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ダンゲロスSS上海

隔絶魔人都市 上海ー第一章ー「栄えるは新たな生」

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 清王朝のダイヤモンド。それは魔幇の宝物だ。周知の事実だろう。
 そんなものが只のダイヤモンドであるわけがない…“アレ”の実情を知らぬものであってもそう考えるのは道理だろうな。
 フ―――然り、然り!アレは只のダイヤモンドに非ず!
 願いを叶える、ふむ。そういったことも可能だろうな。なにせアレは次元跳躍さえ可能な代物だ。
 本来は人としての形を成しているらしいが…今はその姿を失って久しい。
 なにせ、欠片となってしまっているのだからな。
 私は上海を永遠にする。人々を守る…そのチャンスが手元に転がっているのだ。
 活用しない手はないだろう?


第一章 栄えるは新たな生

 シグリとの生活が始まって数日がたった。隠れ家をいくつか点々としながら、俺は清海とコンタクトをとり依頼をこなす日々だ。
 そして今日は槌唄さん一行との地下大放水路の調査に向かう。
 久しぶりに正規のデカい依頼だ。爆弾処理ということもあってあまりシグリを連れて行きたくはないが仕方ない。

「…」

 脚を組み、ただ気の流れを全身になじませる。俺の能力は気に左右される。気を練り上げる鍛錬を怠ることはできないのだ。
 背後から何やら陽気を感じる…どうやら起きてきたらしい。

「ん…あ、海圻おはよ!」

 視界に入れずともシグリがぶんぶん手を振っているのが感じ取れる。もうそんな時間か。
 いつも通りの服装に着替え、簡易的な卓袱台に買いためておいた朝飯を2人分用意してやる。

「今日は地下大放水路で結構長い距離歩くことになる。しっかり食っておけよ」
「分かった!水路かあ、どんなとこなんだろ…」

 観光しに行くんじゃないんだぞ、と口を突いて出そうになるのを何とか押しとどめた。
 彼は決して俺と一緒にいたいから一緒にいるわけじゃない。巻き込まれた被害者なのだから、責めるのは不適当だ。

「おれはべつに海圻と一緒にいるのいやじゃないよ?」
「…何も言ってないぞ」
「何となく海圻が考えてることはわかっちゃうんだ~これもダイヤと合体しちゃったせいなのかな?
 おれはたしかに巻き込まれてここにいる。でも、海圻が思ってるほど酷いものじゃないよ。海圻のお仕事に付き合って、おれ、ちょっとこの街に愛着みたいなものも湧いてさ。
 だから――おれにも、海圻のお仕事を手伝いたい気持ちは少しあるんだ」
「…だからと言って、あんまり前に出たり人をかばって大けが負うとかはやめてくれよ」
「そこは大丈夫!自分の身は可愛いのだ…」

 なんだかんだ割り切りは速い奴だ、心配ではない。
 朝食を食べ終わり、事前に槌唄さんと共有したルートを通って大放水路へと降り立った。
薄暗い水路には水が流れていない…豪雨でもない限りここが水であふれかえることはないのだ。

「―掌握」

 降り立つと同時に俺は気による探査を周囲一帯へ行った。
 未知の生体反応、異物、ともになし…ここら一帯にはあまり怪しいものはないようだ。

「槌唄さん、クリアだ。降りてきて大丈夫そうだぞ」
「おう、探査ありがとよ…っと!」

 すとんと軽やかに槌唄さんが降りてくる。片手に身の丈ほどのハンマー、もう片手に少女を抱えているとは思えない身軽さだ。

「それじゃあ今日はよろしく頼む。俺が先行して探査するから、ついてきてくれ」
「おうよ。相変わらず便利だよな、その能力。
 こういう調査はお前を頼ってナンボってもんだ」
「頼ってもらえてなによりだよ。――ここから先にもこれと言って異常はないな、けど水路は長い。注意して進もう。
 あと…その子は、抱えていくんだよな」

 俺が指摘すると桃色の髪の少女は槌唄さんの後ろにさっと隠れてしまった。
 まずったな…最初の印象は怖い人になってしまったかもしれない。

「事務所に預けておく方がちょっと不安でな。とはいえ抱えたまんまじゃあ戦闘も逃走も難しいか…」
「俺1人で何が来ても持ちこたえられるんならいいんだが、今回は水路自体の規模がでかい。何がいるか分からない以上万全で行きたいところだ」
「だよなあ、つってもついてきてもらうは危ねえし…」

 2人してうーんとうなりながら話の中心に目を向ける。そこには仲良く談笑するシグリと少女がいた。

「え~育美ちゃん一人で逃げたの?!おれなんて何もわかんないまま海圻に助けられたからなあ。
 育美ちゃん将来絶対凄い人になれるよ!」
「そ、そうでしょうか…?」
「うん!根拠はって言われたら、そんなものはないけど…でも、1人で逃げて、こうして助けに駆けつけてくれる人がいた幸運に巡り合えたのは、確実に育美ちゃんの努力だよ。
 そのためにも、絶対に親御さんところに帰ろうね」

 約束だよ、と言って指切りをするシグリ。自然と目線合わせてるし笑顔だし年下と話すことに慣れている感じだ

「シグリ、打ち解けるの早いな…」
「同じ日本出身?っぽいし、境遇も似てるからお話も合うんだ~。あれ、どうしたの真剣な顔して…」
「槌唄さん、ちょっとご相談が」
「奇遇だな、俺も同じこと考えてた」

 何もわかっていなさそうに首をかしげるシグリ。事の次第を伝えたら二つ返事で快諾してくれた。
 というわけで少女…育美のことはシグリが見て、それを槌唄さんが見守り、俺が先行するということに。お互いシグリと育美の情報は共有し、内密にするという形で合意となった。
俺たちと状況は違えど 無辜市民をダイヤの争奪戦に巻き込まぬようにしている点は共通している。
 トラブルバスターズは俺たちとそれなりに理念が似ている。もしシグリと出会ったのが俺ではなく槌唄さんでも、彼は迷わずシグリを助けただろう。
 育美を助けた彼が、シグリを差し出すわけがないのだ。

「海圻、槌唄さんと仲いいんだね」
「仲いい…そうだな、兄貴分みたいな感じかもしれない。
 ウチとトラブルバスターズ、仕事は似通ってるからたまにこうやって協力依頼とかもしてたから顔なじみではある」

 確か槌唄さんのところで事務処理をしている倉森女史は華甲さんとたまにお茶してたり個人的な交流もあったりする。

「海圻と初めて会ったときはお互い構えかけたなあ、依頼先でバッティングしちまったから仕方ないんだけど」
「華甲さんに止められたからすぐ誤解は解けたし、変に戦うことにならなくてよかったよ。
 アレが初めての協力作戦にもなったのか…っと、思い出話に花を咲かせてる場合じゃないな。未知の反応だ」
「人間か?」
「…いや、シグリと近い。微弱なダイヤの反応がある。あと…害気はない生体反応はあるな」

