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第1章 聖遺物回収顛末

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匿名ユーザー

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「まあ、もしあんたが死んだとしたら、だ」

俺は、山小屋の落とし戸から黙々とヴォルフラム・ベーレントが差し出す樽を受け取り引き上げながら、言った。

一抱えある樽には、山岳地帯の街道灯用の油がたっぷりと残っており、いやになるほど重い。

狭い山小屋の誇りで灰色に染まった窓から辛うじて差し込む日の光が、ヴォルフラムの幾重にも皺と傷が刻まれたいかつい顔を、さらに凶悪なものにしていた。

「今日を、‘聖ヴォルフラム・ベーレントの日’にしてやるよ。練成院の院生達と一緒に盛大に祝うとしよう。この世で最も畏れている‘悪魔’が、神の元へ旅立った日として、毎年必ず開催することを約束する」


 『強奪された聖異物の確保』という当初の‘聖務’は無事に完了した俺とヴォルフラムだが、現在の現状は、非常に困難で、難しく、危機的状況的であった。

分りやすく言うと、俺たちが立てこもった(追い込まれたとも言う)廃棄された山小屋は、100体以上の攻性の‘死羽蟻’に囲まれていた。

硬い外骨格と、鉄斧のような顎をもつ、狼ほどの大きさの巨大蟻である。

囲まれた以上、消耗戦を覚悟しなくてはならない。

死羽蟻は、一度敵と認知されたら、攻撃を止めることを知らない。

人間の犯罪者には覿面な‘異端審問官’という肩書きも、連中にとってはなんの意味も無い。

最後の一匹まで、叩き潰すしかないのだ。


 なによりうんざりするのが、これから運命を供にしようという相手が気に食わないことだ。

英雄伝承に出てくるような、高貴な姫や伯爵令嬢などと、贅沢は言わない。

せめて、さらわれた儚げな村娘ぐらい用意して欲しかった。

しかし、聖典に記されているとおり、‘現実は厳しい’

