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1-5 「聖地ダンザス」

最終更新:

匿名ユーザー

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1-5 小話「聖地ダンザス」


例示:

アーキタイプ:暗殺者、汚れなき使徒

異端    :悪魔?


前編:

第二教区聖地ダンザス。ここが俺の目的地だ。

もし、あんたが子供の頃教会で、神父の話を真面目に聞いていたなら、名前ぐらいは覚えているかもしれない。

第二教区の西部丘陵地帯にある一角で、百年程前、‘白き衣の’シルベストルが、聖人として初めて‘奇跡’を示した場所だ。

シルベストルはその後、十年近くに渡って、アスガルド半島を巡回し、各教区で様々な‘奇跡’をおこした。

いかなる病気も怪我も、手をかざし祈るだけで癒したという。

富める者も貧しき者も平等に、だ。

またシルベストルは高潔な人物としても知られ、怪我や病を癒された者の中には、多額の寄進を申し出るものもいたが、受け取ったものの全てを貧しき者に分け与えたという。

財産と呼べるものは身に着けた薄汚れた神父服位だったが、最も汚れていない魂を持っていたということで‘白き衣’と呼ばれる所以だ。

法王庁からの大司教として聖都に迎え入れたいと言う法皇直筆の召喚状を、治療院の暖炉にくべてまで辺境を回り続けたというのだから、高潔というよりは単に偏屈な男だった可能性もある。

だが結果としてみれば、統一戦争終了後の混乱冷め止まぬ時期にシルベストルがアスガルド半島各地で起こした「奇跡」は、法王庁が聖典を布教させるよりも遥かに早い速度で「神の奇跡」を知らしめていった事になる。


 故に辺境の片田舎に過ぎなかったダンザスも、この偉大な聖人の死後は‘聖地’として広く知られることになった。

毎年、シルベストルが初めて「奇跡」を示した場所にあった岩だか木だがに触れるべく、多くの巡礼者が訪れ祈りを捧げ、‘聖地’に金を落としていった。

俺の親父は、死んだ後には借金ぐらいしか残さなかったが、さすがは聖人、ご利益が違う。


 しかし、あんたがここに訪れたくても、無駄だ。

十年前に、ダンザス地区の司教に納まったアドレ・カトレスクという名の男が、司教の名の元に‘聖地’への一般人の立ち入りを禁止したからだ。

‘聖域’への巡礼が禁止された後、一月に千人以上が往復すると言われたダンザスへと連なる‘聖者の街道’を通るものは激減し、その周辺にあった街や村は収入源を失い、急速に寂れていった。

熱心な信仰心と高い学識を持つことで知られていたカトレスク司教だが、実際のところは‘世俗’とは離れた‘優等生’なのだろう。


 俺は‘聖者’ならぬ‘静者’と改名したほうがよさそうな街道を抜けると、聖地へと足を踏み入れていた。

もちろん、俺は‘一般人’であるため当然‘聖地’に足を踏み入れる権利はないから、ダンザス地区の聖騎士達がものものしく警備する合間を縫って、コッソリとだ。

外からは「鬱蒼とした森」の印象しか受けなかった‘聖域’だが、中に入ると意外に明るく、色彩豊かな植物が茂っていた。

腹ごしらえをした後、昼寝でもしたら‘天国’にでもいるような気持ちよさだろうが、あいにく俺は「仕事」のためにここに来ている。



 男だったら、俺みたいに捻くれ者はともかく、ガキの頃に「強くてかっこいい」ものに憧れる、と思う。

その中でも、聖騎士というのはガキ達の間で、特別視されている存在だ。

統一戦争時、聖剣を片手に巨大な竜や巨神に立ち向かっていった聖騎士団(あるいは聖騎士個人)の英雄綻は各地に残っており、多くの夢見るガキ達の心を掴んだ。

まあ、その‘憧れ’も大人になるにつれて、色褪せてくる。

「通常の騎士団はともかく、聖騎士団に入団するには家柄に左右される」「現在の聖騎士団で、統一戦争時の実力を所有しているのは、一割にも満たない」と知れば、黄金の情熱も一気に灰色に変わる。

そうして夢見る少年達は、大人の階段を登るのだ。

 
ただし、百年前の英雄の系譜に連なる‘本物の’聖騎士は、現在でも存在する。

その聖騎士と遭遇したとある暗殺者は、己の技量に絶対の自信を持っていたのにも関わらず、鉄を切り裂き、風さえ起こさぬその聖騎士の動きの前に、逃げ出す事が精一杯だった。

