく、剣から視線を外して、薊美はロキを見据えた。

「……で、あなたや仁杜さんに向けたら爆発でもするんですか?」
「そりゃそうだろ。敵に利用される前提で兵器を贈る間抜けがいるかよ」
「ほらやっぱり。あなたのことは嫌いですけど、その一貫性はちょっと清々しいです。一周回って信用できるので」
「北欧のエリートたるオレが念入りにルーンを重ねがけしてるからな、普通に死ぬより二十倍くらい酷いことになるよ。
 俺らに牙剥く日が来たら、そん時は自分で頑張りな。君が本当に太陽を落とせるお星さまだって言うんなら、そのくらい出来るだろ?」
「確かに言われるまでもないですけどね、そこは」

 あっけらかんと告げられる"例外"の存在、たちの悪すぎる二枚舌に苦笑と嘆息が出る。
 というか今此処で聞いていなかったら、この男は確実にそれを自分へ伝えなかったろう。
 どこまで行ってもロキはロキ、奇術王は焦がれる月以外の全員を笑い者にする気しかない。
 もっとも今更そんなことにいちいち目くじらを立てるつもりもない。
 太陽のように笑って受け流し、巨人の威容を前にして尚縮こまらないことこそが肝要と信ずる。
 とはいえ、なればこそやはり不気味ではあった。

「で。これ、一体何のつもりなんですか?」
「何、って言うと?」
「あなたに面白いと言わせられたのはまあ、確かに進歩なのかもしれません。若干ムカつきますけど。
 でもこれは明らかに度が過ぎてるでしょう。他の星に魅了された眷属さんにこうも親切にされるのは、率直に言って気味が悪いです。うん」
「つくづく言うねぇ、可愛い可愛い。そっちが素なのかな? だから俺は言ったんだよ、君らしく生きた方が魅力的だって。
 俺は面白い女と、素直な女が好きだからな。
 ――で、なんだっけ。なんで此処まで親切にするのか、だっけ? んー、そうだな」

 ロキの眼が、糸のように細められる。
 その糸の隙間から、巨人の瞳がこちらを覗いている。

 心の奥底まで見透かすような、嘲笑う者の瞳。
 彼は確かに薊美へ大盤振る舞いの施しをしていたが、瞳に宿る光の種類だけは徹頭徹尾変わっていない。
 手のひら返して薊美を褒めそやしながら、あいも変わらず嘲笑だけをそこに湛えている。
 誰が相手であろうと大差はないんだな、と分析がまた一段深まる。
 きっとこの男は、相手が〈この世界の神〉――あの白い太陽であろうと同じ態度を崩さないのだろう。
 不誠実の極みのような在り方をブレることなく貫き通す巨人王の答えは、敢えてなのか嘘をまぶすことなく薊美へ届けられた。

「だってどう転んでも面白いだろ。君の進む先は文字通りの茨道だ」
「その心は?」
「山ほどの挫折と、山ほどの後悔と、そして山ほどの苦しみが待っている。
 おまけにそれを歩み抜いたとして、その先に望んだ結末があるとは限らない。
 "閉ざす者(ロキ)"の名前において断言しよう、伊原薊美――君の行く先は、進もうが戻ろうがもはや地獄しかない」
「ははあ、なるほど」

 伊原薊美は、進むことを選んだ。
 太陽を知りながら。月を知りながら。
 星と呼ばれる者達の存在を知りながら。
 光に背を向けるでも、現実を受け入れて肩を落とすでもなく。
 己もまた宙へ昇り、唯一の星となることを決断した。

「かもしれませんね」

 故に認める。
 勇ましく、さりとて無謀。
 いつの世においても、無謀を押し通すには対価が伴う。
 さながら悪魔の囁く甘言のように。
 その道を往くと決めた時点で、進むも戻るも地獄でしかない。
 ヒトとしての穏当な結末に別れを告げること。
 それが、持たざる者(ペーパー・ムーン)が道理をねじ伏せる上で必要になる絶対条件。

 薊美はもう、駆け抜ける以外では救われない。
 遥か彼方の光、己が夢見る唯一無二の結末に辿り着くこと。
 それ以外では何をどうやっても、生存圏の外へ踏み出た茨の王子を救えない。

「そして夢を掴み、無事に意中のカミサマを殺せたとしても……」

 ロキはそのことを知っているから、こうも愉快に笑うのだ。
 ついつい大盤振る舞いだってしてしまう。
 悪魔はいつだとて、愚行に走る人間が大好きだから。
 彼らの汗と涙を啜りながら、悪魔は愉悦に酔い痴れるのだから。

「その先には――――俺の愛するお月様が待っている」

 最大の絶望として太陽ではなく月を挙げ。
 ウートガルザ・ロキは呵呵と嗤う。

「謂わば絶望で終わることが約束された物語。実らない英雄譚、仇花のレーヴァテイン。
 せいぜい驚かせて、笑わせて、楽しませてくれよ?
 その剣は代金の前払いみたいなもんさ。さっそく部屋に戻って魔女っ子でも殺してみるかい?」

 薊美は紡がれる宣告を、あえて黙って聞いていた。
 地獄行きは明言された。星を躙ると決めた時点で、茨の道は確定した。

 が――揺るがない。茨の王子は、地上の星は恐怖なんて陳腐な感情ではもはや揺るがせない。
 ロキの長ったらしい台詞を聞き終えて、薊美は動じず口を開いた。
 薄ら笑みを湛え、正面から奇術王の悪意と対峙する。
 常に揺るがぬ嘲りはそうと解って挑めば自然現象のようなもの。
 雨風の騒音にいちいち青筋を立てて叫び散らかしたところで何が変わるというのか。