五十絡まりのおっさん、それも訓練生時代に散々しごかれた‘鬼軍曹’とあっては、一つや二つ悪態をついたところで、神様も多めに見てくれるだろう。

「その時は、泣くなよ‘腰抜け’」

当たり前である。

三年前まで、このヴォルフラム特性の訓練で、多くの汗や血を流し、時には反吐を吐いた。

もうこのおっさんの為に流す水分は、一滴たりとも俺の体には残っていない。

涙まで流せと言うのであれば、強欲の罪で‘最後の審問’で地獄行きを言い渡されるってもんだぜ。

「だが、貴様みたいな‘のろまな豚’に気を使われるほど、落ちつぶれてはいない。それよりお前のほうこそ、死んだら葬式は俺がやってやる。だから、安心して死ね」

‘のろまな豚’呼ばわりで、俺の繊細な心は傷つく。

「遠慮しておくよ。あんたに送られるんだったら、無縁墓地に埋葬されるほうが、まだましだ。」

「労働を惜しまないのは、美徳だ。墓にはこう刻んでやる。‘愚かしくも貧しい人生を送り、師に多大な迷惑をかけた異端審問官ウーベ・ゼラード、ここに眠る’」

おっさん、そりゃないだろう。

もし、ここで二人して死ぬ事があっても、あんたは地獄へ行け。

俺は天国に行く。

そうなれば、二度と顔を合わせることはないだろう。

そう思うと、気が少し楽になった。

「準備はいいか、‘足手まとい’?」

ヴォルフラムの合図に、俺は返事の代わりに無言で扉を蹴破った。

同時に横倒しにして、栓を抜いた樽をヴォルフラムが勢いをつけ、押し出す。

所々岩肌をみせる斜面を埋め尽くす、蟻の大群の中央に油を撒き散らしながら転げ落ちていった。

「さて、始めるか」

口に咥えた煙草を、投げ捨てると油に引火し、群を縦断するような炎が上がる。

ヴォルフラムは刀身が白く輝く剣を抜き、最初の一匹を切り倒すと‘炎の壁’にそって走り出す。


―一対多では、壁を背にして戦え

ヴォルフラム自身が、弟子たちにいつも教えている事である。

この山岳地帯では、壁を探す事は困難だ。

例え、崖などを背後にしても、死羽蟻の爪にとって、登攀は容易だ。

背後どころか、頭上を捉える危険性がある。

そこでヴォルフラムは俺に‘火の壁’の製作を手伝わせた。

蟻は、火を恐れはしないが嫌う性質がある。

尻が熱い、という難点を除けば、‘火の壁’を背にしている限り、背後から襲われる心配は無い。

しかし、‘炎の壁’を背にしたところで、限界はある。

制限時間は、三分か、それとも二分か。

「年寄りが余り無理するなよ!」

俺は叫びながら、弾丸の雨を降らせた。



「結局、相性が良かったんだと思いますよ」

二日後、事の顛末を報告書にまとめるために、神跡記録官キルシェの部屋を訪れた。

ドア以外の壁が、本棚で埋まった部屋でキルシェは俺の話を聞きながら、俺が書く二分の一の時間で、二倍読みやすい報告書を書き上げた。

たまにこうしてキルシェは俺の頼みを無償で引き受ける。

その代わり、キルシェの頼みも俺は無償で引き受ける。

多分前者の方が多いのであろうが、神学校時代からの付き合いは、伊達ではない。

「なんの話だ?」

「ウーベさんとヴォルフラム審問官の話ですよ」

思わず、飲みかけの紅茶を吹き出す。

「つまり、前衛と後衛、役割分担がはっきりしていたんですよ。お互いの戦い方が理解している分だけ、互いの長所を引き出すような戦い方が出来た。その意味で、相性がいいと・・」

代筆を頼んだ手前、俺は真顔で説明するキルシェに反論するのは止めておいた。

院生時代、俺はヴォルフラムに戦い方を教わったのは事実だ。

そして今では、人間性はともかく、俺は‘異端審問官’として、ヴォルフラムに敬意を払っている。

嘘ではない。

自分が‘異端審問印’を受け取る立場になって、ようやく理解した事がいくつかあった。

今回の‘聖務’の間に、未熟者、間抜けに始まり、聖アンカラの牡牛(聖典に出てくる愚かな逸話)まで、二十種類以上の罵詈雑言を浴びせられたが、実際、ヴォルフラムのサポートは完璧だった。

いくつかの局面の切り抜け方も、身をもって示した。

「そういえば、ヴォルフラム審問官、誕生日が近いそうですよ。」

突如、とんでも無い事を言い出す。

「何でそんな事を知っているんだ?」

「‘知りうる事は、難なきけり’です。たまには‘親孝行’もいいものですよ。煙草の一箱でも送ったらどうですか?」

俺は、キルシェに礼を言って部屋を出た後も、しばらく考えこみながら大通りを歩いた。

言うまでもない。

キルシェから言われたヴォルフラムの誕生日についてだ。

ストリートで育った俺には‘親孝行’という概念は、感覚的に理解が難しかった。

だが、聞いた以上、何もしないのは落ち着かなかった。

‘聖ヴォルフラム・ベーレントの日’は祝う事が出来る日まで、心を込めた贈り物をするのもいいだろう。

考えがまとまると俺は踵を返し、錬成院で哀れな訓練生相手にいつもどおりの怒声を上げているヴォルフラムのために、金靴通りのジェムズ薬草店へ向った。

肉体的には、俺より頑健と思えるヴォルフラムだが、唯一にして致命的な欠陥を抱えている事を、今回の聖務を通して気づいていた。

三年前よりいくらか薄くなったヴォルフラムの白髪混じりの頭髪は、手遅れになる前に、ジェムズの店で売られている‘育毛に最適’と評判の海草を試してみる価値はある。

弟子達からは嫌われるのは分っているのだから、せめて自分の頭髪ぐらいとは、仲良くしていたほうがいいだろう。

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