 ダイヤに関する何かしらである…ということかもしれないが、魔幇の秘宝たるあの代物に相当するものがごろごろ転がっているなんて考えたくない。

「ひとまず俺が見てくる。槌唄さん、戻ってくるまで2人の事を頼む」
「おう。お前も気をつけろよ」
「勿論。…華甲さん、聞こえるか」
『問題ないわ。任務開始ね、貴方の近くから変な音はしないから安心して見に行って大丈夫よ』

 反応があったのは水路の柱…近寄ってみればそこには確かにかなり微細な粒子が散らばっていた。
 そこから確かにダイヤの気配は少し感じる…だが、何かしらの手を加えられたような揺らぎがある。爆弾の件といいきな臭いな…

「あんたはどう考える?どこの誰とは知らないが」
「ンだよ、アタシに気付いてたか。そんだけ武術家みたいな見た目してやがるのは伊達じゃねえってワケ」

 視線の先にあった柱の陰から、右側が黒、左側が白という奇抜な女が姿を現した。
 感じる気には毒気も殺気も闘気もない。どうやら俺と一戦交えるためにここにいるわけではない、ということか。

「にしてもすげえカッコしてんな…寒くねえの?」
「寒くない。で、わざわざ顔を見せたってことは俺に何かしらの用事があるのか?」
「アンタ個人というより、ここに来てる奴に用があるっていうかな…
 アタシは依頼で人を探してんだ。ここに人がいっぱい集まるって聞いてなんか情報もらえねえかなって思ってな」

 成程。いわゆる万事屋の類か探偵だろうか。まあ、こんな魔都に来るくらいだ、恐らく万事屋の方だろう。
 嘘はない…女に俺に見抜けないほど高度な情報隠蔽能力があるならば話は別だが。
 だが、同時にその依頼主が分からない以上槌唄さんたちと合流させるわけにもいかないな。何せ、あそこには育美がいる。
 コイツに依頼した人物の素性が何も分からない。そればかりは本人の口から聞くしかないのだ。コイツに依頼した人物が育美をさらった奴らのリーダー格だという可能性もある。

「可能な限り協力しよう。それで、あんたが探してる人ってのはどんな奴なんだ?」
「日ノ御子神楽。3年前修学旅行中に誘拐された…外見的な特徴は知らねえが、優等生だったらしい…外見的特徴も分からんでどうすんだあのバカ!」
「日本人の大学生ってことしか分からないのか…そりゃ災難だな」
「だろ?!探偵ってやつはどうしてこうダイジなことを仔細まで伝えないのかね…
 自分と他人が同じ思考回路してると思ってやがるんだ。…とはいえ、家で待つ親のためにもちゃんと探し出してやらねえと」

 思っていた以上にこいつはお人よしらしい。

「そんで、アンタは1人で来てるわけじゃなねえよな。こんなところに何しに来たんだ?」
「俺はこの水路の調査に来たんだ。爆発物があるかもしれないって報告があってな。
 この街の治水の要、そのうえ地下にできた空間が崩落なんかしたら上海はとんでもないことになる」
「なるほどねえ…そいつはまた大変なこって。…爆発物って、最悪アタシら全員巻き込まれてオダブツになりかねねえか…?」
「そうならないために来てるんだ」

 ひとまず放っておくのが一番か。別段害になるわけでもなし。

『海圻、ちょっと戻ってくれる?槌唄さんに変な反応が近づいてるわ』

 確かに、さっきから死と生の気が混ざりながら近づいてきている。距離はそう近くないが、今から戻れば丁度その姿も視界に収められるか。

「それじゃ俺はこれで。探し人が見つかるといいな」

 奇抜な万事屋に別れを告げ、俺は槌唄のところへ向かう。…だが、奴も俺についてくるようだ。この速度についてこれるとは荒事にも慣れた手合いか。

「なんでついてくるんだ」
「情報がねえからな!それに、アンタは複数人で来てるっぽいし」

 まあいいだろう。探し人は育美じゃないみたいだし、そう大事には至るまい。
 槌唄さんのところに着くと、すでにハンマーを構えた槌唄さんが暗闇を見据えていた。確かに、何かが来ている方角はそちらだ。

「お、海圻戻ってきたか…って白髪黒羽!?」
「オイ会って早々フルネームで呼んでんじゃねえよ。
 いまからここでおっぱじめてもいいんだぜ?槌唄塔也さんよ」
「なんだ、2人は知り合いだったのか」
「地元にいたころの、な。まあでも悪い奴じゃねえよ。睨まないでくれよ…名前呼んじまったのは悪かったって…」

 であれば目下解決すべき問題はそっちじゃない。
 早くもなく遅くもなく、俺たちの前に姿を現したのは額にお札を貼った女だった。いわゆるその見た目は殭屍というやつだ。別段ぴょんぴょん跳ねてるわけでもないし手を前に出してるわけでもないが。

「おや、なんだか大所帯。お前さんたちは何をしにここに?」
「俺たちはこの地下大放水路に爆弾が仕掛けられた可能性があると聞いて調査しに来た。
 あんたはどんな用で来たんだ?」
「私は…私の主人を探しに…」

 こっちも人探しか。本当に殭屍であるならばその術師もいるだろう。それが主人…と考えるならば何かしらの屍体を操る能力者か、死霊術師か。
 どちらにせよ、此処にいるやつらも俺たちの仲間もそういった能力はもたない。
 白髪について俺は知らないが、恐らくこいつも持っていないだろう。

「お前さんたちは何か知ってる?」
「申し訳ないが俺たちはお嬢さんが望んでる情報は持ってなさそうだ。
 今から仕事をしなきゃなんねえんだが、もしお嬢さんさえよければ後でウチに連絡してきな。
 力になれるかもしれないぜ」

 槌唄さんは慣れた手つきで名刺らしきものを殭屍に投げ渡した。あの手の宣伝、俺は不得手なので素直に見習いたいところだ。

「成程。ここはダイヤもなさそうだし、主人もいない。いるべきところではなさそう」
「ダイヤ探しかい。ダイヤがどうたらって話はちらっと聞いたけど、噂じゃ紅虎がもってるって話だ。
 近づいただけで焼けこげちまうよ…おすすめはしないぞ」

 紅虎といえばあの有名な解決屋か。確かに、彼の周囲は近づいただけで焦げそうになる。
 一度手合わせ願いたい…などと思ったことがないわけじゃないが俺の腕ではまだ届かぬだろう。
 彼がダイヤを持っているなら、そう悪い結果にはならないだろう。

「もう少しここら辺を探してみる。邪魔したな、お前さんたち」

 すんなり引いてくれた…が、ここら辺と言っていたしまだここにいるつもりか。崩落の危険性もあるしできれば出てほしいところではある。
 殭屍と別れ俺たちは再び爆発物の反応を探す手筈となった。なぜか白髪も一緒にいるが、槌唄さん曰く『こいつは頼りになるから』らしい。メモリがなんだという事件?を解決したとか何とかだそうだ。

