
4-1.1:小話「混濁の魔獣」
登場人物
アムンゼン:罪人(PC)
キルシェ:神跡記録管(PC)
オルティア:「異端」(NPC)
セフィ:「異端」(NPC)
前編:
「俺の後に付いてきたって、何も面白いこたぁないぜ?」
全身に付いた無数の傷。
鍛えられた、その鋼のような筋肉。
両腕にはコマンドワードにより、その身を拘束する鎖。
無精髭の下に、挑戦的な笑みを浮かべている。
「僕は面白い事を記録するわけじゃないですよ。神跡、言うなれば歴史を記録するんです。」
こちらはまだ若い男だった。
細身の体に幼さの残る顔立ち。
護身用に拳銃を持ってはいるが、果たして使ったことがあるかどうか。
「それじゃあ、なおさらだ。歴史でもなんでも、審問官と一緒の方がいい」
巨躯の男、アムンゼンはそう言うと、しっしっと追い払う仕草をした。
「僕の記録する歴史は僕自身が感じたものなんです。僕は付いていきますよ。
かの『隻腕のベナルディ』も自身の心に従えと言ってます。
それに一応は法王庁の人間なんですから、咎人への監視義務もあります。」
にっこりと細身の男、キルシェは笑った。
「はっ、勝手にしろ」
諦めたのかアムンゼンはそう言って歩き出した。
「勝手にします」
キルシェも、それに付いていく。
「で、どちらに行かれるんですか?」
「・・・それも分からずに付いて来たのか?」
呆れた顔でアムンゼンは言った。
「はい。眠れなくて外を見てたら、見覚えのある人が歩いていくじゃないですか。
放っては置けません」
アムンゼンは、がしがしと頭を掻く。
「はぁ・・・おめえ、ほんとに引き返せや。命が幾らあっても足りねえぞ。」
「お気遣いありがとうございます。けど、僕の命の使いどころは僕が決めますので」
キルシェは、まるでピクニックに行く子供みたいな笑みを浮かべる。
「・・・ほぅら、もう引き返せねえぜ」
アムンゼンが歩みを止め、身構える。
「!?」
遠くから獣の唸り声らしきものが聞こえる。
キルシェの聞いた事のない種類の獣の声が・・・。
「今第9教区の街で噂になってる『混濁の魔獣』ですか?」
キルシェの声に僅かに緊張がこもる。
かつてない魔獣が現れた、という噂が流れていた。
そしてその姿を目撃したという者は多かったが証言は多種多様であり、複数いるだの様々な姿を持つだの、噂だけが先行していた。
全てがはっきりしていない、その全てを総称して『混濁の魔獣』と呼ばれているのだ。
「けど、アムンゼンさん!手が拘束されたままじゃないですか!」
マントの下の手には拘束具が残っている。
「なぁに、ちょうどいいハンデってやつさ」
アムンゼンは、にやりと笑った。
ふと見ると、キルシェの体が僅かに震えている。
「・・・今頃分かったか。とっとと引き返せ。ガキの遊びじゃねぇんだ」
俯き体を震わせるキルシェにそう言うと、一人アムンゼンは歩きだそうとする。
と、予想外の声が聞こえた。
「いやぁ、やっぱり来て良かった。『混濁の魔獣』の正体が見られるなんて!」
キルシェは興奮に身を震わせていたらしかった。
「・・・おめえ、よっぽどの大物かよっぽどの大馬鹿だな」
アムンゼンが呆れたように言った。
「どっちでもいいですよ。好奇心があるから人生は楽しいんです。かの『黒衣のガーラティ』はですね・・・」
「あぁ、もういい分かった、分かった」
熱っぽく語るキルシェを止める。
「勝手にしな。・・・ただ、まぁ、人生を楽しむってのは同感だ。」
獣の気配は近づいている。
緊張と興奮とが二人の体を前へと動かす。
白い雪道に二人分の足跡が残っていた。
後編:
「またお客さんが来たみたいよ、姉さん」
頭から足の先までをすっぽりと覆った人影が傍らの影に言った。
ふぅ、とため息を付きフードを剥がす。
フードの下から現れたのは16,7の少女だった。
彼女の漆黒の髪は、少し癖があったが艶やかであった。
普通の娘と同様に手入れや化粧に勤しんでいれば、かなりのものになっていただろう。
傍らの『姉さん』と呼ばれた方は興味が無いのか、反応は無い。
「まったく嫌になるわね。何もしてないのに増えるのは罪状と追っ手ばかりで!」
苛立ち気味に言う彼女に、擦れた野太い声が答えた。
「・・・それだけ世間に・・知ら・・れた・・くないので・・」
「ま、そうでしょうね」