 それに――覚悟など既にある。今更言われるまでもないのだ、こっちは。
 示す毅然がそれを物語る。悪魔たるロキに、上等だ、と吐き捨てるように。

「アンサーの前にまずひとつ聞かせてください。
 あなたって、仁杜さんが祓葉を超えることに興味はないんですか?」
「あるよ。でも直接殺し合って勝つとか、そういう意味なら微妙だね」

 問いかけたのは月の行方。眷属として格上の星を踏み躙りたくはないのかと問うた。
 これにロキは、即答。薊美とは違う未来で太陽・神寂祓葉を見据えているのだと語る。

「最強とか無敵とか、そんなチープな概念じゃ俺のにーとちゃんは語り尽くせない。
 あくまでも神に触れたあの子が、変わらないまま輝きだけ増してくれたらそれでいい。
 今の時点で既に俺にとっての唯一絶対な月の光。それが太陽に触発されてもっとキマってくれたら、これ以上のことはない……ってだけさ」

 ムキムキマッチョになって誰彼構わず殴り倒すにーとちゃんとか見たくねえし。
 ロキは肩を竦めて、何がおかしいのかひとりでくつくつ笑っている。

「その点、君はどうだろうね。"鋼の木星"ちゃん」

 黙する薊美に、ロキは言う。
 値踏みするような声音、言葉。
 木星と呼ぶのも悪意故のことなのは明々白々。

 できるの?
 やれるの?
 本当に?
 君ごときが、星々の位階に届くとでも? ――巨人の王はそう云っている。

「問おうか、伊原薊美。君は今、何を見ている?」
「夢を」

 答えは決まっていた。
 ロキは言う。
 己は夢見るものの味方であり、故に我が拵えた魔剣は夢見る限り"破滅の枝"であると。
 ああ、正直に言うと。それを聞いた時、少しだけ安心したのだ。
 何故? 問われるまでもない。

「私は"あの日"から、ずっと夢の中にいる」

 ――それはきっと、広範には呪縛と呼ばれる類の言葉。
 幼い童女に、たしかな慈愛と共にかけられた善意の祝福。
 されど幼い脳髄は、生まれたての雛鳥と大差ないくらいには単純だから。
 雛にとって世界のすべてたる親鳥が囁いた愛は、希望を超えて呪いとなり、幼気な心に染み渡る。

「私は御姫様。そして、王子様」

 キラキラ、キラキラ、輝いて。
 戴くは王冠。履くのは硝子の靴。
 御伽の国の綺麗をいっぱいに詰め込んだ器。
 そう、彼女もまた――

「夢見るように輝けないことを現実と呼ぶのなら、私は夢追人(デイドリーマー)でいい」

 手を伸ばす。
 掴み取るのは、炎の剣。

(令嬢よ)
(うん)
(……良いのだな?)
(いいよ)

 災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)。
 そして太陽を超えて耀く炎の剣(ロプトル・レーギャルン)。
 北欧の神話を終末へ導いた禍津の炎を己が武器としてその手に担う。
 たとえ、その先に待つすべてが地獄だとしても。
 ならば――地獄の炎さえ踏み躙り、己を彩る茨に変えてみせると誓って。
 伊原薊美は夢を見るのだ。御伽の夢、星の夢。砂糖菓子より甘く、最果ての嵐より峻烈な。現実(セカイ)をさえ冒す、そんな王道の夢を。

(もう私は祈ったもの。"輝ける勝利を我が手に")

 伊原薊美は、剣を抜いた。
 彼女だけの剣。太陽を憎む小さな巨人の炎。
 決して捨て去れぬ運命という呪いを抱いて、夢見るように少女は閉ざす者へと応えるのだ。
 常の"薊美"ではなく、舞台の上に君臨し見る者共に演ずる者そのすべてを圧する"茨の王子"として。

「以上を踏まえて、回答をしますね」

 ――引き抜いた滅びの剣は。
 ――思ったよりも、なんだか軽かった。

上等です(・・・・)
「いいね」

 さあ、緞帳が上がる。
 もう降りることはない永遠の舞台。
 駆け抜ける以外で救われぬというのなら、喜んで宇宙の果てまでを駆け抜けよう。
 見据えた光の方へ駿馬を駆りてひた走る。
 それは、醒めない夢。薊美のための現実(デイドリーム)。悲憤と絶望で終わる物語なんて、茨の王子(わたし)には似合わない。


「君が本当に、都市の神に届く炎の剣(レーヴァテイン)たるのなら――その時はオレも、月の近衛として君を敵と認めてやろう。
 そしたら改めて始めようじゃないか。本物の月と紙の月の、情け容赦なんかカケラもない、殺すか殺されるかの星間戦争を」


 巨人の王は云っている。
 汝、太陽を滅ぼせ。
 "できるものなら"、と。

 本当に汝がそれほどの器ならば、その時は改めて敵に能うと認めよう。
 汝の輝きを、星たるモノと受け容れよう。
 そしてその上で、敬意を表して討ち殺そう。
 正真の星が誰であるかを定めるために。
 地獄の炎の中で尚咲き誇る尊い茨の花を、月光を以って摘み取ってやろう。
 告げるロキの言葉に、伊原薊美は、茨の王子は、同じく微笑みと共に。


「応えましょう、月の眷属。蒼白の星にて女神へ寄り添ういと高き者よ。
 その神話は終わる。私が滅ぼす。太陽は超えられ、月は焔の中へと沈む。――神々の黄昏(ラグナロク)の始まりです」


