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3-6 魔女

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3-6・魔女
 

1.概略
魔女は、半島各地に集落を作り、雨乞いや癒しなどを行って、周囲の村と共生していた人々である。

森羅万象には、それを司る「精霊」が存在するとし、その力を借りて様々な術を行使した。

彼らの集落は、力の強い精霊(大精霊、精霊王、大霊、祖霊、太祖など、土地により様々に呼ばれる)が宿る場所であり、彼らは大精霊と契約し、その依り代を守り、魔女でない人々と大精霊との架け橋として生きていた。

しかし、思想的に法王庁と相容れず、しかも、アーティファクトと見なされる祭器を祀っていることが多いことから、新聖歴以降、魔女は異端として狩られる存在となり、多くの集落が失われた。

“黄昏の時代”より、軍隊に徴発されて働く魔女もおり、その関係で聖騎士団と敵対する魔女もいたことが、それに拍車を掛けた。

一方で、彼らの持つ魔女術(特に「旅術」。後述)を、学問として体系化しようという取り組みは、錬金術として結実し、多くの魔女が「錬金術師」として、錬金術協会にかくまわれることとなった。

とはいえ、大精霊の住む故郷を捨てることは、魔女たちにとって大きな苦痛であり、錬金術協会の誘いを断り、古い生き方を守ろうとする人々もまた存在した。


2.大精霊
大精霊の依り代は、奇妙な岩や険しい山、泉といった自然の地形や、森の中の広場など、特定の土地、あるいは、いつ作られたとも知れない遺跡や奇怪な石像、古い巨木など、様々である。
その名や、大精霊が魔女と共生するにあたって結ぶ契約の内容などは様々である。

例:龍骨連峰のふもとに住む魔女達には、家畜を飼うことの禁止や、連峰の最高峰、白龍峰が見えないところに行ってはならない、というしきたりがあった。一方で、銀尾森の魔女達は、皆が、「兄弟」である猫を飼い、十三歳になると世界を見る旅に出る風習があった。

3.契約紋
魔女の血筋の者が成年に達し、精霊と契約を結ぶと、体のどこかに紋様が浮き上がる。

魔女は、この紋様「契約紋」に触れることで、大精霊と語る力を得るのである。

契約紋の形は、おおむね、いわゆる魔法陣に似た、黒い文字のような図形が同心円状に並んだものである。
それが浮き出る場所は、胸や額、頬など、すぐに触れられるところが多い。

だが、これも魔女の里によって例外も多く、全身に幾何学紋様が浮き出ることもあれば、背中や手のひらに小さな図案が表れることもある。

後の魔女狩りの中では、これは「悪魔の印」と呼ばれ、魔女の疑いを掛けられた一般人が、小さなあざやほくろを「悪魔の印」であるとされ、処刑されることにもつながった。

4.旅術と請願印
魔女達は、その性質から、大精霊の住み処から離れることは好まず、離れれば力を失うが、時にはやむを得ず故郷を離れて旅をすることもある。
この時に使われるのが、「旅術」である。

これは、土地に固有の大精霊ではなく、どこにでも偏在する精霊(風の精霊や土の精霊、鉄の精霊、など)と交信し、その力を借りるものである。

ただ、どこにでもいるだけに力が弱く、力を借りるためにはそれぞれ固有の紋様を刻んだ護符(祈願印)を持っていなければならないなど、制約も大きいことから、魔女達はこれをあまり重視していなかった。

これとは別に、離れた地でも大精霊とのつながりを維持する方策を工夫する魔女達もいた。

例:大精霊が宿る巨木の枝から杖を作る、その土地の土を袋に入れて持ち歩く、など。前述の銀尾森では、猫が大精霊とのつながりを維持する働きを持っていた。


5.はぐれ/根無し
何らかの理由で里を追われた者は「はぐれ」、大精霊の依り代そのものが失われた魔女は、「根無し」などと呼ばれ、他の魔女からは忌み嫌われた。
依り代が失われた場合には魔女はその力を失うが、里から追放される場合も、契約紋を消されるのが普通だった。

だが、こういった「はぐれ」「根無し」の中に、旅術を用いて傭兵として働く者もおり、軍からは重宝される一方、一般人や他の魔女からはますます忌避された。

新聖歴の初期には、法王庁と旧王国の戦争や魔女狩りによって、「根無し」が数多く生まれた。


6.錬金術への移行
“黄昏の時代”を通じて、魔女術を用いることができるのはその血筋を引いている物に限られるとされていた。

しかし、新聖歴に入って、“時越えの”アニエスらによって、魔女の血筋にない者は、大精霊と契約することこそ難しいものの、旅術で用いられる「請願印」については、正しい方法を学べば力を得られることが明らかにされた。