「折角乗り掛かった舟だ、破壊工作ってのも気に入らねえし。
 正面からカチコミかけろってんだ」
「それはそれで最悪上海に被害が及ぶからやめてほしいんだがな…」

 ずいぶんと賑やかなチームになってしまった。シグリを守れる人間が増えるのはありがたいが、もしここに爆弾を仕掛けに来た犯人でもいるのであれば感づかれてしまいかねないな。
 と、思ったがその心配はなさそうだ。奥から感じる殺気は明らかに外部に向けられている。俺たちに気付いている…のではなく、番犬のようにその位置から何かを守っているのか。
 そして感知できる範囲内に続々と異物の気配が湧き上がる。先ほどの微かなダイヤの気配に近しいが…それらの気配は生きている。

『貴方の周りで何かが脈打ってるわね…卵でもあるのかしら』
「…地下水路に卵っていうとあんまりいいイメージはないな。ひとまずは目前の敵を処理しよう。特徴の判別はできそうか?」
『ちょっと待ってね…対象、女性で右手に武器と思わしき物体を所持しているわ。
 ただ、武器は物理的に形があるものではなさそう…恐らく、魔人よ。
 一直線にそちらへ足を進めている以上、明らかに敵生体ね』

 鉢合わせするのであれば、先に共有しておかなければな。

「ちょっといいか、此処から数メートル先に明らかな殺気を放ってる奴がいる。
 あとこの周囲に異質な気配も多数ある…もしかしたらこれが爆発物とやらかもしれない」
「殺気、ねえ…穏やかじゃあないなそれは」
「助けが必要だったらいつでも言ってね…!おれも、海圻の役に立ちたいから」

 シグリの能力に関しては隠れ家でいくらか試験して性能把握できた。
 俺は体が資本の能力である以上単体特化だ。それに対し、シグリは広範囲への干渉を得意としている。
 まだ精度は甘いが、それでも戦闘補助には申し分ない。

「思ってた以上のタフガイじゃねえか!いいね、アンタ帰国したらウチで働かないか?」
「就職活動はもうちょっと先だから考えさせて~まだモラトリアムを楽しみたいんだよう」

 こんな状況だというのに、シグリの口調はそこまで大きく変化していない。
 なんなら気も乱れていない。いつもの陽気を放ち続けている。…図太いだけか、適応力が高いのか。

「おしゃべりしてる暇はなさそうだな。下がっててくれ」

 きらりと瞬いた紫の閃光が、暗闇の奥底から俺の命を奪いに伸びる。
 鞭のようにしなりながら俺の眼を潰さんとするその動きは明らかな急所狙いの一撃だ。大方そのまま脳まで貫くつもりだったのだろう。
 だがそれだけ殺意に溢れていればいかな奇襲だとしても見抜かれよう。
 腕に気の流れを纏わせ一撃を受け流す。来るとわかっているならば事は単純だ。

「この感触は雷電か…」

 間髪入れず襲撃者のハイキックが放たれた。オーソドックスで動きづらそうなメイド服…ただの趣味かもしれないが、仕えるべき主でも近くにいるんだろうか。
 構えた腕が蹴りを受け止める。この力…襲撃者は華甲の想定通り魔人か。気で強化した俺の腕に傷がついている。
 有効打を与えられていないと判断したのか即座に距離を取るメイド服の女は、右手に怪しく煌めく紫電の鞭を携えていた。

『海圻、貴方の目の前からシグリ君とおなじ音が聞こえているわ。
 今貴方が交戦した奴以外にもう1人、ダイヤと関係がある何かがいる。警戒は怠らないで』
「ああ」
「仕留め損ねましたか」
「殺気が漏れ出過ぎてるからな」
「殺すつもりでと雷には命じましたので。ここに来たということは…大方、(わたくし)たちの邪魔をしにいらしたのでしょう?」

 この薄暗い地下通路に似合わない、甲高い靴音。暗闇の奥から、もう1人の女が姿を現した。
 黒髪、白いドレス。そして見覚えのある風貌。間違いない、蘇絲織だ。
 あの反乱騒動は俺も鮮明に覚えている。一般人の保護に俺たちは動いていたが反乱の中心にいたのは蘇達のファミリーだ。

「蘇お嬢さんじゃねえか、こんな薄暗い地下放水路に、わざわざアンタ本人が出向くとはね」
「お嬢さんだなんて、よしてくださいね槌唄さん。それに、私はもう没落の身。足を動かすことに何の不思議もないでしょう?」

 表情は微笑んでいるものの、殺意と憎悪は隠しきれていない。
 そばに立つ雷も臨戦態勢を解いていない…彼女たちとの戦闘は避けて通れなさそうだ。

「貴方たちは魔幇と関係のない、中立を貫いている存在よね。なら、私の行動を咎める必要などないのではなくて?」
「確かに俺たちは中立の立場だ。あんたの復讐に意見するつもりもない。だが、街一つ巻き込もうとする破壊工作を野放しにはできないのも事実だ」
「それは誤解だわ、清海の御方。街一つなんて大規模な事はしない…せいぜいまだこの周辺だけ―――
 あら。嫌ですね、泥棒猫を庇護しているなんて」

 蘇の視線が俺から俺の背後…シグリへと向けられる。泥棒猫、というのはどういうことだ…?

「どうしてダイヤの欠片と一緒なの?ねえ、そこの貴方」
「ッ…?!」

 今のシグリは能力を使っていない。あの姿にもなっていない。だというのに、何故こいつはシグリがダイヤの欠片とともに在ることを見抜いた?
 だが蘇は俺たちの反応に対し特に興味がないようだった。
 鎮圧するならば今か…いや、今下手に動くのはまずい。俺たちを虎視眈々と狙う何者かが、ここにいる。“見られている”。

「一緒ということは、貴方も至宝を狙うのね。ならば殺しましょう。奪いましょう。
 貴方たちもろとも、私の復讐の糧としてここに骨をうずめなさい。
 時が来れば、私が仕込んだ爆弾でこの土地もろとも生まれ変わるでしょう」

 掌の上。煌めく結晶が微かに瞬く。地下の僅かな光を貪るように、自らの所在を示すように。

「オイやべえんじゃねえか…!さっさとアイツ止めねえと――」
「させるわけないんだなあ、残念だけどね」

 やっと姿を現したか。声の主を目視するより速く、俺の身体が動く。同時に槌唄さんが俺の前に出た。
 俺たちへ飛び込んできたメイドを槌唄さんが迎え撃つ。対し、俺は背後から襲ってきていた小さな襲撃者と相対した。見てくれは10代の少年だが油断はできない。
小さなナイフ片手に、踊るように俺へ突っ込んでくる。

「あんたか、俺を見てたのは。カムパネルラ、だったか?」
「なんだ、やっぱり気付いてたんだ…折角そこの人がこの水路爆発させようとしてるんだから、邪魔しちゃだめだよ」

 上海では結構有名になっている少年の解決屋だ。見た目が一向に変化しないことも有名になった理由の一つだろう。
 這うように脇腹目掛けて襲い来る刺突を腕を掴んで封じる。そのまま脳を揺らして意識を飛ばすつもりだったが、カムパネルラは間一髪で拘束をほどき逃れて見せた。
 アクロバティックに宙を舞いながら蘇の横に着地するカムパネルラ、そしてメイドも槌唄さんと距離を取っていた。