 ――――ただ光を、追いかけている。 


 あの輝きに追いついて、あの輝きに成るのだと誓って、そうして黄昏は宣ざれた。
 炎は静かに、されど高らかに燃え盛る。
 太陽よ死すべし。あまねく神話よ終るべし。
 我こそ星なき宙にただひとつ瞬く鋼の星なり。

 万物、万象、私の物語(ユメ)に堕ちていけ。
 それはすべて灼く茨道の戴冠王子。
 太陽の原罪を骨子にして燃ゆる鏖殺の美。
 呉越同舟、挑むは太陽――神殺しの産声があがる。



◇◇



〈渋谷区・路上〉



 マイクを握り、爆発の煙の中で立ち上がった。
 視界の先では、像を結び直す〈蝗害〉。
 廃墟の街でただひとり、満天が挑むべき大衆(セカイ)がそこにいる。
 値踏みするような視線を感じて背筋が震えたが、幸いこれはいつものこと。
 アイドルはいつだって値踏みされている。
 偶像なんて言えば聞こえはいいけれど、現実はそんな甘いことばかりじゃない。
 ルックス、パフォーマンス、ファンサービスにキャラクター。
 年を重ねるごとに賞味期限なんてグロテスクな言葉まで付きまとう茨の道、それが誰かの偶像になることの意味。

 ああ、怖いな。
 舞台に立つのって、こんなに怖いことだったっけ。
 ライブなんて久しぶりだから、うっかり忘れてたみたい。

 今までの、雀の涙ばかしの経験が脳裏をよぎる。
 引きつりまくりの表情で、操り人形みたいなダンスをしたこと。
 練習の成果なんて微塵も見えない、音程外しまくりの歌を歌ったこと。
 その後すぐにユニットは解散してしまい、今に至るまでそれっきりだ。

 失敗したらどうしよう。
 うまくできなかったらどうしよう。
 怖い、恥ずかしい、逃げたい、無理。
 そんな弱音も、今回ばっかりは通用しない。
 だってこれは死神とのディール。
 商談が破談すれば、この身この命は取り立てられる。
 夢の果てを見ることなく。契約の成就を果たすこともなく。
 すべてが終わり、煌星満天は失われ、暗闇の中に堕ちていく。


 ――すぅっ、と、息を吸い込んだ。
 肺の奥、胞のひとつひとつにまで新鮮な酸素を行き渡らせる。
 不器用な猿真似で思考を切り替える。ステージライトも気の利いたMCもないけれど、此処は満天だけのライトステージだ。


 さあ、勝負をしよう。
 勝つか負けるか、生きるか死ぬか。
 そんな賭けにもそろそろ慣れてきた頃だろう、なあ。


「"――ファナティック・コード、さあ開闢(はじ)めよう"」


 曲名は『ファナティック・コード』。
 狂信の法典。悪魔らしく、煌星満天が歌い上げるのは破滅の一曲(ナンバー)。
 脳裏に叩き込んだステップを踏んで、くるりとターン。
 からの、ファンサービス。観客を指差して、覚えたてのウインクを打つ。

「"燻るように歩いてた 「どうせ無駄さ」と愚痴を吐いて"」
「"フツウの方には背を向けて 夢見るように逃げ出したんだ"」

 曲はファウストが用意した。
 こいつ本当になんでもできるな……、と若干引いてしまったのを覚えている。
 でも作詞をやったのは彼ではない。
 満天だ。曲は作ったから歌詞はあなたが作ってください、という無茶ぶりの賜物。
 悪戦苦闘の末に生み出した、あんまり自分じゃ読み返したくない処女作。
 そんな歌が今、自分達の命運を占う手札最後のワイルドカードと化しているのはなにかの冗談みたいだった。

 怖いのは。
 その冗談を、なぜだか今はそんなに悪く思えないこと。

「"喝采の声が聞こえてる 拍手、喝采、万雷、才媛――"」
「"私にじゃないのは分かってる 非才、凡庸、陳腐、石槫"」
「"今に見てろと眉寄せて 私は走る、醒めない夢へ……!"」

 ステップ、ターン、フルアウト。
 粗削りの躍動も今だけは強みになる。
 だってこの歌は、綺麗にこなして歌うものじゃない。

 万雷の拍手とも、喝采に愛された才媛とも違う。
 光の影で、闇の傍らで、みっともなくもがいて歩く女の歌だ。
 非才で凡庸、何から何まで陳腐な石槫。
 劣等感に溢れた自虐を怨嗟のように吐き散らして、泥濘から迎えるサビ。

 妄想だけはこなれてる。
 空想しなくちゃ夢なんて追いかけられない。
 無理難題に唸りながら、それでも必死に考えた。
 本当にこんな風に歌えたなら、さぞかし気持ちいいだろうなと思える歌を。 


 ――さあ。
 ――今だ、おまえの闇夜を脱ぎ捨てろ!


