2-5 小話「鏡の剣士 イヴォルト」
第三教区の地下闘技場には、その性格からさまざまな使い手がやって来る。
ここに来れば、歴史の表舞台では決して現れない殺人技、辺境部族出身者の人知を超えた身体能力、失われたはずの貴重なアーティファクトの威力などを存分に見ることができる。
またこのような要素を抜きにしても、二度と太陽の下を歩くことのできない元犯罪者や、明日の命も知れない使い捨ての剣奴が、文字通りの死力を尽くして殺しあう姿は、観客のなかにある暗い滾りをじゅうぶんに満たしてくれる。
世の中には、教会公認あるいは黙認の形をとる一般の闘技場もある。
そこでは、試合の実績をもって騎士に取り立てられようと目論む、田舎貴族や農民上がりの傭兵が多くを占めていた。
ただしこのような場で言う闘技とは、肉体の鍛錬を通して精神=魂の高揚をはかることを指す。
殺人が許されるのは因縁ある者同士の一騎打ちにおいてであり、その場合でも立会人が待ったをかければそれまでとされた。
どうしても殺し合いを見たければ、貴族などの御前試合にでも出かけなければならない。
だがそれも最近では、格式ばかりが重んじられ窮屈になったと聞く。
闘争はどのような姿を取ったとしてもその本質的に野蛮な部分を捨て去ることなどできない。
しかし教会の免状を受けるということは、どうやらその無理を押し通すことを意味しているようだった。
だから街中の喧嘩の方がまだまし、と言う者さえ少なくなかった。
彼らにとっては所詮闘いとはひとつの娯楽、見世物にすぎない。
いま、地下闘技場の中で戦っている一方の男も、まさにこの場にふさわしい"見世物"をもっていた。
と、本人のみが自認していた。
30も半ばを過ぎたであろう金髪の男である。
片手剣を右手に握り、厚手の皮布でできた簡単な鎧を着、肘と膝に丸い金属を皮ひもで十字にくくりつけている。
刈り込んだ頭髪の下にある四角い顔は、この殺し合いの中でにやにやと笑っていた。
対する相手は典型的な剣奴のスタイル──つまり粗末な皮布の上下を着、両手足に麻布の帯を鎧代わりに巻き、簡単な木彫りの面頬をあてている。
面頬は、仮面のようにも見えた。
ただ一般の剣奴と異なり、この男は彼の主から二本の帯剣を許されていた。
一本は片手半(バスタード)の剣であり、左手に握られている。
もう一本は腰のベルトに差し込まれ、いつでも右手で抜けるように握りが右向きになっていた。
その剣奴は──表情は見えないが、観客の側から見ても、明らかに狼狽が伺えた。
というのも、金髪の男と剣奴とは、まるで鏡を挟んで向かい合っているかのように、同じ構えで相対しているのである。
剣奴が突こうとすると、男も突いてくる。
払おうとすれば、払ってくる。
掬うも斬るも同様。
剣同士が向かい合っているため、その出の速さのみが勝負を分ける。
いまのところ剣同士が軌道に干渉し合い、攻撃はつねに不発に終わるか、少しだけ金髪の男がかすり傷を負う程度の小競り合いに終始していた。
剣奴もここに限らない場所で少なからぬ経験を積んでいる。
だがこのようなことははじめての事態だった。
始まったときに相手がおもむろに構えた姿に見覚えがあり、よく考えれば自分の学んだ流派の構えであった、という唐突さである。
彼にはこの金髪の男自身に全く見覚えはない。