「耕せ、産め、繁殖の理のもと、この地を相応しき大地といたしましょう」

 いつの間にか蘇の姿は異質なものへと変化していた。

『予測班からの情報よ。その地下大放水路一帯が、上海ではない何かに置き換えられようとしているわ』
「置き換えられるって、何に変わるんだ?」
『そこまではわからないけれど…生命の爆発的増殖によるもの、だそうよ。
 さっき、何かが脈打ってるって言ったけれど…もしかして、本当に卵かもしれないわ』
「成程な。あと、一つ共有することがある。蘇は…シグリと同じだ。ダイヤの欠片と融合している」

 純白のドレスには新たに光を反射する結晶が鎖の如く垂れ下がり、ダイヤ型の結晶を翼の如く6枚背負っている。
 シグリに起こった変化と近しいが、彼女はもともと能力者だ。非魔人を魔人へ変化させるほどの力を持つ結晶…彼女の能力が幾分強化されている可能性も視野に入れるべきだろう。

「遅いですよ、カムパネルラ」
「いーじゃんいーじゃん、というよりばっちりタイミングだったでしょ?」
「間に合いましたから不問といたしましょう。ではまず手始めに…私の願望成就のためにお手を貸してくださいますね?」
「もっちろん!僕もどっかーんって色々爆発するところ、みたいしね」

 相手は3人…そして、この地下大放水路に仕掛けられたと思われる爆発物。
 最優先は爆発物の処理、次いで彼女たちの鎮圧だ。
 カムパネルラはあくまで蘇とメイドに雇われただけだ。魔幇への復讐という一点を狙って今回の事件を起こした2人より、この計画への関心は低い。

「シグリ、華甲さんと通信をつなげる。能力はもうバレてるから使っていい。
 爆弾と思わしきものを回収してくれ。育美からも目を離すなよ」
「うぇえっ?!責任重大…いや、やってみる!」
「その間俺たちはシグリを守る。終わったらあいつらの鎮圧…でいいな?海圻」
「ああ。白髪、手伝ってくれるか?」
「ここまでついてきちまったんだ、最後まで付き合うぜ」

 懸念点があるとすれば今ここにいない殭屍だが、不確定要素を思考においてもノイズになるだけだ。
 今は目の前のことに集中しよう。

「じゃあ、やるよ!」

 シグリの放った糸が、地下大放水路へ張り巡らされていく。
 蜘蛛糸ほど大量に出すことはできないそうだが、きっちり華甲さんに伝えられた座標の6割がたは網羅できているようだ。
この調子なら、爆弾の撤去にそこまで大量の時間はかからないだろう。
 問題は彼らだ。

「雷、やりますよ」
「ええ、お嬢様」
「僕も爆発見たいから邪魔はさせないよ~」

 少し険しい表情の蘇。何か思うところがあるのか…だがその表情もすぐに憎悪に覆い隠されてしまった。メイド…雷と呼ばれていた方は変わらずにこちらを見据えている。

「悲願達成のため…邪魔はさせません。『生命爆ぜる大行進(リインカーネーションパレード)』!」

 じゃらりと雷に鎖が巻き付いた。だがその重さなど無いように突っ込んでくる。

「白髪ェ!」
「わあってるよ!」

 槌唄さんが作り出し打ち上げたブロックを、白髪が空中でキャッチし雷目掛けて投げつける。慣れた手つきであるのを見る限り、昔もこんなことをしていたのかもしれない。
 シグリを襲おうとしていたカムパネルラを押し返しながら戦況を把握する。
 雷と蘇の相手はあの2人してもらって、俺はこいつからシグリと育美を守ることに注力しよう

「そいつは“サメ”、そっちは“ワニ”、B級ホラーのド定番を味わいな!」

 投げ飛ばされたブロックを雷はいともたやすく紫電の鞭で切り裂いたが、一拍遅れて放たれた1ブロックが顔面に激突する。
 あの程度であれば魔人である以上まだ向かってくる…と思ったが、突如失速した雷が地面へ落下した。

「魔人だろうが何だろうが頭を食われたら死ぬ…そう考えちまうのは当然――」
「雷、起きなさい。生命線(ライフライン)、起動」
「勿論です、お嬢様」

 一瞬で起き上がった雷が、白髪へ肉薄する。
 そしてその目の前で盛大に爆発した。

「なっ…」

 自爆特攻か?…いや、そんな奥の手をこんなところで切らないはずだ。
 白髪は何とか爆発から逃れたらしい。だが、雷の気配は消えていない。それに、彼女が爆発したその中心地に巨大な結晶が発生している。
 次の瞬間その結晶が砕け散り、再び雷が五体満足で出現した。

「生き返り…いや、死なないだけ、か?十分厄介だなあオイ…!」
「しかもコイツ自爆するから意識奪うのも上手くねえぞ!」
「海圻!…は、今はカムパネルラの対処で手一杯か…」

 一応槌唄さんと白髪の状況を確認しながらではあるが、俺はカムパネルラとの戦闘中だ。

「アハッ、ハイチ、だっけ?強いんだねえ、ぼくの攻撃で傷全然つかないや!」
「楽しそうだな」
「まあね~すっごく楽しい。これからもっと楽しいこと起こるんだから、邪魔しないでほしいんだけど、な!」

 大ぶりに振るわれた足先が頬を掠める。微かな熱と、飛び散る紅。
 だが大ぶりな分隙だらけだ。重心を落とし最速でカムパネルラに接近する。
 そのまま顎を狙った一撃が、確かな手応えを拳に伝えるが浅い。
 脳を揺らした実感が全くと言っていいほどない。
その証拠とでも言うように、カムパネルラの足取りは衝撃でよろめいているのみで平衡感覚は失われていなさそうだ。
 だが、この程度の不可思議は魔人相手なら予想できて当然。元より俺たちは人の理から外れた存在(バケモノ)だ。
 こめかみを狙ったハイキックはバク宙で避けられた。楽しいというのは彼の本心なのだろう。

「知ってる!それシンキャクってやつ!
 今のはいいのもらっちゃったなあ、でもそれはオタガイサマってね」
「…やってくれるな」

 右脇腹に鋭い傷口ができている。あと少しでも深ければ致命傷になりかねないところをざっくり切られていた。
 気の巡りを調整すれば回復自体は難しいことじゃない。だが、この臨戦態勢でそんなことができるかは別の話だ。

「あははっ、庇ってたら動きも見え見えになっちゃうよ!」

 何よりカムパネルラの攻撃を防ぐのもなかなか骨が折れる。
 ほとんどの技能が戦闘系の魔人としてかなり高水準にあり、受け止めれば気を纏っていてなお骨が軋む。
 殺意はないが、一瞬でも気を抜けば手痛い一撃をもらってしまう。
 それで戦闘不能となればシグリに手が出るのも時間の問題だ。

「はぁー堅い、堅いよハイチ。あっちはあんなにどっかんどっかん爆発してるのに、僕らはただの殴り合いだ。
 前座にすらならないよ」
「あんたは何で蘇達に加担してるんだ?」
「そんな大事なこと?ソレ。別に、僕は誰かが爆弾を仕掛けたって聞いたから、その大爆発が視たいだけ。
 それ以上の理由なんてないんだ」