「――"ファナティック・コード、私を見ろよ"!」
「"革命前夜の誘蛾灯 最凶の歌を魅せてあげる"」


 雌伏、屈従、鬱屈、自傷、泥濘。
 悪態みたいな歌詞が、闇を消し飛ばす爆薬になる。

 意図して刻んだ退廃と暗い感情。
 アイドルの仕事とは嘘をつくこと。
 撒き散らした闇(マイナス)を、炸裂と共に光(プラス)へ変える。


「"ファナティック・コード、私を見てよ"!!
「"目移りなんて許さない、オマエは私に見つかったんだ"!!!」


 笑顔は下手くそ、ダンスも下手くそ。
 如何ともし難いから不得手はガッツでねじ伏せる。
 全力で足を動かして、叩き込んだ振り付けを引き出して、失敗なんてもうこの際無視だ。
 その上で、必死に口角吊り上げる。ファナティック・コードは悪魔の歌、堕落から光に上がる逆襲の詩。
 ふてぶてしくて傲慢な悪魔("私")には、一瞬だってしかめっ面なんか似合わない。

 ――躯体(からだ)を動かすのはいちばん最初の成功体験。
 煌星満天はにっちもさっちも行かなくなった時、普段じゃできないことまでやれる。
 焦燥が生む激情をガソリンに。熾した炎で熱狂を煽り立てろ。


「"こちら悪魔の独壇場、行きはよいよい帰りは怖い"」


 口元の八重歯を覗かせて、満天は目を閉じる。
 足も腕も止めて、休息時間(クールダウン)。
 欠乏した酸素を吸い直し――聞く側の耳と脳をも冷ます。
 その一瞬を以って準備完了。最後の一撃、悪魔の魅了(チャーム)。



「"観念しようぜ、さあ人間ども――アナタは私に魅入られた"!!」



 ライブを締めくくる最大のシャウト。
 残響と反響。木霊を聞きながら、満天は数秒停止。
 エコーの消失を待って、マイクを下ろす。

 ……やれることは、すべてやった。

 終わってみて、自分は何をやっているのだろうと怖くなる。
 命乞いをするならいっそ駄目元で土下座でもした方がまだよかったんじゃないか、とか。
 歌もダンスも下手くそなのに、初っ端からオリ曲ソロライブとか馬鹿じゃないの、とか。
 思うことは無数にあったが、曲が終わった以上もうアイドルにやれることは何もない。

 曲が終わったなら、響くべきものがある。
 拍手。喝采。それはある意味最大のコールアンドレスポンス。
 客は意外と正直だ。楽しめたなら惜しみなく手を叩くし、逆に期待外れだったら疎らに叩く。

 判決の時が迫っている。
 放免か死刑か、それ以外か。
 木霊が終わり、耳が痛いほどの静寂が戻ってきて――

「……お前」

 〈蝗害〉は、難しい顔で口を開いた。
















「…………いい曲歌うなァ~~~~!!! 沁みたァァ~~~~~~!!!!」

 ――――前のめりになってぱちぱちと手を叩きながら、都市の厄災は大いに感動していた。



◇◇



「いやあ、まあ歌は下手だしダンスも素人目で分かるくらいガタガタだったんだけどよ。
 やっぱパッションだよな、音楽って!! 俺もしょっちゅう下手だのうるせえだの言われるけどよ、その度なにくそ!ってシャウトしてるもん!!」
「え、あ、えと、あの」
「"ごちゃごちゃうるせえ、いいから黙って私の歌を聞きやがれゴミどもが! ブチ殺すぞ!!"って感じっていうか……。
 鼓膜通り越して魂まで揺らしに来るパワフルなスタイル! くぅ~~! こりゃとんだ金の卵を見つけちまったみてえだな!!」
「へっ、あ、いや、そこまで物騒なことは考えてな――あっちょっ近い近いお触り禁止です待って待って」

 わなわな震えながら上機嫌そうに感想をまくし立てる飛蝗の擬人化。
 握手でも求めるように寄ってきたので、満天はにじり……にじり……と後退する。
 もちろん飛蝗の王さまはそんなことお構いなしであるが、幸い満天はひとりではなかった。

「……当事務所では所属アイドルへの過度の接近は禁止しています。というわけでバーサーカー、どうぞ遠慮なく」
「うおおおおおッ、ジュリエットぉぉ――ッ!! 素晴らしいパフォーマンスだった、僕もそこの彼らと同じで感激が止まらないよ!!」

 ロミオが満天の前にシュバッ!と回り込み、ついでにシストセルカの首を落とす。
 先ほどは満天を庇って〈蝗害〉の一撃を受けたロミオ。
 衣服には血が滲んでいるしそれなりに手傷を負っている様子だったが、彼の振る舞いや言動はまったくそれを感じさせない。
 現在進行形で恋に燃える狂気の貴公子は、どうやら満天が思っているよりずっとタフなようだった。

 そんな彼の背後でシストセルカが再生し、変わらぬ満足げな笑顔のままバットを振り下ろす。
 ロミオも当然防ぐ。ふたりして殺し合いながら歌の感想を長尺で並べ立てているので、満天は「聖徳太子って大変だったんだろうなあ」と一周回ってそんなことを考えた。

「ま、とにかくそういうわけだ。お前の音楽、俺らのハートに響いたぜ」

 めった刺しにされた身体を修復しつつ、シストセルカは親指でその胸を指す。
 そう、虫螻の王は召喚されてから現在に至るまでずっと現代文化、特に音楽にご執心である。
 彼の演奏は力まかせで独りよがり、決して上手いと呼べるものではない。
 彼も薄々それは自覚しているのか、最近ではもう開き直って技術無振り、熱意(ハート)全振りの演奏スタイルに邁進している。

 そんな彼だからこそ、まだまだ下手でぎこちないが、とにかく全力でひたむきに歌う満天の姿に感銘を受けた。
 逆に小手先の技術やノウハウに頼って利口に歌ったのでは、満天は彼の賛辞を得ることはできなかっただろう。
 これは『煌星満天』だからこそ勝ち取れた勝利、喝采。終わってみればどこまで行ってもこの戦場(ステージ)の主役は彼女だった。