返事と一緒にため息が出る。
「前と後ろから挟み撃ちってわけみたいだけど、姉さんはどっちを?」
「・・・」
『姉さん』は黙って、歪に膨れた指を前方に指した。
「分かったわ。じゃあ、後ろからのはあたしがやるわ」
雪道をざくざくと進む彼女に『姉さん』から声がかかった。
「・・殺し・・・ては、駄・・目。・・オ・・ルティア。」
「はいはい。分かってるわよ」
オルティアと呼ばれた少女は、はいはいと手を振った。
頭から足先までを布で覆った『姉さん』は雪道を歩く。
その体は、巨躯と呼んでよいほど大きく見える。
「止まれ!お前だな?『混濁の魔獣』ってのは。」
「・・・」
銃口を突きつける男たちの制止の声が聞こえないのか、影は歩き続ける。
「野郎ども!あれを連れて帰れば法王庁から賞金が出る!生きていようと、死んでいようとだ!気合い入れろ!」
「おおう!」
「・・・」
喊声を上げる男たちの声に構わず、フードの影は歩き続ける。
「くらえ!」
次々と銃声が響く。
巨大な影は手を眼前にかざすと、そのまま男たちに突進した。
弾丸は当たっているはずだったが、影が怯む様子はない。
「なっ・・・ぎゃあ!」
巨大な影の一撃が男を吹き飛ばした。
「ちくしょう!なら、これでどうだ!」
男の一人が狩猟用のナイフを突き立てる。
だが、金属が壊れる音がして、ナイフの刃が折れる。
「うっ・・・・おごっ!」
軽く薙いだ影の一撃が男を大木へと吹き飛ばし、木にぶつかって止まった男に積もっていた雪が降りかかる。
「ばっ、化け物め!」
賞金稼ぎの男たちの声がした。
?
雪煙が上がる中、疾駆する影がある。
木々の間を驚異的な脚力で駆け回るその影は、まさしく人外の者であった。
「くっ!狙いがつかん!」
思わず賞金稼ぎの男からそんな言葉が漏れる。
その間にも、追っ手はさらに数を減らす。
「げうっ!」
男は影の体当たりを受け、気を失う。
焦燥から他の追っ手が銃を撃つが、僅かな雪煙を地面に穿つだけだった。
「くそっ!」
気が付けば残っているのは、その男一人だけだった。
おまけに、影は男の目の前にいる。
「あ・・・悪魔め!」
「・・・」
獣のように鋭い瞳は、血を吸ったかのように紅く染まっている。
「くっ!」
手にした銃口を突きつけようとしたが、それより早く獣の鈎爪が銃を払った。
銃が雪に埋もれる。
「か、神よ!なぜ、このような物どもをお作りになられたのか!」
がたがたと震える手を合わせ、男は神に恨み言を言う。
「・・・随分言ってくれるじゃない。何も知らないくせに!」
目の前の影が男の胸元を掴む。
「ひいいいっ!?」
「いい!?何度も繰り返し言ってきてうんざりだけど、よく聞け!
私たちは元からこんな体じゃないんだ!あんたらが神と崇めてる法王庁に運命をねじ曲げられたんだ!」
ばたばたともがく男の足が、地面から離れる。
「あたしと姉さんは双子の姉妹だった。どこにでも居る普通の人間だった。・・・それを・・」
彼女の呪われた体に力がこもり、言葉に殺気が混じる。
彼女の造られ、強化された腕は片手で男を持ち上げている。
「あ・・あが・・・・」
そのままだったならば、男は天に召されていただろう。
だがそれを止めたのは野太い獣のような声だった。
「オル・・ティア・・・やめて。」
「姉さん・・・。」
男がどさりと雪に落ちる。
彼女が妹を止めたのは、男の為ではない。
妹の為だ。
心優しい彼女は、増幅された憎悪で命を奪った後、必ず後悔し悲しむから。
「ウアアアアアアアア!!」
それでも爆発した感情は止まらなかったから、彼女は吠えた。
妹の方は姉よりは完成体に近かった。
魔獣となるのは、感情が高ぶった時だけだから。
通常であれば、人間の姿で居られるから。
「・・・」
俯くオルティアの頬に、歪な指が伸びた。
沈黙を保ったまま、不器用に上下に動かす。
「・・・」
姉妹の気持ちが、沈黙の中、重なる。
先に声を出したのはオルティアの方だった。
「・・・行こうか、姉さん。邪魔者は追い払ったし・・・さ」
口調は明るく、再びフードを被る。
オルティア以上に姉は苦しいのだ。
姉は笑わなくなったし、笑えなくなった。
だから、その分も自分が笑うと決めたのだから。
人間の体を取り戻すその日まで。
「・・・」
姉、セフィは頷いた。
雪道に再び二人の足跡が続いていく。