アニエスらは、驚異的なフィールドワークの積み重ねによって、各地の魔女術についての膨大な資料を収集し、魔女たちが「旅術」と呼んで軽視していた、一般的な物質の力を引き出す術と、それに必要な紋様の作成法を体系化する。

この研究が進むことで、地水火風のみならず、魔女達がほとんど行わなかった、貴金属などの稀少元素を用いた特殊な術の研究も進み、求める効果を得るために、どのような元素を触媒として用意し、どのように印を刻むかを理論化した「錬金術」へと発展してゆく。

この過程で、精霊との交信、請願、といった意味合いは失われ、「請願印」は「錬成印」と称されるようになった。

「旅術」は事前の準備や修練が不可欠で、不便であったが、「錬金術」は(稀少な触媒を必要とすることもあるとはいえ)知識を元にその場で印を組み上げ、多様な効果を発揮できることから、軍事を始め様々な局面でその有効性を証明した。

これらのアニエスの働きにより、錬金術は法王庁から公認された。

そして、迫害を受けていた魔女達の多くが、設立された錬金術協会に講師として身を寄せることになった。

しかしながら、精霊を「元素」として扱い、大精霊の住み処から離れて暮らすならば、かつての魔女達の生活の中心であった「精霊と語る」という考え方は全く失われてしまう。

これを良しとしない魔女達の中には、あえて古いしきたりを守って生き続けようと決意した者も少なくなかった。

 


◇魔女の歴史

~新聖歴紀元前「ただ長き嵐の前」
魔女の力を持つ人々の多くは、精霊の宿る場所の周囲に集落を築き、近隣に住む人々の求めに応じて、病を癒し、豊作を祈願して生活していた。

しかしながら、戦乱の続く二王国時代には、戦争に巻き込まれ、その力を戦いのためにふるわざるを得なかった魔女たちや、敗戦した側についたために虐殺の憂き目にあった魔女集落も存在した。

~新聖歴0年「戦雲の下で相見みゆ」
統一戦争の中、聖騎士団と魔女の接触が起きる。

互いに初めての接触であり、その結果は様々であった。

ある時は、それは王国軍・地方の都市自警団に参加した魔女と、聖騎士団の戦いであった。
またある時は、王国の圧政を打倒するための共闘であった。
多くは、ただ嵐が過ぎ去るのを待とうとする魔女達と、そこから可能な限りのものを引き出そうとする騎士団の緊張関係であった。

法王庁にとっての魔女の認識は、「敵に回せば厄介な、奇妙な力を持った戦士」だった。
王国と死闘を繰り広げつつあった聖騎士達にとって、魔女の思想が聖典に即しているかどうかなど、それが敵か味方か、強いか弱いかに比べれば些細な問題だったのである。

新聖歴0年 聖騎士団長により、「対魔術戦闘要項」がまとめられる。(魔術を用いる敵とどう戦うか、を解説した、騎士団員向けの手引き書。『散開せよ』『弓兵の配置は必須』『何が起きても驚くな』)

小話:銀嶺の友

~新聖歴10年「嵐の夜明け」
法王庁による統一が成ると、なお各地で掃討戦の続く中、半島全域で、大陸の伝道師・政治家・学者・商人などの人々が活動するようになり、魔女についても「強いか弱いか」「敵か味方か」「どうすれば倒せるか」という視点だけではなく、その文化的特質にも目が向けられるようになる。
一方で、魔女たちも、新参の法王庁の人々と接触する中で、時に衝突し、時に支え合いながら、相互の理解を深めてゆく。


新聖歴8年 神跡記録官により、「半島文化の驚異」が著される。(半島の実地調査から、大陸文化との相違点を明らかにした本。魔女を含む、異端的文化についても紹介する)

~新聖歴20年「生け贄の黒山羊」
半島が平和になるにつれ、聖騎士団の凋落は著しく、「敵」を求める声は強まっていった。
法王庁も、その権力が盤石になるに従い、土着文化に対してそれまで以上に高圧的に対するようになる。
かくて、魔女たちは「悪魔崇拝者」として弾圧の対象となり、一方の魔女たちも自らの命と魂を守るため、法王庁に牙をむくこととなった。

