
「武器を捨ててくれ?戦うことは無意味だ?よくも異端審問官であるあなたがそんなことを言えたものね」
胸部装甲が吹飛ばされた巨神ヴィル・トールの御主槽で、俯いたマリスは呻く様に呟いた。
長時間に及ぶ戦闘で、ヴィル・トールとの意識接続は限界に来ている。
既に御主槽中央部の接続媒体であるクリスタルは、埃を被ったように濁り、ヴィル・トールも、度重なる攻撃で装甲版のいくつかは剥げ落ち、間接と人工筋肉筒も加熱により悲鳴を上げている。
マリス自身も巨神のみならず、己の肉体にも過度な負担により、限界が近いのは自覚している。
だが、全身に立ち込める倦怠感を凌駕する怒りが、今のマリスを支配している。
べったりと額から頬にかけて黒髪を張り付かせたまま、次第に声を荒げる。
「初めから武器を持ちたいと思って持つ人間なんていないわ!持たざるえないんじゃない!
法王庁がアスガルドに平穏をもたらした?‘黄昏の時代’に終始譜を打った?気楽なものね。それでよく聖職者を名乗れるわね!」
「私たちの祖国は小さくても、ミッドガルドとヨルツヘルムの狭間で自活の道を歩んできた。貧しくても平穏があったの。法王庁が‘統一戦争’なんて起こさなければ戦争に巻き込まれることもなかったわ!国を焼かれ、故郷を失い、誇りを踏みにじられることもなかったのよ!
母は皆に慕われた人だった。こうなりたいと憧れた人だった。その母も私の目の前で数十発の銃弾を浴びたわ!母が何をしたの!私たちが何をしたの!」
「あなた達は言う!お前たちは異端者だと!『‘統一戦争’に勝利し、‘黄昏の時代’を終わらせ、‘神の教え’を広めたのだから、異端者さえ出てこなければ、アスガルドは平穏なのだ』と!でもね、あなたたちの秤では切り捨てられる人たちもいるのよ!百万人助かり、十人死んだら、『我々は百万人を救った』というのよね!切り捨てられた十人だってちゃんと生きていたのよ!
だから武器を持つの!だから戦うのよ!それの何が悪いの」
叫び続けるマリスに呼応するように、装甲版が剥がれ落ち人工筋筒がむき出しになったヴィル・トールの右腕が大きく振り上げられる。
既に刀身半ばから折れた巨神用の剣を、間近に迫った異端審問官に対して振り下ろす。
神父服の裾を翻し、左方向に大きく跳躍すると、まだ少年の面影を残す異端審問官は叫んだ。
「悪いなどとはいってない!僕たちは・・・」
「そうよ言ってない!何にも言わない!その代わり、聖印と銃を突きつけてくる!
『お前たちは異端だ!武器を持ち戦いさえしなければ、神の慈悲はお前たちにも平等に降り注いだ』。平等?・・・冗談じゃないわ!私たちは人間とはおもっていないくせに!私たちは初めから‘異端者’なのに!」
崩れ落ちた岩場を、谷間の風が通り抜ける。
その風をかき乱しながら、ヴィル・トールは右手に銃を構えた青年に迫った。
「私たちの‘救い’は、法王庁を倒し、私たちの祖国を取り戻すこと。あなたの使命は‘異端者’に裁きを与えること。・・・私たちは言葉が通じない。殺すことでしか、お互いの道を前には進めない。あなたも本当はわかっているんでしょう?」
「そんなことはない! 君の言葉は僕に届いている。僕の言葉は君に届いている。こんな決着のつけ方以外にも・・・」
「じゃあ、一緒に戦ってくれる?」
唐突に、巨神が動きを止めた。
「え?」
「私と一緒に祖国を取り戻すために、死んでいった仲間たちの代わりに戦ってくれる?・・・そしたら私はあなたを信じるわ。あなたの言葉に感謝をするわ」
「マリス・・・」
「困っているわね」
マリスは目を開けたまま笑った。
青年の右手が固く銃を握り締めているのが見えた。
「いいのよ。どうせ無駄なのは分かっているから。だから・・・」
もう一度、強く念じる。
胸部装甲が剥がれ落ちた以上、マリスの据わる御主槽は銃による射撃範囲だ。
あと一発、銃声が響けば決着は付くだろう。
だが、それでも最後まで自分は‘巨神の使徒’としての指名を果たさなくてはならない。
―ヴィル・トール。私の言うことを聞いて。私のために動いて―
「この戦いに命をかける!命を懸けて、祖国のために・・・」
「命をかけるのが、そんなに大切なのか!」
マリスに向けられたのは、銃声ではなく青年の怒声だった。
「僕たちが前に進む道は他にもある。君がそれを見落としているのは、君が大切なことを忘れているからだ。・・・マリス、君はもっと自分を大事にしてあげないと。僕が君を大事に思っているように」
「あ・・・」
マリスの眼前で、青年は銃を足元に投げ捨てた。
‘裁きの右腕’と呼ばれる神速の銃捌きを誇る異端審問官は、黒い瞳をマリスへと向けると、ゆっくりとヴィル・トールに向かって歩き出す。
「そんなことしないで」
「マリス」
「銃を拾いなさい!私を甘く見ないことね!見え透いた手で油断させようとしても・・・。私は・・・」
そこで言葉が詰まった。
乱れた呼吸を正そうと、大きく息を吐き、両目を強く瞑る。
そして、目を開くと、御主層の外枠に手をかけた青年の姿があった。
「君の言う戦いに手を貸すことは出来ないけれど、君と一緒にいることは出来る」
マリスは青年が銃を捨てた理由が分かった。
―僕が手を引くよ―
銃を持っていては、手を差し出すことも出来ない。
「やめてよ!」
マリスは反射的に胸元に手を伸ばし、布地を引き裂くように隠し持った小型銃を取り出し、青年へと向ける。
「私は撃つわよ」
「一緒に行こう。荷物はいらない」
「異端審問官のくせに」
「明日、いや、これからだ」
「撃つっていっているでしょう!」
「一緒に行こう、マリス!行き先は何処へでも決められる!」
「あああああ!」
マリスは絶叫し、狭い御主槽に銃声が響いた。
撃たなければ、息が詰まって死んでしまいそうだった。
―自分だけ生き残ってごめんなさい―
―敵が討てなくてごめんなさい―
―弱くてごめんなさい―
―法王庁を倒せず、祖国を取り戻せない―
―汚くて、卑怯で、惨めで、計算高くて―
―みんなの期待に応えられないお姫様でごめんなさい―
銃弾は、御主槽中央部のクリスタルを打ち抜いていた。
クリスタルの欠片が、雪のように降り散る中、意識接続の際に押し込められていたマリスの積み重ねられた想いが飛び散った。
思いの一つ一つを受け止めながら、青年は改めてマリスに向かって手を伸ばす。
「一緒に、行こう」
マリスは、目を閉じた。
青年の浮かべた微笑が、マリスにはまぶし過ぎた。
全身が力を失い倒れ掛かると、青年の胸がマリスを支えた。
マリスは震える声で呟く。
「一緒に、いくわ。あなたと、一緒に。セスト・セブンズデイ」
「ああ、ずっとだ。マリス」
その声を聞いた瞬間、マリスの瞳から涙が溢れた。
旅立ちまでには、マリスは大声で泣き続けた。
>鷹安さんの「巨神と少女」のイラストに刺激を受けて。
鉛版「巨神と少女」の小話も妄想中。