 思った通り、か。こういった手合いが一番面倒だ。
 なにせ自分の欲望が行動原理である以上、それが満たされないと自主的に撤退してくれない。

「というわけでその後ろの子を止めてほしいんだけど」
「断る」
「ああもう、じゃあ押し通る!」

 三度の激突。カムパネルラが蘇達と合流するのは避けたいし、まだ押しとどめておく必要はある。
 集中しろ、カムパネルラにクリーンヒットしたときの手ごたえと、気の流れを読み取れ。
 そこに勝機があるはずだ。

「ぜァッ!!」
「とりゃっ!」

 俺の拳とカムパネルラの脚が交差する。お互い弾かれたように距離を取った。
 勿論ここで終わるわけもなく、今度はカムパネルラが上空から攻めてくる。

「…見えた」

 頭上で俺目掛けて急降下してくるカムパネルラの背後に見える気の流れ。周囲と比べそこだけ勢いがある。その先に攻撃の威力を肩代わりさせているのかどうかは知る由もないが、さっきの手ごたえの回答はそこにある。
 カムパネルラの着地に合わせて廻し蹴りを繰り出したが屈んだカムパネルラにその一撃は躱された。気の流れに足先が触れる。その瞬間、足先を通して俺に一瞬気がまとわりついてきた。

「くっ…」

 頭の中を情報が駆け巡る。自分の思考と他者の思考が入り乱れる。
 錯綜した情報が判断を鈍らせた。逆探知ではない。カムパネルラが、この気の流れを媒介に大量の情報をその先に垂れ流しているのだ。
 情報の流通は相互ではあるものの、カムパネルラに対して送り出されるものはそこまで多くない。
 少なくとも、カムパネルラの裏には何者かがいる。それが分かっただけでも大収穫だ。だが…カムパネルラの前で1秒に満たずとも隙をさらしてしまっている。
 反射的にガードを上げた俺の腕の隙間を縫ってカムパネルラの拳が無防備な胴に突き刺さる。

「ぐおッ…!」

 体が浮いたと思った瞬間には宙へ放り出されていた。
 重力に逆らうこともできず地面に背中から叩きつけられる。衝撃のあまり一瞬横隔膜が機能不全に陥った。呼吸の阻害は即ち行動の阻害、俺の防御を貫いて芯に威力を届かせる完璧なボディブローだ。
 あの幼い体躯から今の一撃が繰り出されるとは、脳が理解していても信じ難い。

「あれ、今のでダウンしちゃうんだ。まあそれならいいんだけど」
「ぐッ…う…」

 口の中に広がる苦い唾液の味。酸素に飢えた身体が必死に空気を取り込もうとしている。

「それじゃあ君には一旦やめてもらわないとね、ソレ」
「ダメ!これはおれが任された仕事なんだから…邪魔なんてさせない!」
「糸…なるほどね、でも、君の頼みの綱はあっちに転がってる。痛い目見る前にやめたほうが君のためだと思うんだけどなあ」

 苦しい。痛い。だが同時に、俺はどうしようもなく昂揚している。
 これは紛れもなく、強い相手との戦いだ。それを自覚してしまえば、寝てる暇なんてない。脚に力を込めれば一瞬でシグリの前までたどり着ける。

「そういうわけにも――いかないんだよ」
「?」

 自然と口角が上がる。痛みが楽しい。武をぶつけ合うことは何たる快楽か。
 久方ぶりに湧き上がる闘争への焦がれが身を焼く。
 だけど、俺の役目は何よりも人々を守ることだ。
 俺は、シグリを守るんだ。

「なんだ、まだ動けたんだ」
「これでも戦闘特化の魔人だからな。でも、あんたの一発が効いたのは確かだ。
 いい一撃だったぞ」
「うへえ…ナニソレ、ハイチってば殴られて喜んじゃうヘンタイさん?」
「間違いではないだろうな。闘争を求める俺は、そういう存在なんだろう。
 一方的な暴力では闘争と呼べないからな」

 俺たち魔人はバケモノだ。力があるゆえに、好き勝手にふるまうこともできるだろう。
 俺は戦いが好きだ。お互いの武をぶつけ合うことが至上の快楽足りえる。
 だからこそ、その誘惑には耐えて見せよう。

「ひとまず歯を食いしばっておけ。カムパネルラ…いや、その裏側にいるあんた」

 一呼吸で気を練り上げ全身へいきわたらせる。

「―掌握・接続」

 狙いはカムパネルラとつながった気の行方。今はあくまで情報的なつながりだが、その気の流れを物理的につなげてやる。

「よくわかんないけど、邪魔するならどいてもらうだけだよ」

 踏み込みの予備動作。彼の速度は脅威だが、単調な動きで助かった。
 ちょっとでも動く気配を見せれば見切れないほどじゃない。速度はこちらが劣る。ならば、相手の攻撃が出る前にこちらから打てばいい。
 姿勢とともに下がった顎を掌底で撃ち抜く。だがこの程度で止まる相手ではないのは先の激突で分かっている。体勢を整えられるより迅く、カムパネルラの胸部へ拳を叩き込んだ。
 軽さは見た目通りなのか、カムパネルラの身体が宙を舞う。だが、さっき当てたときと変わらずダメージを喰らっていないとでも言うように両の脚で着地して見せた。
 だが、俺の手には確かな実感が残っている。

「なんだ、さっきとあんまり変わってないじゃん」
「そうか、それは残念だ」
「つよがりだったってコト?ってジョバンニどうしたの、いきなり痛いなんて――」

 思考が恐らくつながっているもう一方に逸れた。それだけの隙をさらしてくれるとは思っていた以上の効果があったらしい。
 棒立ち状態のカムパネルラの首を捕まえる――その寸前で身をかがめて俺から距離を取ってきた。直感は鋭いようだ。

「あっぶない!いや僕は別に何とも…え?共有?なんのこと…うっ」

 どれだけ直感が鋭かろうが思考の大半がそちらに割かれていては何度も避けられるものじゃない。
 勢い余って蹴り飛ばしてしまったのは誤算だ、捕まえたほうが楽なところであったが仕方あるまい。

「えぐ…何…で…僕さっきまで何とも…」
「あんたへのダメージを先にいるやつに伝播させただけだ。
 ま、それだけならこんなことにはならないんだが…そいつにとって、此処はさほど重要じゃないのかもな」

 自分だけダメージを負えば済むものを、そうしなかったのはそういうことだろう。
 さっきまで威勢よく動き回っていた彼からは想像できないほどに弱っているのか、俺が近づいても逃げようとしない。
 だが、振り上げたこぶしがカムパネルラの顔を打つことはなかった。何処からともなく全速力で走ってきたやつが俺に飛び蹴りをかましてきたからだ。
 パンクな恰好をしたそいつは背負ったリュックに大量のスプレー缶を詰め込んでいた。
 おおかた、落書きでもしていたんだろう。

