2-13「法王庁襲撃編
‘No2 銀水晶’」
前編:
聖都を包む雲の切れ間から、僅かに月光が差し込む。
錬金術師協会の中心ともいえる‘賢者の塔’の屋上で静かに佇む‘時越えの錬金術師’アニエスの淡い金髪を照らした。
「あなたが百年の年月をかけて作り上げた‘逆十字団’は、法王庁の異端審問官達を中心に各個撃破されている。残っているのは‘彷徨える逆十字団 No2’、あなただけよ」
‘賢者の塔’の下側から吹き上げる風に、アニエスの‘国家第一位錬金術師’の証である‘金の枝’が刺繍されたローブの裾が翻る。
「‘逆十字団’は、法王庁の光によって生まれる陰。・・・一時的に‘シングルナンバー’が消えても、すぐに新たな‘法王庁に恨みを持つ者’が次の‘シングルナンバー’として集う。この私、‘銀水晶’の元にね」
『事実』を告げられても‘銀水晶’の言葉には、動揺は見られなかった。
むしろ状況を楽しんでいるかのような響きがある。
すでにその身に纏ったローブは、先程からのアニエスの連続的な錬金術の攻撃を受け、ズタズタに切り裂かれている。
内側には耐呪効果の高い‘レニスの赤布’が仕込まれていたが、アニエスが錬成する高位錬金術の前には、気休め程度にしかならなかったようだ。
もはや邪魔にしかならなくなったフードを左手に仕込まれた刃で切り裂く。
フードの下より、体のラインが露わになるピッタリとしたレザースーツと、眩いばかりの銀髪が、月光によって照らされる。
「そして、私は待っていたわ。そう、‘あの日’の続きを待っていたのよ。‘止まった時間’が動かせる瞬間を」
一度言葉を止め、過去を懐かしむように眼を細める。
あるいは、過去そのものを見ているのか。
「あなたとの‘殺し合い’が再開できる瞬間を。‘殲滅軍師ベルザイン’が育んだ‘ベルザインの子供たち’の中でも、最高傑作といわれた私たちのうちどちらが‘最高’か、答えがあなたには分っていて ‘時越えの錬金術師’? いえ、」
銀の髪が風にあおられ、氷の微笑が露わになる。
「アニエス・ベルザイン?」
対するアニエスは、哀しみを湛えた瞳で答える。
「私は待ってはいなかったけれど、覚悟はしていた。ここにいる理由は、錬金術師協会の最高責任者としての使命ではなく、同じ‘父様’に育てられた‘姉妹’としての義務。だから、」
その瞳を被っていた迷いの霧を晴らす様に、静かに、だが力強く宣言する。
「あなたを止めるわよ、ラニエル・ベルザイン?」
「やってごらんなさい!」
天に浮かぶ月が、再び雲に飲み込まれるのと同時に、銀の影が疾走する。
「無意味よ、ラニエル」
間合いを詰める‘銀水晶’に対し、アニエスは左右に開いた両手に別種の錬成印を組むことで迎え撃つ。
右手には、現在最も多くの錬金術師達の間で使用されている‘ワズグレイ式錬成印’。
左手には、現在では殆ど使用される事の無い‘星天秤型錬成印’。
瞬時に完成した錬成印を伴い、まずは右手を正面に向ってかざす。
「‘引き裂け’」
「!」
かざされた右手の前方の空気が‘錬成’により圧縮され、‘銀水晶’の接近と供に爆ぜ、強風と真空の刃を撒き散らす。
巻き起こった強風が‘銀水晶’の銀髪を逆立て、真空の刃が直撃した左手が逆の角度に捻じ曲がる。
だが‘銀水晶’の表情に微塵の変化も無く、挑発するかのようにアニエスに向かい目を細める。
「それで?」
「‘穿て’」
なおも前進を続ける‘銀水晶’に対し、時間差で完成していた左手の‘星天秤型錬成印’を解き放つ。
大気に含まれる水分が一瞬で凝縮し、氷の槍となり左右から‘銀水晶’を挟撃する。
「‘二種同時錬成’・・・。‘あの日’、あなたはこれで私を追い詰めた。けど・・・」