新聖歴15年 「半島文化の驚異」が禁書目録に加えられる。
新聖歴17年 「血の葡萄酒」事件。光槍騎士団、一人の魔女により壊滅。小話『夕暮れの葡萄酒』
新聖歴18年 教理問答集の改訂。魔女の関係者は幼児であっても処刑することが求められる。

~新聖歴30年「血、炎、呪詛」
当初、魔女狩りの中核となった聖騎士団は、激化する魔女狩りの中でかえって権力を失っていった。
集団戦に特化した大組織である聖騎士団は、魔女狩りのような小規模な作戦では、異端審問官より効率が悪いことを明らかにしたのである。
そして、苛烈な魔女狩りの中、少なからぬ一般人も命を落としていった。

~新聖歴40年「袂を分かつ」
法王庁との物量差は明らかであり、戦い続けることは得策ではない、と考えた人々がいた。
一方で、過酷すぎる魔女狩りに疑問を抱く声は、庶民からも聖職者からも大きくなっていた。
そういった中で、魔女の技術を「錬金術」という学問として体系化し、異教=悪魔崇拝という図式から切り離そうという動きが生まれた。

「時越えの」アニエスらを中心とする人々の、超人的な労力をかけたフィールドワークによりそれは達成され、ついには法王庁公認の「国家錬金術師」制度が誕生することになる。

だが、多くの魔女たちが錬金術学院に身を寄せる一方で、古いしきたりや部族のつながりを失い、何よりも、友である精霊の声を聞かなくなることを良しとしなかった魔女たちもまた多かった。

彼らは、なおも辺境の地に魔女として身を潜め、時には法王庁と敵対しつつ、ひっそりと生き続ける道を選んだ。

一方の錬金術協会は、魔女出身ではない民間人たちを学生として迎え、より一層、学問としての体系化を(そして、精霊信仰からの離脱を)進めていった。

 


◇銀嶺の友

新聖歴1年、冬。
半島南部・北辰峰の麓の集落にて記す。


(鳳凰騎士団輜重隊長・ピラーの手記)

締め切られた重い窓がごとごとと揺れ、石の壁越しにも、戸外で風が猛り狂う音が聞こえる。

隊員たちは、みな無言だ。
薄暗い厩舎の中で、ある者は剣を研ぎ、ある者は荷の点検をしている。

漂う暗い雰囲気は、何日も厩舎で寝泊まりしたからではない。
野宿くらい我々は慣れたものだ。風雪をしのげるだけでもありがたい。

副隊長のキリーがやって来た。敬礼して、
「隊長。補給物資には異常ありません。濡れてだめになったものもないようです」
「ああ。ご苦労」
言葉と裏腹に、奴の表情もさえない。
「ルークの怪我も、大したことはありません。行軍に支障はないでしょう。あとは、吹雪さえ止めば……」
「わかっている」
「……差し出がましいこと、申し訳ありません」
「いや……すまん」

我々は焦っていた。

我々、輜重大隊が吹雪で原地民の村に足止めされ、すでに三日。

今頃、前線では、我が鳳凰騎士団の戦士たちが、巨人を信奉する異国の兵たちと刃を交えているはずだ。

異教の兵士たちは強い。
そのことは、これまでの戦いで誰もが痛感してきたことだ。

祖国の司祭どもは、「正しき信仰は百万の剣にも匹敵する」などと寝言をほざいたが、所詮我々の手は二本。胸に百万の剣があったところで、実際に振るい得るのは結局のところ使い慣れた愛剣だけだ。
そして、いかに精強を誇る我ら鳳凰騎士団とはいえ、満足な補給なしに戦い続けることは難しい。

慣れぬ寒さのなか、すでに前線の食料は心許なくなっているはずだ。
すぐに飢えることはないにせよ、糧食が残り少ない、というだけでも士気は衰える。
急がねばならない。
しかし、この吹雪がやまぬ事には、到底あの雪原を越えることなどままならない。

私は、この村に着いた時に見た遙かな雪原と、それを見下ろすようにそびえる輝く峰々を思った。
……この雪嵐の中では、峰はおろか数歩先を見通すことも出来まいが。

……と、獣糞の臭いがよどんでいた我々の周囲を、新鮮な、だが刺すように冷たい雪混じりの風が吹き過ぎた。
厩舎の入り口を見ると、我々にこの厩舎を提供してくれた、原地民の村長が入ってくるところだった。
ひげを蓄えた村長は、その後ろに、初めて見る村人を二人連れている。
分厚い毛皮の防寒着を着込んでいるが、一人は、枯れ木のようにやせた老婆であることが見て取れる。
もう一人は、これとは対照的に、まだ幼さの残る少女だった。