「けどお前、まだあんま売れてねえんだろ? なら丁度いいや。俺をファン一号ってことにしてくれよ」
「……、……っ!」

 息を呑む。ただし、今度ばかりは違った理由で。

 『あなたはこの仮想の東京で、最も高名な偶像を目指す』
 『ここで夢を叶えてください。それが我々にとって唯一の、生きる道です』

 ――世界のすべてを魅了する。
 そう求められて、やってやるよとがむしゃらに転がってきた。
 さながらそれは転がる岩。斜面に身を削られながら、消えてやるもんかと歯を食いしばる。
 一寸先も見えないシンデレラストーリー。その中で初めて、胸を張って成果と呼べる結果を掴むことができた。
 それが今、目の前で高揚した様子で鼻先を掻いているシストセルカ・グレガリアの存在だ。
 ファウストが聞いたならこんなことで満足していては先が思いやられますよとか言われるのだろうし、実際自分でもそう思うけれど、それでもこみ上げるものがないと言ったら嘘になる。

「……あ。ありがとうございます、でも、えっと……」

 目の前にいるのは恐ろしい、本当に恐ろしい破壊の化身だ。
 満天も、その同行者達も、みんな彼らによって殺されかけた。
 そうでなくても、この東京に暮らすたくさんの人々が彼らのせいで平穏な暮らしを失っている。
 分かってはいる。それでも――面と向かって、アイドルとしての自分を"好き"と言ってもらえるのは、相手が誰であろうと嬉しかった。
 照れくさくて思わずもじもじと身を捩りながら、姿勢を正して、満天は営業じゃない笑顔をへにゃりとひり出す。

「――――ファン一号は、もういるから。二号じゃ、駄目ですか」
「あ~~ん? なんだよ、どこぞの誰かがもう手ぇ付けてやがったのか……。
 まあいいぜ、二号でも十分古参名乗れるだろ。ライブやる時は教えてくれよな、絶ッ対ェ見に行くからよ」
「……あ。ちなみにファンになってくれたってことは、今後は見かけても見逃してくれたり……」
「そいつは無理だけど、まあ、なるべく後にしてやってもいいぜ。
 だからあんまり俺と一対一とかになんなよ? 手が……前脚が滑っちまうかもしれねえからな! どう? 今の。バッタギャグ」
「で、ですよね~……そんな美味しい話なんてないよね……アハハ……ワァ……」

 「君のそういう奥ゆかしいところ、僕は好きだよ。一号っていうのは僕のことだろう?」と白い歯を見せながらウインク(※満天より自然で、上手いようだ。かなしいね)してくるロミオをよそに、がっくりと肩を落とす満天。

 とはいえ無論――戦果としては破格のそれである。
 本来覆し得ない戦力差を、誰ひとり予想のできない手段で覆して未来を繋いだ。
 闇夜を脱ぎ捨てて輝いた熱狂の星は、貪り食らう蝗達を照らし寄せたのだ。
 そんな己の契約者の姿を暫し無言で見つめながら、メフィストフェレスはひび割れた眼鏡をわずかに持ち上げた。割れていたレンズ、歪んでいたフレームが修復され、元の怜悧な容貌を取り戻す。

「……では、約束通りということでいいのですね? シストセルカ・グレガリア」
「ま、良いよ。そもそも今の俺は勝手にぶらついてただけだ。ウチの姫さんもそこまで怒らねえだろ」
「それは何よりです。我々もあなたの言動や戦闘から得難い情報を幾つも取得できましたのでね」
「言質取ってから言うコトかよ、イイ性格してんなテメェ。決めた、次は絶対テメェだけでも食ってやる」

 流石に契約書にサインまでしてくれる手合いには見えない。
 ので、今回は欲をかかず、一度見逃して貰うだけで満足しておく。

 その上でメフィストフェレスは、改めて満天の方を見た。
 満天も視線に気付き、沈ませていた顔をあげる。
 言葉はない。視線の交錯があるのみだ。されど彼らは主従、会話をするのに声など必要ない。

(そういうわけです。お手柄でした、煌星さん。
 私も一手二手は逃げの方策を講じていましたが、それはどちらも非常に高いリスクを伴うものだった)
(うん……だよね、知ってた。キャスターならそういうことするだろうなって思ってさ)
(とはいえ、あの場における最適解は間違いなくあなたが令呪を使い、自己の生存を優先することでした。
 結果だけ見れば大金星ですが、歌が空振りしていたら共倒れだったことは想像に難くない。
 次にこういう状況があった際はなるべく私の指示に従ってください)
(ア……ハイ……ゴ、ゴメンナサイ……ソウシマス……デスギタマネヲ、シマシタ……)

 反論の余地ない正論をぴしゃりと叩き込まれ、一瞬で元の俯きモードに戻る満天。
 そう、彼女が取ったのは決して最善手ではなかった。
 少なくともメフィストフェレスに言わせればそうだ。
 契約者のために死ぬ悪魔など愚かだが、契約者を失った結果、びた一文得られずオロオロ彷徨う方がよほど間抜けというもの。
 『微笑む爆弾』で切り抜けられなかった時点で、多少の損は承知の上で逃げの一手に走るのが正解だったと合理的な彼はそう信じている。

(あの、さ……キャスター。勝手に出しゃばったのは本当にごめんなさいなんだけど)
(……何ですか?)
(その――――私の歌、どうだった?)