その聖騎士は、‘聖剣’ではなく、普通の剣で戦ったのにも関わらず、暗殺者との格の違いは、オーガとフェンリルほどの開きがあった。

 と、ピンからキリまで存在する聖騎士団だが、俺が聖地ダンザスの森の中で遭遇した連中は、その中の最低の部類に属する連中だった。



 それは異常な光景だった。

武装した十人程度の哨戒部隊の聖騎士たちが、目の前のたった一人の少年に怯えていた。

「お前か?」

その中の一人が、辛うじて声を出した。

微かに震えている。他の連中が一斉に硬直したのが分かった。

「お前が‘奴’なのか?」

まだ線の細さが残る少年は、首を傾げた。

どう応えていいのか分からなくて、戸惑っているかのように見える。

「違うのか?」

聖騎士達の間で、頂点に達しようとしていた緊張が緩む。

「なら、どこから来た?」

少年を詰問する声は、既に不遜であった。

少年は、無言のままだ。

「違うぜ」

「ああ、‘奴’じゃない。唯のガキだ。」

聖騎士達を支配していた恐怖は、怒りに変わっていた。

「我らは、聖地ダンザスを守護する聖騎士なり!」

最初に口を開いた聖騎士が朗々と謳う。

「‘白き衣の’シルベストルが偉大なる奇跡を示した聖地!それを汚す不浄の者に、聖人に代わり神罰を与える代行者なり!」

少年はきょとんとしている。

目前の連中の豹変振りが、理解できないのだろう。

「ワカラねえか?お前はやっちゃいけねえ事をやった。だから罰をくれてやるんだよ」

下卑た笑いが広がる。

「誰が決めたの?」

少年が初めて口を開いた。

高いが耳障りではない。

分からない事を、そのまま尋ねたような口調だった。

だが、その太った聖騎士は馬鹿にされたと思ったのだろう。

手にした槍の柄で、いきなり少年の頬を殴りつけた。

「ガキが!なめやがって!」

子供に対する手加減のない一撃だった。

少年の小柄の体が吹き飛ぶ。

頬から口にかけて白い肌が裂けたが、悲鳴もあげない。

土を払って起き上がると、良く澄んだまっすぐの瞳で、聖騎士達を見つめた。

「太りすぎのお前の一発なんぞ、ガキにも効かないってよ」

同僚の揶揄する声に、嘲笑が広がる。

「・・・なめやがって」

どす黒い呟きと供に、再び少年を殴りつけた。

倒れた少年の腹を、顔を、頭を、無茶苦茶に蹴った。

聖騎士の鎧と脂肪分の重量を乗せた蹴りを受け、鮮血が飛び散った。

「馬鹿野郎!折角の玩具を簡単に壊すんじゃねえよ!」

同僚の上げた怒声も、小太りの聖騎士には届かなかったようだ。

「なめやがって!なめやがって!なめやがって!」

呼吸を乱し、汗を噴出しながら、蹴り続け、踏み続ける。

「ちっ、キレちまいやがったぜ!」

「しょうがねえ。あのガキが後何分持つか、賭けでもするか」

聖騎士たちが一斉に笑った。



 木陰に隠れた俺のところまで、聖騎士たちが放つ腐臭が届いたようだ。

気にくわねえ。

正直、仕事の途中である以上、余計な事に首を突っ込みたくなかった。

ただでさえ、足抜けした組織からは、追っ手が放たれている。

自慢の赤髪を地味な茶色に染め、旅を続けながら個人営業を勤しんでいる途中だ。

目立つ事はしたくない。

だが。

