


「もう頭にきた!」
崩れ落ちた瓦礫を掻き分け、異端審問官カナン・ヨハナンは、沸騰する感情と供に立ち上がった。
落下の際に頭巾ははずれ、光沢を放つ黒髪と尼僧服は、巻き上がった粉塵によって灰色に染まっている。
同様に‘埃のパック’を被った頬を、汚れの上からでも分かるほど真っ赤に染めると、カナンは、十五メートルはある城壁の上に立つ、自分を落下させた張本人に向かって叫んだ。
「これが‘第九課’のやり方ね!そっちがその気なら、私も手加減しないから!」
「最初から‘手加減してくれ’なんて一言も言ってないぜ、トロくさいお嬢ちゃん。‘」
引き締まった身体を包む尼僧の裾を夜風にはためかせながら、第九課異端審問官アルデは、余裕の笑みと供に、遥か眼下のカナンを見下ろした。
手にしたアーティファクト‘煉栽棍’の先端で鈍く輝く二対の輪は、カナンを吹き飛ばした一撃の余熱で夜風を焦がしている。
「アルデ審問官、‘トロくさい’などと言っては失礼ですわよ。こちらの第七課異端審問官カナン・ヨハナンさんは、‘氷結地獄’と言われたセックヴェアグ炭鉱に潜入して、異能力者も含む‘反乱軍’からロスト・アーティファクト‘’を取り返そうと、無駄とも思われる努力を払われてきたのですから。・・・同時行動の私たちが、反乱軍から‘紫水晶’を奪い返すのに、ほんの僅かに役に立って頂きました。」
長身のアルデの隣で、小柄な審問官が軽やかに言った。
頭巾からこぼれた細い金髪が、軽やかに夜風にそよぎ、右手に持った親指程の大きさである‘紫水晶’を月光にかざした。
そして、満足げに爽やかな微笑をカナンに向ける。
「こういう場合は、こう言ってさしあげるのが筋でしてよ。‘ご苦労様」
山林の中、取り残されたように月光を浴びる廃砦は、本来は炭鉱で働く工夫を希少鉱物を狙う盗賊団や、山岳地帯の魔物から守るべく建設されたものであったが、ドーヴァリン商会が炭鉱を買収してからは、その役割を失っていた。
「さて、これで‘反乱軍が異端’であるという証拠は手に入れた」
「後は、結果をベルがー課長に報告すれば、一件落着ですわ」
「早計だわ!その紫水晶は、炭鉱内で発掘されたものだし、強奪されたものとは無関係よ!」
カナンの叫びを、アルデは大柄な体を揺すって笑った。
「どっちだっていいんだよ、そんな事は。早期決着のための、法王庁主導による周辺教区から徴収した‘神誓部隊’突入のきっかけが作れれば、なんでもいいのさ」
「突入ですって!?」
「本当にご存じないのかしら。七課所属の方々は、お気楽でよろしいですわね」
カナンの驚いた顔に、ラーラはパーティーの誘わなかった子供を見るように、細い眉を潜めた。
「では、順を追って説明して差し上げますわ。それでも理解できなければ、第七課の異端審問官の理解力は、アルデ審問官以下ということにさせて頂きます」
「うるせーよ」
?