奇妙なのは、その二人ともが、顔に不可思議な紋様を書き込んでいることだった。
赤と黒の線が渦を巻き、絡み合うような紋様が顔全体を覆い、対照的な二人をなにやら似通った印象に仕立て上げている。

「失礼」
村長が口を開いた。
「皆さんは、この先、白夜雪原を越えて北へ行かれるのでしたな?」
「ああ、その通りだが……。しかし、この吹雪がやまぬことには……」
早く厩舎を明け渡して立ち退けとでも言うのか、と一瞬警戒したが、村長は私の言葉に深くうなずいた。
そして、
「わかっております。 そこで、昨日、村の者に使いに行かせ、精霊の里から魔女の方々をお呼びしたのです」
と言って、赤黒模様の二人を指し示した。

もったいぶった村長の言葉だったが、聞く我々は要領を得ず、どう対応していいのか困惑した。
「……魔女?」
「……ご存じないのですな、異郷の方」
私のつぶやきに答えたのは、枯れ木のような老婆だった。

「我ら魔女は、精霊の声を聞き、精霊を友とする者たちです。精霊と語り、精霊の声を皆に伝えるのが務め。
……この雪嵐は、我等の友なる北辰峰の精霊が送ってよこしたものです。
本来ならば、精霊たちの思うままにしておくのですが……。
しかし、あなた方はお急ぎとのことですし、村の者が言うには、昨日村を襲った雪狼の群れから、村を救われたとのこと」
「ああ……」

確かに、昨日、我々は十数頭の白い狼と戦い、その数頭をしとめた。
白昼堂々と人里を襲う狼とは意外だったが、先の見えぬ雪嵐の中での戦いは、闇夜以上に厄介だとすぐに気付かされた。
雪色の毛並みで音もなく駆け回り、時には雪の中に潜り、吹雪の中背後から襲い来る獣。
本来野獣ごときに後れを取るはずのない我々が、奴ら相手に負傷者を一名出したのは、決して油断したからではない。

「精霊が我らの友であるように、村のものも我らの友。そのお礼も、せねばなりますまい。……異教の者は感謝を知らぬ、と思われては心外ですゆえ」
「いや……。そのような」
「いえ。……アウラ」
「はい、ばば様」
アウラと呼ばれた娘は、老婆の手招きに応じて進み出ると、肩の傷を止血して横になっているルークの傍らに歩み寄った。
「な、なんだ?」
「……すこし、我慢して下さいね」
言って、手袋を外し、するするとルークの包帯をとくと、まだ血の色も生々しい傷口に、懐から取り出した深緑色の薬をそっと塗り始めた。
私は、彼女らの指先にまで紋様が描かれていることを知った。
傷に触れられたルークがかすかにうめく。
「その薬草は、北辰峰でアウラが採ったもの。塗った者の傷を疾く癒すよう、精霊に願ってあります」
言って、老婆は私に向き直った。
「さて。……異郷の方。あなたが、この中の長とお見受け致します」
「ああ。そうだが」
「では、この婆と外に来てくだされ。精霊に、あなたを紹介せねば」

外は、一寸先も見えぬ吹雪である。
私は一瞬ためらったが、アウラという娘も、村長も、それが当然という目で私を見ている。
それに、隊の連中も、私がどうなるのか興味津々といった風情だ。

「……わかった。この嵐が止むならなんでもするさ」
構うまい。やって損になるものでもあるまい。

外は、全くひどい地吹雪だった。
厩舎のすぐ前の広場のはずなのに、ごうごうと大気中を吹き荒れる雪のせいで厩舎が見えない。
というより、うっかり目も開けられない。
たたきつける雪で、冷たいと言うより痛いよう。
うっかり息をしようと口を開けると、雪でおぼれてしまうような状態だ。

だが、その中で、老婆は私に「あちらを向いて立っていなされ」と指示すると、ゆっくりとした踊りのような動作をしながら、歌を歌い始めた。
全く意味のわからぬ、異国の言葉。
この細い体のどこから、というような、朗々たる声だ。
おそらく、精霊とやらに語りかける歌なのだろう。

ふと、歌がもう一つ聞こえることに気付き、思わずそちらを向くと、いつの間に厩舎を出てきたのか、アウラも同じようにゆっくりと舞いながら歌っていた。
顔や手に描かれた赤と黒の紋様が、白い世界の中で揺らめく。