「どいてくれーーーッ!」
「そうさてもらおう」

 すぐさま離れると、そいつはカムパネルラを抱きかかえ俺にスプレー缶一本投げつけて走っていった。速度からして恐らく魔人だ。全く、こんなところに大集結するとはな…

「ったくアンタこいつの事こんな風にしやがってあとであのクソ女に何言われるかわかんねえじゃねえかよ!」
「お目付け役か何かだったらしっかりと手綱は握っててくれ。こっちも大変だったんだ」
「そうかよ!あーもーあいつカンカンだぞ…!さっさと帰ってこいってうるせえし!」

 盛大に捨て台詞を吐いていった。ちらりとシグリに視線をやると、ちゃんと言った通りあちらこちらに散らばった爆発物を回収してくれているようだ。
 大げさなまでにダイヤモンドの糸でぐるぐる巻きになった物体がシグリの周囲に散乱していた。ここまで近くにいても危険な気配がない…この糸の頑丈さ故だろうか。

「シグリ、育美、大丈夫だったか?」
「大丈夫!爆発物?も多分もうそんなにないハズ…」
「助かる。悪いな、俺が下手打ったせいで危険な目に合わせちまった」
「その時は全力でおれが育美ちゃん守るつもりだったから大丈夫!
 こう見えても防御力には自信アリだよ!」

 そういう問題では…いや、俺が完璧にコトをこなせればすむ話だ。既にシグリには十二分に頼ってしまっているし、育美にも負担はかけたくない。

「あの…海圻さん、お怪我は大丈夫ですか?」
「ああ、少し気の巡りを整えれば問題ない。その力は、槌唄さんたちのためにとっといてくれ」
「はい…痛かったりしたら、すぐ言ってくださいね…!」

 この場限りかもしれないが、少し心を開いてくれた…のかもしれない。

「海圻ィそっち片付いたならさっさと手伝え!」
「今行こう。シグリ、引き続きよろしく頼むぞ」
「おっけい!」

 万が一シグリに何かが近づいてもすぐにたどり着けるようにしておこう。
 今のところは近づいてくる気配にさっきの殭屍がいるものの、彼女から敵意は感じない。
 まずは蘇達の鎮圧が最優先だ。


                   ***


 海圻が槌唄さんたちと合流しに行くのを見送りながら、おれは華甲さんの指示通り爆発物集めを再開する。

『そこから9時の方向に30センチ、うん、その調子よ。残ってるのはあと…3,4個ってところね。
 念のため海圻達が彼女を鎮圧したら奥の方も探ってみましょう。勿論、その時は海圻達にも手伝ってもらうわ』
「おす!ばりばりやっちゃうぞ!」
『それにしても貴方の近くにいるとそれの脈動もほとんど聞こえないわね…
 どういうものなのかしら?』
「そもそも卵って脈打つのかな…?まあいいや。
 よーし海圻が来るまでに全部終わらせて…ん、どしたの育美ちゃん」
「あちらから誰か来てるみたいです。念のため用心しておいた方が…」
「ほんと?助かるよ、おれ周り視るのちょっと苦手で…」

 育美ちゃんが指さした方向に目を凝らしてみると、何やらゆったりとした足取りでこちらに誰かが近づいてくる。
 こんな地下水路を出歩いている子なんて、さっき見つけた子くらいだろうけど…

「む。またお前さんたちに会ったな」
「えっと…キョンシーさん?かな?探してたものは見つかった?」
「いいや。ダイヤはなくとも私の主人が見つかるかと思ったが」
「あ、でもさっきから処理してるコレはダイヤモンドっぽい形してるよ」

 おれはキョンシーさんに糸でぐるぐる巻きにしておいた爆発物を指さして見せた。

「…中には何も入っていないようだが?」
「えっ?!」

 いつの間にか抜き取られた?とはいえ、おれの近くにいたのは海圻とあの男の子だけだし、男の子は近くにいたといっても10秒に満たない。
 魔人ならそういうことも可能なのかな…ただ、穴もあけずどうやって盗んだんだろう…

『中身を抜き取られた線は薄いと思うわ。脈動が移動することもなく、貴方の近くに行ったら消えたから』
「なんでだろ…まあでも、爆弾が消えたなら…いいこと、なのかな?」
「お前さん、爆弾を私にダイヤとして見せたのか?」
「あっ違うんだよ違くはないけど別にキョンシーさんに爆弾触ってもらおうと思ってわけじゃなくってェ…ダイヤ探してるっぽかったから手掛かりになるかなって…」

 慌てていってしまうとなんだか言い訳がましくなっちゃうな。
 でも特にキョンシーさんは怒ってないみたいだった。ひとまず安心。

「しかしさっきはもっとたくさんお仲間がいたと思っていたが、どこかにいったのか?」
「みんなはあっちで戦ってる。この地下水路に爆弾をばらまいた犯人と。
 おれはそういうことできないから、こうやって爆弾回収の仕事をしてるんだ」
「成程。おや、あちらもお前さんと同じような恰好をしているな。
 2人は知り合いか?」
「ぜんぜん。あの人は魔幇?っていうのに恨みを持ってるとかなんとかっぽい。
 あの人もダイヤを探してるっぽかったかな」

 たしかおれたち「も」ダイヤを狙ってるの?って聞いてきてたし。

「ということは有益な情報は聞きだせないか…ダイヤをめぐるライバルになるしな」
「皆で一緒に見つければいいのに…」
「それぞれ個別の願望があるから、仕方ない。では私は失礼するよ」
「気を付けてね!キョンシーさん!」

 地下水路の闇に溶けていくキョンシーさん。穏やかな人だったけど、あの人はダイヤで何を叶えたかったんだろう。

「よし、おれもやれることを全力でやらなきゃ…!」

 全神経を集中させて糸を操る。爆発物の残数は残り4個。どこかに行ってしまった中身も気になるけど、それはこれから確保するやつで確かめよう。


               ***


 俺が加勢したと判断した瞬間に飛んでくるダイヤ型の物体。恐らくさっきから爆発しているのはこいつだ。
 躱した先で壁にあたったソレは盛大に結晶をまき散らしながら爆発する。破片手榴弾が一番近いだろうか。だが、雷の自爆ではその場で巨大な結晶が発生している。2つの状態を切り替えて使えるかあるいは別の爆弾か…

「槌唄さん、状況は」
「何度か蘇には接敵した。けど、あの翼が邪魔してきて触れるのは難しい。
 そうこうしてるうちにあのメイドが来る…」
「そのうえ死なねえと来たもんだ!命の安売りもほどほどにしてほしいもんだよ」

 全員五体満足ではある、か。であれば突破口がないわけではない…
 ひとまず、蘇の反応速度を見たいところだな。

「海圻、メイドの相手頼む。白髪と2人でかかれば蘇の防御も突破できるかもしれねえ。
 いけるか?」
「やってみるさ」

 雷とは先ほど少しばかり交戦した。勿論アレが全力ではないだろうが…

「はァッ!」

 こちらも先の闘いでだいぶ落ち着いた。お互い実力の底は見せていない。
 一歩踏み出し続く二歩目で雷のもとへたどり着く。こういった戦闘は慣れていなさそうだが、流石はマフィアのお付きだ。一瞬で対処にかかろうと体が動いている。
 牽制で振るわれる鞭が眼前を薙ぐ。躱したところで下がった顎を蹴りが狙う。
 低い位置からの一撃を脚で受け止め、腕を掴みにかかった。
 これで捕まえられればかなり楽にことを進められたが、雷は自分の腕を引きちぎって強引に対処してきた。