「一つ、ドーヴァリン商会は圧倒的な石油採掘により、‘国境無き王国’と呼ばれる法王庁に対して少なからず影響力を持つ組織である」
「二つ、ドーヴァリン商会所有の炭鉱で、反乱が発生した。商会は、自力解決を宣言し私設軍ともいうべき労働監督隊を派遣するも、三ヶ月もの間反乱を鎮圧出来ませんでした」
「三つ、‘人道的立場から’反乱の調停に乗り出した法王庁は、商会が所有する利権の弱体化、または法王庁に対する忠誠を誓わせたい。そのためには、早期解決をはかり、商会に対して大きな‘貸し’を作りたい」
「四つ、反乱軍が異端者であれば、法王庁は様々な強権を発動させる大儀明文ができ、今回の件に関わりの無い外部組織に対しても、‘法王庁が法王庁である理由’を見せしめ、牽制する事が可能になります」
「五つ、反乱軍が所有してた‘紫水晶’は所有・使用の禁じられた‘ロスト・アーティファクト’だ」
「六つ、よって反乱軍は‘異端’という事になりますわ」
月光に照らされた城壁の上で交互に語る二人の第九課異端審問官に対し、カナンは黒髪を揺らして反論する。
「待ってよ! ‘反乱軍’の大半はドーヴァリン商会のよって強制的採掘に従事させられていた人たちよ。飢えや寒さから逃れるために、家族にもう一度会いたい一心で、最後の希望として‘反乱軍’に身を置かざるを得なかった。今回の反乱は、突入なんかしなくても解決する方法はある!イルドルフ司祭なら、‘反乱軍’との話し合いの場を用意してくれる!」
「キレイ事を並べるんじゃないよ、お嬢ちゃん!‘話し合い’でどれだけの事が解決するって言うんだ!」
苛立ちを隠そうともせず、アルデは高い鼻に皴を寄せて叫ぶ。
「最終的な判断を下すのはは、私たちではなく‘聖ロハスの間’に座る方々です。つまりは今回の‘聖務’に関与した‘第七課課長イルドルフ’と‘第九課課長ヒュー・ベルガー’のどちらの対応策に、説得力があるかということですわね」
ラーラは右手の‘紫水晶’を再び月光にかざした。
‘巨神’と‘竜’の動力源となりうるクリスタルの放つ偏光が、城壁の下から見上げるカナンを照らした。
「‘文句があるなら、勝負しろ’。・・・そういう事ね?」
「理解できれば、それでいいさ。・・・当然、アタシの‘煉裁棍’が、お前を吹き飛ばした、という事も覚えているよな?」
「その際に私は一切手出しをしなかった、という事もお忘れなく。それを踏まえてここまで上ってくる勇気があなたにありまして、カナン・ヨハナン審問官?」
「・・・いいえ」
うなだれるように俯き、手にした小型拳銃を悔しげにきつく握り締めたカナンに対し、アルデとラーラは勝ち誇った笑みを浮べる。
「私が登るんじゃない。貴方達が降りるのよ」
「はあ?」
引き絞るようなカナンの言葉を、アルデとラーラは、挑鼻で笑い飛ばす。
その笑いに対し、カナンは小型拳銃を右手の肘先まで足元の瓦礫の隙間に突っ込み、応えた。
「降りるのよ、貴方たちが。・・・こうやってね!」
瓦礫を跳ね飛ばし現れたカナンの右腕は、鋼の手甲を連想させる固定具で覆われていた。
小型拳銃を包み込むように、鉄鋼の先端には鉄球射出機が固定されている。
「さあ、今すぐ降りていらっしゃい!」
カナンは、大人の頭部ほどもある鉄球をアルデとラーラの立つ城壁に向けた。
鉄鋼の内側で小型銃の引き金を引くと、増幅された銃圧が、弾丸のような勢いで射出される。
‘大砲並み’の破壊力を持つハンマーバレットの射出衝撃を、カナンは全身の間接で減圧する。
大型拳銃の比ではない衝撃を上半身から、腰、膝、足首へと逸らす‘バランスとタイミング’を、カナンは早期に会得した。
鉄球が城壁の石壁を砕き、爆音のような激突音と粉塵が舞い、城壁頂部は大地震のような激しい振動に見舞われる。
「た、単純すぎますわ!」
「破城鎚じゃあるまいし!」
二人がバランスを崩したのは、数秒にもみたない。
