2-2 小話「異端探索」
例示:
アーキタイプ:異端審問官

第5教区、山岳部北部に存在するイルード地区は、その80%が針葉樹林に覆われた辺境である。
産業と呼べる物は林業程度であり、山岳部特有の毛長羊の放牧も牧草地となる平野が希少なためほとんど行なわれておらず、典型的な辺境であった。
その広大な針葉樹が形成する深緑の森の中、その館は時代に取り残されたかの様に、存在していた。
レンガではなく、化硬石を多用した建築様式は、美観より堅牢さを重視した設計である事が窺い知れ、‘館’というよりも‘砦’を連想させた。
扉を蹴破ると部屋に立ち込めていた煙が殺到し、その硝酸臭が眼球を刺激し、鼻腔の奥を焼いた。
異端審問官ニハト・バル・バスは手にしたB級アーティファクト‘賢者の嘆き’に矢を番え、部屋の内部に向けたまま煙を掻き分けるかの如く足を進めるが、部屋の内部を状況を確認すると、大きく舌打ちをした。
「チッ!抵抗ぐらいしやがれよ。面白みのないやつらだぜ」
‘賢者の嘆き’から矢を下ろすと、‘弓’の部分は上下三分轄に折りたたまれ、左手の手甲に収納される。
「それにしても、これだけの‘信者’を集めるって事は、そんなにボロい商売なんかあ、‘救世主’って奴は?これは転職の考え時だな。あんたもそう思わないか、アベラルドの旦那?」
「‘騙り’の類の商売なら、酒場で酔客相手に偽賭博の持ちかけの方がよほど懸命だ。彼らは、どんなに‘仕事’に情熱を傾けたところで我々‘異端審問官’が派遣される事も無く、このような結末を迎える事もない」
ニハトの軽薄な同意を、大柄な異端審問官が錆を含んだ声で否定した。
丸太のように太い両腕には、今だ血に濡れている鎖を幾重にも絡ませている。
「そして、我々の‘聖務’である‘彼女の身柄の確保’はまだ継続中だ。‘この中’に混在しているなら身元の確認を速やかに行なう」
「あーあ、めんどくせえな。手間かけさせやがって!」
ニハトは苛立ちを隠そうともせず声を荒げると『床一面を覆う灰色の服で身を包んだ死体の山』の一つを蹴った。
「‘ごっこ気取り’の狂信武装集団相手に、なんでこの俺がわざわざ出向かなきゃならんのかね・・・チッ!コイツも違うか。紛らわしい髪しやがる」
咥えた煙草を吐き捨てながら、ニハトは襟首を掴み顔の確認を行なった女性の死体を、無造作に床へ放り投げた。
「来月に迫ったの‘定例審議会’に『第七教区再整備案』が議題として提出されるらしい。そこで主導権を執りたい‘聖ロハスの間の12人’の一人、ウィトス・ワイヤード審議官が、発言力強化のための資金集めとして、『ドーヴァリン商会のお気に入り』、つまり‘彼女’を飼い主の元に戻すのが交換条件だそうだ。・・・『独自判断による異端狩り』という実績と共にな」
淡々と説明をしながらも、アラベルドは先程からの岩の様な表情を崩さず、土に埋まった野菜を貼り出すかの如く、黙々と死体の確認を続ける。
「そこで例によって俺たち『第9課』にお呼びが掛かった訳か。課長も相変わらず点数稼ぎには余念がないな。・・・それにしても醜いな、‘お偉いさんの権力争い’ってやつは。あいつら死んだら間違いなく地獄粋だな。ザマ無いぜ。・・・オッ、勿体ねえ。花もこれからって年頃でよ。大人しく捕まれば、俺が直接‘異端審問’に架けてやったのに」
髪を掴んで引きずり上げた少女が眠るような表情がニハトに舌舐めずりをさせ、上司の悪口も中断となる。
「いや、彼らの魂は死後間違いなく天へと登る」
「ああ?なんで俺の特等席に、あの極悪人どもが招待されなくちゃいけねえんだよ?」
「ウィトス審議官も、ヒュー・ベルガー課長も‘異端との戦い’に殉じ、茨の冠をかぶりし者だからだ。法王庁と言えども、この無明荒野を歩ける者は‘第8課課長’を始め、数える程しかいない。天に上りし後は、地上での彼らは聖人として祭られるだろう。」
「‘茨の冠’ねえ。・・・俺は、そんな大層なモノはいらねえよ。おとなしく、宝石の冠で満足するさ」
真顔で説くアラベルドに軽蔑の視線を送ると、ニハトは歪んだ笑みと共に、死体から抜き取った指輪を神父服の内側にねじ込んだ。
突如、アラベルドの両腕の鎖がさざ波のような微震に包まれる。
「この反応は・・・、‘上位アーティファクト’の共振。あるいは・・・」
「‘悪魔’って事か。・・・前言訂正だ。審議官様も課長も‘俺の楽しみ’って奴を良く分っていらっしゃる!‘神よ 恵みを与えし者に祝福あれ’ってやつだ!」
直後に館全体が揺れに包まれ、天上から埃と共に化工石の欠片がパラパラと頭上へと降り注ぐ。
「・・・たしか地下へと通じる扉があったな」
「ああ。・・・待たせたな‘異端野郎’! 法王庁第9課所属ニハト・バル・バス様が裁きをくだしてやるぜ!」
歓声ともとれる叫びと共にヒハトは手甲から‘賢者の嘆き’を展開する。
その溜息にも似た残響を残し、二人の‘異端審問官’は地下へと走り出した。