「がああああ!」

俺が放った礫が、小太りの目を潰した。

「何だ!」

「‘奴’か!」

「ひいい!」

嘲笑と供に見ていた聖騎士の間に、恐怖が走る。

俺は木陰から奴らの前から移動すると、ゆっくりと言った。

「俺は違うぜ。お前らがいう‘奴’なんかじゃねえ。ここに来るのは初めてだ。無断進入だがな。侵入者には神罰をあたえるんだろ?さっさとやれよ?」

俺は、素手の両手を左右に広げて挑発した。

こいつら相手では、素手で十分だ。

正体は分からないが、こいつらは‘奴’に怯えている。

その怯えをつけば、一瞬で終わるだろう。

だが、そんな楽は許さない。

今までの人生をたっぷりと振り返るのに十分な時間をくれてやる。

「し、侵入者が、せ、聖騎士に向かって・・」

「うるせえ!」

怒声と供に槍を構えた最寄の聖騎士の顔面に、拳を叩き込んだ。

鼻骨が陥没するのほどの一撃を放った事で、俺は自分が思っていた以上に怒っていることに気が付いた。

「う、うわあ!」

それを合図に、剣を、槍をきらめかせながら、一斉に俺に向かってくる。

どいつも腰が引けてやがる。

なんてざまだ。卑しくも、聖騎士の名が泣くぜ。

俺は、連中の、肘を、肩を、膝を壊し、砕いた。

殺しはしない。

一生使い物にならないかも知れないがな。

組織で学んだ効率的な人体破壊の技術は、気絶さえ許さない加減が可能だった。

「おい」

俺は足元で、芋虫のように這いずって逃げようとしている奴を捕まえた。

「ひいい!」

そいつは体を丸め、全身で恐怖を表現する。

醜い。

「言っただろ。俺はその‘奴’とやらじゃねえ。幾つかの質問に応えな」

そいつの胸倉を掴むと、顔を近づける。

「嘘だ、皆殺しにして食うつもりなんだ!」

なおも叫び続ける姿を見て、俺は組織での師の言葉を思い出した。

曰く、馬鹿の相手が一番疲れる。

その言葉を呟くときだけ、機械のような技術と感情制御を誇った師が、唯一表情を変えた。


「十日ほど前からだ。‘奴’は、この聖地ダンザスに突然現われた。十日の間で三十人以上殺した・・・化け物だ。」

「人間の殺し方じゃない。死体はみんな、内側から破裂したようだった。」

「カトレスク司教は、最初の犠牲者がでた時点で、地下にある礼拝室にこもって祈りを捧げておられる。絶対にあけるなと言い残して、それっきりだ。」

ようやく、落ち着いた馬鹿から聞き出せた情報は、こんなところだった。

どうやら聖地ダンザスは、過去に例を見ないほどの混乱状況にあるらしい。

‘奴’とやらの正体は気になるが、俺の仕事にとっては、逆に好都合かもしれない。

司教の暗殺を‘化け物’のドサクサに紛れさせれば、組織の追っ手に気付かれはしないだろう。

俺は聖騎士の顔に拳を叩き込み、おとなしくさせると、眠るように倒れえいる少年に目を向けた。

「放っとく訳にもいかねえよな」

誰に対してでもなく呟くと、泥だらけの少年を担ぐと、足早に立ち去る。

幸いこの‘聖地’には、薬草には事欠かない。

まずは、落ち着いて手当てが出来る場所を探したほうがいいだろう。

後になって、このとき自分の背負ったものの重さを、痛感することになるが、このときは気にもしなかった。



中編:

聖域の森の中を流れる小川のほとりに、ちょうどいい岩場があった。

岩と岩が自然に重なり、その間に生まれた空間は、外からは見つかりにくい。

俺は、担いでいた少年を降ろすと、小川の清流で塗らした布で、その体の汚れをふき取る。

打撲、裂傷、鬱血、骨は折れてはいないようだが、ひびくらいは入っているだろう。

数週間の絶対安静、と言ったところだ。


 葛篭藤の根を良く洗い乳鉢ですり潰す。即席の血止めだ。

ノコギリソウの葉の表面を軽く刻み、白布でくるみ湿布にする。

エンジュ花の蕾も一応飲ませておく。

傷口が熱を持つ為、解熱剤兼痛み止めに最適だ。

どれも、俺が以前所属していた組織で教わった「基礎知識」だ。

一般の薬草学とは違い、薬と呼ぶには余りに香りがきつかったり、苦かったり、調合を間違えると猛毒だったりするが、効果は絶大だ。

この道を極めた連中は、これらの薬草の、毒の部分を凝縮させ、さらに無味無臭にする技術を持っていた。

全身の傷に一通り応急処置を施し、仕上げに濡れた布を額に置こうとして、少年と目が合った。

「大きい・・・」

少年の第一声は、単純に俺を見た感想だった。

怯えや蔑みは無い。

素直な簡単が含まれている。

「気付いていたのか?」

「それだけ大きければ、誰にも負けないね」

無邪気な笑顔で笑った。

それだけに右頬の傷が痛々しい。

「ガキが、無茶しやがって。」

「おじさんが助けてくれたんだ。ありがとう。」

おじさんときたか。

「お前が、どんな理由があってダンザスに入り込んだかしらないが、これで懲りただろう。これからは大人の言うことは、素直に聞いたほうがいい」

俺はわざとぶっきらぼうに言った。

もともと善人を装うつもりはない。

けっしておじさんと呼ばれた事に腹を立てた訳ではない。

「うん、ありがとう。でも、ボクいかなきゃ」

「ああ?」

「ボク、神様に会いたいんだ。聖地にくれば、会えるかも知れないから。」

俺は思わず噴出しそうになる。

少年の顔は真面目だった。

どうやら利発そうな顔つきはハッタリだったらしい。

普通、このくらいの年齢になれば、‘神様に会う’なんてことは言わない。

「会ってどうする?」

幾つか疑問を口にしようとしたが、真面目に対応するのが馬鹿らしくなった。

だから適等にからかう事にした。

「おじさん、知ってる?人間がこの世界に生まれた日から、争いが無くなった日はないんだよ」

「ほう、よく知ってるな。教会の神父さんにでも聞いたか?」

「神様がこの世界を作ったなら、どうして争いの絶えない世界を作ったのか、聞きたいんだ」

皮肉は聞き流されたようだ。

「だが、そうはいってもよ、今の世は平和なものだぜ。『黄昏の時代』が終結してから、戦争はおこっちゃいない」

少年は静かに首を振った。

「戦争だけが、争いじゃないんだよ、おじさん」

「いい加減にしろ!」

少年の一言に、俺はなぜが叫んでいた。


 自分でも大人げないと思う。

言いたい事は分かる。

裏社会で人殺し家業に身を置いてきた俺だ。

恨み。

妬み。

日常から布一枚引っぺがしたところに存在する、人間の暗部は他の連中の百倍は見てきた。

だがな、ガキ。

その暗部を持つのは一人一人の人間だ。

その責任を全部なすりつけられたら、神様だってかわいそうだ。
「それだけ、しゃべれれば飯は食えるよな。」
それ以上、この話を続けるつもりは無かった。
所詮、結論が出ている事だ。
あるいは永久に出ないことなのかも知れないが。
俺は、自分の荷物の中から携帯用の干パンと水袋取り出し、横たわったままの少年に渡す。
「これあまりおいしくないよ、おじさん。」
「・・・本当に、いい加減にしろよ。」
どうやら全てにおいてこの少年のほうが上手らしい。
早く寝ろ、と言いかけた俺だが、川の上流から流れてきた臭いが、俺の思考を書き換えた。
血臭だ。
それも一人、二人の分じゃない。
大量の人間が、切り刻まれている。
「いいか。ここで寝ていろよ。明日も無事に過ごせますように、って神様にお祈りしとけ。」
「おじさん、まだ名前を言ってないよ。ボクの名前は・・・」
尚も達者に口を動かし続ける少年を残し、俺は日が暮れ始めた森の中を走り出した。

後編:
 

 

不意に風向きが変わった。
同時に俺の全身に鳥肌が立つ。
風はそれほど凶悪な死臭を運んできた。
分かりやすく言うと、一方的な殺戮の臭いだ。
「‘奴’か?」
聖騎士たちが、異常なまでに恐れていた存在。
そして、推測をするまでもなく、‘それ’は俺の視界に飛び込んできた。

状況を簡潔に説明しよう。
夜の森の中、月明かりの差し込む開けた場所がある。
鬼ごっこをやるには狭すぎ、かくれんぼをやるには広すぎる程度だ。
その広場前面に、おびただしい数の聖騎士達の死骸が埋め尽くされていた。
八割方の死骸は、既に原型を留めていない。
ひしゃげた鎧の内部に、肉片とおびただしい血痕がこびり付いているだけだ。
殺されたのではない。
喰われたのだ。
広場には、月明かりを遮断する暗闇から漏れる咀嚼音が、そのことを証明していた。