卓越した反射神経で、足場を、手すりを確保し、重心を整える。
だがその数秒の間に、背後から伸びた極細の鋼糸、がラーラの右手から‘紫水晶’を絡め取っていた。
「なに!?」
振り返った二人の異端審問官は、城壁の端に立つ細身の人影と、その手に吸い寄せられるように収まる‘紫水晶’を確認した。
肩幅で切り揃えた艶やかな銀髪と、まだ少女の面影を残す顔立ちには、美しいと形容できたが、実用性を重視した軽装の皮鎧と、状況を把握する冷静な眼差しが、少女の素性と実力を物語る。
「ラーラはともかく、アタシの背後を取るとはな。不意打ちはいつでも可能だったろうに、この瞬間を待っていやがったのか!?」
「ちょっとアルデ審問官、人のせいにしないで下さります!?そもそも派遣された第七課異端審問官に‘操糸術’に長けた腕の立つ護衛がいるなんて聞いていませんでしたわよ!?」
アルデが‘煉裁棍’を構えなおすのを横目で確認しながら、ラーラは二対の小剣‘イグニアの蒼流’を抜刀する。
「‘腕の立つ護衛’ではないわ」
‘煉裁棍’の先端に灯る紅蓮の炎と、‘イグニアの蒼流’の結露した刀身が放つ青光に照らされた銀髪の‘元’暗殺者・フィリスは、掌中に収めた‘紫水晶’を懐に収めながら、静かに呟く。
「私は、ただの‘カナンの友達’よ」
短い訂正を残すと、フィリスは背後の城壁の外へ広がる暗闇に、跳ねた。
「逃げたぞ、ラーラ!」
「分かってますわよ!」
フィリスが立っていた城壁の矢切り壁に、鋼糸が巻きつけていた事に気づいた二人は、フィリスの消えた場所に殺到する。
そして、その瞬間に再びの激震が二人を襲った。
傾きかけた城壁は、カナンが放った二度目の鉄球の直撃に耐え切れず、積み重なった石壁が積み木のように、一斉に崩れる。
今度は足場や手すりを確保すればいいという問題ではない。
「く、崩れましてよ!」
崩れ始めた城壁の上で、退路を確保しようとするラーラの襟首を、アルデの左腕が掴んだ。
「何を・・・」
「‘紫水晶’が奪われたのはお前のせいだ。責任もって取り返して来い」
本格的な崩落が始まる直前に、小柄なラーラの体はアルデの豪腕によって、フィリスが消えた虚空へと投げられた。
「ア、アデル審問官!?」
ラーラの叫びは、城壁の崩落の轟音にかき消された。
一瞬、同僚の安否に対する不安がラーラの頭を掠めたが、すぐに逃走したであろうフィリスの追撃の算段と、受身の難易度も考慮せず放り出された怒りに変わった。
「今、思い出したことがある」
盛大にぶちまけられた瓦礫の上に立ったアルデは、咳き込みながら言った。
長身を包む尼僧服は所々が擦り切れ、赤く滲んだ肌が覗いている。
「第七課には、重アーティファクトを使いこなす‘白き腕’の二つ名を持つ女異端審問官がいるってな」
「これで一勝一敗。・・・さっきはあなたが私を落し、今度は私があなたを落した。だから・・・」
足場の不安定な瓦礫に上でアルデの対角線上に立ったカナンの左腕には、ラーラを投げる際にアルデが手離した‘煉裁棍’が握られていた。
アルデの眉が曇る前に、カナンは‘煉裁棍’アルデに向かって投げる。
「決着は接近戦で付ける、と言う事でいいかしら?」
「・・・バカだな、お前」
右手に馴染む使い込まれた愛用のアーティファクトの感触に、アルデの顔に野性的な笑みが広がる。
「アタシは接近戦が得意なんだぜ?」
「でしょうね、でも・・・」
カナンは左手でハンカチを引き裂く。
頭巾を失い乱れた黒髪をアップに縛りながら、アルデの眼光を受け止め、言った。
「私も接近戦が得意なんの」
僅かな間の後、アルデの夜空へ高く響く笑いへと変化した。
「いいね、最高だよ。‘トロくさい’とか言って悪かったな‘白き腕’。・・・さあ、はじめようか」
「手加減はしないわよ?」
「頼んでねえよ」
月光の下、夜霧を焦がす紅蓮の炎と、重厚な射出音が響いた。
>その2へ続く