 だが、それはさておき。
 こう問われたならば、返すべき言葉はひとつしかなかった。

(素晴らしかった)

 こうだ。
 あの歌は――――本当に素晴らしかった。
 煌星満天というアイドルを見てきた一月余の時間の中における最大瞬間風速が、あの一曲には宿っていた。

 輪堂天梨との対面に立ち会うことは叶わなかったが、彼処でふたりが繰り広げたちいさな対決がどれほどの意味を持っていたのかは計り知れない。
 すなわち星の共鳴。単一でさえ十分に他者を圧する資質を有する恒星の卵達は、あろうことか競い合うことで更に伸びるらしい。そう確信した。
 ひとりで走ることしか知らなかった満天の前に現れた、明確な超えるべき指標。そしていつか救うべき友人。
 シンデレラストーリーの最後の敵たる日向の天使の存在に触発されて、煌星満天は飛躍的な伸びを見せている。
 冗談抜きで、あの対決の前と後では比べ物にならない。だからメフィストフェレスも、言葉を挟むことなく黙ってしまったのだ。
 改めて実感したからである。自分が契約を交わし、靴を履かせたこの娘もまた――宙の星として輝く資格を持つ、資格者であることを。

(……へへ。そっか)
(もっとも技術面で言えば依然として変わらず落第点です。
 シャウトのしすぎで曲の良さが損なわれていましたし、ダンスに至ってはミスを力技で誤魔化したシーンが一分半の曲で計四回。
 昆虫に見抜かれるような未熟が人間の観客にバレないわけがありません。落ち着いたらレッスンの予定を増やします。決定事項です)
(ウッ。……も、もうちょっと喜びに浸らせてくれてもよくない……!??)

 メフィストフェレスは、ゲオルク・ファウストという"人間"を知っている。
 彼は優秀だったが、愚かな男だった。どこか哀れな人間だった。
 それでもその死に際に、悪魔に一矢を報いるような奇妙な輝きを持っていた。
 煌星満天――暮昏満点は率直に言って、ファウストは似ていない。

 アレは此処まで愚鈍ではなかったし、愉快な人間性もしてはいなかった。
 純粋な能力値だけで言えば前回の契約者に比べ、数段以上は劣っているだろう。
 愚かな女だ。哀れな女だ。いつか破滅することが見えている、蝋翼の娘だ。
 しかし神話と違うのは、彼女が行う不器用な羽ばたきには、不思議な力があること。
 たとえ太陽に翼そのものを溶かされてしまっても、"もしかすると"空の彼方まで跳べるのではないかと、そんな不可解を抱かせてくること。

(――悪魔と手を繋いだのは、俺の方だってか?)
(え?)
(失礼。何でもありません)

 光に灼かれるつもりはない。
 それでは意味がないのだ。
 少なくとも、契約が成就するその時までは。

 故にメフィストフェレスは、一切の狂気を拒絶する。
 光には灼かれぬまま、星を育てるという難業に臨む。
 悪魔が人間に染められるなど最大の屈辱。
 これを良しとできるほど、メフィストフェレスは恥知らずにはなれない。
 故に不変を誓い、一瞬だけ露出した地の口調をすぐに霊基の裏側へ隠すのだ。
 彼は詐称者(プリテンダー)。本当の顔を見せるその時は、それこそ魂を頂く時でいい。

「録画機材は……、この様子だと大半は壊れていそうですね。
 あの魔術師のことだ。映像を撮った端からバックアップするくらいの備えはしているでしょうが」
「うー、ごめんなさい。私が考えなしにぶっ飛ばしたから……。
 ていうかこれ、どうするの……? 流石に取材継続とかできる状況じゃなくない?」
「考えます。煌星さんはその間に少しでも休んでおいてください」

 それにしても――まったく面倒なことをしてくれた。
 が、ノクト・サムスタンプへの義理立てならこれでも十分だろう。
 〈蝗害〉の戦闘能力に、彼が頼んでもないのに漏らしてくれた幾つかの情報。
 これを手土産にすれば、あの狡猾な傭兵も文句はあるまい。
 ……"次"の要求が来るかどうかには細心の注意を払う必要があるが。

 とにかく、今は少々思考に時間を割きたかった。
 派手に戦った都合、この場所からはなるべく早く離れるべきなのは明白なので、あまり時間はかけられないが。
 さて、どうしたものか。早速思案に没入せんとするメフィストフェレスと、座り込んで休憩を始めた満天。
 そんなふたりに、事の元凶である虫螻の王は伸びをしながら言った。

「うし。じゃあ話も纏まったことだし、余計なのが寄ってくる前に出発するか。ついて来いよ、案内するぜ」
「……? え、どこに……?」

 唐突な発言に満天が小首を傾げる。
 当然の疑問を受けたシストセルカは一瞬「ん?」と訝しんだ後、「ああ、そっか。言ってなかったわ」と手を叩いた。

「おあつらえ向きのライブ会場があンだよ、この近くに」
「ライブ会場」
「で、そこにウチのと……もう数人、マスターが集まってる」
「すうにん。ますたー」
「俺さ、常々思うわけよ。イイもんはひとりでガメるんじゃなくて皆で共有した方が楽しいってな」

 そういうわけで、と、シストセルカはニッコリ笑って。



「案内するから、あいつらにも何曲か歌ってやってくれや。な!」



 そんなことを、言った。

 ……シストセルカ・グレガリアは起源(はじまり)からして人間とはまったく違う生き物だ。
 あるがままに食らう。あるがままに殺す。ただあるがままに生きている。
 どこまでも自然体で、そこには感情という名の血が通っていない。
 誰彼構わず暴力と食欲でねじ伏せるくせに物言いはどこかフランクで、親しみさえ感じさせる。
 そのアンバランスさはまさしく、ヒトとは違う生き物がこちらの在り方を模倣し振る舞っているかのようで――だからこそ。

