2-1 小話「復讐者 ニール」
第3教区の闘技大会。
そう言えば聞こえはいいかもしれないが、実際そこで行われているのは、公然の秘密となっている『殺し合い』の場だった。
有力貴族たちの娯楽、あるいは有力権力者や商人たちによる、賭け事の一種である。
法王庁の監視の目が届かない地下で、その非合法な娯楽は今も続いている。
下位選手の控え室は独特の雰囲気に包まれている。
ある者は借金から参加させられた者、ある者は貴族の飼い犬・奴隷、ある者は腕に自信のある強者・傭兵志願者、ある者は野望を持つ者・・・
「準備しておけ。そろそろお前の番だ。」
冷たい係員の声が響いた。
「・・・私はお前ではない。ニールという名がある。」
係員に言われた細身の男はそう答えた。
「名前で呼ばれたければ、勝ち続けて有名になるんだな」
そう言った会話には慣れているのか、係員は素っ気なく答えた。
「言われなくともそのつもりだ。・・・有名にはならなくともよいが」
男は女のように細く、華奢であった。
その手に握られている武器も、鉄の棒きれにしか見えない。
「『言われなくともそのつもりだ』だってよぉ!ここはお前みたいなやさ男が来る所じゃねえぜ。怪我しねえうちにとっとと失せなぁ!」
一人の男の声に周囲が、ゲラゲラと嘲りの笑い声を上げる。
「そうそう。その綺麗なお顔が、台無しになっちまうぜぇ!」
まるで怒鳴っているような大声で割り込んできたのは、巨躯の男だった。
刀傷だらけの体は、それだけで一般人を圧倒する。
しかし細身の男、ニールは男に無関心だった。
「・・・一つ聞きたい。ランキング1位の奴の名前は『ヴァイス』。間違いないな?」
「あぁん?てめえ何言ってんだ?怪我しねえうちにとっとと失せろって言ってんだよ!それともやられなけりゃあ、分からねえのか?あぁ?」
自分の言葉が無視されたのが気に入らないのか、巨躯の男は怒鳴った。
「そいつと闘うには、どうすればいい?」
ニールは男を無視し、係員に聞いている。
「そいつぁ、無理だ!なぜなら次の相手はこの俺様で、てめえは俺様を怒らせたんだからなぁ!!」
部屋中に男の怒鳴り声が響き、部屋は一瞬静けさに包まれる。
そこで初めてニールは、男に向き直る。
「・・・誰だお前は?」
「~~~~っ、・・てめえっ!!」
ニールの言葉に、部屋中は笑い声に包まれ、男は顔を真っ赤にしている。
今にも飛びかかりそうな雰囲気だ。
「ぶははははっ!そう怒るなよ、アーディ!そいつの頭の中はヴァイス一色だとよ!」
「ははははっ!もうランキング1位の話かよ!こいつは、お笑いだ!」
「この細男が一位になれるんなら、俺なんて千回は一位になってるぜえ!」
アーディと呼ばれた大男が乱闘を起こしそうな中、係員たちの声が響いた。
「何をしている!?次の闘いだ。アーディとお前、さっさと出ろ!」
会場への扉が開かれ、喧噪の一部が漏れ聞こえる。
「・・・・・。」
「けっ・・・ギッタギタにしてやるからよお!」
アーディは血走った目で、ニールを睨んでいた。
『さぁ、次の闘いはぁ・・・現在6連勝中!傷だらけの重戦鬼アーディの登場だぁ!』
場内が割れんばかりの歓声に包まれる。
その歓声の中、巨大な斧を持つ巨躯の男アーディが現れた。
『それに対するはぁ・・・今回が初の闘いとなるぅ!大貴族クレッペル家推薦の剣士ニールぅ!!』
歓声はブーイングへと変わった。
現れたのは大男でも、強そうな傭兵でもない、痩せたひ弱そうな男だったからだ。
『さぁ、未知数の男ニールが重戦鬼にどこまで善戦するか!』
アナウンス役の男の声も虚しく、観客の興味はどのようにアーディが細い男を殺すかに移っていた。
「やれぇ!やっちまえー!!」
「アーディ、血を見せてくれよー!」
口々に好き勝手な事を叫ぶ観客に、アーディは答えて手を上げている。
「・・・聞いてなかったが、お前はどれくらいなんだ?」
ぽつりとニールが呟いた。
「がはははっ!今頃びびったか?俺様は200人は居る闘士の中で52位よ!」
「・・・そうか。ならヴァイスの足下にも及ばないわけだな。」
変わらぬニールの態度に、アーディの怒りは限界に達した。
「ざけやがって!一瞬でミンチにしてやらぁああああ!!」
怒声と共にアーディの巨大な斧が振り下ろされた。
観客の誰もが真っ二つになった細い男を想像していた。
・・・だが、男はそこに立っていた。
巨大な斧を避けもせずに、真っ向から受け止め、そこに立っていた。
いつの間に抜いていたのか、鍔の無い細い剣が男の手に握られている。
微動だにせず、大男の一撃を受け止めていたのだ。
「同感だ。一瞬で終わらせよう。・・・俺の標的はヴァイス。彷徨える逆十字団、死徒ナンバー6、ヴァイス=エンディミリオン、ただ一人だけ」
「うっ・・・嘘だ!まぐれだ!そんな細い剣で、俺様の斧が防げるかぁ!!」
アーディは半狂乱に斧を振り下ろす。
「・・・・・」
斧の重い攻撃をことごとく受け止め、ニールは僅かに間合いを詰めた。
「もう充分理解したか?・・・踊れ“細剣型アーティファクト シルフィード”」
ニールがぽつりと呟くように言うと、その体がわずかにぶれる。
閃光が糸状に走る。
一瞬の静寂。
驚愕の表情のアーディ。
そして一瞬の間の後、アーディの巨体が幾重にも斬られ、血が噴き出す。
どおおおおおおおおおおっ・・・
巨体が倒れるのと、観客のどよめきが巻き起こるのは同時だった。
「傷が自慢だったか?そんなものは大した自慢にはならないと思うが」
ニールは、ぱちん、と鉄拵えの鞘に細い剣を納める。
『・・・し、勝者ニール!!』
アナウンサーの声も、観客の怒声も歓声も男の耳には入っていない。
男はただ一人の仇敵、ヴァイスと対峙するまで戦い続ける。
それが男、ニールの存在意義だから。
(待っていろヴァイス・・・必ず殺してやる・・・)