2-3 小話「隻腕の女闘士 クォン」
第3教区の闘技大会。名目は『大会』であっても、実質は『殺し合い』である。
人間の醜い部分が表面化した、殺戮の場。
人間の根源的欲求が具現化した、争いの場。法王庁の監視の目が届かない、あるいは黙認されているその地下で、非合法な娯楽は今も続いている。
「こいつぁ、びっくりだ!嬢ちゃんみてぇな、女が参加かい?」
男の言葉に、その女は薄く笑った。女性にしてはやや大柄ではあるが、男と比べればやはり小柄なその体。
燃えるような赤い髪に、体を覆うぼろ布のようなマント。彼女の真っ赤に引かれたルージュが言葉を紡ぐ。
「くすっ、女が参加しちゃあいけないなんて法があるのかい?この無法地帯に。」
その言葉に、周囲から笑い声が上がる。
「違いねえ!ここは単純で自由さ!」
「細かい法なんてものはねえ!あるのはただ一つ、"勝者が法"ってやつだけだ!」
ひとしきり笑い終えた後、別の男から声がする。
「でもよぉ、戦って傷付いちまったら、勿体無えよ。悪いこたぁ言わねえ、やめときなよ。」
男の言葉が本当の善意なのか、欲望からなのかは分からないが、女の意思は変わらない。
「ふふん、口説くのなら、あたしを打ちのめしてからにしなよ」
再び男たちから、笑いが起こる。
「ははははっ!いちいち正しい姉さんだ!」
「がははは!お前さんと戦える奴が羨ましいぜ!」
「・・・・・。」
女、クォンは思う。
「クォン姉ちゃん!行っちゃうの?」
「今度はいつ帰って来るの?」
子供たちの声が聞こえる。
柄でも無い。
孤児なんて、どこにでもいる。
救われない子供たちだって、いっぱいいる。
非力な自分が足掻いた所で、救われる者は限られる。
その‘救い’にしても、闘技場の薄汚れた金だ。
それなのに、あたしは・・・
醜悪な体で、恥を晒しながら生きている。
なぜ?
なぜ、生きている?
なぜ、助ける?
なぜ、戦う?
なぜ?
何故?
もう、何度も繰り返し沸き起こる疑問。
結局、答えなんか出ないのに・・・
「おいおい、ねーちゃん、これから戦うってのに、物思いに耽るなよ!」
周囲の歓声、アナウンス、目の前の男。
クォンは軽く頭を振り、さきほどまでの思考を追い払う。
「・・・悪かったわね。あんたに勝ったら、いくら貰えるか考えてたよ。」
「けっ!笑わせるんじゃねえ!・・・けけっ、顔は傷つけないでやるよ。後で俺とお楽しみなんだからなぁ。」
男がにやけた笑いを浮かべる。
「お楽しみ・・・ねぇ。医務室じゃあ、お楽しみも何も無いと思うけど」
「けけけっ、医務室にもベッドはあらぁな。すぐに送ってやるから楽しみにしてな!」
男は両手に武器を持つ。
それは柄が輝く、一対のレイピアだった。
男は柄と柄とを組み合わせる。
「!?」
次の瞬間、飛来した光弾が轟音と共にクォンを吹き飛ばした。
彼女の体は壁にまで吹き飛ばされる。
「・・・やべぇな。少しやり過ぎちまったか?」
土煙が上がる中、レイピアを持つ男は呟いた。
あっという間についた決着に、周囲の観客から不満の声が上がり始める。
だが、その声がピークに達する前に、女性の声が響いた。
「台詞からして、雑魚だと思ってたけど・・・随分いい武器じゃないの。アーティファクト持ちだとは思わなかったわ」
土煙の中、女の姿がおぼろげに現れる。
「けけけっ!闘技場に参加するんだぜ?腕に自信がなけりゃあ、しないさ。」
煙が晴れ、姿を現した彼女はマントを脱ぎ捨てた。
「・・・おっ、お前!?」
男が言い淀んだ理由、それは彼女の右腕だった。
「あぁ、勘違いしないでね。この右腕は元々だから。あんたの攻撃はちゃんと防御したからさ。」
隻腕の女闘士クォン、彼女はゆっくりと中央に戻る。
壁に叩きつけられるくらいの衝撃を受けたはずなのに、その顔は涼しげでさえあった。
それがやせ我慢なのか、本当に防御したのかは分からない。
「・・・まぁ、いいさ。いい女だというのは変わりねえ」
マントの下の体にぴったりと合った服装は、均整の取れた女性のスタイルを表現していた。
「強力だけど、それ贋物ね。最近多いのよね。『パナケアの矢』あたりが、また変な事企んでるのかしら。」
「贋物?・・・けっ、どっちでもいいさ。さぁ、降参しろ。もうお前に勝ち目は無いだろう?」
「確かに、何でもいいわね。・・・武器を見せてくれたお礼に、あたしも見せて上げる。」
クォンは無いはずの右腕を上げる。
「はぁああああああ!!」
彼女の声と共に、右肩近くに付いている金の腕輪が光り輝く。
「なっ!?お、お前、そりゃあ、まさか・・・」
彼女の本来の体よりも巨大な、光り輝く右腕が現れる。
「闘技場に参加するんだもの。‘腕’に自信が無ければ・・・ね」
微笑み、ウインクするクォン。
「お、思い出した!最悪の女賞金稼ぎ、巨大な光り輝く右腕を持つ女『隻腕のクォンタル』・・・」
男の言葉が終る前に、彼女の白い奔流が拳の形を取り、男を殴り飛ばした。
紙くずのように男は宙を舞い、白目を剥いて気絶した。
「最悪とは失礼ね。・・・ま、賞金稼ぎってのは否定しないけど」
勝者が決定し、場内が沸く。
(どんな金であっても、それで助けられる人がいるなら、それでいいじゃないの?クォン。)
彼女は軽く頭を振る。
落ちたマントを再び纏い、場内を後にした。