 ――虫螻の王シストセルカ・グレガリアは、とっても気まぐれで、自分勝手である。



「………………はい…………??????」



 結果を示せば、新たな仕事がやってくる。
 駆け出しアイドル、煌星満天。
 次の仕事先は渋谷区某所、高層ホテル。

 ――夜空の月と紙面の星が列び、未練の狂人が休む伏魔殿。



◇◇



【渋谷区・路上/一日目・日没】

【煌星満天】
[状態]:疲労(中)、魔力消費(大/『メフィストの靴』の効果で回復中)、宇宙猫顔
[令呪]:残り三画
[装備]:『微笑む爆弾』
[道具]:なし
[所持金]:数千円(貯金もカツカツ)
[思考・状況]
基本方針:トップアイドルになる
0:?????????(←このへんに宇宙空間でなんとも言えない顔で虚空を見つめる満天の顔)
1:えへへ。……はじめて、うまくできたや……。
2:魅了するしかない。ファウストも、ロミオも、ノクトも、この世界の全員も。
3:輪堂天梨を救う。
4:……絶対、負けないから、天梨。
[備考]
 聖杯戦争が二回目であることを知りました。
 ノクトの見立てでは、例のオーディション大暴れ動画の時に比べてだいぶ能力の向上が見られるようです。
※輪堂天梨との対決を通じて能力が向上しています(程度は後続に委ねます)。
 ・『微笑む爆弾・星の花(キラキラ・ボシ・スターマイン)』
 拡散と誘爆を繰り返し、地上に満天の星空を咲かせる対軍宝具。
 性質上、群体からなる敵に対してはきわめて凶悪な効果を発揮する。
 現在の満天では魔力の関係上、一発撃つのが限度。ただし今後の成長次第では……?
 ・現状でも他の能力が芽生えているか、それともこれから芽生えていくかは後続に委ねます。 
※輪堂天梨と個人間の同盟を結びました。対談イベントについては後続に委ねます。

【プリテンダー(ゲオルク・ファウスト/メフィストフェレス)】
[状態]:疲労(大)、肩口に傷(解毒・処置済)
[装備]:名刺
[道具]:眼鏡、スキル『エレメンタル』で製造した元素塊
[所持金]:莫大。運営資金は潤沢
[思考・状況]
基本方針:煌星満天をトップアイドルにする
0:……一難去ってまた一難、だな。
1:輪堂天梨との同盟を維持しつつ、満天の"ラスボス"のままで居させたい。
2:ノクトとの協力関係を利用する。とりあえずノクトの持ってきた仕事で手早く煌星満天の知名度を稼ぐ。
3:時間が無い。満天のプロデュース計画を早めなければならない。
4:天梨に纏わり付いている復讐者は……厄介だな。
5:俺は灼かれねえぞ――人間めが。
[備考]
 ロミオと契約を結んでいます。
 ノクト・サムスタンプと協力体制を結び、ロミオを借り受けました。
 聖杯戦争が二回目であること、また"カムサビフツハ"の存在を知りました。

【バーサーカー(ロミオ )】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)、恋、超ごきげん
[装備]:無銘・レイピア
[道具]:なし
[所持金]:なし
[思考・状況]
基本方針:ジュリエット! 嗚呼、ジュリエット!!
0:ジュリエットはいつだって素敵なんだなぁ……。(ろみを)
1:ジュリエット!! また会えたねジュリエット!! もう離しはしないよジュリエット!!!
2:キミの夢は僕の夢さジュリエット!! 僕はキミの騎士となってキミを影から守ろうじゃないか!!!
3:ノクト、やっぱり君はいい奴だ!!ジュリエットと一緒にいられるようにしてくれるなんて!!
4:虫螻の王には要注意。ボディーガードとしての仕事は果たすとも、抜かりなくね。
[備考]
 現在、煌星満天を『ジュリエット』として認識しています。
 ファウストと契約を結んでいます。

[満天組備考]
※取材中に〈蝗害〉の襲撃を受けたことで撮影機材が破壊されました。
 ファウストはノクトなら映像をリアルタイムでバックアップする備えをしていると踏んでいますが、正確なところは後続に委ねます。
※同伴しているスタッフ達はNPCですが、ノクトによって『自身の常識の閾値を超えた事態に遭遇した瞬間に思考回路がシャットダウンされ、事前に設定された命令を遂行し続ける』魔術が施されています。
※今のところ死人や、命に関わるほど重大な怪我を負った者はいないようです。


【ライダー(シストセルカ・グレガリア)】
[状態]:規模復元、ごきげん
[装備]:バット(バッタ製)
[道具]:
[所持金]:百万円くらい。遊び人なので、結構持ってる。
[思考・状況]
基本方針:好き放題。金に食事に女に暴力!
0:さ、派手にやろうぜ! アイドルライブ!
1:相変わらずヘラってんな、イリス。
2:祓葉にはいずれ借りを返したいが、まあ今は無理だわな。
3:煌星満天、いいなァ~。
[備考]
※イリスに令呪で命令させ、寒さに耐性を持った個体を大量生産することに成功しました。
 今後誕生するサバクトビバッタは、高確率で同様の耐性を有して生まれてきます。
※イリスに過度な負荷を掛けない程度のスピードでロキとの戦闘で負った損害を回復中です。
※イリスのもとに防衛用の個体を配置しつつ、暇なので散歩していました。