その悪食な音の発生源を前に、二人の人影が対峙していた。
いや、「殺し合い」をしていた。
一人は、両手に金縁のレイピアを握った、神父服の男。
舞うような左右の剣戟にあわせ、首から下げた銀色の聖印が踊る。
間違いない、法王庁が誇る不可視の剣、異端審問官だ。
もう一人は、粗末な皮鎧に、古びた片手剣を持った中年の剣士。
一見、剣士が異端審問官に押されているように見えるが、逆だ。
剣士の全身から放たれる威圧感に、剣戟の手を緩めるわけにはいかないのだ。
少しでも休んだら殺される。
異端審問官の表情は、無表情のままだが、胸中はそんな思いに支配されているのだろう。
俺にはわかる。
俺だからわかる。

この死臭と殺気と暗闇が支配する、‘聖域’の森の広場に、俺はゆっくりと歩きだした。
剣士の放つ威圧感が、俺にも向けられる。
その僅かな間に、異端審問官は大きく背後に飛び去った。
まるで、長時間に渡り強制的に水面に顔をつけられていたかのように、呼吸が荒かった。
「遠慮するな。続けろよ。」
俺は、二人に向かって歩きながらも、意識的に高めた声を出した。
そのほうが、より兆発には向いているからだ。
「驚いたぜ、こんなところで再開するとはなぁ。さすが‘聖地ダンザス’、まさに神がおこした‘奇跡’ってやつだな。」
異端審問官は、呼吸を整えながらも突然の乱入者、つまり俺に向かっても間合いをとる。
安心しな、あんたにゃ用はねえよ。
「それにしても、しばらく会わない間に、異端審問官に追われる身になっていたとはな。‘かつての栄光の日々は、落日の彼方に’か?」
度重なる挑発にも、反応はなかった。
剣士は、ただ俺を見ている。
だから、言ってやった。
「なぜ、お前がここにいる! ‘聖衣聖騎士’エウゼリオ・イコス!」
俺は怒鳴った。
単純に悲しかったからだ。
‘聖騎士エウゼリオ’は、強かった。
美しいまでに強かった。
昼間に会った権力を振りかざすだけの聖騎士達とは比べるまでもない。
修錬の積み重ねにより裏打ちされた、鋼の精神力と閃光の剣技は、二年前‘切り合い’を得意としていた‘紅髪針(クリムゾン・ニードル)と呼ばれた暗殺者、つまりこの俺を全く問題にしないくらいに強かったのだ。
俺が組織を抜けるきっかけだ。
憎しみはない。
むしろ、伝承に伝わる、‘竜’や‘巨神’を葬った、聖騎士の強さを持った男ともう一度再戦できる日を恋焦がれていた。
それが・・・このざまかよ。
「それで、お前の後ろでお食事中の‘化け物’のお守り係か。たいした対した出世だな。」
それでもエウゼリオは、沈黙を守るだけだった。
ただ、‘化け物’の品性のない咀嚼音が、夜の森に響き渡るだけだ。

その化け物の外見を描写するのは、困難だ。
なにしろ、俺の人生でみてきたものの中でも、もっともグロテスクで、凶悪な形状をしているからだ。
皮膚のない人体がいくつも絡み合って出来た体。
その醜悪な体から十数本の触手が生えている。
触手の先端には細かい牙が生え、その一つ一つが、聖騎士達の死体に絡みつき、鎧の隙間から入り込みその肉を、骨を租借していた。
その触手は単なる口としての機能だけではないどろう。
まだ、辛うじて息があった聖騎士が、這いずって逃げようとしたとき、触手の一本が鞭のようにしなって伸び、確実にその心臓を貫いていた。
速い。
俺も暗殺術の中でも接近戦を得意としている。
鞭の扱いには自信があった。
その先端速度は、銃弾にも匹敵する。
だが、この化け物の触手の速度は、遥かにそれを凌駕していた。
その触手が、十数本生えているのだ。
へっ。
震えが、尾?骨から脳髄まで駆け抜けた。