‘銀水晶’の左手は、肩口からぶら下がるように垂れたままだ。
右手の凪ぐように一閃すると、その体に触れる直前に、氷の槍は霧散する。
砕けた氷欠片が大気に戻る中、‘銀水晶’は跳躍し間合いをつめ、アニエスの喉元に右手から突き出た半透明の刃を突きつける。
「‘錬成’のタイミングさえ読んでしまえば、私の‘夢幻刃(フェアリーテイル)’で捌く事は可能。‘父様’が私のために用意してくれたS級アーティファクトだもの。・・・二つの錬金術を試用するなら」
「いいえ、違うわラニエル」
ほつれた金髪を振り払うかのように、アニエスはその華奢な首を振る。
「同時行使は二つじゃないわ」
生徒に実技を指導する教師のような、あるいは妹の誤りを正す姉のような口調でアニエスは言う。
トントン。
アニエスの右足が軽く足踏みをする。
「三つめ!?」
「もう遅いわよ、ラニエル」
‘銀水晶’の叫びと同時に、その足元に‘立方式錬成印’が完成する。
密着した間合いは、‘銀水晶’に選択権を与える事は無く、地面より伸びた四本の柱が、互いに支柱となり無数の格子を形成する。
「足で、それも‘音’で‘錬成印’を刻んだというの?」
「あなたには物足りないでしょうけれど、‘殺し合い’はもうお終い。だからせめてお話だけでも聞いてあげるわ。お茶はでないけれど、好きな事を話しなさい」
即席の‘監獄’の中で、左腕の付け根を押さえ蹲る‘銀水晶’に対して、アニエスは優しい言葉をかけた。
後編:
“賢者の塔”の屋上には六本の柱が立てられている。
錬金術におけて万物の構成要素とされている『四元素と光と闇』を象徴している。
そのほぼ中心に位置する場所に‘銀水晶’は、四方を囲むように出現した柱が形成した牢獄の中に捉えられていた。
‘銀水晶’は、自分を取り囲む‘牢獄’に対し、右腕から延びた白銀の刃を振るうが、月の隠れた闇夜に対呪反撥効果である青白い火花を散らすだけに止まった。
「無駄よ、ラニエル。あなたが‘逆十字団 No2’であるように、私は国家第一位錬金術師なのよ。・・・例え、唯一現存する‘夢幻刃(フェアリーテイル)’と言えども、」
アニエスは、『籠の中の小鳥』に対し、状況を説明する。
「その格子を破壊する事は不可能よ、ラニエル。この‘賢者の塔’は、錬金術・AFにおける内部・外部からの攻撃に備えて、法王庁大聖堂と同じ材質のビトルド石で設計されている。・・・現在では、採掘が絶望しされている幻の石で」
アニエスは、‘賢者の塔’が建設されたアスガルド半島に於ける『法王庁の創設期』を思い出すかのように、深い息を吐く。
「‘純鉱物’を触媒に‘立方式錬成陣’で構成したあなたの特等席は、‘持続固定’を重ねさせてもらったわ。・・・それなりの‘等価交換’が求められたけれど・・・」
金刺繍の施された道服の裾を持ち上げ、その足を見せる。
瑞々しく白い左足に対し、‘立法式錬成印’を形成した右足は、膝から下が老婆のように痩せ干からびている。
肉体への負荷が要求された結果だ。
「あなたとは、どうしてももう一度話がしたくて、以前から準備をしていたものを使ったわ。・・・悪くない‘等価交換’でしょう?」
「せっかく、あなたを、こんの時を待っていたのに。まさか、こんなにもあっけない結末とはね」
自分の四方を囲む、‘牢獄’を確認した後、ゆっくりと両膝をつくと‘銀水晶’は低い声で言った。
蹲るように座り込んだ‘銀水晶’に対し、アニエスは語りかける。
「私たちが生まれた‘黄昏の時代’には、戦乱の時代だった。竜が、巨神が、狂戦士が、竜殺しが、戦の世を謳歌した。生きることが、困難な時間だった。・・・私たちは、‘ベルザインの子供たち’は、確かに父様に育てられた戦闘機械だったかもしれない。」