「捨て身か。感心はしないな」
「そうですか」

 彼女の胸元に下がった最後の鎖が一際輝き、爆発とともに再び結晶が発生した。
 そしてそれを突き破り雷が生き返る。
 五体満足の状態で復活するからこそそうやって簡単に身を投げられる、というのはあるんだろうが、必ず復活できる保証もなしにここまで全力を尽くせるのは忠義あってこそなのだろう。
 彼女自信からも爆発しているものと同じ気配を感じる。…彼女の口が動くたびに見える白い物体が恐らくそれだ。

「その忠義には敬意を表する」

 中距離から俺へ踊るように鞭が襲い掛かる。急所一点狙いではなく、俺の機動力を削ぐ細やかな連撃。
 俺を近づけさせない魂胆…確かに俺は近接格闘タイプの魔人だ。賢明な判断と言える。
 このままでは埒が明かないな…ちらりと槌唄さんたちの方に視線を向ける。俺が雷を足止めしている分まだ動きやすそうではあるが、蘇のダイヤの翼は思った以上に厄介らしい。
 こちらもどうにかして加勢できる体制を整える必要がありそうだ。

「火盛りて力となり、木茂れば種と為る――」

 あえて雷から距離を取り、手中に全身の気を巡らせ集約する。

「水溢れて土を満たし、金堅固なれば顎を砕く!」

 予想通り、俺が距離を取った途端雷は蘇へ向かっていこうとしている。
 俺にかまってる暇はない、とでも言いたげだ。雷にとっては蘇が第一であり、俺に邪魔されるとしても蘇の近くにいたいのだろう。
 確かにその方が万一に対処しやすい…だが、一本化された思考ほど読みやすいものはない。
 放たれた気の砲撃が雷の行く手を遮断する。当てるつもりではあったが回避するだけの余地はあったようだ。
 一瞬遅れた雷の動きに合わせて俺も跳びだす。俺の接近に気付いた雷が紫電の鞭を振るうが、万全ではない状態で振るわれる攻撃は脅威ではない。
 鞭を躱し、雷へ肉薄する。接近戦なら俺の領分だ、俺を押しのけようとする雷の手を捻り上げ、地面へ押し倒した。

「ッ…!」

 反射的に開かれた口に手を突っ込み、前歯ごと爆発物を引き抜いた。
 痛みに声を上げることもなく、俺の指を食い千切ろうとしてくる胆力には驚かざるを得ないが、気で強化された俺の身体は魔人であれ簡単に傷つけられない。
 咬合に特化した能力者なら話は違っているかもしれないが。

「捨て身に感心しないのはその道しか見えないからだ。
 行動がワンパターンになってるんだよ、アンタ」

 一応自爆のリスクはほとんどなくなった…と思いたいが、意識があっては何をされるか分かったものじゃない。
 気絶させるなら脳を揺らすのが一番早い。雷が抵抗する前に拳を叩きつけた。
 雷の気が揺らいでいく。死にはしていないが、無力化自体は完了した。異様に爆弾の数が少なかったのは、槌唄さんたちが減らしてくれていたんだろう。
 向かってくるダイヤの翼を叩き落としながら、槌唄さんと合流する。
 こうして相対すると、蘇の鉄壁さを実感させられるな…

「こうして時間稼ぎするだけでも十分…雷が目を覚ませば面倒なことになるしな」

 故にここは速戦即決が望ましい…だがあの防御を破るのも困難だ。
 突破できる可能性があるとすれば反応速度の遅さだろう。雷の相手をしながら俯瞰した彼女の闘い方は、反応速度を物量でカバーするものだった。
 ダイヤの翼も彼女の全面を覆えるものではない。破れぬ道理もなし、だ。
 懸念があるとすれば、明らかに蘇の様子がおかしいことか。

「おい海圻!あいつなんかおかしくなっちまったぞ!」
「おかしくって…どうおかしくなったんだ白髪」
「途中からダイヤは渡さないってブツブツ言うようになって…さっきまで魔幇赦さねえっつってたのに。
 あの翼には感覚器がねえからアタシの能力も使いずれぇ…」

 清王朝のダイヤモンド、その欠片…と思わしき存在はもしかしたら使用者の精神を歪めるシロモノなのかもしれない。
 だとすれば心配なのはシグリだが、そちらは要観察ということで。今はこっちのが優先だ。

「槌唄さん!ブロックばらまきながら注意引いてもらってもいいか!」
「随分アバウトな注文だな!いいぜ、どうやって突破するのか見せてくれよ!」
「白髪は近づけそうなら近づいて無力化してくれ!」
「無茶ぶりが過ぎるだろオメー!!!けど、嫌いじゃないぜ!」

 雷が起きるまでの数分で、ケリをつける。可能であれば殺さないで行きたいところだが…最悪の場合も考えるべきだ。
 なにせ、あっちは殺す気なのだ。

「よっし、行ってこいッ!」

 槌唄さんが積み上げたブロックをバラバラに弾き飛ばす。
 空中に散乱したブロックは何れ重力に従って落ちるが、槌唄さんの能力は無尽蔵だ。

「じゃこっちも始めんぜ!」

 白髪も動き出してくれたみたいだ。発案者の俺も動くとしよう。
 宙に浮いたブロックを足場に蘇へ接近する。勿論、そこを狙って翼が放たれるが俺は既に別のブロックに乗っている。
 その上白髪と槌唄さんも蘇を狙っている。キャパオーバーも時間の問題だ。
 だが、俺たちにはタイムリミットがあるのも事実。邪魔が入る前に片付ける!

「おおおッ!!」

 浮いたブロックを蹴り飛ばし、蘇目掛けて突撃する。勿論これには蘇も対処してきた。
 2本の翼が俺を受け止め、もう一本が俺を刺し貫こうと迫る。その一撃を躱しながら次のブロックへ着地、再度の突撃を行う。
 その間にも白髪と槌唄さんが蘇を狙う。残る翼は3本、俺への攻撃に使っている分は封じているに等しい。だが、たったの3本であの2人の攻撃を防げるとは思えない。

「対処に1本とは、舐められたもんだな!」

 どうやら蘇は槌唄さんに2本、白髪に1本で対処に回ったようだ。
蘇と槌唄さんは知り合いだったし、彼の実力も理解していたからこそ未知数の白髪の対処へ振り切れなかったところがあったのだろう。
 だがそれは悪手だ。
 1本の翼を難なくすり抜け、白髪が蘇に迫る。