【渋谷区 高層ホテル・廊下/一日目・日没】

【伊原薊美】
[状態]:魔力消費(中)、静かな激情と殺意、魅了(自己核星)
[令呪]:残り三画
[装備]:
[道具]:騎兵隊の六連装拳銃、『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
[所持金]:学生としてはかなりの余裕がある
[思考・状況]
基本方針:全てを踏み潰してでも、生き残る。
0:私は何にだって成れる、成ってやる、たとえカミサマにだって。
1:殺す。絶対に。どんな手を使ってでも。
2:高天小都音たちと共闘。
3:仁杜さんについては認識を修正する。太陽に迫る、敵視に相応しい月。
4:太陽は孤高が嫌いなんだろうか。だとしたら、よくわからない。
5:同盟からの離脱は当分考えていない。でも、備えだけはしておく。
[備考]
※マンションで一人暮らしをしています。裕福な実家からの仕送りもあり、金銭的には相応の余裕があります。
※〈太陽〉と〈月〉を知りました。
※自らの異能を活かすヒントをカスターから授かりました。

→上記ヒントに加え、神寂祓葉と天枷仁杜、二種の光の影響によって、魅了魔術が進化しました。

『魅了魔術:他者彩明・碧の行軍』
 周囲に強烈な攻勢魅了を施し、敵対者には拘束等のデバフ、同盟者には士気高揚等のバフを振りまく。

『魅了魔術:自己核星・茨の戴冠』
 己自身に深い魅了を施し、記憶した魔術や身体技術の模倣を実行する。
 降ろした魔術、身体技術の再現度は薊美の魔術回路との相性や身体的限界によって大きく異なる。
 ただし、この自己魅了の本質は単なる模倣・劣化コピーではなく。
 取得した無数の『演技』が、薊美の独自解釈や組み合わせによって、彼女だけの武器に変質する点にある。

※ウートガルザ・ロキから幻術による再現宝具を授かりました。
 ・『災禍なる太陽が如き剣(レーヴァテイン)』
 対神、対生命特攻。巨人の武具であり、神の武具であり、破滅の招来そのものである神造兵装――の、再現品。
 ロキの幻術で生み出された武器であるため、薊美が夢を見ている限り彼女のための神殺剣として機能を果たす。
 逆に薊美が現実を見れば見るほど弱体化し、夢見ることを忘れた瞬間にカタチを失い霧散する午睡の夢。
 セキュリティとして術者であるロキ、そして彼の愛しの月である天枷仁杜に対して使おうとすると内蔵された魔術と呪いが担い手を速やかに殺害する仕組みが誂われている。
 サイズや重量は薊美の体躯でも扱える程度に調整されている様子。

【ライダー(ジョージ・アームストロング・カスター)】
[状態]:疲労(小)、複数の裂傷、魅了
[装備]:華美な六連装拳銃、業物のサーベル(トバルカインからもらった。とっても気に入っている)
[道具]:派手なサーベル、ライフル、軍馬(呼べばすぐに来る)
[所持金]:マスターから幾らか貰っている(淑女に金銭面で依存するのは恥ずべきことだが、文化的生活のためには仕方のないことだと開き直っている)
[思考・状況]
基本方針:勝利の栄光を我が手に。
0:―――おお、共に征こう。My Fair Lady(いと気高き淑女よ)。
1:神へ挑まねば、我々の道は拓かれない。
2:やはり、“奴ら”も居るなあ。
3:“先住民”か。この国にもいたとはな。
4:やるなあ! 堕落者(ニート)のお嬢さん!!
[備考]
※魔力さえあれば予備の武器や軍馬は呼び出せるようです。
シッティング・ブルの存在を確信しました。

エパメイノンダスから以下の情報を得ました。
 ①『赤坂亜切』『蛇杖堂寂句』『ホムンクルス36号』『ノクト・サムスタンプ』並びに<一回目>に関する情報。
 ②神寂祓葉のサーヴァントの真名『オルフィレウス』。
 ③キャスター(ウートガルザ・ロキ)の宝具が幻術であること、及びその対処法。
※神寂祓葉、オルフィレウスが聖杯戦争の果てに“何らかの進化/変革”を起こす可能性に思い至りました。
※“この世界の神”が未完成である可能性を推測しました。

【キャスター(ウートガルザ・ロキ)】
[状態]:ごきげん、右半身にダメージ(大/回復中。幻術で見てくれは元通りに修復済み)
[装備]:
[道具]:飲み物(お部屋に運ぶ用)
[所持金]:なし(幻術を使えば、実質無限だから)
[思考・状況]
基本方針:享楽。にーとちゃんと好き勝手やろう
0:君は"神殺し"に、そして俺達の敵になれるかな? 茨の木星ちゃん。
1:にーとちゃん最高! 運命の出会いにマジ感謝
2:小都音に対しては認識厳しめ。にーとちゃんのパートナーはオレみたいな超人じゃなきゃ釣り合わなくねー? ……でも見る目はあるなぁ。
3:薊美に対しては憐憫寄りの感情……だったが、面白いことになっているので高評価。ただし、見世物として。
4:ランサー(エパメイノンダス)と陰陽師のキャスター(吉備真備)については覚えた。次は殺す。
[備考]
※“特異点”である神寂祓葉との接触によって、天枷仁杜に何らかの進化が齎される可能性を視野に入れています。




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最終更新:2025年03月26日 00:53