「これが、・・・‘ミーミルの鉄槌’」
‘氷廊’内部の地下倉庫に降りたマルガレーテは、『黄昏の時代』において攻城戦に用いられた巨砲を見上げ、小さく呟いた。
台座部分だけでも大型馬車程の大きさがあり、近づくとその巨大さを実感できた。
砲身部分は特に傷みが激しかったが、ナタリア鋼で補強され、赤銅色の輝きを放っている。
これなら、あと2~3回は‘砦全体に降り注ぐ雷’を放つ射撃に耐えられるかもしれない。
二週間前に、マルガレーテが‘氷廊’を発つ際には、修復率は五割にも満たなかった。
A級アーティファクト、特に重アーティファクトの修復が、如何に困難なものであるかは、自身が上位錬金術を使用するマルガレーテはよく理解している。
「これで、‘氷廊’は、磐石の布陣となったわね」
ヘルデ山脈の山腹に掘られた‘氷廊’は、『黄昏の時代』に天然洞窟を利用して建設された要塞である。
当時の最先端の技術が用いられた要塞設備のいくつかは、建造主が滅んだ後も百年以上に渡り氷雪の下で、稼動を続けている。
‘竜’を三体収納可能な偽装城門と専用の地下格納庫。
長距離射撃が可能な大型弩バリスタ。
‘イグス単炉’の発熱を利用した空調機能。
このような法王庁の探索の目に触れることのない同規模の活動拠点を、‘パナケアの矢’はアスガルド半島に複数箇所所有している。
いずれも、‘パナケアの矢’を束ねる指導者バルドルの指示で発掘、改宗を施したものだ。
今回の‘ミーミルの鉄槌’修復も、バルドルからの詳細な指示があったと聞く。
大規模な異端結社でありながら法王庁を出し抜く戦術眼に、滅亡した『黄昏の時代』の異物に精通した知識、そして一癖も二癖もある団員達を束ねるカリスマ性。
「旧時代のニ王家双方の血を引くというのも、ありえない話ではないわね」
マルガレーテ自身は、バルドルの素性には、大して興味をもっていなかった。
マルガレーテが‘パナケアの矢’に身を投じたのは、法王庁体制を全面的に否定し、『黄昏の時代』のニ王国の復活と統一という主張に共感したからだ。
どちらが統治しようと、『一握りの特権階級が優遇される』という意味では、このアスガルドは大して変化はないかもしれない。
ただ同じ階層社会でも、『神のもとの平等』という欺瞞を振りまく法王庁よりも、『王政による統治』と明確に宣言するほうが、いくらかかわいげがある。