「…奪わせません!」
「奪わねーから安心しろ!」

 白髪の振り被った拳は蘇に当たることはなかった。防いだというわけではなく、ただのフェイント。だが、戦いの場に慣れていない蘇にとってそれは致命の一撃だった。

「アンタには聞きたいことがあるからな、大人しくしてな!」

 白髪の手が蘇のドレスに触れる。次の瞬間、蘇の身体が何かに撃たれたように痙攣した。恐らくは白髪の能力だろう。それに伴ってダイヤの翼も力を無くしたように地面へと落ちていく。
 だが、蘇の敵意は消えていない。

「白髪!」
「うへ、やっべ――」

 ダイヤの翼たちは一斉に白髪へとその矛先を向けた。蘇はまだ立っているものの足取りがおぼついていない。恐らく、反射的にダイヤの翼を動かしているだけだ。
 一斉にダイヤの翼が白髪へ殺到する。だが、ギリギリ間に合うはずだ。

「海圻、これ使え!」

 何も合図を出したつもりはなかったが槌唄さんがブロックを打ち上げてくれた。俺の考えてることを先読みしている…敵わないな、ほんとに。
 俺をマークしていた翼はもうない。槌唄さんの打ち上げたブロックを踏み台に白髪のもとへ突撃する。
 迫る翼の数は6本、一斉に来ている分狙いが分かりやすくて助かるというものだ。
 白髪の襟を掴んで槌唄さんの方へ投げ飛ばした。波状に飛んでくるなら難しい対処も1点に絞られているならば容易い。

「四霊、我が身に来れ――」

 ダイヤ衝突まであと数センチ。練り上げた気を全身に巡らせ強化を行う。
 まずは1本、胸を貫く一撃を叩き落とす。続く狙いは両腕、腹に頭。動きを止めぬように蹴り飛ばし、脇腹に掠らせ、頭を狙った2本は気の流れにて受け流す。
 だがまだ終わりではない。蘇の無力化こそが本来の目的だ。

「慈勁―――『麒麟通』」

 重心を落とし、踏み込む体重移動の運動量すべて乗せた一撃。
 蘇の防御が間に合うより先に、その胴体へ掌底を叩き込む。
 流れる気を意識しながらその衝撃を相手に伝えるこの技は、師曰く不殺の技、らしい。

「私は…奪われる、わけには…」

 うわごとのようにつぶやきながら蘇の身体が倒れ込んできた。何とか抱きかかえたが想像以上に軽い。
ほぼ同時に、シグリに起きていたものと近しかった変化が解除され、元のダイヤの意匠がないドレス姿へと変貌していく。

「海圻!大丈夫か?!」
「ああ、槌唄さん。問題ない、ひとまずこれで犯人の鎮圧はできたな」
「そうだな…しっかしどうする?こいつらほっといたらまた同じことやりかねねえが…」

 魔幇に引き渡すのも気が引ける、というのは概ね同意だ。
 確実に反逆者として今度こそ処分されてしまう。

「海圻~!助かったぜマジで!ところであのメイドは縛っといたけどどうする?」
「今ちょうどどうしようかって話してたところだ。清海かトラブルバスターズで保護する…というのはどうだろうか」
「ウチは別に構わねえが…ただ俺は育美の保護が第一だからどこまで見れるかねえ…」
「であれば私たちが引き受けよう」

 突如頭上から降ってきた聞き馴染んだ声。
俺たちの眼前に降りてきたのは、清海のリーダーガングートだった。

「我々は今のところ優先事項の任務はシグリ君のダイヤ摘出のみだ。
 シグリ君は海圻に一任している状態で人手も足りている。彼女たちの安全は保障しよう」
「ガングート、来てたんだな」
「清海なら信頼は置ける…が、アンタ、いつからいたんだ」
「ふむ。彼女たちの処遇を決める決断をした瞬間に来たのがそんなに怪しかったかな。
 一つ言えることがあるとすれば海圻と華甲は通信でつながっている。今はシグリ君に渡しているみたいだが大事なのはそこではない」

 通信機の位置情報は常に清海へ送られている。まあ仲間内だから情報が筒抜けとかそういうのは問題ない。

「そもそも、私の能力は君たちのように『困っている人』のためにあるのだ。
 それでも移動する上に戦闘している君達を見つけるのは大変だったが」
「悪いな、今は緊急事態だから俺も想像以上にピリピリしてたみたいだ。
 それじゃ、そこの2人は清海に預けるぜ」
「待て待てアタシだってそこの2人に用事があるんだ。勝手に決められちゃ困るぜ」

 確かに、白髪は行方不明の女の子の手がかりを一つでも多く見つけたいはずだ。

「そういうことであれば、この2人との面会程度はこちらで用意させていただきたい。
 構わないかな?今すぐ起こせと言われても、ちゃんと彼女たちの武装を解除してからではないと危ない」
「ならそれでいい。どうせそいつらが知ってるとも思えねえしな」
「ありがとう、極東のレディ。海圻が世話になったようだし、清海の連絡先を渡しておこう」
「寒気がする呼び方をするんじゃねえ!!」

 しっしとあっちいけをする白髪に一礼しながら、ガングートは雷と蘇を連れて闇の中へ消えていった。
 あと残っているのは爆弾処理…シグリの進捗は何処まで行っただろうか。

「っし、そんじゃアタシはここらで撤収かな…爆弾集めとやらはいいや」
「助かった、上海にいる間面倒事が起きたらいつでも言ってくれ」
「あ、白髪さんはここでお別れなんだね。人探し頑張ってね~~」

 いつの間にかシグリ達も合流していた。その手には大量にダイヤの糸でぐるぐる巻きになったものが抱えられている。
 あまりにも多いのか育美までいくつか抱えている。だがその中には何も見えない。

「おう!じゃアンタには帰国したらウチの連絡先送っとくから考えといてくれよ~」

 ヒラヒラ手を振りながら白髪も元来た道を帰っていった。
 彼女の目的としてもここに長居する必要はないし、ここまで手伝ってくれたことには感謝しかない。

「それじゃ俺たちは…」
「爆弾探しの続き、だな。探知は任せてくれ」
「よく疲れてねえな海圻…」
「槌唄さん雷の爆弾だいぶ消費させてくれただろ。アレのおかげだ」

 まだダイヤの情報は遠い。だが、シグリのようにダイヤの欠片を持ち、変身する能力者が存在することが分かった。
 この街で、一体何が起こっているのか。
 俺たちは、それに向き合っていかなければならない。


                 ***


「…繁栄の理、か」

 手元のダイヤに視線をやる。これは確かに清王朝のダイヤモンドから剥離したモノだ。
 繁栄の理、それはこのダイヤが清王朝のダイヤモンドがもつ環境再構性能のエッセンスであることの証。
 このダイヤが本当に爆発を成し遂げてしまっていたら、あの地下大放水路一帯はこのダイヤの在るべき星の姿へと姿を変えていたはずだ。
いうなれば、あの爆弾は世界を産む卵といえよう。
 古代ギリシャに存在した宇宙の蛇の如き偉業だ。
 だが、それは侵略に他ならない。そしてそんなことは絶対に起こしてはいけないのだ。
 我々上海の人間は、この上海の地で生きていたいのだから。
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