「震えているのか?」
沈黙を守っていたエウゼリオが、初めて俺に対して語りかけた。
重い鉄魁を布でくるんだような声だ。
「そして、笑っている」
そのとおりだ。
「あの時もそうだった。二年前のドルターク城で私と対峙したお前は、実力の差を理解しながらも、あらゆる暗殺術を駆使して私に向かってきた。今と同じ笑いを浮かべながら」
エウゼリオが微かに目を細めた。
少しだけ、過去を懐かしんでいる表情のようにも見える。
「あいつは、なんだ?」
「天使」
俺の質問に答えたのは、それまで状況を見守っていた異端審問官だった。
俺が予想していたよりも幾分若い声で、俺が予想すらしなかった回答をよこした。
「いや、天使になり損ねた堕天使と言うべきか・・・」
自分の言葉を修正するものの、分かりづらい事には変わりがない。
教会関係者という人種は、すぐに聖典の言葉を引用しようとして、逆に本質をぼかす悪い癖がある。
「あの化け物が天使だろうと、悪魔だろうとどちらでもいい」
だから俺は、俺が求めている結論を要求した。
「殺せるのか?」
「君が、堕天使より強ければ」
上等だ。
その瞬間から、三すくみの状況が、二対二に変わった。
すなわち、俺と異端審問官対‘聖騎士’エウゼリオと‘堕天使’。
俺の思考が、完全に‘暗殺者’のものに書き換わった。

まずは、‘堕天使’の動きを頭に叩き込む。
そして、予想される行動範囲を推測する。
それが完了すると、俺は標的を‘殺す’ために行動を開始した。

―飲んだくれの親父が死んでから、俺が組織に拾われるまでは、そう時間は必要なかった。お袋が生きている間は、働き者として評判だったらしいが、生憎そのころの記憶は、俺にはなかった。そして、組織に拾われる。

俺が、‘堕天使’に向かって動き始めるのを見て、エウゼリオは牽制の一撃を放とうとしたが、両手のレイピアを十字に構えた異端審問官が、その一撃を押さえ込む。
「ご自分で、十字架に昇っていただけませんか? ‘異端’に落ちた身とは言え、あなたの高潔さは損なわれていないはずだ。」
「無駄だ。既に‘聖騎士’エウゼリオは死んでいる。」
変わらない、低い声でエウゼリオは応えた。
「ここにいるのは、‘聖地ダンザス’の聖騎士団を塵殺し、‘駄天使’を降臨させようとする‘異端者’エウゼリオだ。」
「・・・そのようですね。」
剣戟のあと、異端審問官は黒衣を翻し、大きく後方に跳躍して間合いをとった。先ほどより、言葉にも動きにも僅かに余裕がある。
「‘第一種封印弾’封印解除!」
首から下げた異端審問印から取り出した銀色の弾丸をレイピアの柄に装填し、左右のレイピアの柄同士を組み合わせる。
刀身自体が輝きだし、閃光に包まれた一振りの槍を構えた。
「ならば、私が授かりし聖務として、‘異端’を排除する!」
「‘第一種手榴式グングニル’か。・・・よかろう」
僅かに目を細め、長剣を構え直しながら静かに呟いたエウゼリオに対し、さらに輝きを強める‘グングニル’が閃光となり、放たれた。


―組織での‘実戦’を主体とした訓練。師との出会い。幼年期との決別。
そのたびに、身も心も傷ついた。だが、傷はいつかは癒える。
時々、古傷がうずく事はあるが、俺は痛みに耐えていた。
だが、組織には俺は痛みを感じないと思われていたらしい。
‘英才教育’を施された俺は、いつしか‘紅髪針(クリムゾン・ニードル)と呼ばれる裏社会でも有数の暗殺者になっていた。
大司教クラスを殺害して、火あぶりになっていない者は、法王庁百年の歴史の中で何人いるのだろう。

走りながら、俺は袖口から取り出した礫を連続して放った。
だが、‘堕天使’は気にも留めない。
その全てが、かすりもしなかったからだ。残り少なくなった‘贄餌’の咀嚼を続けている。
俺はそのまま走り抜けると、一本の大木に向かって跳躍した。
大木の上層の太い幹に、袖口から伸びた鋼糸を掛け、今度は地上に向けて飛び降りる。
同時に、‘堕天使’の‘贄餌’達が、空中に浮かぶ。
俺が先ほど放った礫は、全てこの強靭な鋼糸に繋がっていた。
礫ははじめから、‘贄餌’にむけて放たれ、その内部深くまで潜り込んだ礫は、連動した鋼糸によって、‘贄餌’を空中高く引き上げる。
「ギャヒィィィー!!」
‘食事’を中断させられた‘堕天使’の触手先に付いた顎が、泣き叫ぶ。
くわせろ。
それを。
食わせろ。
もっと。
喰わせろ。
早く。
‘堕天使’の貪欲な食欲が理性を凌駕し、宙に吊り上げられたままの‘贄餌’に向って、伸びていた。
予想通りだ。
どんなに強くても統一性のない力は怖くはない。
俺が、袖口の鋼糸を切り離すと、落ちてきた‘贄餌’に向って、触手の群れは顎を剥き出しにして、凄まじい速度で殺到した。
もし、俺に向かってきていたら、避けきることは不可能だろう。
回避も反撃も許されないまま、食い殺される。
だがこの瞬間、‘堕天使’の理性は蒸発している。
俺は右太腿のズボンの裏側に隠していた一指し指ほどの鉄棒を取り出す。
腕の一振りで伸び、俺の身長ほどの‘針’になった。
打突針。‘紅髪針(クリムゾン・ニードル)’がもっとも得意とする接近戦用の武器だ。
こいつを‘堕天使’の中枢に叩き込み、その後酸で焼く。
再び走り出しながらも、俺は自分が、エウゼリオに指摘されたとおりの笑みを浮か