「でも、父様は、それをしてまでも時代を動かしたかったのよ。
戦の時代を変えたかった。そのためには、強力な戦闘力を持つ‘子供たち’が必要だった」
「だから私は、生き延びたものとして新たな秩序を作る法王庁に協力した。法王庁への聖務・研究の貢献と引き換えに、この‘賢者の塔’を、‘錬金術師協会’を設立した。『学ぶ』事が、秩序を作る事だと感じたから。その機会を少しでも多くの人に持ってもらいたかった」
「父様とは、やり方は違う。時間もかかるし、道を間違える者もでる。・・・でも私は、アニエス・ベルザインは‘永き命’を父様から授かった事を感謝している。そのことで、私は多くの機会を得ることが出来たから。それが、父様の望んだ願いを叶えられる道だから」
「残念よ、アニエス。・・・本当に残念よ」
‘銀水晶’の呟きと供に、白銀の刃が一閃した。
「え?」
‘銀水晶’の右腕の‘夢幻刃(フェアリーテイル)’が、まるで刃物で紙を突き破るように、やすやすと‘監獄’ごとアニエスの右胸を貫いていた。
「あなたの奥の手が、この程度だったなんて。あんなに待ち焦がれていた時間が、もう終わってしまうなんて。・・・こんなにあっけない、私の勝利による結末は本当に残念よ、アニエス」
「かっ、はっ!」
アニエスは答える事は出来なかった。
気管を逆流してきた血流が喉を塞ぎ、会話も呼吸も許さなかったからだ。
「私は‘殲滅軍師ベルザイン’の最高傑作である自動人形‘オートマター’よ。その動力は、世界樹(ユグドラシル)によってもたらされたとされている‘銀水晶’・・・あなた達錬金術師は‘賢者の石’と呼ぶかしら。私自身が経験を積めば、その力を制御し、‘夢幻刃’の強度も増す」
足元に倒れ付したアニエスを、‘銀水晶’は静かに見おろす。
「あなたの‘永遠’も今日で終りね」
「人間は学ぶ事はしないわ、アニエス」
今度は、‘銀水晶’がアニエスに対し、語りかける。
「持たざる者は欲しいものを得るために戦い、満たされた者は失う事を恐れ、争いを繰り返す。私たちが与えられた‘永き命’は、この繰り返しを映してきた」
「父様はそのことを知っていた。常春の世に散らない花を咲かせる事‘は不可能だと知っていた」
「あなたは‘錬金術師協会’の創始者として法王庁をすぐ隣で、私は‘彷徨える逆十字団 No2’として法王庁の裏側から歴史を見続けてきたわ。だから、私たちには法王庁を裁く資格がある。」
「あなたは、ここで死ぬ。でも心配しないで。やがて、私のもとに集う次の‘逆十字団’のメンバーが、今度こそ法王庁を滅ぼしてあげるから。そうしたら、世界は混沌に戻るわ」
「こんな私を‘壊れた自動人形’と思うかしら?違うの、壊れているのは世界のほうよ。法王庁が‘偽りの平和’を被せて‘本当の世界’を見えなくしてしまっているの。この世界は、もっと混沌としているべきなのに。・・・だから私は世界を被った偽りを引き裂くのよ。‘本当の世界’が見えるように。父様の願い通りに。人間に散らない花を咲かせる事は不可能だから」
「そうね・・・人間とはそういうもの。けれど、だから人間なのよ」
アニエスの言葉は聞き取るのも困難な程小さい。
しかし、はっきりとした意思が込められていた。
「春に散る花を惜しむ事はなく、実りの秋を待つ。そして新たな種を育んでいく。・・・私は、その事を教えてもらった。あなたは、散らない花の幻しか見えてなかったのかしら、ラニエル?」
血溜りの中からアニエスがゆっくりと手を伸ばし、‘銀水晶’の銀髪に触れようとする。。