私は、吹き荒れる雪嵐の中、二人の不可思議な歌と踊りをしばらく呆然と見ていた。

自分の手足が凍えるように冷たくなっているのに気付いたのは、厩舎に戻ってからだった。
「魔女」だという二人は、「精霊への紹介」とやらが終わると、村長とともに帰って行った。

私は、かちかちと鳴る奥歯を抑えようと苦労しながら、「従軍司祭」ベックに聞いた。
奴は、本当は司祭でもなんでもないが、隊員の中で唯一神学校を出ているのでこう呼ばれている。

「なあ、司祭。実際のところ、『精霊』なんているのか。聖典からするとどうなんだ?」
「さあ……」
ベックは歯切れが悪かった。
「山の精霊、なんてのは、聖典には出てきませんね。
ただ、『人間一人一人、草木の一本一本にさえ、守護天使がついている』……って主張した神学者がいたと思います。
だとすると、『山の精霊』ってのも、そのことだと言えなくはないかも……。
と言っても、その話は神学校では詳しくやりませんでしたから、あまり一般的な説じゃないんだと思いますけど……」
ふん。私は鼻を鳴らした。
「まあ、なんでもいいさ。この嵐が止むなら、天使だろうと精霊だろうとありがたい話だ」

正直に言うと……いや、言うまでもないだろうが、私はそんなこと信じていなかった。

だから、翌朝、空が真っ青に晴れ上がっているのを見た時には、呆然とした。
私だけじゃない。隊の全員がだ。

それに輪をかけたのは、ルークの奴だった。
包帯を取り替えるために外してみたら、傷はほとんどふさがって、かすかな桃色の痕になっていた。

「……驚いたな」

ともかく、精霊とやらの気が変わらないうちに出発するに越したことはない。
我々は大急ぎで荷物をまとめ、馬に背負わせ、移動の準備を始めた。

そして、あわただしい準備もほぼ終わり、簡易寝所に改造した厩舎内を元に戻す作業をしていた時だ。

また、厩舎内に風が吹き込んだ。

「みなさん、ごきげんよう」
赤と黒の紋様の魔女、アウラだった。

「あ……ああ。昨日は世話になった。……おかげで出発できそうだ。ありがとう」
私が礼を言うと、彼女はそれには答えず、
「ばば様は、庵でお休みです。それゆえ、私がばば様よりことづてを預かって参りました」
「言伝て?」
アウラは、毛皮のフードの中でゆっくりとうなずき、
「はい。……『精霊は、あなたがたを気に入られた。安心されるが良い。ただし、あなたの友人方は、その限りではないので注意されよ』……と」
私をじっと見つめて言った。
「友人……?」
「私はまだ修行の身。精霊の言葉をそのままお伝えするのみです。……どうか、お気をつけて」
「ああ……ありがとう」

こうして、我々は、3日の遅れで前線へと向かった。
その後、白夜雪原を越える間、天候は信じられないほど平穏で、行軍は極めて順調だった。おかげで、雪原を越える頃には遅れは2日になっていた。

そしてその間、私は、自分たちが誰かに見られているような気がしてならなかった。
敵意はないが、じっと監視しているような視線。
それを感じたのは私だけではなく、野営の天幕で、我々はそのことを時折話し合った。
視線を感じるのは、我々が雪原へと向かう時、村が地平線の向こうに消えるまで、じっと我々を見送っていたアウラのことが心に残っていたからだろうか?
それとも、精霊について聞いた話が、我々の心を惑わしているのだろうか。
それとも、本当に、あの銀の峰から、我々を見下ろしている何者かがいるのだろうか。

……今にして、神が我らを見守っているのだ、と主張する奴が一人もいなかったのが思い出されるのだ。

~輜重部隊のピラー隊長が、この手記にある出来事を経験していた頃、前線の鳳凰騎士団は、<巨神>を有する王国軍と激戦を繰り広げていた。
そして彼らは、最終的に、多大な損害を受けつつも<巨神>を撃破し、「角笛砦」を陥落させることに成功している。
だが、当時の法王庁軍の拠点、港湾都市ニュートライベルへの凱旋の途上、白夜雪原で猛烈な吹雪に遭遇し、大半が遭難した。

このとき、再度の補給任務のために本隊を離れていた輜重大隊だけが無傷で残り、後に聖火騎士団に再編成された。

なお、本隊のうちでわずかに帰還した騎士と従者らは、「白い狼に襲われて馬を失い、行軍できなくなった」と証言している。

 

 

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