―組織での‘実戦’を主体とした訓練。師との出会い。幼年期との決別。
そのたびに、身も心も傷ついた。だが、傷はいつかは癒える。
時々、古傷がうずく事はあるが、俺は痛みに耐えていた。
だが、組織には俺は痛みを感じないと思われていたらしい。
‘英才教育’を施された俺は、いつしか‘紅髪針(クリムゾン・ニードル)と呼ばれる裏社会でも有数の暗殺者になっていた。
大司教クラスを殺害して、火あぶりになっていない者は、法王庁百年の歴史の中で何人いるのだろう。

走りながら、俺は袖口から取り出した礫を連続して放った。
だが、‘堕天使’は気にも留めない。
その全てが、かすりもしなかったからだ。残り少なくなった‘贄餌’の咀嚼を続けている。
俺はそのまま走り抜けると、一本の大木に向かって跳躍した。
大木の上層の太い幹に、袖口から伸びた鋼糸を掛け、今度は地上に向けて飛び降りる。
同時に、‘堕天使’の‘贄餌’達が、空中に浮かぶ。
俺が先ほど放った礫は、全てこの強靭な鋼糸に繋がっていた。
礫ははじめから、‘贄餌’にむけて放たれ、その内部深くまで潜り込んだ礫は、連動した鋼糸によって、‘贄餌’を空中高く引き上げる。
「ギャヒィィィー!!」
‘食事’を中断させられた‘堕天使’の触手先に付いた顎が、泣き叫ぶ。
くわせろ。
それを。
食わせろ。
もっと。
喰わせろ。
早く。
‘堕天使’の貪欲な食欲が理性を凌駕し、宙に吊り上げられたままの‘贄餌’に向って、伸びていた。
予想通りだ。
どんなに強くても統一性のない力は怖くはない。
俺が、袖口の鋼糸を切り離すと、落ちてきた‘贄餌’に向って、触手の群れは顎を剥き出しにして、凄まじい速度で殺到した。
もし、俺に向かってきていたら、避けきることは不可能だろう。
回避も反撃も許されないまま、食い殺される。
だがこの瞬間、‘堕天使’の理性は蒸発している。
俺は右太腿のズボンの裏側に隠していた一指し指ほどの鉄棒を取り出す。
腕の一振りで伸び、俺の身長ほどの‘針’になった。
打突針。‘紅髪針(クリムゾン・ニードル)’がもっとも得意とする接近戦用の武器だ。
こいつを‘堕天使’の中枢に叩き込み、その後酸で焼く。
再び走り出しながらも、俺は自分が、エウゼリオに指摘されたとおりの笑みを浮かべている事を自覚していた。

―‘暗殺’という仕事に疑問を持ち始めている自分を自覚のは、いつのころか。
良心の呵責などという立派なものではない。
肥え太った商人、司教、貴族。
何の労なく殺す仕事に魅力を感じなくなっていたのだ。
新型の鉄道の熱伝導に試行錯誤している技師が、二桁の掛け算やドアのネジ閉めを依頼されるようなものだ。
そのころの俺は、もっと身を削るような、息の詰まるような、生死を賭けた困難な‘暗殺’を求めていた。
組織のよこす仕事には、食指がそそられないのだ。
誰よりも暗殺者に向いているが故に、暗殺者組織に不向きだった人間の廃棄物。それが俺だったのかもしれない。