その眼は、情愛に満ちた光が湛えられており、‘銀水晶’を動揺させた。
「負けを認めなさい、アニエス。あの日の、私たちが殺しあった日の続きは、私の勝ち。あなたが、今日までやってきた事は全て間違いだった。だから・・・憎しみと、絶望の中で死になさい!」
「それは無理よ。だって・・・」
静かに首を振ると、アニエスは微笑った。
「私たちは、姉妹だもの」
「ふざけないで!」
‘銀水晶’は、絶叫した。
百年以上に渡る彼女の時間の中でも、これほど叫んだのは初めてかもしれない。
憎しみによる混沌は、‘殲滅軍師ベルザイン’による真理だ。
世界は真理で覆われるはずなのに、なぜ自分を仇敵にしているはずのアニエスは、この瞬間に、これほどの笑みを浮かべられる。
(私が、間違っていたの)
‘銀水晶’は自問する。
そんなはずはない。
そんなはずが、あるわけが無い。
心が、壊れそうだった。
「死になさい!アニエス!」
再びの絶叫と供に、‘銀水晶’は‘夢幻刃’を振り上げる。
だが、その儚い刃が振り下ろされる事は無かった。
強烈な風が、‘銀水晶’の体を巻き上げるように上昇させたからだ。
自然の風ではない。
その証拠に、足元に横たわっていたアニエスは、髪の毛一本も揺らいではいない。
「‘錬金術’!誰が!?」
苦悶の形相を受けべながら、‘銀水晶’は既に小さくなりつつある‘賢者の塔’を確認しようとする。
だが、それは適わなかった。
風は烈風へと変わり、捻れを伴った風圧と供に、‘銀水晶’を木の葉の様に遥か上空へと吹き飛ばしたからだ。
体が捻られる軋みを聞いた時、‘銀水晶’―ラニエル・ベルザインは助けを求めた。
絶対の自信を携えた‘銀水晶’が、ただ一人すがるべき人物の名を呼んだ
「と、父様―!!」
「アニエス導師!」
「アニエス様!」
‘銀水晶’が、吹き飛ばされるのと同時に、十数人ほどの錬金術師たちが、塔の四方から一斉にアニエスの下へと駆け寄る。
「法王庁の待機命令が出ていたでしょう?」
「罰は受けます!それでも私たちはあなたを守りたかった!」
アニエスは、自分の周りを取り囲む一人一人に視線を移す。
その身につけた階位を表す襟止めは様々だ。
「ありがとう。・・・‘複合型多重錬成印’による風系統最上級術の発動―、見事だったわよ」
そう言うと、もう一度大きく血を吐き出す。
「その話は後だ!法王庁へ使いを!‘癒しの奇跡’が使用可能な‘使徒’の派遣を要請しろ!」
騒然とする中で、アニエスはゆっくりと首を横に振る。
「いいのよ。私は永く生きすぎた」
自分に残された時間はあと僅かだ。
全員が沈黙をした中で、キスリングが口を開く。
「ア、アニエス様」
顔をくしゃくしゃにして、キスリングは泣いていた。
それでも必死で言葉を紡ぐ。
「わ、私は、あなたからかけがえのない時間をもらいました。」
「自分もです!」
「あなたがいなければ、我々は・・」
徐々に冷たくなる体だが、アニエスは恐怖も寂寥も感じることはなかった。
教え子たちがアニエスにかける言葉は、どれも力強く、アニエスの心を暖かさで満たした。
この世界は、苦難と困難で満ちている。
だが、同じ数だけの希望と、喜びで満ちている。
それを感じられるのが、人間なのだろう。
「私は・・・」
『幸せね。・・・ベルザイン父様、感謝しています。こんなに素晴らしいときをあなたは与えてくれた』
アニエス・ベルザインは、静かに目を閉じる。
昇り始めた朝日が、アニエスが浮べた精一杯生きた証拠である花のような微笑みを照らした。
―‘彷徨える逆十字団’壊滅―
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