爆音が、鳴り響いた。
異端審問官が放った光の槍を、エウゼリオが剣戟によって弾き飛ばしたのだ。
「・・・‘聖剣’」
爆風によって、異端審問官は傷を負っていた。
地面に吸い寄せられる体を辛うじて支えながら、エウゼリオの剣を見つめている。
「然り。発動させたのは、数年ぶりだがな。‘統一戦争’にて、‘竜’を‘巨神’を屠った‘聖剣’インフェルノ・メーカー」
対するエウゼリオは、ほぼ無傷だ。
ただし、疲労は相当のものなのか、呼吸は乱れている。
手にした剣には、まだ刀身にかすかな炎を宿らせていた。
「‘第一種封印弾’による一撃を・・・かき消すとは」
祈るような姿勢で、異端審問官は崩れ落ちた。

―エウゼリオに出会ったのはそんなときだ。二年前の冬だったと思う。
ある大貴族の私生児の暗殺を組織経由で依頼された俺は、標的の元へと向かった。
その私生児は、まだ十歳にも満たないガキだった。
貴族の相続権を巡って、腹違いの兄弟たちに妬まれたのだ。
良くある話だ。
ただし、その脇に、エウゼリオがいた。
妬みと憎悪に囲まれ、愛を知らずに育ったその子供に、生きることの素晴らしさを教えるために、エウゼリオは俺の前に立ちふさがった。
結果は、前に言ったとおりだ。
衝撃だった。
少年のころの聖騎士伝承が、目の前にあったのだ。
誇りを被ったおもちゃ箱からでてきた、黄金の盾。
以来、俺は組織を抜けた。
組織にいては、組織のレベルでしか俺は育たない。
自分の足で、登りつめる。
そして‘アスガルド半島史上最高の暗殺者’にのぼり詰める。
ろくでもない、俺の夢だ。


醜悪な肉魁の頂点に、針を突き刺そうとして、俺の右手がちぎれた。
さらに胸の中央を貫かれる。
とっさに身を捩らなければ、穴があいていたのは心臓だっただろう。
しかし大差はない。
どの道致命傷だ。
俺は人体破壊のプロだ。
「奇跡」でも起こらない限り助からない。
肺をやられては、もって一分前後だろう。
しかし、状況を確かめるまで、目を閉じるわけにはいかない。

‘堕天使’には、触手以外にも腕があった。
暴走する本能を押さえるため、自分で触手を切断したのだ。
俺の読み間違いだ。
既にトランス感覚は去っていた。
ゆっくりと目を閉じる。
ここまでか。
人殺しを生業にしてきた俺だ。
この化け物の胃袋の中が、墓場には相応しいのかもしれない。
どのみち俺の死を望んでいる奴はいても、生を望んでいる奴など、ひとりもいない。
組織の幹部。俺に殺された標的たちの家族。そして、俺と同じ日に組織に拾われ、俺の手にかけられた少女。
不意に昼間拾ったガキの、澄んだ瞳を思い出した。
すまねえな、連れ出してはやれそうにない。
せめて、審判の時に神様に聞いといてやるよ。
どうして争いの世の中を作ったのか、ってな。
薄れいく意識の中で、俺はもう一度、繰り返す。
そう、俺の生を望んでいる奴なんて・・・。

不意に目の前に光が溢れた。
同時に、激しく咳き込み、呼吸器官につまった血を吐き出した。
胸が、温かい。
目をあけると、あのガキがいた。
あの澄んだ瞳で俺を見ると笑った。
バカか。
なんでここにいる。
礼のつもりかよ。ガキのくせに。
俺が目を開けると、ガキは触手を伸ばした‘堕天使’の方へ向いた。
「ねえ。欲しいものがあるなら、ボクがあげる」
ガキは光に包まれた両方の手のひらを、‘堕天使’へと向けた。
あれが、俺の胸の上に置かれていたのか。
‘白き衣の’シルベストルが起した「癒しの奇跡」。
そんな事が、頭をかすめる。
「だから、お願い。おじさんを殺さないで」
光が一層強くなる。
「ギャアアアアア!」
‘堕天使’が苦悶の叫びをあげる。
「退くぞ!アンジェロ!」
エウゼリオの声が響いた。
何がどうなってやがる。
ただ一つ分かっているのは、俺のような男が、このガキにであった事が「奇跡」なのだろう。
そんな事を思いながら、俺は心地よい眠りに身を任せた。

 

 

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